ドイツ・ベルギー・オランダ三国国境会合点
フェン鉄道の探索を終えてアーヘン市内に戻った午後は、念願だったもう一つの見どころへ向かった。それは南西5kmのファールス山(ファールゼルベルク Vaalserberg)という小高い山の上にあるドイツ・ベルギー・オランダの国境会合点、三国の国境が一点に集まる場所だ。ドイツ語で Dreiländereck(ドライレンダーエック)、オランダ語で Drielandenpunt(ドリーランデンプント)と呼ばれる。
■参考サイト
三国国境会合点付近のGoogle地図 https://maps.app.goo.gl/GxcE4YnaKebEaPRs7
![]() 三国国境会合点の国境標 |
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山頂の標高は322.4m(下注)でも、麓からの高さ、いわゆるプロミネンスは100m程度に過ぎない。それで、歩いて登る道は多数あるのだが、山上まで連れていってくれる公共交通機関は、オランダ側のファールス Vaals の町から出ている路線バスだけだ。きょうは日差しが強いので、できるだけ楽に行きたい。
*注 ベルギーでは基準面が異なるため、324.73mと定義されている。
![]() アーヘン、ファールス山周辺の地形図にバス停等を加筆 赤の破線で囲んだ区域は、後述する中立モレネの「領土」 Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
そこで、まずはファールスへ移動する必要がある。アーヘンの中心街エリーゼンブルンネン Elisenbrunnen のバス停でDB(ドイツ鉄道)アプリに尋ねると、直近の便は、アリーヴァ Arriva が運行している350系統マーストリヒト Maastricht 行きの急行バス、と回答が来た。しかし、オランダの事業者のためか、現地の停留所の発着案内にはいっこうに表示されない。ふと不安がよぎったが、案ずるまでもなくバスは定刻に現れた。
16分ほどで、国境を越えたファールスのバスステーションに到着。そこで同じアリーヴァの149系統グルペン Gulpen 行きを待つ。オランダ最南部を走るローカルバスだが、これがファールス山を経由する。
![]() 山上のバス停 |
ところで、山上への公共アクセスがなぜオランダ側にだけあるのだろうか。その理由はまもなくわかった。
くねくねと山道を上って到着した山上停留所(下注)の周りは、森に囲まれた駐車場があり、その奥に生垣造りのラビリンス(迷路)やビストロ、子どもの遊具広場など、行楽地らしい空間が広がっていたからだ。実はファールス山は、オランダのヨーロッパ本土における「最高峰」なのだ。そのため、オランダ人なら一度は来る観光スポットになっている。
*注 バス停の名称はファールス・ドリーランデンプント Vaals Drielandenpunt。
![]() 山上のレジャー施設、左が生垣ラビリンス(2004年) Photo by Horst J. Meuter at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
![]() ファールス山周辺の拡大図 Image from OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
ビストロエリアから50mほど先に進むと、石畳の上に、多角錐の石柱2本と鉛筆の先のような国章つきのモニュメントが立っていた。これらは1926年まで三国国境会合点に立っていた古い国境標だという。手前の石標には「オランダ最高地点、標高322.5m」と刻まれている(下注)。周囲は平坦な広場で、起伏は全く感じられないが、一応ファールス山の山頂のようだ。
*注 原文は「Hoogste punt van Nederland 322.5 mtr boven A.P.(A.P. はAmsterdams Peil、アムステルダム標準水位)」。
![]() オランダ最高地点にある旧 国境標 |
しかし、正式な三国国境会合点はここではなく、さらに40m進んだ地点にある。こちらの石柱は先端が八角錐の1本のみで、D(ドイツ)、B(ベルギー)、NL(オランダ)の略号が刻まれている。DとBの間にある数字 1032 は、ヴェルサイユ条約で画定されたドイツ・ベルギー国境の標番だ(下注)。DとNLの間にも 193 の標番プレートがあった。とはいえ、円形の敷地の周りに置かれたベンチでは人々が思い思いの格好でくつろいでいて、三国の国旗が後ろに飾られていなければ単なる休憩場所かと思うほどだ。
*注 ヴェルサイユ条約は1919年に調印された第一次世界大戦の講和条約。標番は、ドイツ・ベルギー・ルクセンブルクの国境会合点が1で、ファールス山の国境会合点1032が最後となる。
よく見ると、円形敷地には金属素材で国境線らしきものが引いてある。ドイツ領は広場から見ると後ろの森の側だが一番広く、中心角で180度を占める。広場の手前側にあるオランダ領は意外に狭くて50度程度、奥のベルギー領が残り130度だ。
![]() 三国国境会合点、国境を挟んでベンチが並ぶ |
![]() (左)BとDの間に1032の標番 (右)DとNLの間に標番193のプレート(2010年) Photo by Romaine at wikimedia. License: CC0 1.0 |
さらに注目すべきは、円の外側で、オランダおよびベルギー領の部分に敷かれているピンコロ石の石畳だ。ドイツ・ベルギー国境に接する部分が扇形に区切られている。傍らに立つ案内板によると、これはかつて存在した共同主権地域、中立モレネ Neutral Moresnet の最北端を示すものだという(下注)。
*注 Moresnet はかつてモレネー [moʁəˈneː] と発音した(本稿の音写はこれに従う)が、現在はモレスネットまたはモーレスネット [ˈmɔʁəsnɛt] と読まれる。なお、中立モレネの東側境界線と現 ドイツ・ベルギー国境とは一致しないはずなので、この区切り線は正位置からずれているという主張もある。下記サイトを参照。
https://www.grenspalen.nl/archief/Moresnet/Moresnet-bordermarkers.html
中立モレネは面積3.44平方kmで、1816年に誕生し、1919年まで約1世紀の間、存在した(図上位置は、冒頭の地図参照)。事の起こりは、ナポレオン戦争の戦後処理のために関係国が招集されたウィーン会議だ。ネーデルラント連合王国(オランダ)とプロイセンの間で、この地域の領有権が大きな争点になった。というのも、ここには亜鉛鉱を産出するヨーロッパ有数の鉱山があったからだ。
![]() 中立モレネの領域を示す石畳の区切り |
半年かけた協議の結果、地域を3分割し、西部をオランダ領、東部をプロイセン(1871年からドイツ帝国)領、中央部の三角地帯を両国の共同統治とすることで、1816年6月に妥協が成立した。ちなみにこのとき両国と、三角地帯すなわち中立モレネの境界が集まった地点が、現在の三国国境会合点になる。
1830年にオランダからベルギーが分離独立すると、共同統治権はベルギーに引き継がれた。これ以降、会合点にはベルギーを加えて4か国の国境が会することになった。鉱脈が枯渇して1884年に鉱山が閉鎖された後も、タックスヘイブンの利点が評価されて中立モレネは存続した。しかし、第一次世界大戦のドイツ降伏で、ベルギーに全面帰属して消滅することになり、会合点も3か国のそれに戻ったのだ。
それから100年以上が経つが、今でも中立モレネの境界標の多くがまだ現地に残されている。ベルギー側のアクセス道路の脇にあるのもその一つだ。これは西側の国境線を示す30個の石標のうち最も山頂寄りのもので、ローマ数字の XXX(30)が刻まれている。東側の国境線にも同じく30個が付されたが、山を少し降りたところにその一つ、XXXII(32)番の標石を見いだすことができた。
![]() 中立モレネの境界標 (左)アクセス道路の脇にある標番 XXX(30) (右)森の中にある標番 XXXII(32) |
話をファールス山上に戻すと、オランダ側と同じように、ベルギー側にもビストロの建物とパラソル付きのテラス席がある。それより目を引くのは後ろにそびえ立つボードゥアン塔 Tour Boudouin だ。第5代ベルギー国王の名を冠したこの高塔は、1994年に完成した高さ50mの有料展望塔で、エレベーターまたは階段を使って上ることができる。
![]() ベルギー側のボードゥアン塔、最上階は展望台 |
塔の上からは、予想どおり遮るもののない360度の展望が楽しめた。東がドイツで、アーヘン市街の家並みの上に、大聖堂の大屋根と尖塔が浮かび上がる。南はベルギーで、かつての中立モレネとその周辺地区だ。ドイツからアントウェルペン Antwerpen の港に通じる貨物幹線のモンツェンルート Montzenroute が、足もとのトンネルからまっすぐ延びている。目を凝らすとベルギー最長のモーレスネット高架橋も確認できた。
北西方向はオランダだが、手前の森の間に生垣ラビリンスが俯瞰できるものの、遠方は丘陵地が波打つばかりで、これといって目立つものがない。オランダ側では2011年に、ウィルヘルミーナ塔 Wilhelmina-Turm という別の展望施設が開業した。台地のへりに立っているのでこのほうが眺めがいいのだが、ボードゥアン塔から1kmほど離れていて、今回は割愛せざるを得ない。
![]() ボードゥアン塔からの眺望 ドイツ方向、右中ほどにアーヘン大聖堂の2本の尖塔と大屋根 |
![]() 同 ベルギー方向 右手一帯が旧中立モレネ、足もとにモンツェンルートが延びる |
![]() 同 ベルギー方向、遠方にモーレスネット鉄橋 |
![]() 同 オランダ方向は、手前に山上のレジャー施設 森のかなたにウィルヘルミーナ塔の先端がのぞく |
ファールス山上の探索を終えた後は、自分の足で直接ドイツ側へ降りた。こちらは他の2国のような山上の平坦地が含まれておらず、斜面に広がるうっそうとした森の中にトレールが続いている。麓のバス停まで2km弱、農地の先に集落が見えてくるまで、誰一人出会うことがなかった。
![]() (左)独蘭国境沿いの森のトレール (右)ドイツ側の集落が見えてきた |
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