ベルリン東郊の小路線-シュトラウスベルク鉄道
シュトラウスベルク鉄道 Strausberger Eisenbahn
シュトラウスベルクSバーン駅 S-Bahnhof Strausberg ~ルストガルテン Lustgarten 間 5.9km(下注)
標準軌(1435mm)、直流750V電化
1893年開業(蒸気鉄道)、1921年電化
*注 現 終点から旧 終点駅で車庫のあるシュトラウスベルク・シュタット Strausberg Stadt までの区間を含めると 6.2km
![]() Sバーン駅行きが到着、メルヘンヴァルト停留所にて |
![]() 地形図にシュトラウスベルク鉄道のルートを加筆 Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
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1892年の軽便鉄道法 Kleinbahngesetz(下注)の施行を受けて、いち早く建設が進められた路線の一つがシュトラウスベルク鉄道 Strausberger Eisenbahn だ。根拠となる法律に基づき、当初はシュトラウスベルク軽便鉄道 Strausberger Kleinbahn と称した。
*注 軽便鉄道法は、地域振興を図る目的で建設や運行の要件を緩和し、鉄道の敷設を促すもの。原語の Kleinbahn は、直訳すると小鉄道。
シュトラウスベルクは、ベルリンの東35km、浅い氷河谷に湛水したシュトラウス湖 Straussee に面する町だ。前回のブーコー Buckow と同様、1867年に開通したプロイセン東部鉄道 Preußische Ostbahn(下注)が数km南を通ったため、これまで駅への連絡手段は乗合馬車に頼っていた。夏の週末などリゾート客が訪れる時期はそれでは足りず、農夫の荷馬車まで駆り出されたという。
*注 ベルリンからプロイセン領ケーニヒスベルク Königsberg(現 ロシア領カリーニングラード Калининград/Kaliningrad)を経てロシア国境に至る長距離の主要幹線。
![]() シュトラウスベルク旧市街入口 |
東部鉄道駅と町を結ぶ全長6kmの新たな鉄道は、わずか4か月の工期で完成し、1893年8月に開通式を迎えた。蒸気機関車による運行だったが、東部鉄道を介して貨物輸送を行うために、軽便線ながら初めから標準軌で建設されていた。ベルリンとの間の交通の便が改善したことで、通勤客や行楽客が年を追うごとに増加し、鉄道は活況を呈した。
当時は全線が専用軌道で、ルートの後半は今と違って、南に延びる住宅街の東側を迂回していた。終点は旧市街の南口に設けられ、シュトラウスベルク・シュタット(町の意)Strausberg Stadt と名乗った(下注)。
*注 Sバーンの同名駅は後に設置されたもので、位置も異なる。
![]() 1992年のハーガーミューレ停留所とレコワーゲン Photo by Roehrensee at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
1921年に軽便鉄道は直流750Vで電化を果たし、名称も軽便ではない「シュトラウスベルク鉄道」に改称された。このときルートの後半部が、住宅街を貫く路面軌道に移されている。終点も新たに路面上に設置され、ルストガルテン Lustgarten(下注)と名付けられた。軌道はそこから旧 終点駅まで延長され、駅跡は車両基地として活用された。貨物輸送も旧線経由でまだ行われていたので、電気機関車が同時に投入されている。
*注 Lustgarten は宮殿などにある散策庭園のことで、転じて公園や遊園地の名とされる。
1930年代は拡張期で、ルートが旧市街のマルクト広場 Marktplatz 前を通ってプロヴィンツィアルアンシュタルト(州庁舎)Provinzialanstalt まで最大900m延伸された。しかしこの区間は1970年に廃止されてしまい、今では痕跡をとどめない。
*注 後にランデスユーゲントハイム(州立青少年の家)Landesjugendheim に改称。
![]() 1992年のシュトラウスベルク・シュタット車庫 Photo by Roehrensee at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
ちなみにシュトラウスベルク鉄道は、東ドイツ時代、全国の鉄道網が国有化された際に、その対象にならなかった稀有な交通企業だ。当時、市が大半の株式を所有していたからだとされ、市営から後には人民公社 Volkseigener Betrieb (VEB) となって存続した。
1970年からはフランクフルト(オーデル)自動車運輸人民公社 VEB Kombinat Kraftverkehr Frankfurt (Oder) の鉄道輸送部門に統合されていたが、ドイツ再統一後、再び市が全株式を所有する有限会社 GmbH となって、現在に至る。小さいながらもわが町の、わが町による、わが町のための鉄道であり、市民の愛着も強いに違いない。
![]() ルストガルテン駅 |
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DB(ドイツ鉄道)のシュトラウスベルク駅には、ベルリン・オストクロイツ Ostkreuz 駅からSバーンS5系統の電車で36分、近郊列車のRB26系統なら25分で到着する。広い駅前広場の左側がバスターミナル、右側がシュトラウスベルク鉄道の敷地だ。軒に Tickets と大書された案内所の裏に、すっかり近代化されたトラムの乗り場、シュトラウスベルクSバーン駅 S-Bahnhof Strausberg(下注)がある。
*注 旧駅名のフォアシュタット Vorstadt も通称として使われる。
ルストガルテンまでの所要時間は13分だ。運行間隔は平日が20分、土日祝日は1本ずつ間引きされて40分に開く。きょうは日曜なので、長い待ちぼうけを食わないようにあらかじめ発車時刻は調べてある。
![]() Sバーン駅 (左)案内所 (右)シンプルな片面ホーム |
シュトラウスベルク鉄道はベルリン市電網と接続していない孤立路線だが、ベルリン都市圏の路線体系に組み込まれ、トラム89系統を付番されている。それだけではない。2013年に就役した現在の主力車両は、ベルリン市内を走っているものと同形式車で、鮮やかな黄色の塗装までそっくりだ。
この5車体連接ボンバルディア・フレキシティGT6は、ベルリン市交通局 Berliner Verkehrsbetriebe (BVB) 向けに開発された量産車の第1世代になる。シュトラウスベルクが購入したのは2編成に過ぎないが、BVBの大量調達に便乗することで、個別に発注するより割安に入手できたに違いない。シュトラウスベルク鉄道はたびたびベルリンから中古車の譲渡を受けてきた歴史があり、その縁は深い。
![]() 5車体連接のフレキシティGT6 |
一方、フレキシティ以前に主力を担っていたのは、1989~90年製の3車体連接タトラカー KT8 D5 だ。スロバキアのコシツェ Košice から来た車両で、3編成在籍していたが、新車配備に伴い、2編成がプラハに売却された。残り1編成は、改修を受けたうえで今も日常運用についているはずだが、きょうは運転本数が少ないので、見かけることがなかった(下注)。
*注 公式サイトによれば、このほかニューオーリンズから取得した同じタトラ社の単車トラム T6C5 も運用されている。
![]() タトラKT8 D5 22号車(2019年) Photo by Bennditt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
ホームで待っていると、森の陰から黄色いフレキシティが姿を現した。これが5分の折返し時間の後に12時40分発のルストガルテン行きになる。降車が終わると20人ほどの客が乗り込んだ。
ルート前半では、森の中を直線的に走っていく。蒸気軽便の開業当時はほんとうに深い森だったのだろうが、後に沿線で住宅開発が行われ、今は過半が森に覆われた住宅地になっている。
それで、森の中でも数百mおきに停留所がある。すべてリクエストストップだが、けっこう乗降客がいて、トラムは小刻みに停車と発車を繰り返す。残念ながら新型車では前面車窓を楽しむことはできないから、復路では途中下車して、森に包まれた停留所の雰囲気を確かめるつもりだ。
![]() 森の陰から現れたフレキシティ |
![]() (左)2024年新設のメルヘンヴァルト停留所 (右)森の中を一直線に延びる軌道 |
5つ目のヘーガーミューレ Hegermühle 停留所には待避線があり、平日ダイヤなら列車交換が行われる。路線のおよそ中間点だからだが、同時にここは車窓風景の転換点でもある。停留所を出るとすぐに州道23号を横断し、そのまま道の右側に張り付いて、いわゆる道端軌道になるからだ。1921年の電化と同時に実施されたルート移設区間だ。
ちなみに移設後の旧線も貨物線として残され、1995年まで定期便が走っていた。官製地形図ではまだ本線のように太く描かれている(下図参照)。しかしその後は利用が減少し、2006年に線路は撤去された。現在は街路や自転車道に変わっている。
道端軌道と呼ばれるのは、車道の横に沿うものの、車道や歩道とは明確に区分されている軌道敷のことだ。建設当時、郊外だった区間などでよく見られる。シュトラウスベルクの場合もこのあたりは郊外の街道筋で、プラタナスの並木道の周りに、敷地に余裕のある民家が並んでいる。
この間にもいくつか通りの名をつけた停留所があり、ようやく景色が町らしくなってくる頃には、もう終点が近づいている。軌道は市街地の車道と歩道にはさまれた窮屈な敷地に収まり、そのままルストガルテン駅のホームへ続く。
終点駅も起点と同じく、片面ホームの棒線構造だ。ベンチが置かれた道路脇の空地に、起点駅と同じような案内所の建物が建っている。
軌道はこの後、側線を分岐させながら右へ急カーブしていく。その先には鉄道の車庫があるが、これこそ、蒸気軽便時代の終点シュトラウスベルク・シュタット駅の跡だ。往時はもちろん、南側から線路(旧線)が入ってきていたのだが、現在は北から回り込む形に変わっている。
![]() (左)ルストガルテン駅に到着 (右)旧駅跡に建つ車庫 |
![]() シュトラウスベルク市街周辺の拡大図 |
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ところで地図をご覧になった方は、シュトラウスベルクにもう1本、別の鉄道が来ているのに気づかれたことだろう。東部鉄道のシュトラウスベルク駅と旧市街北東に位置するシュトラウスベルク・ノルト(北の意)Strausberg Nord 駅を結ぶ支線だ。第3軌条方式で電化され、SバーンS5系統の電車が乗り入れている。
駅間距離が長いこともあり、一見こちらのほうが歴史が古そうだが、実は逆で、戦後1955年の開通だ。なぜその時期に並行路線が建設されたのかは、シュトラウスベルクのもう一つの顔が深く関係している。それは首都周辺という地理的条件を買われた軍都としての顔だ。
![]() シュトラウスベルク駅、Sバーンの発着ホーム |
シュトラウスベルクには18世紀からプロイセン軍の駐屯地の一つが置かれていた。しかし、本格的に軍事施設が設置されるのは、ナチス政権下の1935年以降だ。初めは「マルク圧延工場 Märkisches Walzwerk」の偽名でカムフラージュされた軍需工場で、続いて東郊に軍用飛行場や空軍兵舎が造られた。
戦後はこれらを東ドイツの国防軍が使用することになる。さらに、四か国協定でベルリンが非武装地帯とされたため、国防軍の本部も1954年にベルリン市内からシュトラウスベルク市の北縁に移転してきた。こうした軍用地へのアクセスとして急遽建設されたのが、シュトラウスベルク・ノルト線だ。
旅客輸送では、1956年にSバーンの支線内シャトル運行が、1968年からは後のS5系統であるベルリンへの直通運転も始まった。中間駅として旧市街の最寄りにシュトラウスベルク・シュタット Strausberg Stadt 駅があったが、1984年にはその南にヘーガーミューレ駅も開設された。
![]() (左)シュトラウスベルク・シュタット駅 (右)シュトラウスベルク・ノルト駅 |
しかし、ドイツ再統一後は軍事組織の整理統合が進み、軍都の色彩はしだいに薄まっていく。不要となった軍用地は公共や民間の施設に転用され、シュトラウスベルク・ノルト線もふつうの通勤路線に性格を変えていった。
現在の運行間隔は平日20分、休日も日中は20分と、並走するトラムと同等か頻度が高くなっている。これがベルリン直通であることも考え合わせると、トラムの優位性は、停留所の数やアクセスの良さにとどまるのかもしれない。
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最後に、シュトラウスベルク鉄道会社が運営する、珍しい乗り物を一つ紹介しておこう。トラムの終点ルストガルテンのすぐ北にある交差点を左に進むと、シュトラウス湖 Straussee が見えてくる。その湖岸の桟橋と対岸とを結ぶシュトラウス湖フェリー Strausseefähre がそれだ。
これは電動船なのだが、その上空に1本のワイヤーが通されていることに注目したい。そして船の屋根から延びた別のワイヤーが、先端のホイールで上空のワイヤーをつかまえている。これらのワイヤーは通電している。つまりフェリーは、電車やトロリーバスと同じく、架線から取った電気を動力にして走っているのだ。かつては川の渡し船にも例があったというが、今やドイツでここにしか残っておらず、町の名物になっている。
![]() 架線集電方式のシュトラウス湖フェリー |
フェリーは1894年に開業したが、最初はケーブルとウィンチを使った手動式で運航されていた。数年後に自走のディーゼル船が就航し、1913年にはガソリンエンジン搭載の新型船に置換えられた。しかし、水浴場やレストランのある湖畔に騒音と石油臭を巻き散らしたため、たちまち市民の不評を買う。
そこで市が導入したのが、架線集電フェリーだった。シュトラウス湖は細長い形状をしていて、縦(南北)は4km近くあるのに対し、横幅(東西)は約330mと狭い(下注)。そこで両岸に高さ10m弱の鉄塔を建てて、あいだに電線を渡した。フェリーは、そこから直流230V(開業当時は170V)の電力を受け取っている。
*注 330mは図上実測値。公式サイトは350mとしている。
湖面には別途、ワイヤーが2本並行に張られていて、これを船体の両側に通すことで航路を誘導する仕組みだ。このワイヤーにはまた、鉄道のレールのように電流の帰線の役割もある。
![]() 湖面の2本のワイヤーで航路を誘導 |
![]() (左)湖岸に立つ架線塔 (右)誘導ワイヤーの調節装置 |
現行のフェリーは1967年に就航した2代目で、「シュテッフィ Steffi」の名で呼ばれている。30分ごとに運航され、対岸までの所要時間は7分だ。観光船ではなく、れっきとした公共交通機関だが、個別運賃が設定され、運輸連合VBBの運賃ゾーンからは外されている。ドイチュラント・チケット Deutschland-Ticket も使えないので注意のこと。
次回は、シェーナイヘ=リューダースドルフ路面軌道を訪ねる。
■参考サイト
シュトラウスベルク鉄道 https://www.strausberger-eisenbahn.de/
![]() ベルリン東郊の鉄道路線図(市内路面軌道、Uバーンを除く) |
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