南ヨーロッパの地図

2016年8月13日 (土)

イタリアの鉄道地図 II-シュヴェーアス+ヴァル社

専門家やコアな鉄道愛好家向けに、魅力的な鉄道地図帳を刊行し続けてきたドイツのシュヴェーアス・ウント・ヴァル社 Schweers+Wall (S+W) が、ヨーロッパアルプスの南の路線網に初めて取り組んだのが、この「イタリア・スロベニア鉄道地図帳 Atlante ferroviario d'Italia e Slovenia / Eisenbahnatlas Italien und Slowenien」だ。192ページ、横23.5×縦27.5cmの上製本で、2010年1月に初版が刊行された。

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イタリア・スロベニア鉄道地図帳 表紙
 

鉄道地図には大別して、列車や路線のネットワークを表現するものと、路線のインフラ設備を詳述するものの2種類がある。S+W社の鉄道地図帳シリーズは後者に相当し、対象国内の全鉄道路線、全駅を含む主要鉄道施設が、正縮尺の美しいベースマップの上に表現されている。徹底的に調査され、細部まで描き込まれた鉄道インフラの最も詳しい地図帳として定評を得ている。

本書はタイトルのとおり、イタリアと東の隣国スロベニアの鉄道がテーマだ。イタリア半島にあるサンマリノとバチカン市国はもとより、歴史的に関連が深いイストラ半島(イタリア語ではイストリア Istria、大部分がクロアチア領)や地中海のマルタ島 Malta も範囲に入っている(下注1)。イタリアの鉄道地図は、長い間ボール M.G.Ball 氏の地図帳(下注2)以外に満足できるものがなかったので、S+W版の参入で一気に書棚が充実した印象がある。

*注1 現在、マルタ島には鉄道はないが、1931年まで1000mm軌間の鉄道がバレッタ Valetta から内陸に延びていた。
*注2 ボール鉄道地図帳については、「ヨーロッパの鉄道地図 I-ボール鉄道地図帳」参照。

さらに、旧ユーゴスラビア連邦の一部だったスロベニアまで範囲が広げられているのも嬉しい。もちろんこの国もボール地図帳のほかに詳しい鉄道地図はなかった。電化方式がイタリア在来線と同じ直流3000Vなので、今回一体的に取り扱ったものと推測するが、そもそもスロベニアの地はハプスブルク帝国領の時代が長い。最初に開通した鉄道は、帝国の首都ウィーンとアドリア海の港町トリエステ(現 イタリア領)を結んだ南部鉄道 Südbahn だ。その史実からすれば、オーストリア編のときに出ていてもよかったくらいだ。

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ローマ~ナポリ間カッシーノ Cassino 付近
(表紙の一部を拡大)
 

イタリア・スロベニア編のページ構成だが、地図のセクションは全部で157ページある。縮尺1:300,000で描いた全国区分図のほかに、路線網が錯綜する主要都市とその周辺について1:100,000、一部は1:50,000の拡大図がかなりの数挿入されている。余白にはそのページの図に記載された私鉄の社名、軌間、電化方式、開業年/廃止年のメモがつく。地図ページに続いては、駅その他の鉄道施設の名称索引が24ページある。

内容については、まず本書ドイツ語序文の該当箇所を引用させてもらおう。

「路線は、各図でインフラの所有権と関係づけて描かれている。その際、記号や配色はドイツ、スイス、オーストリアの地図帳からおおむね引き継がれている。

RFI(下注)の非電化線は黒で、私鉄はオレンジで描かれる。電化線は、適用される架線電圧方式に応じて、異なる色で記される。直流3000VのRFI国鉄路線網の路線は青、私鉄は明るい青で描かれ、交流25kVの路線(高速線)は緑で描かれる。それ以外の電圧、例えば1500Vまたは1650Vは紫で示される。引込線は茶色の破線、狭軌鉄道や路面軌道は独自の記号をもっている。イタリアに多数ある私鉄は、地図の縁にあるテキスト欄で簡潔に説明している。略号は地図で使用される略号を示している。」

*注 RFI(イタリア鉄道網 Rete Ferroviaria Italiana)は、旧 国鉄の線路等インフラ管理を担う企業。

イタリアの在来線の電化方式は直流3000Vなので、図を支配するのは青色(印刷色はウルトラマリン=紫味の強い青)だ。交流15kV 16.7Hzの赤色が目立つドイツ語圏の国々とは違って、落ち着いた雰囲気を醸し出す。イタリアと言えば、鮮やかな赤をまとう高速列車が目に浮かぶが、高速線の交流25kV 50Hz(下注)も緑色で、クールなイメージは崩れない。

*注 最初に完成したフィレンツェ~ローマ間の高速線(直流3000V)を除く。

その高速線は、本書の時点(2009年秋)ですでにトリノからミラノ、ボローニャ、フィレンツェ、ローマを経てナポリまで延び、さらにミラノから東へ、ヴェネツィアの手前までが予定線(下注)として描かれている。在来線でも、山が地中海に迫るジェノヴァ Genova~ヴェンティミーリア Ventimiglia 間やアドリア海岸のペスカーラ Pescara~フォッジャ Foggia 間、アルプスの谷間のウディーネ Udine~タルヴィジオ Tarvisio 間やブレンネロ/ブレンナー Brennero/Brenner~ボルツァーノ/ボーツェン Bolzano/Bozen 間などで、長大トンネルを含む大規模な別線建設が行われていることがわかる。

*注 2016年現在、すでに一部区間が供用中。

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ミラノ拡大図
(裏表紙の一部を拡大)
 

序文はさらに続く。

「廃止線は灰色で描かれる。インフラはまだ一部残っているがもはや運行できない路線(例えばポイントの欠如)も廃止線として扱っている。廃止線では、すべての旧 鉄道施設が図面に表されているわけではなく、キロ程も同様である。さらに言えば灰色の路線記号は、かつて線路がどこを通っていて、鉄道網とどのように接していたかだけを示そうとするものである。鉄道地図帳の重点は、現在運行中の路線網に置かれている。したがって視認性を優先するため、主要都市におけるかつての接続カーブまたは線路位置の再現は断念した。」

表示は完璧なものではないとは言うものの、今は無き廃線のルートや廃駅の位置がわかるのも、この地図帳の大きな特色だ。灰色で示される廃止線は、ほぼどのページにも見つかる。中には極端な蛇行を繰り返し、ときにはささやかなスパイラルまで構えて高みをめざすものがある(下注)。筆者にとって、その軌跡をさらに縮尺の大きい官製地形図や空中写真で確かめるのは、大いなる楽しみの一つだ。

*注 その一例を本ブログ「サンマリノへ行く鉄道」で紹介している。

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凡例の一部
 

このように実際に列車が走れる線路だけでなく、建設中や計画中の路線を拾い上げ、廃止線が自転車道に転換されればその記号まで付して、鉄道網の過去・現在・未来を一つの図面に示そうとする。この実直で緻密で徹底した編集方針は、類書の遠く及ばないところだ。なにぶんドイツの刊行物のため、序文と解説はドイツ語とイタリア語のみだが、凡例(記号一覧)には独・伊・仏語とともに英語表記があり、読図に大きな支障はない。イタリアの鉄道路線について調べるつもりなら、まず座右に置くべき書物の一つだろう。

なお、刊行から時間が経ち、初版の入手はやや難しくなっているようだ。古書店に当たるか、改訂版の刊行を待つ必要があるかもしれない。

■参考サイト
シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 http://www.schweers-wall.de/

★本ブログ内の関連記事
 イタリアの鉄道地図 I-バイルシュタイン社

シュヴェーアス・ウント・ヴァル社の鉄道地図帳については、以下も参照。
 ヨーロッパの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社
 ドイツの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
 スイスの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
 オーストリアの鉄道地図 I
 フランスの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社
 ギリシャの鉄道地図-シュヴェーアス+ヴァル社

2016年8月 7日 (日)

イタリアの鉄道地図 I-バイルシュタイン社

アルプスの麓の緑の谷間から、シロッコが吹く地中海の岸辺まで、イタリアの鉄道の守備範囲はとても広い。路線網の総延長は19,400km、営業中のものに限定しても16,700kmあるという。その性格も、フレッチャロッサ Frecciarossa(赤い矢)やイタロ Italo が最高時速300kmで突進する高速線から、半島の周辺部や離島の山懐を健気に走る950mm狭軌のローカル線まで、変化に富んでいる。

イタリアの鉄道網を一定の詳しさで表した印刷物の鉄道地図(路線図)は、2016年現在、筆者の知る限りで3種ある。

1.ボール M.G.Ball 氏の「ヨーロッパ鉄道地図帳 European Railway Atlas」の地域シリーズ Regional Series の1巻「イタリア編」
2.バイルシュタイン社 Beilstein の「レールマップ・イタリー Railmap Italy」
3.シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 Schweers+Wall の「イタリア・スロベニア鉄道地図帳 Atlante ferroviario d'Italia e Slovenia」

1については、すでに本ブログ「ヨーロッパの鉄道地図 I-ボール鉄道地図帳」で全般的なレビューをしているので、そちらを参照いただくとして、今回と次回で残りの2種を紹介しておきたい。

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レールマップ・イタリー表紙
 

2015年4月の新刊である「レールマップ・イタリー Railmap Italy / Carta Ferroviaria Italia(イタリア鉄道地図)」は、1枚ものの鉄道地図だ。横75cm×縦113cmの大判用紙に印刷され、折図にしてハードカバーがつけられている。冊子形式の他2種とは異なり、1枚でイタリア全土を一覧できるのがポイントだ。地図のデザインは一見地味だが、よく練られていて、主題となる路線情報がしっかり目に飛び込んでくる。

バイルシュタインの名はあまり聞き慣れない。実は、キュマリー・ウント・フライ(キュメルリ・フライ)社 Kümmerly+Frey (K+F) 刊行の「レールマップ・ユーロップ Railmap Europe(ヨーロッパ鉄道地図)」(2008年)と「ドイツ鉄道旅行地図 Rail Travel Map Deutschland」(2009年)の製作を担当したスイスの地図製作会社だ(下注)。これらはシートや表紙にバイルシュタインのロゴが見られるものの、あくまでK+Fブランドの出版物だった。それに対して、イタリア図はK+F社と関係なく、バイルシュタインが独自に企画制作、刊行したもののようだ。

*注 K+F社のレールマップ・ユーロップについては本ブログ「ヨーロッパの鉄道地図 IV-キュマリー+フライ社」で、また、ドイツ鉄道旅行地図は「ドイツの鉄道地図 V-キュマリー+フライ社」で紹介している。

内容はどうだろう。用紙寸法に収めるために、縮尺は1:1,300,000(130万分の1)と、少し小さめだ。ベースマップはベージュのぼかし(陰影)で地勢を手描きし、そこに水部(川や湖)を加えている。シンプルながら、色合いといい、明暗を際立たせた描法といい、イタリア官製1:100,000を彷彿とさせる美しさがある。森の緑に細かいぼかしで錯雑感が出てしまったドイツ図に比べると、はるかに見やすい。

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サンプル図(ローマ付近)
画像は http://beilstein.biz/ から取得
 

主役たる鉄道路線はまず、色で電化方式を表す(上図参照)。イタリアの在来線は直流3000Vで赤色が使われているが、高速線や一部の私鉄は緑や橙になっていて、方式が異なることがわかる。また、非電化線は黒色だ。色分けによって、周辺諸国の路線との接続状況も明らかになる。たとえば、国境のトンネルをはさんでどちら側で電源が切り替わるかも一目瞭然だ。

線の形状は、高速線や標準軌/狭軌を区別するのに用いられる。高速線は太い二重線、標準軌は太線、狭軌は輪郭つきの破線だ。建設中または計画中の路線は細い二重線になる。また、旅客列車の走らない路線は、たとえば非電化線なら黒をグレーにするなど、トーンを落として表現する。これらも感覚的に無理のない設定だ。

高速線の記号は目立つので、路線が輻輳している地域でも識別が容易だ。筆者は、イタリアの高速線は交流25kV 50HzのフランスTGV方式だとばかり思っていたのだが、この地図で、最初に開通したフィレンツェ Firenze~ローマ Roma 間だけが在来線と同じ直流3000Vであることに初めて気づいた。また、在来線では、北西部ピエモンテ州のいくつかのローカル線や、アペニン山脈南部の山岳路線で、旅客列車が廃止されているという現実も教えられる。

1:1,300,000という縮尺の制約上、すべての駅や停留所を表示するのは難しい。他の資料と見比べると、旅客駅、すなわちかつての基準で駅舎があって駅員がいる(昨今は条件を満たさないものも多いが)という、イタリア語でいうスタツィオーネ stazione だけが表示の対象のようだ。停留所(フェルマータ fermata、英語の stop, halt)や貨物駅などは描かれていない。一方で各路線には、トレニタリア(旧 国鉄)の時刻表番号、地方の時刻表番号、ヨーロッパ鉄道時刻表の路線番号といったインデックスが丁寧に振られ、時刻表とのリンクが配慮されている。

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サンプル図(メッシーナ海峡)
画像は http://beilstein.biz/ から取得
 

また、観光大国の鉄道地図とあれば、沿線の旅行情報にも抜かりはない(上図参照)。路線に緑の点線が添えられているのは、景勝路線だ。アルプスの谷間や湖沿い、アペニンの山越え、地中海岸など、目を凝らせばかなりのルートで記号が見つかり、旅心を刺激する。また、保存鉄道を示す蒸気機関車のマークも各所にある。そのほか、著名観光都市には星印が打ってあり、郊外には城、古代遺跡、修道院、景勝地など多数の記号が配されている。鉄道網と合わせてこうした周辺情報を追っていけば、地図を読む楽しみも倍加するだろう。

価格は19.90ユーロ(1ユーロ120円として2,388円)と少々高めの設定だ。しかし、列車で旅をしたいのだが、ウェブサイトにあるような主要路線と主要駅だけのラフな路線図では物足りないとか、イタリア全体を一覧できるものがほしいという向きには最適ではないだろうか。この地図は、バイルシュタイン社の自社サイトのほか、ドイツのアマゾン(Amazon.de)などで発注できる。

■参考サイト
バイルシュタイン社 http://beilstein.biz/

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 イタリアの鉄道地図 II-シュヴェーアス+ヴァル社

バイルシュタイン社の作品群
 ヨーロッパの鉄道地図 IV-キュマリー+フライ社
 ドイツの鉄道地図 V-キュマリー+フライ社

2009年3月 5日 (木)

ギリシャの旅行地図-ロード社

紺碧の海に白い家並みが眩しいエーゲ海クルーズは、ギリシャ観光の文字通りハイライトだ。お手軽な1日コースなら、首都アテネの外港、ピレウス港からサロニカ湾に浮かぶエギナ(アイギナ)Αίγινα / Aegina、ポロス Πόρος / Poros、そしてイドラ Ύδρα / Hydra (Idhra) 島を巡って戻る。3~4日かけるときは、キクラデス諸島のミコノス Μύκονος / Mykonos、サントリーニ(ティーラ)Σαντορίνη (Θήρα) / Santorini (Thira)、トルコ沿岸のドデカネス諸島に属するパトモス Πάτμος / Patmos、ロードス Ρόδος / Rhodes あたりまで足を延ばすらしい。

前回紹介したアナーヴァシ社は、島ごとの地図シリーズ"Topo Islands"を持っていたが、意外なことに、観光客の人気が高い島の多くはまだ作成されていない。これに関しては、ライバルであるロード社のほうが充実していて、アナーヴァシの19面に対して33面(他に、県別地図に分類されるクレタ島東部、同 西部の2面)もある。上に挙げた宿泊クルーズで寄港する島々は、すべて用意されているのだ。

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上の画像はシリーズの一葉、サントリーニ島だが(左は表面、右は裏面)、縮尺1:35,000の地形図に加えて、主邑フィラ Φηρά / Fira と夕陽の名所イア Οία / Oia (Ia) の市街図、ブドウ畑分布図、宿泊施設の連絡先、それに歴史、見どころ、特産品などの解説がギリシャ語と英語併記で付されて、たいへん充実している。

ロード社 Road は、アナーヴァシ社と同じくアテネを本拠とする地図や旅行書の出版社だ。公式サイトには、創立当時の決意を伝える文章が掲載されているので、引用する。

「ロード社は1994年2月に設立された。全世界から毎年何百万人が訪れる観光国にもかかわらず、ギリシャは、自国や外国からの旅行者が客観的な情報を伝える正確な地図も最新の旅行ガイドも手に入れることができない、基本的に地図のない国だった。そのころ利用可能な唯一の地図は、商業利用に多くの制限があり、道路情報が現実と大きな相違のあることに加えて、旅行者の関心が高い情報(区間距離、ガソリンスタンド、ビーチの名称、英語名など)が全く欠落したものだった。それが軍地理局の地図だ。(中略)

ロード社は、高精度の地図と当時存在していた旅行案内書の有用さとの著しいギャップを埋めるために設立された。これは、当時から現在まで他の追随を許さないビジネスになっている。」

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少し前までギリシャの地図といえば、ロード社が代表的存在で、スタンフォーズやオムニマップのような地図店でも露出度が高かった。アナーヴァシの台頭を意識するようになったのは最近だ。ロード社のカタログを見ると、縮尺1:425,000は2面(セット販売)で、1:250,000は5面で本土をカバーしている。これより大縮尺では、県別地図、山岳地図、そして島の地図がある(上画像の左はギリシャ全図、右は山岳地図のピリオン山 Πήλιο / Mt. Pilion)。品揃えは競争相手とさして変わらないように見えるが、点数で比較する限り、力点の置き方が明らかに違う。

すなわち、アナーヴァシの得意分野は山の地図であり、ロード社は先述のとおり、島の地図なのだ。アナーヴァシは軍地理局のラスタデータ(地図画像)をいち早く取り入れて、1:50,000なら等高線間隔20mに改版を進めた。確かに、山歩きに使う地図はこのくらいの精度が望ましい。一方のロード社は、島の地図でも等高線20mを実現しているのはまだ全点数の2割程度で、多くは100m間隔の等高線にコントラストの強い段彩をかけた大味な表現のままだ。島の地図の用途は山歩きではなく、道路網や観光地の情報を得ることだと考えているのかもしれない。

サイトにある自己紹介で、ロード社は自社地図の特徴を列挙している。いわく、軍地理局の地理情報の使用(すなわち信頼性)、読み易さ使い易さ、豊富な情報量、正確性、ハードカバー、耐水紙、頻繁な更新、良質な印刷...。地図の品質が全般的に向上している現在では、もはやインパクトが弱まってしまった項目もあるが、しかし熱心なアピールの中に、自国の地図文化の改革を率いてきたロード社の自負心が窺える。

同社の地図は、自社ショッピングサイト(英語版あり)で発注すれば、国外へも送ってくれる。また、アテネ市内に直営店舗もある。

■参考サイト
ロード社 http://www.road.gr/

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 ギリシャの旅行地図-アナーヴァシ社
 ギリシャの地形図

2009年2月26日 (木)

ギリシャの旅行地図-アナーヴァシ社

民間会社の地図は、官製地図よりはるかに親近感がある。旅行やドライブに役立つ情報が強調され、更新もまめに行われ、書店で手軽に買えるからだ。その反面、地勢表現は二の次で、精度が低かったり、全く省略されることもあるので、もっぱら鑑賞派の筆者はあまり食指が動かなかった。わざわざ諸外国の官製図の動向を調べ始めたのも、そこに物足りなさを覚えていたからだ。

しかし近年、先進国では、国の測量局が地形情報を画像や数値データで提供するのが当たり前のようになってきた。民間会社は競ってこれを利用し、官製図と同等の、ときにはそれを超える美しい地勢表現の地図を発表している。ギリシャの民間図のレベルもまた、この趨勢に沿って進化の途上にある。双璧というべき地元のアナーヴァシとロードの2社が、品揃え、質、販売、どの面をとっても互角の勝負をしているようだ。

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アナーヴァシ社 Ανάβαση / Anavasi の地図刊行の歴史は新しく、1997年に始まる。アナーヴァシは、ギリシャ語で上ることを意味するそうだが、その名に違わずわずか10年で、道路地図や山岳地図、ガイドブックなど立派なレパートリーを備えるまでに成長した。

1枚もの地形図はトポ Topo(地形)シリーズと称している。測量局提供の等高線にぼかし(陰影)と段彩を加え、地形図としても通用するクオリティを誇る。凡例だけでなく、地図上の地名にもギリシャ語と英訳の併記が徹底されて、読み取りに不自由を感じさせない。用紙は厚手の耐水紙を使い、野外持ち出しにも適した仕様だ(写真左は Topo 25「オリンポス山」、右は Topo 100「フォキス、東エトリア」)。

縮尺別に見ていくと、まずTopo 250シリーズは縮尺1:250,000で、島嶼部を除くギリシャ本土を7面でカバーする(現在は改版中らしく、カタログにあがっているのは、ペロポネソス半島 Πελοπόννησος / Peloponnese のみ)。これは道路地図といっていいだろう。筆者は実見していないが、冊子形式の1:250,000道路地図帳(全国版、地域版)も刊行されているようだ。

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これより大きい縮尺の地図は、登山者の多い山岳地域を対象としたものになる。オレンジ色の表紙のTopo 100(縮尺1:100,000)は等高線が100m間隔で、湾をはさむギリシャ中央部とクレタ島 Κρήτη / Crete の図葉がある。緑のTopo 50は等高線20m間隔で、ギリシャの背骨と言われるピンドス山脈 Πίνδος / Pindus からパルナッソス山 Παρνασσός / Parnassus、オリンポス山 Όλυμπος / Olympus、ペロポネソス半島南端のタイゲトス山地 Ταΰγετος / Taygetus など、トレッキング適地を広域的に網羅している。黄緑のTopo 25は等高線10m間隔で、図郭を有名な山とその周辺にターゲットを絞ったものだ。

このほか、エーゲ海 Αιγαίο Πέλαγος / Aegean Sea に点在する島嶼群を対象にした Topo Islands シリーズ(縮尺は1:20,000~1:60,000)が、現在19面出ている(右写真は Topo Islands「ナクソス島」)。

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Topoシリーズ索引図
 

地図記号はどのシリーズも大差ないが、特徴的なのは、文化財の記号が充実していることだ。縮尺にもよるが10以上の種類があり、イオニア式の柱頭をかたどった古代寺院 ancient temple や、ドームの空間をイメージしたビザンティン建築 Byzantine monument などは、ご当地ならではの項目といえる。他にも、アーチ形を写した石橋 stone bridge、そして石灰焼き窯 limeklin、脱穀場 threshing floor とユニークな記号が並んでいる。

旅行地図の刊行とともに、アナーヴァシ社はデジタル分野にも力を注いでいて、GPS装置用などの電子地図作成が社業のもう一つの柱だ。ギリシャの地図を必要とするときは、まず当たるべき地図出版社といえるだろう。同社の地図は、欧米の主要地図商でも扱っているが、自社ショッピングサイト(英語版あり)で発注すれば、国外へも送ってくれる。また、現地に行く予定なら、アテネ市内にある直営店舗を訪ねるとよい。ライバルであるロード社については、次回紹介する。

■参考サイト
アナーヴァシ社 http://www.mountains.gr/  英語版あり

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 ギリシャの旅行地図-ロード社
 ギリシャの地形図

2009年2月19日 (木)

ギリシャの地形図

1980年代における世界の地図事情をレポートした「世界地図情報事典」(正井泰夫監訳 原書房, 1990年)によると、ギリシャの地形図のうち1:25,000~1:100,000について、「現在の法規では、これらのシリーズはギリシアの国外では入手できない」としている。当時知られていたのは、ギリシャ国立統計局 Εθνική Στατιστική Υπηρεσία της Ελλάδος / National Statistical Service of Greece (NSSG) の1:200,000県別地図だが、200m間隔の等高線に段彩をつけた程度の大味なものだった(下図)。

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1:200,000県別地図
ΝΟΜΟΣ ΑΤΤΙΚΗΣ(アッティカ県)1972年版
 

筆者が、官製図の版元であるギリシャ軍地理局 Γεωγραφικη Υπηρεσια Στρατου / Hellenic Military Geographical Service (HMGS) に初めてコンタクトを取ったのは、アテネオリンピックが開催された2004年のことだ。さすがに国外への販売は解禁になっていたが、発注書を書くために、ギリシャ語表記の難解な索引図を苦労して解読したのを思い出す。

今回、久しぶりに地理局のHPを訪問したら、垢抜けたデザインに差し替えられ、英語版もギリシャ語と同じボリュームが用意されていた。しかも、地形図のオンライン発注サイトまであるではないか。試験段階と断っているとおり、地図索引図と連動していないし、残念なことに代金決済システムが採用されておらず、支払いは従来の銀行送金か小切手で行うしかない。しかし、リクエストが来れば対応するというような受身の姿勢からは、転換が図られつつあるようだ。

ギリシャの地形図作成は1889年、オーストリアから招聘された軍事使節団の手で開始された。オーストリア(当時はオーストリア=ハンガリー二重帝国)は1870~80年代に大規模な土地測量(フランツ・ヨーゼフの土地測量 Franzisco-Josephinische Landesaufnahmeと呼ばれる)を実施し、オスマン・トルコ領を含む広大な地域をわずか18年で完成させていた(下注)。ギリシャ政府はその実績に着目したのだ。

*注 本ブログ「オーストリアの地形図略史-帝国時代」参照。

最初の国土測量は1896年に完了した。さらに彼らに学んだ自国の技術者たちを核にして、軍の測量部が組織され、1926年には現在のHMGSが誕生した。資料や設備が灰燼に帰した第二次大戦を経て、1962年には測量成果を民需にも転用する方針が出された。しかし、その後軍事政権が確立し、隣国トルコとの対立など国際情勢の影響もあって、測量成果の利用は長らく国内だけに留められていた。

HPによれば、最近のHMGSはギリシャ軍の支援に必要なすべての地図作成を行うとともに、公共の需要にも応えている。地形図はアナログ(紙地図)のほかにラスタデータ(地図画像)でも供給し、1:50,000地形図から編集したベクトルデータ(数値地図)も販売している。次回紹介する民製図もこれらを使用できるようになって、地勢表現が格段に進歩した。

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1:250,000 Athínai 1979年版
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一部を拡大
© 2009 Hellenic Military Geographical Service
 

さて、ギリシャの地形図体系はどうなっているのだろうか。縮尺としては、
1:1,000,000(100万分の1)
1:500,000
1:250,000
1:100,000
1:50,000
1:25,000
の6種類があるが、全土をカバーする最大縮尺は1:50,000のようだ。図式は明示されていないものの、サンプル図から、1:1,000,000と1:500,000は IMW(100万分の1国際図)、1:250,000は JOG(Joint Operations Graphic、直訳すると共同作戦図)の図式が基準になっていると読み取れる。JOGはアメリカ(および同盟国軍)の標準軍用地形図だが、ギリシャは1952年にNATOに加盟しているので、米軍の支援を受けて整備したものと思われる。

横長の図郭であるJOGに対して、1:100,000は緯度経度とも30分、1:50,000は15分に区分した縦長の図郭を用いている。この特徴的な形はオーストリアと同一で、紛れもなく初期の技術指導に由来するものだ。図式はオーストリア風とはいえず、1:50,000では等高線間隔20m、道路を赤、植生をアップルグリーンで塗るなど、ごく通常の仕様になっている。地図上の表記はギリシャ語だけだが、凡例には英語が加刷されているので、読解には支障がない。

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1:100,000 Piraieús 1978年版
一部を拡大
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1:50,000 Vólos 1985年版
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一部を拡大
© 2009 Hellenic Military Geographical Service
 

どの地図も「ΓΕΝΙΚΗΣ ΧΡΗΣΕΩΣ(一般用の意)」と加刷されているのは、軍用と区別するためだ。空港や港湾施設が軍事施設として図から抹消されているのは当然だが、1:50,000の海の部分に詳細に書かれた水深値は、秘匿情報には当たらないようだ。海図ではないので、クルージングなどにそのまま利用することはできない。

透かし入りの厚手の用紙を用い、地名以外の文字情報もほとんど加えておらず、いかにも官製という堅苦しさを感じさせる地形図だが、見方によっては原初の純粋さを残しているともいえる。島嶼や国境付近など一部の図葉に購入制限がかかっているが、次回紹介する旅行地図がカバーしない地域では唯一の地理情報源だ。他の南欧諸国のように、今後も普及の努力が続けられることを望みたい。

■参考サイト
ギリシャ軍地理局 http://www.gys.gr/

ギリシャの地図に関する情報は、「官製地図を求めて-各国地図事情 ギリシャ」にまとめている。
http://map.on.coocan.jp/map/map_greece.html

★本ブログ内の関連記事
 ギリシャの旅行地図-アナーヴァシ社
 ギリシャの旅行地図-ロード社

2009年2月12日 (木)

イタリアの旅行地図-タバッコ出版社

奇怪な山容のドロミティ(ドロミテ)山地 Dolomiti に代表されるイタリアアルプス。第1次大戦まではオーストリア帝国の領土だったことから、最も北にある上アディジェ/南チロル Alto Adige/Südtirol ではドイツ語を母語とする住民が今も7割を占める。近くて言葉が通じる南の国は、ドイツ語圏の旅行者の関心も高い。

そのような事情が背景にあるのだろう。この地域は、ドイツ語系の旅行地図が幅を利かせている。オーストリアの項で紹介したフライターク&ベルント社 Freytag & Berndt (F&B) とコンパス社 Kompass の勢力圏であり、アルペン協会もわずか2面だが、山岳地図を手がけている。

それに対し、地元から参入して気を吐いているのが、タバッコ出版社 Casa Editrice Tabacco だ。本拠はイタリアの東端、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州 Friuli-Venezia Giulia のウーディネ Udine 郊外にある。イタリア語風にタバッコと表記したが、意味はもちろん煙草のことだ。妙な社名だが、公式HPにも社史や名前の謂れについては言及されていない。

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F&B社の旅行地図は質、量ともに見劣りするので差し置き、ここでコンパスとタバッコを比較してみたい。筆者の見立てでは、両者は互いに譲らぬ好敵手だ。

コンパスは1:50,000と1:25,000の2種類の縮尺が揃い、この地域だけで全部で約50点出している。タバッコも同じように1:25,000が52点、1:50,000が10点、自然公園図(1:25,000)が9点ある(右上写真の、左は1:25,000、右が1:50,000)。1面の図郭面積はタバッコが約108×96cmで、コンパスより一回り大きい。

価格はタバッコが7ユーロ(イタリアでの売価)、コンパスも7~8ユーロでほとんど差はない。ちなみに官製図は、図郭が拡大された1:50,000でもタバッコの1/4の面積しかないのに、価格は10ユーロもするから、民製図のほうがはるかにお徳だ。

カバーするエリアは、欧州随一を自認するコンパスが圧倒的なのは仕方がない。しかし、イタリア北東部に限定すると、コンパスが作成済みのトレンティーノ Trentino(トレント自治県 Provincia autonoma di Trento)やガルダ湖 Lago di Garda 周辺へはタバッコの手が及んでいないが、逆にフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州については、本社のあるタバッコが充実している。

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1:25,000索引図
 

接戦の賜物と言うべきか、地図のクオリティは鑑賞にも堪える高いレベルにある。両者とも等高線とぼかし(陰影)を併用して地勢を立体的に見せ、植生を示す面塗りを施している。等高線の間隔は1:25,000の場合、タバッコが25m、コンパスが20m、1:50,000では同50m、40mと異なる。

タバッコの等高線は、欄外注記でも明らかなように、官製図である軍事地理研究所 Istituto Geografico Militare の地形図から取っている。注目すべきは、タバッコが岩場の等高線を褐色から灰色に変えていることだ。これはスイス官製図が採用している方法で、崖地を表す絵模様と重ねることで生じる錯雑感を避ける目的がある。工数増をも厭わないのは美しさにこだわっている証拠で、コンパスも官製図もここまでは踏み込んでいない。

岩場の表現自体も、官製図は写実的であっさりしているが、タバッコはそれを流用せず、やや模式的で濃厚な独自様式で描き直している。離れて眺めると立体感が強調されて、確かに見栄えがいい。

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1:25,000旅行地図の例
(地図カタログ 2014年版より)
© 2014 Casa Editrice Tabacco

旅行情報の充実度はどうだろうか。コンパスの方針が観光資源をくまなく記号化することなのに対して、タバッコは登山道の表示に集中しているようだ。ドロミティは、侵食に耐えて屹立する岩山の周りに、緩やかな裾野が展開する。アルタ・ヴィア Alta Via(高い道の意)といわれる長距離ルートをはじめ、トレッキングに適した小道が縦横にめぐっているのだ。

タバッコ地図では、登山道の分類が難度に応じて6種類もある。道標のあるラバ道 mulattiera あるいは通行容易な小道 sentiero、道標のある小道、道標の少ない小道、道標はあるが経験者向きの難路、道標の少ない経験者向きの踏み跡 traccia、(戦時の行軍用に整備された)鉄梯子道 via ferrata、局所的には岩登りの記号もつけて万全を期している。

イタリアきっての人気山岳リゾートが、このような美しい地図に恵まれているのは喜ばしい。そう思って、しばらくぶりにタバッコの最新カタログを見たら、従来の領域を越えて港町トリエステ付近の新図が追加されているではないか。今度はカルスト地形だ。どのように表現されているのか、さっそく手配しようと思う。

タバッコの地図は、イタリアの地図商はもとより、スタンフォーズ Stanfords ほか主要地図商で扱っている。

■参考サイト
タバッコ出版社 http://www.tabaccoeditrice.it/

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2009年2月 5日 (木)

イタリアの旅行地図-イタリア旅行協会

悠久の歴史と文化に彩られたイタリアは、ヨーロッパそして世界中の人々を引きつけてやまない。中世の面影を保つ街巡りはいつも魅惑的だが、明るい陽光を浴びながら、緑なす田園風景を愛でる旅にも期待が膨らむ。そこではおそらくTCIの地図とガイドブックが水先案内人となってくれるはずだ。

日本語でイタリア旅行協会と訳されるTCI、すなわちツーリング・クラブ・イタリアーノ Touring Club Italiano は、同国の旅行事業を専門とする独立非営利法人だ。イタリア旅行書・地図の分野では、フランスにおけるミシュラン社 Michelin のような代表的存在になっている。

協会の日本語版HPの紹介によれば、TCIは1894年、自転車旅行の愛好家たちによってミラノで設立された。現在45万人以上の会員を擁しており、旅行文化の普及と振興を図ることを目的に、出版、旅行代理、施設運営、調査研究などの事業を展開している。

TCIの地図帳としては、縮尺1:200,000でイタリア全土を北部、中部、南部の3分冊にした「イタリア道路地図帳 Atlante stradale d'Italia」が知られていた(下写真は北部編1991年版。その後、表紙デザインは変わっている)。A4判より一回り大きい24.5cm×32cm。収載範囲は、北部編が北の国境からフィレンツェまで、中部編はボローニャからナポリの北まで(ナポリは含まず)とサルデーニャ島、南部編はローマから南、シチリア島までだ。周辺部は互いに若干の重複を持たせてある。

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カタログで見ると、2009年版は全土を1冊にまとめたため、575ページものボリュームになっているようだ。先にあげたミシュランにも同じ縮尺のイタリア地図帳があるが、他社には真似のできないご当地色に満ちている点で、筆者は断然TCI版を支持する。

最たる特徴は、道路地図 Cartografia stradale の地勢表現に、古典的なケバ式を採用していることだろう。ケバとは「斜面の最大傾斜の方向に向けて並べられた単線群」(「図説地図事典」武揚堂1984, p.298)、つまりブラシのような線をびっしりと描いて傾斜や立体感を示す方法だ。19世紀中期以降に等高線が普及するまでは、「地形図」の主たる表現手段だった。TCIのケバは線の足が長く、まるで指紋のようだ。それだけでも十分美しいが、よく見ると灰色のケバの下にベージュのぼかし(陰影)を重ねて、立体感をより強調している(下図参照)。

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1:200,000道路地図の例
(TCI道路地図カタログ 2009年版より)
© 2009 Touring Club Italiano
 

地図全体のトーンがイタリアの家並みを連想させるのは、この下地とともに、主要道がキャロットオレンジ、その他の道路がクロームイエローに塗られているためだ。いまどき手描きの注記というのも温かみを醸し出す源だろう。もちろん、区間距離や道路番号の表示など、道路地図としての機能は整っているし、鉄道記号もていねいに単・複線、軌道の区別がある。

もとより、1:200,000という縮尺で道路網が稠密な都市近郊を描くのは無理がある。地図帳には、別に中心都市図 Pianti di attraversamento がついている。筆者の手元にある版は古いため、各巻4~5都市が紹介されているだけだが、現行版は119都市を収載しているという。

縮尺はまちまちだが、郊外には等高線も入っている。旧市街はしばしば丘の上に築かれているので、これも必要な情報だ。主要街路は太い線でくくり、目印となる文化財級の建造物は俯瞰形で描き起こされている。いずれ劣らぬ個性を放つ町ばかりだから、旧市街の狭い街路や教会、遺跡を追っての図上旅行を始めると、時の経つのを忘れる。

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市街図の例
(TCI道路地図カタログ 2009年版より)
© 2009 Touring Club Italiano
 

なお、これらの図版は1枚ものの折図にも使われており、1:200,000地方図シリーズ Carte regionali や、都市図シリーズ Carte e Piante di città として多数刊行されている。かつては都市図だけを収録した「イタリア都市図集 La piante delle cittá d'Italia」という地図帳もあったのだが、すでにカタログから消えた。この道路地図帳に集約されてしまったのかもしれない。

姿を消したということでは、1枚ものの旅行地図もそうだ。TCIには、戦前からイタリア各地の集成図「イタリア旅行地図 Carta di zone turistiche d'Italia」の看板シリーズがあった。内容は、特に旅行情報を付加したわけでもないただの地形図なのだが、ぼかしが入り、露岩や崖地の表現も精巧で、入手しにくい官製図に対して身近な存在だった。

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1990年代でもまだ北部の山岳地帯やナポリ湾などの図葉が残っていたが、いつしか上記の1:200,000の図版を使用したものに置き換えられてしまった。改訂の手間を考えて整理されたのだろうが、惜しいことだ。(上の写真左側はイタリア旅行地図シリーズの一つ「オルトレス・チェヴェダーレ山群 Gruppo Ortles Cevedale」1981年版、右はそれを引き継ぐ1:200,000図版を使ったシリーズ「ガルダ湖 Il lago di Garda」1996年版だが、これも今は廃版)

■参考サイト
イタリア旅行協会 http://www.touringclub.it/
同 出版物(ウェブストア)https://www.touringclubstore.com/

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 イタリアの旅行地図-タバッコ出版社

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