ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編 II
前回に引き続き、ドイツ南部の保存鉄道・観光鉄道から主なものを紹介する。
シュヴァルツヴァルト線ホルンベルクの ライヘンバッハ高架橋 Reichenbachviadukt(2021年) Photo by Joachim Lutz at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
ドイツ「保存鉄道・観光鉄道リスト-ドイツ南部」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_germanys.html
「保存鉄道・観光鉄道リスト-ドイツ南部」画面 |
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まずは市内・郊外電車の見どころについて。
項番4 ザンクト・ペーター保存路面軌道車庫 Historisches Straßenbahndepot St. Peter
ニュルンベルク Nürnberg ~フュルト Fürth 間は、日本でいえば新橋~横浜間だ。1835年、バイエルン州中部の主要都市ニュルンベルクと、西に隣接するフュルトの町を結んでドイツ最初の鉄道、ルートヴィヒ鉄道 Ludwigseisenbahn が開通した。
それと並行して1881年には馬車軌道も敷かれる。これが後に電化されて、最盛期に73kmの路線網を拡げるニュルンベルク=フュルト路面軌道 Nürnberg-Fürther Straßenbahn に成長した。主要ルートは1972年以降、地下鉄 U-Bahn に置き換えられていったものの、現在も38kmの路線網を維持している。
路線縮小に伴い、不要となった市内東部のザンクト・ペーター車両基地 Betriebshof St. Peter で、1985年からニュルンベルク=フュルト路面軌道友の会 Freunde der Nürnberg-Fürther Straßenbahn が交通局と協力しながら、トラム博物館を運営している。
保存されている旧車両は計32両にのぼる。毎月第1土・日曜の開館で、当日は「15系統ブルク環状線 Linie 15 Burgringlinie」と称する古典電車の市内ツアーが1時間ごとに出発する。一般運行されない旧市街北側、ピルクハイマー通り Pirckheimerstraße の休止線も通過する興味深いコースだ。
これとは別に、中央駅 Hauptbahnhof 発着でシーズンの毎週月曜に催される「13系統市内環状運行 Linie 13 Stadtrundfahrten」というガイドツアーもある。わざわざ月曜日に走るのは、文化施設の休館日でも楽しめるように、という配慮だそうだ。
ザンクト・ペーター保存路面軌道車庫のT4 200形(2019年) Photo by Christian Mitschke at wikimedia. License: CC BY 2.0 |
項番26 シュトゥットガルト路面軌道博物館 Straßenbahnmuseum Stuttgart
路面軌道の保存運行では、シュトゥットガルトの取組みも注目に値する。この都市の路面軌道網はもともとメーターゲージで運行されていたが、1985年以降、標準軌のシュタットバーン(都市鉄道)Stadtbahn への転換が進められた。長年に及ぶ更新事業が完了し、路面電車の一般運行が全廃されたのは2007年のことだ。
転換は系統ごとに実施されたので、一時的にメーターゲージと標準軌の車両が同じ区間を共有することもあった。3線軌条とされたそうした区間が、全面転換後も一部残され、シュトゥットガルト路面軌道博物館の保存運行を可能にしている。
博物館は、市内バート・カンシュタット Bad Cannstatt の旧 車両基地にあり、2009年にオープンした。引退した路面車両35両が保存されていて、毎日曜にオールドタイマー線 Oldtimerlinie と称して、2本のルートで保存運行が行われる。
21系統「中心街循環 Innenstadtschleife」は、ミッテ Mitte と呼ばれる市内中心部を巡り、所要35分で博物館に戻ってくる。もう一つの23系統「パノラマ線 Panoramastrecke」は、北側から中心部に入り、最後はテレビ塔が建つ丘の上のルーバンク Ruhbank まで行く。こちらは片道で40分かかるが、後半は市街を見晴らしながら最大85‰の急坂をぐいぐい上るルートで、地下トンネルの多い21系統に比べ、車窓の爽快感が格段に違う。
3線軌条を走る200形、ブダペスト広場にて (2018年) Photo by Joma2411 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番27 シュトゥットガルト・ラック鉄道 Zahnradbahn Stuttgart
シュトゥットガルトは北東側に出口を持つ靴箱形の地形で、中心街のある底の部分は狭い。そのため、市街地は周りを囲む丘の上に拡大してきた。この丘の斜面に最初に造られた鉄道が、1884年に開通したシュトゥットガルト・ラック鉄道だ。
もとは蒸気運転だが、1902年に電化されている。また後年、起点でルート変更、終点で延伸があり、現在は山麓のマリエン広場 Marienplatz から山上のデーガーロッホ Degerloch まで、延長2.2km。リッゲンバッハ式のラックレールを用いて、最大勾配178‰、標高差205mを上りきる。鋸歯を意味する「ツァッケ Zacke」が通称で、停留所の標識にもその名が記されている。
ドイツには、ここを含めてラック鉄道が4本残っている。他はすべて観光用の鉄道だが、ツァッケは、シュタットバーンや路線バスと同様、公共旅客輸送機関 SPNV の位置づけだ。10系統を名乗り、都市交通の一翼を担っているところに特色がある。
中心街からデーガーロッホへは、シュタットバーンでも行けるが、ラック鉄道の長所は、ラッシュ時でも自転車を携行できることだ。登山鉄道によくあるように台車が坂上側についていて、セルフサービスで自転車を固定する。車両の折返し時間の関係で、積載は上り坂に限定されているが、通勤通学やレジャーに、サイクリストにとって重宝する存在らしい。
台車をつけた第4世代車両(2022年) Photo by Joma2411 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
自転車積載はセルフサービス(2022年) Photo by Smiley.toerist at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番35 トロッシンゲン鉄道 Trossinger Eisenbahn
電化路線でありながら一般旅客輸送は気動車が担い、架線を使うのは、ここを走行線にしている保存電車だけ、という珍しい路線がある。
バーデン・ヴュルテンベルク州南部、ロットヴァイル=フィリンゲン線 Bahnstrecke Rottweil–Villingen の中間にある接続駅トロッシンゲン・バーンホーフ(トロッシンゲン駅)Trossingen Bahnhof が起点で、ここから分岐して、市街地のトロッシンゲン・シュタット(トロッシンゲン市) Trossingen Stadt に至る3.9kmの支線、トロッシンゲン鉄道だ。
国鉄線に編入されたことはなく、1898年の開業以来、事実上トロッシンゲン市営で運行されてきた。さらに、開業当初から直流600Vの電気運転だったことも特筆される。段丘上の市街地に上るために最大35‰の勾配があり、市は初め、電力事業との併営で動力を供給していた。
現在、一般列車の運行は本線の列車運行事業者であるホーエンツォレルン州立鉄道 Hohenzollerische Landesbahn (HzL) に委託され、シュタッドラー製の連接気動車で賄われている。その一方、1898年製の2軸電動車など貴重な旧車も保存されており、イベントなどで運行される。
月1回の定例行事になっているのが、車両の錆取りを兼ねて行われる原則無料の「月光運行 Mondscheinfahrten」だ。夜の時間帯に両駅間を往復し、保存車両の車庫も公開される。暖かい電球色の照明が灯る客室のベンチに腰を下ろし、ひとときレトロな旅行気分に浸りたい。
一般運行時代のT3電車、トロッシンゲン駅にて(2003年) Photo by Phil Richards at wikimedia. License: CC BY 2.0 |
次は、ライン地溝帯の東側に、南北約150kmにわたって続く山地シュヴァルツヴァルト(黒森の意)Schwarzwald にある観光路線について。
項番36 DB シュヴァルツヴァルト線 DB Schwarzwaldbahn
シュヴァルツヴァルト線は、ドイツを代表する標準軌の山岳路線だ。オッフェンブルク Offenburg から、シュヴァルツヴァルト中部を横断し、スイス国境に近いジンゲン Singen (Hohentwiel) まで149kmの長距離幹線になる(下注)。
*注 ドイツ鉄道DBは、さらにボーデン湖畔のコンスタンツ Konstanz までの区間を含めて、シュヴァルツヴァルト線と呼んでいる。
中でもハイライトと言えるのは、ハウザッハ Hausach~ザンクト・ゲオルゲン Sankt Georgen 間38.1kmだ。ライン川 Rhein 流域から大陸分水界を越えてドナウ川 Danau の最上流域に出るまでの区間で、最高地点は標高832m、麓との標高差は591mに及ぶ。全通したのは1871年。蒸機の登坂能力からすれば、勾配は20‰までに抑えたい。それで、険しい山中に、距離を引き延ばすための2か所のS字ループと39本のトンネルを伴う苦心のルートが造られた。
路線は1975年に交流電化されたので、今では電車や電気機関車が軽々と上っていく。そのかたわら、愛好家団体のツォレルン鉄道友の会 Eisenbahnfreunden Zollernbahn が年数回、このハイライト区間で蒸気列車を走らせている。先頭に立つのは動輪5軸の大型蒸機52形で、その力強い走りっぷりは非電化時代の活躍を彷彿とさせる。
また、中間駅のあるトリベルク Triberg には、上部ループの周辺を歩いて巡る「シュヴァルツヴァルト鉄道体験歩道 Schwarzwaldbahn-Erlebnispfad」も作られている。アップダウンの激しい山道だが、谷の中を折り返す線路や重厚な石積みの構造物をじっくり観察できるのがうれしい。
トリベルク駅(2004年) Photo by Frans Berkelaar at wikimedia. License: CC BY 2.0 |
項番39 DB へレンタール線 DB Höllentalbahn
ヘレンタール線 Höllentalbahn(下注)は、シュヴァルツヴァルト南部を東西に横断している路線だ。フライブルク・イム・ブライスガウ Freiburg im Breisgau からドナウエッシンゲン Donaueschingen まで76.2km。これも名にし負う山岳路線で、途中の峠道に最大57.14‰の急勾配があり、1887年の開業当初はラックレールが使われていた。最高地点は標高893mに達し、起点フライブルクとの標高差は625mにもなる。
*注 同名の他路線と区別するためにヘレンタール線(シュヴァルツヴァルト)Höllentalbahn (Schwarzwald) と書かれることがある。
その急勾配は、ヒルシュシュプルング Hirschsprung という廃駅通過後に始まる。初めのうちは坂がきつくなったと感じる程度だが、一つ目のトンネルを抜けた後は、右側に見える谷がどんどん沈んでいく。ラヴェンナ川 Ravenna の峡谷を高い橋梁でまたいでからも、なおトンネルと坂道が連続する。高原に出ていくまでの約7km、乗車時間にして10分ほどが一番の見どころだ。
峠道を含むフライブルク~ノイシュタット Neustadt 間は1936年から電化されているが、需要の少ないノイシュタット以東は長らく非電化のままで、2003年以降は完全に系統分離されていた。2019年にようやく電化が完了し、現在はSバーンの電車がドナウエッシンゲンを経由してフィリンゲン Villingen まで直通している。
電化前のグータッハ高架橋を渡る611形気動車(2013年) Photo by Stefan Karl at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
項番38 DB ドライゼーン(三湖)線 DB Dreiseenbahn
そのヘレンタール線のティティゼー駅で分岐して、ゼーブルック Seebrugg に至る19.2kmの支線は、ドライゼーン線と呼ばれている。ドライゼーン(3つの湖)Dreiseen というのは、ティティ湖 Titisee、ヴィントグフェルヴァイアー Windgfällweiher、シュルッフ湖 Schluchsee のことで、起点側から列車に乗ると、いずれも右の車窓に見える。沿線に大きな町はないので、乗っているのは主にレジャー客だ。休日のほうが乗車率が高い。
列車はS1系統で、フライブルク Freiburg 方面から直通している。ヘレンタール線内では、S11系統フィリンゲン行きの後ろに併結されて走る。ティティゼーで切り離され、20‰の勾配がある斜面を上っていく。サミットのフェルトベルク・ベーレンタール Feldberg-Bärental 駅は標高967mで、ドイツの標準軌鉄道では最高所の駅だ(下注)。ヴィントグフェルヴァイアーは池といっていい規模なので、見逃さないように。最後は、堰堤でかさ上げされたシュルッフ湖の水ぎわを走って、終点ゼーブルックに到着する。
*注 ちなみに狭軌で粘着運転の最高所駅は、ハルツ狭軌鉄道ブロッケン駅の標高1125m。ラック式を含めれば、後述するバイエルン・ツークシュピッツェ鉄道が最も高い。
ドライゼーン線では2008年から、夏の盛りに愛好家団体が観光列車を運行している。ゼーブルックとティティゼーの間を1日3往復、高原の涼風が通り抜ける古典客車で行く片道約45分の旅だ。団体は機関車を所有していないので、レンタル機で運行され、動力は蒸気、ディーゼル、電気いずれもありうる。
湖畔のシュルッフゼー駅(2010年) Photo by Cayambe at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
シュルッフ湖の入江を渡る58形の保存列車(2015年) Photo by Maximilian Grieger at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
最後は、バイエルンの南縁に連なるアルプス山中のラック登山鉄道について。
項番18 バイエルン・ツークシュピッツェ鉄道 Bayerische Zugspitzbahn
ドイツ最高峰、標高2962mのツークシュピッツェ Zugspitze は、石灰岩の肌がむき出しになった巨大な岩山だ。バイエルン・ツークシュピッツェ鉄道は、DB線と連絡するガルミッシュ Garmisch から、グライナウ Grainau を経て山頂直下のツークシュピッツプラット Zugspitzplatt まで19.0km。そこから山頂へは、ロープウェー(下注)が連絡している。
*注 ロープウェーの名称は、ツークシュピッツェ氷河鉄道 Zugspitz-Gletscherbahn、長さ1000m、高低差360m。
ルートの性格は、前半と後半で全く異なる。ガルミッシュからグライナウまでの7.5kmは、山麓線(谷線)Talstrecke と呼ばれ、広い谷底を行く粘着運転の平坦線だ。一方、グライナウから先は登山線(山線)Bergstrecke で、最大250‰のラック区間を伴う。アイプ湖 Eibsee や山裾の眺めがすばらしいが、途中から素掘りのトンネルに突入し、ユングフラウ鉄道のように、標高2588mの終点までずっと地下を走る(下注)。
*注 終点駅は地上だが、発着ホームはドームにすっぽりと覆われている。
全通は1930年だが、山上側でルートに変遷がある。もとの終点は、シュネーフェルナー氷河 Schneeferner の北斜面にあるシュネーフェルナーハウス Schneefernerhaus だった。スキー場へのアクセス改善のために、1987年に南側の現在地に移され、駅名も変更された。
ツークシュピッツェは、オーストリアとの国境に位置している。それで山頂への交通手段は、この鉄道のほかに、ロープウェーがドイツ側の山麓から1本と、オーストリア側からも1本ある。ドイツ側のロープウェーは鉄道と同じ運営会社なので、乗車券は共通だ。行きは鉄道でゆっくり上り、帰りは眺望のきくロープウェーで一気に下界へ(下注)、というのもいい選択になる。
*注 ロープウェーはアイプゼー Eibsee に降りるので、ガルミッシュへは再び鉄道に乗る必要がある。
アイプゼー駅の列車交換(2018年) Photo by Whgler at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番14 ヴェンデルシュタイン鉄道 Wendelsteinbahn
もう一つのラック登山鉄道は、ヴェンデルシュタイン Wendelstein に上っていく。ここは標高1838mと取り立てて高い山ではないが、オーバーバイエルン Oberbayern の平原に近く、展望台として昔から人気があった。それでこの鉄道は、ツークシュピッツェ鉄道よりずっと前の1912 年に開通している。
もとはチロルに通じるDB幹線の途中駅ブランネンブルク Brannenburg が起点で、山上駅まで延長10.0kmの路線だった。しかし、村を横切っていた平坦区間が、道路交通に支障するとして、1961年に廃止されてしまった。以来、ヴァッヒング Waching という村はずれの駅がターミナルで、全国鉄道網とは接続がない7.7kmの孤立線になっている。
ヴァッヒング駅の前後はまだ平坦だが、まもなくシュトループ式のラック区間が始まる。いったん粘着式に戻って、待避線のあるアイプル Aipl 駅へ。しかし、ラックの坂道はまたすぐに復活する。ミッターアルム Mitteralm からは岩壁を貫くトンネルが連続し、勾配は最大237‰に達する。撮影ポイント「ホーエ・マウアー(高石垣)Hohe Mauer」を渡り、半回転すれば標高1723mの山上駅 Bergbahnhof だ。
山頂には、ツークシュピッツェと同様、ロープウェーが反対側の谷から上がってきている。片道登山鉄道、片道ロープウェーというコンビ乗車券を使えば、ロープウェーで山を降り、山麓でミュンヘン近郊線の電車に乗り継ぐ(下注1)という、一筆書きの周遊コースも可能だ。
*注1 RB55系統。最寄り駅は、徒歩7分のオスターホーフェン Osterhofen。
*注2 ヴェンデルシュタイン鉄道の詳細は「ヴェンデルシュタイン鉄道-バイエルンの展望台へ」参照。
ホーエ・マウアーを渡る(2013年) Photo by Geogast at wikimedia. License: CC BY 3.0 |
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