軽便鉄道

2022年9月 5日 (月)

イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド・北アイルランド編

岩がちな山の重なり、深く切れ込む入江、平谷の底で静かに水をたたえる湖、スコットランドの旅の魅力の一つが、こうした雄大で手つかずの自然との出会いだ。本来は移動手段であるはずの鉄道も、ここでは車窓に流れる景色の見事さで、乗ることが目的にさえなっている。

今回は、スコットランドおよび北アイルランドの保存鉄道・観光鉄道のリストから、特に興味をひかれた鉄道を挙げてみたい。

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アイル湾 Loch Eil の背後にベン・ネヴィス Ben Nevis を望む
ウェスト・ハイランド線(2017年)
Photo by Peter Moore at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0

「保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_scotland.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド」画面
 

項番8 ウェスト・ハイランド線 West Highland Line

「イギリスの絶景車窓」を紹介する観光関連サイトをいくつか覗くと、必ず名が挙がる路線が三つあることに気づく。イングランド北部のセトル=カーライル線 Settle–Carlisle line、同 南西部のリヴィエラ線 Riviera line、そしてスコットランドのウェスト・ハイランド線 West Highland Line(下注)だ。

*注 後述する観光列車「ジャコバイト号 The Jacobite」を挙げているものも含む。

御三家の一角を占めるウェスト・ハイランド線は、ハイランド地方 Highlands の西部を北上していくナショナル・レール(旧国鉄線)だ。列車は、スコットランド最大の都市グラスゴー Glasgow のクイーン・ストリート Queen Street 駅から出発する。

併結便の場合、途中のクリーアンラリッヒ Crianlarich で2本の列車に分割される。1本は本線を北上し続け、フォート・ウィリアム Fort William を経て、港町マレーグ Mallaig まで行く。もう1本は支線を西へ向かい、同じく港町のオーバン Oban に至る。本線263.6km、支線67.5km。本線だけでも乗り通すのに5時間以上かかる長距離路線だ。

西海岸の地形は海と陸地が複雑に入り組んでいるため、鉄道は内陸の谷間を縫うように通されている。小さな集落がたまに見えるほかは、岩山と高原、入江と湖が交錯する荒涼とした風景がどこまでも続く。はるか遠くへ来たことをひしひしと感じさせる列車旅だ。

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ラノッホ Rannoch 駅に入る列車(2015年)
Photo by Andrew at frickr.com. License: CC BY 2.0
 

運用されている車両は、スコットレール ScotRail(下注)の156形気動車だが、それに加えて最奥部のフォート・ウィリアム~マレーグ間には、蒸気機関車が先頭に立つ観光列車「ジャコバイト号 The Jacobite」がある。「ハリー・ポッター」の映画シリーズでホグワーツ特急 Hogwarts Express に擬せられて、世界的な知名度を獲得した看板列車だ。

*注 2022年3月まではアベリオ Abellio 社の子会社がフランチャイズ契約で運行していたが、期間満了で、4月からスコットレールの名称を残したまま、政府出資会社に引き継がれた。

ロケ地になったグレンフィナン高架橋 Glenfinnan Viaduct は、広い谷間に美しい弧を描くアーチ橋だ。車窓風景最大のハイライトとあって、乗客は誰しも通過のときを心待ちにしている。

*注 鉄道の詳細は「ウェスト・ハイランド線 I-概要」「ウェスト・ハイランド線 II-ジャコバイト号の旅」参照。

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グレンフィナン高架橋を渡るジャコバイト号(2018年)
Photo by WISEBUYS21 at frickr.com. License: Public domain
 

項番1 カイル・オヴ・ロハルシュ線 Kyle of Lochalsh line

西海岸の港を目指し、南から延びるウェスト・ハイランド線に対して、東からハイランドの山地を横断してくるのがカイル・オヴ・ロハルシュ線だ。こちらもナショナル・レール(旧国鉄線)で、スコットレールの158形気動車で運行されている。

東海岸、ファー・ノース線 Far North Line の途中駅ディングウォール Dingwall を起点に、西岸の港町カイル・オヴ・ロハルシュ Kyle of Lochalsh に至る102.7kmの路線だが、旅客列車はハイランドの主要都市インヴァネス Inverness から直通する。全線の所要時間はおよそ2時間40分だ。

ディングウォールで左に分岐してまもなく、列車は最初の、そして最も急な上り勾配にさしかかる。計画ルート上にあったストラスペファー Strathpeffer の町の大地主が首を縦に振らず、やむを得ず線路を迂回させたという訳ありの坂道だ。その後は、湖が点在する広い氷蝕谷の間をひたすら進んでいき、峠らしい峠を経験しないまま、谷を降りてしまう。

最後の30分間は、カロン湾 Loch Carron に沿って、岩がちな海岸線をくねくねとたどる。山と湖の眺めなら先述のウェスト・ハイランド線でも得られるが、断続する海辺の風景はこの路線の特色といえるだろう。

終点カイル・オヴ・ロハルシュ(下注)はアルシュ湾に突き出した埠頭の駅で、海峡を隔てて指呼の間にスカイ島 Isle of Skye を望む。かつては対岸の港カイラーキン Kyleakin との間をフェリーが結んでいたが、島に渡る道路橋ができた今は、路線バスが連絡する。

*注 地名カイル・オヴ・ロハルシュは、アルシュ湾 Loch Alsh の狭まった地点(=海峡 kyle)を意味する。

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カイル・オヴ・ロハルシュ線の車窓から
アハナシェーン Achnasheen 駅西方にて(2017年)
Photo by Richard Szwejkowski at frickr.com. License: CC BY-SA 2.0
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カイル・オヴ・ロハルシュ駅の最終列車(2011年)
Photo by John Lucas at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番3 ストラススペイ鉄道 Strathspey Railway

数はそれほど多くないものの、スコットランドにもいくつかの蒸気保存鉄道がある。標準軌ではおそらく最北端に位置するストラススペイ鉄道 Strathspey Railway は、インヴァネスから南へ山を一つ越えたスペイ川 River Spey 流域を走る路線だ。

廃止されたハイランド本線 Highland Main Line の旧ルート(下注1)を1978年に復活させたもので、新旧ルートの分岐点だったアヴィモア Aviemore を起点に、ブルームヒル Broomhill までの約16kmを行く。片道50分、往復1時間40分。鉄道名のストラススペイ Strathspey とは、鉄道が通過するスペイ川 Spey の広い谷(ストラス Strath、下注2)のことだ。

*注1 これは1863年に開通したルートで、アヴィモアからグランタウン・オン・スペイ Grantown on Spey を経て、フォレス Forres でアバディーン=インヴァネス線 Aberdeen–Inverness line に合流していた。1898年にアヴィモア~インヴァネス間を短絡する現ルートが開通したことで支線に転落し、後の1965年に廃止された。
*注2 スコットランドの地形用語で、狭く険しい谷をグレン Glen、広く穏やかな谷をストラス Strath と使い分ける。

列車は、ナショナル・レールのアヴィモア駅3番線から出発する。まもなく当初起点に使われていたホーム跡とヤードを通過して、森の中に入っていく。本線規格で建設されたので、緩いカーブの走りやすそうな線路だが、列車の走りは至ってのんびりしている。

中間駅ボート・オヴ・ガーテン Boat of Garten 駅には、1904年築という趣のある旧駅舎が残され、往路の停車中に見学が可能だ。この後はスペイ川の広い氾濫原を進んでいき、その間、蛇行する川とともに、はるか遠くにケアンゴームズ国立公園 Cairngorms National Park の山並みが見晴らせる。

終点ブルームヒル Broomhill は片面ホームで、折返しのためのささやかな駅に過ぎない。鉄道はさらに次の町グランタウン・オン・スペイ Grantown-on-Spey への延伸に向けて、作業を継続している。

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スペイ川の谷を戻る列車
遠景はケアンゴームズ山地(2006年)
Photo by Dave Conner at frickr.com. License: CC BY-SA 2.0
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現在の主力機LMSアイヴァット Ivatt(2017年)
Photo by Pjt56 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番7 ボーネス・アンド・キニール鉄道 Bo'ness and Kinneil Railway

フォース湾 Firth of Forth に面したボーネス Bo'ness は、エディンバラ Edinburgh とグラスゴー Glasgow のおよそ中間にある町だ。ボランティア団体のスコットランド鉄道保存協会 Scottish Railway Preservation Society がここに拠点を置く。協会は、250両を超える大規模な車両コレクションを保存していて、その一部は構内のスコットランド鉄道博物館 Museum of Scottish Railways で展示公開されている。

協会はまた、動態保存の車両群を走らせる標準軌路線も持っている。それがボーネス・アンド・キニール鉄道だ。旧ボーネス支線跡を利用した約8kmのルートで、蒸気保存列車が1日3~4往復する。

起点のボーネス駅は、スコットランド各地から使われなくなった鉄道設備を移築して、新たに造られたものだ。列車はここから湾に沿って西へ向かう。遠浅の海の前で連続する急カーブをしのぐと、リクエストストップのキニール・ホールト Kinneil Halt がある。鉄道名のボーネス・アンド・キニールは、ここまで部分開通していた時の名残だ。

その後は段丘崖を上っていき、進路を南に転じる。バークヒル Birkhill 駅の前後は農地と林が続く。エーヴォン川 River Avon の谷を渡ると、再び西に向きを変えて、終点マニュエル・ジャンクション Manuel Junction 駅のホームに到着する。

ファーカーク Falkirk 経由のナショナル・レールが目の前を通っているが、あちらには駅がない。それで乗客は、機回しを終えた列車でボーネスへ引き返さざるをえない。ちなみにレールは両者つながっていて、各地で催されるさまざまな列車ツアーに使われる車両が、ここで本線に出入りする。

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本線ツアーに出発するトルネード Tornado(2021年)
Photo by Phil Richards at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
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ボーネス駅西方の側線にて(2008年)
Photo by tormentor4555 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番4 ケアンゴーム登山鉄道 Cairngorm Mountain Railway

かの有名なスノードン登山鉄道より高い所まで行くと、2001年12月の開業当時、ケアンゴーム登山鉄道はしきりと話題に上ったものだ。山上駅の標高は1097mで、同1065mのスノードンを抑えて、イギリスの鉄道で行ける最高地点になった。

ただし、これはラック鉄道ではなくケーブルカーだ。冬場、強風が吹くたび運休になるチェアリフトの代替手段として建設された。ベース駅 Base Station と呼ばれる下部駅から山上のターミガン駅 Ptarmigan Station(ターミガンは雷鳥の意)まで、長さ1970m、高度差462m。単線交走式で、ルートの中間点にある待避線で列車交換が行われる。

ケアンゴーム Cairn Gorm(下注)は、先述のストラススペイ鉄道の起点アヴィモアの南15kmに位置する山だ。標高1245mで、イギリスで7番目に高いピークとされている。ケアンゴームズ国立公園の中心的存在で、北西側斜面にはスキー場が広がる。山上からの眺望は素晴らしく、夏もトレッキング客が多数訪れる。

*注 スコットランド・ゲール語で青いケルン(石塚)を意味する。山地や地域名では Cairngorm と一語に綴るが、山名は分かち書きする。

だが、鉄道の建設計画に対しては、環境保護団体から、観光客の増加で自然破壊が進むと反対があった。そのため、ケーブルカーで山上駅に到着した乗客には行動制限がかけられており、建物の外に出ていけるのは冬のスキーヤーだけだ。他の客はせいぜいテラスに出て、山岳展望を楽しむことしか許されていない(下注)。

*注 山上を散策したければ、行きは登山道を歩いていくしかない。帰りにケーブルカーを片道利用することはできる。

2018年10月に運営会社は、安全性に問題が生じたとして、鉄道の運行休止を発表した。現在、スコットランド政府の資金援助を受けて施設の更新工事が行われており、運行再開は2023年の予定だ。

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中間待避線での列車交換(2013年)
Photo by lizsmith at wikimedia. License: CC BY-NC-ND 2.0

「保存鉄道・観光鉄道リスト-北アイルランド」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_northernireland.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-北アイルランド」画面
 

項番2 ジャイアンツ・コーズウェー・アンド・ブッシュミルズ鉄道 Giant's Causeway and Bushmills Railway

北海岸で世界遺産にも登録されているジャイアンツ・コーズウェー Giant's Causeway の近くから、小さな観光鉄道が出ている。軌間3フィート(914mm)の軽便線で、坂を下り、波打ち際をかすめ、川を渡り、ブッシュミルズ Bushmills の町の手前まで3.2kmのルートを行く。

ジャイアンツ・コーズウェーは、柱状節理による玄武岩の石柱が海岸線を埋め尽くす景観で、古くから知られた観光地だ。早くも1887年に、幹線鉄道のあるポートラッシュ Portrush の町から、長さ15kmの電気路面軌道が通じている。当時、電気運転はまだ黎明期であり、路線長からしても先駆的な試みだった。軌道は数十年間利用されたが、老朽化により1949年に廃止された。

この地に再び軌道が戻ってきたのは、それから半世紀を経た2002年のことだ。当初は蒸気機関車がミニ客車を牽いていたが、2010年に現在の4両編成の気動車に置き換えられた。素人目には蒸機のほうが魅力的に映るが、このデザインはかつてのトラム車両をイメージしたものだという。路線の歴史を踏まえれば、蒸機よりトラムのほうが似つかわしいということだろう。

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(左)蒸機時代(2008年)
Photo by technische fred at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)トラムイメージの気動車(2012年)
Photo by Iain Gregory at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番3 ダウンパトリック・アンド・カウンティ・ダウン鉄道 Downpatrick and County Down Railway

アイルランド島の鉄道網の軌間は、標準軌(1435mm)より広い5フィート3インチ(1600mm)で、アイリッシュ・ゲージ Irish gauge と呼ばれる。島で唯一、この軌間で運行されている保存鉄道が、北アイルランド東部のダウンパトリック Downpatrick にある。

町はダウン県 County Down の県庁所在地だ。アイルランドの守護聖人、聖パトリックが埋葬されたと伝えられるダウン大聖堂 Down Cathedral が、丘の上から町と駅を見下ろしている。その鉄道駅は1950年に廃止されてしまったが、跡地を拠点として1987年に活動を開始したのが、ダウンパトリック・アンド・カウンティ・ダウン鉄道だ。

復元された線路は、ルートの中央にある三角線から東、南、北の三方向に延びている。その東端にあるのが、ダウンパトリック駅だ。また、南端にはマグナス・グレーヴ Magnus’ Grave(マグヌス王の墓)、北端にはインチ・アビー Inch Abbey(インチ修道院跡)と称する折返し用の停留所が設置されている。

停留所名はいずれも近隣の史跡にちなんだものだが、廃墟が残る修道院跡のほうが人気が上回っているようだ。近年、マグナス・グレーヴへ行くのは特別行事のときだけで、インチ・アビーを単純往復するのが通常の運行ルートになっている。列車は1日に数本あり、修道院跡をゆっくり見学して次の列車で戻るというプランも可能だ。

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(左)大聖堂を背にした1号機関車(2016年)
Photo by Milepost98 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)ダウンパトリック駅を発つ列車(2014年)
Photo by no name at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0

「イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト」では、全部で約150か所の路線を取り上げた。しかし、これでも網羅というにはほど遠い。小規模なものを含めればまだ他にもあり、編めば編むほど、この国の人々の鉄道遺産への愛着の強さや奥深さを思い知ることになる。これだけの数の鉄道が毎週のように運行され、乗りに来る人も絶えないというのは、驚くべきことだ。リストは簡略なものに過ぎないが、これを手がかりにして、イギリスの特色ある鉄道群に興味を持つ人が少しでも増えてくれればうれしい。

なお、今回の紹介記事に含めなかった王室属領のマン島 Isle of Man については、本ブログ「マン島の鉄道を訪ねて-序章」に概要を記述している。

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド北部編
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド中部編
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 I
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 II
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-ウェールズ編

 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編

2022年8月27日 (土)

イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-ウェールズ編

イングランド編に引き続き、ウェールズで特に興味をひかれる保存鉄道、観光鉄道を挙げてみたい。

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フェスティニオグ鉄道
ポースマドッグ・ハーバー駅(2015年)
Photo by Markus Trienke at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

「保存鉄道・観光鉄道リスト-ウェールズ」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_wales.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-ウェールズ」画面

項番7 フェスティニオグ鉄道 Ffestiniog Railway

標準軌の保存鉄道が幅を利かせているイングランドに対して、ウェールズは狭軌の王国だ。「ウェールズの偉大な小鉄道 Great Little Trains of Wales」というプロモーションサイトには、12本もの狭軌保存鉄道が名を連ねている。

■参考サイト
Great Little Trains of Wales https://www.greatlittletrainsofwales.co.uk/

なかでもフェスティニオグ鉄道は、後述するタリスリン鉄道と並ぶ代表的存在だ。2021年には、タリスリンともども「ウェールズ北西部のスレート関連景観 Slate Landscape of Northwest Wales」の構成資産として、世界遺産に登録された。

軌間は1フィート11インチ半(597mm)。北部の小さな港町に置かれた拠点駅ポースマドッグ・ハーバー Porthmadog Harbour から、東の山懐にあるブライナイ・フェスティニオグ Blaenau Ffestiniog まで21.9kmを、列車は1時間10分前後かけて走破する。

鉄道は、もともとブライナイ・フェスティニオグ周辺で採掘されたスレート(粘板岩)を、ポースマドッグの海港まで運び下ろすために建設されたものだ。1836年というかなり早い時代のことで、まだ狭軌用の蒸気機関車は開発されていない。それで、スレートを積んだ貨車を下り勾配の線路で自然に転がすという、重力頼みの運行方式だった。貨車には馬も載せられていて、帰りはこの馬が、荷を下ろして軽くなった貨車を牽いて上った。

今はもちろん、行きも帰りも蒸機が牽引する。19世紀生まれのハンスレット小型機とともに、自社工場で復元された関節式フェアリーなど、独特な設計の機関車が活躍しているので、途中駅での列車交換シーンも見逃せない。

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(左)シングル・フェアリー式「タリエシン Taliesin」(2018年)
Photo by Hefin Owen at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
(右)ダブル・フェアリー式「デーヴィッド・ロイド・ジョージ David Lloyd George」(2010年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

車窓の主な見どころは、ポースマドッグを出発してすぐの、ザ・コブ The Cob と呼ばれる長い干拓堤防の横断、中間のタン・ア・ブルフ(タナブルフ)Tan-y-bwlch 駅前後で広がる雄大なカンブリア山地の眺め、そしてジアスト Dduallt にある珍しいオープンスパイラル(ループ線)だ。

終点ブライナイ・フェスティニオグ駅は、標準軌(1435mm)であるナショナル・レールのコンウィ・ヴァレー線 Conwy Valley line と共有している。線路幅は大人と子供ほどの差があるが、保存鉄道のホームは屋根つきで、切符売り場もあって、充実度はこちらが勝る。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-フェスティニオグ鉄道 I」「同 II」参照。

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ザ・コブを横断する重連の蒸気列車(2008年)
Photo by flyinfordson at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番3 ウェルシュ・ハイランド鉄道 Welsh Highland Railway

ポースマドッグ・ハーバー駅に発着するのは、フェスティニオグ鉄道だけではない。旧来の1番線の隣に新設された2番線には、ウェルシュ・ハイランド鉄道の列車が入ってくる。

同じ1フィート11インチ半(597mm)軌間で、標準軌と狭軌の廃線跡を利用して再敷設されたものだ。メナイ海峡 Menai Strait 沿いのカーナーヴォン Caernarfon からスノードン Snowdon 西麓の峠を越えて、ポースマドッグに至る。延長39.7kmは、イギリスの保存鉄道では標準軌を含めても最長で、全線を乗り通すと2時間以上かかる。

実はこれも、フェスティニオグ鉄道会社が運行している。同社は1836年の創業で、現存する世界最古の鉄道会社とされているのだが、今や合計60km以上の路線を有するイギリス最大の保存鉄道運行事業者でもある。

世界遺産の城郭近くにあるカーナーヴォン駅から、列車は南へ向けて出発する。ディナス Dinas で東に向きを変えた後は、スノードニア国立公園 Snowdonia National Park の山岳地帯に入っていく。車窓を流れる風景はすこぶる雄大で、保存鉄道有数の絶景区間だ(下の写真参照)。名峰スノードン山の西麓で峠を越えると、今度は2か所のS字ループで一気に高度を下げ、観光の村ベズゲレルト Beddgelert に停車する。

終盤は農地が広がる沖積低地を横断していくが、ポースマドックに近づいても、ナショナル・レール線(標準軌)との平面交差や、ブリタニア橋 Britania Bridge の併用軌道など、注目ポイントが次々に現れて、乗客を飽きさせることがない。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-ウェルシュ・ハイランド鉄道 I」「同 II」「同 III」参照。

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スノードン山麓を降りてくる列車
リード・ジー Rhyd-Ddu 北方(2013年)
Photo by Andrew at flickr.com. License: CC BY 2.0
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ブリタニア橋の併用軌道(2013年)
Photo by Gareth James at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番11 ウェルシュプール・アンド・スランヴァイル軽便鉄道 Welshpool and Llanfair Light Railway

ナショナル・レール(旧国鉄)のカンブリア線 Cambrian line を走る下り列車が、イングランドとウェールズの「国」境を越えて最初に停車するのが、ウェルシュプール Welshpool だ。しかし、軽便鉄道の駅はその周りにはなく、市街地を西へ通り抜けた1.5km先に孤立している。もとの軽便線は、町裏を通って標準軌の駅前まで来ていたのだが、1956年の廃線後、町が跡地をバイパス道路や駐車場に転用する方針を固めたため、鉄道を復活できなかったのだ。

現在の起点ウェルシュプール・レーヴン・スクエア Welshpool Raven Square 駅は、旧線にあった棒線停留所を新たに拡張したものだ。軽便鉄道はそこから西へ向かい、バンウィ川 Afon Banwy 沿いにあるスランヴァイル・カイレイニオン Llanfair Caereinion の町まで13.7kmのルートを走っている。

駅を出て間もなく、蒸機の前には、北側の山の名にちなみゴルヴァ坂 Golfa Bank と名付けられた峠越えが立ちはだかる。34.5‰勾配がほぼ1マイル(1.6km)続くという険しい坂道で、カーブも多く、蒸機の奮闘ぶりをとくと観察できる。峠を降りると、ルートは一転穏やかになり、途中でバンウィ川を渡って終点まで、のどかな谷間に沿っていく。

鉄道は2フィート6インチ(762mm)の、いわゆるニブロク軌間だが、国内の現存路線では意外に少数派だ。それで使用車両もオリジナルに加えて、世界各地の同じ軌間(メートル法による760mm軌間を含む)の鉄道から集められた。とりわけ客車は出身鉄道のロゴがよく目立ち、国際色にあふれている。

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バンウィ川の川べりを行く(2008年)
Photo by Tim Abbott at flickr.com. License: CC BY-NC-ND 2.0
 

項番15 タリスリン鉄道 Talyllyn Railway

ボランティアを主体とするイギリスの鉄道保存活動は、ウェールズ中部にあるこのタリスリン鉄道から始まった。ここもフェスティニオグと同様、もとは沿線の採掘場からスレートを搬出するための路線で、1866年に開業した。だが、スレートの生産は第一次世界大戦を境に縮小し、1950年にオーナーが亡くなったのを機に、鉄道は運行を終えた。

タリスリンでは貨物輸送を行う傍ら、夏に観光客向けの旅客列車を走らせていた。それで、事情を知った愛好家たちから、すぐに休止を惜しむ声が上がった。集まった有志が協会を設立し、設備を譲り受けて翌1951年に列車の運行を再開した。こうして、ボランティアによる世界で最初の保存鉄道が誕生したのだ。

鉄道が採用している2フィート3インチ(686mm)軌間は世界的に見ても珍しい。ほかに動いているのは、2002年に復活した近隣のコリス鉄道 Corris Railway ぐらいのものだ。もう一つ珍しいのは、客車の扉が片側(終点に向かって左側)にしかないことだろう。これは、工事の完了検査で指摘された、跨線橋の内寸が車両限界より小さいという致命的問題の解決策だった。

起点のタウィン・ワーフ Tywyn Wharf は、カンブリア線のタウィン駅から300mほど南にある。出発するとすぐ、問題の跨線橋をくぐり、町裏の切通しを抜けて、広々とした牧場の中へ出ていく。やがて線路は浅いU字谷をゆっくりと上り始める。終点ナント・グウェルノル Nant Gwernol まで11.8km、所要55分。ハイキングに出かける客を降ろした列車は、機回しの後すぐに折り返す。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-タリスリン鉄道」参照。

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タウィン・ワーフ駅(2015年)
Photo by Markus Trienke at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番17 ヴェール・オヴ・レイドル鉄道 Vale of Rheidol Railway

カンブリア線の線路に並行して、ウェールズ中部アベリストウィス Aberystwyth の町から出発するヴェール・オヴ・レイドル鉄道は、近隣の保存鉄道とは「血筋」が違う。というのも、1フィート11インチ3/4(603mm)の狭軌線ながら、国鉄 Brirish Rail が分割民営化されるまで、その所属路線だったからだ。しかも、ずっと蒸気運転のままで。

言うならば国鉄直営の保存鉄道だったのだが、ローカル線を根絶やしにした1960年代の厳しい合理化策「ビーチングの斧 Beeching Axe」にも生き残れたのは、観光路線として一定の人気を得ていたからに他ならない。

路線長は18.9kmあり、片道1時間かかる。車窓の見どころは、ヴェール・オヴ・レイドル(レイドル川の谷)Vale of Rheidol を俯瞰するパノラマだ。後半の坂道で谷底との高度差がじりじりと開いていくにつれ、眺めは一層ダイナミックになる。さらに、終点駅の近くに、マナッハ川 Mynach の5段の滝と、その上に架かる石橋デヴィルズ・ブリッジ(悪魔の橋)Devil's Bridge という名所があり、列車を降りた多くの客が足を延ばす。

保存列車を牽くのは、1923~24 年にこの路線のために製造されたタンク機関車だ。小型ながらも力持ちで、当時路線が属していたグレート・ウェスタン鉄道 Great Western Railway のロゴと緑のシンボルカラーをまとい、20‰勾配の険しいルートに日々挑んでいる。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-ヴェール・オヴ・レイドル鉄道」参照。

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終点デヴィルズ・ブリッジはまもなく(2015年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番20 ブレコン・マウンテン鉄道 Brecon Mountain Railway

ウェールズの保存鉄道は北部と中部に集中している。それに対して、ブレコン・マウンテン鉄道は南部にあり、かつシーズン中ほとんど毎日運行している唯一の狭軌保存鉄道だ。鉄道は、ヴェール・オヴ・レイドルと同じ1フィート11インチ3/4(603mm)軌間で、廃止された標準軌の線路跡を利用して、1980年から2014年にかけて順次、延伸開業した。

この鉄道の特色は、アメリカのボールドウィン社製の蒸気機関車を使っていることだ。稼働中の2両はもとより、自社工場で新造中の2両もボールドウィンの設計図に基づいているという。列車の後尾にはアメリカンスタイルのカブース(緩急車)も連結され、異国で開拓鉄道の雰囲気を放っている。

拠点のパント Pant 駅は、カーディフの北40km、国立公園になっている山地ブレコン・ビーコンズ Brecon Beacons の入口に位置する。駅自体、村はずれの寂しい場所にあるが、列車はさらに山地の中心部に向かって約7kmの間、坂を上り詰めていく。

序盤の車窓はタフ川 Taff の広くて深い谷間の風景だが、2km先で谷は貯水池で満たされる。その後は斜面を上って、人の気配がない終点トルパンタウ Torpantau に達する。復路では、貯水池べりのポントスティキス Pontsticill 駅で30分前後の途中休憩がある。

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貯水池に沿って走るアメリカンスタイルの列車
最後尾にカブースを連結(2013年)
Photo by Gareth James at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番9 スランゴスレン鉄道 Llangollen Railway

ウェールズでは数少ない標準軌の保存鉄道の一つが、麗しいディー川 Dee の渓谷を走っている。拠点が置かれているのは、国際音楽祭や、近くにある世界遺産の運河と水路橋で知られたスランゴスレン Llangollen だ。町の名を採ったスランゴスレン鉄道は現在、ここから西へカロッグ Carrog までの12kmを運行している。

華やかな市街からディー川を隔てた対岸に、スランゴスレン駅がある。駅舎と跨線橋は、2級文化財に指定された歴史建築で、古典蒸機によく似合う。列車は、ここから終始ディー川をさかのぼる。前半は両側から山が迫る渓谷が続き、車窓の見どころも多い。とりわけ一つ目の駅ベルウィン Berwyn は、ハーフティンバーの駅舎や石造アーチの二重橋がアクセントとなって、絵のような風景だ。

現在、カロッグから4km先のコルウェン Corwen に至る延伸工事が進行中で、新しい終着駅となるコルウェン・セントラル Corwen Central がすでに姿を現している。今年(2022年)開業の予定だったが、コロナ禍の長期運休で2021年に運営会社が倒産したことも影響して、まだ次の見通しが示されていない。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-スランゴスレン鉄道」参照。

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グリンダヴルドゥイ Glyndyfrdwy 駅での列車交換(2017年)
Photo by Andrew at flickr.com. License: CC BY 2.0
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ベルウィン Berwyn の二重橋に虹が掛かる(2017年)
Photo by Andrew at flickr.com. License: CC BY 2.0
 

項番6 スノードン登山鉄道 Snowdon Mountain Railway

スノードン Snowdon、ウェールズ語でアル・ウィズヴァ Yr Wyddfa は標高1085mで、ウェールズの最高峰だ。グレートブリテン島でも、これより高い地点はスコットランドのハイランドにしかない。この山頂を目指して1896年、アプト式ラックレールを用いた登山鉄道が開通した。すでにアルプスをはじめ世界各地で運行実績のあった方式(下注)だが、イギリスでは初の導入だった。それから120年以上、スノードン登山鉄道は、国内唯一のラック登山鉄道として高い人気を保ち続け、イギリスの代表的観光地の一つに数えられている。

*注 ヨーロッパ初のラック登山鉄道(リッゲンバッハ式)は、スイスのリギ鉄道 Rigibahn で1871年に開通。また、アプト式は、ドイツ、ハルツ山地のリューベラント線 Rübelandbahn で1885年に初採用。

列車が出発する駅は、山麓の町スランベリス Llanberis の外縁にある。山を目指して押し寄せる客をさばくために、ハンスレット社のディーゼル機関車と客車1両のペアが30分間隔で忙しく出発していく。開業時に導入されたスイスSLM社製のラック蒸機もいまだ健在だが、運行はハイシーズンのみとなり、かつ便数も限られているので、早めの予約が必須だ。

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蒸機列車は期間・便数限定
客車は旧車の足回りを利用して新造(2014年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

ルートは7.5kmあり、最大勾配は1:5.5(182‰)に及ぶ。機関庫を右に見送ると、いきなり急勾配で石造アーチ橋を渡り、その後は緩やかに傾斜した広々した谷を行く。S字カーブで登山道を横切り、スノードンの北尾根に取りつき、坂がいったん落ち着いたところにクログウィン駅がある。その先はスノードン本体の急斜面を、頂きまで一気に上っていく。

標高1085mは、日本の感覚では高山とは言えないだろう。しかし、高緯度で森林限界を超えているので、山頂に立つと、目の前にスノードニア国立公園を一望する360度の大パノラマが開ける。ただし、海からの湿った西風がまともに吹き付けるため、雲が湧きやすく、遠くまで眺望のきく日は稀だ。山頂が悪天候の場合、列車は手前のクログウィン Clogwyn 駅で折り返しとなる。

*注 鉄道の詳細は「スノードン登山鉄道 I-歴史」「同 II-クログウィン乗車記」参照。

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クログウィンを後に山頂へ向かう列車(2005年)
Photo by Denis Egan at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番2 グレート・オーム軌道 Great Orme Tramway

ウェールズ北部、アイリッシュ海に臨む保養地スランディドノ Llandudno の町の西に、グレート・オーム Great Orme と呼ばれる標高207mの台地がある。この山上へ行楽客を運んでいるのが、グレート・オーム軌道と呼ばれる古典スタイルのケーブルカーだ。

鉄道は1902~03年に開通した。全長1.6kmだが、ハーフウェー Halfway 駅を境に2区間に分かれている。下部区間800mは、大半が道路との併用軌道で、最初は路地のような狭い道をくねくねと進む。一見すると路面電車だが、走行レールの間の溝の中にケーブルが通されている。広い道路に出ると下り車両と交換し、後は、ローギアでエンジンを唸らせながら追い越すクルマの横を、涼しげに上っていく。

一方、上部区間750mは広い台地の上を行くので、専用軌道となり、ケーブルも露出している。山頂には売店、レストランが入居する休憩施設があり、羊の牧場の向こうには、見渡す限りの大海原が広がる。

輸送力に限りがあるため、1969年に、並行する形で長さ1.6kmの空中ゴンドラが造られた。確かにこちらのほうが時間は短く、途中乗換が不要だ。高さがあるため、見晴らしもいい。しかし風が強いと運休になるし、第一、乗り物自体のファッション性の点で、100年選手とは比較にならない。

*注 詳しくは「ウェールズの鉄道を訪ねて-グレート・オーム軌道」参照。

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ハーフウェー駅下方(2005年)
Photo by AHEMSLTD (assumed) at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

次回は、スコットランドと北アイルランドの保存鉄道・観光鉄道について。

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 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編

2022年8月18日 (木)

イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 II

「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編」から、前回割愛したサウス・ウェスト South West のデヴォン Devon、コーンウォール Cornwall にある鉄道路線をいくつかピックアップしよう。

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サウス・デヴォン鉄道
リヴァーフォード橋 Riverford Bridge 付近(2015年)
Photo by Geof Sheppard at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_englands.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部」画面

項番39 ダートマス蒸気鉄道 Dartmouth Steam Railway

高い人気を維持する保存鉄道は、何かしら支持される理由をもっている。規模やアクセスの良さ、ディナー列車やスチーム・ガラ(蒸機まつり)などのイベントの質はもちろんだが、著名な観光地を走る、またはそこへ通じているという地の利も大きい。車窓から見える景色が美しければなおさらだ。

ダートマス蒸気鉄道は、ナショナル・レールのリヴィエラ線(後述)と接続して、ペイントン Paignton ~キングズウェア Kingswear 間10.8kmを走る標準軌の保存鉄道だ。起点があるデヴォン南岸のトーベイ Torbay 一帯は高級保養地で、日照時間が長く、気候が穏やかなことから、「イングランドのリヴィエラ English Riviera」と称えられてきた。

ペイントン駅を出発した列車は、トー湾 Tor Bay の晴れやかなビーチの前を通過した後、海原を見下ろす丘陵地へ上っていく。サミットのトンネルを抜けると、今度は三角江の深い谷の縁に降下する。終点キングズウェア駅はダート川の三角江 Dart Estuary に面し、対岸の港町ダートマス Dartmouth へフェリーが連絡している(下注)。

*注 フェリーが着くダートマスの埠頭には、列車が来ない「駅」が設置されていた。駅舎は保存され、レストランに活用されている。

この片道25分余の鉄道とフェリーでつなぐダートマスは、トーベイの滞在客にとって気軽に行ける行楽地だ。立地の良さを反映して、シーズン中、列車は5往復から、繁忙日には11往復もの設定がある。

蒸気鉄道を運営するのは、ボランティア主体の非営利組織ではなく、事業会社のダート・ヴァレー鉄道会社 Dart Valley Railway Ltd だ。同社およびグループ会社は周辺のバスやフェリー、クルーズ船も運行していて、各種乗り物に有効な周遊乗車券が発売されている。

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ダート川三角江を行く蒸機71000号(2011年)
Photo by Geof Sheppard at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番40 サウス・デヴォン鉄道 South Devon Railway

国立公園のダートムーア Dartmoor を水源に、南へ流れ下るダート川 River Dart は、なぜか保存鉄道に縁が深い。河口には上述のダートマス蒸気鉄道が来ているし、中流域のトットネス Totnes とバックファストリー Buckfastleigh の間にも、川筋に沿ってサウス・デヴォン鉄道がある。

地理的に近いだけでなく、2本の路線は1991年まで同じ事業会社に属していて、いわば姉妹鉄道の関係にあった。サウス・デヴォン鉄道は当時ダート・ヴァレー鉄道 Dart Valley Railway という名称だったが、1991年に会社が不採算を理由に手を引いた後(下注)、現在の非営利組織が運行を引き継いだ。

*注 現在、ダートマス蒸気鉄道を運行しているダート・ヴァレー鉄道会社は、もともとサウス・デヴォン鉄道(旧ダート・ヴァレー鉄道)の運営のために設立された会社だった。

ダートマス蒸気鉄道を海線とすれば、サウス・デヴォン鉄道は谷線だ。トットネス発の列車では、川は左側に現れる。緑うるわしい谷あいで、近づいては遠ざかるこの川を眺めながら、バックファストリーまで10.7km、片道30分の旅だ。途中に待避線をもつ信号所があるが、通常ダイヤでは列車交換は行われない。

なお、起点のトットネス・リヴァーサイド Totnes Riverside 駅は、ナショナル・レール、エクセター=プリマス線 Exeter–Plymouth line のトットネス駅の川向う、フットパスの橋を渡って徒歩5~6分のところにある。

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バックファストリー駅に入る蒸気列車(2011年)
Photo by Nilfanion at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番46 ボドミン・アンド・ウェンフォード鉄道 Bodmin and Wenford Railway

19世紀前半までコーンウォールは海上交通に多くを依存していた。それで、丘の上の町ボドミン Bodmin に最初に通じた鉄道(下注)は、北岸の河口港ウェードブリッジ Wadebridge からやってきた。1834年のことだ。一方、1859年に開通した幹線鉄道(現 コーンウォール本線 Cornish Main Line)は、町から南東に5km離れた谷の中に通された。この間を結んだのが1887~88年に開通したボドミン・アンド・ウェンフォード鉄道だ。

*注 ボドミン・アンド・ウェードブリッジ鉄道 Bodmin and Wadebridge Railway という。このボドミン駅は町の北西にあり、後に、ジェネラル駅と区別するためにボドミン・ノース Bodmin North に改称。

ボドミンのターミナル駅は、最初の鉄道とは市街を隔てた反対側に設けられ、ボドミン・ジェネラル(総合駅)Bodmin General と称した。頭端式の構造で、到着した列車はここで進行方向を変えて出発する。1986年に活動を開始した保存鉄道も、この駅が拠点だ。東はコーンウォール本線と接続するボドミン・パークウェー Bodmin Parkway、西はボスカーン・ジャンクション Boscarne Junction(下注)の間10.5kmのルートで走っている。

*注 旧ボドミン・アンド・ウェードブリッジ鉄道との接続点に位置する。

丘の上の駅から見れば、東も西も25‰勾配のある険しい下り坂だ。それでボドミンへの帰り道では、タンク機関車に坂道での力闘が求められる。所要時間は東が20分、西が14分、ボドミン・ジェネラルを交互に発着する形でダイヤが組まれている。

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(左)ボドミン・ジェネラル駅(2017年)
Photo by The Basingstoker at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
(右)ボスカーン・ジャンクション駅(2015年)
Photo by Andrew at flickr.com. License: CC BY 2.0
 

デヴォンやコーンウォールでは、一般路線にも見どころが多い。

項番37 リヴィエラ線 Riviera Line

北部のセトル=カーライル線 Settle–Carlisle line などとともに、イギリスの絶景列車を紹介するサイトで常に最上位を争っているのが、リヴィエラ線だ。線名は、先述の「イングランドのリヴィエラ English Riviera」に由来している。列車は、エクセター Exeter(セント・デーヴィッズ St Davids 駅)~ニュートン・アボット Newton Abbot ~ペイントン Paignton の45kmを直通する(下注)。

*注 このうち、エクセター・セント・デーヴィッズ~ニュートン・アボット間はエクセター=プリマス線との共有区間。

リヴィエラ線最大の見せ場が、ドーリッシュ・ウォレン Dawlish Warren からテインマス Teignmouth の手前までの約6kmだ。イングランド南西部は三角江が深く入り込み、海岸線には断崖が続く。そのため、幹線鉄道の大半は内陸に通されているのだが、ここでは珍しく、断崖直下の波打ち際を列車が通過する。海が荒れると波しぶきをかぶるような場所で、過去に何度も護岸が流失して不通になったことがある。

しかし穏やかな日なら、車窓には英仏海峡の青い水平線が一文字に延び、乗客の目をいやおうなしに奪う。本家リヴィエラのような断崖を貫く連続トンネルも、憎いアクセントだ。護岸の上は遊歩道に開放されているので、途中下車して、海原と列車を眺めながらのハイキングもいい選択だろう。

海岸区間だけでなく、その前後も見過ごせない。線路はエクス川 River Exe とテイン川 River Teign の三角江に沿っていて、外海とは対照的に、波静かな水面(干潮時は干潟)を存分に眺めることができる。これらを含めれば、約21kmにわたって水辺の景色が断続する特異な路線だ。

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ドーリッシュの海岸線を行くHST(2015年)
Photo by Kabelleger / David Gubler at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番43 テーマー・ヴァレー線 Tamar Valley Line

海辺を走るリヴィエラ線に対して、テーマー・ヴァレー線は内陸を拓く支線だ。港湾都市プリマス Plymouth から北へ23km、ガニスレーク Gunnislake という町のはずれの小さな駅まで行く。沿線に目立った観光地もなく、実際に存続しているのが奇跡なくらいのローカル線だ。

鉄道がたどるテーマー川の谷 Tamar Valley は、幅の広い三角江が奥まで続いている。そのため、代替ルートになる道路橋がないという理由で、これまで廃線を免れてきた。それだけに橋梁は路線のアドバンテージで、かつ車窓景観上も重要なポイントになっている。

列車は、名橋ロイヤル・アルバート橋 Royal Albert Bridge の下をくぐった後、自らも長さ453m、17スパンのテーヴィー橋 Tavy Bridge で三角江を渡る。ビア・オールストン Bere Alston でスイッチバックした後は、長さ約270m、高さ37m、12のアーチを連ねるカルストック高架橋 Calstock Viaduct の上からの壮大な眺望が待っている。

ガニスレークまで45分。合間に見えるテーマー川の、蛇行する谷と丘の織り成す景色も美しく、単純往復でも訪ねる価値のある路線だ。

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テーマー川をまたぐカルストック高架橋(2005年)
Photo by Ben Harris at wikimedia. License: public domain
 

項番45 ルー・ヴァレー線 Looe Valley Line

内陸を通る幹線からは、河口の港町へ向けて支線がいくつか建設されてきた。ルー・ヴァレー線もその一つで、コーンウォール本線 Cornish Main Line のリスカード Liskeard からイースト・ルー川 East Looe River の谷を通って河口のルー Looe まで14kmを、気動車が約30分で結んでいる。

もともとこの路線はコーンウォール本線とは関係がなく、ボドミン・ムーア Bodmin Moor の採石場からルーの港へ直接、花崗岩を運び出していた貨物鉄道だった。後に旅客輸送の便を図って、クーム・ジャンクション Coombe Junction とリスカードの間に連絡線が建設された。両駅間は、距離こそ1km未満だが、高度差は60mを超えるため、オメガループとスイッチバックを駆使してアクロバティックにつなげたところが見ものだ。

クーム・ジャンクションで進行方向を変えた列車は、イースト・ルー川の狭い谷をゆっくり下っていく。潮位が高い時間帯なら、ルー駅到着の数分前から右手の谷に水が満ちてくるはずだ。この三角江の感潮域を眺めているうち、前方にルーの市街地が近づいてくる。

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ルー川三角江の築堤(2019年)
Photo by Steve Edge at flickr.com. License: CC BY-NC 2.0
 

項番49 セント・アイヴズ・ベイ線 St Ives Bay Line

一般路線では、コーンウォール半島の先端近くにあるセント・アイヴズ・ベイ線も忘れるわけにはいかない。コーンウォール本線のセント・アース St Erth から、北海岸のリゾート地セント・アイヴズ St Ives に至る支線だ。わずか6.8kmの短い路線だが、リヴィエラ線と同様、車窓風景には定評がある。

列車はセント・アースから、最初ヘイル川 River Hayle の三角江のへりをたどって、河口に出る。それから海岸線に沿って、崖の上の緩斜面を西へ向かう。一つ目の岬を回ると、カービス・ベイ Carbis Bay のビーチが視界に入ってくる。リヴィエラ線よりかなり高所を走るので、俯瞰形のパノラマがすばらしい。もう一度岬を回れば、早や終点が近づく。

観光エリアは駐車場が混むことから、セント・アース駅前に車を置いて列車でセント・アイヴズに移動するパーク・アンド・ライド利用者も多い。そのため、列車は日中30分間隔で発車する。ところが、中間に待避線がないため、1編成でのシャトル運行だ。片道12分かかるので、両端駅では到着の3分後に、さっさと折り返さなくてはならない。絶景車窓もさることながら、イングランド最西端の支線がこれほど忙しいとは予想外だ。

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カービス・ベイのビーチを見下ろす(2018年)
Photo by www.sykescottages.co.uk. License: CC BY 2.0
 

項番35 シートン軌道 Seaton Tramway

イングランド編の締めくくりに紹介するのは、デヴォン東部の海沿いの町シートン Seaton を走っているユニークなトラム(路面電車)の観光鉄道だ。どこがユニークかというと、使われているトラムが、実際に市内で使われたオリジナルではなく、それを1/2から2/3にリサイズした複製品なのだ。

保有する車両は、スランディドノのダブルデッカーやブラックプールのボートトラムなど15両に上る。どれも本物と見分けがつかないほど精巧に造られていて、人の背丈と比べなければ縮小寸法であることさえ気づかないかもしれない。

もともとこれは、小型自動車メーカーのオーナーだったクロード・レーン Claude Lane が、第二次大戦後間もないころから趣味で手造りしていたものだ。彼は、走らせる場所を探して各地を転々とした後、最終的にシートンにあった標準軌の廃線跡を買い取った。そして2フィート9インチ(838mm)軌間で線路を敷き直し、駅や車庫を建てていった。1970年開業のこの軌道で、運行会社は主亡き後も操業を続けている。

ルートは、海岸にほど近いシートンのターミナルから、車庫のあるリヴァーサイド Riverside を経て、内陸のコリトン Colyton までの4.8kmだ。リヴァーサイドから先は旧線跡で、自然保護区に指定されたアックス川 River Axe の三角江と湿地帯をほぼ直線で貫いていく。終点まで25分前後かかる。

なにぶん車内は狭く、乗れる人数には限りがある。それでトラムは20分ごとに次々と出ていく。天気が良ければ、野鳥観察ができるというダブルデッカーの2階席がお薦めだ。

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アックス川三角江のへりを行くリサイズトラム(2010年)
Photo by Markus Schroeder at flickr.com. License: CC BY-NC-ND 2.0
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(左)トラム2階席からの眺め(2005年)
Photo by David P Howard at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
(右)リヴァーサイド車庫(2021年)
Photo by Chris j wood at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

次回は、ウェールズの保存鉄道・観光鉄道について。

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 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 I
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 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編
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2022年8月11日 (木)

イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 I

「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編」では、ロンドン London、サウス・イースト South East、サウス・ウェスト South West の各地方 Regions の路線を取り上げた。地理的にはドーヴァー海峡沿岸からコーンウォール半島まで東西500kmの範囲で、保存鉄道や観光鉄道の密度はかなり高い。

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グロスタシャー・ウォリックシャー蒸気鉄道
ゴザリントン Gotherington 駅(2017年)
Photo by Juan Enrique Gilardi at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_englands.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部」画面

項番9 ブルーベル鉄道 Bluebell Railway

保存運行のパイオニアであり、貴重な蒸機を30両以上も保有するブルーベル鉄道が、イギリスを代表する標準軌の保存鉄道であることを疑う人はいないだろう。

1960年8月開業のブルーベル鉄道は、標準軌では北部のミドルトン鉄道 Middleton Railway に次いで、2番目に古い保存鉄道だ。ただし2か月先んじて始動したミドルトンは、その後9年間貨物輸送に集中していたので、単純には比較できない。それまで狭軌線しか例のなかった鉄道保存の動き(下注)が標準軌の路線に拡がっていく過程で、先導役を担ったのはブルーベルだったはずだ。

*注 保存鉄道化は狭軌線のほうが早く、1951年のタリスリン Talyllyn、1955年のフェスティニオグ Ffestiniog、1960年のレーヴングラス・アンド・エスクデール Ravenglass and Eskdale などの例がある。

運行はまず、南端の拠点シェフィールド・パーク Sheffield Park と、駅のない北側の折返し点との間を往復するところから始まった。その後、ルートは段階的に北へ延伸されていき、1994年にはキングズコート Kingscote に、そして2013年にはついにイースト・グリンステッド East Grinstead に達して、線路は再び全国路線網とつながった。ロンドン中心部からオクステッド線 Oxted line の電車で約1時間と、アクセスも大きく改善された。

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キングズコート駅での列車交換(2013年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

美しく整備された客車で行く旅はもとより、さまざまな時代の様式で復元された駅舎にも注目したい。シェフィールド・パークは路線が開通した1880年代を、またホーステッド・キーンズは1920年代、ビッグ・フォー(四大鉄道)の一角だったサザン鉄道 Southern Railway の様式を、それぞれ再現している。建物ばかりか、看板や荷物などさりげなく配置された小道具もノスタルジーを盛り上げる。

路線長は17.7kmあり、片道40~50分を要する。ハイ・ウィールド High Weald と呼ばれる丘陵地を横断していくため、坂道が続くが、それは取りも直さず、蒸機の見せ場が多いことを意味する。高架橋やトンネルなど、目印となる構築物にも事欠かず、乗っても撮っても魅力の尽きない保存鉄道だ。

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看板や小道具にも注目
(左)ホーステッド・キーンズ駅5番線(2019年)
Photo by www.mgaylard.co.uk at wikimedia. License: CC BY 2.0
(右)同 3・4番線(2013年)
Photo by James Petts at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番5 ケント・アンド・イースト・サセックス鉄道 Kent and East Sussex Railway

同じように南東部の美しい田園地帯を通過していく路線に、ケント・アンド・イースト・サセックス鉄道がある。ブルーベルほど完璧に仕上がっていないかもしれないが、むしろそうしたのどかさが心地よいと思うファンも多いだろう。

路線は、1896年に成立した軽便鉄道法に基づいて建設された支線の跡を利用している。沿線はローザー・レヴェルズ Rother Levels と呼ばれるローザー川の氾濫原だ。低地で線路を通しやすい反面、乾いた丘に立地する集落からは遠かった。利用不振で1961年に路線は廃止され、1974年に保存鉄道として再スタートを切った。

列車は現在、テンターデン・タウン Tenterden Town 駅とボディアム Bodiam 駅の間16.2kmを走る。シーズン中は週3~4日、8月はほぼ毎日の運行で、蒸気列車または気動車が3~5往復している。

かつて旧線はボディアムからさらに西へ進み、ロバーツブリッジ Robertsbridge 駅でナショナル・レール(旧国鉄)のヘースティングズ線 Hastings line に接続していた。目下、このミッシングリンクを埋める作業が進行中だ(下注)。完成するとブルーベルのように、電車から直接乗り換えが可能になるとともに、総延長は21.7kmと、イギリスの保存鉄道で十指に入る長さになる。

*注 ロバーツブリッジ駅のホームや配線は完成し、試験列車も運行されているが、駅間の廃線跡は農地に転用されており、買収交渉が進められている段階。

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テンターデン・タウン駅(2015年)
Photo by Train Photos at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番17 ワイト島蒸気鉄道 Isle of Wight Steam Railway

ポーツマス Portsmouth から、フェリーで海峡を渡ってワイト島 Isle of Wight、ライド Ryde の港へ。さらに桟橋からアイランド線 Island line の電車に乗って約10分。到着したささやかな片面ホームが、蒸気鉄道への乗換駅だ。

スモールブルック・ジャンクション Smallbrook Junction と呼ばれるこの駅は乗換専用で、周りに公道がなく外に出られない。それでアイランド線の電車も、保存鉄道の運行時間帯に限って停車するという特殊な扱いになっている。

島の主要な観光資源に数えられているワイト島蒸気鉄道は、ここから西9kmのウートン Wootton まで、鄙びた田園地帯の中を行く路線だ。中間のヘーヴンストリート Havenstreet 駅に機関庫があり、列車はそこを起点に、ルートの両端で折り返し、またヘーヴンストリートに戻る形で運行されている。1往復の所要時間は50~60分だ。

鉄道は、19世紀生まれのヴィンテージ機関車や客車に出会えることでも知られている。かつて島の路線は新車を購入する余裕がなく、本土からもたらされる中古車両に依存していた。そのため、廃止後に残されたのも、こうした古い世代のものだった。島の苦しい台所事情が、今では保存鉄道の価値を高めるのに一役買っている。

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1891年生まれの蒸機W24「カルボーン Calbourne」
ウートン駅にて(2014年)
Photo by ARG_Flickr at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番18 グロスタシャー・ウォリックシャー蒸気鉄道 Gloucestershire Warwickshire Steam Railway

コッツウォルズ Cotswolds は、波打つ草の丘と蜂蜜色をした石壁の村の風景で、高い人気を保つ観光エリアだ。その一角を、グロスタシャー・ウォリックシャー蒸気鉄道の列車が走っている。名称にコッツウォルズの名こそ入っていないが、地域の観光アトラクションとしてよく知られた存在だ。

鉄道の拠点は、ルートの中間、トディントン Toddington 駅にある。1984年開業時の走行線は、この駅から1マイル(1.6km)南の停留所までのささやかなものだった。その後、線路は南へ北へと延伸されて、今や、チェルトナム競馬場 Cheltenham Racecourse からブロードウェー Broadway まで、23kmに及ぶ保存鉄道界有数の長距離路線に成長している。

ルートは、コッツウォルド丘陵の西麓に沿っている。北に向かうと、右手に森に覆われた丘の斜面が、左手にはイヴシャム谷 Vale of Evesham ののびやかな牧野の眺めがどこまでも続く。片道55~60分だが、1日5~6往復運行されているので、途中下車して、駅周辺の散策も楽しんでみたい。トディントンの駅前には、2フィート(610mm)軌間の軽便鉄道(下注)という別の見どころもある。

*注 蒸気鉄道とは別の団体が、トディントン狭軌鉄道 Toddington Narrow Gauge Railway の名で運行している。走行線の長さは約800m。

なお、どの駅もナショナル・レールとは接続しておらず、公共交通機関で行こうとすると、路線バスの利用が必須だ。

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トディントン駅に入線(2017年)
Photo by Juan Enrique Gilardi at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番23 ブリストル・ハーバー鉄道 Bristol Harbour Railway

今では少なくなってしまったが、かつて港の埠頭や、周辺に立地する工場、倉庫に多数の貨物線が張り巡らされていた。ブリストル・ハーバー鉄道は、こうした臨海線の一部を保存活用した観光鉄道で、イギリスではここでしか見られない。

ブリストルの臨海鉄道はもと8kmの路線網を持っていた。しかし、港の機能がエーヴォン Avon 川河口の外港に移ったことで需要が減退し、1964年に全廃されてしまった。1978年にこのうち2km強の線路を使い、ブリストル工業博物館 Bristol Industrial Museum が産業遺産の動態展示として蒸気列車を走らせたのが、ハーバー鉄道の始まりだ。工業博物館は2011年に拡張されて、エム・シェッド博物館 M Shed Museum と改称されたが、鉄道も新博物館に引き継がれた。

使われているタンク機関車が地元ブリストル製ということも手伝ってか、鉄道はすっかり旧港の名物になっている。乗り場は博物館前で、同じく動態展示物として残されている荷揚げクレーンの建ち並ぶ一角にある。列車は観光客がそぞろ歩く埠頭をゆっくりと通り抜けた後、裏手のエーヴォン川沿いに出ていく。

ルートは2017年に若干短縮され、ヴォクソール橋 Vauxhall Bridge のたもとを終端とする約1.2kmになった。列車はここで折返して、乗り場に戻る。乗車時間は約15分だ。

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埠頭を行く蒸気列車(2011年)
Photo by Geof Sheppard at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番27 スワニッジ鉄道 Swanage Railway

スワニッジ鉄道は、ドーセット Dorset の南岸に向かっていた旧線を復活させた蒸気保存鉄道だ。旧線の終点だったスワニッジ Swanage に拠点があり、列車は、約9km内陸に戻ったノーデン Norden 駅まで、25分かけて進む。

シーズン中、鉄道はほぼ毎日運行されている。しかも蒸機で5往復、繁忙日にはディーゼルの増便により9往復が走っている。「保存鉄道ベスト」の一つにも挙げられるほどの人気の理由は何だろう。

スワニッジは港町で、英仏海峡に面してビーチがあり、西側は世界遺産にも登録されたジュラシック・コースト Jurassic Coast の海食崖が続いている。サセックスの海岸ほど混んではおらず、小ぢんまりとした心地のいい町だ。また、鉄道沿線の丘の上にはコーフ城 Corfe Castle という中世の城跡があり、ハイキングの適地になっている。町を訪れた観光客にとって、鉄道はアトラクションの一つであるとともに、名所旧跡への足としても機能しているのだ。

なお、保存鉄道の線路はナショナル・レールのウェアラム Wareham 駅までつながっているのだが、専用ホームがないため、特別行事を除いて接続輸送は実施されていない。

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コーフ城を背にして(2015年)
Photo by Twosugars47040 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番28 ウェスト・サマセット鉄道 West Somerset Railway

イングランドで最も長い距離を走る保存鉄道が、ウェスト・サマセット鉄道だ。自社線の長さは22マイル3/4、メートル法に換算すると36.61kmになる。これはナショナル・レールとの分岐点(駅はない)と、ブリストル海峡に面した終点マインヘッド Minehead の間の距離だ。

しかし、ナショナル・レール(下注1)の常時走行は線路容量その他の関係で難しく、列車は通常、自社線内の最初の駅ビショップス・リディアード Bishops Lydeard とマインヘッドの間で運行されている。走行距離は20マイル半(33.0km)に縮まるが、それでもなお走破に80~90分を要する(下注2)。

*注1 幹線格のブリストル=エクセター線 Bristol–Exeter line。
*注2 長距離第2位は北部のウェンズリーデール鉄道 Wensleydale Railway で22マイル(35.4km)だが、こちらも通常は全線運行していない。

このような長い支線がまるごと保存されたのは、1971年の営業廃止と前後して、地元で独自運行の検討が始まり、自治体が鉄道資産の一括取得に動いたからだ。保存鉄道会社は、これをリースして列車を走らせている。

ビショップス・リディアードを出た列車は、まず上り坂に挑む。次の駅クロークーム・ヒースフィールド Crowcombe Heathfield がサミットだ。その後、坂を下り、ウォチェット Watchet 駅の手前とブルー・アンカー Blue Anchor 駅付近では一時的に海が見える。沿線の駅はどれも地方線の素朴な風情をよく保存しているし、内部を博物館にしている駅舎もあって、途中下車の誘惑に抗いがたい。

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ウォチェット東方(2011年)
Photo by Geof Sheppard at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番2 ロムニー・ハイス・アンド・ディムチャーチ鉄道 Romney, Hythe and Dymchurch Railway

ブルーベルが標準軌の代表格なら、狭軌ではロムニー・ハイス・アンド・ディムチャーチ鉄道を挙げないわけにはいかない。

15インチ(381mm)軌間のミニマムゲージながら、ハイス Hythe(下注)からダンジネス Dungeness まで、路線長は実に21.7kmもある。イングランドの狭軌保存鉄道ではもちろん最長で、標準軌を含めても十指に入る長さだ。しかも前半の13kmは複線化されている。

*注 "Hythe" には「ハイス」の表記が定着しているが、実際の発音は「ハイズ [haɪð]」。

歴史も古くて、1927~28年の開通だ。鉄道のオーナーになることを夢見る大金持ちのレーシングドライバーがいて、既存の狭軌鉄道を買収しようとしたがうまくいかない。それなら自分で新しい路線を造ろうと決心して、見つけた場所がここだった、という建設の経緯が伝えられている。しかし彼は、遊覧鉄道ではなく軽便鉄道令に基づく「公共鉄道 public railway」として、これを建設した。すっかり観光化された今でも、公共交通網の一翼を担うという法的位置づけは変わっていない(下注)。

*注 今でこそ孤立線だが、1967年まではニュー・ロムニーで標準軌線との接続があった。

起点のハイス駅は、町の西はずれに位置する。列車は、低湿地帯ロムニー・マーシュ Romney Marsh を縁取る砂州に沿って南下していく。鉄道名とは違い、停車はハイス、ディムチャーチ Dymchurch、それからニュー・ロムニー New Romney の順だ。この後、線路は単線になって、ダンジネス岬の旧灯台前まで行く。終端は機回しが不要なバルーンループ(ラケット状ループ線)になっていて、その途中にダンジネス駅がある。片道約60分。

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5月ガラの一シーン、ハイス駅にて(2017年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番11 ヴォルクの電気鉄道 Volk's Electric Railway

南東岸のトップリゾート、ブライトン Brighton のビーチを名物トラムが走っている。車体に書かれたVRまたはVERのイニシャルが示すとおり、名称を「ヴォルクの電気鉄道 Volk's Electric Railway」という。ヴォルクというのは、これを建設し、最初に運行した発明家マグナス・ヴォルク Magnus Volk のことだ。

開業したのは1883年、すでにロシアやドイツで実用化されていたとはいえ、イギリスでは初の電気動力による鉄道だった。先行例がすべて廃止された今では、世界最古の電気鉄道としてギネスブックにも載る貴重な存在になっている(下注)。

*注 ギネス世界記録の表記は、「今も運行している最初の公共電気鉄道 First public electric railway still in operation」。

鉄道は市営で、軌間2フィート8インチ半(825mm)。直流110Vで電化され、走行レールの間に設置されたサードレール(第3軌条)から集電している。

1990年に東端の区間が若干短縮されたため、現在の路線長は1.64kmだ。西の乗り場はビーチの中心、パレス・ピア(宮殿桟橋)Palace Pierの近くにある。そこから東へ、海岸道路とビーチの間にフェンスで囲まれた単線のか細い線路が延びている。ルートの中央に待避線のある駅があり、通常はそこで東行と西行が行き違いする。潮風を浴びながら東端まで10分ほどだ。

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1971年の電気軌道
Photo by wilford peloquin at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番6 イースト・ヒル・クリフ鉄道(ヘースティングズ)East Hill Cliff Railway, Hastings
項番7 ウェスト・ヒル・クリフ鉄道(ヘースティングズ)West Hill Cliff Railway, Hastings

北部のスカーバラ Scarborough や南部のボーンマス Bournemouth と並び、高台と崖下を結ぶケーブルカー、いわゆるクリフ(崖)鉄道が複数残っている町が、南東岸の海浜リゾート、ヘースティングズ Hastings だ。旧市街をはさんで東と西に1本ずつあり、どちらも、架台の上に平床の車体を載せた小型車両で運行されている。

イースト・ヒル・クリフ鉄道は、ヘースティングズの旧市街 Old Town の東を限るイースト・ヒル East Hill に上っていく。1902年の開通で、長さ81m、高低差約50mで、勾配は780‰と険しく、イギリスで最も急勾配の鉄道とされる。

線路は、砂岩の層をなす崖に張り付くように設置されている。それで乗車中も、ビーチにある漁船団の本拠地ザ・ステード The Stade や英仏海峡の、晴れやかな眺めが楽しめる。頂部にある芝生の公園からは海景の大パノラマが広がるが、休憩施設などはない。

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(左)イースト・ヒル・クリフ鉄道再開の日(2010年)
Photo by Oast House Archive at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
(右)山上駅の車内からの眺め(2010年)
Photo by Les Chatfield at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

対するウェスト・ヒル・クリフ鉄道は歴史がより古く、1889年の開通だ。長さ150m、高さ52m、路線長が長い分、勾配は330‰に緩和される。

ウェスト・ヒル West Hill は、ナショナル・レールの駅がある中心街と、古くからの旧市街とを隔てている標高50~60mの丘で、頂部には海を見下ろす古城の廃墟がある。しかしクリフ鉄道そのものは、切通しの後、ずっとトンネルが続くため、山上駅を出るまで、外の景色はおあずけだ。

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(左)ウェスト・ヒル・クリフ鉄道下部駅入口(2010年)
Photo by Les Chatfield at wikimedia. License: CC BY 2.0
(右)ルートの大半はトンネル(2010年)
Photo by Les Chatfield at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

上記2本のクリフ鉄道の下部駅は、500mほど離れている。それで、間隙を埋めるようにビーチを走る10インチ1/4(260mm)軌間のヘースティングズ・ミニチュア鉄道 Hastings Miniature Railway に乗るのもいいだろう。1948年の開業で、蒸機に似せたディーゼル機関車がオープン客車を牽いて走っている。

項番29 リントン・アンド・リンマス・クリフ鉄道 Lynton and Lynmouth Cliff Railway

リントン Lynton は、ブリストル海峡 Bristol Channel に面した断崖上にある町だ。背後はエクスムーア Exmoor と呼ばれる山深い土地のため、かつては貨物も旅客も海路に依存していた。船は崖下のリンマス Lynmouth 港に着く。貨物はそこで荷馬車に積み替えられて、リンマスまで高度差150mの急坂を上っていた。

この険路を解消すべく、1890 年に完成したのがクリフ鉄道だ。長さ263m、高低差152m。動力はウォーターバラスト(水の重り)で、上部駅にいる車両の床下タンクに水を注入し、下部駅の車両との質量の差で、坂を上下させる仕組みだ。

貨物輸送が主体だった鉄道も、道路の整備が進んだ1960年代以降は、観光客が利用の中心になった。この間に各地のクリフ鉄道はほとんど電気動力に転換されたが、リントンでは昔と変わらず、水の重りを利用している。乗車時間は2分余り、車両の海側のオープンデッキに立てば、海峡とそそり立つ断崖の迫力ある景観に目を奪われる。

なお、リントンには、バーンスタプル Barnstaple から軽便鉄道が通じていた時代があったが、現在はごく一部が保存鉄道(下注)として運行されているだけだ。町への公共交通機関は路線バスしかない。

*注 名称は商業運行時代と同じ、リントン・アンド・バーンスタプル鉄道 Lynton and Barnstaple Railway だが、わずか1.4kmの小規模路線。

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(左)上部駅の車両(2018年)
Photo by Steven Manning at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)車両デッキからの眺望(2014年)
Photo by Velvet at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

南西部のデヴォンとコーンウォールにも、注目すべき保存鉄道・観光鉄道が多数ある。続きは次回

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 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド・北アイルランド編

 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編

2022年8月 3日 (水)

イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド中部編

「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド中部編」では、イースト・ミッドランズ East Midlands、ウェスト・ミッドランズ West Midlands、イースト・オヴ・イングランド East of England の3地方 Regions にある保存鉄道や観光鉄道を取り上げている。前回と同様、特に興味をひかれた路線を挙げてみたい。

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グレート・セントラル鉄道の蒸気列車
ラフバラ・セントラル駅南方にて(2009年)
Photo by Duncan Harris at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド中部」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_englandc.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド中部」画面
 

項番10 グレート・セントラル鉄道 Great Central Railway

まず標準軌線では、レスター北郊で運行されているグレート・セントラル鉄道を推したい。保存鉄道では他に例のない全線複線の直線路を、重量級のテンダー機関車が小気味よいスピードで行き来する光景が、蒸機が支配した最後の黄金時代を彷彿とさせるからだ。

グレート・セントラル(大中央)という壮大な名称が示すように、このルートは、もとミッドランド地方とロンドンのメリルボーン Marylebone 駅を結んで19世紀末に開通した同名の幹線鉄道だった。全線複線はもとより、緩曲線、緩勾配、全面立体交差に大陸標準の車両限界と、高速直通運転を前提にした高水準の設計で大いに注目された。

ところが、国鉄時代に入ると、並行するミッドランド本線 Midland Main Line で代替できるとして、「ビーチングの斧」の合理化リストに挙げられ、1969年までに多くの区間が廃止されてしまった。こうした不運な歴史が、保存運動を支えるファンの熱意をかき立てる。

因縁のミッドランド本線の駅(下注)から1.5kmほどの場所に、拠点駅のラフバラ・セントラル Loughborough Central がある。列車はここから南へ、レスター・ノース Leicester North まで13.3kmを約30分で走りきる。ダイヤ通りなら、走行中に列車同士のすれ違いが体験できるはずだ。

*注 ナショナル・レールのラフバラ Loughborough 駅。ここから保存鉄道駅まで徒歩20分。レスター~ラフバラ間には保存鉄道とほぼ並行する路線バスもある。

ちなみに、北側の廃線跡はミッドランド本線を乗り越した後、ノッティンガム保存鉄道(項番9)が使っている線路に続いている。この二つの保存鉄道の接続構想が以前からあるのだが、実現の時期はまだ見通せない。

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スウィズランド貯水池 Swithland reservoir 付近
(2009年)
Photo by Duncan Harris at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番20 セヴァーン・ヴァレー鉄道 Severn Valley Railway

セヴァーン・ヴァレー鉄道の起点キダーミンスター・タウン Kidderminster Town は、レンガ壁とゆったりした空間の貫禄ある駅舎が印象的だ。広場の向かいに建つナショナル・レール(旧国鉄)駅と見比べるまでもなく、有力な保存鉄道の存在感を再認識させられる。この敷地がもとは国鉄のヤードで、保存鉄道の駅は1984年に基礎から新設されたものだとは、とても想像できない。

鉄道はイギリス最長の川、セヴァーン川 River Severn 中流の、丘陵を刻む渓谷の中を上流へ向かう。川の最も美しい流域を通過し、バーミンガム都市圏にも近いことから、訪れる人が引きも切らない。シーズン中は水曜から日曜まで週5日、毎日6~8往復の列車が運行されている。

出発して一つ目のビュードリー Bewdley 駅を過ぎると、左の車窓にその川面が現れる。以後、列車はゆったりと流れる川に沿っていくのだが、途中、ヴィクトリア橋 Victoria Bridge を渡って対岸に移る。橋は全長61m、シングルスパンの細身のフォルムが美しく、沿線の好撮影地の一つだ。

終点ブリッジノース Bridgnorth 駅は、市街地の南の谷間にある。かつて線路は町の下をトンネルで抜けて、名所アイアン・ブリッジ Iron Bridge の方へ続いていたが、今は路線バスに乗り継ぐしかない。

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(左)キダーミンスター駅正面(2014年)
Photo by Juan Enrique Gilardi at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
(右)同 コンコース(2011年)
Photo by mattbuck at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
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セヴァーン川を渡るヴィクトリア橋(2010年)
Photo by Duncan Harris at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番25 ノース・ノーフォーク鉄道 North Norfolk Railway

ポピー・ライン Poppy Line(下注)の愛称とともに、北海の水平線を遠望する車窓がノース・ノーフォーク鉄道の売り物だ。イングランド中部では唯一、海の見える保存鉄道なので、「保存鉄道ベスト」や「絶景車窓」のランキングにも顔を出す。

*注 ポピー(ひなげし)は、ノーフォークの代表的な花とされている。

ノーフォーク Norfolk(下注)の鉄道網は、収益悪化を理由に早くから路線整理が行われ、1970年ごろにはもはや骨格を残すだけになってしまった。後にいくつかの区間が保存鉄道として再生されたが、その中で最も成功したと言えるのがこの路線だ。シーズン中は毎日運行され、蒸機と古典ディーゼルで1日8~9往復をこなす。

*注 "Norfolk" には「ノーフォーク」の表記が定着しているが、実際の発音は [nɔːrfək] で、ノーファクが近い。同様に「サフォーク Suffolk」もサファク [sʌfək]。

鉄道の起点は、海沿いの町シェリンガム Sheringham にある。セヴァーン・ヴァレーと同じく、立派なレンガ駅舎と広い構内を擁し、隣接するナショナル・レール、ビターン線 Bittern Line(下注)の駅を圧倒している。なぜならこれが旧国鉄駅で、ビターン線は道路の向こうに、廃線を見越して仮設で置かれたという経緯があるからだ。廃止計画は後に撤回されたものの、駅施設の配置や構成は変わっていない。

*注 ノリッジ Norwich ~シェリンガム間の路線。

両駅間の線路は、道路によって長らく分断されていたが、2010年に踏切の復活により再接続された。一部の特別列車はこの境界線を越えて、ビターン線のクローマー Cromer まで遠征する。

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北海の水平線を背に、ウェイボーン Weybourne 駅へ
(2019年)
Photo by The Basingstoker at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番30 エッピング・オンガー鉄道 Epping Ongar Railway

エッピング・オンガー鉄道は、2004年に運行を始めた新世代の保存鉄道だ。2007年にいったん休止になったが、2012年に再開されて現在に至る。それだけでなく、前身がロンドン地下鉄中央線 Central line の一部だった(下注)という点でも異彩を放っている。

*注 戦後1949年にロンドン旅客運輸公社 London Passenger Transport Board が運行を引き継ぎ、中央線の一部になったが、エッピング以遠は閑散区間で1994年に廃止されていた。

鉄道は、ロンドン北郊に残された貴重な森、エッピング・フォレスト Epping Forest の北側の丘陵地帯に、長さ10.5kmの走行線を持っている。拠点は、中間にあるノース・ウィールド North Weald 駅だ。シーズンの週末と祝日にここから蒸気列車や旧型気動車が出発し、起伏のある野中のルートを折り返し運転している。

注意すべきは、列車が地下鉄中央線の終点エッピング Epping 駅まで行かないことだ。時刻表には「エッピング・フォレスト Epping Forest」の着時刻が記載されているが、ここは約1km手前の単なる折返し点で、乗降はできない。そのため、保存鉄道に乗車するには、地下鉄エッピング駅前から連絡バスでノース・ウィールドまで出向く必要がある。

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(左)ノース・ウィールド駅の列車交換(2014年)
Photo by mattbuck at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
(右)DL牽引によるロンドン地下鉄1959型の特別運行(2014年)
Photo by Paul David Smith - Epping at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

次は狭軌鉄道を見てみよう。

項番24 ウェルズ・アンド・ウォールシンガム軽便鉄道 Wells and Walsingham Light Railway

ウェルズ・アンド・ウォールシンガム軽便鉄道は、ノーフォーク北海岸のウェルズ・ネクスト・ザ・シー Wells-next-the-Sea にある。軌間はわずか10インチ1/4(260mm)と極小ながら、軽便鉄道令 Light Railway Order で認可を受けた路線だ。同じ手続きで開業した381mm軌間のロムニー・ハイス・アンド・ディムチャーチ鉄道(南部編で記述)よりまだ小さいことから、世界最小の公共鉄道 Public Railway と言われる。

見かけは遊園地のおとぎ列車でも、走る線路は、標準軌だった旧国鉄ワイモンダム=ウェルズ線 Wymondham - Wells line の跡地(下注)に敷かれている。長さも6.4kmあり、所要40分と乗りごたえ十分だ。

*注 ちなみに、同線の南方の一部区間は、標準軌の蒸気保存鉄道であるミッド・ノーフォーク鉄道 Mid-Norfolk Railway(項番24)が使用している。

起点駅は、町の名とは修飾語が違うウェルズ・オン・シー Wells on Sea を名乗っているが、これは国鉄時代の駅名を踏襲したものだ。終点ウォールシンガム Walsingham は国教会の巡礼地で、歩いて回れる範囲に修道院跡や聖母教会がある。列車は機回しの後、すぐ折り返してしまうが、鉄道に並行して路線バス(下注)も走っているから、帰りの足は心配ない。

*注 ウェルズ・オン・シー駅前にはクローマー Cromer ~ウェルズ間の路線バスが停車する。停留所名は Light Railway。また、ウォールシンガムでは、市街地を通る路線バスでウェルズに戻れる。

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ノーフォーク・デュオ、3号機と6号機
(2011年)
Photo by Gerry Balding at flickr.com. License: CC BY-NC-ND 2.0
 

項番26 ビュア・ヴァレー鉄道 Bure Valley Railway

ビュア・ヴァレー鉄道もまた、ノーフォークにある標準軌の廃線跡を活用した蒸気観光鉄道だ。軌間は15インチ(381mm)、路線長は14.5kmもあり、この軌間ではロムニー・ハイスに次いで2番目の長さを誇る。

鉄道の拠点は、ビュア川 River Bure 中流の町、エイルシャム Aylsham にある。用地と施設を地方自治体が所有する公設民営型の鉄道なので、駅も頭端式、3線収容、全面屋根の立派なものだ。立派と言えば、駅を出てまもなく幹線道路A140の下を通過する長さ166mのトンネルもそうで、国鉄時代は踏切だったが、保存鉄道建設に際して立体交差化された。山らしき山のないノーフォークでは、唯一の現役鉄道トンネルだという。

列車はビュア川流域の広大な平野をひた走る。川はバクストン Buxton 駅の先で渡るとき以外、車窓には姿を現さない。線路際を並行するフットパスから手を振る人に答えながら、終点ロクサム Wroxham まで45分ほどの小旅行だ。

ロクサムは、ノーフォークの水郷地帯ザ・ブローズ The Broads の玄関口で、マリーナを訪れるレジャー客が多く、活気が感じられる。ナショナル・レール、ビターン線 Bittern Line のホフトン・アンド・ロクサム Hoveton & Wroxham 駅は歩いてすぐだ。

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エイルシャム駅構内(2016年)
Photo by The Basingstoker at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番33 レイトン・バザード鉄道 Leighton Buzzard Railway

ウェスト・コースト(西海岸)本線 West Coast Main Line が通るレイトン・バザードの町に、2フィート(610mm)軌間の保存鉄道がある。町の名を冠したこの鉄道は、標準軌の廃線跡に後から造ったものではなく、郊外の採取場から幹線網へ山砂を運び出していた、もとからの軽便線だ。

鉄道は、第一次世界大戦が終わり、不要となった野戦鉄道の資材を転用して造られた。第二次大戦後、輸送手段が道路に移り、ほとんど使われなくなったため、1968年から愛好団体が引き継いで列車を走らせている。保存鉄道の第1世代と言ってよく、開業50年を超える老舗路線だ。

レイトン・バザードはロンドン・ユーストンから列車で1時間圏内で、1970年代以降、住宅開発が急速に進んだ。田園地帯を走っていた全長4.5kmのうち、2/3が今や住宅街に囲まれてしまい、末端区間だけが、かつての面影を残す郊外地だ。この間を、周辺の採石場などから来た小型タンク蒸機が、90分の往復ツアーを率いて走る。

*注 軽便駅ページズ・パーク Page's Park へは、ナショナル・レールのレイトン・バザード駅から2.3km、路線バスで最寄りの Narrow Gauge Railway 停留所まで10分。

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保存列車の重連運転(2014年)
Photo by R~P~M at flickr.com. License: CC BY-NC-ND 2.0
 

項番31 サウスエンド・ピア鉄道 Southend Pier Railway

ロンドンの東、テムズ川 River Thames 河口に広がる三角江の北岸に、サウスエンド・オン・シー Southend-on-Sea の町がある。町一番の名所となっているのが、海岸から水深のとれる沖合まで延々と続く、世界最長のレジャー桟橋だ。鉄道がまだなかった時代に、ロンドンから蒸気船で来る観光客を迎えるために建設された。

その桟橋の上を観光列車が走っている。初めは馬車軌道だったが、19世紀末の改築で電気鉄道に置き換えられ、1986年から気動車運行になった。現在の桟橋は長さが2.2km、先端まで歩けば30分かかるが、列車なら、車窓いっぱいに広がる海原(干潮時は干潟)をのんびり眺めながら、約8分で到着する。

線路は3フィート(914mm)の狭軌線で、延長1.9km(下注)。単線だが、中間に待避線を持つ。通常は1本の列車を使い、30分間隔でシャトル運行されている。多客時には2本を投入し、待避線で対向させることで15分間隔にできる。

*注 公式サイトでは延長1.25マイル(2.01km)としているが、ウィキペディア英語版では2046ヤード(1871m)で、図上実測値でも後者のほうが近い。

ちなみに、こうしたピア(桟橋)鉄道は、イギリスではサウスエンドのほか、サウサンプトン Southampton 対岸のハイズ Hythe、ワイト島ライド Ryde, Isle of Wight(アイランド線 Island Line の一部)の2か所に残っている。北西岸のサウスポート Southport にもピア・トラムがあったが、惜しくも2015年に廃止されてしまった。

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桟橋の上を先端へ向かう(2012年)
Photo by Beata May at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

最後に、トラムウェー(路面軌道)Tramway とケーブルカーの代表格について。

項番6 クライチ路面電車村(全国路面電車博物館)Crich Tramway Village (National Tramway Museum)

ダービーシャー中部(ダービー Derby 市北方)は、イングランドでも保存鉄道が特に集中する地域だが、その中に、クライチ路面電車村、あるいは全国路面電車博物館 National Tramway Museum(下注)の名で知られるユニークな野外博物館がある。

*注 公共施設ではなく、非営利団体が独自に開設運営しているので、館名の "National" は「国立」とせず「全国」と訳した。また、クライチ Crich は博物館のある町の名。

ここには、1960年代以前に主としてイギリスの各都市で運行されていた路面電車が動態保存されている。おもしろいのは、1.4kmある走行軌道の最初の数百mが、当時の街角を再現した舞台装置の中に通されていることだ。走るトラムも道行く客も、時代がかった都市風景に溶け込んでしまう。

街の境には市門のような跨線橋があり、複線軌道はガントレットになってそれをくぐる。次はヴィクトリア朝時代の公共公園前の停留所、その後、採石場の横を通り、ピーク・ディストリクト Peak District の山々を見晴らす丘の上に出ていく。車両コレクションを収容する展示館も随時見学可能で、路面電車ファンには心踊る時間が過ごせるだろう。

残念なことに、現地へのアクセスはやや不便だ。公共交通機関の場合、ダーウェント・ヴァレー線 Derwent Valley Line のホワットスタンドウェル Whatstandwell 駅から2.1km、高低差160mのきつい坂を歩いて上るか、周辺都市から本数の少ない路線バスで向かうことになる。

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都市風景の舞台装置に溶け込むトラム(2006年)
Photo by Jon Bennett at wikimedia. License: CC BY 2.0
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博物館の展示ホール(2018年)
Photo by Chris j wood at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番19 ブリッジノース・クリフ鉄道 Bridgnorth Cliff Railway

セヴァーン・ヴァレー鉄道の終点でもあるブリッジノース Bridgnorth は、セヴァーン川の谷を見下ろす丘の上に、城跡と旧市街がある。このハイ・タウン High Town と川沿いのロー・タウン Low Town の間を結んでいるのがクリフ(崖)鉄道と呼ばれるケーブルカーだ。

1892年に開通したときは、当時の一般的な駆動方式、ウォーターバラスト(水の重り)で上下していた。丘の上では水は貴重なので、下の駅で車両のタンクから排水した後、上の駅までポンプアップしていたという。電気方式に転換されたのは1944年だ。一見小型バスのようなユーモラスなモノコック構造の車体は1955年から使われている。

鉄道は複線で、長さ61m、高低差34m、勾配は640‰。市民の大切な足として、クリスマスや年末年始などを除き年中無休で運行している。片道約1分15秒、上るにつれて、セヴァーン川に寄り添うロー・タウンの眺めが眼下に開ける。

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上部駅からロー・タウンを望む(2004年)
Photo by Thryduulf at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

次回は、イングランド南部の保存鉄道・観光鉄道を取り上げよう。

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 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編

2022年7月27日 (水)

イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド北部編

英語版ウィキペディアによると、保存鉄道 Heritage railway は「生活史としての過去の鉄道シーンを再現または保存するために運営されている鉄道」と定義されている。そしてイギリスには、こうした路線が100から150もあると書かれている。

鉄道発祥の地であるイギリスは、鉄道の保存運動でも先鞭を着けた国だ。1951年に、ボランティアが運営する世界初の保存鉄道が、ウェールズのタリスリン鉄道 Talyllyn Railway で始動している。1960年代以降、ミドルトン鉄道 Middleton Railway や有名なブルーベル鉄道 Bluebell Railway がそれに続き、国鉄の合理化政策「ビーチングの斧 Beeching Axe」で廃線が急増したこともあって、活動が全国に広まっていった。

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キースリー・アンド・ワース・ヴァレー鉄道ハワース駅(2011年)
Photo by David Dixon at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

保存鉄道と一括りに呼ばれてはいるが、内容は路線によってさまざまだ。蒸気機関車、ディーゼル機関車、気動車、トラムなど取り扱う動力車の種類はもとより、保有車両数、軌間、走行線の長さ、年間運行日数などの運営の規模や状況もまったく違う。

その一部を「保存鉄道・観光鉄道リスト」で、地方別にまとめてみた。保存鉄道も一般客を受け入れている以上、観光アトラクションの要素が多分にある。それで、保存鉄道ではない観光路線や、いわゆる絶景車窓の一般路線も一緒に取り上げている。一方で、保存鉄道であっても小規模なものはやむなく割愛した。標準軌の場合は走行線が1マイル(約1.6km)以下、狭軌では半マイル(0.8km)以下で蒸気運転でないものがその目安だ。

また、路線に焦点を絞ったリストなので、鉄道博物館やスチームセンターについては、構外に専用の走行線を持たない、またはあっても短距離の場合は載せていない。ヨーク York やコヴェント・ガーデン Covent Garden のような主要な博物館の名がないのはそうした理由による。

「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド北部」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_englandn.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド北部」画面
 

イングランド England は広くて、該当する鉄道も相当数あるので、リストを3分割した。北部編では、ノース・イースト North East、ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー Yorkshire and the Humber、ノース・ウェスト North West の3地方 Regions にある路線を取り上げている。

特に興味を引かれた鉄道をいくつか挙げてみよう。まず、標準軌から。

項番10 ノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道 North Yorkshire Moors Railway

ノース・ヨークシャー・ムーアズ国立公園の山野を貫いて走るこの路線は、イングランド北部の代表的な標準軌保存鉄道だ。試しに「イギリスの保存鉄道ベスト10」に類する見出しをつけた本国のウェブサイトをいくつか覗いてみたが、必ずと言っていいほどランクインしている。

どこにそれほど魅力があるのだろうか。一つはそのルートだ。拠点駅のピカリング Pickering からグロスモント Grosmont に至る29kmは、中間に峠を挟んでいる。列車は、蛇行する狭い谷の中をゆっくりと上っていく。

峠からの下り坂では、途中に19世紀の構内景観をとどめるゴースランド Goathland 駅がある。映画ハリー・ポッターで、ホグワーツ特急が到着するホグズミード Hogsmeade 駅のロケ地にもなったので、現地を通るのを楽しみにしている乗客も多いことだろう。

終点のグロスモントは、ナショナル・レール(旧国鉄線、下注)のエスク・ヴァレー線 Esk Valley Line との接続駅だ。一部の列車は同線に乗り入れて、終点である北海の港町ウィットビー Whitby まで進む。町は人気の観光地で、旧市街や海を見下ろす高台の修道院跡など見どころが多く、保存鉄道の事実上の目的地とみなされている。

*注 ナショナル・レール National Rail は、上下分離された旧イギリス国鉄 British Rail (BR) の路線網で列車を運行する事業者の総称。一方で線路、信号、駅等、路線網のインフラを所有するのは、公共企業体のネットワーク・レール Network Rail 社だが、本稿では、路線に言及する場合も「ナショナル・レール」と記した。

ピカリング(下注)から蒸気列車で1時間40~50分、ウィットビーで昼を過ごして午後の列車で戻れば、1日分の手ごろな観光コースになる。これも支持される理由の一つだろう。なお、利用客が集中するため、直通便は予約制だ。

*注 ピカリングへは、ヨーク York やモールトン Malton から路線バスの便がある。

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ゴースランド駅を後にする80135号機(2006年)
Photo by Nick Wise at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番16 キースリー・アンド・ワース・ヴァレー鉄道 Keighley and Worth Valley Railway

キースリー・アンド・ワース・ヴァレー鉄道も「ベスト10」サイトの多くに名を連ねる標準軌の路線で、保存鉄道としての環境も似ている。ウィットビーに相当するのはハワース Haworth という、ワース・ヴァレー(ワース川の谷)Worth Valley の斜面に立地する小さな町だ。駅でいうと、終点オクセンホープ Oxenhope の一つ手前になる。

ハワースとその周辺はブロンテ・カントリー Brontë Country と呼ばれ、19世紀イギリス文学の傑作「嵐が丘」や「ジェーン・エア」などの作者ブロンテ三姉妹ゆかりのスポットが点在している。早くからウェスト・ヨークシャー West Yorkshire の人気観光地の一つで、石畳の古い町並みと名作の舞台を巡る人々が常に行き交う。

蒸気列車は、キースリー Keighley 駅(下注)西側の3・4番線から出発し、たおやかな緑の谷を眺めながら終点まで8kmを25分で走りきる。ブロンテ姉妹が存命中にはまだ鉄道が通じていなかったとはいえ、地域にとって鉄道は、文豪と並ぶ重要な観光資源になっている。

*注 キースリーへは、リーズ Leeds から列車で30分以内。

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オークワース Oakworth 駅の出発シーン(2019年)
Photo by ARG_Flickr at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番31 イースト・ランカシャー鉄道 East Lancashire Railway

ヨークシャーの保存鉄道を紹介したので、ペナイン山脈 Pennines の反対側、ランカシャー Lancashire の代表的な標準軌蒸気鉄道も挙げておきたい。

マンチェスター大都市圏 Greater Manchester の北縁、ベリー Bury の町に拠点を置くイースト・ランカシャー鉄道だ(下注)。旧 国鉄ベリー駅を再活用したベリー・ボルトン・ストリート Bury Bolton Street から、北と東の2方向に路線が延びている。ルートは全部で20kmあり、往復すると2時間30~40分を要する。

*注 ベリーは行政区分上、マンチェスター大都市圏だが、歴史的にはランカシャーに含まれている。

この鉄道は前2者と異なり、沿線に著名な観光地を持たない。基幹産業だった繊維工業が衰退するなか、観光開発を推進するため、地元自治体の支援で設立された保存鉄道だからだ。鉄道の土地と施設は公有で、鉄道会社はそれをリースして、列車を走らせている。

運行状況を見る限り、この事業は成功しているようだ。シーズン中は週5日の運行で、閑散日が蒸機3往復、繁忙日は気動車3往復が加わって計6往復の設定がある。比較的長距離なので、需要が堅調でなければ、これだけの体制は組めないだろう。ベリーへは、マンチェスター・ヴィクトリア駅からメトロリンク Metrolink のトラムで30分(下注)。市内からも気軽に訪問できる保存鉄道だ。

*注 メトロリンクのベリー駅と保存鉄道駅の間は少し距離があり、徒歩で6分ほどかかる。

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アーウェル Irwell 川を渡る蒸機「オーステリティ Austerity」2890号(2018年)
Photo by ARG_Flickr at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番25 レークサイド・アンド・ハヴァースウェイト鉄道 Lakeside and Haverthwaite Railway

湖水地方 Lake District の中心に横たわるウィンダミア Windermere(下注)は、南北18km以上の長さをもつイギリス最大の湖だ。レークサイド・アンド・ハヴァースウェイト鉄道の出発駅レークサイド Lakeside はその南端で、湖面を渡ってきたフェリーが着く埠頭のすぐ後ろに控えている。発着時刻も連動させてあり、10~15分の待ち時間で船と列車を乗り継げる。

*注 ウィンダミアはもともとそれ自体が湖の名だが、湖の近くにある同名の町と区別するため、「ウィンダミア湖 Windermere Lake」と呼ばれることがある。

いかにも緊密な連絡態勢は、本来、この鉄道が航路との接続を意図して建設されたことに由来する。国鉄時代の旧線はレークサイドから南下して、ランカスター Lancaster から来るファーネス線 Furness line に合流していた。復活した保存鉄道のルートは、残念ながら5.1km先のハヴァースウェイト Haverthwaite で途切れていて、あくまで地域内の観光アトラクションという位置づけだ。

ルートは、湖から流れ出すレヴン川 River Leven の右岸に沿っている。走りだして少しの間、水量豊かな川面が覗くが、やがて木々に隠されてしまう。片道18分はちょっとあっけないかもしれない。ハヴァースウェイトの駅前からは、ウィンダミア、ケンダル Kendal、あるいはファーネス線方面へのバスの便がある。

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レークサイド駅の国鉄110形気動車(2016年)
Photo by Andrew at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番5 タンフィールド鉄道 Tanfield Railway
項番18 ミドルトン鉄道 Middleton Railway
項番6 ビーミッシュ博物館 Beamish Museum

イングランド北部は、鉄道黎明期の歴史に数々の足跡を刻んでいる。

ニューカッスル・アポン・タイン南郊に、蒸気保存鉄道のタンフィールド鉄道がある。この鉄道が使っているルートは1964年に廃止された炭鉱支線だが、その一部区間のルーツは、1725年に初めて敷設されたワゴンウェー Wagonway(下注)にまで遡る。当時は木製のレールを敷いて、石炭を積んだ貨車を馬に牽かせていた。ルートの谷側には、ワゴンウェーのために造られた世界最古の鉄道橋、コージー・アーチ Causey Arch も残されている。

*注 1830年代にレールロード Railroad、レールウェー Railway の名称が広まるまでのレールを用いた輸送手段は、ワゴンウェー(荷馬車道の意)と称される。

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コージー・アーチ(2011年)
Photo by boyward at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

一方、リーズ市内南部にあるミドルトン鉄道も、もとはワゴンウェーだが、こちらは1758年に初めて議会法で認可・設立された鉄道として、歴史に名を残した。その後、レールの改良、蒸気機関車の導入、標準軌への改軌と近代化が進められたが、1960年からは、ミドルトン鉄道財団 Middleton Railway Trust Ltd. によるボランティア運営の保存鉄道になった。両鉄道とも公式サイトで世界最古の鉄道とうたっているのは、こうした長い歴史を持っているためだ。

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ミドルトン鉄道ムーア・ロード Moor Road 駅(2018年)
Photo by Zath Ras at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

なお、ワゴンウェーや初期の蒸機の動態は、タンフィールド鉄道の近所にあるビーミッシュ博物館で見ることができる。ここは19世紀の都市と農村の日常生活を再現した大規模な野外博物館で、鉄道も重要なテーマの一つになっている。広い場内を一周する路面軌道や標準軌の蒸気鉄道があるほか、1820年代の鉱山軌道をモチーフにしたポッカリー・ワゴンウェー Pockerley Waggonway のコーナーでは、世界最古の機関車パッフィン・ビリー Puffing Billy のレプリカが実際に動いている。

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ワゴンウェーとパッフィン・ビリーのレプリカ機(2015年)
Photo by Barry Skeates at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番14 セトル=カーライル線 Settle–Carlisle line

保存鉄道以外の標準軌路線でとりわけ高い人気を誇るのが、セトル=カーライル線だ。ナショナル・レールに含まれる準幹線で、「イギリスの絶景車窓」といったランキングでは、保存鉄道を押しのけて、常に上位を占めている。正式な区間は、リーズ=モーカム線 Leeds–Morecambe line から分岐するセトル・ジャンクション Settle Junction とカーライル Carlisle の間115kmだが、列車はリーズから直通だ(下注)。リーズ~カーライル間は気動車で2時間40分を要する。

*注 先述したキースリー・アンド・ワース・ヴァレー鉄道のキースリー駅にも停車する。

歴史をたどると、ここは1875年に、イングランド中部を地盤とするミッドランド鉄道が、スコットランド進出をもくろんで建設した速達路線だ。ライバルのロンドン・アンド・ノース・ウエスタン鉄道 London and North Western Railway を避けて直線的なルートを求めた結果、ヨークシャー・デールズ Yorkshire Dales の荒涼とした山中を延々と貫いていくことになった。

車窓の眺めでは、とりわけリブルヘッド Ribblehead からカービー・スティーヴン Kirkby-Stephen にかけての、氷蝕谷の高みをたどる区間がすばらしい。この間には、24のスパンを連ねて谷を渡るリブルヘッド高架橋 Ribblehead Viaduct(長さ400m)や、イングランド最高所の駅デント Dent(標高350m)など、見どころが点在している。

しかし、列車に乗っているだけでは、あっという間に通過してしまう。時間が許すなら、どこか駅で途中下車して、フットパスを歩きながら、心行くまで荘厳な山岳風景に浸ってみたい。

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LMS 8F形が牽くフェルズマン Fellsman 号がリブルヘッド高架橋を渡る(2012年)
Photo by ARG_Flickr at wikimedia. License: CC BY 2.0
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デント駅(2015年)
Photo by Kreuzschnabel at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番24 レーヴングラス・アンド・エクスデール鉄道 Ravenglass and Eskdale Railway

狭軌の保存鉄道では、レーヴングラス・アンド・エクスデール鉄道がよく知られている。軌間は381mm(15インチ=1フィート3インチ)で、もはや狭軌の範疇からも外れ、ミニマムゲージ(最小軌)に分類される。

起点は、ナショナル・レールのカンブリアン・コースト線 Cumbrian Coast line と接続するレーヴングラス Ravenglass だ。エスク Esk 川の三角江に面した小村で、鉄道はそこから山裾に沿うように内陸へ進んでいく。路線長11.3km、片道40分。狭い車内に閉じ込められる乗客にとってささやかな救いは、景色が開けるのが、行程の前半は左側の窓、後半は右側の窓とうまく振り分けられていることかもしれない。

起点のレーヴングラス Ravenglass は海沿いだが、意外なことに湖水地方 Lake District に含まれている。ただ、ウィンダミア Windermere やケジック Keswick といった観光の中心地から見ると、山地の裏側に当たり、道路でも遠回りを強いられる遠隔地だ。

不利な地理的条件にもかかわらず、鉄道ではシーズン中、毎日5往復から、繁忙期には10往復もの運行がある。しかもほとんど蒸機が牽いているのには驚くほかない。

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アートン・ロード Irton Road 駅の列車交換(2015年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番19 ホイッスルストップ・ヴァレー(カークリーズ軽便鉄道)Whistlestop Valley (Kirklees Light Railway)

これも381mm軌間で、ごく最近まで地域名を冠して「カークリーズ軽便鉄道」の名で公開されていた路線だ。リーズ Leeds とシェフィールド Sheffield のおよそ中間にあり、炭鉱地域にかつてよく見られた標準軌支線の廃線跡を利用して、1991年に開業した。

2005年に観光開発企業に買収されて以来、クレイトン・ウェスト Clayton West の駅の周りに広場や遊具が増設され、小さな子ども向けのミニ遊園地化が進められた。蒸気列車はそのメインアトラクションという位置づけになる。とはいえ、艶光りする自家製蒸機が4.9kmの長距離を往復する本格的な路線であることに変わりはない。もとは標準軌線なので、ルートは直線的に延びていて、複線幅の広い線路用地や、長さ467mのミニマムゲージらしくない長大トンネルなど、興味深い沿線風景も見られる。

新ブランドのホイッスルストップは、警笛の合図で停車する小駅(=リクエストストップ)のことだ。個別の地名ではなく、鄙びた駅という一般的なイメージで集客増を狙ったのだろうが、鉄道の語が消えたのは少し寂しい気もする。

*注 軽便駅へは、ハダーズフィールド Huddersfield やデンビー・デール Denby Dale からバスの便がある。最寄りの停留所名は Kirklees Light Railway Station。

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スケルマンソープ Skelmanthorpe 駅
標準軌仕様の跨線橋が巨大に見える(2018年)
Photo by Zath Ras at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

トラムウェー(路面軌道)Tramway の保存鉄道はどうだろうか。

項番26 ブラックプール・トラム Blackpool Trams

イングランドの古典路面電車で真っ先に思いつくのは、やはりブラックプール Blackpool だ。言わずと知れた北西海岸のリゾート都市で、アイリッシュ海の海岸線に長いプロムナード(海岸遊歩道)が続き、そぞろ歩く人々でいつも賑わっている。

ブラックプール・トラムはこのプロムナードに沿って走る。1885年の開業で、南岸ブライトン Brighton のビーチにあるヴォルクの電気鉄道 Volk's Electric Railway とともに、イギリスで最後まで残った第一世代のトラムウェーだ。

使用車両の主力は、「バルーン Balloon」と称されたダブルデッカー車だが、イベントなどでは、タワー型パンタを載せたブラッシュ社製のレールコーチ Brush Railcoach、屋根なしの「ボート・カー Boat Car」などユニークな車両のオンパレードが見られた。しかし2012年以降、ボンバルディア Bombardier 社の新型トラム、フレキシティ Flexity 2 が導入されて、これら旧型車は定期運用の場から退いた。

現在、旧型車はヘリテージ・トラム・ツアー Heritage Tram Tours という、日時を限った有料ツアーで運行されていて、専用サイトから申し込めるようになっている。乗れなくてもいいが実物を見たいという人には、ガイド付き車庫見学のツアーもある。

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プロムナードを行くバルーントラム(2009年)
Photo by David Ingham at wikimedia. License: CC BY 2.0
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(左)ブラッシュ・レールコーチ(2021年)
Photo by Steven's Transport Photos at wikimedia. License: CC BY 2.0
(右)ボート・カー(2009年)
Photo by David Ingham at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番30 ヒートン・パーク軌道 Heaton Park Tramway

ブラックプールに刺激されてか、近隣の都市でも古典トラムを保存運行しているところがある。中心都市マンチェスターでは、マンチェスター交通博物館協会 Manchester Transport Museum Society が、北部にある市立公園ヒートン・パーク Heaton Park の広大な園内に、車庫と約1kmの走行線を持っている。

東側の公園入口から車庫・博物館までの直線路は、1903年にマンチェスター市電の支線として建設された区間だ。電車はこのストレッチを折り返して、さらに公園の奥へ進み、ボートが浮かぶ池の前まで行く。週末や祝日の運行日には、地元の旧市電のほか、ブラックプールやリーズなどから来た保有車両も随時登場して、静かな園内がにわかに活気を帯びる。

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ヒートン・パークのストレッチを行くトラム(2012年)
Photo by Christine Johnstone at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番32 ウィラル軌道 Wirral Tramway

リヴァプールのマージー Mersey 川対岸、バーケンヘッド Birkenhead にあるウィラル軌道(下注)も同じような博物館のトラム走行線だが、こちらは対照的に港湾地区にある。再開発事業の一環で1995年に建設されたもので、ウィラル交通博物館 Wirral Transport Museum からフェリーターミナル前の広場まで、街路やレンガの建物群に沿う約1.1kmのルートだ。

*注 ウィラル Wirral は、バーケンヘッドを含む自治体の名称で、マージー川とディー Dee 川に挟まれた半島の名でもある。

当初は自治体の委託で運営されていたが、事業整理により、2014年から全面的に非営利団体マージーサイド路面電車保存協会 Merseyside Tramway Preservation Society に引き継がれた。協会は今も、週末や学休日の午後に、保有する旧リヴァプール市電などの動態保存車を走らせているが、末端区間の軌道の劣化が進んだため、終点の約200m手前での折返し運転になっている。

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ウィラル軌道の香港トラムレプリカ(2005年)
現在、この区間は運行されていない
Photo by citytransportinfo at wikimedia. License: CC0 1.0
 

次回は、イングランド中部の保存鉄道・観光鉄道について。

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 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編
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2022年2月24日 (木)

ザクセンの狭軌鉄道-キルニッチュタール鉄道

キルニッチュタール鉄道 Kirnitzschtalbahn

バート・シャンダウ・クーアパルク Bad Schandau Kurpark ~リヒテンハイナー・ヴァッサーファル Lichtenhainer Wasserfall 間 7.9km
軌間1000mm、直流600V電化
1898年開通

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谷間の併用軌道を行く2軸トラム

ザクセンの狭軌鉄道の旅の最後は趣向を変えて、メーターゲージの路面電気鉄道、キルニッチュタール鉄道 Kirnitzschtalbahn を訪ねよう。

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鉄道が走るバート・シャンダウ Bad Schandau は、ドレスデンからエルベ川を45km遡ったところにある優雅な保養地だ。一帯はザクセンのスイス(ゼクシッシェ・シュヴァイツ)Sächsische Schweiz と称される景勝地で、突出する奇岩・断崖の列とその足許をゆったりと流れるエルベ川 Elbe の景観が好まれ、ザクセンは言うに及ばずドイツでも有数の観光地になっている(下注)。町は、国立公園に指定されたこの地域の観光拠点でもある。

*注 「スイス(シュヴァイツ)Schweiz」は風光明媚な土地の代名詞になっていて、ドイツではほかに、フランケン・スイス Fränkische Schweiz、マルク・スイス Märkische Schweiz などの例がある。

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バート・シャンダウとその周辺を
リーリエンシュタイン Lilienstein 山頂から東望(2012年)
Photo by Gottfried Hoffmann -… at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

キルニッチュタール鉄道の2軸トラムは、その町の一角を起点に、名のとおりキルニッチュ川 Kirnitzsch の流れる深く狭い谷(タール Tal)に沿って奥地へ向かう。ほぼ全線が、谷間を通る道の片側に敷かれた併用軌道だ。終点は、支流に掛かるリヒテンハイン滝 Lichtenhainer Wasserfall という小さな滝の前にある。

トラムというと都会の街路を走るイメージが強いが、なぜこのような人里離れた山中で今も生き残っているのだろうか。

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バート・シャンダウ周辺の地形図に
鉄道のルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

1870年に出されたキルニッチュタールの最初の構想では、馬車鉄道が想定されていた。しかし、具体化の機運が高まった1890年代には、すでにドイツの主要都市で電気動力の導入が始まっており、この鉄道も1893年に電気路面鉄道として認可を得ている。

計画では、川向うにあるバート・シャンダウ鉄道駅から橋を渡り、市街を貫き、リヒテンハイン滝を経て、ボヘミア(現 チェコ)国境の手前まで行くことになっていた。しかし、宿屋や船主が仕事を奪われると反対したため、駅と市街地の間を造ることができなかった。そのため、今あるような幹線鉄道網との接続がない孤立線となったのだ。

1898年に開業を迎えたものの、鉄道駅から離れているため貨物輸送を諦め、観光客を相手に夏のシーズン(5~10月)だけ走る路線としてスタートした(下注)。それでも運行が続けられたのは、著名な観光地内の輸送手段であったからに他ならない。

*注 1938年から通年運行になる。

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リヒテンハイン滝の絵葉書(1900~10年代)
Image by Kunstanstalt Hermann Poy, Dresden at wikimedia. License: Public domain
 

しかし、120余年の歴史の中で、鉄道は存廃の危機に何度か直面している。

1927年に車庫で火災が発生し、所有する全車両を焼失したのが、その最初だった。このときはレースニッツ鉄道 Lößnitzbahn(現 ドレスデン市電4号線)から車両を借りて急場をしのぎ、翌年、MAN社(アウクスブルク・ニュルンベルク機械製造所 Maschinenfabrik Augsburg-Nürnberg)製を新たに購入して、体制を立て直した。その1両が今も特別運行に供されている5号車だ。

1939年にはトロリーバスに転換する案が検討されたが、第二次世界大戦の勃発で沙汰止みになった。東ドイツ時代にも、事故や設備の老朽化で何度か運行が中断し、運行事業者は廃止の意向を示していたが、住民の強い抗議で実行できなかった。

その後は、観光資源として見直しが図られ、保存の動きが強まる。設備の大規模な更新が1986年から1990年にかけて実施され、ドイツ再統一後には車両も更新された。東ドイツ時代はエアフルト Erfurt から来た中古車両がもっぱら使われていたが、1992年以降、ゴータ車両製造人民公社 VEB Gotha 製の両運転台車、いわゆるゴータカー Gothawagen が再整備のうえ投入された。これが現在の1~4および6号車だ。また、道を譲った「エアフルター Erfurter」のうち、8号は今も車庫に保存されている。

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(左)1928年MAN製の古参車 5号(2018年撮影)
Photo by Joakim wahlberg at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)もとロックヴィッツタール鉄道 Lockwitztalbahn の
  トラムも動態保存(2018年撮影)
Photo by Bybbisch94, Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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(左)唯一残るエアフルター 8号(2018年撮影)
Photo by Bybbisch94, Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)現在の主力、ゴータカー 3号
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(左)3号側面
(右)車内

キルニッチュタール鉄道が出発する停留所は、バート・シャンダウ・クーアパルク Bad Schandau Kurpark を名乗る。町の中心マルクト広場 Marktplatz からは少し距離があり、キルニッチュ川が流れる同名の公園(下注)でも奥のほうだ。

*注 クーアパルクは保養地公園の意。かつてはシュタットパルク(市立公園)Stadtparkと呼ばれており、停留所名も同じ名称だった。

やや不便な場所に位置しているのには理由がある。かつて線路は、町のほうへあと350m延びていた。地図に示したように、今も営業しているホテル・リンデンホーフ Hotel Lindenhof の前に起点があった。しかし、道路交通量の増加により、1969年6月23日に現在地までルートが短縮されるとともに、車道通行の妨げにならない公園の中に発着設備が移されたのだ。

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クーアパルクの一角(2018年)
Photo by SchiDD at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

起点といっても、ホームとそれに面した長い発着線、そして機回し線があるのみだ。駅舎どころか、ホームの上屋すらない。川上側から、白とレモンのツートンに塗られた細面のトラムが入線してきた。電動車と付随車の2両編成だ。列車構成は一定ではなく、電動車単行から3両編成(電動車+付随車2両)まで、需要に応じて変わる。停車して客を降ろすと、先頭の電動車はすぐに切り離され、機回し線を通って、最後尾に再び連結された。

バスと同じで、運賃は乗り込むときに支払う。ふだんはワンマン運転だが、多客時は車掌が乗務して、乗客をさばく。また、すべての停留所でホームは、終点に向かって右側だ。そのため、付随車は扉が右側にしかなく、両扉の電動車も左扉をふさいである。

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起点クーアパルク停留所
 

クーアパルクを後にすると、トラムはすぐ道路上に出ていく。センターラインは引かれていないものの、道幅はおおむね2車線分だ。その右半分に単線の軌道が通されている。谷を遡るトラムは車と同じ方向に進むのでまだしも、下っていくトラムは車と正面から向き合うことになる。しかも、狭くくねった谷の中、見通しの悪いカーブの連続だ。運転士も気を抜く暇がないだろう。

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道路の片側に敷かれた併用軌道
 

最初の停留所は、ボターニッシャー・ガルテン Botanischer Garten、すなわち植物園前だ。川を隔てた斜面に、地元の山野草を集めた小さな植物園がある。

最初の急な左カーブを曲がり終え、次の右カーブにさしかかると、右に線路が分かれてトラムの基地が見えてくる。車庫は主屋に4線、傍らの付属屋にもう1線を収容する。川端の森に包まれて趣のあるたたずまいだが、2010年8月の豪雨では、キルニッチュ川が増水して、車庫と電動車3両が浸水し、使用不能になるという深刻な被害を受けた。

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車庫が見えてくる
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(左)車庫
(右)その内部、8号車の姿も
 

列車交換のための信号所が、ルート途中に2か所設けられている。その一つが、車庫の横にある通称、車庫信号所 Depotweiche(ヴァイヒェ Weiche はポイント、転轍機の意)だ。ここを過ぎると、それまで道の両側に並んでいた屋敷が姿を消すとともに、谷壁に、ザクセン・スイスの特色である剥き出しの砂岩の層が姿を現わし始める。

ハーフティンバーの瀟洒な宿屋(ガストシュテッテ)が見下ろすヴァルトホイズル Waldhäus'l、キャンプ場最寄りのオストラウアー・ミューレ/ツェルトプラッツ Ostrauer Mühle/Zeltplatz、農場風の気さくなペンションに通じるミッテルンドルファー・ミューレ Mittelndorfer Mühle、その名にふさわしい質実剛健な造りの宿屋を前にしたフォルストハウス Forsthaus(山番小屋の意)と、トラムは谷に点在する要所にこまめに停車しながら、奥へと進む。

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ヴァルトホイズルの瀟洒な宿屋
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停留所標識
駅名は古風なフラクトゥール文字で
 

二つ目の信号所、シュナイダー信号所 Schneiderweiche でシャンダウ方面の列車と行違った後は、いよいよ最後の閉塞区間だ。次のナッサー・グルント Nasser Grund(湿った谷底の意)停留所は、エルベ川右岸にそびえる奇岩列の一つ、シュラムシュタイネ Schrammsteine への登山口だ。ボイテンファル Beuthenfall(ボイテン滝)では、ホテルの廃墟の後ろに同じ名の小さな滝が落ちている。

左へ急カーブした後、少し行くと、ハーフティンバーの大きな建物の前を通過する。170年もの間、滝見の客を迎えてきた宿屋だ。そしてトラムは、機回し線を備えたリヒテンハイナー・ヴァッサーファル Lichtenhainer Wasserfall(リヒテンハイン滝)の停留所に滑り込む。

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リヒテンハイン滝の宿屋の前を通過(2014年)
Photo by Dr. Bernd Gross at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
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終点リヒテンハイナー・ヴァッサーファル(2013年)
Photo by Steffenmaq at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

停留所の名になったリヒテンハイン滝は、建物の横の小道を入った奥にある。鉄道の目的地になるくらいだから、さぞ立派なものだろう、と期待しないほうがいい。落差は10mに届かず、しかも人工の滝だからだ。造られたのは1830年、ザクセン・スイスの景観がロマン主義の芸術を通して市民にもてはやされていた時代のことだ。

滝の水源である支流リヒテンハイナー・ドルフバッハ Lichtenhainer Dorfbach は、集水域が狭く、したがって流量も少ない。そこでこの年、上流に堰を造って水を溜めておき、堰を開けることで水を一気に流すという観光客向けの演出が始まった。音楽を流し、その最後の和音に合わせて、滝がよみがえる。現代人から見ればたわいのないショーだが、これが人気を博し、滝は一躍名所になった。トラムが(暫定的な)終点を置いたのも、それが理由だ。

なお、現地メディアによれば、昨年(2021年)7月の大雨で導水路が壊れ、貯水池も泥で埋まってしまった。そのため、再開の見通しは今のところ立っていない。

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リヒテンハイン滝
(左)入口(2004年)
Photo by Andreas Steinhoff at wikimedia.
(右)上流の堰を開くとこの状態に(2011年)
Photo by Franzfoto at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

鉄道は、この地域の公共輸送を担うザクセン・スイス=オストエールツゲビルゲ地域交通有限会社 Regionalverkehr Sächsische Schweiz-Osterzgebirge GmbH (RVSOE) が運行している。RVSOE はオーバーエルベ運輸連合 Verkehrsverbund Oberelbe (VVO) に参加しているが、他の観光鉄道と同様、キルニッチュタール鉄道には特別運賃が設定され、片道6ユーロ、1日券 Tageskarte は9ユーロだ。

平日休日を問わず毎日運行されており、2021年現在、夏のシーズン(4~10月)が30分間隔、冬(11~3月)は70分間隔だ。所要時間は、夏ダイヤの場合、朝晩を除き途中で2回列車交換を行うために片道32~34分、冬ダイヤではそれがないので25分で走破する。

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バート・シャンダウ駅舎と桟橋
 

ドレスデン方面からバート・シャンダウへは、Sバーン(近郊列車)が30分間隔で走っている。しかし、DBの線路はエルベ川の対岸に敷かれているため、駅も当然、向こう岸だ。町へ行くには、川を横断するフェリーか路線バスに乗り換える必要がある。

フェリーの場合、DB駅舎を出て正面の階段を降りたところが桟橋だ。船は30分間隔で出ていて、少し上流にある町の船着場エルプカイ Elbkai(エルベ桟橋の意)との間を、行きは10分、帰りはわずか5分で結んでいる(下注)。エルプカイに上陸した後、トラムの起点クーアパルクまでは約800m、徒歩10分というところだ。

*注 行きは上流に向かうため、時間を要する。

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(左)フェリーで川を渡る
(右)町の船着場「エルプカイ」
 

路線バスの場合は、DB駅前のバスターミナル(バス停名はバート・シャンダウ・ナツィオナールパルクバーンホーフ(国立公園駅)Bad Schandau, Nationalparkbf)から RVSOE が運行する241系統のキルニッチュタール方面行きに乗る。

平日はおよそ60分間隔、休日は30分間隔で運行していて、乗車時間は9分。トラムの起点と同じ名のバス停で降りれば、最短距離で乗り換えができる。バスはこの後、トラムと同じ道を走っていくので、トラムの代替手段にもなりうる。時刻表は http://www.ovps.de/ の Fahrpläne(時刻表)> Regionalverkehr Sächsische Schweiz(ザクセン・スイス地域交通)を参照されたい。

写真は別途クレジットを付したものを除き、2013年5月に現地を訪れた海外鉄道研究会のS. T.氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
RVSOE http://www.ovps.de/
Dampfbahn-Route Sachsen https://www.dampfbahn-route.de/

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 ザクセンの狭軌鉄道-シェーンハイデ保存鉄道

2022年1月31日 (月)

ザクセンの狭軌鉄道-シェーンハイデ保存鉄道

シェーンハイデ保存鉄道 Museumsbahn Schönheide

ヴィルカウ・ハスラウ Wilkau-Haßlau ~カールスフェルト Carlsfeld 間 41.634km
軌間750mm、非電化
1881~97年開通、1967~79年廃止
1993年保存鉄道運行開始、2001年現行区間再開

【現在の運行区間】
保存鉄道:シェーンハイデ・ミッテ Schönheide Mitte ~シュテュッツェングリュン・ノイレーン Stützengrün-Neulehn 間 3.9km

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シェーンハイデ・ミッテ駅へ向けて走る蒸気列車

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全国鉄道網から遠く離れた山中で、廃止済みの路線を一から再建し、自治体の支援を受けてボランティア団体が運営している(下注)。前回紹介したプレスニッツタール鉄道 Preßnitztalbahn が持つプロフィールは、この鉄道にも当てはまる。

*注 両鉄道とも、地元自治体が一般鉄道法 Allgemeines Eisenbahngesetz 上のEIU(鉄道インフラ事業者)およびEVU(鉄道輸送事業者)になっている。

シェーンハイデ保存鉄道 Museumsbahn Schönheide は、エルツ山地西部の高原地帯で運行されている750mm軌間の蒸気保存鉄道だ。ツヴィッカウ Zwickau の南20kmに位置するシェーンハイデ Schönheide、その田舎町にある波打つ丘を渡る3.9kmのささやかなルートが、活動場所になっている。

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まだ冬の装いの林を抜けて
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シェーンハイデ周辺の地形図に
狭軌鉄道のルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

もちろんこの路線も、かつては全国鉄道路線網に2か所で接続された地域の交通軸だった。ツヴィッカウ近郊の標準軌線の駅ヴィルカウ・ハスラウ Wilkau-Haßlau を起点に、シェーンハイデを経由し、シェーンハイデ・ジュート(東駅)Schönheide Süd(旧名ヴィルチュハウス Wilzschhaus)で再び標準軌線と接続した後、エルツ山地の奥深く、標高816mのカールスフェルト Carlsfeld という村まで達していた。路線長42kmの、ザクセンで最も長大な狭軌線だった。

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往路は下り坂で、機関車は後退運転
 

それだけでなく、このヴィルカウ・ハスラウ=カールスフェルト狭軌鉄道は、ザクセンで最初に開通した750mm狭軌線という、記念すべきタイトルも有していた。

南部の山がちな地域に鉄道の恩恵を行き渡らせるには、導入費用が安価で、ルート設計に小回りの利く狭軌が最良の選択肢になる。ザクセン王国政府はそう考えて、1876年から狭軌鉄道の建設法案を議会に提出していたが、1880年にようやく可決されて、路線の着工に至る。その一つが、ヴィルカウ・ハスラウ=カールスフェルト狭軌鉄道の根元区間に相当する、ヴィルカウ・ハスラウ~キルヒベルク Kirchberg 間6.3kmだった。

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シェーンハイデ保存鉄道とその周辺の路線図
破線は廃線または休止線
 

ルートの大半が街道に横付けする形にされたので、工事は容易で、早くも1881年10月に開通式が行われている。ちなみに、同じ法案に盛り込まれていたヴァイセリッツタール鉄道 Weißeritztalbahn は、通過する地形に手こずったため、開通は1882年10月と、「同期生」に1年の遅れを取った。

先んじた方は、キルヒベルクまで列車が走り始めた時点で、すでに隣村のザウパースドルフ Saupersdorf(後の上駅 ob Bf)まで3.6kmの延伸にも着手しており、1883年に開通を果たしている。

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旧ヴィルカウ・ハスラウ=カールスフェルト狭軌鉄道の子供用車内乗車券
シェーンハイデ・ジュート以遠廃止後の発行
Photo by Klaaschwotzer at wikimedia. License: CC0 1.0
 

ここまでを第1区間とすると、第2区間は、周辺自治体から誘致の要望が百出し、ルート決定までに長い時間を要した。最終的にシェーンハイデ経由で、ヴィルチュハウスで標準軌のケムニッツ=アウエ=アードルフ線 Bahnstrecke Chemnitz–Aue–Adorf と接続することが決まり、開通したのは、第1区間から10年も後の1893年になった。

長さ24.3kmのこの区間は、地勢がより複雑で、高低差も大きい。そのため、道路から独立し、勾配緩和のために迂回路をとり、深い谷をトレッスル橋で渡るなど、山岳鉄道らしいルート設計が施されている。後で見るように、シェーンハイデ保存鉄道の列車が走るのも、そうした特徴を備えたルートだ。

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ヴィルチュハウス(後のシェーンハイデ・ジュート)駅付近の狭軌鉄道
2本の高架橋の間で標準軌線をまたいでいる
画面奥に駅がある(1905年ごろの絵葉書)
Image from wikimedia. License: Public domain
 

最後の第3区間は、ヴィルチュハウスからカールスフェルトまでの7.3kmだったが、エルツ山地の最奥部で、採算が疑問視されたこともあって着工が遅れ、開通は1897年までずれ込んだ。工費節約のために、線路の多くが再び道路に横づけされた。谷を遡るルートは勾配が最大50‰にもなり、貨物も運ぶ蒸気鉄道としては限界に近いものだった。

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カールスフェルトの市街地と駅
(1897~1910年の間の絵葉書)
Image from wikimedia. License: Public domain
 

貨物輸送では、標準軌貨車を直通させるロールワーゲン方式が1907年以降、順次導入されていったが、キルヒベルクの市街地では車両限界の拡充が難しかった。ようやく1960年代初めに、この区間で線路移設を含む提案がなされたが、時すでに遅く、1964年に政府は、国内の狭軌鉄道を全廃する方針を決定した。

これはすぐに実行に移された。1966年に、末端のヴィルチュハウス~カールスフェルト間で旅客輸送が休止されたのを手始めに、数年の間にほとんどの区間で列車が消えた。最後まで残ったのは、中間部のローテンキルヘン Rothenkirchen ~シェーンハイデ・ジュート間で行われていたブラシ製造会社の貨物輸送だが、これが1977年に休止となった(廃止は1979年1月1日)ことで、路線の歴史にいったん幕が下ろされた。

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シェーンハイデ・ノルト~シュテュッツェングリュン間開業初日
シェーンハイデ・ミッテ駅車庫前にて(1997年12月5日)
Photo by Bybbisch94, Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

廃線跡で保存鉄道の活動が始まったのは、ドイツ再統一後のことだ。1991年にシェーンハイデ/カールスフェルト保存鉄道協会(現 シェーンハイデ保存鉄道協会 Museumsbahn Schönheide e. V.)が設立されて、線路の再建作業が始まった。シェーンハイデ・ミッテ~ノイハイデ Neuheide(現 シェーンハイデ・ノルト)間が1993年に再開され、その後1997年と2001年の段階的延伸を経て、現在の終点シュテュッツェングリュン・ノイレーン Stützengrün-Neulehn まで列車が走れるようになった。

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シュテュッツェングリュン・ノイレーン停留所と
線路終端(2011年)
Photo by Knergy at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

なお、南にあるシェーンハイデ・ジュートとカールスフェルトの駅跡でも、1999年に設立された西部ザクセン保存鉄道振興協会 Förderverein Historische Westsächsische Eisenbahnen e.V. という別の組織が、駅構内の線路を復元し、保存列車の公開走行を随時行っている。協会は、シェーンハイデ・ジュートで接続していた標準軌のアウエ=アードルフ線 Bahnstrecke Aue–Adorf の廃線跡も所有し、管理している。

シェーンハイデ保存鉄道が拠点としているのは、シェーンハイデ・ミッテ Schönheide Mitte 駅(下注)だ。確かに町を貫く中央通り(ハウプトシュトラーセ Hauptstraße)に同名のバス停もあるものの、そこから駅らしきものは見えない。かつて駅構内はもっと広がり、通りからも見渡せたのだが、廃止後、飲料販売会社の倉庫用地に転用されてしまった。

*注 1950年にシェーンハイデから改称。

それで保存鉄道の駅は、倉庫の前の道を北へ200mばかり入った機関庫周辺に設けられている。小さな保存鉄道を象徴するような、小ぢんまりとしたスペースだ。ホームが不自然に急カーブしているのも、倉庫を避けて入換用側線を延ばす必要があったからだ。

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シェーンハイデ・ミッテ駅
カーブした狭い構内
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同 倉庫を避けて延びる入換用側線
 

鉄道の運行は不定期で月2回程度しかなく、乗車の機会は限られる。しかし、運行当日はルートの短さを逆に生かして6往復走るので、沿線での撮影チャンスが増えていいだろう。片道の所要時間は往路27分に対して、復路は21分。往路のほうが長い理由はあとでわかる。

機関車は、1992年に当時のDR(ドイツ国営鉄道)から調達された2両のザクセンIV K形蒸機(下注)のどちらか、または製紙工場からもらわれてきたV 10 Cディーゼル機関車が出動するはずだ。無蓋貨車を改造した展望車も連結されるので、外の景色を存分に楽しむことができる。

*注 協会は全部で3両のIV K機を所有しているが、1両はザクセン・スイス Sächsische Schweiz 地方の保存鉄道シュヴァルツバッハ鉄道 Schwarzbachbahn に貸し出されている。

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IV K形蒸機 99 582、1912年製
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機関庫にはVI K形があと2両いた(2013年撮影)
99 585はその後、他の保存鉄道に貸出された
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展望車
側面の広告ヴェルネスグリューナー Wernesgrüner は地元の銘柄ビール
 

切符は走行中に車掌から買えばいいので、さっそく乗り込むことにしよう。汽笛一声、列車はゆるゆると駅を離れる。駅横の踏切を越え、主信号機の前を通過する頃、目の前に、広く深い谷間となだらかな丘が連なる高原の風景が展開する。正面遠方に見えるレンガ色の大きな工場が、これから向かうシュテュッツェングリュン駅のある場所だ。始発駅が標高678mとルートで最も高いこともあり、ここが最も見晴らしがいい。

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(左)出発するとすぐ高原の風景が広がる
(右)落葉樹の林を行く
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ミッテ駅北方から望む高原風景
手前はノイハイデの集落
丘の上のレンガ色の建物の前に列車の目的地がある
 

列車は、谷を巻くために左へカーブしていく。線路は下り勾配になっている。クーベルク Kuhberg の山裾にある大きなS字カーブを回った先に、一つ目の停留所シェーンハイデ・ノルト Schönheide Nord(北駅、旧名はノイハイデ Neuheide)がある。ここも廃線後、跡地がガレージに転用されたため、現在の通過線と待避線は駅構内から少しずらして設けられた。

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ノルト停留所
右のガレージを避けてカーブする線路
 

この後はまた林の中の大きな右カーブで、先ほど見えていた向いの丘にとりつく。そのままレベル(水平)で進んでいくと見えてくるレンガ色の大きな建物が、旧線時代に貨物輸送の最後の顧客だったブラシ製造工場のビュルステンマン Bürstenmann だ。建物に隣接して、シュテュッツェングリュン駅(下注)がある。

*注 旧線時代、正式なシュテュッツェングリュン駅がここから2km北にあり、現駅は工場の通勤客が使う同名の停留所だった。

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(左)このカーブを曲がるとシュテュッツェングリュン駅
(右)ブラシ製造工場の前の駅名標
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ミッテ駅北方から見た同 工場建物
蒸気列車の煙が上がる
 

ここでは7分停車する。早くも機関車が切り離され、側線を通って列車の後方に走っていく。機回しは、終点で列車を方向転換するための作業のはずだが、なぜ中間駅で行うのだろうか。

実は、終点シュテュッツェングリュン・ノイレーンが行き止まりの棒線停留所(下注)で、機回しに使う側線がない。それで、シュテュッツェングリュンでの機回しの後、列車はバックする形で走り、終点では単純に折り返す。両駅の距離は約500mに過ぎず、引上げ線を往復しているようなものだ。

*注 旧線時代、ここに乗降施設はなかった。現停留所は保存鉄道の終点として設置されたもの。

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シュテュッツェングリュン駅での機回し作業
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ギャラリーが見守る中、再連結
 

シュテュッツェングリュンを出た列車は右カーブでゆっくりと森の切通しに入っていき、片側ホームのノイレーンに到着する。線路はかつて踏切だった道路の手前で途切れていて、以遠の線路跡は草むらに埋もれている。

ここで線路が終端となる理由は、この先で旧線が渡っていた大小2本のトレッスル橋が、すでに撤去されてしまっているからだ。廃線後、自治体は鉄道記念物として保存する計画だったが、財政上の理由で断念した。一方、起点のシェーンハイデ・ミッテの南側も用地の転用が進んでいる。そのため、シェーンハイデ保存鉄道がこれ以上ルートを拡張するのは難しいのが実情だ。

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シュテュッツェングリュン・ノイレーン停留所に到着

では最後に、公共交通機関によるアクセスについて記しておこう。

保存鉄道駅の最寄りバス停は、先述の通り、中央通りにあるシェーンハイデ・ミッテ Schönheide Mitte だ。ここへは、東からアウエ Aue 発の、西からアウエルバッハ Auerbach 発のバス路線が通じている。

まず、DBアウエ駅前からは、平日の場合、351系統の直行便がある。休日は、373系統でアイベンシュトック・自由広場 Eibenstock, Platz des Friedens まで行き、そこで351系統に乗り換えてシェーンハイデに向かうことになる。所要時間は50分前後。時刻表はエルツ山地地域交通 Regionalverkehr Erzgebirge, RVE https://www.rve.de/ を参照されたい。

また、DBアウエルバッハ下駅 Auerbach unt Bf の駅前からは、61系統(RVE管内のバス停では V61 と表記)が直行する。こちらは所要27分と近いが、休日は電話による事前予約制になっているので注意。時刻表はフォークトラント運輸連合 Verkehrsverbund Vogtland, VVV https://vogtlandauskunft.de/ にある。

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ミッテ駅に戻っていく蒸気列車
 

次回は、キルニッチュタール鉄道を訪ねる。

写真は別途クレジットを付したものを除き、2013年4月に現地を訪れた海外鉄道研究会のS. T.氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
シェーンハイデ保存鉄道協会 https://www.museumsbahn-schoenheide.de/
西部ザクセン保存鉄道振興協会 https://www.fhwe.de/

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2022年1月22日 (土)

ザクセンの狭軌鉄道-プレスニッツタール鉄道

プレスニッツタール鉄道 Preßnitztalbahn

ヴォルケンシュタイン Wolkenstein ~イェーシュタット貨物駅 Jöhstadt Ldst. 間 24.328km
軌間750mm、非電化
1892年開通、1982~86年廃止
1993年保存鉄道運行開始、2000年現行区間再開

【現在の運行区間】
保存鉄道:シュタインバッハ Steinbach (bei Jöhstadt) ~イェーシュタット Jöhstadt 間 7.994km

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シュレッセル駅に停車中の蒸気列車

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エルツ山地で鉱山集落を起源とする町や村は、傾斜地に作られていることが多い。チェコとの国境に接するイェーシュタット Jöhstadt もその一つだ。

町の上手のマルクト広場 Marktplatz から駅に至る道は急な下り坂で、距離こそ1km程度だが、高低差は100mもある。750mm軌間の蒸気保存鉄道の一つ、プレスニッツタール鉄道 Preßnitztalbahn はこの谷底の駅を拠点にして、約8kmの区間で運行されている。

これまで紹介してきたものとは違い、この狭軌鉄道は、DB(ドイツ鉄道)の全国路線網に接続されていない。そのため、公共交通機関で向かうなら、近隣のアンナベルク・ブーフホルツ Annaberg-Buchholz まで列車に乗った後、バスに約30分揺られ、さらにこの坂道を歩いて降りる必要がある(アクセスの詳細は後述)。

どうして、このような山中に孤立した鉄道が存在し、今も動いているのだろうか。その訳を知るために、まずは路線の歴史をひも解いていきたい。

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シュタインバッハ駅から帰りの途へ
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イェーシュタット周辺の地形図に
狭軌鉄道のルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

鉄道名になっているプレスニッツタール Preßnitztal というのは、プレスニッツ川 Preßnitz が流れる谷(タール Tal)のことだ。鉄道は、エルツ山地に刻まれたこの谷(下注)の中を終始走っていく。

*注 ただし、路線の終盤は、支流であるイェーシュテッター・シュヴァルツヴァッサー川 Jöhstädter Schwarzwasser の谷を行く。

狭軌鉄道の建設前から、谷には水力を利用した製粉、製材、製紙などの小規模な工場が多数稼動していた。しかし、製品を運び出すには、谷の険しい徒歩道をたどるしか手段がなかった。1866年にアンナベルクまで標準軌線が延びた(下注)のをはじめ、周辺の交通事情はしだいに改善されていったが、プレスニッツタールに列車が現れるまでには、さらに20年以上の歳月を必要とした。

*注 アンナベルク=ケムニッツ線 Bahnstrecke Annaberg–Chemnitz(現 アンナベルク・ブーフホルツ下駅=フレーア線 Bahnstrecke Annaberg-Buchholz unt Bf–Flöha)。

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新緑の森に囲まれた谷間を行く
 

エルツ山地は地形が険しく、従来の標準軌での建設は技術的にも財政的にも課題が多すぎた。そこで政府は、こうした周辺地域の支線(二級鉄道 Sekundärbahnen)を比較的低コストで済む狭軌で設計することにし、1878年から750mm軌間による路線建設を開始する。

プレスニッツタール鉄道もまた、その枠組みで整備された路線だった。ルートは、アンナベルクへの標準軌線の途中駅ヴォルケンシュタイン Wolkenstein を起点に、イェーシュタットを終点とする23.0kmとされた。ただし、ヴォルケンシュタイン駅から実際の分岐点までの約1.5kmは3線軌条で、標準軌と狭軌が線路を共有していた。

正式名称は、ヴォルケンシュタイン=イェーシュタット狭軌鉄道 Schmalspurbahn Wolkenstein–Jöhstadt といった。もとはこのように、標準軌の路線網に接続された路線だったのだ。

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ヴォルケンシュタイン駅の眺望
左が狭軌線、右が標準軌線
(1909年の絵葉書)
Image by Brück & Sohn Kunstverlag Meißen at wikimedia. License: CC0 1.0
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プレスニッツタール鉄道とその周辺の路線図
破線は廃止線または休止線
 

鉄道は1892年6月に開通し、1日3往復の列車が走った。1年後の1893年5月には、貨物輸送のために、国境直前のイェーシュタット貨物駅 Jöhstadt Ladestelle まで延伸され、全長24.3kmの路線になった。

当時はボヘミア(現 チェコ共和国)からの石炭輸送ルートが求められており、プレスニッツタール鉄道にも山地を越えての延伸構想がいくつか現れている。しかし、建設費や採算見通しなどの問題から、どれも実現に至らないまま、第一次世界大戦の開戦ですべて沙汰止みになってしまった。

一方、現存線では、特に貨物輸送が好調に推移していた。ニーダーシュミーデベルク Niederschmiedeberg の製紙工場とともに、イェーシュタット貨物駅から消火設備を出荷するフラーダー Frader 社が主要な顧客で、1911年には、標準軌貨車を狭軌の台車に載せて運ぶロールワーゲン方式が導入されている。

第二次大戦後の東ドイツ時代に入ると、製紙工場を転換して開設された冷蔵庫工場が、製品の搬出に鉄道を利用した。1964年に国が打ち出した狭軌路線全廃計画は、もちろんこの鉄道にとっても目前の危機だったが、貨物の代替輸送手段が整うまでの間、執行は先送りとされた。

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(左)イェーシュタット駅旧景
  ザクセン蒸気ルートの案内板の一部を撮影
(右)ロールワーゲン
  シュタインバッハ駅の静態展示
 

ところが、廃止を見越して保守経費が削減された影響で、線路や設備の摩耗がしだいに顕わになっていく。オイルショックを受けて1981年にトラックから鉄道へ輸送手段の転換が検討されたときには、もはやプレスニッツタール鉄道は担い手とみなされなかった。それどころか、鉄道より道路整備のほうがコスト的に有利だとされて、廃止方針が確定してしまった。

運行休止は、1982年から1986年にかけて段階的に実施されている。旅客列車は、1984年の1月に上流区間のニーダーシュミーデベルク~イェーシュタット間で、9月に下流区間のヴォルケンシュタイン~ニーダーシュミーデベルク間で、それぞれ運行を終えた。

貨物列車は先行して1982年から順次休止の措置が取られ、最後に残ったニーダーシュミーデベルクからの冷蔵庫輸送も1986年11月にトラックに切り替えられた。これにより同年12月31日をもって、鉄道は法的に全線廃止とされた。

使われなくなった線路の撤去がまもなく始まり、橋梁も数にして約2/3が解体された。プレスニッツタール鉄道は、東ドイツ時代に廃止され、撤去された最後の狭軌路線だった。

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シュタインバッハ駅北方の線路終端(2011年)
Photo by Aagnverglaser at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

現在の保存鉄道から見れば、ここまでがプレヒストリー(前史)になる。線路跡は更地に還され、まもなく雑草に覆われた。その一方で、鉄道の喪失を惜しむ人も多く、彼らは1988年に「プレスニッツタール鉄道利益共同体 Interessengemeinschaft Preßnitztalbahn」の名称で、記念物を保存するボランティア活動を開始する。

ドイツ再統一の過程にあった1990年夏、団体は協会格を得て、新たな組織目標を、イェーシュタットを拠点にした鉄道の再建と定めた。当初の目標はイェーシュタットからシュマルツグルーベ Schmalzgrube まで約4kmのルートの復元だった。

作業はまず、廃線跡に埋まる枕木を掘り起こし、整地し直すことから始まる。所によっては線路跡に建つ建物の撤去や、橋桁の再架設も必要となった。そのうえで軌道を敷設し、完成した区間から順に列車を走らせる。その距離は毎年着実に延びていき、1995年には目標のシュマルツグルーベに達した。

その後も工事は続けられ、2000年8月には、起点から約8kmのシュタインバッハ Steinbach まで再開された。これが、現在の運行区間になっている。

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シュタインバッハ駅で出発を待つ蒸気列車

では、ルートに沿ってイェーシュタット駅から見ていこう。

保存鉄道の起点になっているイェーシュタットでは、長らく北側(シュタインバッハ方)の、駅舎から150mほど離れた機関庫のあるエリアで発着が行われていた。一般輸送廃止後に、機関庫と駅舎の間にアパートが建てられたため、線路を再建できなかったのだ。

アパートの裏庭を一部後退させることで、用地が確保され、2021年9月に待望の駅舎前に線路が延長された。駅の南側(貨物駅方)では、すでに2018年に約250mの線路が敷かれており、これと接続して、駅構内を昔のように列車で往来することが可能になった。

■参考サイト
プレスニッツタール鉄道-新しいイェーシュタット駅
https://www.pressnitztalbahn.de/museumsbahn/projekte/neuer-bahnhof-joehstadt-ba-km-2

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(左)イェーシュタット駅舎
(右)イェーシュタット駅機関庫
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同 機関庫のあるエリア
 

イェーシュタットは標高684mで、路線で最も高い場所にある。標高543mの終点シュタインバッハまで、線路は川に沿って下り一方だ。そのため往路は、蒸機も惰行で走る区間が長い。また、機関車は後退運転(逆機)になる。その分、復路は最大25‰の坂道を力強く上っていくし、機関車も正面が前になり、写真映えがする。

イェーシュタット駅を出た列車は、機関庫の前を通過し、続いて倉庫のような大きな建物を左手に見る。これは、2005年に建てられた鉄道の展示・車両ホール Ausstellungs- und Fahrzeughalle だ。南側に停留所が併設されているので、リクエストがあれば停車してくれる。

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展示・車両ホール
(左)停留所から見た外観(2016年)
Photo by Aagnverglaser at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)内部の車両展示(2018年)
Photo by Aagnverglaser at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

この後、シュレッセル Schlössel 駅まではすぐだ。ここは島式ホームがあり、待避線や留置側線が並んでいる。写真の撮影時(2014年)はイェーシュタット駅が工事中で、ここが列車の起点になっていた。

シュレッセルを後にすると、列車は針葉樹に覆われた谷間に吸い込まれていく。左手では、イェーシュテッター・シュヴァルツヴァッサー川が、早瀬と淵を繰り返しながら流れ下っている。

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シュレッセル駅
 

保存鉄道化に際して、旧線にはなかった停留所がいくつか新設された。リクエストストップのローレライフェルゼン(ローレライ岩) Loreleifelsen もその一つで、少し上流側にライン川の名所にあやかった大岩がある。もっとも、クライネ・ローレライ(小さなローレライ) Kleine Lorelei という控えめな実名が示すとおり、期待するほどのものでもないようだが…。

森が開けると、大きな左カーブを回って、シュマルツグルーベ駅に停車する。ここは旧線時代からある村の駅だ。レンガ建ての小さな駅舎とともに待避線も備わっていて、1時間間隔のダイヤの日は、実際に列車交換が行われる。

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シュマルツグルーベ駅とレンガ建ての小駅舎
 

フォレレンホーフ Forellenhof は、同名のガストホーフ(食堂兼旅館)の前にある停留所だ。フォレレ Forelle とはカワマスのことで、隣接してその養魚池がある。線路脇に設けられたテラスで出される川魚料理は、とりわけ人気が高いらしい。列車は、プレスニッツ川の本流とともに再び森に包まれていく。

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フォレレンホーフ停留所
(左)奥の建物がテラスのあるガストホーフ
(右)手作り感のあるホーム
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カワマスが泳ぐ(?)養魚池
 

森の中で、A・ゲーゲントルム・シュトルン A.-Gegentrum-Stolln と記された駅名標が立つ砂利敷のホームを通過する。鉱山跡を公開している同名の観光スポットのために開設されたリクエストストップだ。森を抜けたところにあるヴィルトバッハ Wildbach も同様で、近くにレストハウスがある。

こうして列車は、終点シュタインバッハに到着する。旧線時代から、ここは中間の主要駅の一つだったが、当時のレイアウトに従って4本の線路が復元され、ターミナルにふさわしい姿に蘇った。シュマルツグルーベと同じような平屋の駅舎も、ホームの傍らにある。

列車から切り離された機関車は、駅舎と反対側にある給水処 Wasserhaus の前に移動する。童話から抜け出てきたかのようなこの愛らしい2層のレンガ建は、旧線の遺構の中でもとりわけ印象的なものだ。

*注 正式駅名はシュタインバッハ(バイ・イェーシュタット)Steinbach (b Jöhstadt)。イェーシュタット近傍のシュタインバッハを意味する。

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シュタインバッハ駅に入線
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駅到着後、機関車は給水処(左の建物)へ移動
 

線路はホームの端からさらに続いているように見えるが、カーブを曲がってプレスニッツ川を渡った先に終端がある。そこから下流の廃線跡は、大半がプレスニッツタール自転車道 Preßnitztalradweg に転用されてしまった。

2021年の時刻表によれば、イェーシュタット~シュタインバッハ間の所要時間は、往路が37分、復路が45分になっている。復路が長いのは、中間のシュマルツグルーベで9分間の停車があるからだ。

鉄道は、夏のシーズンの週末と年間の祝日を中心に運行されている。ダイヤには、2時間間隔で走る日(1日9往復)Fahrtage im Zwei-Stundentakt と、1時間間隔の日(1日4往復)Fahrtage im Ein-Stundentakt の別があり、前者の場合、シュマルツグルーベで列車交換が行われる。

保存列車を牽くのは、特別な事情がない限り蒸気機関車だ。鉄道の公式サイトによれば、協会が所有する蒸機は7両にも上る(2021年現在)。主力のザクセンIV K形が4両揃っているほか、1927年製のVI K形、I K形の2009年製レプリカ、1966年製の動輪3軸の蒸機と、実に多彩な顔ぶれだ。しかもすべて運行できる状態にあるという。

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HF 210 E形機関車
1939年製の軍用軌道機関車で、「アクヴァーリウス・ツェー AQUARIUS C」の愛称をもつ
終戦後も各地で稼働し、2009~16年にプレスニッツタール鉄道で在籍、
現在(2022年)はオーストリアのタウラッハ鉄道 Taurachbahn で供用中
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左から、IV K形99 1594(1914年製)、
1966年製3軸機99 4511(1966年製)、
最古参のIV K形99 1542(1899年製)
イェーシュタット駅機関庫にて(2019年)
Photo by NearEMPTiness at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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I K形レプリカ54号(2010年撮影)
Photo by Liesel at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

最後に、公共交通機関でのアクセス方法について。

冒頭でも触れたとおり、イェーシュタットへは、DBチョーパウタール線 Zschopautalbahn のアンナベルク・ブーフホルツ Annaberg-Buchholz(下注)駅前から、路線バス 430系統で約30分だ。

*注 正式駅名には unt Bf(unterer Bahnhof の略、下駅の意)が付く。かつて町の上手にあった「上駅 ob Bf (oberer Bahnhof)」と区別していた名残。

残念ながら、バスはイェーシュタット駅前には立ち寄らない。そのため、イェーシュタット・マルクト(マルクト広場)Jöhstadt, Markt か、その次のイェーシュタット・アインカウフスマルクト Jöhstadt, Einkaufsmarkt バス停で下車する必要がある。前者から駅までは急な下り坂で約1km、後者はより近くて約500mだ(下図参照)。バス時刻表は エルツ山地地域交通 Regionalverkehr Erzgebirge, RVE の公式サイト https://www.rve.de/ にある。

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イェーシュタット・マルクトのバス停
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イェーシュタット周辺の駅、バス停の位置を
1:25,000地形図(1999年)に加筆
© 2021 Staatsbetrieb Geobasisinformation und Vermessung Sachsen
 

これとは別に、訪問者の多い特別運行日限定だが、「プレスニッツタール行楽ルート Ausflugslinie Preßnitztal」の名で、DBヴォルケンシュタイン駅前からシュタインバッハ駅まで連絡バスのサービスもある。詳細は、保存鉄道の公式サイトに掲載されている。

次回は、シェーンハイデ保存鉄道を訪ねる。

写真は別途クレジットを付したものを除き、2014年5月に現地を訪れた海外鉄道研究会のS. T.氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
プレスニッツタール鉄道 https://www.pressnitztalbahn.de/

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2022年1月 8日 (土)

ザクセンの狭軌鉄道-デルニッツ鉄道

デルニッツ鉄道 Döllnitzbahn

オーシャッツ Oschatz ~ミューゲルン Mügeln (b. Oschatz) ~グロッセン Glossen (b. Oschatz) 間 15.973km
ネビッチェン Nebitzschen ~ケムリッツ Kemmlitz (b. Oschatz) 間2.66km
軌間750mm、非電化
1885~1903年開通

*注 正式駅名につく b. Oschatz は bei Oschatz の略記。「オーシャッツ近傍の」を意味し、同名の他の駅と区別するために付けられる。

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デルニッツ鉄道の蒸機運行日
ミューゲルン駅に列車が到着

ライプツィヒ Leipzig とドレスデン Dresden、このザクセン2大都市を結ぶ標準軌幹線の途中に、オーシャッツ Oschatz 駅がある。デルニッツ鉄道 Döllnitzbahn の列車は、ここを起点にしている。鉄道は750mm軌間で、運行にはディーゼル機関車のほか、蒸気機関車も使われる、と来れば、同じような狭軌鉄道をいくつか見てきたので、中身はおよそ想像がつくというものだ。

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デルニッツ鉄道の列車
アルトミューゲルン Altmügeln 駅にて
 

しかし調べてみると、他の路線とは少し様子が違うことに気づく。第一に、現在のルートがいくつかの路線の継ぎはぎにより成立している点だ。「デルニッツ鉄道」は路線を運営する会社の名称であって、そのような名の1本の路線が最初から存在したわけではなかった。

第二に、廃止の危機を潜り抜けてきた理由だ。東ドイツでは1964年に、今後10年間で狭軌路線を全廃するという決定が下されたが、その後、一部の路線が、観光に活用するとして廃止を免れた。しかし、「デルニッツ鉄道(を構成する路線)」はそのリストに含まれていない。

第三に、使われる蒸気機関車がザクセンIV K形(DR 99.51~60形、下注)であることだ。より新しい5軸の機関車を使う路線も多い中で、デルニッツ鉄道では、1900~10年代生まれのこの旧型機(ただし1960年代に全面更新されている)が定期的に運用されている。

*注 IV K形は、マイヤー式 Meyer-Lokomotive と呼ばれる関節式機関車の一種で、ボイラーの下に2軸ボギーの台枠を前後2個設置し、急曲線での走行を可能にしている。王立ザクセン邦有鉄道向けに、ケムニッツのザクセン機械製造所 Sächsischen Maschinenfabrik で製造された。ちなみに、IV は「第4」の意で開発順を示し、Kは「クラインシュプーア Kleinspur」すなわち小軌間(狭軌)を意味する。IV K でフィーア カーと読む。

こうした他線との違いが生じた理由は何なのだろうか。路線の成立経緯から探っていきたい。

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ザクセンIV K形蒸機99 574
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オーシャッツ周辺の地形図に狭軌鉄道のルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

この地域は、かなり早くから近代的な交通手段の恩恵に浴していた。というのも、ドイツ最初の長距離鉄道と言われるライプツィヒ=ドレスデン鉄道 Leipzig-Dresdner Eisenbahn が、オーシャッツを経由したからだ。ライプツィヒから東へ順次延伸されてきた鉄道は、1838年11月にオーシャッツに達し、町の北方に駅が設置された。

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現在のDBオーシャッツ駅
 

しかし、その後の数十年はまだ全国幹線網の発達段階であり、後背地にあるミューゲルン Mügeln やヴェルムスドルフ Wermsdorf などの町との間は、馬車連絡の時代が長く続いた。地方路線建設の可能性は、軽便鉄道に関する法制が整備された1878年以降に、ようやく現実味を帯びてくる。

この地域で最初の狭軌鉄道は、1884~85年に開通したオーシャッツからミューゲルンを経てデーベルン Döbeln に至る延長30.9kmの路線だ。南北に走るこの路線は、両端で幹線駅に接続しており、中間のミューゲルンが事実上の目的地だった。そのため、ミューゲルン駅は頭端駅 Kopfbahnhof の形状で設計された。

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ザクセン邦有鉄道の路線図(1902年)
薄いマーカーが「ミューゲルン路線網」
赤は現 デルニッツ鉄道のルート
Base map from wikimedia. License: Public domain
 

次に実現したのは、ミューゲルン~ナイヘン Neichen(旧称 ネルハウ・トレプセン Nerchau-Trebsen)間の23.9kmで、1888年に開通した。上記の南北路線に対して、こちらは、ヴェルムスドルフを主要な経由地とする東西ルートだ。ミューゲルンに西側から接続したため、駅は通過構造に変わった。

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ミューゲルン駅(1910年の絵葉書)
Image by Brück & Sohn Kunstverlag Meißen at wikimedia. License: CC0 1.0
 

同じ頃、ミューゲルンの西方、ケムリッツ Kemmlitz とクロプテヴィッツ Kroptewitz の周辺で、磁器の原料になるカオリン(白陶土)の採掘が開始される。搬出の手段として、1903年にミューゲルン=ナイヘン線の途中にあるネビッチェン Nebitzschen から貨物線が延ばされた。これが、長さ6.3kmのネビッチェン=クロプテヴィッツ線だ。専ら貨物列車が行き交う路線だったが、1945年から1964年まで、混合列車による旅客輸送も実施されている。

これらは周辺の路線群と合わせて「ミューゲルン路線網 Mügelner Netz」と総称された(上図参照)。運行の中核となったミューゲルン駅は段階的に拡張され、1927年には35本の線路と約70か所のポイント(分岐)を有する規模になる。ヨーロッパ最大の狭軌駅という表現もあながち誇張ではなかった。

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1938年のミューゲルン駅構内配線図(和訳を付記)
Image by Rainerhaufe at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

しかし第二次世界大戦後は、鉄道離れが徐々に進行する。そのため、冒頭でも触れたとおり、1964年に国によって狭軌路線全廃の方針が示され、それを境に路線網は縮小に向かう。

1967年から翌68年にかけて、成績の振るわなかった西部および南部の区間が廃止され(下注)、幹線と接続するのはオーシャッツ駅だけになった。旅客列車はオーシャッツ~ミューゲルン間に最後まで残っていたが、これも1975年9月に休止されてしまう。他線のような観光輸送の対象にはならなかったのだ。

*注 ミューゲルン路線群の廃止年表
 1967年11月30日 ケムリッツ~クロプテヴィッツ
 1968年1月1日 ミューゲルン~デーベルン
 1968年7月1日 ムッチェン Mutzschen ~ナイヘン
 1970年1月1日 ヴェルムスドルフ~ムッチェン
 1972年2月1日 オーシャッツ~シュトレーラ Strehla
 1972年10月1日 ネビッチェン~ヴェルムスドルフ

一方、カオリン製品の搬出を筆頭に、貨物輸送にはまだ需要があった。さらにオイルショックの影響で、ソ連からの原油供給が不足したため、東ドイツでは1981年から、輸送手段をトラックから鉄道に転換する政策が取られた。これに応じて、貨物列車は1日に最大6往復設定された。

列車は、カオリン鉱山のあるケムリッツを出発し、ミューゲルン経由でオーシャッツへ向かう。戦前のミューゲルン路線網を利用した輸送路だが、路線廃止が進んで、今や列車が走行できるのはこのルートだけになっていた。

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デルニッツ川橋梁を渡るミューゲルン方面の貨物列車(1991年)
Photo by Rainerhaufe at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

ドイツ再統一後の1993年、ドイツ鉄道顧客連盟 Deutsche Bahnkunden-Verband e. V. (DBV) がデルニッツ鉄道有限会社 Döllnitzbahn GmbH を設立し、DB(ドイツ鉄道)から鉄道施設と車両を引き継いだ。設立の目的はカオリンの輸送体制を維持することだった。ちなみにデルニッツ Döllnitz は、路線に沿って流れる川の名に由来する。

ザクセンの狭軌線の中で唯一続けられた貨物輸送だが、結局、効率の点でトラックに及ばず、2001年に休止となってしまう。ところがこの時すでに、放棄されて久しい旅客輸送の分野で、別の動きが始まっていた。

一つは、蒸気機関車による観光列車の運行だ。1994年にDBVのもとで、「ヴィルダー・ローベルト」振興協会 Förderverein "Wilder Robert"(下注)が設立されている。ミューゲルン駅に本拠を置いた協会によって、残存するIV K形機関車を使った特別運行が開始された。それと並行して、ミューゲルン駅構内の鉄道施設や車両群の復元や改修も進められた。

*注 ヴィルダー・ローベルト(荒くれローベルトの意)は、IV K形蒸機につけられたあだ名。

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蒸気運行の案内板、次回は4月14日とある
 

もう一つは、1995年にオーシャッツ~アルトミューゲルン間で再開された通学輸送だ。これは主にオーシャッツのギュムナージウム(文科高等中学校)に通う生徒たちが利用するもので、バスに比べて輸送力が大きい点が評価された。2006年には現在の終点グロッセン Glossen まで線路が復元され、通学列車の運行区間も延長されている。

一方、支線のネビッチェン~ケムリッツ間は、2006年に線路の損傷が発見されて以来、通行できなくなっていた。だが、カオリン鉱山の観光開発を目ざして2017~18年に復旧工事が実施され、再び運行が可能になった。

こうして2021年現在、列車が走れる区間は、オーシャッツ~ミューゲルン~グロッセン間の「本線」16.0kmと、ネビッチェン~ケムリッツ間の「支線」2.7kmの、計18.7kmにまで延びている。なお、運行業務は2013年から、ツィッタウ狭軌鉄道 Zittauer Schmalspurbahn の事業者であるザクセン・オーバーラウジッツ鉄道会社 Sächsisch-Oberlausitzer Eisenbahngesellschaft (SOEG) に委託されており、2本の鉄道は車両の運用などを通して密接な関係にある。

デルニッツ鉄道の起点オーシャッツへは、ライプツィヒ中央駅から1時間ごとに走る「サクソニア Saxonia」のRE(レギオエクスプレス、快速列車)で36分だ。ドレスデンからも1時間少しで着く。

オーシャッツのDB駅舎は、無人化された後、長らく荒廃していたが、2018年に自治体の手で全面改修され、見違えるようにきれいになった。内部に設置されたインフォメーションオフィスの運営はデルニッツ鉄道が受託しており、乗車券もここで購入することができる。

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(左)REでオーシャッツ駅に到着
(右)改修前(2013年)のオーシャッツ駅舎
  当時、内部は閉鎖されていた
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オーシャッツ駅改修後の開所式(2018年)
© 2018 www.doellnitzbahn.de
 

小ぢんまりした駅前広場の斜め向かいに、デルニッツ鉄道の乗り場がある。カーブした島式ホームにクラシックな木組みの屋根がかかり、地方鉄道らしい風情を感じる始発駅だ。狭軌鉄道の駅舎はないので、用があるならDB駅舎で済ませておく必要がある。

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オーシャッツの狭軌駅に列車が入線
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木組みの屋根がかかる島式ホーム
機関車は折返し運転に備えて機回し中
 

では、さっそく列車に乗り込むとしよう。発車すると、まずは駅前通りに沿って南下していく。線路に目をやると、狭軌線の左側にもう1本、レールが並走している。これは、駅から近くの工場群へ通じていた標準軌の引込線の痕跡だ。引込線はもう使われていないが、約500m続く3線軌条はまだ残されている。

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(左)オーシャッツ駅南方に残る3線軌条
(右)オーシャッツ駅方を望む(1982年)
  標準軌線は狭軌駅の南側で合流していた  
   Photo by Falk2 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

列車はこの後、小さなガーダー橋を渡り、右を流れる小川と左の道路に挟まれる形で進む。この小川が鉄道名になったデルニッツ川で、かつてはその西側にオーシャッツ旧市街を囲む市壁が築かれていた。中間の停留所はすべてリクエストストップなので、乗降がなければ通過する。

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(左)デルニッツ川橋梁
(右)旧市街の東で川と道路に挟まれて走る
 

次に停車するオーシャッツ・ジュート(南)Oschatz Süd 駅は、列車交換ができる待避線をもっている。旧市街の南縁に接しているため、1950年代には毎日2000人の利用者で賑わったという主要駅だ。今も、通学列車でトーマス・マン・ギュムナージウム Thomas Mann Gymnasium に通う生徒たちが乗り降りする。

構内北側にある旧 鉄道員宿舎は、「ヴィルダー・ローベルト」振興協会によってすっかり改装された。デルニッツ鉄道をテーマにしたHOゲージの鉄道模型や、鉄道絵はがきコレクションの展示館になっていて、蒸機運行日に公開される。

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オーシャッツ・ジュート駅の旧宿舎
現在は展示施設に(2017年)
Photo by Radler59 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

この先は、デルニッツ川が静かに流れる浅い谷の中を行く。谷を堰き止めたローゼン湖 Rosensee を左手に眺めた後は、雑木林と畑地が交錯する車窓が続く。次の停車はナウンドルフ Naundorf (b. Oschatz) だ。錆びついてはいるものの、ここにも待避線がある。周りは丘陵の広々とした景色が開け、列車は道路に沿った長いストレッチを淡々と走っていく。

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ナウンドルフの前後では丘陵の景観が広がる
 

急なS字を曲がり終えれば、狭軌鉄道網の中心だったミューゲルン Mügeln (b. Oschatz) 駅の構内だ。最盛期から見れば縮小されているのだろうが、今でも10本近い側線が並んでいて、狭軌の駅としてはかなりの規模に見える。

ここの駅舎も自治体によって改装され、「ジオポータル・ミューゲルン駅 Geoportal Bahnhof Mügeln」という名でインフォメーションオフィスが入居している。構内のオーシャッツ方(東側)には、振興協会が拠点にしているレンガ造りの機関庫が見え、周りの側線には客車や貨車がずらりと留置されている。

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拠点駅の面影を残すミューゲルン駅構内(2015年)
Photo by Bybbisch94-Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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改修後のミューゲルン駅舎(2020年)
Photo by Radler59 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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(左)ミューゲルン駅の機関庫
(右)内部ではイベントに使う蒸気駆動のドライジーネを整備中
 

駅を後にした列車は、右カーブで駅前通りを横断し、町の北側をかすめていく。右手に、円塔のあるルーエタール城 Schloss Ruhethal が見えてくる。アルトミューゲルン Altmügeln に停まった後は、また道路とともに畑の中を行く。一帯の肥沃な丘陵地はテンサイ(砂糖大根)の産地で、昔は秋の収穫期になると、専用の運搬列車が狭軌線を行き交ったという。

そのうちに、長くまっすぐな側線のあるネビッチェン駅に停車する。駅と言っても周りに集落はなく、信号所というほうが正確だろう。というのも、ここはケムリッツ方面の支線の分岐点だからだ。

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ルーエタール城の前を行く
右写真はミューゲルン方を望む(東望)
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(左)ネビッチェン駅はさながら信号所
(右)ケムリッツ方面の線路
  撮影当時(2013年)は復活工事前で、行き止まりだった
 

ケムリッツ Kemmlitz (b. Oschatz) へは支流ケムリッツ川の浅い谷を遡っていくが、勾配は最大20‰と、本線よりも険しい。ケムリッツの集落の中で大きく左カーブすれば、カオリン工場の大きな建物群が見えてくる。終点は、工場敷地のすぐ横だ。

これに対して本線は、ネビッチェンから直進し、ほどなく着くグロッセン Glossen (b. Oschatz) が終点になる。村の前に3本の線路が並ぶ静かな駅だが、ホームに並行するレンガ橋脚の高架橋が目を引く。これは「グロッセン簡易軌道展示施設 Feldbahnschauanlage Glossen」と称する保存鉄道の構造物だ。

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終点グロッセン駅を西望
 

高架橋には600mm軌間の線路が敷かれている。復元展示に見られるとおり、かつて近くにある石英鉱山から鉱石を積んだトロッコ列車がここへ上り、750mm軌間のロールワーゲンに載せられた標準軌貨車に積荷を移していた。つまり、600mm→750mm→1435mm の順に貨物をリレーしていたのだ。

石英鉱はとうに閉山してしまったが、自治体によって一帯の施設が保存され、1995年に初めて公開された。600mmの簡易軌道は、グロッセン駅の北方にある鉱山跡から1.2kmの間続いていて、デルニッツ鉄道の蒸気運行日に合わせてトロッコ列車が運行されている。

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グロッセン簡易軌道展示施設の
600mmトロッコから1435mm貨車への積替え設備
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(左)狭軌ホームに並行する高架橋
(右)高架橋の端部、橋上は立入禁止に
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石英鉱山跡
(左)各種機関車が待機中
(右)車庫横の荷役クレーン
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訪問時は軌道の保線作業が行われていた
 

ところで、グロッセンが終点になっている750mm狭軌線だが、以前はさらに西のヴェルムスドルフ方面へ延びていた。ヴェルムスドルフの町は、アウグスト強健王 August der Starke の豪壮なロココ式城館で、「ザクセンのヴェルサイユ」と称されるフーベルトゥスブルク Schloss Hubertusburg があることで有名だ。

デルニッツ鉄道は2014年に、ヴェルムスドルフまでの路線再建を検討すると発表している。旧 ヴェルムスドルフ駅付近の線路はダム湖(デルニッツ湖 Döllnitzsee)の底に沈んでしまったので、ダムの手前に新しい終着駅を造るのだという。延伸区間の長さは4.6kmになる。計画が実行に移されたとはまだ伝わってこないが、夢の膨らむ話ではある。

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フーベルトゥスブルク宮殿(2013年)
Photo by Dr. Bernd Gross at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

最後に、乗車券と2021年現在の運行状況について。

デルニッツ鉄道は、ライプツィヒを中心とする中央ドイツ運輸連合 Mitteldeutscher Verkehrsverbund (MDV) に加盟しているので、MDV所定のゾーン運賃が適用される。そのため、MDV圏内ならDB線や路線バスなどと、通しの切符で乗車可能になっている。また、MDVのゾーン別1日乗車券など、MDVの各種企画券も有効だ。いずれも蒸気列車では追加料金がかかる。

ちなみに2021年現在、オーシャッツ~グロッセン間(2ゾーン)の大人片道運賃は3.70ユーロ、蒸機の場合は追加料金を含め6.70ユーロだ。

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グロッセン駅に到着した蒸気列車
 

運行は、平日適用の通学ダイヤ Fahrplan Schulzeit と、週末の休日ダイヤ Fahrplan Ferienzeit に区別される。

通学ダイヤでは、2018年に導入された気動車により、オーシャッツ~ミューゲルン間に1日4往復が走る。一部の便はグロッセンまで足を延ばすが、支線のケムリッツ方面はオンデマンドタクシーによる代行だ。また、学休期間は全面運休になる。

休日ダイヤでは、夏のシーズンやクリスマス期間を中心に観光列車が運行される。1日2~3往復設定されているが、蒸気列車 Dampfzüge の日とディーゼル列車 Dieselzüge の日があるので、運行カレンダーで確かめておく必要がある。

なお、路線バスの803系統(オーシャッツ駅~ミューゲルン)と、816系統(ミューゲルン~グロッセン~ヴェルムスドルフ~ダーレン Dahlen)が、デルニッツ鉄道のルートをカバーしている。両者はミューゲルン駅の西1.2km(町の反対側)にあるミューゲルン・バスターミナル Mügeln Busbahnhof で接続する。時刻表、路線図は MDV の公式サイト https://www.mdv.de/ を参照されたい。

次回はプレスニッツタール鉄道を訪ねる。

写真は別途クレジットを付したものを除き、2013年4月に現地を訪れた海外鉄道研究会のS. T.氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
デルニッツ鉄道 https://www.doellnitzbahn.de/
DBV「ヴィルダー・ローベルト」振興協会 https://www.wilder-robert.de/
グロッセン簡易軌道展示施設協会 http://www.feldbahn-glossen.de/

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