登山鉄道

2024年7月13日 (土)

祖谷渓の特殊軌道 II-祖谷温泉ケーブルカー ほか

前回に引き続き、祖谷渓(いやだに)にある特殊軌道を訪ねる。

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図1 祖谷渓周辺の1:200,000地勢図
 橙色の枠は詳細図の範囲、図2は前回掲載
(右)1978(昭和53)年編集、(左上)1986(昭和61)年編集、(左下)1995(平成7)年要部修正

 

てんとう虫のモノライダー

レジャー向きということなら、より小規模なモノレールが、西祖谷の中心、一宇(いちう)の対岸にある「祖谷ふれあい公園」で稼働している。祖谷渓の入口に位置しているので、アクセスも比較的容易だ。

名づけて「てんとう虫のモノライダー」。低年齢層に的を絞った外観だが、奥祖谷のカブトムシで見慣れたのでもはや気にもならない。線路構造は奥祖谷と違い、平滑レールを欠いた簡易版で、みかん山の運搬用モノレールに近い。車体も小ぶりだ。一応、前後2人乗りというものの、またがり席で奥行きもなく、子どもと大人1人ずつがせいぜいだろう。全長430m、乗車時間は約8分。

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「てんとう虫」乗り場
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カップルなら狭さは問題なし
 

ルートは周回型で、山腹をひとしきり上った後、高台の公園で半回転し、反対側の谷斜面を降りていく。端的に言って遊園地の遊具だが、後半では祖谷渓一帯の眺望がきくし、下り急斜面にヘアピンカーブで乗り出すなど、ささやかながら見どころやスリルもあり、悪くなかった。

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(左)前半は山腹を上る
(右)後半はヘアピンカーブで急降下
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「てんとう虫」から見る祖谷渓、遠景は一宇の集落

祖谷温泉ケーブルカー

祖谷渓にはケーブルカーもある。谷筋に点在する温泉宿で、館外の露天風呂へ客を運んでいるのだ。

大歩危から行くと、祖谷大橋を渡った一宇(いちう)で左折する。集落を抜けた後、V字谷の中腹をくねくねと伝う危うい一本道をたどる。これは、祖谷トンネル開通以前(下注)の祖谷渓を貫くメインルートなのだが、5kmほど先の、いくつ目かの張り出し尾根を回るところに、目指す「ホテル祖谷温泉」が建っている。

*注 祖谷トンネルを含む大歩危~一宇間は、1974年に祖谷渓有料道路として開通したが、1998年に無料化され、現在は県道。

そこは前後数kmにわたって人家の途絶えた場所で、まさにポツンと秘境の一軒宿だ。そのうえ、名物の露天風呂ははるか崖下の祖谷川の河原で湧いているため、旅館の建物から谷底まで、転げ落ちるような急斜面を降りていかなければならず、その間を小型のケーブルカーが結んでいる。

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ホテル祖谷温泉
 

谷底の温泉へ行くケーブルカーといえば、箱根の対星館にあったものが有名だが、老朽化で2009年に嘉穂製作所のスロープカーに転換された後、旅館自体も休業してしまった。同種のものは王子の飛鳥山をはじめ全国各地で導入されているから、もはや珍しいものではない。対する祖谷渓のこれは1984年の開業で、今なおケーブルで車両を上下させている。現在のシステムは2004年に更新された3代目だという。

現地の案内板によれば、車両の諸元は全長9.15m、幅1.60m、高さ2.14mで、乗車定員は17名だ。線路は、上下駅間の距離が250m、標高差170m、レールの勾配はなんと約42度(900‰、下注)もある。鉄道事業法によるケーブルカーの最急勾配は、よく知られた高尾山の31度18分(608‰)だから、それをはるかに上回る。

*注 後述するように一定勾配のため、斜辺と高さの値が正確なら、計算上は42.84度、927.44‰になる。

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本館と谷底の露天風呂を結ぶケーブルカー
 

旅館内施設ではあるものの、宿泊客だけでなく日帰り客も利用できるというので、モノレールの帰りに立ち寄った。フロントで1700円の日帰り入浴料を払って、通路を奥へ進む。乗り場のドアを開けると屋根は架かっているものの屋外で、V字の谷が見晴らせる。下を覗くと、ちょうどナローゲージに似た馬面のキャビンが上ってくるところだった。

ケーブルカーのルートは直線で、勾配も一定、あたかもエレベーターを斜めに立てかけたようだ。線路が降下していく先に、祖谷川の白濁した流れもかいま見える。

降りる客と入れ替えに、キャビンに乗り込んだ。車内は通路左右に1人席が配置され、長手方向は、勾配に合わせて思い切り急な階段になっている。乗員はおらず、セルフサービスの運行方式だ。最後に乗り込む人が乗り場のドアを閉め、車両のドアも閉める。そして進行方向の窓下にある「上り」「下り」のボタンを押せば、動き出す。所要時間は片道約5分だ。

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(左)急階段の車内
(右)前面車窓は額縁に嵌った絵画のよう
 

下降し始めはちょっと怖い。かぶりつきから見る景色が文字どおり千尋の谷底で、傾斜の感覚は42度どころか、それをはるかに超えているからだ。しかし動きはゆっくりで、加速もしないからすぐに慣れる。行路が半ばを過ぎると、木々の間から河原の眺望が開けてきた。直下のデッキで休憩している先客たちの姿もだんだん大きくなる。涼しげな川の水音が耳に届いてきて、間もなく下の駅に到着した。

鉄道趣味はここまでにして、後は温泉巡りの喜びに浸りたい。河原に面した露天風呂は天然かけ流しのアルカリ泉で、ぬるめの湯なのでゆっくりつかれた。その後は川べりに設けられたテラスに出て、幽谷を抜けていく風に吹かれる。日帰りで慌ただしく訪ねたことを正直後悔した。

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谷底から仰ぐ急傾斜路
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露天風呂に隣接する祖谷川べりのテラス
 

再びケーブルカーで本館に戻ったときに、フロントの人と言葉を交わした。「いいお風呂でした。もとの目的はケーブルカーに乗ることだったんですが」と告白すると、相手も笑いながら「そうでしたか。では、かずら橋のホテルも行かれましたか? あちらは逆に山を上っています」。

下調べが粗くて見落としていたのだが、その「新祖谷温泉ホテルかずら橋」でも、同じように本館と露天風呂の間をケーブルカーが行き来しているらしい。ネットで検索すると、切妻屋根の下に障子、羽目板壁が施されたとてもユニークなキャビンだ。和室が坂を上り下りする珍景と評されている。

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ホテルかずら橋の和風ケーブルカー
Photo by ブルーノ・プラス at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

これは行っておかないと、とは思うが、この日もう1軒はしごするのは時間的に難しかった。残念だが、次来るときの楽しみにとっておこう。また日帰り入浴では勿体ないし… 自らにそう言い聞かせて、くつろぎの一軒宿を後にした。

というわけで、秘境祖谷渓の知られざる特殊鉄道を巡る旅は、私の中でまだ終わっていない。

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図3 祖谷温泉~かずら橋周辺の1:25,000地形図
 

本稿は、コンターサークル-s『等高線-s』No.17(2021年)に掲載した記事「祖谷渓の「鉄道」巡り」に加筆し、写真と地図を追加したものである。
掲載の地図は、国土地理院発行の20万分の1地勢図徳島(昭和53年編集)、剣山(昭和53年編集)、岡山及丸亀(昭和61年編集)、高知(平成7年要部修正)および地理院地図(2024年6月15日取得)を使用したものである。

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 祖谷渓の特殊軌道 I-奥祖谷観光周遊モノレール
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2024年7月10日 (水)

祖谷渓の特殊軌道 I-奥祖谷観光周遊モノレール

ここで取り上げる奥祖谷観光周遊モノレールは、2022年4月以来、休業が続いている。乗りごたえのあるユニークな乗り物だったので、たいへん残念だ。早期の復活を祈りつつ、2018年10月に訪れたときのようすを振り返りたい。

比高1000mにも達する険しいV字の谷、崖際を心細げにたどる一本道、見上げるほどの高みに点々と張りつく集落…。徳島県西部に位置する祖谷渓(いやだに)は、広域合併で住所が三好(みよし)市になった(下注)というものの、今なお秘境と呼ぶにふさわしいエリアだ。

*注 祖谷渓のかつての行政単位は、三好郡西祖谷山村(にしいややまそん)および東祖谷山村(ひがしいややまそん)。2006年に、池田町ほか3町と合併して三好市となる。

周辺で鉄道路線と言えるのは、山一つ隔てた吉野川本流に沿って走るJR土讃線が唯一だ。ところが、モノレールやケーブルカーといった特殊鉄道なら祖谷渓の中にも複数存在し、一般客を乗せているという。いったいどんな路線なのか、2回に分けてレポートする。

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秘境祖谷渓
(掲載の写真はすべて2018年10月撮影)
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図1 祖谷渓周辺の1:200,000地勢図
 橙色の枠は詳細図の範囲、図3は次回掲載
(右)1978(昭和53)年編集、(左上)1986(昭和61)年編集、(左下)1995(平成7)年要部修正

 

奥祖谷観光周遊モノレール

阿波池田からレンタカーで国道32号線を南下する。大歩危(おおぼけ)で左折して、ヘアピンカーブの県道を上り詰め、長さ967mの祖谷トンネルを抜ければ、そこはもう山深き祖谷渓だ。整備された2車線道路はかずら橋の入口で終わり、その先は対向不能の狭隘区間が断続的に現れる難路になる。大歩危から延々1時間以上も走った後、菅生(すげおい)地区で脇道に折れ、向かいの山腹をさらに上っていく。こうしてようやく今日の宿「いやしの温泉郷」に着いた。

ちなみに公共交通機関で行く場合は、阿波池田または大歩危駅前から久保行きのバス(四国交通祖谷線)に乗る。終点で三好市営バスに乗り換えて、菅生で下車、そこから徒歩で25~30分というところだ。

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祖谷渓の玄関口、大歩危駅
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祖谷渓の一大名所、かずら橋
 

ここまで来た目的である奥祖谷観光周遊モノレールの乗り場は、宿のすぐ裏手にある。泊まった翌朝、早めにチェックアウトを済ませて、そちらへ向かった。運行開始は8時30分(下注)だが、今は連休中で宿泊客も多い。当日の予定運行数が完売したら、時間内でも受付を中止するという、案内パンフの不穏な警告文が気になっていたのだ。

*注 2018年の運行時間は4~9月が8:30~17:00、10~11月が8:30~16:30だった。なお水曜は運休、また12~3月は全面運休。

8時前に係の人たちが出勤してきて、乗り場のシャッターが開いた。予想に反してその時刻にいた客は、わがグループのほかに家族連れが1組だけ。遅れて何組かやってきたが、皆ゆっくり朝食を楽しんでいたらしい。車両は2人乗りだが、4分間隔で出発するから、この人数なら1時間程度でさばけるだろう。

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観光モノレール駅舎
 

出札窓口で大人2000円の乗車券を買い求めた。悪天候に備えて雨具やカイロも売っている。駅舎は車庫を兼ねていて、走行線に並行する数列の留置線に、車両が数珠つなぎに停めてあった。走行線へはトラバーサー(遷車台)で移動させるのだそうだ。

まず朝の試運転機が、無人で1台出発していった。次が私たち3名で、始発機と2番機に分乗する。車両は1人席が直列に2個並んでいる。前面にカブトムシの目と角がついた遊園地仕様なのが、ちょっと気恥しい。

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乗車券窓口
雨具や使い捨てカイロも売っていた
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(左)車両は遊園地仕様
(右)留置線と本線に移動させるためのトラバーサー
 

出発に先立って、備え付けのトランシーバーの使い方について講習を受けた。人里離れた森の奥では携帯電話が通じないので、これが唯一の連絡手段になる。続けていくつかの注意事項を聞いた。

「シートベルトは常に締めておいてください。急な下り坂では転落する恐れがあるので、足を踏ん張り、前面のバーをしっかり握ってください。

運行状況により、自動で走行と停止を繰り返すことがあります。もし前方に停車中の車両を発見したら、停止ボタンを押してください。立ち往生した時は連絡をもらえば係員が向かいますが、山道を歩いていくので時間がかかります。最大3時間は待ってもらいますので、乗車前に必ずトイレに行っておいてください…。」

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乗り場
 

使われているシステムは、モノレール工業という会社(下注)が開発した産業用モノレールだ。みかん山などで見かける運搬装置(単軌条運搬機)を機能強化したものに他ならない。駆動方式は、主レールに取り付けられた下向きの歯棹に、車体側の歯車を噛み合わせる、いわゆるラック式だ。そのため急勾配に強く、性能上45度の登坂が可能だという。さらに右側に並行する平滑レールで車両を安定させ、左側の給電レールからはモーターの動力を得ている。

*注 モノレール工業株式会社(愛媛県東温市)は2010年7月に破産し、現存しない。

走るルートは延長4.6kmの周回線で、一周するのに65分かかる。しかも、観光周遊というのどかな名称にもかかわらず、実態は登山鉄道で、起点と最高地点との標高差が590mもある。上昇100mにつき気温は0.6度下がるので、3.5度の気温差が生じている計算だ。その間ずっと乗りっぱなしだから、トイレに関する指示も当然のことだろう。

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(左)車体を安定させるための補助輪
(右)駆動輪は上と下からレールを挟む
 

8時43分、出発の時間になった。係の人に見送られて駅舎を出ると、ループを回って杉の植林地に入っていく。

下り線が左側に揃い、複線になってまもなく、交差する林道を乗り越えるために最初の急坂が待ち受けていた。のけぞるような勾配をぐいぐい上るので、早くもラック式の威力を実感する。可動式の座席が、水平を保とうとして前傾するのもおもしろい。距離を所要時間で割った表定速度は毎分70m、時速にすると4.2kmだ。歩速並みのゆっくりしたペースだが、走りは着実で頼もしい。

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(左)交差する林道を急坂で乗り越える
(右)朝一番の試運転機が戻ってきた
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図2 奥祖谷観光モノレール周辺の1:25,000地形図
 

周囲はいつしか人工林から自然林に変わった。コナラ、イヌシデ、コシアブラなどと、樹種を教える名札がそこここに立ててある。ゆっくり観察する時間はないが、自然教室に来た気分だ。発車から約10分後、朝一番に出た試運転機とすれ違った。無事戻ってきたということは、この先の走行に障害がない証しだ。50mごとの標高値を記した札が、いつしか1000mを越えている。

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(左)沿線に樹種の名札
(右)50mごとの標高値を記した札も
 

往路の中盤では、小さな沢が右手に沿う。清水が勢いよく流れ落ち、水音が静寂の林にこだまする。何かの小屋を通り過ぎたところで、下り線が木々の間に消えていった。ここから頂上にかけて、大きなループ、すなわち環状線になっているのだ。

同じ線路でも単線になったとたん、心細さが募ってくるのは不思議だ。運行間隔からして280m四方には誰もいないはずだし、事実、先行している始発機も、最後まで姿を見かけることはなかった。それに乗っていた友人は、途中で鹿が走り去るのを目撃したそうだ。

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沢沿いに上る複線区間
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杉林の中で上下線が分かれる
 

地滑り跡にできたと思われる小さな沼地を通過。どこまで登るのだろう、とやや不安になった頃に、進行方向の視界が開けてきた。稜線に載り、少し上ったところが標高1380mの最高地点(下注)だ。地形的には、四国の屋根の一部をなす三嶺(さんれい)の、中腹に生じた肩の部分にあたる。時計を見ると9時15分、およそ30分かけて登りきったことになる。晴れた日にはこのあたりで東に剣山(つるぎさん)を望めると聞いたが、今日は霧が漂い、視界がきかなかった。

*注 モノレールのパンフレットに従い、1380mとしたが、地形図では、その付近に1385mの標高点が打たれている。

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(左)地滑り跡の沼地を通過
(右)最高地点付近は霧が漂う
 

復路は、下り一方かと思うとそうでもない。地形図の等高線でも読み取れるが、湿原のある小さな谷を巻いていく区間がある。勾配が落ち着き、少しほっとする数分間だ。しかしすぐに鵯(ひよどり)越えの逆落としのような急坂が復活し、上り線と合流する。

同じところをさっき上ってきたはずだが、下りのほうが傾斜感がはるかに強い。乗り場での注意を思い出して、手すりを握り、足を踏ん張った。ピニオンがラックレールとしっかり噛み合っているので、下りでもジェットコースターのような加速はしないから安心だ。

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復路で湿原のある谷を巻く
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(左)下りの急坂
(右)上りより傾斜感が強調される
 

この間に後発機と何度かすれ違う。手を降り返したりするうちに、孤独感はいつのまにか薄れていた。再び林道をまたいで右に曲がると、ゴールの駅舎が見えてくる。9時46分に無事帰着。

秘境奥祖谷の山中を行くこのモノレール、65分の乗車時間は子供連れには長すぎるという意見も目にする。確かに、長時間座席に固定される割には、気晴らしになる眺望も少ないから、レジャー向きとは言えないかもしれない。しかし、林野の植生や山岳地形に興味のある人なら、退屈している暇はないだろう。いわんや、学校で社会科の地図帳に架空の鉄道を落書きしていたような線路好きの私にとっては…。

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ゴールの駅舎が見えてきた
 

次回は、より小規模なモノレールと、温泉宿のケーブルカーを訪ねる。

本稿は、コンターサークル-s『等高線-s』No.17(2021年)に掲載した記事「祖谷渓の「鉄道」巡り」に加筆し、写真と地図を追加したものである。
掲載の地図は、国土地理院発行の20万分の1地勢図徳島(昭和53年編集)、剣山(昭和53年編集)、岡山及丸亀(昭和61年編集)、高知(平成7年要部修正)および地理院地図(2024年6月15日取得)を使用したものである。

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2024年2月 7日 (水)

ニュージーランドの保存鉄道・観光鉄道リスト I-北島

植民地と自治領以来の強い文化的影響を受けて、南半球のイギリス Britain of the South とさえ呼ばれるニュージーランドは、保存鉄道の分野でもその呼び名にふさわしい充実ぶりを見せている。リストに掲げた20数件の路線のうち、主なものを北島と南島に分けて紹介したい。今回は北島について。

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グレンブルック駅の国産蒸機Ja形(左)とWw形(2017年)
Photo by GPS 56 at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

保存鉄道・観光鉄道リスト-ニュージーランド
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_nz.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-ニュージーランド」画面

ニュージーランドの幹線鉄道網は、日本のJR在来線と同じ1067mm(3フィート6インチ)軌間だ。廃止された支線を復活させて、この軌間の保存蒸機やディーゼル機関車を走らせているところがいくつかある。

項番1 ベイ・オヴ・アイランズ・ヴィンテージ鉄道 Bay of Islands Vintage Railway

北島の北側に角のように延びるノースランド半島 Northland Peninsula の一角を、この保存鉄道は走っている。もとは国鉄ノース・オークランド線 North Auckland line の最北端で、オプア支線 Opua branch line とも呼ばれた、内陸から港町に向かうローカル線の一部だ。

*注 オプア支線はノース・オークランド線 North Auckland line で最初の開業区間で、1868年にカワカワの炭鉱からオプア Opua の港へ石炭を運ぶ馬車軌道として造られた。

ベイ・オヴ・アイランズ・ヴィンテージ鉄道は1985年に開業したが、その後、財政難で休止と再開を繰り返した。現在は、支線の中間駅だったカワカワ Kawakawa を拠点に、約7km下ったテ・アケアケ Te Akeake(停留所)までの区間を、蒸気またはディーゼル牽引で往復している。往復の所要時間は90分。

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カワカワ駅で発車を待つ蒸気列車(2009年)
Photo by W. Bulach at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

ルートの呼び物は、カワカワの市街地を貫いている長さ約300mの道路併用区間だ。両端の車道との交差部に信号機はなく、クルマや通行人は阿吽の呼吸で、進入する列車に道を譲る。町を出た後は農地のへりを下っていき、中間駅タウマレレ Taumarere の先に、カワカワ川(!)Kawakawa River に架かる長いトレッスル橋がある。

テ・アケアケは川べりにある暫定の折り返し点で、鉄道はこの先、オプア港までの復元を目標にしている。現行ルートでも車窓はけっこう変化に富んでいるが、将来区間にはトンネルや入江の眺めもあり、魅力はいっそう深まることだろう。

ところで、英語では保存鉄道を通常 "heritage railway" というが、ニュージーランドでは、この鉄道のように "vintage railway" と称することが多い。適切な訳が思いつかないので、リストではすべてヴィンテージ鉄道としている。

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カワカワ市街地の併用軌道(2012年)
Photo by Reinhard Dietrich at wikimedia. License: CC0 1.0
 

項番5 グレンブルック・ヴィンテージ鉄道 Glenbrook Vintage Railway

オークランドでグレンブルック Glenbrook と言えば、誰しも南郊にある同名の製鉄所を思い浮かべることだろう。この保存鉄道は、そこへの貨物線が分岐するワイウク支線 Waiuku branch の末端区間を舞台にしている(下注)。1967年に廃止された区間だが、その10年後に保存団体が、藪を切り開き、本線運行から引退した蒸気機関車や客車をここへ運んで走らせ始めた。今ではそれが、蒸機10両以上を保有する同国有数の保存鉄道に成長している。

*注 ワイウク支線のうち、根元区間のパトゥマホエ Patumahoe ~グレンブルック間は製鉄所への貨物支線として現在も使われている。

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ワイウク郊外を行くJa形重連(2013年)
Photo by GPS 56 at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

鉄道の拠点は、分岐駅のグレンブルックにある。そこから港町ワイウクのヴィクトリア・アヴェニュー Victoria Avenue 駅に至る7.4kmで、シーズンの主として日曜祝日に、かつて本線で使われた蒸機による観光列車が運行されている。

グレンブルックは台地の上で、河口のワイウクへ向けては、牧草地の中に下り坂が続く。往路の蒸機は逆機運転で、終点まで20分間ノンストップだ。機回しの後の復路は上り坂になるため、前を向いた蒸機の力強い走りが期待できる。中間地点のプケオワレ Pukeoware にある鉄道の修理工場で、15分の見学休憩があり、小旅行は往復で70分になる。

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グレンブルック駅の信号所(2013年)
Photo by itravelNZ® at flickr. License: CC BY-NC 2.0

次は、険しい峠越えに挑戦した19世紀の鉄道技術の結晶ともいうべき区間について。

項番9 ラウリム・スパイラル Raurimu Spiral

朝、オークランド Auckland から北島本線の長距離列車ノーザン・エクスプローラー Northern Explorer(下注)に乗り込むと、ちょうどお昼ごろにその鉄道名所にさしかかる。ラウリム・スパイラルとは、北島の中心部、タウポ火山群 Taupo Volcanic Zone の広大な裾野のへりにある、スパイラル(日本でいうループ線)を含んだ複雑な山岳ルートのことだ。

*注 北島の二大都市オークランドとウェリントンを結ぶ観光列車。現在、週3往復で、ウェリントン行きが月、木、土曜日に、オークランド行きが水、金、日曜日に運行される。所要10時間40分~11時間5分。

名所区間は、麓にある標高592mのラウリム Raurimu 旧駅(下注)から始まる。線路は半径151m(7チェーン半)のオメガカーブで反転した後、北斜面に回り込んで、長さ385mのトンネルに入る。この内部にスパイラルの始点があり、もう1本のトンネルを介しながら時計回りに円を描いていく。途中で左車窓に、ラウリム旧駅や先ほど通過した線路が一瞬見えるはずだ。

*注 ラウリム駅は1977年に廃止されたが、待避線は動態で現存する。

地形を巧みに利用したルートによって、鉄道は、勾配を蒸機の牽引能力内の1:50(20‰)に抑えながら、トンガリロ国立公園 Tongariro National Park の玄関口、ナショナル・パーク National Park 駅まで215mの高低差を克服した。この間の直線距離は約6kmだが、路線長は11.6kmとほぼ2倍の長さがある。

オークランドに向かう北行きのノーザン・エクスプローラーも、ナショナル・パーク駅の発車は同じ時刻だ。昼過ぎの時間帯、この名所を通って麓に降りていく。

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空から見たラウリム・スパイラル(2012年)
Photo by Jenny Scott at flickr. License: CC BY-NC 2.0
 

項番11 リムタカ・インクライン Rimutaka Incline

ウェリントンからマスタートン Masterton 方面に通じるワイララパ線 Wairarapa Line には、ニュージーランドの鉄道で第2の長さを誇る8798mのリムタカトンネル Rimutaka Tunnel がある。トンネルとその前後区間は1955年の開通だ。

それ以前の旧線は、まったく別の峠越えルートを通っていた。特に東斜面には3マイル(4.8km)の間、平均66.7‰という極めて急な勾配区間があった。そこで使われていたのがフェル式 Fell system だ。これは、2本の走行レールの間に双頭レールを横置きし、それを車両側の水平駆動輪で左右から挟むことによって推進力を高める方式で、幹線で20世紀半ばまで使用していたのは、この区間が唯一だった。

麓の基地にはそのための蒸気機関車H形が配置され、戦後に導入された気動車も、センターレールは使わないものの、それに支障しないよう車高を上げた特別仕様車だった。

新線開通後、廃線跡は峠のトンネルを含めて、リムタカ・レール・トレール(自転車・徒歩道)Rimutaka Rail Trail に転用され、保存されている。役目を終えたH形蒸機は1両だけ残され、東麓のフェザーストン Featherston に設立されたフェル機関車博物館 Fell Locomotive Museum で静態展示されている。これとは別に、西麓のメイモーン Maymorn 駅構内では、リムタカ・インクライン鉄道遺産財団 Rimutaka Incline Railway Heritage Trust が、峠区間の復元を目標にして活動中だ。

*注 詳細は「リムタカ・インクライン I-フェル式鉄道の記憶」「同 II-ルートを追って」参照。

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現役時代のサミット駅(1880年代)
Photo from Godber Collection, Alexander Turnbull Library at wikimedia. License: public domain
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サミットトンネル東口、トンネル内部に続くフェル式レール(1908年)
Photo from Godber Collection, Alexander Turnbull Library at wikimedia. License: public domain

軽便線や市内軌道、鋼索線にもそれぞれ見どころがある。

項番2 ドライヴィング・クリーク鉄道 Driving Creek Railway

3km走る間にトンネル3本、橋梁10本、オメガループが2か所、スイッチバックは5か所…。しかも7番目の橋梁は2層建てで、タイミングを合わせた続行列車と、上下両層で同時に渡っていく。最後に控えるスイッチバックは、尾根から空中に突き出たデッドエンドで、乗客は見晴らしに感嘆しつつも目の前のスリルに肝を冷やす。

ドライヴィング・クリーク鉄道は、北島コロマンデル半島のコロマンデル Coromandel 郊外にある381mm(15インチ)軌間の観光鉄道だ。技巧を凝らして手造りされたレイアウトは、テーマパークのアトラクションも顔負けのレベルに達している。

意外なことに、鉄道の創設者は陶芸家だった。彼は1975年に、陶芸工房で使う粘土と薪を山から運び下ろすために軌道を造り始めた。ところが、工房を訪れた客を乗せるサービスが評判を呼び、しだいに線路は、裏山一帯を巡るようにして上へ上へと延伸されていった。

麓に建つ工房前から、列車は出発する。線路は最大1:14(71‰)という急な上り坂だ。数々のマニアックなポイントを経て到着した終点には、2004年に完成したアイフル・タワー Eyefull Tower(アイフェル・タワー Eiffel Tower、すなわちパリのエッフェル塔のもじり、下注)という展望台がある。標高165mの高みからコロマンデル・ハーバー Coromandel Harbour や対岸の山並みの眺めを存分に楽しんだ客は、再び列車に乗り込み、麓に戻っていく。往復1時間15分。

*注 展望塔の構造は、オークランド港にある同国最古の灯台ビーン・ロック灯台 Bean Rock Lighthouse をモデルにしている。

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(左)2層建ての第7橋梁
(右)空中に突き出た第5スイッチバック(いずれも2012年)
Photo by Reinhard Dietrich at wikimedia. License: CC0 1.0
 

項番4 ウェスタン・スプリングズ路面軌道 Western Springs Tramway

オークランド市内のウェスタン・スプリングズ Western Springs にあるMOTAT(輸送技術博物館 Museum of Transport and Technology)が、館外に敷いた軌道線で、動態保存しているトラム車両を走らせている。

博物館には、グレート・ノース・ロード Great North Road とエーヴィエーション・ホール Aviation Hall という離れた2か所の構内があり、軌道線は、訪問者がこの間を移動するための交通手段という位置づけだ。そのため、クリスマスの日を除き年中無休、15分から30分間隔で運行され、運賃は取らない。

グレート・ノース・ロードの車庫から出てきたトラムは、同名の停留所で客を乗せた後、街路と公園に挟まれた専用線を走り出す。中間に停留所が4か所あるが、列車交換(下注)が行われるオークランド動物園 Auckland Zoo 以外はリクエストストップだ。約8分で、航空機の展示ホールがある終点に到着する。

*注 列車交換は、15分間隔運行のときに行われる。

MOTATの保存トラムには、地元オークランドやファンガヌイ Whanganui の1435mm標準軌車のほか、ウェリントン Wellington から来た1219mm(4フィート)軌間の車両も含まれている。どちらも走れるように、軌道は全線にわたって3線軌条だ。

なお、エーヴィエーション・ホールの敷地の奥には、1067mm軌の蒸気鉄道の機関庫と、長さ約700mの走行線がある。毎月1回のライブ・デーには機関庫が公開され、保存運行が行われる。これもまた楽しみだ。

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終点エーヴィエーション・ホールに集結した古典車両群(2015年)
Photo by GPS 56 at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番14 ウェリントン・ケーブルカー Wellington Cable Car

ケーブルカーで高台に上り、市街とその先に広がるウェリントン・ハーバー Wellington Harbour の絶景を眺めるというのが、ウェリントン観光の一つの定番だ。赤い車体のケーブルカーは、首都の目抜き通りラムトン・キー Lambton Quay の一角にある奥まったホームから出発する。前半はトンネルを出たり入ったりを繰り返すが、後半で一転空が開け、後方に町と海の美しいパノラマが見えてくる。

公式サイトによると、路線は長さ612m。17.86%(1:5.06)の一定勾配で、高度差120mを上りきる。山上駅はウェリントン植物園に隣接していて、テラスからの展望を楽しんだ後は、緑あふれる園地の散策に出かけるのが通例だ。

ケーブルカーは1902年の開通だが、当時のシステムは1067mm軌間の全線複線で、サンフランシスコに見られるような循環式と、釣瓶型の交走式とのハイブリッド仕様だった。すなわち、全線を循環するケーブルが通っていて、下る車両はそれを装置でつかむことにより降下する(=循環式)。もう一方の車両は、別のケーブルで山上駅の駆動力を持たない滑車を介してつながっているため、下る車両に連動して引き上げられた(=交走式)。また、緊急ブレーキ用に、フェル式レールも設置されていた。

しかし設備の老朽化が進み、1979年に軌間1000mm、単線交走式に置き換えられた。現在は、ケーブルでつながった2つの車両が、山上駅の駆動力を持つ滑車によって上下する。中間駅タラヴェラ Talavera に、行き違うための待避線がある。

英語では、循環式のケーブルカー(およびロープウェー)を "cable car" といい、交走式は "funicular" と呼んで区別する。この鉄道は今もケーブルカーを名乗っているが、これは旧方式を使っていた名残りに過ぎず、実際はフュニキュラーだ。

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上部駅のテラスから見るケーブルカーのパノラマ(2014年)
Photo by Sham's Personal Favourites at flickr. License: public domain

最後に、変わり種の鉄道ツアーを一つ。

項番8 フォゴットン・ワールド・アドベンチャーズ(ストラトフォード=オカフクラ線)Forgotten World Adventures (Stratford–Okahukura Line)

北島中部に、エグモント山麓のストラトフォード Stratford から山中を通って北島本線のオカフクラ Okahukura に至るストラトフォード=オカフクラ線 Stratford–Okahukura Line がある。全長143.5kmの間に、24本のトンネル、91本の橋梁、20‰の勾配が繰り返される山地横断路線だ。しかし、旅客列車は言うに及ばず、近年は貨物列車の運行もなく、路線自体が休止状態になって久しい。

この忘れられたようなルートで、2012年からエンジン付きレールカートによる走行ツアーを実施しているのが、フォゴットン・ワールド・アドベンチャーズ(忘れられた世界の冒険)Forgotten World Adventures という企画会社だ。ゴルフカートのような簡素な車両だが、ガイドを兼ねたドライバーがつくので、客は乗っているだけでいい。また、およそ15km走るごとに降りて、小休憩やティータイムがある。

ツアーは数種類用意されている。たとえば、最も手軽な半日コースでは、朝、タウマルヌイ Taumarunui の直営モーテル前に集合して、シャトル(乗合タクシー)でオカフクラの乗り場(下注)へ行く。レールカートで線路を40km走ってトキリマ Tokirima へ。ここでランチをとり、復路はまたシャトルに乗って、ラベンダー農場経由で起点に戻る。

*注 オカフクラの国道をまたぐ鉄道の高架橋が老朽化により撤去されたため、乗り場はオカフクラ駅から800m先の地点に変更されている。

1日コースなら、80km先のファンガモモナ Whangamomona まで行ける。さらに「究極 The Ultimate」コースでは、レールカートだけでストラトフォードまで全線を移動する。東海道線なら、東京駅から吉原か富士までの距離に等しい。途中、ファンガモモナで1泊して2日がかりの行程だが、鉄道趣味もここまで来ると体力勝負だ。

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(左)オカフクラのカート乗り場
(右)先行するカートを追って山中へ(いずれも2021年)
Photo by njcull at flickr. License: CC BY-NC-ND 2.0
 

次回は、南島の保存・観光鉄道について。

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 ニュージーランドの鉄道史を地図で追う II

2024年1月16日 (火)

オーストラリアの保存鉄道・観光鉄道リスト I

オーストラリアの鉄道旅行といえば、インディアンパシフィック Indian Pacific や、ザ・ガン The Ghan(下注)といった数日がかりの華麗な大陸横断・縦断列車に注目が集まりがちだ。しかし調べてみると、それぞれの地域で息づいている保存鉄道や観光鉄道も多数ある。ヨーロッパ編と同じようにリストにしてみたので、その中から主なものを紹介したい。

*注 インディアンパシフィック号は、東岸シドニー Sydney~西岸パース Perth 間4352km、3泊4日の大陸横断列車。ザ・ガン号は、南岸アデレード Adelaide~北岸ダーウィン Darwin 間2979km、2泊3日の大陸縦断列車。

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メイン・サザン線で特別列車を牽くNSW鉄道博物館の3642号機
ワガ・ワガ Waga Waga 付近(2013年)
Photo by Bidgee at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 AU
 

「保存鉄道・観光鉄道リスト-オーストラリア」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_australia.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-オーストラリア」画面

今回は、東海岸のクイーンズランド州 Queensland、ニューサウスウェールズ州 New South Wales (NSW) と、タスマニア島(タスマニア州)Tasmania の鉄道を取り上げる。クイーンズランド州とタスマニア島の路線網が、日本のJR在来線と同じ1067mm軌間(下注)である一方、NSW州は1435mmの標準軌だ。保存鉄道もそれぞれの州の事情に応じた軌間のものが中心になる。

*注 ただしクイーンズランド州内でも、NSW州との連絡ルートであるNSWノース・コースト線(北海岸線)North Coast Line は標準軌。

項番3 キュランダ観光鉄道 Kuranda Scenic Railway

州北部の国際観光都市ケアンズ Cairns にあるキュランダ観光鉄道は、初めてこの町を訪れた旅行者ならたいてい乗車する人気アトラクションだ。街中のケアンズ駅から台地の上のキュランダ Kuranda まで33.2km、ディーゼル機関車が重連で12~15両もの客車を連ねて1日2往復している(下注)。

*注 午前中にキュランダ行き2本、午後にケアンズ行2本。

列車が出発するのは市中心部にあるケアンズ駅だが、この時点では車内はまだすいている。大勢乗り込んでくるのは、次のフレッシュウォーター Freshwater 駅だ。ここから列車はいったん、キュランダとは反対の南へ進んだ後、半径100m(5チェーン)のヘアピンカーブで折り返し、20‰の連続勾配で山腹を上り始める。弧を描いて谷をまたぐストーニー・クリーク Stoney Creek 橋梁や、壮大なバロン滝 Barron Falls の展望停車を終えて、熱帯雨林に囲まれた終点キュランダまで、片道の所要時間は1時間55分。

もとは奥地の金鉱と港を結んだ産業鉄道だが、今では純粋な観光路線となり、年間を通して運行されている。1995年に、山麓とキュランダを結ぶロープウェー「スカイレール・レインフォレスト・ケーブルウェー Skyrail Rainforest Cableway」が開通した。それ以来、片道は列車、片道はゴンドラで空中散歩という、変化に富んだルート選択が可能になった。

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ストーニー・クリーク橋梁(2008年)
Photo by Sheba_Also 43,000 photos at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
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キュランダ駅1番ホーム(2020年)
Photo by Kgbo at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番1 ガルフランダー Gulflander

カーペンタリア湾沿岸に、ノーマントン=クロイドン線 Normanton to Croydon line という長さ152kmの路線がある。1888~91年に、クロイドンの金鉱からの輸送手段として建設された鉄道で、他の路線網とは隔離された孤高のローカル線だ。疎林が広がるサバンナの乾燥地帯を貫いていて、開通当時、シロアリの食害や洪水による流出を避けるために、全線にわたって用いられた鉄製まくらぎ(水没耐性軌道 submersible track)がそのまま残っている。

この忘れられたような路線で唯一運行されているのが、観光列車のガルフランダー Gulflander 号だ。孤立線とあって車両も他路線との入換えがなく、今となっては貴重な古典形式の動力車や付随客車が、保存鉄道のように日常運用されている。

このあたりは年間平均気温が27度以上、夏場の最高気温は40度を超えるという熱帯の土地で、ウィキペディア英語版によれば、ガルフランダーは「列車に乗るというより冒険 To be more an adventure than a train ride」なのだそうだ。運行は週1回、水曜日に南行(クロイドン行き)、木曜日に北行(ノーマントン行き)が走る。中間地点での30分停車を含めて片道5時間だが、往復するなら2日がかりだ。

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ノーマン川を渡るガルフランダー(2013年)
Photo by Lobster1 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番4 メリー・ヴァレー・ラットラー Mary Valley Rattler (Mary Valley Heritage Railway)

州南部の田舎町ギンピー Gympie を拠点とするメリー・ヴァレー・ラットラーは、失われつつあるローカル線の鄙びた風情をとどめた蒸気保存鉄道だ。

ギンピー駅は、1913年に建てられた木造駅舎をそのまま使用している。1989年まではクイーンズランド鉄道の主要幹線ノース・コースト線(北海岸線)North Coast line に属する駅だったが、郊外に同線のバイパスルートが造られたことで、支線メリー・ヴァレー線 Mary Valley line の駅になった。

保存鉄道の開業は1993年。当時はメリー・ヴァレー保存鉄道 Mary Valley Heritage Railway と称し、ギンピー~インビル Imbil 間40kmのルートで運行されていた。しかし、線路の保守不足で脱線事故が発生したため、2013年に運行中止となる。地元自治体が資金を拠出し、2018年に再開されたのが現在のメリー・ヴァレー・ラットラーだ。

運行区間はこのとき短縮されて、アマムーア Amamoor 駅までの23kmになった。主役は、かつて軽量列車や支線の列車を牽いていたクイーンズランド鉄道のC17形蒸機だ。ワインレッドをまとった木造客車を数両牽いて、メリー川中流域の穏やかな丘陵地帯を縫っていく。所要時間は往復3時間。両端駅に転車台があるので、機関車は常に前を向いて走る。

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終点アマムーアに到着した蒸気列車(2019年)
Photo by Gillian Everett at flickr. License: CC BY-NC 2.0

次は、ニューサウスウェールズ州について。

項番12 ジグザグ鉄道 Zig Zag Railway

州都シドニー Sydney からメイン・ウェスタン線(西部本線)Main Western line で内陸に向かうと、平野が尽きたところで、ブルーマウンテンズ Blue Mountains の深い山並みの中に入っていく。1869年の開通時、この山越えの初めと終わりにそれぞれ、Z字状に折り返しながら高度を稼ぐスイッチバックが設けられた。

ジグザグ鉄道はそのうち、後者を含む7km区間を、廃止後に蒸気運転で保存鉄道化したものだ。ただし、もとが標準軌なのに対して、1067mm(3フィート半)軌間で敷き直されている。標準軌の蒸気機関車の調達が難しく、クイーンズランドの1067mm軌間の中古車両に頼ったためだ。

山上の終点クラレンス Clarence に駐車場があるので、そこから乗り込む客が圧倒的に多い。だが、起点ボトム・ポイント Bottom Point も、シドニーから来る中距離電車のジグザグ Zig Zag 停留所(下注)に近く、乗継ぎが可能だ。

*注 リクエストストップ(乗降客があるときのみ停車)のため、降車する場合は乗務員にあらかじめ知らせておく必要がある。

見どころは、やはりジグザグの昇り降りだろう。険しい斜面を削って通されたルートは見通しがきき、途中に架かる3本の石積みアーチ橋がそれに趣を添える。所要時間は、クラレンスからの往復で90分、ボトム・ポイントからは105分。2012年から長期運休中だったが、2023年5月にようやく運行が再開された。

*注 詳細は「オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 I」「同 II」参照。

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トップ・ロードからのジグザグ全景(2008年)
Photo by Maksym Kozlenko Maxim75 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番11 カトゥーンバ・シーニック・レールウェー Katoomba Scenic Railway

カトゥーンバ Katoomba にあるシーニック・ワールド Scenic World は、世界自然遺産にも登録されたブルーマウンテンズ観光の中核施設の一つだ。ここには台地の上と眼下に広がる熱帯雨林の間を行き来したり、上空から眺めたりできる乗り物が3種類用意されていて、シーニック・レールウェーもその中に含まれる(下注)。

*注 乗り物には他に、谷を跨ぐロープウェーのシーニック・スカイウェー Scenic Skyway、谷に降りるロープウェーのシーニック・ケーブルウェー Scenic Cableway がある。

1880年代に建設された石炭とオイルシェールの運搬軌道を改築したこの設備は、ケーブルに接続された車両を巻上げ装置で引き上げる斜行リフト Inclined lift だ。そのため、通常のケーブルカー funicular のような対になる車両や重りはなく、1両で勾配線路を上下している。

310mの斜長距離に対して、標高差は206.5mある。最大勾配は52度、千分率では1280‰となり、スイスのシュトース鉄道 Stoosbahn の1100‰をもしのぐ険しさだ。しかしその構造から、ケーブルカーの最大傾斜記録としては認められていない。

乗り場の階段はまだ緩やかだ。しかし動き出すとすぐに勾配は最大値になり、トンネルを介しながら急斜面を勢いよく滑り降りていく。感覚としては垂直に落下するのに近く、乗客から悲鳴が上がることもしばしばだ。

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急斜面を滑降するシーニック・レールウェー(2014年)
Photo by DGriebeling at wikimedia. License: CC BY 2.0
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下部駅からの眺望(2018年)
Photo by fabcom at flickr. License: CC BY-NC 2.0
 

項番9 NSW(ニューサウスウェールズ)鉄道博物館 NSW Rail Museum

NSW鉄道博物館は州立の施設で、同州の路線網で稼働していた標準軌の蒸気機関車をはじめ、典型的な鉄道車両を多数収集保存している。

博物館が、ピクトン=ミッタゴン支線 Picton–Mittagong loop line の途中駅であるこのサールミア Thirlmere に移転してきたのは1975年で、早や半世紀近くが経つ。ループライン loop line(下注)と呼ばれるこの路線は、メイン・サザン線(南部本線)Main Southern line の旧線だが、33.3‰の急勾配を解消する迂回線が完成した1919年に、支線に格下げされた。

*注 ループラインは、日本でいうループ線(英語ではスパイラル spiral)ではない。また、周回可能な環状線でなくてもよく、本線と分かれてまた先でつながる線路の意味で使われる。たとえば、列車交換できる待避線を英語ではパッシングループ passing loop という。

鉄道博物館の呼び物の一つが、この支線を舞台にして行われる保存列車の運行だ。ピクトン=ミッタゴン支線は現在、休止扱いだが、そのうち北側のピクトン Picton~サールミア~バクストン Buxton 間6.7kmが、動態保存の蒸機や気動車のための走行線に活用されている(下注1)。また、本線上での企画列車もしばしば運行されており、その場合、ピクトンにある接続ポイントを介して列車が出入りする。

*注1 通常運行はサールミア~バクストン間に限定され、往復の所要約40分。
*注2 ピクトン=ミッタゴン支線の詳細は「オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-メイン・サザン線とピクトン支線」参照。

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ピクトン=ミッタゴン支線サールミア駅(2014年)
Photo by Maksym Kozlenko at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番8 シドニー路面電車博物館 Sydney Tramway Museum

シドニー南郊ロフタス Loftus にあるシドニー路面電車博物館は1965年の開館(下注)で、国内のトラム博物館では最も長い歴史をもつ。保有するコレクションも60両以上と、国内最大規模を誇っている。1961年全廃のシドニー市電はいうまでもなく、収集範囲は国内他都市や海外にも及んでいて、長崎電気軌道の1054号もここに在籍中だ。

*注 現在の場所に移設されたのは1988年。

博物館の敷地はさほど広くないが、動態保存のトラムを走らせるための専用軌道が館外に延びている。北はローソン通り Rawson Avenue に沿ってサザーランド Sutherland 方面、南はロイヤル国立公園 Royal National Park の広大な森の中にある終点まで、合わせて3.5kmの長さがある。

後者はパークリンク・ルート Parklink route と呼ばれ、1991年に廃止された郊外路線(下注)を転用したものだ。終点には旧駅の朽ちかけたホームも残っている。もとより高床でトラムには合わないので、乗降のときは反対側の扉が開くのだが。

*注 シティレール CityRail が運行していたロイヤル国立公園支線 Royal National Park branch line。

博物館の来館者だけでなく、自然豊かな公園へ、近郊線T4系統のロフタス駅から乗り継ぐという一般利用も見られる。そのためトラムは60分間隔で運行され、博物館入館を省いたトラム乗車のみのチケットも車内で発売している。

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シドニー市電R形旧車、博物館前電停にて(2021年)
Photo by Fork99 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番13 スキーチューブ・アルパイン鉄道 Skitube Alpine Railway

NSW州の最後に、1988年に開業した現代の登山鉄道を見ておこう。州最南部、オーストラリア大陸の最高峰(下注)を擁するコジオスコ国立公園 Kosciuszko National Park で、山上にあるスキー場へのアクセスとして建設された路線だ。

*注 コジオスコ山 Mount Kosciuszko(標高 2228m)。山名は、発見したポーランド人の探検隊長が、祖国の英雄タデウシュ・コチチュシュコ Tadeusz Kościuszko の塚の形に似ているとして命名したもの。

名称は、スキーチューブ・アルパイン鉄道、略してスキーチューブという。1435mm軌間、交流1500Vの電化線だ。標高1125mの山麓バロックス・フラット Bullocks Flat と、標高1905mの山上ブルー・カウ Blue Cow の間8.5kmを17分で結んでいる。ラメラ Lamella(フォン・ロール Von Roll)式ラックレールが全線にわたって敷設されていて、最大勾配は125‰だ。

国立公園内の自然環境を保護するとともに、荒天時にも運行の安定性を保つために、ルートの7割はトンネルで設計された。地上に出ているのは最初の2.6kmだけで、後は、中間駅のペリッシャー・ヴァレー Perisher Valley、終点ブルー・カウの発着ホームを含めて地下にある。

建設コストの点から言えば、鉄道より地上設備がコンパクトなロープウェーのほうが有利だ。それでもラック鉄道が選択されたのは、地下化の利点に加えて、高い輸送能力が評価されたからだ。特注された車両の幅は3.8mと、新幹線の3.4mよりまだ広い。通常3両編成だが、車内の立席部分を広くとって混雑を緩和し、かつ片側6扉とすることで円滑な乗降も実現している。

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幅広のスキーチューブ車両(2014年)
Photo by EurovisionNim at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0

項番35 ウェスト・コースト・ウィルダネス鉄道 West Coast Wilderness Railway

大陸の南東沖に浮かぶタスマニア島(タスマニア州)では、一部にラック区間がある観光鉄道がひとり気を吐いている。オーストラリアのラック鉄道は現在、ここと前述のスキーチューブの2か所しかなく、貴重な存在だ。

ウェスト・コースト・ウィルダネス鉄道は、島西部の遠隔地に位置する。旧鉱山町クイーンズタウン Queenstownと、内湾に面したストローン Strahan(下注)のレガッタ・ポイント Regatta Point 駅との間34.5kmを結ぶ孤立線だ。もとは鉱山会社の専用鉄道として1897年に開通したが、代替道路の整備が進んで1963年以降、休止線となっていた。それを2002年に、公的資金の投入で観光用として復活させたのが現在の姿だ。

*注 綴りに影響を受けてか、「ストラーン」の表記も見かけるが、現地の発音は ”strawn” のように聞こえる。

列車は内陸のクイーンズタウンから、キング川 King River に沿って下っていくが、途中で一度だけ支谷伝いに峠越えをする。そこに最大83.3‰(1:12)の急勾配があり、約6kmにわたってアプト式ラックレールが敷かれている。

キング川と再開した後は、熱帯雨林に覆われた渓谷の縁を下っていく。最後は開放的な眺めの内湾マッコーリー・ハーバー Macquarie Harbour のほとりをしばらく走って、かつての積出し港であるレガッタ・ポイントに到着する。

しかし残念なことに、現行ダイヤでは全線を走破する列車が設定されていない。起点と終点どちらの出発便も途中駅で折り返す運用になっているため、ラック区間を通過しないのだ。事情はよく知らないが、路線最大の見どころを省いては、旅の醍醐味が半減してしまう。一日も早い復活を望みたいところだ。

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ラック区間が始まるダビル・バリル Dubbil Barril 駅(2011年)
Photo by WikiWookie at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

次回は、ビクトリア、南オーストラリア、西オーストラリアの各州にある主な保存・観光鉄道を見ていきたい。

★本ブログ内の関連記事
 オーストラリアの保存鉄道・観光鉄道リスト II
 ニュージーランドの保存鉄道・観光鉄道リスト I-北島

2023年10月13日 (金)

グアダラマ電気鉄道-ロス・コトス峠へ行く登山電車

セルカニアス・マドリードC-9号線 Línea C-9, Cercanías Madrid
(旧称 グアダラマ電気鉄道 Ferrocarril Eléctrico del Guadarrama)

セルセディリャ Cercedilla~コトス Cotos 間18.2km
軌間1000mm、直流1500V電化、最急勾配70‰
1923~64年開通

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プエルト・デ・ナバセラダ駅にさしかかる442形電車

スペインの首都マドリード Madrid の北西に、長々と横たわるグアダラマ山脈 Sierra de Guadarrama。標高2000m級の山並みの中心部に向けて、メーターゲージの電車が上っていく。ラックレールは使わないものの、麓の町から峠の上まで670mの高度差を、最大70‰の急勾配で克服するという、れっきとした登山電車だ。

標題にしたグアダラマ電気鉄道 Ferrocarril Eléctrico del Guadarrama (FEG) というのは、1923年の開業当時の会社名で、戦後の国有化を経て、セルカニアス・マドリード(マドリード近郊線)Cercanías Madrid の C-9号線に組み込まれた。しかし、無味乾燥な記号や数字では具体的なイメージが湧かないのか、地名を冠したコトス鉄道 Ferrocarril de Cotos、セルセディリャ=コトス鉄道 Ferrocarril Cercedilla - Cotosという別名も残っている。

今回は、マドリード郊外の山中を走るこの登山電車を訪ねてみよう。

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セルセディリャ駅の狭軌線ホーム

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路線は全長18.17km。スペイン各地に見られるメーターゲージ(1000mm軌間)、1500V直流電化の狭軌路線(下注)だが、内陸高原のメセタ・セントラル Meseta Central では、もはやここにしかない。

*注 ちなみにスペインの在来線網は、広軌1668mm(イベリア軌間 Iberian gauge)、3000V直流電化。高速線網は標準軌1435mm、25000V 50Hz 交流電化。

起点は、旧国鉄ビリャルバ=セゴビア線 Línea Villalba - Segovia の途中駅、セルセディリャ Cercedilla だ。マドリード市内からセルセディリャまでは、セルカニアス C-8号線のルートになっている。登山電車C-9号線は、ここからプエルト・デ・ナバセラダ Puerto de Navacerrada を経て、コトス Cotos(ロス・コトス Los Cotos)が終点だ。

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グアダラマ電気鉄道の位置
 

ロス・コトスの名には見覚えがある。堀淳一氏の著書『ヨーロッパ軽鉄道の詩』(スキージャーナル社、1979年)に、「ロス・コトス峠へ登る赤い国電」のタイトルで紹介されていたからだ。

マドリードの大学で知り合った研究者に、スペインに来たからには織物博物館かトレドの町へ行くべきだと強く勧められたのを断って、堀氏はひとりでロス・コトス線へ出かける。「あの電車、今でもあるのかなあ」と呆れられ、ターミナル駅チャマルティン Chamartín の案内所で行き方を聞いても要領を得ないくらいマイナーな路線だった。

一抹の不安を抱えたまま乗り込んだセゴビア Segovia 行きの列車が、いよいよ接続駅のセルセディリャ構内にさしかかると、別の電車が停まっているのが見えた。

「本線のホームと金網でへだてられた山側のホームに、屋根が銀色、車体がまばゆいほど鮮やかなカーマイン、出入口の扉と貫通扉が冴えざえとしたセルリアンブルーという、おもちゃのように派手な原色の組み合わせで塗られた小さな電車が待っているではないか! とたんに不安は吹き飛んで、私の心は躍った。登山電車はちゃんと生きていたのだ」(同書p.87)

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堀氏の心を捉えた車両は、掲載写真によれば、1934年CAF製の100形(のちの RENFE 431形)3両編成だ。開業時に就役したスイス、ブラウン・ボヴェリ/SWS製の2両編成と同じ仕様で国内製造されたもので、スイス由来のカーマイン色(洋紅色)をまとっていた。

セルセディリャ駅の雰囲気は今もさして変わっていない。本線は、大きくカーブしたプラットホームをもつ通過式2面3線の構造だ。その山側にメーターゲージの頭端式ホームが並行する。こちらは2面2線で、1本の線路を両側から挟む形だ。本線と共有している(ように見える)南側のホームは、狭軌線としては通常使われない。

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セルセディリャ駅構内、左が本線、右が登山電車線
マドリード方から撮影
 

一方、電車はすでに世代交代した。現在運用されているのは、1976~82年スペインMTM社製の RENFE 442形だ。白地に、側面は赤と紫の細帯、前面上部が赤塗りというわりあい淡泊なテイストの塗装をまとって、きょうも始発駅で乗換客を待っているはずだ。

なお、引退した旧100形電動車のうち1両が、セルセディリャ駅狭軌3番線の奥に留置されている。「自然列車 Tren de la Naturaleza」と呼ばれる子供向けの企画で、ビデオを上映する視聴覚室として使われているという。これ以外の同形式車は、残念ながらすべてスクラップになってしまった。

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RENFE 442形
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唯一保存されている旧車100形(RENFE 431形)

歴史をたどると、この地に電気鉄道が建設された目的は、グアダラマ山脈の新たな観光開発だ。現在中間駅になっているプエルト・デ・ナバセラダ(ナバセラダ峠の意)が初期の目的地とされていた。そこには、首都と、山脈の北麓にある王家の夏の離宮ラ・グランハ・デ・サン・イルデフォンソ La Granja de San Ildefonso やセゴビアの町とを結ぶ街道が通っていて、マドリード市民にもなじみのある場所だった。

麓からのルート案は複数あったが、最終的に、最短距離となるセルセディリャ駅が起点に選ばれた。建設工事は、雪のない季節に集中して実施しなければならず、約4年を要した。開業は1923年夏(下注)で、2両編成のスイス製100形電車を使って運行が始まった。アクセスが格段に良くなったことで、終点の峠周辺は冬のスキー、夏のハイキングや避暑の適地として人気を博したという。

*注 1923年7月12日に開通式、1923年8月11日に一般運行開始。

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グアダラマ山脈、中央はシエテ・ピコス
セルセディリャに向かう車中から撮影
 

第二次世界大戦後の1954年に鉄道は国有化され、RENFE(スペイン国鉄)の一路線となった。それを機に、路線の延伸計画が具体化する。新たな目的地は、国鉄マドリード=ブルゴス線 Línea Madrid - Burgos(下注)が通るガルガンティリャ・デ・ロソヤ Gargantilla de Lozoya だった。山脈を乗り越え、ロソヤ谷を下っていくルートが想定されていた。

*注 長さ3895mのソモシエラトンネル Túnel de Somosierra で山脈を横断していた旧路線。同トンネルの落盤で不通となり、現在、旅客列車はマドリード~コルメナル・ビエホ Colmenar Viejo 間の近郊区間のみの運行。

第1期工事として、プエルト・デ・ナバセラダからコトスの間7.07kmが1959年に着工され、1964年10月30日に完成を見た。こうして、現行区間であるセルセディリャ~コトス間が全通した。

コトスも峠だが、山岳スポーツの拠点というだけで周辺に集落があるわけではない。その先も過疎地ばかりで輸送需要が見通せないため、コトス~ガルガンティリャ間の第2期工事は保留となり、最終的に着工されなかった。後述するように、コトス駅の先にある峠のトンネルの西口が、計画の唯一の証人だ。

6月のある日、マドリード・チャマルティン駅から、この登山電車に乗りに出かけた。堀氏が来た時代はターミナル駅でも乗車券を通しで売っておらず、現地で別途買うしかなかったようだが、今はセルカニアス内の駅の有人窓口や特定の券売機で、コトスまでの購入が可能だ。しかし購入時に、行先だけではなく、乗車日と列車(の発車時刻)を往復とも指定しなければならない。登山電車は予約制なのだ(下注)。

*注 乗車する列車を指定するだけで、座席は自由。

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マドリードの鉄道ターミナルの一つ、チャマルティン駅
 

セルカニアスの運賃ゾーンの中で、C-9号線はソーナ・ベルデ Zona Verde(緑ゾーンの意)と呼ばれる特別区域に分類されている。運賃は、セルカニアスのどのゾーンからでも片道8.70ユーロ、往復17.40ユーロの固定額だ(下注)。

*注 ICカードを新規発行する場合は、これに0.50ユーロが加算される。

券売機で決済すると、ICチップの入った紙カードとレシートが出てきた。紙カードはセルカニアス線内の自動改札で使う通常のICチケットだが、後者も単なる領収書ではなく、指定した乗車日・列車が記載されているから、なくしてはいけない。

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ICカード(右)と乗車日・列車が記されたレシート
 

セルセディリャ行きの本線(C-8号線)電車に乗り込む(下注)。朝の郊外方面なので車内はすいていて、乗客のいる座席はざっと3割だ。8時15分発のところ、9分遅れで発車。沿線は緑の多い丘陵地で、駅の周りだけ市街地が広がっている。

*注 C-8号線はセルセディリャが終点。その先セゴビア方面へは中距離線 Media Distancia の列車がカバーするが、高速線と重複するためか、現在1日2往復まで減便されている。

ビリャルバ Villalba で北部本線(マドリード=イルン線)から分かれると、右に左にカーブが連続し、山裾を上っていることを実感させる。左車窓で空を限っているのがグアダラマ山脈の稜線で、マドリード州とカスティリャ・イ・レオン Castilla y León 州の境界になる(上の写真参照)。

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(左)C-8号線の列車が到着
(右)車内は3割の着席率
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(左)ビリャルバ駅
(右)駅を出ると北部本線から分岐
 

セルセディリャ駅には定刻より16分遅れて、9時37分に到着した。標高は1150mを超え、空気に高原の気配が漂う。すでにコトス行の発車時刻を過ぎているが、登山電車はまだホームにいるし、何より通路がバリアリールで閉じられている。

ダイヤは平日休日の区別なく、1日5往復だ。9時35分の始発から2時間おきに発車し、最終は17時35分発になる。観光輸送が主体なので、動き出すのは遅く、店じまいも早い。

10人ほどの乗換客とともに待っていると、ほどなく車掌らしき人がバリアを開けて、改札を始めた。ICカードではなく、あのレシートで日付と列車をチェックするのだ。他の客もそれらしい紙の切符を提示している。これらを所持していない客は後回しにされていた。

右側1番線に縦列に停まっている編成の前側2両が、これから山に上る電車だ。車内は赤いビニールレザーのクロスシートが並んでいた。あいにくどの窓も曇り気味で、外の景色が見えにくい。

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登山電車ホームの通路が開くのを待つ
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(左)登山電車に乗り込む
(右)クロスシートが並ぶ車内
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登山電車(C-9号線)時刻表
 

朝日の眩しい駅を、電車は定刻から6分遅れて9時41分に発車した。マドリード方向に出ていくが、本線と並行しつつも上り勾配になり、みるみる高度差が開いていく。

左に大きくカーブした後は、セルセディリャの市街地をくねくねと上る区間が続いた。モーターの唸りが高まり、線路際の宅地を載せる擁壁の角度で勾配のきつさが知れる。このあたりは、最も急な70‰の勾配が続いているはずだ。最初の踏切を過ぎると、左側に2車線道路が沿い始めた。市街地自体が急斜面に立地しているので、右側は家々の屋根越しに山麓ののびやかな風景が開ける。

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(左)本線と並行しつつ上り坂に(後方を撮影)
(右)セルセディリャ市街では道路と並走
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セルセディリャ~プエルト・デ・ナバセラダ間の1:25,000地形図
Base map from Iberpix, BTN25 2023 CC-BY 4.0 ign.es
 

まもなく狭いホームを通過した。駅名標によれば、セルセディリャ・プエブロ Cercedilla Pueblo 停留所だ。プエブロは(小さな)町という意味で、名のとおり町の中心部の近くだが、今は使われていない。登山鉄道には起終点を含めて3つの駅と6つの停留所があったが、2011年以来、停留所はすべて休止 Fuera de servicio となっている。電車はプエルト・デ・ナバセラダまでノンストップだ。

山手に建つ邸はどれも構えが立派だが、次のラス・エラス Las Heras 停留所で、町は終わりだ。雑木が視界を覆うようになり、見上げる位置に山並みが近づいてきた。

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(左)セルセディリャ・プエブロ停留所を通過(後方を撮影)
(右)屋根越しに山麓の風景が
 

退避線をめくった跡が残るカモリトス Camorritos 停留所を通過。別荘地の最寄り駅だが、待合所の白い漆喰壁は、みじめにも落書きのキャンバスにされている。ずっと左側に付き添ってきた2車線道もここまでで、この先は線路だけがひと気のない山腹をたどっていく。高度が上がってきたと見え、周囲はいつしか松林に置き換わった。

大きな右カーブの後、右手にシエテ・ピコス Siete Picos 停留所のホームと駅舎の残骸が流れ去る。ここの待避線も撤去済みだ。七つの峰を意味するシエテ・ピコスは、グアダラマ山脈の中央部を占める高峰で、南斜面に露出している花崗岩の岩壁が、遠方からもよく識別できる(下注)。

*注 復路では、シエテ・ピコス停留所の手前で、前方にこの峰が見える。

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(左)落書きだらけのカモリトス停留所、待避線をめくった跡がある
(右)シエテ・ピコス停留所(後方を撮影)
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シエテ・ピコスの七つの岩峰を仰ぐ
 

線路はその支尾根を急カーブで回り込んで、コリャド・アルボ Collado Albo 停留所を通過した。木々に覆われて眺望がきかない中、停留所の前後では、右手に深い谷を隔てて、ホルコン岩 Peña Horcón とそれに連なる尾根が覗く。ようやく登山鉄道らしい雰囲気になってきた。

急に建物が見えて、電車は標高1765mの中間駅プエルト・デ・ナバセラダ(下注)構内に進入していった。3つのアーチがロッジアを支える大屋根アルペンスタイルの駅舎が旅行者を迎えてくれる。ここで3人が下車した。

復路で降りてみたが、駅舎の中は、背中合わせの木製ベンチがあるだけの、がらんとした吹き抜け空間だった。金属板で塞がれた暖炉があるので、かつては山小屋のような居心地のいい休憩所だったのかもしれないが。

*注 プエルト puerto には港の意味もあるが、ここでは峠 puerto de montaña のこと。

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プエルト・デ・ナバセラダ駅
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(左)がらんとした駅舎内部
(右)ホームに面したロッジア
 

駅前から急な坂道をものの10分も上れば、標高1858mのナバセラダ峠に出る。グアダラマ山脈の尾根筋にある鞍部の一つで、冒頭に記したようにマドリードとセゴビアを結ぶ主要街道601号線の経由地だ。山麓まで見通しがきき、クルマもよく通る。峠から西へはシエテ・ピコスへ向かう登山道が延び、東側、ボラ・デル・ムンド Bola del Mundo の斜面にはスキーのゲレンデが広がっている。

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ナバセラダ峠からの眺望
右隅に駅が見える
 

10時06分に駅を出発した電車は、すぐに峠下にうがたれたトンネルに入った。長さ671m、路線唯一のトンネルによって、線路は尾根の反対側、カスティリャ・イ・レオン州に移る。第二次世界大戦後に開通した後半区間は、高度を保ちながら山襞をなぞるように進む。上り勾配とはいえ、前半に比べればごく緩やかだ。電車の速度も少し上がった気がする。

しかし、こちらも松林が延々と続き、車窓からの眺望はほとんど得られない。カーブを繰り返しながら、ドス・カスティリャス Dos Castillas、バケリサス Vaquerizas と停留所を通過していく。コロナ感染症の流行で長期運休している間に更新工事が行われたので、軌道には新しいバラストが敷かれている。

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(左)峠下のトンネル
(右)松林が延々と続く
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プエルト・デ・ナバセラダ~コトス間の1:25,000地形図
Base map from Iberpix, BTN25 2023 CC-BY 4.0 ign.es
 

速度が落ちたと思ったら、もう終点のコトスだった。5分遅れで10時21分に到着。数人の客が降りたが、皆、山を歩く恰好をしている。標高1819mの駅は2面3線の構造だが、実際に使われているのは駅舎寄りの片面ホームだけだ。時刻表どおりなら、電車はここで27分停車して折り返す。

2階建ての大きな駅舎が建っている。内部は美しく保たれているが、ナバセラダ駅と同じようにがらんとした空間だ。付属棟にカフェテリアと書いてあるので入ってみるも、きょうは営業していないようだった。駅前からは、広い車道が上っている。ものの200mも行けば、地方道が通過するコトス峠だ。標高1829mのこの峠も山脈の尾根筋で、向こう側はマドリード州になる。

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終点コトス駅
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(左)使われているホームは1本のみ
(右)駅舎内部
 

コトスとは、雪が積もっても道筋がわかるように立てる小さな石柱のことだそうだ。冬場、雪に覆われるこの峠では大切な目印で、そこから定冠詞を付けたロス・コトスという地名が定着した。コトス峠の上はあっけらかんとした場所で、目につくのはレストランの大きな建物と、広い駐車場だけだ。道端で、平日3便しかないマドリード直行の路線バスが時間待ちをしていた。

一方、駅構内の線路は、先端で1本にまとまり、この峠の下にもぐっていく。これこそ第2期延伸計画のために用意されたトンネルだ。車庫として使われているらしいが、入口は落書きだらけの板戸で閉じられ、中の様子はわからない。計画がついえたため、トンネルは未完成で、貫通していない。反対側には、柵で仕切られた線路用地とおぼしき斜面が、道路沿いにむなしく続いているばかりだ。

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(左)駅構内から峠下へ続く線路
(右)板戸で閉じられた峠下のトンネル
 

写真は別途クレジットを付したものを除き、2023年6月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

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 スペインの保存鉄道・観光鉄道リスト
 バスク鉄道博物館の蒸気列車

2023年8月25日 (金)

モンセラットのケーブルカー

サン・ジョアン ケーブルカー Funicular de Sant Joan

延長 503m、高度差 248m、軌間 1000mm、単線交走式
最急勾配 652‰
開通 1918年

サンタ・コバ ケーブルカー Funicular de la Santa Cova

延長 262m、高度差 118m、軌間 1000mm、単線交走式
最急勾配 565‰
開通 1929年

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モンセラット修道院とサン・ジョアン ケーブルカー

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修道院の前にあるクレウ(十字架)広場 Plaça de la Creu は、聖地モンセラット Montserrat を訪れた人々の動線が交わる場所だ。下界から登山鉄道(下注)やロープウェーに乗ってきたならもちろん、たとえクルマで上ってきても、修道院の中庭へ入るならここを通らないわけにはいかない。

*注 モンセラット登山鉄道については、本ブログ「モンセラット登山鉄道 I-旧線時代」「モンセラット登山鉄道 II-新線開通」で詳述している。

聖堂の奥で黒い聖母子像に面会して、訪問の第一の目的を果たした後も、この広場に戻って、次の行先へ出発することになる。モンセラットの山域には、修道院以外にも小さな巡礼地が点在しているから、そこを目指す人も多い。もちろん歩いても行けるが、それなりの山道だ。そこで広場から、山上と山腹へ1本ずつケーブルカーが運行されている。これを利用して高度差を克服すれば、あとは比較的緩やかな坂をたどって、目的地に到達できる。

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クレウ広場前に集中する鉄道と索道の駅
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モンセラット修道院周辺の詳細図に鉄道・索道と主要地点を加筆
Base map derived from the topographic map of Catalonia 1: 5.000 of the Institut Cartogràfic i Geològic de Catalunya (ICGC), used under a CC BY 4.0 license
 

山上へ行くのは、サン・ジョアン ケーブルカー Funicular de Sant Joan だ。クレウ広場の山手から、モンセラットの尾根の鞍部まで延びている。長さ503m、起終点間の高度差248m、最大勾配は652‰(下注)と険しく、スペイン国内では最も急勾配のケーブルカーだ。

*注 ちなみに、日本のケーブルカーの最大勾配は高尾山の608‰。

開業したのは1918年、尾根筋のサン・ジョアン San Joan をはじめとするいくつかの庵(いおり)を訪れる人のために設けられた。当初用意されたのは小型の搬器だったが、上部駅に併設した展望台とレストランが人気を博し、たちまち輸送が追いつかなくなった。

そこで、すでにモンセラットで登山鉄道を運行していたムンターニャ・デ・グランス・ペンデンツ(大勾配登山)鉄道 Ferrocarrils de Muntanya de Grans Pendents (FMGP) が自ら全面改築に乗り出した。同社は1925年にケーブルカーの運営会社(下注)を買収したあと、1926年に軌間を広げ、搬器を大型のものに交換している。

*注 ケーブルカー・リフト株式会社 Compañía anónima de Funiculares y Ascensores (CAFA) 。

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修道院側からケーブルカーの軌道を仰ぐ
 

登山鉄道のほうは、脱線事故をきっかけに1957年に廃止されてしまったが、ケーブルカーの運行はその後も続けられた。だが、運営会社FMGPの経営状況が悪化し、設備更新もままならなくなったため、1982年に州政府が買収に踏み切った。

こうした経緯で、ケーブルカーは1986年以来、カタルーニャ公営鉄道 Ferrocarrils de la Generalitat de Catalunya (FGC) の一路線になっている。FGCは、バルセロナからの郊外電車(R5、R50系統)や2003年に開業した現在の登山鉄道の運行事業者で(下注)、ケーブルカーも、市内からの連絡切符など一体的なマーケティングの対象に組み込まれている。

*注 ちなみにモンセラット・ロープウェー Aeri de Montserrat だけは、FGCの路線ではなく別の事業者が所有・運行している。

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サン・ジョアン ケーブルカー下部駅
 

さて、クレウ広場から上り坂を折り返しながら歩いていくと(下注)、山際に張り付くようにして建つサン・ジョアン ケーブルカーの小ぶりな駅舎に行き着く。開業以来の建物だが、内部は改修されていて、正面の大きなアーチ窓から発着ホームが隅々まで見渡せる。

*注 登山鉄道駅の奥にあるエレベーターを使えば、坂道を多少ショートカットできる。

左の出札口で乗車券を購入した。片道10.40ユーロ、往復16ユーロ。後述するサンタ・コバ ケーブルカーとのセット券(18.70ユーロ)もあり、両方往復するならこれがお得だ。帰りは歩くつもりなので片道券を買ったが、渡されたのは味気ないレシートだった。

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下部駅内部
 

ケーブルカーは繁忙期12分、閑散期は15分間隔で運行されている。次の発車は13時15分だ。2015年に更新された車両は3扉で、車内もそれに応じて、貫通路のない3つのコンパートメントに区分されている。ベンチがあるが、たとえ座れるほどすいていたとしても、ここは谷側の車端(の立ち席)に陣取るべきだろう。

というのも、ルートが一直線なので、延長線上に位置している修道院のバシリカが走行中、ずっと見え続けるからだ。山を上るのだから眺めが良くて当然かもしれないが、これほどピンポイントに絶景を堪能させてくれるケーブルカーも珍しい。

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サン・ジョアン ケーブルカーの車両
室内は3つのコンパートメントに区分
 

乗り込んで少し待つうち、ブザー音を合図に車両は動き出した。最初は、修道院の側壁の一部が木々の間から覗くだけだが、まもなく森が途切れて、中庭のサンタ・マリア広場 Plaça de Santa Maria とそれを取り巻く建物群が見え始める。ゆっくりズームアウトしていく修道院の伽藍に集中していると、線路が二手に分かれ、対向車両が静かに降りていった。

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中間地点でのすれ違い
 

ルートの後半では、勾配が最大652‰に達する。まず切通しの中を進んでいくが、側面の岩肌の動きはほとんど垂直だ。再び視界が開けると、修道院もさることながら、背後にそそり立つ奇怪な形の岩の柱列に目を奪われた。車両の天井もガラス張りなので、ここまで来れば上部の車室からもこの景色が十分楽しめるはずだ。

標高970mの上部駅へは約6分で到着する。いったん駅舎を出て外階段で2階へ上がると、展望テラスに出られる。たった今車内で見てきた風景にケーブルカーの車影も加わって、いかにも写真映えする眺めだった(冒頭写真参照)。

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上部駅
(左)急傾斜のホーム
(右)巻上機
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外階段で2階の展望テラスへ
 

ミランダ・デ・サンタ・マグダレナ Miranda de Santa Magdalena の山腹にあるサン・ジョアンの庵 Ermita de Sant Joan へは、緩い上り坂の巡礼道を西へ歩いて10分ほどだ。中には入れないが、格子窓から覗くと、内部は礼拝堂になっていた。その先にはサン・オノフレ Sant Onofre やサンタ・マグダレナ Santa Magdalena などの、廃墟になった庵が続いている。また、片道1時間の山道縦走で、モンセラットの最高峰、標高1236mのサン・ジェロニ San Jeroni を目指す人もいるだろう(下図参照、下注)。

*注 山腹の道路際からサン・ジェロニに直接上る長さ680mのロープウェーも運行されていたことがある。1929年開業、1983年廃止。

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上部駅の周辺案内図を撮影
1:サン・ジェロニ新縦走路、2:同 旧縦走路
3:サン・ミケル巡礼路(修道院方面)
3a:サン・ジョアン巡礼路
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ミランダ・デ・サンタ・マグダレナの山腹を行く巡礼路
サン・ジョアンの庵が左肩に望める
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サン・ジョアンの庵
 

一方、山道は反対方向へも延びている。こちらは南東尾根をぐるりと回り、東斜面のサン・ミケルの庵 Ermita de Sant Miquel や、スリリングな展望で人気のあるサン・ミケルの十字架 Creu de Sant Miquel を経由して、起点のクレウ広場に戻ることができる。最初少し上るが、あとはずっと下りで、見晴らしのいい40分ほどのハイキングルートだ。時間に余裕があるなら(さらに天気が良ければ)、ケーブルカーで往復するよりはるかに印象に残る旅になるに違いない。

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サン・ミケルの庵
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サン・ミケルの十字架
 

クレウ広場に帰ってきたところで、もう一つのサンタ・コバ ケーブルカー Funicular de la Santa Cova に乗りに行こう。こちらは修道院の崖下を降りていく路線で、聖母子像の発見場所と伝わるサンタ・コバへの巡礼路にある急坂区間をカバーするために建設された。長さ262m、起終点間の高度差118mと、サン・ジョアンに比べれば小規模だが、最大勾配は565‰で険しさは遜色ない。

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サンタ・コバ ケーブルカー上部駅
 

これは、サン・ジョアンの改修から3年後の1929年に、同じFMGP社の手で開業した。軌道は、サンタ・マリア川 Torrent de Santa Maria という涸れ沢(下注)に沿っている。2000年6月の大雨では沢があふれて、下部駅舎と停車していた車両が大きな被害を受けた。1年後の2001年6月にようやく運行が再開されたが、復旧に際しては設備の全面更新が実施された。現在の車両もこのとき新調されたものだ。

*注 原語の Torrent(トレント)はふだん水流がなく、降雨時のみ流れる涸れ川のこと。

上部駅は登山鉄道の駅の直上にある。中に入ると、小さなホールの一角に出札口が開いていた。運賃は、大人片道3.90ユーロ、往復6ユーロだ。

ケーブルカーは20分間隔で運行されていて、次の15時40分発がホームで待機している。車内は5つの小区画に分割され、跳ね上げ式の座席がある。天井も、開放的な全面窓だ。出発の時刻になると、下端の操作席にトランシーバーを持った係員が乗り込んできた。さっき出札口で切符を売っていた女性で、一人ですべてこなしているらしい。

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車両、室内は5区画
 

サン・ジョアンとは対照的に、軌道は終始、右にカーブしている。短距離にもかからわず、下部駅方向は岩陰になって見通せない。まもなく待避線の分岐点にさしかかった。誰も乗っていない対向車両が左側を上っていくのを見送ると、下部駅はもう目の前だ。走行時間は実際、3分もなかった。

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(左)操作席
(右)ルートは終始カーブしている
 

下部駅舎からは、巡礼路 Camí de la Santa Cova をたどってサンタ・コバへ向かう。この道は、クレウ広場の端からロープウェーの駅前を通って降りてきている。蹴上がりの浅い階段が続く舗装道なので、ケーブルカーに頼らずに歩いてくる人もいる。

巡礼路の沿道には、ロザリオの秘跡をテーマにして19世紀末から20世紀初めにかけて造られた彫刻作品(記念ロザリオ Rosari Monumental)が点々と設置されている。それを一つずつ鑑賞しながら歩いていくのは楽しい。なかでも、屹立する奇岩の張り出しを回り込む地点に設置されているイエスの磔刑像 Crucifixió de Jesús(悲しみの第五の秘跡 Cinquè misteri de Dolor)が印象的だ。ここはさきほど立ち寄ったサン・ミケルの十字架が建つ尾根の麓に当たり、クレウ広場からも遠望できる。

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下部駅
頭上に見えるのは修道院とロープウェー上部駅
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はるか谷底にロープウェーの下部駅が
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奇岩の先端にある磔刑像
 

サンタ・コバ Santa Cova(下注)は聖なる洞窟を意味する。言い伝えによると、西暦880年、二人の若い羊飼いがモンセラットの中腹に光が降臨するのを目撃した。その後も繰り返し現れたこの奇蹟がきっかけとなり、岩山の洞窟に隠されていた聖母子像が発見される。しかし重すぎて山から運び下ろすことができず、この地で奉ることにしたのだという。最初は庵が結ばれ、やがて修道院へと発展していく。

*注 サン・ジョアン(聖ヨハネ)のような聖人名ではないので、原語では定冠詞 la をつけて、La Santa Cova と綴る。

一方、発見場所とされる洞窟では、18世紀初めにそれを覆う小さな聖堂が建てられた。そこが巡礼路の終点だ。ドーム天井の堂内に入ると、修道院と同じような色とりどりの蝋燭が灯っている。正面の祭壇では聖母子像のレプリカが明かりに照らし出され、薄暗い信者席に一人、祈りを続ける女性がいた。訪問者が絶えず行き来している修道院とはまた違う、静謐で敬虔な空間がそこにあった。

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急崖に張り付くサンタ・コバ礼拝堂
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(左)岩陰の聖堂入口
(右)レプリカの聖母子像がある祭壇
 

写真は、2019年7月および2021年7月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
モンセラット登山鉄道 https://www.cremallerademontserrat.cat/
Trens de Catalunya - Cremallera i Funiculars de Montserrat
http://www.trenscat.com/montserrat/

★本ブログ内の関連記事
 モンセラット登山鉄道 I-旧線時代
 モンセラット登山鉄道 II-新線開通

2023年7月16日 (日)

スペインの保存鉄道・観光鉄道リスト

これからスペインにある観光鉄道についていくつか記事を書くつもりなので、調べた範囲で国内にある保存鉄道・観光鉄道のリストを作成した。西欧諸国ではフランスに次いで広大な国にしては物足りない数だが、内容はバラエティに富んでいる。

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段丘崖の下を走るアルガンダ鉄道の蒸気列車(2018年)
Photo by CARLOS TEIXIDOR CADENAS at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0

「保存鉄道・観光鉄道リスト-スペイン」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_spain.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-スペイン」画面
 

項番1 パハレス坂 Rampa de Pajares

パハレス坂は、RENFE(スペイン国鉄)レオン=ヒホン線 Ferrocarril de León a Gijón の一部で、国内の在来線で最も険しいとされる山越え区間の通称だ。保存鉄道でも観光鉄道でもないが、山がちな国土を19世紀の鉄道技術でどのように克服していったのかを知る意味で注目に値する。

路線は、北海岸と中央高地を隔てるカンタブリア山脈 Cordillera Cantabrica を貫いていて、サミットと北麓の谷底との高度差は実に900m以上ある。それで、勾配を幹線規格の20‰に収めるために、大掛かりな線路の引き回しを行わなければならなかった(下図参照)。襞の多い山腹を縫って大小60本以上のトンネルと、150か所以上の橋梁が次々に現れるという、見るからに驚異のルートだ。

この坂道は1884年の開通以来、140年にわたって中央高地と北海岸との間の重要な連絡路として機能してきた。しかし目下、長さ24.6kmの新トンネルを含む高速仕様のバイパス線が建設中で、2024年にも完成が見込まれている。これが正式に開業すると、少なくとも旅客列車でパハレス坂を体験することは難しくなるだろう。

ちなみに、カンタブリア山脈を貫く路線は他にもあるが、いずれも同様の理由で羊腸の道をたどることを強いられている。たとえば、パレンシア=サンタンデル線 Línea Palencia-Santander のレイノサ Reinosa ~バルセナ Bárcena 間、カステホン=ビルバオ鉄道 Ferrocarril Castejón-Bilbao のイサラ Izarra ~オルドゥーニャ Orduña 間がそうだ。

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パハレス坂のふもと、
プエンテ・デ・ロス・フィエロス Puente de los Fierros 駅に停車中の近郊線電車
(2020年)
Photo by Savh at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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パハレス坂ルート(1915年)
Image from Guide Joanne, 1915 edition. License: public domain
 

項番15 いちご鉄道 Tren de la Fresa

スペイン本土最初の鉄道は1848年にバルセロナと近郊との間で開業したが、2番目は1851年開業のマドリード=アランフエス線 Ferrocarril de Madrid a Aranjuez だ。特産のイチゴを含む果物や野菜がこの路線で首都に運ばれたことから、いつしか「トレン・デ・ラ・フレサ Tren de la Fresa(いちご列車またはいちご鉄道)」の愛称がついた。

今はセルカニアス・マドリード(マドリード郊外線)Cercanías Madrid に組み込まれ、C-3号線の通勤電車が行き交うルートだが、行楽シーズンの週末には、古典客車を使用した懐古列車ツアーも実施されている。運行開始は1984年で、かれこれ40年続く伝統イベントだ。当初は蒸気機関車が牽いていたが、最近は電気機関車またはディーゼル機関車がバトンを引き継いでいる。

マドリードでの出発駅は中央駅アトーチャ Atocha ではなく、鉄道博物館に改装されている旧デリシアス Delicias 駅だ。一路南下し、約50分で、ロドリーゴ Rodrigo の名曲でも知られた古都アランフエスに到着する。オプションで世界遺産の王宮や旧市街を巡った後、帰りの列車内で、アテンダントから乗客に新鮮なイチゴがふるまわれる。

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蒸機が牽引していた頃のいちご列車
アランフエス付近(2012年)
Photo by Andrés Gómez - Club Ferroviario 241 at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番3 バスク鉄道博物館 Museo Vasco del Ferrocarril

ビスケー湾に面した北海岸一帯には1000mm軌間の路線網が張り巡らされていて、さながら狭軌の王国だ。北東部に位置するバスク州には、こうしたメーターゲージの機関車や客車を動態保存しているバスク鉄道博物館 Museo Vasco del Ferrocarril(バスク語表記 Burdinbidearen Euskal Museoa)がある。

1994年にオープンした博物館は、旧ウロラ線 Ferrocarril del Urola の中間駅だったアスペイティア Azpeitia 駅を、駅舎や構内配線だけでなく、機関庫や変電所など付属施設も含めて再利用している。運営主体がバスク州の鉄道運行を担うエウスコトレン Euskotren 社ということもあって、展示車両も、鉄道用の機関車や客車から、路面電車や地下鉄車両、道路車両まで実にさまざまだ。

支線だったウロラ線はすでに廃止され、跡地の大半は自転車道などに姿を変えてしまった。しかし、アスペイティアから下流のラサオ Lasao 駅までの4.5kmだけは、保存列車の走行用に線路が残されている。シーズンの週末には、博物館の蒸気機関車が旧型客車を牽いて、ウロラ川に沿うこの渓谷区間を往復する。

*注 鉄道の詳細は「バスク鉄道博物館の蒸気列車」参照。

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旧ウロラ線を行くバスク鉄道博物館の蒸気列車
(2004年)
Photo by Nils Öberg at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番16 アルガンダ鉄道 Tren de Arganda

メーターゲージの蒸機で運行される観光鉄道はもう1か所、マドリード南東郊にもあり、地名にちなんでアルガンダ鉄道(アルガンダ列車)と呼ばれている。拠点はマドリード地下鉄9号線のラ・ポベダ La Poveda 駅から西へ500mで、アクセスは容易だ。

路線はもとタフニャ鉄道 Ferrocarril del Tajuña と称し、首都からおおむねタフニャ川に沿ってグアダラハラ県アロセン Alocén まで、142kmも続く長大路線だった。しかし、貨物輸送をしていたマドリード側の35kmを最後に、1997年に全廃となった。その廃線跡の一部、約4kmを使って2001年に開業したのがこの保存鉄道だ。

地下鉄(下注)の駅近とはいえ、周辺は麦畑が広がり、鉄道の現役時代を彷彿とさせる。列車は春・秋の日曜日に運行され、小型タンクが古典客車を数両連ねて、マドリード方向に出発する。まもなく渡るハラマ川 Río Jarama のトラス橋が車窓の名物だ。その後、西に向きを変えて荒々しい段丘崖の下を走り(冒頭写真参照)、折返し駅ラグナ・デル・カンピリョ Laguna del Campillo に至る。

*注 郊外地なので、地下鉄といえども地上を走っている。

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アルガンダ鉄道が保有する
1926年オーレンシュタイン・ウント・コッペル Orenstein & Koppel 製の小型タンク
(2016年)
Photo by CARLOS TEIXIDOR CADENAS at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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ハラマ川を渡るトラス橋(2020年)
Photo by Julio A. Ortega at Flickr. License: public domain
 

項番10 トラムビア・ブラウ(青トラム)Tramvia Blau

カタルーニャの州都バルセロナはいうまでもない国際的な観光都市だ。見どころが多数あるなか、鉄道関係ではトラムビア・ブラウがよく知られている。地下鉄7号線の終点(下注)があるケネディ広場 Plaça Kennedy から、ケーブルカー乗り場の前のドクトル・アンドレウ広場 Plaça del Doctor Andreu まで、ティビダボ山へ向かう観光客を乗せて走る青色の路面電車だ。わずか1.3kmの短区間とはいえ、急な坂道を何食わぬ顔で上っていく姿は頼もしい。

*注 駅名はアビングダ・ティビダボ Avinguda Tibidabo(ティビダボ大通り)。

使われている車両は1901~04年製の2軸車で、路線のオリジナルだ。もとから青塗装で、1979年に市営化された後も、市電のような赤色に塗り直されることはなかった。ただし129号車は旧市電を復元したので、例外的に赤をまとっている。

バルセロナには現在トラム路線が数本あるが、市電が全廃された1971年から、トラムが復活した2004年までの30数年間、これが市内唯一の路面電車だった。存続した理由は、別会社が運営していたことと、これ自体がティビダボにリンクしている観光アトラクションだったからだ。今も運賃は市内交通とは別建てで、車内で車掌が徴収する。

なお、トラムビア・ブラウは改修のために2018年から長期運休中で、その間、代行バスが走っている。

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ドクトル・アンドレウ広場に到着した7号電車
(2014年)
Photo by Andreas Nagel at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番12 ソーリェル鉄道 Tren de Sóller
項番13 ソーリェル路面軌道 Tramvia de Sóller

西地中海に浮かぶマヨルカ島 Mallorca はスペイン最大の島で、州都パルマ Palma を起点にした複数の鉄道路線がある。公営(マヨルカ鉄道輸送 Serveis Ferroviaris de Mallorca)の通勤路線やメトロと並び、民営の観光鉄道として名を馳せているのがソーリェル鉄道 Ferrocarril de Sóller だ。914mm(3フィート)軌間で電化された鉄道線と路面軌道線をもっていて、両者はソーリェルの町で接続している。

鉄道線のほうは「トレン・デ・ソーリェル(ソーリェル列車またはソーリェル鉄道)Tren de Sóller」と呼ばれる。1912年に蒸気鉄道で開業し、1929年に電化された。パルマ市内、スペイン広場 Plaça d'Espanya の横にあるターミナル駅を起点とし、立ちはだかるトラムンタナ山脈 Serra de Tramuntana を横断して、盆地に位置するソーリェル Sóller まで27.3kmの路線だ。

並行して路線バスが30分間隔で走っていることもあり、列車の旅は観光客向けに特化されている。ホームで客を迎えるのは、艶光りする板張りの車両を長々と連ねたレトロ列車だ。乗車時間は約1時間。前半は市街地を抜けて、オリーブ畑が広がる中をひた走る。後半、峠のトンネルを出た直後に、ソーリェルの町を見下ろす展望台の駅で5~10分の小休止がある。

*注 鉄道の詳細は「マヨルカ島 ソーリェル鉄道 I-列車線」参照。

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ソーリェル鉄道の列車、ブニョラ Bunyola 南方にて
(2017年)
Photo by Diesellokophren at wikimedia. License: CC0 1.0
 

列車が着いたソーリェルの駅前には、路面電車が発着する。町と港との間を結んでいる延長4.9kmの「トラムビア・デ・ソーリェル(ソーリェル・トラムまたはソーリェル路面軌道)Tramvia de Sóller」だ。1913年開業の貴重な旧世代トラムで、スペインでは前項のトラムビア・ブラウとここにしか見られない。

車両は「列車」と同じような板張りだが、利用者が混同しないように、前面腰板がオレンジ色に塗られている。混雑するシーズン中は、電動車2両の間に開放型客車2両をはさんだ最大4両編成で走る。さらにピーク時は2本が続行運転されて、押し寄せる客をさばく。

駅を出た電車は、市場やカフェテラスが賑わう教会前の広場をそろそろと横断する。しばらく道端をかすめ、最後は強い日差しが降り注ぐ海岸の、のびやかなプロムナードに沿って進む。「列車」とはまた違って、通り過ぎる風景との距離が近いのが魅力だ。

*注 鉄道の詳細は「マヨルカ島 ソーリェル鉄道 II-路面軌道」参照。

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ソーリェルの街路を抜けていく路面電車(2008年)
Photo by Olaf Tausch at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番4 ヌリア登山鉄道 Cremallera de Núria

ラック式登山鉄道も北東部のカタルーニャ州で2本動いている。その一つ、ヌリア登山鉄道は、ピレネー山脈の山懐にいだかれたカトリックの聖地ヌリア Núria が目的地だ。延長12.5km、軌間1000mm、アプト式ラックレールを用いて、麓の駅との高度差1059mを克服する。開業が1931年と比較的遅かったので、最初から電気運転だった。

ヌリアには、ロマネスク期の聖母像が安置された教会建物があり、周辺にはスキー場も開かれている。しかし車道が通じていないので、徒歩を除けば登山鉄道が唯一のアクセス手段だ。所要時間は40分、山奥にもかかわらず、ピーク期には1日13往復もの列車が走っている。

鉄道の起点は、カタルーニャ近郊線のリベス・デ・フレゼル Ribes de Freser 駅前にあるリベス・エンリャス Ribes-Enllaç だ。Enllaç(スペイン語では Enlace)は接続、連絡を意味する。

滑り出しは粘着式で谷底を這う。5.5km地点でラック区間が始まり、中間駅ケラルブス Queralbs からは氷河谷の急斜面にとりついて上る。最大勾配は150‰。とりわけスリリングだった断崖の桟道区間が、2008年に長いトンネルに置き換えられた。車窓の醍醐味は若干そがれたが、ピレネーの神髄に迫る高揚感はいささかも失われていない。

*注 鉄道の詳細は「ヌリア登山鉄道-ピレネーの聖地へ」参照。

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ヌリア貯水池の岸を行く(2009年)
Photo by Alberto-g-rovi at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番7 モンセラット登山鉄道 Cremallera de Montserrat

バルセロナの北西35km、林立する奇岩の上に建つモンセラット修道院 Monestir de Montserrat にも、ラック式登山鉄道が通じている。

カタルーニャで最も重要な巡礼地とあって、鉄道建設の機運は早くからあり、初代は1892年に開業した。しかし1930年代以降は、競合するロープウェーの開設とモータリゼーションの加速化が、会社経営に大きな影響を及ぼしていく。設備更新が滞る中で発生した脱線事故がとどめとなって、この登山鉄道は1957年に撤退を余儀なくされた。

現在運行中の2代目は、山域の環境負荷を軽減するために、旧ルートを一部利用して2003年に新設されたものだ。仕様はヌリア登山鉄道とほぼ共通で、延長5.3km、麓の駅との高度差は550m、所要15分。

起点は、カタルーニャ近郊線のモニストロル・デ・モンセラット Monistrol de Montserrat 駅(登山鉄道の駅名はモニストロル・エンリャス Monistrol-Enllaç)だ。しかし、次のモニストロル・ビラ Monistrol-Vila のほうがむしろ主要駅だろう。駅の周りに大駐車場が併設されていて、クルマで来た客はここで電車に乗り換えて山上に向かう。そのため、この駅を始発/終着とする区間便が多数ある。

*注 鉄道の詳細は「モンセラット登山鉄道 I-旧線時代」「同 II-新線開通」参照。

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モンセラット駅を出発するラック電車(2017年)
Photo by Juan Enrique Gilardi at flickr. License: CC BY-SA 2.0
 

項番14 グアダラマ電気鉄道 Ferrocarril Eléctrico del Guadarrama(マドリード郊外線C-9号線 Cercanías Madrid Línea C-9)

ラックレールには頼らないものの、この鉄道も山の稜線に上っていくという点で、実質的な登山鉄道といえる。舞台はマドリードの北西、国立公園にもなっているグアダラマ山脈 Sierra de Guadarrama だ。山裾のセルセディリャ Cercedilla から峠に位置するコトス Cotos(ロス・コトス Los Cotos)まで、路線は延長18.2km、高低差が670mある。

メーターゲージの電気鉄道で、最大勾配は70‰だ。中間駅のプエルト・デ・ナバセラダ(ナバセラダ峠)Puerto de Navacerrada までほぼこの勾配でぐんぐん高度を稼ぎ、あとは松林の間を等高線に沿うようにして、標高1819mの終点コトスに至る。

グアダラマ電気鉄道というのは私鉄時代の旧社名で、1954年に国有化されて、RENFE(スペイン国鉄)の一路線になった。現在は、首都圏の通勤路線網セルカニアス・マドリード Cercanías Madrid に組み込まれ、C-9号線と称している。しかし、運賃は他のどのゾーンから乗っても固定額で、乗車券購入時には列車予約が必要になるなど、通勤路線とはかなり異なる扱いだ。

*注 鉄道の詳細は「グアダラマ電気鉄道-ロス・コトス峠へ行く登山電車」参照。

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セルセディリャ駅のC-9号線発着ホーム(2022年)
Photo by Albergarri788 at wikimedia. License: CC0 1.0
 

項番9 ジェリダ・ケーブルカー Funicular de Gelida

最後にケーブルカーを一つ紹介しておきたい。バルセロナ西郊にある小さな町ジェリダ Gelida で、麓のRENFE駅(下注)と高台にある町の中心部を結んでいる路線だ。長さ884m、最大勾配22.2%で110mの高度差を克服する。

1924年の開通で、設備は1980年代に更新されているものの、板張りの車体に古めかしい雰囲気が残っている。ルートは直線で、駅前から乗ると前半は掘割の中を進む。高速道の下をくぐった後、中間点で下る車両と行違うが、そちらは客扱いがなく、重りの役割しか持っていない。周りにいっとき畑が広がるが、まもなく家並みに囲まれて上部駅に到着する。所要時間は8分だ。

*注 ロダリエス・カタルーニャ Rodalies Catalunya(カタルーニャ郊外線)R4号線の列車が停車する。

カタルーニャ公営鉄道 FGC が運営する公共交通機関で、フニ Funi(ケーブルカーを意味するフニクラル funicular の略)と呼ばれて市民に親しまれてきた。しかし、政府の補助金削減を理由に、2011年でその役割は終了した。以来、観光用に週末の日中にだけ運行されていて、ふだんの市民の足はシャトルバスが担っている。

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(左)ジェリダ・ケーブルカーの中間地点(2019年)
(右)上部駅(2014年)
Photos by calafellvalo at flickr. License: CC BY-NC-ND 2.0
 

【付記】鉄道名の和訳について

スペイン語では鉄道のことを「ferrocarril(フェロカリル、鉄の道の意)」というが、観光鉄道の場合は「tren(トレン、列車の意)」もよく見かける。これは運行されている列車そのものを指すとも考えられるが、保存鉄道リストでは一律に「鉄道」と読み替えている。

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2022年9月 5日 (月)

イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド・北アイルランド編

岩がちな山の重なり、深く切れ込む入江、平谷の底で静まりかえる湖、スコットランドの旅の魅力の一つが、こうした雄大で手つかずの自然との出会いだ。本来は移動手段であるはずの鉄道も、ここでは車窓に流れる景色の見事さで、乗ることが目的にさえなっている。

今回は、スコットランドおよび北アイルランドの保存鉄道・観光鉄道のリストから、特に興味をひかれた鉄道を挙げていこう。

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アイル湾 Loch Eil の背後にベン・ネヴィス Ben Nevis を望む
ウェスト・ハイランド線(2017年)
Photo by Peter Moore at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0

「保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_scotland.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド」画面
 

項番8 ウェスト・ハイランド線 West Highland Line

「イギリスの絶景車窓」を紹介する観光関連サイトをいくつか覗くと、必ず名が挙がる路線が三つあることに気づく。イングランド北部のセトル=カーライル線 Settle–Carlisle line、同 南西部のリヴィエラ線 Riviera line、そしてスコットランドのウェスト・ハイランド線 West Highland Line(下注)だ。

*注 後述する観光列車「ジャコバイト号 The Jacobite」を挙げているものも含む。

御三家の一角を占めるウェスト・ハイランド線は、ハイランド地方 Highlands の西部を北上していくナショナル・レール(旧国鉄線)だ。列車は、スコットランド最大の都市グラスゴー Glasgow のクイーン・ストリート Queen Street 駅から出発する。

併結便の場合、途中のクリーアンラリッヒ Crianlarich で2本の列車に分割される。1本は本線を北上し続け、フォート・ウィリアム Fort William を経て、港町マレーグ Mallaig まで行く。もう1本は支線を西へ向かい、同じく港町のオーバン Oban に至る。本線263.6km、支線67.5km。本線だけでも乗り通すのに5時間以上かかる長距離路線だ。

西海岸の地形は海と陸地が複雑に入り組んでいるため、鉄道は内陸の谷間を縫うように通されている。小さな集落がたまに見えるほかは、岩山と高原、入江と湖が交錯する荒涼とした風景がどこまでも続き、はるか遠くへ来たことをひしひしと感じさせる。

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ラノッホ Rannoch 駅に入る列車(2015年)
Photo by Andrew at frickr.com. License: CC BY 2.0
 

運用されている車両は、スコットレール ScotRail(下注)の156形気動車だが、それに加えて最奥部のフォート・ウィリアム~マレーグ間には、蒸気機関車が先頭に立つ観光列車「ジャコバイト号 The Jacobite」がある。「ハリー・ポッター」の映画シリーズでホグワーツ特急 Hogwarts Express に擬せられて、世界的な知名度を獲得した看板列車だ。

*注 2022年3月まではアベリオ Abellio 社の子会社がフランチャイズ契約で運行していたが、期間満了で、4月からスコットレールの名称を残したまま、政府出資会社に引き継がれた。

ロケ地になったグレンフィナン高架橋 Glenfinnan Viaduct は、広い谷間に美しい弧を描くアーチ橋だ。沿線風景で最大のハイライトとあって、乗客は誰しも通過のときを心待ちにしている。

*注 鉄道の詳細は「ウェスト・ハイランド線 I-概要」「ウェスト・ハイランド線 II-ジャコバイト号の旅」参照。

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グレンフィナン高架橋を渡るジャコバイト号(2018年)
Photo by WISEBUYS21 at frickr.com. License: Public domain
 

項番1 カイル・オヴ・ロハルシュ線 Kyle of Lochalsh line

西海岸の港を目指し、南から延びるウェスト・ハイランド線に対して、東からハイランドの山地を横断してくるのがカイル・オヴ・ロハルシュ線だ。こちらもナショナル・レール(旧国鉄線)で、スコットレールの158形気動車で運行されている。

東海岸、ファー・ノース線 Far North Line の途中駅ディングウォール Dingwall を起点に、西岸の港町カイル・オヴ・ロハルシュ Kyle of Lochalsh(下注)に至る102.7kmの路線だが、旅客列車はハイランドの主要都市インヴァネス Inverness から直通する。全線の所要時間はおよそ2時間40分だ。

*注 地名カイル・オヴ・ロハルシュは、アルシュ湾 Loch Alsh の海峡 kyle(=狭まった地点)を意味する。なお、ゲール語由来の ch [x] は本来の英語にない音のため、[k] と読まれることも多い。

ディングウォールで左に分岐してまもなく、列車は最初の、そして最も急な上り勾配にさしかかる。計画ルート上にあったストラスペファー Strathpeffer の町の大地主が首を縦に振らず、やむを得ず線路を迂回させたという訳ありの坂道だ。その後は、湖が点在する広い氷蝕谷の間をひたすら進んでいき、峠らしい峠を経験しないまま、谷を降りてしまう。

最後の30分間は、カロン湾 Loch Carron に沿って、岩がちな海岸線をくねくねとたどる。山と湖の眺めなら先述のウェスト・ハイランド線でも得られるが、断続する海辺の風景はこの路線の特色といえるだろう。

終点カイル・オヴ・ロハルシュはアルシュ湾に突き出した埠頭の駅で、海峡を隔てて指呼の間にスカイ島 Isle of Skye を望む。かつては対岸の港カイラーキン Kyleakin との間をフェリーが結んでいたが、島に渡る道路橋ができた今は、路線バスが連絡する。

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カイル・オヴ・ロハルシュ線の車窓から
アハナシーン(アクナシーン)Achnasheen 駅西方にて(2017年)
Photo by Richard Szwejkowski at frickr.com. License: CC BY-SA 2.0
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カイル・オヴ・ロハルシュ駅の最終列車(2011年)
Photo by John Lucas at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番3 ストラススペイ鉄道 Strathspey Railway

数はそれほど多くないものの、スコットランドにもいくつかの蒸気保存鉄道がある。その一つ、標準軌ではおそらく最北端に位置するストラススペイ鉄道 Strathspey Railway は、インヴァネスから南へ山を一つ越えたスペイ川 River Spey 流域を走る路線だ。

廃止されたハイランド本線 Highland Main Line の旧ルート(下注1)を1978年に復活させたもので、新旧ルートの分岐点だったアヴィモア Aviemore を起点に、ブルームヒル Broomhill までの約16kmを行く。片道50分、往復1時間40分。鉄道名のストラススペイ Strathspey とは、鉄道が通過するスペイ川 Spey の広い谷(ストラス Strath、下注2)のことだ。

*注1 これは1863年に開通したルートで、アヴィモアからグランタウン・オン・スペイ Grantown on Spey を経て、フォレス Forres でアバディーン=インヴァネス線 Aberdeen–Inverness line に合流していた。1898年にアヴィモア~インヴァネス間を短絡する現ルートが開通したことで支線に転落し、後の1965年に廃止された。
*注2 スコットランドの地形用語で、狭く険しい谷をグレン Glen、広く穏やかな谷をストラス Strath と使い分ける。

列車は、ナショナル・レールのアヴィモア駅3番線から出発する。まもなく当初起点に使われていたホーム跡とヤードを通過して、森の中に入っていく。本線規格で建設されたので、緩いカーブの走りやすそうな線路だが、列車の走りは至ってのんびりしている。

中間駅ボート・オヴ・ガーテン Boat of Garten 駅には、1904年築という趣のある旧駅舎が残され、往路の停車中に見学が可能だ。この後はスペイ川の広い氾濫原を進んでいき、その間、蛇行する川とともに、はるか遠くにケアンゴームズ国立公園 Cairngorms National Park の山並みが見晴らせる。

終点ブルームヒル Broomhill は片面ホームで、折返しのためのささやかな駅に過ぎない。鉄道はさらに次の町グランタウン・オン・スペイ Grantown-on-Spey への延伸に向けて、作業を継続している。

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スペイ川の谷を戻る列車
遠景はケアンゴームズ山地(2006年)
Photo by Dave Conner at frickr.com. License: CC BY-SA 2.0
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現在の主力機LMSアイヴァット Ivatt(2017年)
Photo by Pjt56 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番7 ボーネス・アンド・キニール鉄道 Bo'ness and Kinneil Railway

フォース湾 Firth of Forth に面したボーネス Bo'ness は、エディンバラ Edinburgh とグラスゴー Glasgow のおよそ中間にある町だ。ボランティア団体のスコットランド鉄道保存協会 Scottish Railway Preservation Society がここに拠点を置く。協会は、250両を超える大規模な車両コレクションを保存していて、その一部は構内のスコットランド鉄道博物館 Museum of Scottish Railways で展示公開されている。

協会はまた、動態保存の車両群を走らせる標準軌路線も持っている。それがボーネス・アンド・キニール鉄道だ。旧ボーネス支線跡を利用した約8kmのルートで、蒸気保存列車が1日3~4往復する。

起点のボーネス駅は、スコットランド各地から使われなくなった鉄道設備を移築して、新たに造られたものだ。列車はここから湾に沿って西へ向かう。遠浅の海の前で連続する急カーブをしのぐと、リクエストストップのキニール・ホールト Kinneil Halt がある。鉄道名のボーネス・アンド・キニールは、ここまで部分開通していた時の名残だ。

その後は段丘崖を上っていき、進路を南に転じる。バークヒル Birkhill 駅の前後は農地と林が続く。エーヴォン川 River Avon の谷を渡ると、再び西に向きを変えて、終点マニュエル・ジャンクション Manuel Junction 駅のホームに到着する。

ファーカーク Falkirk 経由のナショナル・レールが目の前を通っているが、あちらには駅がない。それで乗客は、機回しを終えた列車でボーネスへ引き返さざるをえない。ちなみにレールは両者つながっていて、各地で催されるさまざまな列車ツアーに使われる車両が、ここで本線に出入りする。

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本線ツアーに出発するトルネード Tornado(2021年)
Photo by Phil Richards at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
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ボーネス駅西方の側線にて(2008年)
Photo by tormentor4555 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番4 ケアンゴーム登山鉄道 Cairngorm Mountain Railway

かの有名なスノードン登山鉄道より高い所まで行くと、2001年12月の開業当時、ケアンゴーム登山鉄道はしきりと話題に上ったものだ。山上駅の標高は1097mで、同1065mのスノードンを抑えて、イギリスの鉄道で行ける最高地点になった。

ただし、これはラック鉄道ではなくケーブルカーだ。冬場、強風が吹くたび運休になるチェアリフトの代替手段として建設された。ベース駅 Base Station と呼ばれる下部駅から山上のターミガン駅 Ptarmigan Station(ターミガンは雷鳥の意)まで、長さ1970m、高度差462m。単線交走式で、ルートの中間点にある待避線で列車交換が行われる。

ケアンゴーム Cairn Gorm(下注)は、先述のストラススペイ鉄道の起点アヴィモアの南15kmに位置する山だ。標高1245mで、イギリスで7番目に高いピークとされている。ケアンゴームズ国立公園の中心的存在で、北西側斜面にはスキー場が広がる。山上からの眺望は素晴らしく、夏もトレッキング客が多数訪れる。

*注 スコットランド・ゲール語で青いケルン(石塚)を意味する。山地や地域名では Cairngorm と一語に綴るが、山名は分かち書きする。

だが、鉄道の建設計画に対しては、環境保護団体から、観光客の増加で自然破壊が進むと反対があった。そのため、ケーブルカーで山上駅に到着した乗客には行動制限がかけられており、建物の外に出ていけるのは冬のスキーヤーだけだ。他の客はせいぜいテラスに出て、山岳展望を楽しむことしか許されていない(下注)。

*注 山上を散策したければ、行きは登山道を歩いていくしかない。帰りにケーブルカーを片道利用することはできる。

2018年10月に運営会社は、安全性に問題が生じたとして、鉄道の運行休止を発表した。現在、スコットランド政府の資金援助を受けて施設の更新工事が行われており、運行再開は2023年の予定だ。

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中間待避線での列車交換(2013年)
Photo by lizsmith at wikimedia. License: CC BY-NC-ND 2.0

「保存鉄道・観光鉄道リスト-北アイルランド」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_northernireland.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-北アイルランド」画面
 

項番2 ジャイアンツ・コーズウェー・アンド・ブッシュミルズ鉄道 Giant's Causeway and Bushmills Railway

北海岸で世界遺産にも登録されているジャイアンツ・コーズウェー Giant's Causeway の近くから、小さな観光鉄道が出ている。軌間3フィート(914mm)の軽便線で、坂を下り、波打ち際をかすめ、川を渡り、ブッシュミルズ Bushmills の町の手前まで3.2kmのルートを行く。

ジャイアンツ・コーズウェーは、柱状節理による玄武岩の石柱が海岸線を埋め尽くす景観で、古くから知られた観光地だ。早くも1887年に、幹線鉄道のあるポートラッシュ Portrush の町から、長さ15kmの電気路面軌道が通じている。当時、電気運転はまだ黎明期であり、路線長からしても先駆的な試みだった。軌道は数十年間利用されたが、老朽化により1949年に廃止された。

この地に再び軌道が戻ってきたのは、それから半世紀を経た2002年のことだ。当初は蒸気機関車がミニ客車を牽いていたが、2010年に現在の4両編成の気動車に置き換えられた。素人目には蒸機のほうが魅力的に映るが、このデザインはかつてのトラム車両をイメージしたものだという。路線の歴史を踏まえれば、蒸機よりトラムのほうが似つかわしいということだろう。

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(左)蒸機時代(2008年)
Photo by technische fred at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)トラムイメージの気動車(2012年)
Photo by Iain Gregory at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番3 ダウンパトリック・アンド・カウンティ・ダウン鉄道 Downpatrick and County Down Railway

アイルランド島の鉄道網の軌間は、標準軌(1435mm)より広い5フィート3インチ(1600mm)で、アイリッシュ・ゲージ Irish gauge と呼ばれる。島で唯一、この軌間で運行されている保存鉄道が、北アイルランド東部のダウンパトリック Downpatrick にある。

町はダウン県 County Down の県庁所在地だ。アイルランドの守護聖人、聖パトリックが埋葬されたと伝えられるダウン大聖堂 Down Cathedral が、丘の上から町と駅を見下ろしている。その鉄道駅は1950年に廃止されてしまったが、跡地を拠点として1987年に活動を開始したのが、ダウンパトリック・アンド・カウンティ・ダウン鉄道だ。

復元された線路は、ルートの中央にある三角線から東、南、北の三方向に延びている。その東端にあるのが、ダウンパトリック駅だ。また、南端にはマグナス・グレーヴ Magnus’ Grave(マグヌス王の墓)、北端にはインチ・アビー Inch Abbey(インチ修道院跡)と称する折返し用の停留所が設置されている。

停留所名はいずれも近隣の史跡にちなんだものだが、廃墟が残る修道院跡のほうが人気が上回っているようだ。近年、マグナス・グレーヴへ行くのは特別行事のときだけで、インチ・アビーを単純往復するのが通常の運行ルートになっている。列車は1日に数本あり、修道院跡をゆっくり見学して次の列車で戻るというプランも可能だ。

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(左)大聖堂を背にした1号機関車(2016年)
Photo by Milepost98 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)ダウンパトリック駅を発つ列車(2014年)
Photo by no name at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0

「イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト」では、全部で約150か所の路線を取り上げた。しかし、これでも網羅というにはほど遠い。小規模なものを含めればまだ他にもあり、編めば編むほど、この国の人々の鉄道遺産への愛着の強さや奥深さを思い知ることになる。これだけの数の鉄道が毎週のように運行され、乗りに来る人も絶えないというのは、驚くべきことだ。リストは簡略なものに過ぎないが、これを手がかりにして、イギリスの特色ある鉄道群に興味を持つ人が少しでも増えてくれればうれしい。

なお、今回の紹介記事に含めなかった王室属領のマン島 Isle of Man については、本ブログ「マン島の鉄道を訪ねて-序章」に概要を記述している。

★本ブログ内の関連記事
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 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド中部編
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 I
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 II
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-ウェールズ編

 ベルギー・ルクセンブルクの保存鉄道・観光鉄道リスト
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編

2022年8月27日 (土)

イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-ウェールズ編

イングランド編に引き続き、ウェールズで特に興味をひかれる保存鉄道、観光鉄道を挙げていこう。

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フェスティニオグ鉄道
ポースマドッグ・ハーバー駅(2015年)
Photo by Markus Trienke at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

「保存鉄道・観光鉄道リスト-ウェールズ」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_wales.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-ウェールズ」画面

項番7 フェスティニオグ鉄道 Ffestiniog Railway

標準軌の保存鉄道が幅を利かせているイングランドに対して、ウェールズは狭軌の王国だ。「ウェールズの偉大なる小鉄道 Great Little Trains of Wales」というプロモーションサイトには、12本もの狭軌保存鉄道が名を連ねている。

■参考サイト
Great Little Trains of Wales https://www.greatlittletrainsofwales.co.uk/

なかでもフェスティニオグ鉄道は、後述するタリスリン鉄道と並ぶ代表的存在だ。2021年には、タリスリンともども「ウェールズ北西部のスレート関連景観 Slate Landscape of Northwest Wales」の構成資産として、世界遺産に登録された。

軌間は1フィート11インチ半(597mm)。北部の小さな港町に置かれた拠点駅ポースマドッグ・ハーバー Porthmadog Harbour から、東の山懐にあるブライナイ・フェスティニオグ Blaenau Ffestiniog まで延長21.9km。列車は1時間10分前後かけて走破する。

鉄道は、もともとブライナイ・フェスティニオグ周辺で採掘されたスレート(粘板岩)を、ポースマドッグの海港まで運び下ろすために建設されたものだ。1836年というかなり早い時代のことで、まだ狭軌用の蒸気機関車は開発されていない。それで、スレートを積んだ貨車を下り勾配の線路で自然に転がすという、重力頼みの運行方式だった。貨車には馬も載せられていて、帰りはこの馬が、荷を下ろして軽くなった貨車を牽いて上った。

今はもちろん、行きも帰りも蒸機が牽引する。19世紀生まれのハンスレット小型機とともに、自社工場で復元された関節式フェアリーなど、独特な設計の機関車が活躍しているので、途中駅での列車交換シーンも見逃せない。

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(左)シングル・フェアリー式「タリエシン Taliesin」(2018年)
Photo by Hefin Owen at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
(右)ダブル・フェアリー式「デーヴィッド・ロイド・ジョージ David Lloyd George」(2010年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

車窓の主な見どころは、ポースマドッグを出発してすぐの、ザ・コブ The Cob と呼ばれる長い干拓堤防の横断、中間のタン・ア・ブルフ(タナブルフ)Tan-y-bwlch 駅前後で広がる雄大なカンブリア山地の眺め、そしてジアスト Dduallt にある珍しいオープンスパイラル(ループ線)だ。

終点ブライナイ・フェスティニオグ駅は、標準軌(1435mm)であるナショナル・レールのコンウィ・ヴァレー線 Conwy Valley line と共有している。線路幅は大人と子供ほどの差があるが、保存鉄道のホームは屋根つきで、切符売り場もあって、充実度はこちらが勝る。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-フェスティニオグ鉄道 I」「同 II」参照。

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ザ・コブを横断する重連の蒸気列車(2008年)
Photo by flyinfordson at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番3 ウェルシュ・ハイランド鉄道 Welsh Highland Railway

ポースマドッグ・ハーバー駅に発着するのは、フェスティニオグ鉄道だけではない。旧来の1番線の隣に新設された2番線には、ウェルシュ・ハイランド鉄道の列車が入ってくる。

同じ1フィート11インチ半(597mm)軌間で、標準軌と狭軌の廃線跡を利用して再敷設されたものだ。メナイ海峡 Menai Strait 沿いのカーナーヴォン Caernarfon からスノードン Snowdon 西麓の峠を越えて、ポースマドッグに至る。延長39.7kmは、イギリスの保存鉄道では標準軌を含めても最長で、全線を乗り通すと2時間以上かかる。

実はこれも、フェスティニオグ鉄道会社が運行している。同社は1836年の創業で、現存する世界最古の鉄道会社とされているのだが、今や合計60km以上の路線を有するイギリス最大の保存鉄道運行事業者でもある。

世界遺産の城郭近くにあるカーナーヴォン駅から、列車は南へ向けて出発する。ディナス Dinas で東に向きを変えた後は、スノードニア国立公園 Snowdonia National Park の山岳地帯に入っていく。車窓を流れる風景はすこぶる雄大で、保存鉄道有数の絶景区間だ(下の写真参照)。名峰スノードン山の西麓で峠を越えると、今度は2か所のS字ループで一気に高度を下げ、観光の村ベズゲレルト Beddgelert に停車する。

終盤は農地が広がる沖積低地を横断していくが、ポースマドックに近づいても、ナショナル・レール線(標準軌)との平面交差や、ブリタニア橋 Britania Bridge の併用軌道など、注目ポイントが次々に現れて、乗客を飽きさせることがない。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-ウェルシュ・ハイランド鉄道 I」「同 II」「同 III」参照。

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スノードン山麓を降りてくる列車
リード・ジー Rhyd-Ddu 北方(2013年)
Photo by Andrew at flickr.com. License: CC BY 2.0
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ブリタニア橋の併用軌道(2013年)
Photo by Gareth James at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番11 ウェルシュプール・アンド・スランヴァイル軽便鉄道 Welshpool and Llanfair Light Railway

ナショナル・レール(旧国鉄)のカンブリア線 Cambrian line を走る下り列車が、イングランドとウェールズの「国」境を越えて最初に停車するのが、ウェルシュプール Welshpool だ。しかし、軽便鉄道の駅はその周りにはなく、市街地を西へ通り抜けた1.5km先に孤立している。もとの軽便線は、町裏を通って標準軌の駅前まで来ていたのだが、1956年の廃線後、町が跡地をバイパス道路や駐車場に転用する方針を固めたため、鉄道を復活できなかったのだ。

現在の起点ウェルシュプール・レーヴン・スクエア Welshpool Raven Square 駅は、旧線にあった棒線停留所を新たに拡張したものだ。軽便鉄道はそこから西へ向かい、バンウィ川 Afon Banwy 沿いにあるスランヴァイル・カイレイニオン Llanfair Caereinion の町まで13.7kmのルートを走っている。

駅を出て間もなく、蒸機の前には、北側の山の名にちなみゴルヴァ坂 Golfa Bank と名付けられた峠越えが立ちはだかる。34.5‰勾配がほぼ1マイル(1.6km)続くという険しい坂道で、カーブも多く、蒸機の奮闘ぶりをとくと観察できる。峠を降りると、ルートは一転穏やかになり、途中でバンウィ川を渡って終点まで、のどかな谷間に沿っていく。

鉄道は2フィート6インチ(762mm)の、いわゆるニブロク軌間だが、国内の現存路線では意外に少数派だ。それで使用車両もオリジナルに加えて、世界各地の同じ軌間(メートル法による760mm軌間を含む)の鉄道から集められた。とりわけ客車は出身鉄道のロゴがよく目立ち、国際色にあふれている。

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バンウィ川の川べりを行く(2008年)
Photo by Tim Abbott at flickr.com. License: CC BY-NC-ND 2.0
 

項番15 タリスリン鉄道 Talyllyn Railway

ボランティアを主体とするイギリスの鉄道保存活動は、ウェールズ中部にあるこのタリスリン鉄道から始まった。ここもフェスティニオグと同様、もとは沿線の採掘場からスレートを搬出するための路線で、1866年に開業している。だが、スレートの生産は第一次世界大戦を境に縮小し、1950年にオーナーが亡くなったのを機に、鉄道は運行を終えた。

タリスリンでは貨物輸送を行う傍ら、夏に観光客向けの旅客列車を走らせていた。それで、事情を知った愛好家たちから、すぐに休止を惜しむ声が上がった。集まった有志が協会を設立し、設備を譲り受けて翌1951年に列車の運行を再開した。こうして、ボランティアによる世界で最初の保存鉄道が誕生したのだ。

鉄道が採用している2フィート3インチ(686mm)軌間は世界的に見ても珍しい。ほかに動いているのは、2002年に復活した近隣のコリス鉄道 Corris Railway ぐらいのものだ。もう一つ珍しいのは、客車の扉が片側(終点に向かって左側)にしかないことだろう。これは、工事の完了検査で指摘された、跨線橋の内寸が車両限界より小さいという致命的問題の解決策だった。

起点のタウィン・ワーフ Tywyn Wharf は、カンブリア線のタウィン駅から300mほど南にある。出発するとすぐ、問題の跨線橋をくぐり、町裏の切通しを抜けて、広々とした牧場の中へ出ていく。やがて線路は浅いU字谷をゆっくりと上り始める。終点ナント・グウェルノル Nant Gwernol まで11.8km、所要55分。ハイキングに出かける客を降ろした列車は、機回しの後すぐに折り返す。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-タリスリン鉄道」参照。

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タウィン・ワーフ駅(2015年)
Photo by Markus Trienke at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番17 ヴェール・オヴ・レイドル鉄道 Vale of Rheidol Railway

カンブリア線の線路に並行して、ウェールズ中部アベリストウィス Aberystwyth の町から出発するヴェール・オヴ・レイドル鉄道は、近隣の保存鉄道とは「血筋」が違う。というのも、1フィート11インチ3/4(603mm)の狭軌線ながら、国鉄 British Rail が分割民営化されるまで、その所属路線だったからだ。しかも、ずっと蒸気運転のままで。

言うならば国鉄直営の保存鉄道だったのだが、ローカル線を根絶やしにした1960年代の厳しい合理化策「ビーチングの斧 Beeching Axe」にも生き残れたのは、観光路線として一定の人気を得ていたからに他ならない。

路線長は18.9kmあり、片道1時間かかる。車窓の見どころは、ヴェール・オヴ・レイドル(レイドル川の谷)Vale of Rheidol を俯瞰するパノラマだ。後半の坂道で谷底との高度差がじりじりと開いていくにつれ、眺めは一層ダイナミックになる。さらに、終点駅の近くに、マナッハ川 Mynach の5段の滝と、その上に架かる石橋デヴィルズ・ブリッジ(悪魔の橋)Devil's Bridge という名所があり、列車を降りた多くの客が足を延ばす。

保存列車を牽くのは、1923~24 年にこの路線のために製造されたタンク機関車だ。小型ながらも力持ちで、当時路線が属していたグレート・ウェスタン鉄道 Great Western Railway のロゴと緑のシンボルカラーをまとい、20‰勾配の険しいルートに日々挑んでいる。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-ヴェール・オヴ・レイドル鉄道」参照。

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終点デヴィルズ・ブリッジはまもなく(2015年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番20 ブレコン・マウンテン鉄道 Brecon Mountain Railway

ウェールズの保存鉄道は北部と中部に集中している。それに対して、ブレコン・マウンテン鉄道は南部にあり、かつシーズン中ほとんど毎日運行している唯一の狭軌保存鉄道だ。鉄道は、ヴェール・オヴ・レイドルと同じ1フィート11インチ3/4(603mm)軌間で、廃止された標準軌の線路跡を利用して、1980年から2014年にかけて順次、延伸開業した。

この鉄道の特色は、アメリカのボールドウィン社製の蒸気機関車を使っていることだ。稼働中の2両はもとより、自社工場で新造中の2両もボールドウィンの設計図に基づいているという。列車の後尾にはアメリカンスタイルのカブース(緩急車)も連結され、異国で開拓鉄道の雰囲気を放っている。

拠点のパント Pant 駅は、カーディフの北40km、国立公園になっている山地ブレコン・ビーコンズ Brecon Beacons の入口に位置する。駅自体、村はずれの寂しい場所にあるが、列車はさらに山地の中心部に向かって約7kmの間、坂を上り詰めていく。

序盤の車窓はタフ川 Taff の広くて深い谷間の風景だが、2km先で谷は貯水池で満たされる。その後は斜面を上って、人の気配がない終点トルパンタウ Torpantau に達する。復路では、貯水池べりのポントスティキス Pontsticill 駅で30分前後の途中休憩がある。

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貯水池に沿って走るアメリカンスタイルの列車
最後尾にカブースを連結(2013年)
Photo by Gareth James at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番9 スランゴスレン鉄道 Llangollen Railway

ウェールズでは数少ない標準軌の保存鉄道の一つが、麗しいディー川 Dee の渓谷を走っている。拠点が置かれているのは、国際音楽祭や、近くにある世界遺産の運河と水路橋で知られたスランゴスレン Llangollen だ。町の名を採ったスランゴスレン鉄道は現在、ここから西へカロッグ Carrog までの12kmを運行している。

華やかな市街からディー川を隔てた対岸に、スランゴスレン駅がある。駅舎と跨線橋は、2級文化財に指定された歴史建築で、古典蒸機によく似合う。列車は、ここから終始ディー川をさかのぼる。前半は両側から山が迫る渓谷が続き、車窓の見どころも多い。とりわけ一つ目の駅ベルウィン Berwyn は、ハーフティンバーの駅舎や石造アーチの二重橋がアクセントとなって、絵のような風景だ。

現在、カロッグから4km先のコルウェン Corwen に至る延伸工事が進行中で、新しい終着駅となるコルウェン・セントラル Corwen Central がすでに姿を現している。今年(2022年)開業の予定だったが、コロナ禍の長期運休で2021年に運営会社が倒産したことも影響して、まだ次の見通しが示されていない。

*注 鉄道の詳細は「ウェールズの鉄道を訪ねて-スランゴスレン鉄道」参照。

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グリンダヴルドゥイ Glyndyfrdwy 駅での列車交換(2017年)
Photo by Andrew at flickr.com. License: CC BY 2.0
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ベルウィン Berwyn の二重橋に虹が掛かる(2017年)
Photo by Andrew at flickr.com. License: CC BY 2.0
 

項番6 スノードン登山鉄道 Snowdon Mountain Railway

スノードン Snowdon、ウェールズ語でアル・ウィズヴァ Yr Wyddfa は標高1085mで、ウェールズの最高峰だ。グレートブリテン島でも、これより高い地点はスコットランドのハイランドにしかない。この山頂を目指して1896年、アプト式ラックレールを用いた登山鉄道が開通した。すでにアルプスをはじめ世界各地で運行実績のあった方式(下注)だが、イギリスでは初の導入だった。それから120年以上、スノードン登山鉄道は、国内唯一のラック登山鉄道として高い人気を保ち続け、イギリスの代表的観光地の一つに数えられている。

*注 ヨーロッパ初のラック登山鉄道(リッゲンバッハ式)は、スイスのリギ鉄道 Rigibahn で1871年に開通。また、アプト式は、ドイツ、ハルツ山地のリューベラント線 Rübelandbahn で1885年に初採用。

列車が出発する駅は、山麓の町スランベリス Llanberis の外縁にある。山を目指して押し寄せる客をさばくために、ハンスレット社のディーゼル機関車と客車1両のペアが30分間隔で忙しく出発していく。開業時に導入されたスイスSLM社製のラック蒸機もいまだ健在だが、運行はハイシーズンのみとなり、かつ便数も限られているので、早めの予約が必須だ。

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蒸機列車は期間・便数限定
客車は旧車の足回りを利用して新造(2014年)
Photo by Peter Trimming at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

ルートは7.5kmあり、最大勾配は1:5.5(182‰)に及ぶ。機関庫を右に見送ると、いきなり急勾配で石造アーチ橋を渡り、その後は緩やかに傾斜した広々した谷を行く。S字カーブで登山道を横切り、スノードンの北尾根に取りつき、坂がいったん落ち着いたところにクログウィン駅がある。その先はスノードン本体の急斜面を、頂きまで一気に上っていく。

標高1085mは、日本の感覚では高山とは言えないだろう。しかし、高緯度で森林限界を超えているので、山頂に立つと、目の前にスノードニア国立公園を一望する360度の大パノラマが開ける。ただし、海からの湿った西風がまともに吹き付けるため、雲が湧きやすく、遠くまで眺望のきく日は稀だ。山頂が悪天候の場合、列車は手前のクログウィン Clogwyn 駅で折り返しとなる。

*注 鉄道の詳細は「スノードン登山鉄道 I-歴史」「同 II-クログウィン乗車記」参照。

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クログウィンを後に山頂へ向かう列車(2005年)
Photo by Denis Egan at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番2 グレート・オーム軌道 Great Orme Tramway

ウェールズ北部、アイリッシュ海に臨む保養地スランディドノ Llandudno の町の西に、グレート・オーム Great Orme と呼ばれる標高207mの台地がある。この山上へ行楽客を運んでいるのが、グレート・オーム軌道と呼ばれる古典スタイルのケーブルカーだ。

鉄道は1902~03年に開通した。全長1.6kmだが、ハーフウェー Halfway 駅を境に2区間に分かれている。下部区間800mは、大半が道路との併用軌道で、最初は路地のような狭い道をくねくねと進む。一見すると路面電車だが、走行レールの間の溝の中にケーブルが通されている。広い道路に出ると下り車両と交換し、後は、ローギアでエンジンを唸らせながら追い越すクルマの横を、涼しげに上っていく。

一方、上部区間750mは広い台地の上を行くので、専用軌道となり、ケーブルも露出している。山頂には売店、レストランが入居する休憩施設があり、羊の牧場の向こうには、見渡す限りの大海原が広がる。

輸送力に限りがあるため、1969年に、並行する形で長さ1.6kmの空中ゴンドラが造られた。確かにこちらのほうが時間は短く、途中乗換が不要だ。高さがあるため、見晴らしもいい。しかし風が強いと運休になるし、第一、乗り物自体のファッション性の点で、100年選手とは比較にならない。

*注 詳しくは「ウェールズの鉄道を訪ねて-グレート・オーム軌道」参照。

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ハーフウェー駅下方(2005年)
Photo by AHEMSLTD (assumed) at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

次回は、スコットランドと北アイルランドの保存鉄道・観光鉄道について。

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 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド北部編
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド中部編
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 I
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-イングランド南部編 II
 イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド・北アイルランド編

 ベルギー・ルクセンブルクの保存鉄道・観光鉄道リスト
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編

2021年10月 8日 (金)

スイスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編 II

前回に続いて、「保存鉄道・観光鉄道リスト-スイス南部編」に挙げた中から、主だった路線を紹介していこう。

「保存鉄道・観光鉄道リスト-スイス南部」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_swisss.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-スイス南部」画面

項番27 フルカ山岳蒸気鉄道 Dampfbahn Furka-Bergstrecke (DFB)

メーターゲージの蒸気機関車が走る保存鉄道で、ブロネー=シャンビー Bloney-Chamby(項番:北部編31)と双璧をなすのが、アルプス山中にあるフルカ山岳蒸気鉄道だ。延長17.8kmの本格的な山岳路線で、アプト式ラックを使ってフルカ峠 Furkapass を越えていく。

ここは1982年のフルカ基底トンネル開通まで、氷河急行 Glasier-Express も通るフルカ・オーバーアルプ鉄道 Furla-Oberalp-Bahn の「本線」だった(下注)。列車名の「氷河」というのは、かつて峠の西側で車窓から見えたローヌ氷河 Rhonegletscher のことだが、近年はすっかり後退し、露出した岩壁を拝むしかなくなった。

*注 フルカ峠経由の旧線は、雪害を避けて冬季は運休していたので、最後の運行は前年(1981年)の10月11日に行われた。

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HG4/4形704号機
フルカ峠トンネルの前で(2020年)
Photo by Markus Giger at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

とはいえ、氷河の爪痕であるダイナミックなU字谷の眺めは、今なお乗客を魅了するのに十分だ。ラック蒸機は、1942年の路線電化以前に活躍していたオリジナル機が集められ、懐古旅行の真正性を演出している。

保存鉄道は、レアルプ Realp とオーバーアルプ Oberalp の両端駅でフルカ・オーバーアルプ線(項番29)と接続しているので、復路は基底トンネル経由でショートカットできる。蒸機が2時間15分かける峠越えを、電車は20分前後であっけなく走破してしまう。

*注 鉄道の詳細は「フルカ山岳蒸気鉄道 I-前身の時代」「同 II-復興の道のり」「同 III-ルートを追って」参照。

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グレッチュ駅のHG 3/4形1号機(2006年)
Photo by Marcin Wichary at flickr.com. License: CC BY 2.0
 

項番28~30 マッターホルン・ゴットハルト鉄道 Matterhorn Gotthard Bahn (MGB)

MGBのフルカ・オーバーアルプ線 Furla-Oberalp-Bahn (FO) とブリーク=フィスプ=ツェルマット線 Brig-Visp-Zermatt-Bahn (BVZ) は、ブリーク Brig のSBB駅前で接続している。もとは別会社だが、設立の経緯からして兄弟路線だ。後者(当時は VZ)は、難産だった前者の全通を支援し、運行も30年以上にわたり請け負っていた。両鉄道は2003年に合併し、マッターホルン・ゴットハルト鉄道 Matterhorn Gotthard Bahn (MGB) と名乗るようになった。

フルカ・オーバーアルプ線(項番29)には、名称のとおり、フルカ峠とオーバーアルプ峠 Oberalppass という二つの峠越えがある。前者は基底トンネルに置き換えられてしまったが、後者はアンデルマット Andermatt の東に、開通当時のままのルートで使われている。峠まで600m近くある高度差をヘアピンで上っていく間、ウルゼレン Urseren の船底形の谷間が見下ろせる。氷河急行の車窓名所の一つだ。

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オーバーアルプ峠に向かう氷河急行
ネッチェン付近(2007年)
Photo by Champer at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

アンデルマットではシェレネン線 Schöllenenbahn(項番28)が分岐し、SBB(スイス連邦鉄道)ゴットハルト線のゲシェネン Göschenen 駅に向けて降りていく。アプト式ラックで勾配179‰、トンネルとギャラリー(覆道)が連続するルートは、登山鉄道顔負けの険しさだ。隣を走る道路がヘアピンを繰り返しながら下っているのを見れば、それが実感できる。

鉄道が通過していくシェレネンの峡谷は、そそり立つ不安定な岩肌と足元にほとばしる急流で、昔からゴットハルトの峠越えきっての難所だった。「悪魔の橋 Teufelsbrücke」の伝説に彩られた、谷をまたぐ古い石橋が車窓からもよく見える。

*注 鉄道の詳細は「MGBシェレネン線と悪魔の橋」参照。

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悪魔の橋付近の勾配路(2011年)
Photo by Хрюша at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

ブリーク=フィスプ=ツェルマット線(BVZ、項番30)は、アルプス観光でユングフラウ地方と人気を二分してきたツェルマット Zermatt へ旅行者を連れていく。ブリークからは約1時間半の旅になる。

列車が遡るのは、ローヌの支流フィスパ川 Vispa の谷だ。初めは穏やかだが、谷が二手に分かれるシュタルデン Stalden から奥では勾配が強まり、ラック区間が数か所ある。1991年の大規模な地滑りで谷が埋まったランダ Randa 付近では、2.9kmにわたって線路が移設されている。危険個所を避けるために対岸の扇状地を上り、また降りるという力業は、ラック鉄道ならではだ。

ツェルマットには車の乗り入れができない。そのため、一つ手前のテッシュ Täsch 駅前に大駐車場があり、車を預けた旅行者のために、20分間隔でシャトル列車が出発する。早朝は言うに及ばず、週末は深夜も運行されて24時間体制だ。

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ノイブリュックの石橋
© 2021 www.bvzholding.ch
 

項番31 ゴルナーグラート鉄道 Gornergratbahn (GGB)

ツェルマットに到着した旅行者がまず向かいたいと思うのは、秀峰マッターホルン Matterhorn がきれいに見える展望台だろう。ケーブルカーやロープウェーで行ける展望台がほかにもあるとはいえ、やはりゴルナーグラート鉄道は外せない。

長さ9.34km、三相交流電化の鉄道は、アプト式ラックで最大200‰の急勾配を上っていく。町裏の谷壁に張り付いている間も、ピラミッド形の岩山は木の間越しに見えているのだが、リッフェルアルプ Riffelalp を過ぎると森林限界を超え、眺望を遮るものがなくなる。

標高3089mのゴルナーグラート山上駅はユングフラウヨッホ Jungfraujoch に次ぐ高所にあり、周囲には、スイス最高峰のモンテ・ローザ Monte Rosa 山塊をはじめ、4000m級のピークが30以上も連なる。天気のいい日なら、このまま戻るのは惜しく、つい周辺を歩いてみたくなる。一帯は岩だらけだが、雪が積もると人気のスキーエリアに変貌する。鉄道の利用者も夏より冬のほうが多いそうだ。

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リッフェルベルク駅とマッターホルンの眺め(2016年)
Photo by Whgler at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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山上駅へ向かうゴルナーグラート鉄道の電車(2013年)
Photo by Kabelleger at www.bahnbilder.ch. License: CC BY-SA 3.0
 

項番34 チェントヴァッリ鉄道 Ferrovia delle Centovalli

スイストラベルパスの利用者にとってこの鉄道は、シンプロン線と合わせて、スイス国外を経由する回廊ルートとして重宝されている。南部のヴァリス Wallis(ヴァレー Valais)州とティチーノ Ticino 州の間を鉄道で行くとすれば、これが最短ルートになるのだ。

チェントヴァッリ鉄道は、ロカルノ Locarno とイタリアのドモドッソラ Domodossola を結んでいて、東半分はスイス領だが、西半分はイタリア領を通っている(下注)。百の谷を意味するチェントヴァッリも、実はスイス側での呼称に過ぎない。イタリアではその続きの谷をヴァッレ・ヴィジェッツォ(ヴィジェッツォ谷)Valle Vigezzo と呼ぶため、鉄道の愛称も「ヴィジェッツィーナ Vigezzina」だ。

*注 運営会社は、スイス側がティチーノ地方交通 Ferrovie autolinee regionali ticinesi (FART) 、イタリア側がアルプス山麓鉄道事業 Società subalpina di imprese ferroviarie (SSIF)。

ロカルノ市街地はかつて路面軌道だったが、1990年の地下トンネル化により、所要時間の短縮が図られた。イントラーニャ Intragna の手前でアーチ鉄橋を渡った後は、チェントヴァッリの峡谷に入る。国境の先で一転谷は穏やかになるが、それもサミットを越えるまでだ。後は再び勾配60‰、半径50mの厳しいヘアピンルートで、眼下に広がるオッソラ Ossola の谷底平野へ降りていく。

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イゾルノ川の鉄橋、イントラーニャ付近(2011年)
Photo by NAC at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番36~39 シャブレー公共交通 Transports publics du Chablais (TPC)

1999年にシャブレー公共交通 TPC として統合された4路線は、粒ぞろいの登山線だ。これらの鉄道群はいずれも、ローヌ谷を走るSBB線から、周囲の山に点在する避暑地、保養地への足として建設されている。

そのうち3路線が、SBBエーグル Aigle 駅前から出発する。エーグル=レザン線 Ligne Aigle-Leysin(AL、項番36)は、延長6.2kmで4路線では最も短い。小さな市街地を路面軌道で抜けた後、車庫前でスイッチバックし、レザン・グラントテル Leysin-Grand-Hôtel まで約1000mの高度差を一気に上っていく。アプト式ラック鉄道とはいえ、230‰の急勾配はほとんどケーブルカーの感覚だ。終点名になっているグラントテル Grand-Hôtel はかつて高地療養施設だったが、その後、アメリカンスクールに転用されて現在に至る。

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エーグル市街地の路面軌道(2009年)
Photo by Roehrensee at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

エーグル=セペー=ディアブルレ線 Ligne Aigle-Sépey-Diablerets(ASD、項番37)も、エーグル市街地を路面軌道で抜けるのは同じだ。しかし、4路線で唯一、ラックを使用しない。そのため、町を出てからは60‰勾配のヘアピンルートで山にとりつく。たどる山腹は、レザン線の谷向かいに当たる。ル・セペー Le Sépey でスイッチバックした後は、穏やかな谷間を走り続け、起点から約50分でレ・ディアブルレ Les Diablerets の町に到着する。

ラック式を選択しなかったのは、この後ピヨン峠 Col du Pillon を越えて、グシュタード Gstaad でモントルー=ベルナー・オーバーラント鉄道(北部編 項番29)に接続する計画があったからだ。しかし結局、実現せずに終わった。

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レ・ディアブルレ山塊を背にして
ファベルジュ停留所付近(2012年)
Photo by at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

東へ向かう上記2線に対して、エーグル=オロン=モンテー=シャンペリー線 Ligne Aigle-Ollon-Monthey-Champéry(AOMC、項番38) は、南に針路をとる。駅の直後にあったディアブルレ線との平面交差は、2006年のルート変更で解消された。オロン Ollon からローヌ谷を横断して、モンテー・ヴィル Monthey-Ville までが、ルート前半の平坦線だ(下注)。

*注 かつてCFFモンテー駅前まで路面軌道で続いていたが、1976年に廃止。現在のモンテー・ヴィル駅は1986年に移転新築されたもの。

後半はイリエ谷 Val d'Illiez を遡るため、ラックレールの出番になる。いったんエーグル方面に戻って左へ分岐すると、やおら最大135‰の勾配で斜面を上っていく。モンテー市街地やローヌの谷底平野を見晴らす景勝区間だ。左手の山並みの背後に、ときおり名峰ダン・デュ・ミディ Dents du Midi の鋸歯が姿を見せる。ラック区間は計3か所あり、終点シャンペリー Champéry では標高1035mに達する。

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モンテー・ヴィル駅を後に(2009年)
Photo by Roehrensee at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

TPC 4線の中でベー=ヴィラール=ブルテー線 Ligne Bex-Villars-Bretaye(BVB、項番39)だけは、エーグルの南8kmのベー Bex 駅前が起点だ。最初は同じような路面軌道だが、道幅が狭いため、電車は両側の建物に挟まれるようにして走る。郊外のベヴュー Bévieux からはラック区間で、標高1131mのグリオン Glion までぐいぐい上る。グリオンからヴィラール・シュル・オロン Villars-sur-Ollon へは再び粘着線で、一部は路面軌道になっている。

ヴィラールで列車は乗換えだ。残りの区間は時刻表番号が異なり、別線の扱いになっている。というのも沿線にもはや集落がなく、利用するのは、夏なら主としてハイカーかゴルフ客、冬はスキー客だからだ。全線ラック区間で、終点コル・ド・ブルテー(ブルテー峠)Col-de-Bretaye は標高1808m。山頂が間近に見え、もちろん4路線では最高地点になる。

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コル・ド・ブルテー駅付近(2016年)
Photo by KlausFoehl at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番40 TMR マルティニー=シャトラール線 TMR Ligne Martigny-Châtelard (MC)

ローヌ谷のマルティニー Martigny から、メーターゲージの列車がフランスのシャモニー・モン・ブラン Chamonix-Mont-Blanc 方面へ向かう。国境までは、マルティニー地方交通 Transports de Martigny et Régions (TMR) の運行だ。地形はスイス側のほうがはるかに厳しく、峡谷の肩にとりつくために2.5kmのラック区間がある。勾配200‰、半径80mのヘアピンルートで、車窓に映るローヌ川の平底の谷がみるみる沈んでいく。

集電方式もユニークだ。もとは根元のマルティニー~ヴェルネア Vernayaz 間だけが架空線式で、ほかはフランス側も含めて第三軌条(コンタクトレール)方式だった。しかしスイス側は、1990年代にラック区間を除いて架線集電に改築され、レールだけが延びるフランスとは対照的な鉄道風景になっている。

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トリアン川鉄橋、ヴェルネア駅付近(2010年)
Photo by ChrisJ at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番26 SBB ゴットハルト(ゴッタルド)線 SBB Gotthardbahn/FFS Ferrovia del Gottardo

標準軌(1435mm軌間)の山岳路線にも触れておこう。ゴットハルト(ゴッタルド)線は、スイスアルプスを最初に縦断した歴史を持つSBBの主要幹線だ。ゴットハルト Gotthard はドイツ語、ゴッタルド Gottardo はイタリア語で、トンネルの上にある峠の名だが、日本語としては後者になじみがあるかもしれない。

路線の全長は206km、ルツェルンに近いインメンゼー Immensee が起点で、長さ15003 mのゴットハルトトンネルを経由して、イタリア国境手前のキアッソ Chiasso が終点になる。といっても、線路は国境を越えて続いており、スイスを通過してドイツとイタリアを結ぶ貨物列車も頻繁に通行する。そもそもこの鉄道は、計画段階からスイスだけでなくドイツとイタリアの政府が関与し、建設資金も共同で投じた国際事業だったのだから、当然のことだろう。

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ヴァッセン付近を行く貨物列車
右端にヴァッセンの教会が見える(2016年)
Photo by Kabelleger at www.bahnbilder.ch. License: CC BY-SA 3.0
 

ルートは当時の技術の粋を凝らしている。高度差は、北斜面で約650m、南斜面で900mとかなりのものだ。そのため、北側では、プファッフェンシュプルング Pfaffensprung のスパイラルの後、ヴァッセン Wassen 付近で大規模なS字ループを構える。走行する列車から、ヴァッセンの教会が角度を変えて3回見えることで有名だ。南側にもスパイラルが4か所あり、うち下部2か所はビアスキーナ・ループ Biaschina-Schlaufen と呼ばれる二重スパイラルで、撮影名所にもなっている(下の写真)。

かねてから貨物輸送のモーダルシフトを促すために、高速新線の建設が進められていたが、2016年に、長さ57.1kmのゴットハルト基底トンネル Gotthard-Basistunnel が開通した。2020年には、ベリンツォーナ Bellinzona ~ルガーノ Lugano 間でも、長さ22.6kmのチェネリ基底トンネル Galleria di base del Ceneri が完成した。これにより、優等列車や貨物列車のルートは新線経由に切り替えられた。結果として旧線を走るのは1時間ごとの快速列車だけとなり、複線の立派な施設が半ば遊休化している。

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ビアスキーナ・ループ(2020年)
Photo by SOB Suedostbahn at flickr.com. License: CC BY 2.0
 

項番23 BLS レッチュベルク線(レッチュベルク山岳線)BLS Lötschbergbahn (Lötschberg-Bergstrecke)

レッチュベルク線はSBBの路線ではなく、ベルン州と連邦が大株主のBLS社(下注)が運営している。もともとゴットハルト鉄道のルートから外れたベルン州が、巻き返しのために計画したフランスとイタリアを結ぶ幹線ルートの一部だ。連邦政府がゴットハルトとの競合を警戒して出資を渋ったため、パリ財界の支援で着手できたといういきさつがある。

*注 BLSは、もとの社名ベルン=レッチュベルク=シンプロン Bern-Lötschberg-Simplon の略称を正式社名にしたもの。

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カンダー川高架橋(旧橋)
フルーティゲン南方(2009年)
Photo by Satoshi T. at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

ベルンアルプスを横断する長さ14.6kmのレッチュベルクトンネルは、坑道崩壊でルート変更を余儀なくされる難工事(下注)の末、1913年に開通した。トンネル入口までの高度差が北斜面で570m、南斜面で540mと大きく、そのため、北側ではヴァッセンによく似たS字ループ、南側ではローヌ谷の谷壁に沿う長い傾斜路がある。とりわけ後者は、ローヌ谷が眼下に広がる絶景区間としてよく知られている。

*注 詳細は「レッチュベルクトンネルの謎のカーブ」参照。

こちらも2007年にレッチュベルク基底トンネル Lötschberg-Basistunnel が開通したことで、旧線は1時間に1本のローカル線となった。新線と区別するために、レッチュベルク山岳線 Lötschberg-Bergstrecke とも呼ばれる。

しかし、ゴットハルト線と事情が異なるのは、並行する自動車道がないことだ。そのため、トンネルを挟んだカンダーシュテーク Kandersteg ~ゴッペンシュタイン Goppenstein 間(下注)で運行されてきた、車を運ぶカートレイン Autoverlad は健在だ。今後、山岳線の存在価値はこの機能に集約されていくような気がする。

*注 シンプロントンネルのイタリア側出口の駅、イゼッレ Iselle まで行く中距離便もある。

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ローヌ谷斜面のビーチュタール鉄橋(2007年)
Photo by Kabelleger at www.bahnbilder.ch. License: CC BY-SA 3.0

リストでは、ケーブルカーもいくつか挙げた。

シャーロック・ホームズの故地へ行くライヘンバッハ滝鉄道 Reichenbachfall-Bahn(項番14、下の写真)、スイス最古の歴史を誇るギースバッハ鉄道 Giessbachbahn(項番17)、世界最急勾配を争うシュトース鉄道 Stoosbahn(項番7)とゲルマー鉄道 Gelmerbahn(項番15)、世界最長ルートのSMCケーブルカー Funiculaire SMC(項番25)、3種の鉄軌道を乗り継いで上るベルティカルプ・エモッソン Verticalp Emosson(項番41)など、いずれ劣らぬユニークさが売り物だ。

高所へ行く乗り物だから当然、到達先で得られる眺望も期待に背かない。鉄道旅行の合間に、こうした小施設を訪ねるのも思い出に趣を添えるのではないだろうか。

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ライヘンバッハ滝鉄道の古典車両
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