「保存鉄道・観光鉄道リスト」ドイツ西部編では、ノルトライン・ヴェストファーレン Nordrhein-Westfalen、ヘッセン Hessen、ラインラント・プファルツ Rheinland-Pfalz、ザールラント Saarland の各州にある鉄道を取り上げている。その中から主なものを紹介しよう。
ライン左岸線オーバーヴェーゼル Oberwesel 付近を行くEC列車(2015年) Photo by Rob Dammers at wikimedia. License: CC BY 2.0 |
ドイツ「保存鉄道・観光鉄道リスト-ドイツ西部」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_germanyw.html
「保存鉄道・観光鉄道リスト-ドイツ西部」画面 |
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まずは、ドイツを代表する観光エリアを通る一般旅客路線から。
項番28 DB ライン左岸線(ミッテルライン鉄道)DB Linke Rheinstrecke (Mittelrheinbahn)
項番27 DB ライン右岸線 DB Rechte Rheinstrecke
ドイツで車窓風景が最も美しい路線は? と問われたら、多くの人がライン川沿いのこの路線を挙げることだろう。滔々と流れる大河と行き交う船、岩山にそびえる古城や要塞、斜面を覆うブドウ畑。ロマン派の絵画のような景色には何度乗っても目を奪われる。高速線を疾走するICEもありがたいが、時間が許すならこのルートでゆっくり旅したいと思う。
ライン左岸線は、川の左岸すなわち西側に沿うDB(ドイツ鉄道)の幹線で、ケルン中央駅 Köln Hbf を起点に、ボン Bonn、コブレンツ(コーブレンツ)Koblenz、ビンゲン Bingen(Rhein) を経由してマインツ中央駅 Mainz Hbf まで181km。近年は「ミッテルライン鉄道 Mittelrheinbahn」の呼称が浸透している。
主要都市間を連絡しているため、2002年にケルン=ライン/マイン高速線 Schnellfahrstrecke Köln–Rhein/Main が開通するまでは、優等列車が日夜頻繁に行き交っていた。速達便は高速線に移し替えられて久しいが、今でも普通列車とともに、中間都市に停車するICEやICが30分間隔で走っている。
オーバーヴェーゼル、対岸からの眺め(2018年) Photo by Calips at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
一方、ライン右岸線は、右岸すなわち東側を走るDB路線だ。ケルン中央駅を出てすぐ右岸に渡り、トロイスドルフ Troisdorf でジーク線 Siegstrecke を分けた後、ライン川に沿って、ヴィースバーデン東 Wiesbaden Ost 駅まで179km。中間にあまり大きな町はないので、主に長距離貨物列車の運行経路になっている。旅客列車は各停(RB)と快速(RE)だが、コブレンツ中央駅を経由または起終点にしているため、必ず左岸に戻る。
どちらのルートも全線で眺めが良いが、見どころの中心は、やはり後半のコブレンツから左岸はビンゲン、右岸はリューデスハイム Rüdesheim の間だろう。この区間は、世界文化遺産に登録された「ライン渓谷中流上部 Oberes Mittelrheintal の文化的景観」を貫いていて、有名なローレライ Loreley の断崖をはじめ、冒頭述べた古城やブドウ畑の集中度も高い。
左岸線ならザンクト・ゴアール Sankt Goar、オーバーヴェーゼル Oberwesel、バハラッハ Bacharach、右岸線ならザンクト・ゴアールハウゼン Sankt Goarhausen 等々、魅力的な町や村を次々と通っていくので、ついつい途中下車の誘惑に駆られる。
ローレライトンネル南口(2010年) Photo by Joachim Seyferth at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番32 DB モーゼル線 DB Moselstrecke
モーゼル線は、ライン左岸線(項番28)のコブレンツ中央駅 Koblenz Hbf から西へ向かう。ライン川の主要支流モーゼル川 Mosel に沿って、古都トリーア Trier まで長さ112kmの路線だ。
19世紀後半の帝国時代、首都ベルリンと、普仏戦争で獲得したアルザス=ロレーヌ(ドイツ語でエルザス=ロートリンゲン Elsaß-Lothringen)とをつなぐ長距離戦略路線、いわゆる「大砲鉄道 Kanonenbahn(下注)」の一部として建設された。しかし今は地域輸送とともに、ザールラント Saarland やルクセンブルク Luxembourg へ行く中距離列車(RE)のための亜幹線の地位に落ち着いている。
*注 大砲鉄道の詳細は「ドイツ 大砲鉄道 I-幻の東西幹線」「同 II-ルートを追って 前編」「同 III-後編」参照。
ライン左岸・右岸線とは異なり、風光明媚な川沿いの区間は前半区間の約60kmに限られる。具体的にはブライ Bullay の3km先、ライラーハルストンネル Reilerhalstunnel の手前までだ。その後は蛇行する川から離れ、平たい盆地の中を直進していく。
起点のコブレンツを出て最初の橋で川の左岸(北側)に移ると、しばらく川沿いをおとなしく遡る。コッヘム Cochem からブライの前後がハイライトだ。まず、長さ4205mと、高速線以外ではドイツ最長の皇帝ヴィルヘルムトンネル Kaiser-Wilhelm-Tunnel を抜ける。モーゼルワインのブドウ畑を眺めた後は、アルフ=ブライ二層橋 Doppelstockbrücke Alf-Bullay、ピュンダリッヒ斜面高架橋 Pündericher Hangviadukt と、土木工学上の名所を渡っていく。
*注 モーゼル線の詳細は「モーゼル渓谷を遡る鉄道 I」「同 II」参照。
アルフ=ブライ二層橋(2015年) Photo by Henk Monster at wikimedia. License: CC BY 3.0 |
ピュンダリッヒ斜面高架橋(2020年) Photo by Kora27 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
次は、私設の鉄道博物館に着目してみよう。構内施設や車両コレクションの充実にとどまらず、館外に保存運行用の独自ルートを確保しているところが共通点だ。
項番9 ボーフム鉄道博物館 Eisenbahnmuseum Bochum
ルール地方 Ruhrgebiet で有名なのは、ボーフム Bochum 市南西部のルール川沿いにあるボーフム鉄道博物館だろう。1969年に閉鎖されたルールタール鉄道 Ruhrtalbahn の鉄道車両基地を愛好家団体、ドイツ鉄道史協会 Deutsche Gesellschaft für Eisenbahngeschichte e. V. がそのまま引き継いで、1977年に開館した。地区の名からボーフム・ダールハウゼン鉄道博物館 Eisenbahnmuseum Bochum-Dahlhausen とも呼ばれ、私設ではドイツ最大と言われる。
施設の中核になっている扇形機関庫は14線収容の大型で、その後ろにそびえるワイングラスのような給水塔も目を引く。2棟ある車庫兼展示ホールと併せて、公開日には多くの訪問者で賑わう。
保存運行は、ルールタール鉄道の線路を使って行われている。鉄道博物館を出発して、ルール川をさかのぼり、ヴェンゲルン・オスト(東駅) Wengern Ost までの23.4kmだ。ルールタール鉄道は、沿線の鉱山で採掘される石炭を搬出する目的で造られたが、現在は、一部区間がSバーンのルートに利用されている以外、休業ないし廃線状態で、通しで走るのはこの保存列車が唯一だ。
運行日はシーズン中の月3回設定され、蒸気列車の日とレールバスの日がある。距離が長いので、片道でも80~90分と乗りごたえも十分だ。ルール地方は言わずと知れたドイツの主要工業地帯だが、川沿いは緑にあふれ、のびやかな車窓風景が続いている。
ボーフムの扇形機関庫に揃う蒸機群(2010年) Photo by Hans-Henning Pietsch at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 DE |
項番26 ダルムシュタット・クラーニッヒシュタイン鉄道博物館 Eisenbahnmuseum Darmstadt-Kranichstein
ダルムシュタット Darmstadt は19世紀、ヘッセン大公国の首都だったという歴史を持つ古都だ。その北東郊に、ダルムシュタット・クラーニッヒシュタイン鉄道博物館「鉄道世界」Eisenbahnmuseum Bahnwelt Darmstadt-Kranichstein がある。
ここも大規模な標準軌車両博物館の一つで、旧ライン=マイン鉄道 Rhein-Main-Bahn(下注)の運行拠点だった車両基地の跡地を利用して、同名の愛好家団体が1976年に開設した。扇形機関庫を中心とした施設に、10両以上の本線用蒸機を含む車両コレクションが揃っている。
*注 マインツ Mainz~ダルムシュタット Darmstadt~アシャッフェンブルク Aschaffenburg 間を結んだ鉄道。現RB75系統のルート。
この団体はまた、路面軌道車両の保存にも携わっていて、それが同じクラーニッヒシュタインにある市電ターミナルの車庫に収容されていた。この路面軌道部門の名物が、路面用小型蒸機「火を吐くエリーアス Feuriger Elias」の公開運行だ。
*注 「火を吐くエリーアス」は蒸気機関車の一般的なあだ名。旧約聖書で、エリヤ(エリーアス)が火を噴く馬車とともに天に昇っていったことから。
その後、この車庫が使えなくなったため、蒸機は現在、ダルムシュタット南郊のエーバーシュタット Eberstadt にある市電車庫に保管されている。公開運行は今年(2024年)の場合、5月の日曜祝日にエーバーシュタットから市電6、8系統のルートで、終点アルスバッハ Alsbach まで往復した。主に道端軌道だが、途中のゼーハイム Seeheim に狭い街路の併用区間がある。また、9月にはダルムシュタットの市街地でイベントが開催される。こちらは、シュロス(城内)Schloß と呼ばれる中心街を蒸気列車が走行する。
シュロスの路面軌道を行く「火を吐くエリーアス」(2009年) Photo by Tobias Geyer at wikimedia. License: CC BY |
項番23 フランクフルト簡易軌道博物館 Frankfurter Feldbahnmuseum
フランスのドコーヴィル Decauville 社に代表される600mm軌間の「フェルトバーン(簡易軌道)Feldbahn」は、軽量で運搬、敷設、撤去が容易なことから、産業用、軍事用として世界に普及した。ドイツでも、オーレンシュタイン・ウント・コッペル Orenstein & Koppel (O&K) を筆頭に、ユング Arnold Jung、ヘンシェル Henschel & Sohn など多数の会社が製造を手掛けて広まった。
フランクフルト・アム・マイン市内西部のボッケンハイム Bockenheim に拠点を置くフランクフルト簡易軌道博物館は、これらの狭軌車両を収集・保存している鉄道博物館だ。現在地での開館は1987年。コレクションはすでに、蒸気機関車20両(うち13両が運行可能)、ディーゼル機関車34両を含め70両以上の機関車と約200両の客貨車にも及び、この軌間ではドイツ最大だ。収容するための車庫も今や3棟目が建っている。
博物館自体は毎月第1金曜・土曜に公開されるが、列車の運行は月1回程度だ。走行軌道の総延長は約1.5kmで、博物館の北側に広がるレープシュトック公園 Rebstockpark の園内をT字状に延びている。T字の縦棒の足もとが博物館で、列車はそこから出て、見通しのいい芝生の上に敷かれたT字の横棒に移り、両端で折返しのための機回しをして、また博物館に戻ってくる。
簡易軌道博物館の公開日(2018年) Photo by NearEMPTiness at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
続いては、標準軌の蒸気保存鉄道について
項番18 ヘッセンクーリエ Hessencourrier
ヘッセン Hessen の速達便を意味するヘッセンクーリエは、1972年に運行を開始したヘッセン州最初の保存鉄道だ。カッセル Kassel の鉄道の玄関口、カッセル・ヴィルヘルムスヘーエ Kassel-Wilhelmshöhe 駅の南端にある保存鉄道の車庫から、蒸気列車が出発する。
ルートになっているナウムブルク線 Naumburger Bahn は延長33.4kmのローカル線で、旅客輸送は1977年に廃止され、貨物輸送も一部区間を除いてもう行われていない。終点はナウムブルク Naumburg (Hessen) という、ハーフティンバーの家並みが連なる田舎町だ。
片道90~95分の長旅だが、途中の見どころは大きく二つある。
一つは、市内トラムとの共存区間だ。フォルクスワーゲンの工場の前でカッセル市電の線路が右から合流してくる。そこからグローセンリッテ駅 Bahnhof Großenritte までの3.3kmの間は、トラムも同じ線路を走ることになる。軌間は同じ標準軌だが、車両限界が大きく異なるため、途中の停留所には、ホームの張出しや4線軌条などさまざまな工夫が施されている。蒸気列車はそこを、制限20km/hでそろそろと通過していく(下注)。
*注 詳細は「ナウムブルク鉄道-トラムと保存蒸機の共存」参照。
二つ目は、市電乗入れ区間が終わった後に控えている急坂だ。最大28.6‰の勾配で、郊外の山裾をくねくねと巻きながら上っている。蒸機にとってはまさに山場で、力強い推進音が車内にも聞こえてくる。標高403m、峠の駅ホーフ Hof まで上りきれば、残りは丘陵地帯を縫う穏やかなルートになる。
終点ナウムブルク駅舎(2015年) Photo by Feuermond16 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番35 カッコウ鉄道 Kuckucksbähnel
ヘッセン州南西部のプフェルツァーヴァルト(プファルツの森)Pfälzerwald に、カッコウが鳴くのどかな谷間を行く蒸気列車がある。まだ一般運行だった時代から、地元の人は親しみを込めて「クックックスベーネル(カッコウ鉄道)Kuckucksbähnel」 と呼んできた。
鉄道の起点は、マンハイム Mannheim とザールブリュッケン Saarbrücken を結ぶDB幹線の途中駅ランブレヒト Lambrecht (Pfalz)。ここからシュパイアーバッハ川 Speyerbach に沿ってエルムシュタイン Elmstein という小さな町まで、線路は13.0km延びている。曲がりくねる谷をトンネル無しでさかのぼるため、反転カーブが連続するローカル線だ。
列車は、近くの町ノイシュタット Neustadt にある鉄道博物館(下注)で仕立てられている。上述したボーフムと同じく、ドイツ鉄道史協会が運営している旧 車両基地だ。そのため、1日2往復のうち、第1便の往路はノイシュタット中央駅発、第2便の復路は同駅着になっている。ノイシュタットとランブレヒトの間はDB線に乗入れ、架線下を走る。
*注 ノイシュタットの地名は全国各地にあるので、正式にはノイシュタット・アン・デア・ヴァインシュトラーセ Neustadt an der Weinstraße(ワイン街道沿いのノイシュタットの意)という。したがって博物館名も、ノイシュタット・アン・デア・ヴァインシュトラーセ鉄道博物館 Eisenbahnmuseum Neustadt/Wstr.。
ノイシュタットは、赤ワインの産地をつないでいるドイツワイン街道 Deutsche Weinstraße の中心都市だ。カッコウ鉄道の蒸気保存列車は、町を訪れる観光客にとってアトラクションの有力な選択肢になっている。
カッコウ鉄道の蒸気列車 エルフェンシュタイン Erfenstein 停留所にて(2010年) Photo by Fischer.H at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番22 フランクフルト歴史鉄道 Historische Eisenbahn Frankfurt
フランクフルト・アム・マイン Frankfurt am Main は、ヨーロッパの金融の中心地だ。マイン川のほとりに、2014年に完成した欧州中央銀行 Europäische Zentralbank のスタイリッシュな高層ビルがそびえている。その建物と川岸との間にある公園に、年数回、古典蒸機や赤いレールバスによる観光列車が現れる。
1978年に設立されたフランクフルト歴史鉄道協会 Historische Eisenbahn Frankfurt e.V. が実施しているこの保存運行は、マイン川沿いに残されたフランクフルト港湾鉄道 Hafenbahn Frankfurt と呼ばれる単線の線路が舞台だ。本来は貨物線なのだが、中心部では路面軌道や道端軌道、さらには公園の芝生軌道にも変身し、都市景観にすっかり溶け込んでいる。
列車の起終点は、旧市街レーマー広場 Römer に近い歩行者専用橋アイゼルナー・シュテーク Eiserner Steg のたもとだ。走行ルートは2方向で、東港コースは、ここから東進してマインクーア Mainkur の信号所まで(下注)、また西港コースは西進してグリースハイム Griesheim の貨物駅まで、それぞれ行って折り返してくる。
*注 東港コースでは、欧州中央銀行ビルの完成に合わせて停留所が新設され、乗降ができるようになった。
協会関連ではもう一つ、鉄道ファンが楽しみにしている年中行事がある。ペンテコステ(聖霊降臨日)に催されるケーニヒシュタイン・イム・タウヌスの駅祭り Bahnhofsfest Königstein im Taunus だ。
フランクフルトの鉄道愛好家団体がこぞって参加する祭りで、港湾鉄道ではゆっくりとしか走れない蒸機が、この日ばかりは「出力全開でタウヌスへ Mit Volldampf in den Taunus」をモットーに、フランクフルト・ヘーヒスト Frankfurt-Höchst から会場の駅まで、ケーニヒシュタイン線 Königsteiner Bahn の上り坂を数往復する。
EZB(欧州中央銀行)停留所のレールバス(2015年) Photo by Urmelbeauftragter at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
ケーニヒシュタイン駅祭り(2007年) Photo by EvaK at wikimedia. License: CC BY-SA 2.5 |
メーターゲージ(1000mm軌間)の蒸気保存鉄道もいくつかある。
項番17 ゼルフカント鉄道 Selfkantbahn
ゼルフカント鉄道は、ドイツ最西端、オランダ国境間近のゼルフカント Selfkant 地方で、1971年から50年以上の歴史をもつ老舗の保存鉄道だ。走っているルートはもとガイレンキルヘン郡鉄道 Geilenkirchener Kreisbahn といい、標準軌線から離れたこの地域の小さな町を縫いながら、オランダ国境まで延びていた延長37.7kmの軽便線だった。
衰退する軽便線の例にもれず、ここも1950年代から段階的に廃止されていくが、1973年に全廃となる前に、鉄道愛好家たちが一部区間を借りて保存運行を始めた。これが現在のゼルフカント鉄道の起源になる。現在のルートは5.5kmと、全盛時に比べればささやかな規模だが、田舎軽便の面影を色濃く残していて、貴重な存在だ。
起点のシーアヴァルデンラート Schierwaldenrath はのどかな村で、車両基地を兼ねた駅構内が不釣り合いなほど大きく見える。蒸気列車はここから東へ走る。一面の畑と疎林を縫い、いくつかの集落と停留所を経ながら、およそ25分で終点のギルラート Gillrath に到着する。かつて線路はDB線のガイレンキルヘン Geilenkirchen 駅まで続いていたが、すでに撤去され、跡地は小道になっている。
シーアヴァルデンラート駅 20号機ハスペ Haspe と101号機シュヴァールツァッハ Schwarzach(2012年) Photo by Alupus at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
項番30 ブロールタール鉄道「火山急行」Brohltalbahn "Vulkan-Expreß"
「ヴルカーン・エクスプレス(火山急行)Vulkan-Expreß」は、細々とした貨物輸送で存続していたブロールタール鉄道を活性化するために、地元の肝いりで1977年に走り始めた保存観光列車だ。ライン左岸の町ブロール Brohl を起点に、背後のアイフェル高原に向かう。ふだんはディーゼル牽引だが、週末には蒸機も登場する。
アイフェル高原には、小火山やマール、カルデラ湖といった火山地形が点在していて、一部は車窓からも見える。列車の愛称は、スイスの有名な「氷河急行」を連想させ、それとの対比で列車の特色をアピールするものだ。DBの主要幹線(ライン左岸線)に接するという地の利もあって、列車は確実に人気を得てきた。今もシーズン中は、月曜を除きほぼ無休という、保存鉄道には珍しく密な運行体制がとられている。
17.5kmのルートは、高原に源をもつ支流ブロールバッハ川 Brohlbach に沿って続く。しばらくは谷の中で、周囲が開けてくるのは、連邦道A61 の高架をくぐったニーダーツィッセン Niederzissen あたりからだ。サミットのエンゲルン Engeln に至る最終区間には、50‰の急勾配があり、かつてはラックレールが敷かれていた。
これとは別に、鉄道には港線 Hafenstrecke という、ブロール駅からラインの河港に通じる2.0kmの短い支線もある。こちらは現在、毎週木曜に、ライン川クルーズ船とのタイアップで列車が1往復している。
*注 鉄道の詳細は「火山急行(ブロールタール鉄道) I」「同 II」参照。
DB線をまたぐ港線の高架橋(2010年) Photo by tramfan239 at flickr. License: CC BY-NC 2.0 |
最後に特殊鉄道を2か所挙げておこう。
項番16 ドラッヘンフェルス鉄道 Drachenfelsbahn
ライン川を河口から遡っていくときに、右岸で最初に目に入る山がドラッヘンフェルス Drachenfels だと言われる。山名は、竜(ドラゴン)の岩山を意味する。標高321mとそれほど高くはないが、ライン渓谷の下流側の入口に位置していて、恰好の展望台だ。
1883年、リッゲンバッハ式ラックレールを用いた鉄道が、河畔の町ケーニヒスヴィンター Königswinter から山頂へ向けて建設された。延長1.5km、高度差220mを最大200‰の勾配で上る。スイスのリギ鉄道の全通から10年、ドイツで旅客用として初めて導入されたラック鉄道だった。
現在使われている車両は、全5両のうち4両が1955~60年製だ。車齢から見ればもはや古典機だが、モスグリーンの車体はよく磨かれ、艶光りしている。
鉄道には列車交換ができる中間駅がある。駅名のシュロス・ドラッヘンブルク(ドラッヘンブルク城)Schloss Drachenburg は、付近にある尖塔つきの立派な城館のことだが、実は、鉄道の開通に合わせて実業家の貴族が建てた邸宅だ。12世紀の「本物」の古城は、終点駅から小道を少し登った山頂に、廃墟となって残っている。
*注 鉄道の詳細は「ドラッヘンフェルス鉄道-ライン河畔の登山電車」参照。
山頂駅に向かうラック電車(2021年) © Superbass / CC-BY-SA-4.0 (via Wikimedia Commons) |
項番11 ヴッパータール空中鉄道 Wuppertaler Schwebebahn
川の上を走る懸垂式モノレール、ヴッパータール空中鉄道 Wuppertaler Schwebebahn(下注)は、ルール地方の南に接する産業都市ヴッパータール Wuppertal のシンボル的存在だ。開業は1901~03年で、世界最古のモノレールとされる。
*注 原語の Schwebe は、英語の float に相当し、宙に浮いていることを意味する(吊り下がるという意味はない)。日本語訳の「空中鉄道」は、原語のニュアンスを汲んでいる。
実は、ヴッパータール市の歴史はそれより新しい。ヴッパー川の谷(ヴッパータール)Wuppertal にある3つの町が、南の丘陵上にある2つの町とともに1929年に合併して誕生した。市の中心軸はヴッパー川であり、それに沿うこの鉄道も、地域をまとめる役割の一端を担ったのかもしれない。
フォーヴィンケル Vohwinkel~オーバーバルメン Oberbarmen 間13.3kmのうち、起点側のざっと1/4は道路の上空で、残り3/4が川の上空を通っている。用地確保が難しい市街地を避けた結果だが、流れをまたぐ鉄骨の支柱と蛇行する高架軌道という大掛かりな構造物から、「鋼鉄のドラゴン Stahlharte Drache」のあだ名が生まれた。
モノレールは、平日日中3分おき、日曜祝日でも6分おきという高頻度で走っている。待たずに乗れる便利な移動手段だ。全線の所要時間は約25分。車両は片方向にしか走れないので、終点ではコンパクトな転回ループを通って折り返す。
ちなみに、懸垂式では長い間世界最長の路線でもあったが、1999年に千葉都市モノレールが全線開業して、首位を譲った。
ヴッパー川の上空を行くモノレール ファレスベッカー・シュトラーセ Varresbecker Straße 停留所付近(2016年) Photo by Joinsi at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
次回は、ドイツ南部の主な保存・観光鉄道について。
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