コンターサークル地図の旅-神岡鉄道レールバイクと神岡軌道跡
2026年春のコンター旅、最終回の舞台は岐阜県飛騨市(下注)だ。レールマウンテンバイク「ガッタンゴー」で、神岡鉄道の廃線路を走った。
*注 正式には飛「驒」市だが、飛「騨」市の表記も許容されている。本稿では旧駅名を含め、飛騨と記す。
![]() 「渓谷コース」第一高原川橋梁 |
![]() 図1 神岡鉄道時代の1:200,000地勢図 (1988(昭和63)年編集) |
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特定地方交通線として廃止対象に挙げられた国鉄神岡線が第3セクターの神岡鉄道に引き継がれたのは、1984年10月のことだ。旅客輸送もさることながら、神岡鉱山の精錬で排出される硫酸の輸送手段として維持する必要があった。そのため、荷主がこれをトラック輸送に切り替えると、とたんに経営が成り立たなくなり、2006年12月に神岡鉄道の運行は終了した。
その廃線跡を町おこしに生かすべく、翌2007年から試験的に始まったのが「ガッタンゴー」だ。神岡鉄道は、JR高山本線に接続する猪谷(いのたに)から奥飛騨温泉口に至る19.9kmの路線だったが、そのうち、終点側の奥飛騨温泉口から神岡鉱山前までの2.9kmを、客がレールバイク(軌道自転車)を漕いで往復走行する。
![]() 「まちなかコース」の発着点、奥飛騨温泉口駅 |
![]() (左)旧神岡鉄道の駅舎が残る (右)駅舎の壁に保存された国鉄時代の駅名標 |
これが好評を博し、観光イベントとして定着したことから、2018年には、旧 漆山(うるしやま)駅を拠点とする3.3kmの渓谷区間が追加設定された。以来、奥飛騨温泉口を発着する「まちなかコース」と、漆山発着の「渓谷コース」の2本立てで募集されている。
私たちはこれを、午前と午後ではしごする計画を立てた。人気は相変わらず高く、予約がすぐ埋まるので、2月中旬にネットで手続きを済ませてある。
![]() ガッタンゴーのリーフレット |
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2026年5月11日、8時に高山駅改札前に集合したのは、大出、中西、私の3名。近くのレンタカー店でスズキ ソリオを借りて出発した。国道41号から県道75号飛騨朝霧街道、農免農道の神岡カントリーロードを経由して、「まちなかコース」の集合場所、旧 奥飛騨温泉口(国鉄時代は神岡)駅へ向かう。受付時刻より早く着いたので、先に軽便線の神岡軌道跡を見に行ったが、それについてはまた後ほど…。
![]() 「まちなかコース」の発着デッキ |
![]() 図2 1:25,000地形図に歩いたルート(赤)と「まちなかコース」のルート等を加筆 |
「ガッタンゴー」は、冬期を除いて週6日営業している(繁忙期は無休)。「まちなかコース」の場合、おおむね1時間ごとの出発で、平日6便、休日や夏の繁忙期は8便という頻繁運行だ。きょうは月曜なので、私たちが乗る10時発が初便になる。料金は1台4000円(下注)。
*注 これは標準的な2~3人乗りの場合。「まちなかコース」では、他に4人で漕ぐタンデム車や1人で漕ぐサイドカー付きなど数種類の車両があり、料金も異なる。
発時刻の20分前までに受付を済ませて、駅舎内の説明会場に集合した。「(途中で)降りない」「止まらない」「ぶつからない(=適度な車間距離)」の注意事項を聞いたあと、ヘルメットを着用して、乗り場へ移動する。
レールバイクは昨年、吾妻峡(下注)で乗ったのと同じ構造だった。2軸の簡易台車に電動アシストつきマウンテンバイク2台を並列固定してあり、中央に設置された補助席を加えて、都合3人が乗れる。私は補助席へ。シートベルトの装着は必須だが、両手が自由なので取材にはありがたい。
*注 吾妻峡レールバイクについては、「コンターサークル地図の旅-吾妻峡レールバイクと太子支線跡」参照。
![]() (左)3人乗りレールバイク (右)スタッフが乗るスーパーカブ固定の台車 |
スーパーカブ固定の台車に乗ったスタッフが先導し、客が乗る4台がそれに続いた。私たちのは1号車で、行きは先頭を走る。駅構内を出て、新緑が映える高原川(たかはらがわ)の渓谷を右手に見ながら、ゆっくり下っていった。天気も上々で、アウトドアには格好のコンディションだ。
ホームがもとのまま残る神岡大橋駅跡を通過する。ここは3セク化の際、新規に開設された駅だった。20‰の下り勾配標の後、すぐに一つ目のトンネル、長さ352mの第二神岡トンネルに入る。内部に照明はないが、自転車のヘッドライトが自動点灯するのでほんのり明るい。
![]() (左)スタッフの先導でいざ出発 (右)高原川の渓谷を渡る神岡大橋が右手に |
![]() (左)神岡大橋駅跡を通過 (右)20‰の勾配標を見て第二神岡トンネルへ |
直線でこれを抜けると、山田川の谷を横断する長さ120mの神岡橋梁の上に出た。足もとの谷筋を旧 神岡町の中心、船津の市街地が埋めている。橋梁の下手には、市街地の最寄りだった飛騨神岡(国鉄時代は飛騨船津)駅の朽ちかけたホームが残っていた。
続いて第一神岡トンネルに突入する。長さが524mあり、渓谷コースも含めてレールバイク区間で最長だ。トンネルは中で右カーブしている。
闇を抜けて今度は左に緩く曲がると、折返し点となる旧 神岡鉱山前駅(国鉄時代は神岡口)の広いヤードが見えてきた。並走する線路をポイント(分岐点)で次々に渡っていくので、列車の運転士になった気分だ。最も右寄りの側線に乗降場があり、先回りしていたスタッフがこちらに止まれのサインを送っている。
![]() 山田川の谷をまたぐ神岡橋梁 奥のホームは飛騨神岡駅跡 |
![]() (左)第一神岡トンネルを抜ける (右)折返し点、旧 神岡鉱山前駅の広いヤード |
到着した後は自由休憩の指示があり、いったん車両から離れた。その間に、スタッフが1両ずつ車両を方向転換させる。車体の中央に寝かせてある牽引棒を起こし、それを軸にして半回転させる手順で、吾妻線と同じ方式だ。
駅は川岸から一段高い場所に位置する。右手の低地には市街地が広がり、その奥の段丘上に神岡城が望める。手前に目を移すと、対岸の建物群は神岡鉱業の精錬所だ。採掘は2001年に終了したが、リサイクル事業で今も稼働しているのだそうだ。
一方、山側にある駅のホームと待合室は開放されていて、鉄道現役時代の案内板や資料が壁を埋めている。隣接する車庫にKM-100形おくひだ号が格納されているのだが、窓ガラスが朝の光を反射して写真には撮れなかった。
![]() レールバイクの方向転換作業 |
![]() 市街地と神岡城(中央右寄り)の眺め |
![]() 神岡鉱業の精錬所施設 |
10分ほど経ったところで招集がかかった。復路では1号車が最後尾だ。第一神岡トンネルに入ると、往路にはなかった二筋のイルミネーションが進路を浮かび上がらせている。私は漕ぎ手に回ったが、電動アシストつきとはいえ、20‰の上り勾配がふだん使わない太腿にこたえた。
終点駅の手前で一旦停止。信号に従い、1台ずつデッキ上の乗降場に駆け上がる。正味の走行時間は往路12分、復路14分ほどで、折返し休憩を含めて出発から帰着まで約40分だった(下注)。
*注 公式サイトでは説明・折返し休憩込みで50~60分と案内されている。
![]() (左)復路は上り勾配 (右)第一神岡トンネルのイルミネーション |
![]() 奥飛騨温泉口駅に帰着 |
◆
午後は「渓谷コース」を体験した。乗り場は、奥飛騨温泉口駅から北へ10.5km、高原川の深い谷の中にある旧 漆山(国鉄時代は西漆山)駅だ。案内の看板に従い、国道41号から左にそれて高原川を渡る。
神岡鉄道のターミナルだった奥飛騨温泉口とは違い、漆山駅はもともと無人の停留所だ。それで、受付窓口のある小さな事務所棟はともかく、プレハブ小屋の説明会場、移動式トイレ、農業用ビニールハウスを利用した屋根付き乗降場と、いずれも仮設仕様だ。休業する冬季にはすべて撤収してしまうらしい。
![]() 「渓谷コース」漆山駅 (左)受付窓口 (右)ビニールハウスの乗降場 |
![]() 図3 1:25,000地形図に歩いたルート(赤)と「渓谷コース」のルート等を加筆 |
このコースでは、平日1日4便、休日・繁忙期は6便が設定されている。私たちは13時15分発の便を予約してある。便数が少ないことを加味しても「まちなかコース」より人気があるのは確かで、乗り場に用意されたレールバイクは運行上限の13台。予約サイトを覗くと連日完売で、飛び込み参加ではとうてい乗れそうにない。ちなみに料金は1台6000円だが、「まちなか」の窓口でもらった割引券で少し安くなった。
まずは説明会場へ。「降りない」「止まらない」「ぶつからない」の三大心得はさっきも聞いたが、さらに、人里を離れた山中を走行するため、ヘルメットだけでなく腰縄をつけて自転車に固定し(逸脱防止用?)、クマ対策として、車間距離を大きく空けずに、集団で行動するよう注意を受けた。
![]() 「渓谷コース」の安全ルール |
私たちが乗るのは中ほどの7号車だ。往路はずっと上り坂だが、勾配は15‰と「まちなか」に比べてやや緩い。それに最近の開設で電動アシストの性能もいいのか、太腿の抵抗感はほとんどなかった。序盤は森に包まれた渓谷をひたすら遡るルートだが、やがて左にカーブして最初の大きな橋、第一高原川橋梁を渡り始める。大小の石が散らばる河原を斜めに横断する長さ246mのPC桁橋だ(冒頭写真も参照)。
![]() (左)旧 漆山駅を出発 (右)序盤は森の渓谷を遡る |
![]() (左)第一高原川橋梁を渡る (右)深い淵を見下ろしながら |
足もとにターコイズブルーの水を湛える淵を見下ろしながら、スノーシェッドに続いて長さ430mの第一漆山トンネルへ。これを抜けると現れるのが、コース一番の見どころである第二高原川橋梁の赤いトラスだ。渡り終えた線路は、間髪を入れず次の第二漆山トンネル(長さ285m)に吸い込まれていく。
最後に、第一と同じように左カーブしたPC桁の第三高原川橋梁(112m)を渡って、二ツ屋の折返し点に到達した。「まちなみ」と同様、場内信号機(?)で一旦停止し、1台ずつデッキへのスロープを駆け上がる。往路の所要時間は22分だった。
![]() (左)スノーシェッドから第一漆山トンネルへ (右)ヘッドライトが進路を照らす |
![]() トラスの第二高原川橋梁から第二漆山トンネルへ |
![]() 第三高原川橋梁を渡るとまもなく二ツ屋の折返し点 |
![]() 折返し点のデッキでしばし休憩 |
ここでも約10分間の休憩が取られる。二ツ屋は鉄道の旧駅ではないが、この先トンネルと鉄橋の連続で適当な空地がないから、折返し場所に選ばれたのだろう。
復路は漕ぎ役を交代して、私は補助席へ。スタッフの「ゴー、レッツゴー」という元気な掛け声に送られて、再び1台ずつ出発した。下り坂につき、先行車のスピードが落ちるとすぐに追いついてしまう。風に乗って快調に走ったので、わずか15分ほどでもう起点のビニールハウスが見えてきた。折返し休憩を含めて、出発から帰着までの所要時間は約50分だった(下注)。
*注 公式サイトでは説明・折返し休憩込みで60~75分と案内されている。
![]() スタッフの掛け声を受けて復路出発 |
![]() 快調に走って漆山駅に帰着 |
なつかしい人里を眺めながら走る「まちなかコース」と、クマが出そうな深山幽谷を行く「渓谷コース」。風景は対照的だが、どちらもカーブ、坂道、トンネル、橋梁と変化があって、おもしろさは甲乙つけがたい。廃線になると人々の関心は遠のきがちだが、線路さえ剥がしてしまわなければ、何なりと活用法はあるものだ。
■参考サイト
「ガッタンゴー」 https://rail-mtb.com/
◆
「ガッタンゴー」の空き時間を利用して、私たちは周辺に残る神岡軌道の遺構もいくつか見学した。
神岡軌道というのは、国鉄神岡線が1966年に開業する以前に、この鉱山町に通じていた610mm(2フィート)軌間の軽便線だ(下注)。1910(明治43)年から1920(大正9)年にかけて、神岡町まで順次開業している。当時まだ現在の高山本線(当時は飛越線)はなく、起点は、富山鉄道(当時は富山軽便鉄道、後の富山地方鉄道笹津線)に連絡する笹津に置かれていた。
*注 当初は762mm(2フィート6インチ)軌間だったが、全通までに610mmに改軌。
富山からの飛越線が1930(昭和5)年に猪谷まで開通すると、軌道は対岸から神通川に架橋して、翌1931年から猪谷を起点とするようになる。また、1937年から1958年までは、森林鉄道からの連絡運輸のために、さらに上流の浅井田(あさいだ)に至る延伸線もあった。町にとって軌道は外界とつながる生命線だったが、国鉄の新線建設が始まると存在理由を失い、1963年から1967年にかけて順次廃止されていった。
![]() 奥飛騨温泉口駅の保存車両 (左)神岡鉱山の電気機関車 (右)神岡軌道とほぼ同型の立山砂防軌道ディーゼル機関車(2020年に此地に到来) |
遺構の一つ目は神岡に着く前、飛騨朝霧街道の神原トンネルを出て間もなく右手に見えるオブジェ群だ。草原の中に短い線路が敷かれ、有蓋貨車やレールバイクが置かれている。貨車は実物のようで、神岡軌道の歴史を記したプレートが貼り付けてあった。軌道のルートからは遠く離れているが、神岡への旅の前説というべきスポットだ。
![]() 神原峠の神岡軌道オブジェ群 |
![]() (左)軌道に載る有蓋貨車 (右)神岡軌道の歴史を記すプレート |
冒頭でも触れたように、「まちなかコース」に参加する前に、川向うにある坂巻橋梁跡を訪ねた。高原川の支流、和佐保谷川(わさぼたにがわ)を渡る浅井田延伸線の橋だ。流路を跨いでいた橋桁は撤去済みだが、両側に続くコンクリート高架が残されている。建設からかれこれ90年が経つはずだが、今も変わらず谷間に仁王立ちしているのが印象的だ。
![]() 谷間に仁王立ちする坂巻橋梁 |
「まちなか」と「渓谷」の空き時間は、昼食休憩を兼ねて、神岡城のある城ヶ丘公園へ移動した。この周辺では、段丘崖に沿う形で、浅井田延伸線の跡が自転車・歩行者用の小道になっている。歩いてみると、市街地が眼下に広がって、なかなかいい眺めだ。
神岡軌道敷跡の立札から南は民家が張り付き、狭いながらクルマも通行できる。崖を上ってくる旧道をまたぐガーダー橋があった。きれいに塗装されているが、おそらくオリジナルだ。この廃線跡の公道は、奥飛騨温泉口駅に通じる県道484号との交点まで続く。
![]() 神岡軌道敷跡の立札 |
![]() 神岡軌道跡の道路 (左)市街地が眼下に広がる (右)旧道をまたぐガーダー橋 |
「渓谷」を乗り終えた後は、近くにある土(ど)駅跡を見に行った。JRの津のような一音地名の駅で、ローマ字表記ではそれより短いことで知られていた。駅は谷あいの発電所の前にあったそうだが、もちろん痕跡は残っていない。そればかりか下流側へ続く廃線跡が、国道のバイパス工事で封鎖されていた。やむなく集落まで戻り、山腹の神社への急な階段を上る。神社の前には明瞭な軌道跡があり、見たかったオーバーハング気味の岩壁へたどり着くことができた。
![]() (左)土集落の神社脇を通る廃線跡 (右)古レールも散見 |
![]() 土駅近くにあるオーバーハング気味の岩壁 |
◆
以下の写真3点は、大出さんが撮影した1984年3月、3セク化を前にした国鉄神岡線のようすだ。
![]() 国鉄神岡口駅、現「まちなかコース」折返し点 |
![]() 国鉄神岡駅、現「まちなかコース」発着点 |
![]() 神岡駅当時の駅舎 (今もホーム横に残るが改装されている) |
廃止直前の2006年9月に撮影した神岡鉄道の写真も提供してもらった(4点とも大出さん撮影)。
![]() 漆山駅北方 |
![]() 飛騨神岡駅のある神岡橋梁 |
![]() 神岡大橋駅 |
![]() 奥飛騨温泉口駅 |
◆
参考までに、国鉄神岡線が記載されている1:200,000地勢図と1:25,000地形図を掲げる。
![]() 図4 国鉄神岡線時代の1:200,000地勢図 (1972(昭和47)年修正) |
![]() 図5 国鉄神岡線時代の1:25,000地形図 猪谷~茂住間(1972(昭和47)年測量) |
![]() 図6 同 茂住~西漆山間(1972(昭和47)年測量) |
![]() 図7 同 西漆山~二ツ屋間(1972(昭和47)年測量) |
![]() 図8 同 二ツ屋~神岡口間(1972(昭和47)年測量) |
![]() 図9 同 神岡口~神岡間(1972(昭和47)年測量) |
神岡軌道が描かれた1:200,000地勢図と1:50,000地形図は以下のとおりだ。なお、この地域の1:25,000地形図は、上掲の1972(昭和47)年測量図が初版のため、神岡軌道はもはや描かれていない。
![]() 図10 神岡軌道時代の1:200,000地勢図 (1955(昭和30)年編集) |
![]() 図11 神岡軌道時代の1:50,000地形図 猪谷~茂住間(1966(昭和41)年補測調査、1959(昭和34)年修正測量) |
![]() 図12 同 茂住~土間(1959(昭和34)年修正測量) |
![]() 図13 同 土~二ツ屋間(1959(昭和34)年修正測量) |
![]() 図14 同 二ツ屋~神岡町間(1959(昭和34)年修正測量) |
1958(昭和33)年に廃止された浅井田延伸線は、1色刷の旧版図に姿をとどめている。
![]() 図15 同 神岡町~浅井田間(1953(昭和28)年応急修正) |
掲載の地図は、国土地理院発行の20万分の1地勢図高山(昭和30年編集)、同(昭和47年修正)、同(昭和63年編集)、5万分の1地形図白木峰(昭和41年補測調査)、東茂住(昭和34年修正)、舩津(昭和28年応急修正)、船津(昭和34年修正測量)、2万5千分の1地形図猪谷、東茂住、鹿間、船津(いずれも昭和47年測量)および地理院地図(2026年5月10日取得)を使用したものである。
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