道路地図

2020年4月12日 (日)

イギリスの1:100,000地形図ほか

縮尺1:25,000や1:50,000の地形図図式は、実際に現地でトレッキングやサイクリングの道案内に使えるように設計されている。だが、縮尺がそれより小さくなると、もはや小道や通行権などは細かすぎて描くことができない。そのため1:100,000や1:250,000のような小縮尺図の内容は、クルマが走れる道路網と市街地の位置関係を表すことに重点が移る。いわゆる道路地図や広域旅行地図のたぐいだ。

ハーフインチ図 Half-inch map

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ハーフインチ図
(大型図郭)表紙
 

かつて帝国単位の体系の時代には、1インチ図の次に小さい縮尺としてハーフインチ図が用意されていた。実長1マイルを図上1/2インチで表し、分数表示では1:126,720になる。これはもともと軍用として作成されたものだった。

それ以前、ハーフインチ図の市場は、民間の地図会社ジョン・バーソロミュー・アンド・サン John Bartholomew and Son の独擅場(下注)で、軍もそれを使っていた。ところが、同じ流れで軍が同社に特注品の作成を依頼したところ、財務省から待ったがかかった。OS(陸地測量部)という政府機関があるのに、なぜ商業地図に予算を投じるのか、という指摘だった。バーソロミューの地図に著作権侵害の疑いをかけていたOSもそれに同調し、その結果作られたのが、OSオリジナルのハーフインチ図だ。

*注 バーソロミューのハーフインチ図は、OS 1インチ図を資料として、1875年にスコットランドの刊行を開始、1897年からはイングランド及びウェールズにも拡大された全62面のシリーズ。1974年まで維持された後、翌75年から縮尺を1:100,000に変更、1999年廃刊。

地図は1インチ図から編集され、1903年に初めて刊行された。このときは縦12×横18インチの図郭だったが、1906~08年に当時の1インチ図(第3エディション)と同じ縦18×横27インチの大型図郭に改められ、74面で全国をカバーした。

地図は、低地50フィート間隔、中高地100フィート間隔の等高線と、緑から茶色に遷移する段彩で地勢を表現する。赤と黄に塗り分けた主要道で、道路網の骨格も強調されている。バーソロミュー図に似てはいるが、明度がより高く、色版の数も多いので、ライバルの仕様を超えるものを追求したことが見て取れる。

一般販売用の表紙には、1インチ図と同じようにエリス・マーティン Ellis Martin の描くイラストがあしらわれた。しかし、絵柄はハイカーではなく、オープンカーを走らせる旅行者のグループだ。縮尺に応じてセールスターゲットも変えているようだ。

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ハーフインチ図の比較
(上)OS図
  図番36 デヴォン南部 South Devon 1925年
(下)バーソロミュー図
  図番36 デヴォン南部 1923年
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
 

第二次世界大戦中、OSのあるサウサンプトンはドイツ軍の空襲を受け、多くの原版が灰燼に帰した。そのため、戦後改めてハーフインチ図 51面の新規製作が計画された。これが第2シリーズと呼ばれるもので、1956年に最初の1点、図番51「カンタベリー Canterbury」が現れた。しかしその後、追加で4面、すなわち計5面刊行されただけで、計画は放棄されてしまった。知名度の高いバーソロミュー図の前で売り上げが伸びず、1マイル図やクォーターインチ図との差別化も不十分だったのが原因とされる。

最後まで残されていた図番28「スノードニア Snowdonia」が1990年に絶版となり、ハーフインチ図は市場からすべて姿を消した。

OSツアーシリーズ OS Tour Series

現行OSツアーシリーズの登場までに、10年の空白がある。OSツアーは2000年3月に図番1「コーンウォール Cornwall」が刊行されたのが最初で、2004年まで続刊され、計23面のシリーズになった。図葉の多くが縮尺1:100,000だが、中には1:110,000から1:175,000、さらには1:500,000のスコットランド広域図など、縮尺の異なる図葉が混じっている。

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(左)「トラベルマップ-ツアー」表紙
(右)現行「OSツアー」表紙
 

戦前のハーフインチ図とは違って全国をカバーする意図はなく、「ツアー」の名が表すように、人気のある旅行適地に絞って刊行された。また、地図の仕様も大きく異なり、汎用図ではなく、レジャー情報を加えた道路地図といった印象だ。また、1:250,000(「ロードRoad」)のデータを拡大して使用しているようで、ハーフインチ図の繊細な描写とは雲泥の差がある。

地勢表現は段彩とぼかし(陰影)だけで表され、市街地の描写も、広がりがわかる程度のラフなものだ。一方、道路網は強調されている。主要道は太めで、道路区分はカラフルに塗り分けられ、道路番号とマイル単位の区間距離がつく。

「ロード」との違いは、レジャー情報が豊富なことだ。47種もの記号が用意され、どの町、どの道筋に何の施設があるかが一目で把握できるようになっている。図郭の余白には、主要市街地の拡大図や地名索引がつけられ、片面印刷の地図にしては情報量が多い。

残念なことに、2010年に費用対効果を重視した地形図体系の整理が行われ、小縮尺図は大きな影響を受けた。1:250,000「ロード」と1:625,000「ルート」の刊行が中止され、OSツアーも23面中15面が廃版となった。残り8面は今も残されているが、縮尺1:100,000の図は3面と過半数を割り、もはや1:100,000のシリーズとは言えなくなっている。

クォーターインチ図 Quarter-inch map
OSロードシリーズ OS Road Series

縮尺1:250,000のOSロードシリーズとその前身であるクォーターインチ図等については、別稿「イギリスの1:250,000地形図 I-概要」「イギリスの1:250,000地形図 II-歴史」で詳述したので参照されたい。

OSルート OS Route

OSの製品で最小縮尺となるのは、1:550,000の「OSルート」だ。イギリス全土(北アイルランドを除く)をこれ1点でカバーする。といっても、図郭はナショナル・グリッドの北500km線で南北に分割されており、これが表裏に印刷されている。

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(左)「ルートプランナー」表紙
(右)現行「OSルート」表紙
 

この形式で刊行されたのは2017年3月と、ごく最近のことだ。しかし、そのルーツは、1インチ図の索引図として作られた1817年にまで遡ることができる。縮尺は、実長10マイルを図上1インチで表す1:633,600で、10マイル図 10-mile map と呼ばれた。単独図としての刊行は1903年からで、1930年には全2面の道路地図として登場している。

1940年代以降、縮尺は1:625,000とやや拡大され、軍用図や戦後復興計画図を含めたさまざまな主題図の基図に用いられた。全国道路地図もその一つで、1946年から南北2面で刊行され、1964年からは「ルートプランニングマップ Route Planning Map」の名で定期更新された。アメリカのそれのように白地図上に道路網を描いたもので、地勢表現は入っていない。

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1:625,000図をベースにした全国道路地図 1946年
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
 

1993年から、1:250,000図とともに「トラベルマスター Travelmaster」のブランド名が冠され、2002年には「トラベルマップ-ルート Travel Map - Route」とされたが、名称が改まっただけで、内容に特段の変化はなかった。

ところが、2010年の体系見直しでは、「ルート」も廃止の対象となった。道路地図の分野には民間地図会社も製品を多数投入しており、デジタル化の趨勢もあって、勝算がないと判断されたようだ。そのため、2017年に復活するまでの7年間、1インチ図に次ぐ長い伝統はいったん途切れていたのだ。

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1:625,000
ルートプランナー グレートブリテン 1993年
© Crown copyright 2020
 

現行の「OSルート」は、旧版と同じ用紙寸法ながら、それを最大限使うことで地図の縮尺を1:550,000に拡大している。余白に配置された主要都市拡大図の数は旧図の10から14に増えた。道路網だけでなく、ぼかしによる地勢表現やいくらかのレジャー情報も入っている。眺める楽しみがあり、イギリスの地理的な基本資料としても常備に値するものになっている。

一つ注文をつけるとすれば、縦93cm×横120cmという大判用紙につき、裏面に刷られた北半部を見ようとすると、裏返すのに一苦労するという点だ。OSの製品にはこのような大判用紙に両面印刷された図葉が多数ある。片面印刷と売価が変わらないので、ユーザーにとって歓迎すべきサービスではあるのだが。

230年に及ぶイギリスOSの地形図の歩みを、ここまで駆け足で見てきた。18世紀、内乱や外国の侵攻に備えて作られた軍用図が、二度の大戦を経て一般市民に浸透し、今や情報ツールとして一層の深化を遂げている。こうした用途拡大は多くの先進国で経験されてきたことだが、とりわけイギリスの場合は、商業的なアプローチで利用者のニーズにいち早く応え、商品としての付加価値を高めているところに特色がある。デジタル全盛の現代においてなお、充実した紙地図のラインナップを維持できる秘訣も、おそらくそこに求められるだろう。

これら新旧地形図の一部は、現在いくつかのウェブサイトでも公開されている。
詳細は次回

本稿は、Tim Owen and Elaine Pilbeam, 'Ordnance Survey: map makers to Britain since 1791', Ordnance Survey, 1992; Chris Higley, "Old Series to Explorer - A Field Guide to the Ordnance Map" The Charles Close Society, 2011; Richard Oliver, 'Ordnance Survey maps: a concise guide for historians' Third Edition, The Charles Close Society, 2013 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
Ordnance Survey http://www.ordnancesurvey.co.uk/
The Charles Close Society https://www.charlesclosesociety.org/

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの地形図-概要
 イギリスの地形図略史 I-黎明期
 イギリスの地形図略史 II-1インチ図の展開
 イギリスの地形図略史 III-戦後の1インチ図
 イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜
 イギリスの1:25,000地形図 I
 イギリスの1:25,000地形図 II
 イギリスの1:50,000地形図
 イギリスの1:250,000地形図 I-概要
 イギリスの1:250,000地形図 II-歴史

2015年6月28日 (日)

アイルランドの道路地図帳

鉄道路線が地方の観光地をカバーしていないアイルランドでは、レンタカーも個人旅行の有力な選択肢になる。日本と同様、車両が左側通行であることも、慣れない土地では安心要素だ。そこで、アイルランドに特化した道路地図帳をいくつか紹介しておこう。

アイルランド共和国の地図作成機関であるアイルランド陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) が、北アイルランドの測量局(OSNI)との共同編集による「アイルランドOSI公式道路地図帳 Official Road Atlas Ireland」を刊行している。現行版は2015年第6版だ。

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OSI公式道路地図帳 表紙
(左)2002年第3版
(右)2010~11年版
 

スパイラル綴じで、サイズはA4判より天地が少し短い横22.5×縦27cm。メインの道路地図は縮尺が1:210,000(3.3マイル1インチ、下注)で、68ページに区分され、主要11都市については別途、1:85,000または1:30,000の縮尺で市街図が用意されている。そのほか、道路標識の一覧や主要都市間距離表、そして巻末に地名索引が付く。

*注 3.3マイル1インチは、図上1インチで実長3.3マイルを表す縮尺の意。以下の用例も同じ。

色分けによる道路区分や旅行情報の記号形状など道路地図の基本仕様は、同じ共同刊行物である1:250,000図に準じている(下注)。地勢を段彩で表現するのも同様だが、1:250,000図が低地に緑、高地に茶色を使っているのに対して、地図帳のほうは茶系に統一され、道路網を強調するためか、0~150mは淡いクリーム色でほとんど白地に見える。縮尺が1:210,000と中途半端なのは気になるが、地図に10kmグリッドが引かれているので、距離感を掴むのに支障はない。

*注 1:250,000図については、本ブログ「アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図」参照。

道路地図らしい特色と言えるのは、区間距離の記載とともに、速度制限に関する表示があることだ。速度検出区間が赤で縁取られ、スピードカメラの設置場所も赤い記号でよく目立つ。交通安全局 Road Safety Authority(RSA)の協力がうたわれているので、抑止効果を狙った政府の施策の一環なのだろう。

この縮尺でも市街地の詳細は描ききれないので、市街図が補完の役割を果たすことになる。筆者が持っている2002年の第3版では大雑把で実用性の低いものだったが、現行版は改良が進み、太く描いた街路の上に大文字で街路名を書き入れるという、A-Z風のスタイルになっているようだ。

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コリンズ総合道路地図帳
2014年版 表紙
 

アイルランドの旅行地図」の項で紹介したコリンズ Collins も、3種の道路地図帳を刊行している。掲載されている地図はどれも洗練された配色が好ましく、OSI図のそれが野性的に見えるほどだ。3種のうち最も情報量が多いのが「アイルランド総合道路地図帳 Ireland Comprehensive Road Atlas」で、A4判160ページ、スパイラル綴じの冊子になる。

地図の構成は2段構えで、まずルートプランニング図 Route Planning Maps として、縮尺約1:570,000(9マイル1インチ)で全島を8ページで表す区分図が提示される。100mごと(ただし700m以上は同色)の段彩をかけたベースマップに交通網、行政界、地名が詳しく盛り込まれており、美的にも優れた出来栄えだ。

続いて島内の見どころ Places of interest の案内が写真と地図索引つきで7ページ、その後ようようメインの道路地図が来る。縮尺1:200,000(3.2マイル1インチ)で、全島を64ページに区分している。フォントも地図記号もサイズがやや大きめなので、一種のでか字版と見なせるだろう。道路網の描写はOSI版と同程度の詳細さだが、ラウンドアバウトや立体交差の記号があるのが、運転中の位置確認に効果を発揮しそうだ。区間距離がマイルとキロメートルの併記になっているのも実用的だ。一方、速度検出区間の表示は道路の中央に点線を並べるスタイルで、注意喚起という意味ではOSI図のほうが視覚的に勝っているように思う。

続く市街図は15都市を収載する。すべての街路に名を付したA-Z図スタイルで、余白に地名索引も付いている。とりわけベルファスト Belfast、コーク Cork、ダブリン Dublin、リムリック Limerickの主要4都市は拡大区分図とされ、路地の隅々まで明瞭に読み取ることができる。またこの4都市については、見どころ案内を含む旅行情報も提供されている。

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凡例
 

次に詳しいのは「アイルランド道路地図帳旅行版 Road Atlas Ireland Touring Edition」だ。これもA4判で、64ページのペーパーバック(並製本)になる。ルートプランニング図は縮尺が1:1,000,000で、全島を4ページに収める。一方、30ページを占めるメインの道路地図は1:330,000(5.2 マイル1インチ)と、総合地図帳より縮小されるが、却ってでか字感が解消され、筆者にはジャストサイズに映る。ただし、里道の描写は一部省略されているようだ。

市街図は11都市に減り、都市の見どころ紹介も割愛されているが、ガイドブックの役割をそれほど期待しないのであれば、価格を含めて3種のうちで最も実質的な地図帳と言えるだろう。

アイルランド ハンディ道路地図帳 Handy Road Atlas Ireland」は、扱いに便利なA5サイズ、64ページのペーパーバックだ。道路地図の縮尺は1:570,240(9マイル1インチ)になる。このレベルでは、地方道 Regional Road(北アイルランドではB級道路 'B' Road)に指定されていないような道路の描写はかなり省略されてしまう。1枚ものの旅行地図でもコリンズの場合、1:511,000(8マイル1インチ)とこれより大きく、敢えて区分図の地図帳を選ぶメリットは少ない。

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AAアイルランド道路地図帳
2012年第5版 表紙
 

イギリスのAA (Automobile Association) の出版リストにも、アイルランドの道路地図帳が2種載っている。「アイルランド道路地図帳 Road Atlas Ireland」はA4判104ページ、メインの道路地図の縮尺はライバルと同じ1:200,000だ。OSIやコリンズに比べて観光情報がこまめに記載されているが、地勢表現はなく、地名表記も少なめで、デザインは全体的に野暮ったい。実用性はともかく、見て楽しい地図とは言えない。

それに対して市街図は、街路索引を伴って各都市をコンパクトにまとめている。主要な通りや一方通行の表示が強調され、良好に読取れる。なお、街路名は一部記載が省略されている。高速道路については、路線ごとにインターチェンジやジャンクションの形状と接続道路を案内したページが用意されているのが興味深い。

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表紙の一部を拡大
 

もう1種の「グローブボックス版アイルランド地図帳 Glovebox Atlas Ireland」は、グローブボックス(車の助手席の前にある物入れ)に収まる大きさという意味で、横16.5×縦21.6cm、A5判よりやや大きい程度のコンパクトサイズだ。全80ページで、スパイラル綴じされている。メインの地図の縮尺は1:300,000で、地図表現としてはちょうどいい粗密度になる。

筆者は、デザインに長けたコリンズの「旅行版 Touring Edition」がやや優位なように感じるが、紹介した地図帳はそれぞれ特徴を持っている。大部分が日本のアマゾンでも購入できるとはいえ、現地に行く機会があるのなら、店頭で実際に手に取って吟味するのが一番だ。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部オンラインショップ http://www.osi.ie/
AAオンラインショップ http://shop.theaa.com/store/

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの旅行地図
 北アイルランドの地形図・旅行地図

2014年8月30日 (土)

ドイツの道路地図帳

どれもよく似たデザインだ、というのが、最初にドイツの道路地図をいくつか見たときに抱いた感想だ。道路網の表現や地勢や市街地の配色しかり、注記文字の強調の仕方しかり。後で詳述するが、同国の書店に並ぶ民間地図のブランドといえば、ADAC、シェル Shell、マルコ・ポーロ Marco Polo、ファルク Falk などが知られていて、それぞれ自社ブランドの道路地図帳を持っている。ところが、これら4つのブランドは現在、すべてマイアデュモン MairDumont という出版グループのもとにあり、その証拠に、各地図帳の奥付には共通して同社のコピーライトが記されている。

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フランクフルト近郊のアウトバーン
 

マイアデュモンは現在、ドイツ最大の旅行出版グループで、前身は1948年にシュトゥットガルトで設立されたクルト・マイア地図研究所 Kartographisches Institut Kurt Mair だ。1952年にマイア地理出版社 Mairs Geographischer Verlag に改称して、ADAC(ドイツ自動車連盟 Allgemeiner Deutscher Automobil-Club e.V.)との提携で地図出版の地歩を固めた。さらに1990年代に入ってJROやファルク、2000年代にはデュモン旅行出版 DuMont Reiseverlages や老舗のラーフェンシュタイン Ravenstein などを次々に買収して、事業規模を拡大していった。

上記4ブランドのうち、ADAC、ファルクとの関係は上記のとおりだが、シェルとは、1950年の「シェル自動車地図帳 Shell-Autoatlas」を手掛けたのが始まりだ(下注1)。これはドイツ・シェル社 Deutsche Shell の資金提供によるもので、この時代、石油やタイヤといった自動車関連産業の多くが、販売促進の一手段として道路地図の普及に関わっていた(下注2)。地図のシェルブランドはその歴史を引き継いでいる。

*注1 1枚もののシェル道路地図は、ヴェスターマン社 Westermann が製作して、すでに1934年から刊行されている。
*注2 アメリカのランド・マクナリー、フランスのミシュランなども同様の経緯をもつ。ランド・マクナリーについては、本ブログ「アメリカ合衆国の道路地図-ランド・マクナリー社」、ミシュランについては「フランスの道路地図帳-ミシュラン社」参照。

これらに対して、残るマルコ・ポーロだけはマイアの独自ブランドだ。1991年に由緒あるベデカー Baedeker の向こうを張って創刊した39巻の「マルコ・ポーロ旅行ガイド Marco Polo Reiseführer」のシリーズによって広まった。中世の旅行家マルコ・ポーロの名は旅行書のタイトルにふさわしいが、直接的には、本社の前を走る道路の名称に由来するという。

マイア地理出版社は、その後2005年にマイアデュモン MairDumont に改称して、現在に至る。刊行している地図帳はブランド名こそ違え、図版やデータを共有している。もちろんカバーを巻き替えるだけの安易な流用ではなく、内容には少しずつ違いが認められる。まずは、最も普及しているADACブランドから見てみよう。

ドイツ自動車連盟ADACは、会員1800万人以上を擁するヨーロッパ最大の自動車クラブだ。日本ならJAFに相当する。道路地図の刊行も関連事業の一つで、マイアの子会社カルトトラベル出版 CartoTravel Verlag が製作し、ADAC出版社が発行してきたが、現在は発行者名もマイアデュモンに変わっている。

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(左)ADACマキシ地図帳
   2014/2015年度版 表紙
(右)ADAC旅行地図帳(ライゼアトラス)
   2013/2014年度版 表紙
実際の寸法は、左の地図帳が右の約2倍ある
 

ADACのドイツ道路地図帳は何種類かあるが、縮尺1:100,000の「ドイツ・プローフィ地図帳 ADAC ProfiAtlas Deutschland」(下注)というのが、自他ともに認めるドイツで最大縮尺の道路地図帳だった。しかしこれは廃版になってしまい、現在最も大きいのは「ドイツ・マキシ地図帳 ADAC MaxiAtlas Deutschland」だ。A3に近い大判(横29×縦39cm)で、スパイラル綴じ、重さは2kg以上ある。メインのドイツ区分図の縮尺は1:150,000で、それに1:15,000の主要市街図と1:75,000の都市周辺図を45都市収載する。

*注 プローフィ Profi はプロ用、マキシ(マクシ)Maxi は最大といった意味をもつ。

これに対して、中型の「ドイツ/ヨーロッパ旅行地図帳(ライゼアトラス)ADAC ReiseAtlas Deutschland, Europa」は、A4判のペーパーバック(並製本)だ。ドイツ区分図の縮尺は1:200,000、それに1:20,000主要市街図24都市、1:4,500,000ヨーロッパ区分図がついている。

最も小型の「ドイツ・コンパクト地図帳 ADAC KompaktAtlas Deutschland」は、やや小さな横18.6×縦28.0cmのサイズで、スパイラル綴じ。ドイツ区分図の縮尺は1:300,000になる。

いうまでもなく地図は縮尺が大きいほど、詳細な描写が可能だが、ここで話題にしているのは地形図でも市街図でもなく、主としてドライブの際に参照する地図だ。時速50kmで車を1時間走らせると、縮尺1:100,000では図上50cm、ざっと2ページ分進んでしまう。頻繁にページをめくらなければならない大縮尺図は、かえって使いにくい。道路地図、とりわけ全国版は、細部描写よりも長距離や広域を俯瞰する機能のほうが重要だ。その意味で、プローフィはもとよりマキシでさえ、スペックがやや過大に思える。

筆者はふだんライゼアトラスを使っている。1:200,000という縮尺は、国土地理院の地勢図を思い起こしてもらえばよいが、広範囲を視界に入れることができ、かつ道路の接続状況や市街地の形状といった細部もある程度読み取れる。さらに判型がA4でポータブル、かつ机上で広げても邪魔にならない。価格も手ごろで、最新の2015/2016年版で比較すると、マキシの22.99ユーロ(1ユーロ140円として3,219円)に対して、11.99ユーロ(同1,679円)と約半額だ。ちょっとした調べものならこれで十分だろう。

次に、シェルShellブランドの地図帳はどうか。上述したとおり、これはマイア社にとって創業期から続く看板商品だ。ただ紛らわしいことに、地図帳を名乗る「ドイツ/ヨーロッパ地図帳 Der Shell Atlas Deutschland, Europa」の実態は、700ページもあるハードカバーの書籍だ。ADACと比較すべき軽装の地図帳はそれではなく、「ドイツ/アルプス/ヨーロッパ道路及び旅行 Shell Straßen & Reisen 2015/2016 Deutschland / Alpen / Europa」という名称で刊行されている。

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ドイツ/アルプス/ヨーロッパ道路及び旅行
2013/2014年度版 表紙

A4判で、週刊誌のような中綴じの冊子だ。ドイツ区分図の縮尺は1:300,000、それに1:20,000主要市街図46都市、1:750,000アルプス周辺区分図、1:4,500,000ヨーロッパ区分図という構成になっている。区分図の1:300,000では都市近郊の細部が描ききれないため、道路網などを描いた1:100,000の拡大図が、主要市街図とセットされている。

ADACのライゼアトラスと比較すると、ドイツ区分図の縮尺が小さいのはいくぶん不利だが、市街図の収載数は多く、またアルプス周辺も大きく描かれている点が長所だ。価格は9.99ユーロ(同 1,399円)でこちらもお得な設定になっている。

マルコ・ポーロのブランドでは、「ドイツ/ヨーロッパ旅行地図帳 Marco Polo Reiseatlas Deutschland, Europa」がある。A4判スパイラル綴じで、ドイツ区分図はシェルと同じ1:300,000、それに1:20,000主要市街図35都市、1:4,500,000ヨーロッパ区分図が付く。地図の内容はほとんど変わらない。一番の特徴は、地図の凡例(記号一覧)が12か国語(独、英、伊、西、ポルトガル、仏、オランダ、ポーランド、チェコ、ハンガリー、デンマーク、スウェーデン)と、EUらしいマルチリンガル対応になっていることだろう。ちなみにADACとシェルは、独・英・仏の3か国語のみだ。

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マルコ・ポーロ
ドイツ/ヨーロッパ旅行地図帳
2015/2016年度版 表紙
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マルコ・ポーロ旅行地図帳
裏表紙の一部を拡大
 

ファルクのブランドには、ドイツ単独の地図帳が「ドイツ自動車地図帳(アウトアトラス)Falk Autoatlas Deutschland」という横13×縦20cmの小冊子しかない。他ブランドと比較できるA4判地図帳は、ドイツ語圏3か国を対象にした「ドイツ/オーストリア/スイス/ヨーロッパ道路地図帳 Falk Straßenatlas Deutschland, Österreich, Schweiz, Europa」になる。スパイラル綴じで、各国区分図は1:300 000(下注)となっている。凡例はマルコ・ポーロと同じ12か国語だ。セールスポイントは、3か国をこの縮尺で収録して、価格を11.99ユーロ(同 1,679円)に抑えているところだろう。

*注 筆者は実見していないため推測になるが、スイスだけは縮尺1:301,000と端数がつくので、キュマリー+フライ社の図版を用いているようだ。この縮尺については「スイスの鉄道地図 I-キュマリー+フライ社」も参照。

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ファルク
ドイツ/オーストリア/スイス/ヨーロッパ道路地図帳
2015/2016年度版 表紙

冒頭で、これらマイアデュモン傘下の地図帳は、図版を共有していると述べた。それで、区分図の切断位置やアウトバーン(高速道路)の記号の色などに若干の差異はあるが、縮尺が同じなら基本的に内容も同じだ。しかし縮尺が異なる場合は、一つの原図を単純に縮小/拡大してはいない。例えばドイツ区分図は1:150,000から1:300,000まで3種類あるが、それぞれ図版は別々に作成され、描く対象も縮尺に応じて取捨選択されている。そのため、どの縮尺でも注記文字や記号のサイズに極端な大小がなく、判読性は良好だ。

地図には多種多量の情報が盛り込まれている。例を挙げると、道路関係では、高速自動車道 Autobahn から小道 Fußweg、ハイキングルート Wanderweg に至るまで10種類近くの記号がある。区間距離(2地点間のキロ数)は、地方道レベルでも丁寧に記されている。興味深いのは、アウトバーンに渋滞多発区間や事故多発地点の表示があったり、一般道には迂回路も指示されていることだ(1:200,000以上の縮尺図のみ)。

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ADAC旅行地図帳 凡例の一部
 

地名表記は文字の大小だけでなく、さまざまな形で強調される。黄色のマーカーと赤枠は、見るに値する場所/文化財 Sehenswerter Ort / kulturelles Objekt を意味し、重要度に応じて3段階に区分される。アンダーラインが引かれた地名は、国 Staat、州 Land、県 Regierungsbezirk、郡 Kreis 庁所在地だ(上図参照)。

意外なところでは、鉄道路線もよく目立っている。道路網の色がグレーなのに対して、鉄道には黒の実線が使われているからだ。しかも、単線/複線、狭軌線、保存・観光鉄道(起終点も図示)、ラック式鉄道と、鉄道地図並みの区別がある。実際、「ヨーロッパ鉄道旅行愛好家ガイド Enthusiast's Guide to Travelling the Railways of Europe」のサイトでも、「1:200 000道路地図は鉄道を総合的、正確に表示している」と評価されているくらいだ(下注)。駅の位置も描かれているが、さすがに駅名は記載されていない。

*注 ただしこの記述は、RV出版 RV-Verlagの道路地図について述べたもの。同社の地図出版は2007年にマルコ・ポーロに吸収された。

自然地形では、河川、湖沼など水部が綿密に描かれ、森林を表す緑のアミや、ぼかし(陰影)による地勢表現も入っている。このように、道路地図のジャンルでありながら、汎用図としても利用可能なクオリティを有しているのが、マイアデュモングループの地図帳だ。

これらの地図帳は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも購入できる。原則的に毎年更新されるので、購入の際にはタイトルについている年次(刊行年というより内容の有効期限といった意味合い)を確認することをお奨めする。

■参考サイト
マイアデュモン http://www.mairdumont.com/
ラントカルテンアルヒーフ Landkartenarchiv.de   http://www.landkartenarchiv.de/
 19世紀~20世紀前半の道路地図帳、市街図、鉄道地図などの画像やテキストデータを公開している。

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2013年7月 7日 (日)

アメリカ合衆国の道路地図-公式交通地図

今でこそあまり見かけなくなっているが、アメリカ合衆国の道路地図は無料頒布 giveaway  によって普及した。ガソリンやタイヤなどの販売業者が顧客向けに、あるいは各地の自動車クラブが会員向けに、あたかも競うようにして作成し、配っていたからだ。USハイウェーの整備が本格化する1920年代から、2度の石油危機に見舞われて石油会社の収益構造が悪化する1970年代までが、その全盛期だった。

配っていたのは、民間企業や団体だけではない。各州政府もまた、定期的に同じような道路地図を刊行していた。一般にこれを「公式道路地図 Official Highway Map」、あるいは、鉄道路線なども盛り込まれているので「公式交通地図 Official Transportation Map」と呼んでいる(下注)。大判用紙の両面を使って印刷され、コンパクトに折り畳んだ形で頒布された。このスタイルは今でも変わっていない。民間地図が有料化されていくなかで、公式交通地図については非売品としての伝統が維持されてきた。

*注 地図の実際の名称はさまざまで、Highway Map、Transportation Mapのほか、State Map、観光局が所管するものはVisitor's MapやTravel Mapになっている場合もある。

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公式交通地図の表紙
 

従来作成していたのは、州の運輸局(下注)だ。アーカイブを公開している州の例で見ると、初版の刊行は1920年代前後で、州内の道路網の整備状況を周知するのが主たる目的だった。道路の建設と同時に道路番号の整理が行われるため、公報としての意義も大きかったに違いない。しかし、30年代以降は、次第に旅行者への情報提供という側面が強くなる。カラフルな表紙がつき、裏面には観光振興のための写真や記事が配されるようになった。

*注 運輸局の正式名称は州によって異なるが、Department of Transportation(略称DOT)と称するところが多い。

戦後の高度成長期を経て、公式交通地図は州の広報媒体に位置付けられ、毎年刊行されたが、景気が減退した70年代からは隔年刊行が主流になる。2000年代に入ると、ウェブでの公開に切替えて頒布を廃止する例も現れ始めた。事業は現在でも多くの州で運輸局の所管だが、目的の変化から、モンタナ州のように観光局と共同刊行にしたり、アリゾナ州やバーモント州のように観光局に完全に移管してしまったところもある。

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公式交通地図の表紙(つづき)

無料とはいえ州政府の刊行物なので、内容はしっかりしている。道路網に道路種別、道路番号、そして主要地名という道路地図の骨格はもとより、地点間距離も基本的に記載対象だ。地図上の地名を探すための地名索引や、マイレージ・チャート Mileage Chart と呼ばれる主要都市間の距離表もほとんどの場合、地図の余白か裏面に付けられている。

道路の関係ではほかに、シーニック・バイウェー Scenic Byway と呼ばれる景色のいい地方道を強調する例や、ルイス・アンド・クラークトレール Lewis and Clark Trail、オレゴントレール Oregon Trailのような開拓時代の旧道、アパラチアントレール Appalachian Trailのような長距離自然歩道を表示した例が見られる。これらは旅行者向けの情報だが、サウスカロライナ州では、ハリケーンの来襲に備えて避難指定経路 Hurricane Evacuation Routes の地図を添えている。

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ワシントン州公式道路地図
2011年版の一部
 

同じ交通路でも鉄道網については、民間の道路地図では省かれがちだ。しかし、運輸局の所管事項であるからか、公式交通地図ではおおむね居場所を与えられている。ただ、描き方には個性があり、旅客と貨物を問わず線路があれば描くというのが多数派だが、アムトラック Amtrak その他の旅客列車運行路線だけを描いている州も少なくない。旅行者にとって貨物路線の情報は不要という判断だろう。興味深いのは停車駅の表示で、日本のような長方形ではなく、線路脇にアムトラックのロゴを置いている例が数州ある(下注)。停まる町は限られているので、これでも十分用を果たしている。

*注 確認した限りでは、ミズーリ、モンタナ、ネブラスカ、ノースダコタ、オクラホマといった主として中部の各州がこのロゴを使用する。他にバージニア州は円の中にA(メトロの駅Mと区別)、デラウェアは独自デザインのピクトグラムを充てている。

本来の道路地図の要件ではないものの、旅行者がターゲットになったことで付加された情報もある。一つは土地管理区分だ。国立/州立公園 National / State Park、国有林 National Forest、自然保護区 Wilderness Area などの範囲が緑のアミなどで示される。ほかにインディアン居留地 Indian Reservation や軍用地 Military Area も描かれる。視覚効果を上げるために、山岳地域を擁する州では地勢の陰影(ぼかし)も付加されている。

もう一つは旅行スポットの表示だ。キャンプ、ハイキング、スキー、水泳、魚釣り、狩猟、野外生物観察といったレクリエーション活動の定番はもとより、灯台、湧水、養殖場、さらには屋根付き橋、ゴーストタウンその他、ご当地観光の見どころが特製の記号で示されている。州別地図帳で見られるような州立公園の機能一覧表(どんな活動ができるのか、どんな設備が用意されているのかを表にしたもの)が掲載されている場合もある。さすがにガソリンスタンドやAAAのステーションの位置はないにしても、内容が市販の道路地図のレベルに達している州は多い。

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モンタナ州公式道路地図2013年版
凡例の一部
アムトラック駅やゴーストタウンの記号が見られる

本国には熱心な収集家もいる公式交通地図だが、難点は、「無料頒布のみ Free Distribution Only」という断り書きが示すとおり、書店等を通した販売が許されていないことだ。したがって日本で入手するには、頒布先に直接リクエストしなければならない。各州の運輸局のウェブサイトに頒布案内があり、リクエストフォームが用意されている。そうでなければメールで請求することになる。基本的に郵送料は向こう持ちだ。ただ、リーマンショック以降、経費節減のために国外送付を取り止める運輸局が増えてきた。フォームの国名選択欄に合衆国とカナダしか出てこなければ、その他の国へは送らないという意味だ。メールを出しても同じ答えが返ってくる。

そのときは次の策として、州の観光局のサイトを調べるといい。そこで提供されている観光資料のキットに公式地図が含まれるか、または追加で請求できるようになっている場合があるからだ。もとより、多くの運輸局のウェブサイトではPDFファイルでも提供しているので、印刷物にこだわらなければ最新版を簡単に入手できる。参考までに、各州の公式交通地図の名称、刊行者の一覧を以下に掲げる。

*注 観光局の名称も州によりさまざまだが、州名+Tourismで検索すると必ずヒットする。

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なお、公式交通地図はカナダの各州でも作成されており、内容や請求方法も合衆国のそれに準じている。

■参考サイト
過去の公式道路地図が見られるサイト(リンク切れご容赦)
アラバマ州(インタラクティブ画像)
http://alabamamaps.ua.edu/historicalmaps/stateroads/
アーカンソー州(地図PDF)
http://www.arkansashighways.com/planning_research/mapping_graphics/archived_tourist_maps/archived_tourist_maps.aspx
ジョージア州(地図PDF)
http://www.dot.ga.gov/informationcenter/maps/Pages/StateMaps.aspx
イリノイ州(インタラクティブ画像)
http://www.idaillinois.org/cdm/landingpage/collection/isl9
ミシシッピ州(地図PDF)
http://sp.mdot.ms.gov/Office of Highways/Planning/Maps/State Highway Maps Archive/Forms/AllItems.aspx
ミズーリ州(地図PDF)
http://www.modot.org/historicmaps/
ネバダ州(地図PDF)
http://www.nevadadot.com/Traveler_Info/Maps/HistoricalMaps.aspx
ペンシルベニア州(主として表紙画像)
http://www.pahighways.com/oshm.html
http://www.mapsofpa.com/roadstate.htm
ワシントン州(表紙画像と地図PDF)
http://www.wsdot.wa.gov/Publications/HighwayMap/FeatureMaps.htm
カナダ アルバータ州(表紙画像)
http://www.altaroads.ca/

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 アメリカ合衆国の道路地図-ランド・マクナリー社
 アメリカ合衆国の道路地図-カッパ・マップ、AAA他
 アメリカ合衆国の州別地図帳-デローム社
 アメリカ合衆国の州別地図帳-ベンチマーク・マップス社
 アメリカ合衆国の州別地図帳-ナショナル・ジオグラフィック

2013年6月 8日 (土)

アメリカ合衆国の道路地図-カッパ・マップ、AAA他

前回紹介したランド・マクナリー社以外にも、多くの出版社がアメリカ合衆国の道路地図を手掛けている。アメリカン・マップ社などの流れを汲むカッパ・マップ・グループ、AAAの略称で知られるアメリカ自動車協会、科学雑誌のブランドで知られるナショナル・ジオグラフィックなどだ。本国以外でもイギリスのAA出版社 AA Publishing、フランスのミシュラン Michelin などが刊行しているが、ここでは国産3社の、主として道路地図帳について紹介したい。いずれも、アメリカ合衆国とカナダの州別地図にメキシコの小縮尺図を加えた北米道路地図帳だ。

合従連衡を繰り返して今や地図出版の最大手に躍り出たカッパ・マップ・グループ Kappa Map Group だが、そのカタログには数多くの道路地図帳が載っている。カッパの名はギリシャ文字に由来するが、地図出版界での知名度はまだ低い。それもそのはずで、1955年創立以来、雑誌出版社だった同社が地図出版の買収を活発化させたのは、2007年以降だからだ。

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カッパ・マップ
「最も読み易い」北米道路地図帳 2013年版表紙
 

この年まず、ユニヴァーサル・マップ・エンタープライズ Universal Map Enterprise を傘下に収めた。2010年にはテキサス州拠点のマプスコ Mapsco を買収、さらにランゲンシャイト出版グループ Langenscheidt Publishing Group から、傘下のアメリカン・マップ American Map、ハモンド・マップ Hammond Map 等を買収した。印刷地図事業がデジタル地図に圧迫されるなか、カッパは、各社が持つリソースを糾合することで競争力を高める戦略をとった。地域別地図帳や市街図などは、表紙のスタイルをグループ全体で統一しながらも、通りの良い旧ブランドを名乗り続けているが、ユニヴァーサル・マップの名を残していた北米道路地図帳は、2011年からカッパ・マップのブランドへ切替えを行った。

この中でフラグシップに位置付けられているのは、「北米デラックス道路地図帳 North America Deluxe Road Atlas」だ。ランド・マクナリーなら黄表紙の道路地図帳(下注)に相当する。横27.6×縦35.6cmの大判、週刊誌と同じ中綴じ式で144ページ。そのほか、次のようなバリエーションがある。地図を3割拡大した「最も読み易い拡大版 Easiest to Read Large Print Road Atlas」は、判型はデラックスと同じでスパイラル綴じ、280ページ。判型を小ぶりにした「中判 Mid-Size Road Atlas」は中綴じ、64ページ。その地図を30%拡大した「大縮尺版 Large Print Road Atlas」は大判、スパイラル綴じ、96ページ。

*注 ランド・マクナリー社の道路地図については、本ブログ「アメリカ合衆国の道路地図-ランド・マクナリー社」参照。

デラックス版をマクナリーの黄表紙と比べてみると、州別図を見開き2ページに展開する基本構成は変わらない。大きく違うのは、ページの余白には、市街図ではなく地名索引が優先的に配置されていることだ。索引を巻末にまとめていないので、探したい地名が地図のどこに描かれているかがすぐに検索できる。これが、マクナリーに対抗するセールスポイントだ。ただし、掲載スペースを捻出するために、市街図の掲載数がより少なくなる、あるいはメインの州別図が若干小さく、つまり小縮尺になってしまうのはやむを得ない。一方、道路、公園・保護区、都市域などの地図表現は似たり寄ったりだが、地名の書体や地方道の色分けなどでは、マクナリーのほうがいくらか見易く感じる。

■参考サイト
カッパ・マップ・グループ https://www.kappamapgroup.com/

日本のJAF(日本自動車連盟)に相当するアメリカ自動車協会 American Automobile Associationにも、独自の道路地図帳がある。AAA(トリプルAと読む)の略称で知られる協会は、合衆国各地で運営されている51の自動車クラブ motor club の連合体だ。1902年の設立からまもない1905年に1枚ものの道路地図を提供し始め、1985年には、今も続く北米道路地図帳の刊行を開始している。

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AAA道路地図帳 2013年版表紙
 

現在、地図帳は2種類あり、標準版の「AAA道路地図帳 AAA Road Atlas」と拡大版の「AAA読み易い道路地図帳 AAA Easy Reading Road Atlas」だ。標準版は中綴じ、144ページ。上記マクナリーの黄表紙やカッパのデラックス版と同じタイプで、地名索引はやはり地図と同じページに配される。カッパに比べて文字サイズがやや大きいので読取りはしやすい。地図表現もカッパに似ている。黒塗りの箱に白抜き数字を入れた高速道路の出口番号が目立ち、図の印象を重くしているが、肯定的に言えば、識別性が高いということになる。当然のことながら、市街図にはAAAのステーションの位置が示されていて、会員にとっては便利だ。

拡大版「読み易い」のほうは中綴じ、104ページ。標準版より4割拡大する代わりに、市街図などは標準版300点に対して50点にとどめている。これによって、全体のページ数は4割減となり、むしろ軽装版といった印象だ。

■参考サイト
アメリカ自動車協会AAA  http://www.aaa.com/
 日本から閲覧すると国際版のページが表示される。

ナショナル・ジオグラフィック協会 National Geographic Society の商業地図部門といえば旅行地図が主だが、1点だけ北米道路地図帳、正確には「ナショナル・ジオグラフィック道路地図帳アドベンチャー版 National Geographic Road Atlas Adventure Edition」がある。スパイラル綴じ、168ページ。筆者の手元にあるものは2012年のコピーライトが記載されているが、表紙で強調していないところから察すると、毎年新版を出すつもりはないのだろう。

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ナショナル・ジオグラフィック
道路地図帳アドベンチャー版 2012年版表紙
 

タイトルにあるアドベンチャー版というのは、各種野外活動の情報が盛り込まれているという意味だ。冒頭に、1999~2009年の間刊行されていた雑誌「ナショナル・ジオグラフィック・アドベンチャー National Geographic Adventure」の編集者が選ぶ全米の優良野外活動適地100か所の簡潔な紹介記事があり、次いで全米の国立公園に関する地図と紹介文がある。20数ページを費やすこの巻頭記事が、地図帳の最大の特色だ。

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ナショナル・ジオグラフィック道路地図サンプル
(同地図帳裏表紙より)
 

その後に続く道路地図は州別地図で、デザインはマクナリーに似ている。これは協会の独自編集ではなく、アンテナ・オーディオ社 Antenna Audio, Inc から供給を受けたものだ(下注)。ここでも野外活動の目的地となる名所その他のスポット(地図帳の表現では point of interest)の記載が多数見られる。地名索引は巻末にまとめているので、その分、市街図や国立公園図などの挿図も豊富だ。市街を表す塗色には協会のシンボルカラーである黄色が充てられている。また、州別地図の背景には地勢を表すぼかしが控えめに付加され、この点でも他の道路地図帳と一線を画している。

*注 ミシュランの全米道路地図帳もアンテナ・オーディオ社から供給を受けているので、記載内容は協会とほぼ同一だ。ただし、ミシュランの場合は州別地図ではなく、経緯度で区分している。

■参考サイト
ナショナル・ジオグラフィック・マップスのページ  http://www.natgeomaps.com/

以上、商業出版による北米道路地図帳を見てきた。スタイルで端的に分類すると、ランド・マクナリーとナショナル・ジオグラフィックはモダン派、カッパとAAAは伝統派になろう。前者はフォントや彩色などが洗練されており、市街図や公園図も豊富に盛り込まれている。一方、伝統派は、1枚もののレイアウトを踏襲して、地図と索引が同一ページに配置されている点がメリットだ。情報量については、取り立てて言うほどの優劣はないように思う。

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2013年5月 3日 (金)

アメリカ合衆国の道路地図-ランド・マクナリー社

ドライバーを対象にした道路地図が初めてアメリカで現れたのは1898年だという。しかし当時、自動車はまだ富裕層の持ち物だった。20世紀に入ると、大量生産で価格の下がったT型フォードが爆発的に売れ、それを契機として大衆車の時代が訪れる。1910年代には、石油会社が需要喚起の策として、ガソリンスタンドで折り畳み式の道路地図を無料配布し始めた。アメリカの道路地図は、こうして瞬く間に広まっていった。

この種の地図の代名詞的存在となっているのが、ランド・マクナリー Rand McNally 社だ。1868年にシカゴで創業した同社は、はじめ鉄道に関わる印刷と出版を手掛け、次いで商業や教育の分野に進出した。鉄道地図や地球儀、世界地図帳、さらに地理の教科書を製作し、地図出版社としての地歩を固めていった。同社最初の道路地図は1904年、ニューヨークとその近郊の道路網を主題にしたものだった。

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ランド・マクナリー道路地図帳
2014年版
 

1920年、同社はガルフ石油 Gulf Oil から委託を受けて、配布用の道路地図の作成を開始した。1924年には、48州(下注)の道路地図を1冊にまとめた「ランド・マクナリー自動車の友 Rand McNally Auto Chum」を刊行している。掲載された地図は手描きで、紺(ダークブルー)と赤の簡素な2色刷り、まだ地名索引もなかった。1926年からタイトルが変わり、今も通用する「ランド・マクナリー自動車道路地図帳 Rand McNally Auto Road Atlas」になった。

*注 1924年時点では、アラスカとハワイは準州 Territory で、収録範囲外だった。

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グーシェイの
ミズーリ州道路地図
 

ガソリンで走る車の急速な普及は、道路網の整備も促していった。ナンバー付きのUSハイウェーを骨格とする合衆国の道路体系は、この20年代に構築されたものだ。いきおい道路地図の需要も高まって、地図製作に携わる会社が大小乱立した。30年代からは、ランド・マクナリーと並んで、H・M・グーシェイ H.M.Goosha、ジェネラル・ドラフティング General Drafting が覇を競い、人々はこれらを地図業界のビッグスリーと呼んだ。

しかし、この中で今も残っているのはランド・マクナリーだけになっている。ライバルが火花を散らしていたのは70年代までで、オイルショックをきっかけに石油会社や自動車クラブの地図配布が削減されるとともに、安定的な収入源を失った地図会社の経営は悪化していく。カーナビの興隆を待つことなく、他の2社は、90年代で歴史を閉じてしまった(下注)。実はランド・マクナリー社も2003年に倒産して、資本は入れ替わっているのだが、知名度の高いブランド自体は継続している。

*注 グーシェイ社は1996年にランド・マクナリーに買収され、ジェネラル・ドラフティング社は1992年にアメリカン・マップ社(現カッパ・マップ・グループ Kappa Map Group)に吸収されて消滅した。

グード世界地図帳 Goode's World Atlas のような教育分野の書籍も刊行しているとはいえ、ランド・マクナリー社の主力製品は、やはり道路地図だ。大別すると、大判用紙を折り畳んだ1枚ものと、地図帳形式に綴じたものがある(下注)。

*注 地図業界の競争領域はとうにデジタル地図に移っているが、その紹介は筆者の手に余る。現況は同社サイト等でお調べいただきたい。

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1枚もの州別地図
(左)ニューヨーク州 Easy to Read!版
(中)同 Easy to Fold!版
(右)地域別道路地図 サンフランシスコ・ベイエリア
 

1枚ものはさらにいくつかに分類できる。まず、1~2州を1面に収めた州別地図 State Mapシリーズでは、赤表紙の「Easy to Read!(読み易い)」と紺表紙の「Easy to Fold!(畳み易い)」が併存する。

「読み易い」版は、地図が拡大されていて、文字も大きい。余白には主要都市の市街図や代表的観光地の拡大図も多数掲載されている。その代り、用紙が大判になるため、何重にも折り畳まれ、携行する場合は少々扱いにくい。一方、「畳み易い」版は、縦2つ折り、横4つ折り程度で収まるコンパクトな用紙で、かつコーティング加工してあるので畳み易く、拡げ易い。しかし、文字は小さくなり、地図も州全体図が中心だ。ただし、すべての州でこの2種類が揃っているわけではないようだ。

1枚ものには、ほかに緑の表紙のシリーズもある。これは、都市域、旅行適地など需要の見込める特定地域の拡大版だ(上掲表紙写真の右がその例)。州別地図についている拡大図のレベルでは描ききれない細部の街路との位置関係、主要施設の位置などが把握できる。州別地図よりはるかに現地感覚に沿った縮尺なので、調べたい地域が絞れる場合は選ぶ価値がある。

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Easy to Read!版表紙の地図部分を拡大
 

次に地図帳だが、これも数種類刊行されていて、1枚ものと同様、判型や地図の縮尺、それに綴じ方などが異なる。

その中で代表とみなせるのが、黄表紙の「ランド・マクナリー道路地図帳 Rand McNally Road Atlas」だ(冒頭の写真)。中綴じ式で、判型はA3に近い27.6×39cm という大判だが、後発組の他社もこれを踏襲したので、アメリカの道路地図帳の標準様式になった。いうまでもなく同社の看板商品で、同社のサイトには90周年を祝う記念ページが上がっている。

■参考サイト
ランド・マクナリー社-道路地図帳90周年版
http://www.randmcnally.com/pages/anniversary

2014年版は144ページ、合衆国とカナダの州別道路地図をメインに、主要市街図、国立公園図、それにメキシコの全図も収録している。州別地図は地理的位置に関わらずアルファベット順に並べられ、多くは見開き2ページを使って展開される。ページの余白には各州の基礎データ、観光局連絡先、都市間距離表、それに旅行情報の詳細にリンクするマイクロソフトタグがつく。もちろん巻末には、地名索引が付随している。必要な情報を網羅した過不足のない編集で、アメリカの代表的地図帳というにふさわしい。

同じ判型でも「大縮尺道路地図帳 Large Scale Road Atlas」は、スパイラル綴じで264ページと、同社の地図帳では最もボリュームがある。タイトルのとおり、地図を上記地図帳より35%拡大して、読み取り易くしたのが特徴だ。当然、州別地図は見開き2ページに収まらないので適宜分割し、市街図なども再配置されている。ただ大縮尺になっても、記載内容にほとんど差はない。また、この版のみカナダ、メキシコの図は省かれている。

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大縮尺道路地図帳 2014年版
 

大判の地図帳にはもう1種、「モーターキャリア用道路地図帳 Motor Carriers' Road Atlas」がある。これは大型のトラックやバスの運転に特化した版で、州指定トラックルート、危険物規制データ、21ページに及ぶ都市間距離表などが盛り込まれたものだ。

さて、以上の大判タイプに対して、A4に近い21.6×26.7cm(8.5×10.5インチ)の地図帳も刊行されている。標準形は緑表紙の「中判道路地図帳 Midsize Road Atlas」で、中綴じ96ページの、携行に手ごろな冊子だ。合衆国とカナダの州別道路地図を完備しているものの、大判地図帳と見比べると縮尺は小さく、情報量も絞られる。市街図の数は1/4程度に減り、実用性の点では大判図にかなわない。「読み易い中判道路地図帳 Easy-to-Read Midsize Road Atlas」はその大縮尺版で、スパイラル綴じ、160ページある。

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(左)中判道路地図帳
(右)読み易い中判道路地図帳
 いずれも2014年版
 

このように、種類が多いため選択には迷うところだが、行動範囲が1つの州に限られるなら1枚ものの州別地図で十分だ。広域に移動するなら、まずは黄表紙の「ランド・マクナリー道路地図帳 Rand McNally Road Atlas」に当たるといい。

アメリカの道路地図の特徴の一つは、多くの場合、地勢表現、すなわち土地の起伏を表すぼかし(陰影)、等高線、段彩を省いていることだ(下注)。3次元的情報がないこの種の地図を、プラニメトリックマップ(平面図)と称している。製図や印刷の技術が伴わなかった道路地図の創生期ならいざしらず、汎用の地勢データが提供されている現代でも使わないのだから、これはデザイン上の方針なのだろう。

*注 地勢表現が全く無視されているのではなく、ランド・マクナリーでも国立公園図にはぼかしが使われている。また、州政府作成の公式道路地図には、地勢表現を付したものも少なくない。

道路地図はいうまでもなく、道路網や区間距離など、自動車を走らせるために必要な情報を記した地図だ。テーマと直接関係のない描写を略すのは、図面の錯雑さを回避する意味がある。さらにランド・マクナリーの道路地図では、それを補うように、国立公園や国有林、自然保護区などの範囲に緑のアミをかぶせ、景勝ルートにはトーマス・クックの鉄道地図のような緑の点線を添える。地勢を見せるより、旅行者にはこのほうが実用的だ。

加えて、赤色の実線を効果的に用いる道路網の配色や、識別性の高い文字書体の組合せなど、細部まで研究の跡が窺える。こうした読取りの容易さと、利用者のニーズを受け止める豊富な情報量。類書があまた並ぶ中でランド・マクナリーの道路地図が長年にわたり支持されてきた理由は、このあたりにあるのではないだろうか。

ランド・マクナリーの地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋BookWebなどでも扱っているので、入手は容易だ。地図帳のeブック(電子書籍)版も用意されている。

■参考サイト
ランド・マクナリー社 http://www.randmcnally.com/
同社道路地図のページ  http://www.randmcnally.com/product/road-atlas
 各版の仕様比較がある
同社オンライン道路地図 http://maps.randmcnally.com/
 同社オリジナルのウェブ地図。ペーパー版とは配色などが異なるが、やはり地勢表現はない。

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 カナダの道路地図

2010年12月30日 (木)

カナダの道路地図

クルマが日常の主たる移動手段なら、カナダの道路地図もアメリカ合衆国同様、たくさん種類があるものと想像していた。しかし、地図商のカタログを当ってみると、そうでもない。印刷物としての地図の選択肢はかなり限られているのだ。カーナビに象徴されるようなデジタル化の洗礼を受けて、早々と淘汰されてしまったのだろうか。いやそうではなく、理由は、人口がアメリカより一桁少ないというマーケット規模から考えるべきだろう。

*注 国連人口部のサイトによれば、2010年の人口はアメリカ3億1800万人に対してカナダ3400万人  http://esa.un.org/UNPP/

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ランド・マクナリー道路地図帳
2014年版
 

カナダに関する道路地図を類型化すれば、3つのグループに分けられる。一つは、アメリカ合衆国やメキシコも含めて、北米大陸全体を1冊にまとめた地図帳だ。

これは比較的種類が多く、合衆国の地図ブランドであるランド・マクナリー Rand McNally(右写真、下注)、カッパ・マップ・グループ Kappa Map Group(旧 アメリカンマップ American Map)、アメリカ自動車協会 AAA をはじめ、イギリスのAA出版社 AA Publishing、フランスのミシュラン Michelin などから選ぶことができる。

カナダについては、全国図と州別図で構成され、余白には主な都市の拡大図が配されているというのが、各社共通した仕様だ。州ごとの主要道路網を把握したいといったニーズならこれで十分用が足せる。

*注 ランド・マクナリー社の道路地図については、本ブログ「アメリカ合衆国の道路地図-ランド・マクナリー社」参照

二つ目は、対象をカナダ一国に絞ったものだ。この全国版は、1枚もの(大判用紙を折り畳んだもの)と地図帳に綴ったタイプがある。

三つ目はそれをさらに州別か、地域別に分けたシリーズだ。当然、縮尺は1枚ものより地図帳、全国版より地域特定版のほうが大きく、描写はより詳細に、情報量はより豊かになる。

とはいえ、実際問題として、商業ベースに乗るカナダの道路地図は、同国アルバータ州のカルガリーに本社を置くマップアート出版社 MapArt Publishing の系統が、選択肢の大部分を占めている。

地図商スタンフォーズのサイトによると、マップアート社が刊行していた地図の一部が最近の業界再編によって、カナディアンカートグラフィックス社 Canadian Cartographics Corporation (CCC) に移ったという。内容は今一つ定かでないが、カタログで見る限りCCC社に移された地図(表紙に cccmaps.com とある)は1枚ものが中心のようだ。また、これとは別に、フランス語圏のケベック州では、JDMジェオ社 JDM Géo Inc. が刊行する地図に、マップアートのロゴが掲げられている。

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では、マップアート社の地図帳を見てみよう。

右写真は、同社の「全国道路地図帳 Canada Road Atlas」2009年版だ(下注)。判型はA4判より縦が少し短い横21.5cm×縦27.5cmで、表紙を除いて全112ページ。まず1:5,000,000(500万分の1)の概要図が14ページあり、そのあとに人口の集中する南部のより詳しい地図(縮尺は1:625,000~1 660,000、地域によって異なる)が76ページにわたって続く。それから主要都市の拡大図7ページがあり、最後に地名索引がつく。

*注 同社の最新カタログでは、この黄表紙の全国道路地図帳が見当たらず、青表紙の「カナダ詳細道路地図帳 Canada Back Road Atlas」が紹介されている。これは後述する州別地図帳の内容を合冊したもので700ページもあり、携帯に向いているとはいいがたい。

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全国道路地図帳の一部
(表紙、裏表紙を拡大)
 

道路の記号は、高速専用道 Expressway が青、同 有料道 Toll expressway が紫、主要道 Principal highway が赤、地方道 Secondary highway が黄色に赤の縁どりと、なかなかカラフルだ。道路番号とともに区間距離も当然入っているが、km単位のカナダに対して、国境の南側(アメリカ)はマイル単位になっている。主要な鉄道路線も細い実線で描かれる。全駅ではないが、駅の位置がプロットされているので、別途、鉄道地図と対照することも可能だ。

感心するのは旅行情報が充実している点で、公園、自然保護区 Conservation area、野生動物保護区 Wildlife area、インフォメーションセンター、キャンプ地などがシンプルな記号で表され、明るい赤の文字で必ず名称が付されている。その数は相当なもので、ロッキーや西海岸ではこの赤文字で地図が埋め尽くされるかと思うほどだ。

また、背景の地勢表現も美しい。道路や文字を読取る邪魔にならないようトーンを抑えながら、高度別の段彩とぼかし(陰影)を微妙に組合せ、高山域ではその上に氷河の水色を載せている。繊細な描写は、道路地図としては上出来の部類と言えよう。

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州別・地域別地図帳は縮尺がもっと大きくなる。手元にあるブリティッシュコロンビア州版(右写真)は、北部が1:1,000,000(100万分の1)、南部が1:500,000だ。これも116ページある。タイトルをBack Road Atlas(バックロードは裏道、田舎道の意)としているのは、道路表現の詳しさをアピールするのはもちろんのこと、他社の旅行地図帳(「バックロード・マップブックス Backroad Mapbooks」、別稿で詳述)も意識したのだろう。

もちろん道路地図なので、マップブックスのように登山道までは描いていないが、車の通れる道は赤い縁取りをした太めの線を用いていて、識別性はこのほうが高い。さらに、ほとんどすべての道に丹念に名称を添えているのには驚くほかない。

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BC州地図帳の一部
(裏表紙を拡大)
 

旅行情報の充実度は、全国版に準じている。地勢表現も同様で、特にカナディアンロッキーや海岸山脈 Coast Mountains のような山岳地域では、立体感がひときわ見事だ。鉄道記号は旗竿型に変わり、駅は黒丸の記号に駅名つきで、さらに旅客列車の停車駅には、運行会社であるVIAレールのロゴを付して知らせている。

これほど丁寧に編集された地図があるなら、敢えてライバルの登場を願う必要もないのだが、一応、CCC社の1枚ものにも触れておこう。右下写真は、ブリティッシュコロンビア州の道路地図だ。大判用紙の両面を使い、片面に北部、別の面に南部、余白に主要都市の市街図を配している。道路網を強調すべく、地勢表現を省略したデザインは、アメリカの典型的な道路地図のスタイルだ。

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それはともかく、上記の地図帳と比較すれば、主要道と地方道の記号がどちらも赤で見分けにくく、旅行情報の記号のバリエーションが少ないなど、記号デザインの工夫不足は覆いがたい。また、添付の市街図は狭いスペースに詰め込もうとしたため、文字が細かくなりすぎた。価格が5ドル程度と安価な点は評価できても、地図としての魅力は薄いと言わざるをえない。

アメリカ合衆国と同様、カナダでも州政府監修の公式道路地図 Official Highway Map が定期的に作られている(下注)。道路情報だけが必要なら、これで十分だろう。

*注 公式道路地図については、本ブログ「アメリカ合衆国の道路地図-公式交通地図」参照

■参考サイト
マップアート http://www.mapart.com/
カナディアンカートグラフィックス(CCC) http://www.cccmaps.com/

公式道路地図の例
オンタリオ州運輸局  http://www.mto.gov.on.ca/english/traveller/map/southindexpdf.shtml

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2010年9月16日 (木)

フィンランドの旅行地図

整然とした体系の地形図や道路地図とは対照的に、フィンランドの旅行地図分野は図式にしろ体裁にしろ、とてもバラエティに富んでいる。その全体像は筆者にもわからないが、カルッタ・ケスクス Karttakeskus を通して入手したいくつかの地図で、垣間見ることにしたい。

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右写真は、カルッタ・ケスクスが"Genimap"と名乗っていた時期に出されていた、首都ヘルシンキの市街図 Kaupunkikartta(2003年版)だ(右写真)。両面刷りだが、扱いやすい蛇腹折りの体裁としている。

メインは縮尺1:15,000の市街図で、すべての街路名が大きめの文字で記され、メトロやトラムのルート・停留所位置、主要施設なども入って、実用的だ。街路名索引があるので、住所から図上の位置も特定できる。さらに、中心街は、建物を斜め上空から見た形に描いた1:6,700相当の鳥瞰図が参考になる。他に、1:100,000の近郊図、トラムやメトロ、近郊列車線 lähijunalinjat の路線図も添えた念入りな構成で、市内のガイドマップとしてはなかなかの優れものと言えるだろう。説明も国際仕様で、フィンランド語、スウェーデン語、英語、独語、仏語、エストニア語、露語と、実に7か国語に対応している。残念ながら、カルッタ・ケスクスのサイトでは現在、この形式のものは扱っていないようだが、ロンドンの地図店スタンフォーズ Stanfords にはまだ残っている。

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タンペレ Tampere は首都の北北西170kmに位置する。ヘルシンキ首都圏以外では最も人口が多く、湖の水位差を利用した発電によって「フィンランドのマンチェスター」と呼ばれた工業都市だ。しかし一歩町を出れば、湖水地方の明媚な風景がどこまでも広がっている。それが地図「タンペレ周辺 Tampere ympäristöineen 1:40 000」(右写真は表紙)の主題で、より正確に言うと、タンペレ市街とその北にあるナシヤルヴィ湖 Näsijärvi 沿岸が対象だ。

地図は横82cm×縦80cm、マージンなしの両面刷りで、大胆に凡例も説明も省かれている。それだけでなく、デザインはかなり異色だ。たとえば、アップルグリーンに塗られた森の中に青の線が入り込んでいるのが見える(右写真を参照)。水路と言われても違和感はないが、実は等高線だ。さらにグレーの太い線は道路ではなく川を示し、読者の混乱に輪をかける。図郭の中央を占めるナシヤルヴィ湖にはていねいに段彩をつけた等深線が書き込まれ、モノトーン風の陸地に対して、絵画的な効果をあげている。個性的で何かしら心に残る地図だ。

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サンタクロースに会える町として日本でも知られるロヴァニエミ Rovaniemi は、フィンランド最北部、ラッピ州 Lapin lääni の中心地だ(ラッピ Lappi は英語でラップランド Lapland)。市域を北極線が横断する。この地図は、ラッピ州測量局 Lapin maanmittaustoimisto が製作したロヴァニエミのレクリエーション地図 Virkistyskarttaで、片面印刷された横112cm×縦88cmの用紙を折ってある。

地図は、縮尺1:50,000の地形図をベースに、赤色でハイキングルートや旅行情報を加刷している。旅行情報は升の中に絵をはめ込んだピクトグラムだが、中でも目につくのは、スポーツ施設でも宿泊地でもなく、クラウドベリーが採れる湿地 hillasuo の記号だ。クラウドベリー(フィンランド語でラッカ lakka あるいはヒッラ hilla。日本語でホロムイイチゴ)は野生のイチゴの一種で、同国ではユーロ硬貨に描かれるほど代表的な野草だという。また、スノーモービルのルートが、川も湖面もおかまいなしに走っているのに驚く。冬は凍結して、氷上が立派な陸の交通路になるのだ。地図自体はとりたてて特徴がないが、載せられた情報から彼の地の生活事情が伝わってくるのが興味深い。

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最後は、フィンランド東部の北カレリア県 Pohjois-Karjalan maakunta にあるコリ国立公園 Kolin kansallispuisto の旅行地図だ。美しい湖水地方の中でも、コリは眺望の素晴らしさで人気が高い。中心をなすウッコ・コリ Ukko-Koli(ウッコは翁の意。叙事詩カレワラでは「至高の神」とされる)は、頂きにある風化に耐えた石英岩の露頭から、眼下のピエリネン湖 Pielinen を見晴らす標高347m(湖面からの高さ約250m)の展望台で、国立公園の紹介写真に必ず登場する名所になっている(右の表紙写真)。作曲家シベリウスら国民主義の芸術家たちも、この地で作品のインスピレーションを得たという。

地図は「コリ、夏の旅行地図 Koli Kesämatkailukartta / Map for summer tourists」と題され、公園全域をカバーする縮尺1:50,000と、ウッコ・コリ周辺の1:20,000を両面に配している。いずれも地形図データベースをもとに、ハイキングルートや旅行情報を加えたものだ。湖岸の船着き場からウッコ・コリ、マクラ Mäkrä などいくつかのピークを結ぶ縦走路には、地点間距離と分岐点番号が細かに記され、2日間コースとなる全長40kmのヘラヤルヴィ湖周遊路 Herajärven kierros は、特に太線で強調されている。旅行情報は大きめのピクトグラムを用いて、駐車場や土産物屋から各種の宿泊場所、見どころに至るまで詳しく図示している。コンパクトに折り畳まれたこの地図は野外でも使いやすく、コリを歩く人には必携品と言えるだろう。

■参考サイト
カルッタ・ケスクス http://www.karttakeskus.fi/
同 オンラインショップ http://www.karttakauppa.fi/
  旅行地図は英語版左メニューの Maps of Finland > Outdoor maps 
コリ国立公園(outdoors.fiのサイトより)
http://www.luontoon.fi/page.asp?Section=6834

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2010年8月 5日 (木)

アイスランドの地図-フェルザコルトの地形図

前回紹介したように、アイスランド国土測量局 Landmælingar Íslands の地図刊行と販売の業務は民間に引継がれ、フェルザコルト Ferðakort(旅行地図の意)のブランド名で復活した。フェルザコルトは、今までの官製地図を再刊するにとどまらず、ブランド名に見合った独自の旅行地図編集も手がけている。主なものを縮尺の小さい順に報告していこう。

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1:500,000表紙
 

アイスランド全土を1面で表す地図は、旧来、1:750,000と1:500,000の2種類があった。しかし、近い縮尺なので整理されたと見え、1:500,000旅行地図 Ferðakort だけがリストに残っている(右写真は、測量局時代の1:500,000。現在はデザインが異なる)。アイスランド島は北海道の1.3倍ほどの面積があるので、この縮尺で片面に収めようとすると、地図用紙も78×110cmと大判になる。地図のテーマである旅行情報は、統一的な正方形のピクトグラムで示されている。ホテルやペンションが通年営業と夏季営業に区分されるなど、宿泊・休憩施設の表示が重視されているようだ。道路網は、道路番号と区間距離が細かく記され、別に主要集落間の距離表もあって、道路地図としても十分使える。注意すべきは、地勢表現が濃いめのぼかし(陰影)だけで示され、等高線がない点だ。

この1:500,000を地図帳仕立てにしたもの(旅行地図帳 Ferðakortabók、ただし英語名は Road Atlas)もある。地図自体は1枚ものと同じだが、レイキャヴィクReykjavíkなど主要都市の市街図と観光地の拡大図がついている。1枚ものより価格が少し高くなるが、場所を取らない分、旅先では使いやすいだろう。

次は1:250,000だが、民営化以前は、20世紀前半のデンマーク領時代に作られたクラシカルな地形図(「主要図 Aðalkort」と呼ばれる。上写真の左側)が、道路など後年の変化を修正した上で販売されていた。しかし、現在は廃版となり、新作に置き換えられている。地図のカバーには旅行地図 Ferðakort / Touring Map とだけ書かれているが、全土を3面でカバーするので、英語の販売サイトでは区分図 Section Map と案内されている。別に、島の中央部を1面に収めた集成版「中央高地 Hálendið」(上写真の右側)も作られている。

旅行情報や道路情報は1:500,000と同程度だが、50m間隔の等高線にぼかし(陰影)が重ねられ、植生や砂地、湿地、溶岩原など地表の状態が描かれて、火山地形と氷河地形が混在する島の地勢がよくわかる。1:500,000で物足りなさを感じる人にはお薦めだ。ただし、氷河の部分は等高線がなく、とってつけたような粗いぼかしのみで、表現方法には違和感が残る。

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1:250,000表紙 (左)旧版 (右)新版
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新版のサンプル図(裏表紙の一部を拡大)
 

1:200,000道路地図帳 Vegaatlas(右写真)は、スパイラル綴じの冊子をさらに縦に2つ折りして、横約16×縦30cmの携帯に便利なサイズにしてある。収納時はコンパクトだが、ページを開けば幅60cmのワイド版になる。ユニークなこの形式は、かつてデンマークの地図帳が採用していたもので、フェロー諸島の地図帳も同類だ。使われている地図は、上記1:250,000の単純拡大版で、全50ページに分割されている。宿泊施設などの旅行情報は、メインの地図にほとんど記載されず、別に設けたテーマ別の全国図にまとめてあるのが特徴だ。ほかに、レイキャヴィク市街図、行政区分図、そして地名索引がついている。

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1:200,000道路地図帳 表紙
 
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1:100,000表紙
 

1:100,000は「アトラス地図 Atlaskort」 と称し、全土を87面でカバーする(右写真)。他とは違って、デンマーク領時代の手描き図版を用いたシリーズだ。前回紹介したアイスランドに複数ある地形図体系の1つ目にあたる。等高線間隔は20m。出自は古いが、氷河の等高線と融水の流路は藤色、川と湖は明るい青、等高線は茶、植生は緑、主要道路は赤、その他は黒と、堂々6色を駆使したカラフルな地図だ。アイスランドの地表の6割以上を占める荒蕪地やそこを通過する小道の分類が詳しく、行軍のための実用図として設計された痕跡をとどめている。その一方で、氷河の裂け目や砂地を網流する河川の克明な描き方は、芸術的な雰囲気さえ醸し出している。

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1:100,000 凡例の一部
 

他国ではとうに絶版で、古地図にさえ分類されているものが、鮮明なオフセット印刷で現役を演じ続けているのは驚くべきことだ。デンマーク領時代、区分図は1:250,000、1:100,000、1:50,000の3シリーズあったが、測量の精度と地図表現の精度とのバランスは1:100,000が最もよかった。それが、民営化後も頒布されている理由の一つだろう。ただし、地図の情報更新は1980年代を最後に実施されておらず、そればかりか一部の図葉はすでに在庫切れになっている。今後、再版するのか、あるいはオンデマンド方式に変更するのかも未定だという。測量局がこの地図を閲覧できるウェブサイトを設置しているのが、来るべき方向を暗に示しているようだ。

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1:50,000 表紙
 

1:50,000はデンマーク領時代の旧図ではなく、アイスランド国土測量局とアメリカ国防省地図作成局 Defense Mapping Agency (DMA) の協力で更新された地形図C761シリーズが頒布されている(右写真は、販売用の別刷りカバー)。前回の地形図体系でいうと2つ目に該当する。そのため、道路記号の区分や文字書体、地図の体裁(整飾など)は明らかにアメリカの様式だ。しかし、軍用地形図の製作には迅速さが要求され、そのため既存の地形図など先行する測量成果がしばしば参考にされる。全体はアメリカ風でありながら、例の荒蕪地の記号やクレバスの描写など、デンマーク領時代の旧図を彷彿とさせるのも、不思議なことではない。

等高線間隔は20mだが、緩傾斜地には10m間隔の補助曲線が多用され、地形描写は詳しいほうだ。海域や主な湖には等深線も描かれている。原図は全土を199面でカバーしているそうだが、刊行対象となっているのは、中央部の102面のみだ。シリーズは1977~1990年の製作で、その後改訂されていない。1:100,000と同様、オリジナルの印刷図がすでに底をついた図葉もあるが、こちらはスキャニング版で補充する方針のようだ。

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1:50,000 凡例の一部
 

フェルザコルトの出版カタログには、人気のある観光地に的を絞った特別地図 Sérkort も上がっているが、これについては次回紹介しよう。また、測量局時代には、1:25,000地形図 Staðfræðikort も一部の地域で刊行されたが、現在は販売リストから外されている。

さて、地図の購入についてだが、フェルザコルトのサイトで発注すると、Bóksala stúdenta http://www.boksala.is/ のサイトに移るようになっている。ここにも英語版が用意されているので、購入手続きはスムーズだ。ただし、地形図シリーズは扱っておらず、別途フェルザコルトにEメールかFAXで発注しなければならない。

■参考サイト
フェルザコルト http://www.ferdakort.is/
 英語版あり。各地図の紹介は、左メニューの Product Categories から選択。

地図閲覧サイト、販売店については「官製地図を求めて-アイスランド」にまとめた。
http://homepage3.nifty.com/homipage/map/map_iceland.html

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2010年7月 1日 (木)

スウェーデンの道路・旅行地図と地形図地図帳

今回は、カートファラーゲット Kartförlaget というブランドをもつ地図について取り上げよう。Kartförlaget は英語なら The map publisher(地図の出版者)だ。スウェーデンの旅行地図や道路地図の主要な刊行元として知られていた。ロゴマークの下部に書き添えられているとおり、実体は「国土測量庁(ラントメーテリエット)の一部門 ingår I Lantmäteriet」だった。基本的な地形図は国土測量庁の名義で出し、実用的な地図はカートファラーゲットと、看板を使い分けていたのだ。

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スウェーデン/ノルウェー国境のフィヨルドをまたぐ
新旧のスヴィーネスンド橋 Svinesundsbron
Photo by Tommy Gildseth at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

過去形で紹介したのには訳がある。民営化の一環で、販売部門のカートブティーケン Kartbutiken とともに、2008年9月をもって大手出版グループのノーシュテッツ Norstedts Förlagsgrupps に譲渡されてしまったからだ。

いったんはブランド名も、イェヴレ Gävle にある拠点の建物や従業員も引き継がれた。しかし、出版不況の影響を受けて、今年(2010年)1月、故地を完全撤収し、事業はノーシュテッツの本社があるストックホルムに集約されたと伝えられる。その証拠に、かつて地図表紙の下部にあったカートファラーゲットのマークは、新刊からノーシュテッツのオリジナルロゴに置き換えられている。

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「道路・旅行地図」表紙
(左)2005年版
(右)2020年版(カートブティーケンの販売サイトから)
 

今のところ、国営時代に築かれた地図のラインナップに変化はない。代表的なシリーズである「道路・旅行地図 Bil- och turistkartan」も健在だ。これはスウェーデン全土を6面でカバーする区分図で、日本のJAF(日本自動車連盟)に相当するスウェーデンの全国運転者協会 Motormännens Riksförbund とのタイアップで刊行されてきた。表紙の上部にある3個の王冠と大文字のMは協会のマークにほかならない。

【追記 2020.5.29】

全国運転者協会は、2019年5月にM・スウェーデン協会 Riksförbundet M Sverige に改称した。通常、エム・スヴェーリエ(スウェーデン)M Sverige と呼ばれる。区分図の「道路・旅行地図 Bil- och turistkartan」もノーシュテッツ社で刊行が継続されている。

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「道路・旅行地図」索引図
 

縮尺は南部の図葉が1:250,000、人口密度の低い北部は1:400,000だ。1:250,000は官製地形図のシリーズと競合するように見えるが、官製は同じ南半分を揃えるのに10面必要で、1面当り103.50クローナ(カートブティーケンの表示価格。1クローナ12円として1,242円)、片や道路・旅行地図は南半分なら4面で済み、かつ1面75.50クローナ(同906円)で、後者のほうがかなりお徳だ。面数が少ないのはそれだけ図郭が大きいからで、横100×縦138cmの大判用紙を折畳み、厚紙の表紙をつけている。

図式の点で官製図と大きく異なるのは、等高線やぼかし(陰影)といった地勢表現が省かれていることだ。土地利用景は市街地、森林、裸地(耕地・空地)、湿地、氷河と塗り分けられているが、森林と裸地は類似色のため判別しにくく、全体として、面的表現は平板だ。

一方、道路記号は主要道を除き、くくり(縁取り)のないシンプルな赤の実線にして、線幅で重要度を示している。鉄道は官製図に採用されている旗竿式ではなく、実線に短線を交差させた日本でいう私鉄記号にしている。

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「道路・旅行地図」の一部
© 2010 Norstedts
 

明らかに官製のデータベースを使いながら、図式をこのように変更しているのは、道路地図という特性に合うデザインを追求した結果だろう。確かに、この目的では地勢表現は雰囲気づくりの小道具に過ぎず、それよりも道路網や居住地が明瞭に識別できることを優先しているのだ。区間距離の表示が円の中に数字という無骨なものだったり、旅行情報の色を水部と同じ青にしたため目立たなかったりと、もう一工夫ほしいところはあるが、わかりやすさ、手ごろな価格といった大衆性の点でお薦めできるシリーズといえる。

このほかに、地域を小範囲に特定した旅行地図が各種ある。ストックホルム県 Stockholms län をはじめ、スコーネ地方と東シェラン(デンマーク)Skåne med Östra Sjælland、ゴットランド島 Gotland、エーランド島 Ölandなどだ。縮尺1:100,000~1:150,000と拡大されるが、図式に大きな違いはない。いずれも両面刷りで、裏面に中心市街図や見どころなど旅行情報が掲載されている。

「運転者のスウェーデン道路地図帳 Motormännens Sverige Vägatlas」(現 エム・スウェーデン道路地図帳 M Sverige Vägatlas」)も、カートファラーゲット時代からある刊行物で、「運転者の(モートルメンネンス)Motormännens」という旧タイトルは例の協会のことを指している。

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「エム・スウェーデン道路地図帳」表紙
 

メインの地図は、「道路・旅行地図 Bil- och turiskarta」と同じ内容だが、そのほかに地勢を段彩で表現した北欧全図と、国内50都市の市街図、それに地名索引もついて、全290ページほどある。これで225クローナ(同2,700円)なので、もしスウェーデン全土の道路網を見たいのなら、区分図をこつこつ揃えるよりもさらにお徳だ。

ちなみに筆者が愛用しているのはこれのワイド版で、2003年に刊行された「国土測量庁スウェーデン大地図帳 Lantmäteriets Stora Sverigeatlas」と称する地図帳だ(下写真)。「運転者」が横20×縦29cmでほぼA4判なのに対して、こちらは横29.5×縦38.5cmとA3判に近い。大型本は確かにかさばるのだが、その反面、広範囲を一望できるという紙地図の長所が生きてくる。

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「国土測量庁スウェーデン大地図帳」表紙
 

メイン図の縮尺は同じ、市街図の収録数も同じ50都市だ。しかし、ワイド版限定の特色がある。一つは、メイン図に25m間隔(1:400,000図は50m間隔)の等高線が入っていることだ。これは、区分図の「概観図 Översiktskartan」(旧 レッドマップ)シリーズと同じもので、道路網はやや識別しにくくなるものの、周氷河地形の複雑な地勢がよくわかる。

二つ目は国内50の都市について、市街図とは別に近郊図がつけられていることだ。内容は1:50,000「地形図 Terrängkartan」(一部は1:100,000)そのもので、実質的な地形図集だ。これが各都市1ページ、大都市は見開き2ページに展開されており、大判ならではの豊富な情報量を提供してくれる。

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「国土測量庁スウェーデン大地図帳」のサンプル図
(裏表紙の一部)
 

このようにワイド版は、「運転者」に比べて地形図の要素がふんだんに盛り込まれ、地形図ファンを歓喜させる地図帳だったのだが、その後更新はなく、惜しくも一時の企画に終わったようだ。刊行元のカートファラーゲットが消滅した今となっては、復刊に期待するのも虚しい。

【追記 2020.5.29】

その後、同じフォーマットで、近郊図(1:50,000)を省いた「私たちのスウェーデン大地図帳 Vår stora Sverigeatlas」がノーシュテッツ社から刊行され、数次の改訂もされている。

■参考サイト
カートブティーケン http://www.kartbutiken.se/
ノーシュテッツ社 http://www.norstedts.se/

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