ゼルフカント鉄道-ドイツ最西端の保存蒸機
ゼルフカント鉄道 Selfkantbahn
(旧 ガイレンキルヘン郡鉄道 Geilenkirchener Kreisbahn)
アルスドルフ軽便鉄道駅 Alsdorf Kleinbahnhof~ガイレンキルヘン郡鉄道駅 Geilenkirchener Kreisbahnhof~テュッデルン Tüddern 37.7km
軌間1000mm、非電化
1900年開通、1960年旅客輸送廃止、1971年路線廃止・保存運行開始
【現在の運行区間】
保存鉄道:シーアヴァルデンラート Schierwaldenrath~ギルラート Gillrath 間5.5km
![]() ゼルフカント鉄道の20号蒸気機関車 |
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見渡す限りの平野に、豊かな田園地帯が広がるゼルフカント Selfkant は、オランダ国境に接するドイツ最西端の地域だ。ここに小規模ながら、かつて各地で見られたメーターゲージ軽便鉄道の雰囲気を色濃く残す蒸気保存鉄道がある。
ゼルフカント鉄道 Selfkantbahn は、旧 沿線のガンゲルト Gangelt に本部を置く保存団体、歴史鉄道運行協会 Verein Interessengemeinschaft Historischer Schienenverkehr e. V.(略称IHS)の保存鉄道だ。実際の運営は、協会が設立した鉄道会社、ラインラント観光鉄道 Touristenbahnen im Rheinland GmbH が行っている。
運行拠点は、区間の西端にあるシーアヴァルデンラート Schierwaldenrath 駅で、列車はここから東へ5.5kmのギルラート Gillrath 駅まで走って折り返す運用になっている。
![]() 拠点駅シーアヴァルデンラート |
ゼルフカント鉄道と名乗るのは、保存鉄道になってからだ。もとはガイレンキルヘン郡鉄道 Geilenkirchener Kreisbahn という、全長約38km、公営の軽便鉄道だった。国鉄アーヘン=メンヘングラートバッハ線 Bahnstrecke Aachen–Mönchengladbach のガイレンキルヘン Geilenkirchen 駅前にあった郡鉄道駅 Kreisbahnhof が本来の拠点で、東西2方向に出ていた路線のうちの、西線がルーツになる。
西線は、国境の村テュッデルン Tüddern まで長さ21.4kmの路線だった(下注)。実際、終点は国境のすぐ手前に置かれ、オランダ国鉄のシッタルト Sittard 駅まであと3km足らずだったのだが、認可が下りず接続が叶わなかった。
*注 ちなみに東線は、アルスドルフ軽便鉄道駅 Alsdorf Kleinbahnhof~ガイレンキルヘン郡鉄道駅 Geilenkirchen Kreisbf 間16.3km。1953年から1966年にかけて段階的に廃止された。
![]() ゼルフカント鉄道、旧ガイレンキルヘン郡鉄道と周辺路線図 |
第二次世界大戦後、ゼルフカント地方の西半分は、戦争賠償が完済されるまでの間、オランダの統治下に置かれた。そのため、この地域を走るガンゲルト~トゥッデルン間は運行できなくなってしまった。また、その対象外だったガイレンキルヘン~ガンゲルト間でも、需要が低下して1960年に旅客輸送が終了している(下注)。併合地域は1963年にドイツに返還されたが、旅客輸送が復活することはついになく、1971年7月に全線の廃止措置が取られた。
*注 輸送量は少ないものの、貨物輸送は続いていた。
![]() 樹陰に包まれるシーアヴァルデンラートの構内 |
IHS協会による保存運行は、それより前の1969年に試行されている。協会のサイトによれば、路線廃止に伴い、1971年8月に保存鉄道としての開通記念列車を走らせた。その後、鉄道資産を取得して1973年から、現在につながる蒸気列車の運行を本格的に開始している。
なおその際、根元区間のガイレンキルヘン~ギルラート間は放棄された。軌道の劣化が進行していたことと、途中で州道をまたいでいた高架橋を、道路拡張のために架け替える必要に迫られたからだ。区間短縮に伴って、運行拠点はシーアヴァルデンラートに移された。そのため、起点終点とも一般運行時代とは逆になっている。
開業から半世紀を経たが、今も変わらずイースターの時期から9月にかけて、主として日曜祝日に貴重な保存列車が走っている。時刻表によると、一番列車は11時発で、午後にかけて1日4~5往復の設定がある。列車は蒸気牽引、ディーゼル牽引のほかに気動車の場合もあるので、時刻表に記載された種別をよく確かめて出かけたい。
![]() ギルラート行き列車が発車を待つ |
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鉄道どうしの接続が絶たれても、ゼルフカント鉄道に最も近いDB(ドイツ鉄道)の駅は、やはりガイレンキルヘン Geilenkirchen だ。アーヘン中央駅 Aachen Hbf から北へ向かうメンヘングラートバッハ Mönchengladbach 行きのレギオナル(普通列車)に乗って、24分で着く。
ガイレンキルヘン駅前からは、旧 郡鉄道のルートをなぞるSB3系統オランダ・シッタルト Sittard 行きのバスがある(下注)。平日は1時間ごとに出発しているが、あいにく保存鉄道が運行される日曜日は間引かれて2時間ごとの閑散ダイヤだ。バスの時刻に合わせて列車を選ぶしかない。ちなみに保存鉄道の駅のあるギルラートまでは4.6km、歩けば1時間かかる。
*注 時刻表は、運行会社のヴェストフェアケーア(西部交通)WestVerkehr https://www.west-verkehr.de/、またはアーヘン運輸連合 Aachener Verkehrsverbund https://avv.de/ 参照。
![]() (左)DBガイレンキルヘン駅 (右)駅前からSB3系統のバスに乗る |
![]() 地形図にゼルフカント鉄道のルートを加筆 Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
バスは、オランダ側に抜ける街道筋を快調に飛ばしていく。「Nächster Halt(次の停留所)…」という自動アナウンスはあるものの、運転席後ろの表示パネルは故障中なのか暗いままだ。文字に頼れず、ひたすら耳を澄ませて聞き取るしかなかったが、何とか最寄りのバス停、ギルラート・キルヘ(教会)Gillrath Kirche で降りることができた。
地図に従い、民家の間の小道を町裏のほうへ歩くと、ものの2~3分で、タンク車が置かれた行き止まりの線路の前に出た。ギルラート駅は、片面ホームと機回し側線があるだけの小さな駅だ。それでも、再建したと思われる煉瓦造の小さな駅舎の中では、ちゃんと出札口が開いていた。さっそく往復乗車券(9ユーロ)を求める。
![]() ギルラート駅 (左)煉瓦造の小さな駅舎(右)出札口が開いていた |
![]() 往復乗車券 |
駅舎を出たら、シーアヴァルデンラート方から列車が入ってくるところだった。バスの到着が11時19分、列車の入線が5分後の11時24分で、実に無駄のない接続ダイヤ(?)になっている。列車がホームに到着すると、さっそく機関車が切り離され、機回し作業が始まった。
小柄な2軸のタンク蒸機は、1956年ユング Jung 社製で、20号「ハスペ Haspe」のプレートを付けている。鉄道には同型機があと2両、19号と21号がいるが、いずれも前職は、ルール地方のハーゲン=ハスペ Hagen-Haspe にあったクレックナー製鉄所 Klöcknerhütte の産業機関車だ。当時は900mm軌間だったが、ここで走れるようにメーターゲージに改造された。
19号機が、最初に到来してゼルフカント鉄道の創業期を支えた機関車だが、もう使われていない。1972年に製鉄所が閉鎖されたとき、IHS協会は、仕事場をなくした2両を追加で購入した。その1両が20号「ハスペ」で、1991年に全面改修を受けて以来、運行の主力を担っている。もう一つの「ハーゲン」と命名された21号は、現在長期修復中だそうだ。
![]() 列車が到着 |
![]() (左)20号機関車「ハスペ Haspe」 (右)側壁の銘板 |
列車は、終点側から、自転車を載せる無蓋貨車1両、有蓋貨車1両、その後ろにオープンデッキのついた旧型客車3両の構成だ。そのうち中間の車両はビュッフェ車なので、普通の座席車は2両しかない。まだ6月だから、この程度でも客をさばけるのだろう。見ている間に、隣の線路を回送された機関車が、手際よく反対側に連結された。シーアヴァルデンラート行きは逆機(後ろ向き)運転になるようだ。
![]() (左)古典客車129号 (右)車内はベンチが並ぶ |
![]() (左)ビュッフェ車118号 (右)車内 |
![]() ギルラート駅での機回し作業 |
11時45分、車掌のヒュルルルという笛の音に機関士が汽笛で応えて、列車はゆっくりと動き出した。まず裏通りの踏切を斜めに渡るが、次のバス通りの踏切では、手前で一時停止した。スタッフが機関車から降り立ち、車道の中央に出ていく。遮断機も警報機もないので、手旗でクルマを停止させる必要があるのだ。
バス通りを横切った後も徐行のまま、また林の陰で停止した。今度は何かと窓から覗くと、スタッフが傍らにあるウォータークレーンを操作しているのが見える。ここはシュターエ Stahe という停留所で、時刻表では、往路に比べて所要時間が5分長い。機関車の給水停車を前提にしたダイヤのようだ。
![]() バス通りを斜めに横断 |
![]() シュターエ停留所で給水停車 |
作業を終えて、12時ちょうどに再び発車した。列車は林を抜けて、広大な耕作地の中へ出ていく。ナタネやトウモロコシが一面に植わり、遠くには発電用の巨大な風車が立ち並んでいる。きょうもよく晴れてけっこう暑いのだが、窓を開け放した車内は乾いた風がよく通る。
次の停車駅ビルクデン Birgden は2面2線で、小ぶりの駅舎も建っていた。時刻表では5分停車だが、シュターエで長居して時間が押しているらしく、すぐに発車。集落の裏手のようなところを相変わらずゆったりしたペースで走っていく。
気持ちよく揺られていたら、いつのまにか側線に留め置かれた貨車の群れが車窓に現れて、速度が落ちた。終点のシーアヴァルデンラートに12時20分着。車掌が大声で駅名とともに「Alles aussteigen(皆さん降りてください)!」と叫ぶのを聞いて、乗客はゆっくり腰を上げた。
![]() 沿線風景 (左)刈取りを終えた牧草地 (右)風通るトウモロコシ畑 |
![]() ビルクデン駅のホームと小駅舎 |
![]() (左)シーアヴァルデンラート駅に到着 (右)平屋根を掛けた駅舎 |
構内は、拠点にふさわしい広さを有している。木立の陰に側線が数本並び、傍らに平屋根を掛けた駅舎も建つ。駅の周囲に無料の駐車場があるので、ここから乗り込む客が圧倒的に多いのだろう。次の発車は40分後だというのに、早くもホームで待っている人がけっこういた。
一仕事を終えた機関車は切り離され、奥のほうへ引き上げた。客車から降りた客といっしょに後を追いかけると、転線して機関庫の前で石炭の補給を受けるのだった。
![]() 列車到着でいっとき賑わうホーム |
![]() 次の便に備えて燃料と水を補給 |
隣で、別のタンク蒸機が陽を浴びている。案内板によれば1898年、当時ドイツ領だったエルザス Elsass(現 フランス領アルザス Alsace)の工場で製造された古典機 MEG 46 だ。最初はストラスブール路面軌道 Straßburger Straßenbahn で就役し、1923年から中央バーデン鉄道会社 Mittelbadische Eisenbahn-Gesellschaft に移籍した。MEGはその会社の略称だ。
見学用に開放された大きな併設車庫には、気動車や多数の客車がぎっしりと格納されていた。屋外の側線に並ぶ貨車を含めて、車両のコレクションはかなり充実している。
多数の見物人に見守られながら給炭作業を終えた蒸機「ハスペ」は、再び本線に戻り、今度はウォータークレーンから給水を受けた。そして軽やかなブラスト音を残して機回しされていき、さっきの列車の先頭につけ直された。次のギルラート行きの発車時刻は13時ちょうどだ。
![]() (左)陽を浴びる古典機MEG 46 (右)銘板に製造地と1897年の文字 |
![]() (左)客車庫も開放中 (右)気動車や客車を多数格納 |
■参考サイト
ゼルフカント鉄道 https://www.selfkantbahn.de/
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