« ヴッパータールの懸垂式モノレール I | トップページ | コンターサークル地図の旅-可部線(あき亀山~三段峡)跡 »

2026年2月26日 (木)

ヴッパータールの懸垂式モノレール II

前回に引き続き、ヴッパータール・モノレール Wuppertaler Schwebebahn のルートを見ていくことにしよう。今回は全体の8割を占める「水上線 Wasserstrecke」、ヴッパー川 Die Wupper の上空を走る区間だ。

Blog_wuppertal21
ヴッパー川の上空を行くモノレール車両
Blog_wuppertal_map2
ヴッパータール空中鉄道周辺の地形図にルートを加筆
Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA

それにしてもなぜ道路の上を利用せず、川の上空が選ばれたのだろうか。それは、ヴッパータールが王家の城下町のように包括的な都市計画を持たず、狭い谷間に自然発生的に成長した町だったことが第一の理由だ。道は狭く曲がりくねったままで、混雑もひどく、中心部では路面軌道をこれ以上拡張させる余地がなかった。最後に残されていた連続空間がヴッパー川で、高架を走るモノレールの提案とうまく結びついたのだ。

ヴッパー川は長さ117km、ヴッパータール市内を通り、ケルン Köln の北でライン川 Der Rhein に注いでいる。いうまでもなく地域の主たる水源で、初期は水車の動力や繊維業の洗浄用に、後には工場の冷却水などに使われ、地域の産業を支えてきた。

しかし、下水道の整備が遅れたため、1970年代までは工場からの廃水が流れ込んで汚濁と悪臭がひどく、ドイツでも有数の汚れた川と言われていたという。モノレールの走行空間となってからも、決して今のような好ましい写真素材ではなかったに違いない。

Blog_wuppertal22
ヴッパー渓谷下流部
橋梁は、ドイツ一の高さがあるDB線のミュングステン鉄橋 Müngstener Brücke
 

その後、水質改善のためのさまざまな施策が功を奏して、きれいな川が戻り、水辺の生き物も復活し始めた。河川環境への市民の関心を高めるための取組みは今も行われていて、偶然見つけたのが、川中にいる石像のビーバーだ。調べてみると、これは「ビーバーのボビー Bobby Biber」といい、人々の視線を川へ引き寄せるために2020年に設置された野外彫刻だそうだ。

頭上を行き交うモノレールに気を取られて見逃してしまったが、他にも同じような石像で、サケと子象とカバの計3体(下注)がヴッパー川を住みかにしているらしい。

*注 名は「ラッキー・ラクス(幸運のサケ)Lucky Lachs」「象のタフィー Elefant Tuffi」「カバのニーナ Flusspferd Nina」。なお、タフィーは、1950年7月にサーカスの宣伝目的でモノレールに乗せられたものの、音と振動に驚いて側壁を突き破り、川に落ちた(が、軽傷で済んだ)子象タフィーの逸話にちなむもの。

Blog_wuppertal23
ビーバーのボビー
右の写真で赤い矢印の場所にいる
 

それはさておき、「水上線」区間の最初の駅は、ツォー/シュタディオーン Zoo/Stadion という。緑豊かなヴッパータール動物園と、地元サッカーチームのホームになっている多目的スタジアムの下車駅だ。そして駅のすぐ先に、ルートの見どころの一つ、モノレールとDB(ドイツ鉄道)線との立体交差が控えている。

DBのデュッセルドルフ=エルバーフェルト線 Bahnstrecke Düsseldorf–Elberfeld は、1841年という早い時期からここを横断している。ヴッパー川に架かるゾンボルン鉄道橋 Sonnborner Eisenbahnbrücke のアーチに十分なクリアランスがあったので、モノレールの設計者は、上をまたぎ越さず、下を通すことにして、支柱の建設費用を節約した。もっとも当時の鉄道橋は6連の石造アーチだったのだが(下の写真参照)、1914年にDB線が複々線化されるに際して、今見られるとおり、河床に橋脚を立てないシングルスパンの橋に架け換えられた。

ちなみにこのDB線は、さっき乗ってきたRE列車やSバーンが通るルートで、ヴッパー川の谷斜面に沿って東西に延びている。モノレールにとっては完全な並行路線なのだが、市内と都市間という路線の性格の違い、駅の数や立地条件などからおのずと棲み分けができているようだ。

Blog_wuppertal24
ゾンボルン鉄道橋のアーチをくぐる
Blog_wuppertal25
3種の鉄軌道が交差していた旧6連アーチ橋
(1912年以前の絵葉書)
Image from wikimedia. License: public domain
 

DB線との立体交差を通過すると、モノレールは流路に逆らうことなく、くねくねと曲がる軌道を走っていく。ヴェステンデ Westende までの2駅間では、両岸に製薬・化学分野の国際企業、バイエル Bayer の工場敷地が続いている。すでに本社は他所に移転したが、ヴッパータールは同社創業の地だ。

ローベルト・ダウム・プラッツ Robert-Daum-Platz 駅からオーリヒスミューレ/シュタットハレ(市民会館)Ohligsmühle/Stadthalle 駅にかけては、河畔の緑がとりわけ美しい。水上線では珍しく直線コースでもあり、川面に映る軌道と支柱の影が、まさにドラゴンの胴体と脚を思わせる。

Blog_wuppertal26
(左)川面に映る軌道の影
(右)ブンデスアレー横断地点の巨大なアーチ(いずれも車内から後方を撮影)
 

ブンデスアレー(連邦道)Bundesallee をまたいですぐのオーリヒスミューレは、開業時にアレクサンダーブリュッケ(アレクサンダー橋)Alexanderbrücke の名で設置された駅だ。第二次世界大戦で焼失した後、長らく駅はなく、1982年にようやく再建された。そのため、正面がダイヤモンド形のモダンな外観が特徴だ。

ほぼ40年間、駅なしで済んだのは、並行する道路を走っていた路面電車で代替できると考えられたからだ。ヴッパータール周辺の路面軌道の歴史は、モノレールより30年早く、1873年に始まっている。初期は馬が牽いていたが、1896年から電気運転に切り替えられた。

当時は産業都市として隆盛を極めていたため、混雑が甚だしかった。そこにモノレール開業の余地があったのだが、路面軌道網も郊外に拡大して、最盛期には総延長が175kmに達している。しかし、第二次大戦後は撤退が進み、1987年に最後の路面電車が街路から姿を消した。今はトロリーバスやディーゼルバスがその代役を担っている。

Blog_wuppertal27
オーリヒスミューレ/シュタットハレ駅
Blog_wuppertal28
路面軌道が交差していた中央駅前(1912年の絵葉書)
Image from wikimedia. License: public domain
 

次はヴッパータール・ハウプトバーンホーフ Wuppertal Hauptbahnhof、中央駅(下注)だ。旧エルバーフェルト市 Stadt Elberfeld の中心部で、南側の広場の先にはDBの同名駅とバスターミナルがあり、北側は買い物客で賑わうアルテ・フライハイト Alte Freiheit の目抜き通りが延びている。それで全線で最も乗降客が多い。

*注 駅名はもと、地名に由来するデッパースベルク Döppersberg だったが、1992年に改称。

他の駅とは違って、ホームは切妻屋根の大きな駅ビルの中に収容されている。軌道は引き続き川の上空を走っているから、ビルは流路上に築かれた人工地盤に載っているのだろう。建物正面にある乗り場への階段口が西行と東行、別々なので、うっかり反対方向のホームに上がってしまいそうになる。

Blog_wuppertal29
現在のヴッパータール中央駅前
Blog_wuppertal30
買い物客で賑わう目抜き通りアルテ・フライハイト
 

再びブンデスアレー(連邦道)と交差した後は、クルーゼ Kluse 駅に停車する。ここは、ホームをすっぽりと覆うガラス張りの大屋根が印象的だ。第二次世界大戦で破壊されたが、中央駅に近く、路面軌道の電停もあったため、オーリヒスミューレと同じく、駅は休止のままとされた。再開されたのは1999年とまだ新しい。

駅の東方には、クルーゼカーブ Klusebogen と呼ばれる急カーブがあり、車両は遠心力で車体を傾けながら通過していく。ヴッパーフェルト Wupperfeld 駅の東側とともに、川がDB線(下注)のきわまで大回りしているので、互いの列車から相手がよく見える。

*注 デュッセルドルフ=エルバーフェルト線の続きとなるエルバーフェルト=ドルトムント線 Bahnstrecke Elberfeld–Dortmund。

Blog_wuppertal31
ガラス張りの大屋根に覆われたクルーゼ駅
 

ラントゲリヒト(地方裁判所)Landgericht とフェルクリンガー・シュトラーセ(フェルクリング通り)Völklinger Straße の両駅舎は、2011~12年に改修されたものだ。階段室や屋根周りに施された縞模様の洒脱な意匠が人目を引くが、これもユーゲントシュティール(青春様式) Jugendstil をなぞるデザインだという。

Blog_wuppertal32
縞模様が人目を引くフェルクリンガー・シュトラーセ駅
 

次のローアー・ブリュッケ Loher Brücke 駅との間では、ヴッパー川にミューレン橋 Mühlenbrücke と呼ばれる歩行者用の小橋が架かっている。橋桁を支持している中央のトラス構造が不釣り合いに大がかりだが、説明板によると、これはモノレールのもとの軌道桁だ。取替えられた旧桁の一部を、保存を兼ねて小橋の梁に転用したのだそうだ。

ちなみに、ローアー・ブリュッケ駅西側は、河畔に公園があるため、画角に建物を入れずに写真が撮れる場所の一つだ。ヴッパータールは先駆的な工業都市でありながら、谷の斜面や背後の丘陵には多くの緑地帯が広がり、「緑の大都市 Großstadt im Grünen」と称される一面も持っている。

Blog_wuppertal33
軌道桁を転用したミューレン橋
Blog_wuppertal34
豊かな河畔林を背に車両が行き違う
 

エルバーフェルトと並ぶヴッパータール市のもう一つの中心街が、バルメン Barmen だ。旧市場を意味するアルター・マルクト Alter Markt 駅は、その西口にある。モノレールは、駅の手前で連邦道7号と主要道が直交する大交差点を斜めに横断する。そのため、長さ120mの軌道桁を両端から高さ38mの2対の塔で吊り下げる大掛かりな構造物が必要になった。これもまた隠れた見どころかもしれない。

バルメン市街地の東口には、ヴェルター・ブリュッケ(ヴェルター橋)Werther Brücke 駅がある。この駅舎の意匠もユーゲントシュティールで、戦前から美しいと評判だった旧駅舎を、改修で忠実に再現したものだ。駅名を記した正面のプラークや階段室の複雑な構造は、それだけで見栄えがするが、同時に、駅の東側でヴッパー川に架かる鉄製アーチのヴェルター橋が、レトロな情景に花を添えている。

Blog_wuppertal35
アルター・マルクト駅前の軌道は吊橋構造
Blog_wuppertal36
ユーゲントシュティールのヴェルター・ブリュッケ駅
Blog_wuppertal37
駅前の古風なヴェルター橋
 

ヴッパーフェルト Wupperfeld の、先述したDB線まぎわの急カーブを通過すると、ホームストレッチの先に、いよいよ終点オーバーバルメン・バーンホーフ Oberbarmen Bahnhof の大きな駅舎が姿を現す。起点のフォーヴィンケルを出てから30分、けっこう乗りごたえのある空中旅行だった。

到着ホームのある2階部は末広がりの形をしている。客の降車を確認した車両は、もう1本別の道路をまたいでから奥の車庫へ入っていく。フォーヴィンケルと違ってホームからは見通せないが、中に方向転換用のループが隠れているのだ。

駅の南側、目の前にDB線のヴッパータール・オーバーバルメン駅がある。モノレールの駅名のバーンホーフというのはDB駅を指していて、両線の乗継ぎはここが最も便利だ。

Blog_wuppertal38
DB線まぎわの急カーブ
Blog_wuppertal39
終点オーバーバルメン・バーンホーフ
(左)末広がりの形をしたホーム階
(右)車庫内のループを回る車両

オイゲン・ランゲンとその協力者は、ヴッパータールのモノレールを、他都市に売り込むためのモデル路線と位置付けていた。試運転中にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世を招くなど市民の関心喚起にも努めた結果、開業後は大きな評判を呼び、すぐに市内の交通網で欠くべからざる存在になった。

しかし残念ながら、この路線が、期待されていたような国内外への普及と拡大に寄与することはついになかった。ベルリンでの建設計画が、皇帝自身による「上ではなく下を通せ Drunter durch, nicht drüber (hin)weg!」の一言で覆ったという話が伝えられているように、他の都市は、市街地の景観や日照を阻害しがちな高架鉄道よりも、既存の路面軌道や地下鉄の延伸による交通網の充実を目指した。

結局、オイゲン・ランゲンの懸垂式モノレールは、ヴッパータールが唯一の実用例で(下注)、市街地の特性に合致した機能性と、19世紀末のモダニズムを伝えるファッション性、そしてここにしかないという希少性ゆえに、街のシンボルとなるにとどまったのだ。

*注 同じ1901年に開業したドレスデン空中鉄道 Schwebebahn Dresden もオイゲン・ランゲンの懸垂式だが、車両に動力を持たず、ケーブルカー方式で動くところが異なる。

■参考サイト
ヴッパータール空中鉄道 https://schwebebahn.de/

★本ブログ内の関連記事
 ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-西部編

 ヴッパータールの懸垂式モノレール I

« ヴッパータールの懸垂式モノレール I | トップページ | コンターサークル地図の旅-可部線(あき亀山~三段峡)跡 »

西ヨーロッパの鉄道」カテゴリの記事

河川・運河」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ヴッパータールの懸垂式モノレール I | トップページ | コンターサークル地図の旅-可部線(あき亀山~三段峡)跡 »

2026年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

ACCESS COUNTER

無料ブログはココログ