ベルリン東郊の小路線-ヴォルタースドルフ路面軌道
ヴォルタースドルフ路面軌道 Straßenbahn Woltersdorf
ラーンスドルフ駅 Rahnsdorf, Bahnhof ~ヴォルタースドルフ・シュロイゼ(閘門)Woltersdorf, Schleuse 間 5.6km
標準軌(1435mm)、直流600V電化、最急勾配67‰
1913年開業
![]() ヴォルタースドルフの聖ミカエル教会前を行く モデルス・ガンマ41号 |
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シェーナイヘ=リューダースドルフ路面軌道(SRS、前回参照)の訪問を終えて、フリードリヒスハーゲン Friedrichshagen 駅から再びSバーンの電車に乗った。S3系統の郊外方面だと、次の駅がラーンスドルフ Rahnsdorf だが、ここにもSRSに負けず劣らず個性的な小鉄道がある。
駅前から東へ5.6km、ヴォルタースドルフ Woltersdorf にある運河の閘門前まで行くヴォルタースドルフ路面軌道 Straßenbahn Woltersdorf だ。ベルリン都市圏の路線体系では、トラム87系統を名乗る。SRSとは違って1435mmの標準軌だが、やはりベルリンの市電網とは接続していない独立路線だ。
さらに、折返し用の終端ループがないため、ベルリンで主流の片運転台車が使えない。それやこれやで車両更新が進まず、東ドイツ時代の1950年代後半から60年代にかけてゴータ Gotha の車両工場で造られた路面電車、いわゆるゴータカー Gothawagen が長く活躍していた。大都市近郊にもかかわらずノスタルジックな光景に出会えるとして、人気のあった路線だ。
しかし、車齢が60年を超えて、さしものゴータカー王国にも終焉のときが近づく。後継に採用されたのは、ポーランド・モダトランス Modertrans 製のモデルス・ガンマ Moderus Gamma だ。2024年3月に最初の車両が納入されて試運転が始まり、翌年1月には予定の4両が揃った。
そして2025年3月1日、大勢の地元住民やファンが見守る中、在籍するゴータカー総出のさよなら運転が行われ、定期ダイヤにおける王国の幕が閉じられた。
■参考サイト
YouTube - 最終運行:ヴォルタースドルフ路面軌道のゴータカー送別の日
Letzter Einsatz: Abschied von den Gothawagen der Woltersdorfer Straßenbahn
https://www.youtube.com/watch?v=flxKBgaI-yM
![]() ゴータカー31号と33号、ヴァルトヴァイヘ信号所にて(2023年) Photo by Oleksandr Dede at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
![]() 地形図にヴォルタースドルフ路面軌道のルート等を加筆 Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
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もともとヴォルタースドルフは、北側のリューダースドルフ Rüdersdorf で採掘される石灰岩の運搬水路に沿う土地だ。カルク湖 Kalksee とフラーケン湖 Flakensee の間に位置し、早くから水位差を調整する閘門(こうもん)が設置されていた。閘門を通過した運搬船は、南側のエルクナー Erkner を経てシュプレー川 Spree に入り、ベルリン方面へ向かった。
1842年にエルクナーに鉄道が通じ(下注)、駅ができると、この水路に鉄道連絡の蒸気船が就航した。1882年には水路に並行する道に乗合馬車が走るようになる。さらに20世紀に入ると、馬車に代わる電気鉄道敷設の計画が持ち上がるが、これもエルクナーを起点とする南北ルートが想定されていた。
*注 ベルリン(現 東駅 Ostbahnhof)~フランクフルト(オーデル)Frankfurt (Oder) 間を結んだベルリン=フランクフルト鉄道 Berlin-Frankfurter Eisenbahn。
当時は建国時代 Gründerzeit と呼ばれる好景気に沸いていて、ドイツ帝国の首都となったベルリンでは、周辺の都市化が急速に進んだ。ヴォルタースドルフでも西側に広がる丘陵地で、シェーンブリック(美しい眺めの意)Schönblick と名付けた住宅地が開発される。
この事業に合わせて計画されたのが、エルクナーよりもベルリンへの近道となるラーンスドルフ駅に接続する電気軌道だ。これは従来の南北方向ではなく東西のルートを取る。シェーンブリックの住宅地を貫いた後は、観光地として人気のあったヴォルタースドルフ閘門 Schleuse Woltersdorf を終点とすることで、地元住民だけでなくベルリンからの行楽客を取り込もうとした。
事業化までには紆余曲折があったものの、最終的に1912年に建設認可が下り、1913年5月に電気軌道は開業する。これが現在のヴォルタースドルフ路面軌道だ。
![]() ヴォルタースドルフ閘門 |
第二次世界大戦後の東ドイツ体制下では、他の鉄軌道とともに人民公社 Volkseigener Betrieb (VEB) に移管されたが、再統一後の1992年に新会社に移行する。ヴォルタースドルフ町とその上位自治体であるフュルステンヴァルデ郡 Landkreis Fürstenwalde(下注)が設立したヴォルタースドルフ路面軌道会社 Woltersdorfer Straßenbahn GmbH(略称 WS)だ。
*注 1993年12月にオーデル=シュプレー郡 Landkreis Oder-Spree に再編。
以来、WSはドイツで最も小規模な路面軌道会社と言われてきた。だが2020年からは、北隣のシェーナイヘ=リューダースドルフ路面軌道 Schöneicher-Rüdersdorfer Straßenbahn (SRS) に運行業務を委託するようになる。さらに2022年には資産もSRSに売却してWS社が解散したため、ヴォルタースドルフ路面軌道は現在、SRSの運営路線の一つという位置づけだ。
![]() 終点ヴォルタースドルフ・シュロイゼ(閘門) 右奥に閘門の施設群が見える |
◆
昨年(2025年)6月、SRSの訪問を終えた後、私はSバーンでフリードリヒスハーゲンから次の駅ラーンスドルフへ移動した。この駅も前者と同じような造りで、ホームが築堤上にあり、階段を降りて出口へ向かうようになっている。
昔の城壁を模したような煉瓦造りの駅正面も、雰囲気は似ている。しかし明らかに違うのは、北口、南口とも市街地に接しておらず、四方を深い森に囲まれているという点だ。駅名になっているラーンスドルフの町は森の向こうで、歩けば10分近くかかるだろう。
それにもかかわらず、まとまった人数が電車から降りて駅を出ていく。彼らが向かったのは、北口の少し先にあるトラムの乗り場、「ラーンスドルフ駅 Rahnsdorf, Bahnhof」停留所だった。今日は土曜日、時刻はまだ15時前だから、帰宅途中というわけでもなさそうだが…。
![]() (左)Sバーン ラーンスドルフ駅 (右)トラム乗り場へ向かう人々 |
ヴォルタースドルフ路面軌道は、ここからヴォルタースドルフ・シュロイゼ(閘門の意)Woltersdorf, Schleuse までを17分で結んでいる。運行間隔は日中20分だ。ただし、平日午後だけは根元側のラーンスドルフ~ベルリナー・プラッツ Berliner Platz 間であいだに1本増発されて10分間隔になる。
ホームでは、新たに路面軌道の顔となったモデルス・ガンマが客待ちしていた。塗色はゴータカーを踏襲したアイボリーだが、側窓の下の帯は緑色で、青帯だった先輩とは一線を画している。しかし、はやりの連節タイプではなく単車(1両)だ。外観を撮って乗り込もうとしたら、すでに満席で、立客もいる状況だった。いつもなら車内の写真も撮るのだが、こう人が多くてはためらわれる。
床は全面フラットで、バリアフリー対策は万全だ。その分、車輪上の座席の床を一段高くする必要があり、通路が狭く感じられる。乗降扉は前後に片開き、中央に両開きと計3か所ついている。収容力が小さいので混むときは混むが、乗降を円滑にして遅延を抑えようとしたのだろう。
![]() 「ラーンスドルフ駅」停留所で折返しの発車を待つ |
そのうちに扉が閉まり、音もなく発車した。最初の2kmは、ケーペニック荒野 Köpenicker Heiden の森の中を行く。シチュエーションはSRSと同じだが、こちらはずっと単線で、並走する車道もない。大都市圏とは思えないような孤独な旅が4分あまり続く。森が終わる少し手前で、ヴァルトヴァイヘ(森の分岐の意)Waldweiche と呼ばれる信号所をゆっくり通過した。10分間隔のダイヤなら、ここで上り電車と行き違いがある。
まもなく森が明るくなり、広い敷地に建つ民家や路上駐車のクルマが車窓に見え始めた。シェーンブリックの住宅地に入ったようだ。線路は、ベルリン通り Berliner Straße の左側に寄せた専用軌道になって続いている。いわゆる道端軌道だ。最初の中間停留所、ゲーテシュトラーセ Goethestraße に停車。その後も300m前後の間隔を置いて、こまめに停まっていく。
![]() ケーペニック荒野の深い森を行く |
ベルリナー・プラッツ(ベルリン広場)Berliner Platz は、シェーンブリック西地区と東地区の境に位置する、20分ダイヤで唯一の列車交換場所だ。珍しく左側通行で、トラムは歩道側に膨らんだ待避線に入って停車し、対向電車を待った。本線側は並走する道路に面しているから、ホームがない。では、どこに停まるのだろうと注目していると、やってきた上りトラムは停まるそぶりも見せず、あっけなく通過してしまった。
復路でようやく疑問が解けたのだが、50mほど西の、待避線が始まる手前にもう一か所ホームがあり、上りはそこに停車するのだった。つまりここでは、上りと下りのホームが並列ではなく、直列に配置されている(下図参照)。初めて利用したら、とまどうこと必至だ。
![]() ベルリナー・プラッツ停留所のホーム配置 左が上り(ラーンスドルフ方面)、右が下りホーム Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
ベルリナー・プラッツから先では、道端軌道の上が舗装され、クルマが通れるようになる。狭い田舎道にはありがちだが、東行きトラムの場合、西行きのクルマと正面から向き合うことになるから、危険を伴う。
テールマンプラッツ(テールマン広場)Thälmannplatz にも待避線があるが、20分ダイヤでは使われない。実はここもベルリナー・プラッツと同じく、直列方式の停留所だったのだが、列車交換がなくなってからは、棒線停留所のように上り下りとも歩道側の待避線にあるホームに停まるようになった。
![]() テールマンプラッツ停留所は上り下り兼用 |
テールマンプラッツには脇道に入る三角線もあり、その先は車両基地だ。途中下車して見に行くと、うれしいことに、引退した旧型車両が数両留置されていた。
手前にいるのは、量産体制を整えたゴータカーの最初の形式 T57形電動車だ。1959年製で、1986年にドレスデン市電から中古で譲渡されて、31号を名乗る。その後ろはT59形で、シュヴェリーン Schwerin から来た。1960年製で、形式としてはT57のあとだが、ヴォルタースドルフへの移籍が1977年と早かったので、車番は27だ。
さらに奥には27号とともにシュヴェリーンから来た付随車(トレーラー)B59形の90号、そして作業車 Arbeitswagen として使われていた1965年ベルリン・シェーネヴァイデ鉄道整備工場製のいわゆるレコワーゲン19号もいる。
![]() 車庫の側線に留置されたゴータカー群 |
![]() (左)電動車T57形31号、側面裾に路面軌道のロゴ (右)電動車T59形27号 |
![]() (左)付随車B59形90号 (右)作業車レコワーゲン19号 |
車庫は開いていなかったが、すりガラスを通して見える右側の車両は、31号と同じT57形ゴータカー33号のようだ。左側は、塗色や窓の形からいわゆる戦時形 Kriegsstraßenbahnwagen(略称 KSW)の7号らしい。1943年製で翌年ヴォルタースドルフに到来して以来、ずっとここで使われてきた古典車だ。とうに定期運転から引退して動態保存されている。
3月1日の華々しいさよなら運転の後、引退車両の一部は譲渡先へ搬出されていった。訪問当日まだ車庫にいた車両のうち、電動車27号はその後、チェコ・リベレツ Liberec の愛好家団体に、また付随車90号は電動車28号とともにハノーファー路面電車博物館 Hannoversche Straßenbahn-Museum にそれぞれ引き取られた。車庫に格納されている33号は保存対象なのだろうが、外に出ている他の車両の将来はわからない。
![]() 車庫 |
![]() 戦時形7号の保存運行(2026年) Photo by Robert Hösle at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
テールマンプラッツを出ると、最終区間にさしかかる。聖ミカエル教会の前は見通しの悪い左カーブで、おまけに最大67‰の急な下り坂だ。州道30号の交差点を渡ると、今度はヒルテングラーベン(羊飼いの溝の意)Hirtengraben を渡って右に急カーブする。さらにその勢いで道路を斜め横断し、右側に移る。
目まぐるしく変わる風景は、乗り鉄目線なら主要な見どころだ。しかし、クルマと並走するトラムの運転士にとっては、最も気を遣う区間に違いない。
![]() (左)ヒルテングラーベンの右カーブ (右)道路を斜め横断して右側へ |
![]() テールマンプラッツ~ヴォルタースドルフ・シュロイゼ間の拡大図 Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
このあとは、瑞々しい菩提樹の並木道シュロイゼン(閘門)通り Schleusenstraße を南下していく。再び道路を斜めに横切ると、もう終点のヴォルタースドルフ・シュロイゼだった。ここまで乗り通した客も多く、現代でも人気のスポットのようだ。
停留所の向かいにはカフェテラスがあり、テーブルで憩う人やそぞろ歩く人で、観光地特有の華やいだ雰囲気が漂っている。目的地の閘門は50mほど先だ。
![]() シュロイゼン通りの並木道を行く |
![]() 終点ヴォルタースドルフ・シュロイゼ |
ヴォルタースドルフ閘門 Schleuse Woltersdorf は、カルク湖とフラーケン湖の間に設けられた長さ65m、幅8.6m、落差2.1mの水路施設だ。現在の施設は3代目で1882年に開通した。上述のように、もとは上流にある石灰岩採掘場に出入りする貨物船のために造られたが、今では大小のレジャーボートが多数行き交う。
水路をまたぐ車道橋は、船の航行を妨げないよう、跳ね橋(跳開橋)になっている。昔はゴッホの絵にあるような観音開きの構造だったそうだが、1999年に片開き式の鉄桁橋に改築された。その横には、常時利用できるよう桁を高く上げた歩道橋が架かる。閘門を通過する船や跳ね橋の開閉を眺めるには格好の展望台だ。
水路の対岸へ足を延ばした。先代の閘門があった跡地だが、今は二つの湖に挟まれた静かな公園だ。湖畔にベンチが点々と置かれ、さざ波を立てるボートの群れを眺めながら、人々がのんびりと過ごしている。すぐにベルリンに戻るのが惜しくなるような午後のひとときだった。
![]() 水路をまたぐ跳ね橋と歩道橋 |
![]() 閘門を通過するレジャーボート |
![]() 閘門の上流側、カルク湖につながる水路 |
![]() 下流側、のどかなフラーケン湖畔 |
次回は、ヴールハイデ公園鉄道を訪ねる。
■参考サイト
シェーナイヘ=リューダースドルフ路面軌道(ヴォルタースドルフ路面軌道の運営事業者)
http://www.srs-tram.de/
![]() ベルリン東郊の鉄道路線図(市内路面軌道、Uバーンを除く) |
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