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2026年2月

2026年2月26日 (木)

ヴッパータールの懸垂式モノレール II

前回に引き続き、ヴッパータール・モノレール Wuppertaler Schwebebahn のルートを見ていくことにしよう。今回は全体の8割を占める「水上線 Wasserstrecke」、ヴッパー川 Die Wupper の上空を走る区間だ。

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ヴッパー川の上空を行くモノレール車両
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ヴッパータール空中鉄道周辺の地形図にルートを加筆
Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA

それにしてもなぜ道路の上を利用せず、川の上空が選ばれたのだろうか。それは、ヴッパータールが王家の城下町のように包括的な都市計画を持たず、狭い谷間に自然発生的に成長した町だったことが第一の理由だ。道は狭く曲がりくねったままで、混雑もひどく、中心部では路面軌道をこれ以上拡張させる余地がなかった。最後に残されていた連続空間がヴッパー川で、高架を走るモノレールの提案とうまく結びついたのだ。

ヴッパー川は長さ117km、ヴッパータール市内を通り、ケルン Köln の北でライン川 Der Rhein に注いでいる。いうまでもなく地域の主たる水源で、初期は水車の動力や繊維業の洗浄用に、後には工場の冷却水などに使われ、地域の産業を支えてきた。

しかし、下水道の整備が遅れたため、1970年代までは工場からの廃水が流れ込んで汚濁と悪臭がひどく、ドイツでも有数の汚れた川と言われていたという。モノレールの走行空間となってからも、決して今のような好ましい写真素材ではなかったに違いない。

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ヴッパー渓谷下流部
橋梁は、ドイツ一の高さがあるDB線のミュングステン鉄橋 Müngstener Brücke
 

その後、水質改善のためのさまざまな施策が功を奏して、きれいな川が戻り、水辺の生き物も復活し始めた。河川環境への市民の関心を高めるための取組みは今も行われていて、偶然見つけたのが、川中にいる石像のビーバーだ。調べてみると、これは「ビーバーのボビー Bobby Biber」といい、人々の視線を川へ引き寄せるために2020年に設置された野外彫刻だそうだ。

頭上を行き交うモノレールに気を取られて見逃してしまったが、他にも同じような石像で、サケと子象とカバの計3体(下注)がヴッパー川を住みかにしているらしい。

*注 名は「ラッキー・ラクス(幸運のサケ)Lucky Lachs」「象のタフィー Elefant Tuffi」「カバのニーナ Flusspferd Nina」。なお、タフィーは、1950年7月にサーカスの宣伝目的でモノレールに乗せられたものの、音と振動に驚いて側壁を突き破り、川に落ちた(が、軽傷で済んだ)子象タフィーの逸話にちなむもの。

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ビーバーのボビー
右の写真で赤い矢印の場所にいる
 

それはさておき、「水上線」区間の最初の駅は、ツォー/シュタディオーン Zoo/Stadion という。緑豊かなヴッパータール動物園と、地元サッカーチームのホームになっている多目的スタジアムの下車駅だ。そして駅のすぐ先に、ルートの見どころの一つ、モノレールとDB(ドイツ鉄道)線との立体交差が控えている。

DBのデュッセルドルフ=エルバーフェルト線 Bahnstrecke Düsseldorf–Elberfeld は、1841年という早い時期からここを横断している。ヴッパー川に架かるゾンボルン鉄道橋 Sonnborner Eisenbahnbrücke のアーチに十分なクリアランスがあったので、モノレールの設計者は、上をまたぎ越さず、下を通すことにして、支柱の建設費用を節約した。もっとも当時の鉄道橋は6連の石造アーチだったのだが(下の写真参照)、1914年にDB線が複々線化されるに際して、今見られるとおり、河床に橋脚を立てないシングルスパンの橋に架け換えられた。

ちなみにこのDB線は、さっき乗ってきたRE列車やSバーンが通るルートで、ヴッパー川の谷斜面に沿って東西に延びている。モノレールにとっては完全な並行路線なのだが、市内と都市間という路線の性格の違い、駅の数や立地条件などからおのずと棲み分けができているようだ。

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ゾンボルン鉄道橋のアーチをくぐる
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3種の鉄軌道が交差していた旧6連アーチ橋
(1912年以前の絵葉書)
Image from wikimedia. License: public domain
 

DB線との立体交差を通過すると、モノレールは流路に逆らうことなく、くねくねと曲がる軌道を走っていく。ヴェステンデ Westende までの2駅間では、両岸に製薬・化学分野の国際企業、バイエル Bayer の工場敷地が続いている。すでに本社は他所に移転したが、ヴッパータールは同社創業の地だ。

ローベルト・ダウム・プラッツ Robert-Daum-Platz 駅からオーリヒスミューレ/シュタットハレ(市民会館)Ohligsmühle/Stadthalle 駅にかけては、河畔の緑がとりわけ美しい。水上線では珍しく直線コースでもあり、川面に映る軌道と支柱の影が、まさにドラゴンの胴体と脚を思わせる。

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(左)川面に映る軌道の影
(右)ブンデスアレー横断地点の巨大なアーチ(いずれも車内から後方を撮影)
 

ブンデスアレー(連邦道)Bundesallee をまたいですぐのオーリヒスミューレは、開業時にアレクサンダーブリュッケ(アレクサンダー橋)Alexanderbrücke の名で設置された駅だ。第二次世界大戦で焼失した後、長らく駅はなく、1982年にようやく再建された。そのため、正面がダイヤモンド形のモダンな外観が特徴だ。

ほぼ40年間、駅なしで済んだのは、並行する道路を走っていた路面電車で代替できると考えられたからだ。ヴッパータール周辺の路面軌道の歴史は、モノレールより30年早く、1873年に始まっている。初期は馬が牽いていたが、1896年から電気運転に切り替えられた。

当時は産業都市として隆盛を極めていたため、混雑が甚だしかった。そこにモノレール開業の余地があったのだが、路面軌道網も郊外に拡大して、最盛期には総延長が175kmに達している。しかし、第二次大戦後は撤退が進み、1987年に最後の路面電車が街路から姿を消した。今はトロリーバスやディーゼルバスがその代役を担っている。

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オーリヒスミューレ/シュタットハレ駅
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路面軌道が交差していた中央駅前(1912年の絵葉書)
Image from wikimedia. License: public domain
 

次はヴッパータール・ハウプトバーンホーフ Wuppertal Hauptbahnhof、中央駅(下注)だ。旧エルバーフェルト市 Stadt Elberfeld の中心部で、南側の広場の先にはDBの同名駅とバスターミナルがあり、北側は買い物客で賑わうアルテ・フライハイト Alte Freiheit の目抜き通りが延びている。それで全線で最も乗降客が多い。

*注 駅名はもと、地名に由来するデッパースベルク Döppersberg だったが、1992年に改称。

他の駅とは違って、ホームは切妻屋根の大きな駅ビルの中に収容されている。軌道は引き続き川の上空を走っているから、ビルは流路上に築かれた人工地盤に載っているのだろう。建物正面にある乗り場への階段口が西行と東行、別々なので、うっかり反対方向のホームに上がってしまいそうになる。

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現在のヴッパータール中央駅前
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買い物客で賑わう目抜き通りアルテ・フライハイト
 

再びブンデスアレー(連邦道)と交差した後は、クルーゼ Kluse 駅に停車する。ここは、ホームをすっぽりと覆うガラス張りの大屋根が印象的だ。第二次世界大戦で破壊されたが、中央駅に近く、路面軌道の電停もあったため、オーリヒスミューレと同じく、駅は休止のままとされた。再開されたのは1999年とまだ新しい。

駅の東方には、クルーゼカーブ Klusebogen と呼ばれる急カーブがあり、車両は遠心力で車体を傾けながら通過していく。ヴッパーフェルト Wupperfeld 駅の東側とともに、川がDB線(下注)のきわまで大回りしているので、互いの列車から相手がよく見える。

*注 デュッセルドルフ=エルバーフェルト線の続きとなるエルバーフェルト=ドルトムント線 Bahnstrecke Elberfeld–Dortmund。

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ガラス張りの大屋根に覆われたクルーゼ駅
 

ラントゲリヒト(地方裁判所)Landgericht とフェルクリンガー・シュトラーセ(フェルクリング通り)Völklinger Straße の両駅舎は、2011~12年に改修されたものだ。階段室や屋根周りに施された縞模様の洒脱な意匠が人目を引くが、これもユーゲントシュティール(青春様式) Jugendstil をなぞるデザインだという。

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縞模様が人目を引くフェルクリンガー・シュトラーセ駅
 

次のローアー・ブリュッケ Loher Brücke 駅との間では、ヴッパー川にミューレン橋 Mühlenbrücke と呼ばれる歩行者用の小橋が架かっている。橋桁を支持している中央のトラス構造が不釣り合いに大がかりだが、説明板によると、これはモノレールのもとの軌道桁だ。取替えられた旧桁の一部を、保存を兼ねて小橋の梁に転用したのだそうだ。

ちなみに、ローアー・ブリュッケ駅西側は、河畔に公園があるため、画角に建物を入れずに写真が撮れる場所の一つだ。ヴッパータールは先駆的な工業都市でありながら、谷の斜面や背後の丘陵には多くの緑地帯が広がり、「緑の大都市 Großstadt im Grünen」と称される一面も持っている。

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軌道桁を転用したミューレン橋
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豊かな河畔林を背に車両が行き違う
 

エルバーフェルトと並ぶヴッパータール市のもう一つの中心街が、バルメン Barmen だ。旧市場を意味するアルター・マルクト Alter Markt 駅は、その西口にある。モノレールは、駅の手前で連邦道7号と主要道が直交する大交差点を斜めに横断する。そのため、長さ120mの軌道桁を両端から高さ38mの2対の塔で吊り下げる大掛かりな構造物が必要になった。これもまた隠れた見どころかもしれない。

バルメン市街地の東口には、ヴェルター・ブリュッケ(ヴェルター橋)Werther Brücke 駅がある。この駅舎の意匠もユーゲントシュティールで、戦前から美しいと評判だった旧駅舎を、改修で忠実に再現したものだ。駅名を記した正面のプラークや階段室の複雑な構造は、それだけで見栄えがするが、同時に、駅の東側でヴッパー川に架かる鉄製アーチのヴェルター橋が、レトロな情景に花を添えている。

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アルター・マルクト駅前の軌道は吊橋構造
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ユーゲントシュティールのヴェルター・ブリュッケ駅
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駅前の古風なヴェルター橋
 

ヴッパーフェルト Wupperfeld の、先述したDB線まぎわの急カーブを通過すると、ホームストレッチの先に、いよいよ終点オーバーバルメン・バーンホーフ Oberbarmen Bahnhof の大きな駅舎が姿を現す。起点のフォーヴィンケルを出てから30分、けっこう乗りごたえのある空中旅行だった。

到着ホームのある2階部は末広がりの形をしている。客の降車を確認した車両は、もう1本別の道路をまたいでから奥の車庫へ入っていく。フォーヴィンケルと違ってホームからは見通せないが、中に方向転換用のループが隠れているのだ。

駅の南側、目の前にDB線のヴッパータール・オーバーバルメン駅がある。モノレールの駅名のバーンホーフというのはDB駅を指していて、両線の乗継ぎはここが最も便利だ。

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DB線まぎわの急カーブ
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終点オーバーバルメン・バーンホーフ
(左)末広がりの形をしたホーム階
(右)車庫内のループを回る車両

オイゲン・ランゲンとその協力者は、ヴッパータールのモノレールを、他都市に売り込むためのモデル路線と位置付けていた。試運転中にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世を招くなど市民の関心喚起にも努めた結果、開業後は大きな評判を呼び、すぐに市内の交通網で欠くべからざる存在になった。

しかし残念ながら、この路線が、期待されていたような国内外への普及と拡大に寄与することはついになかった。ベルリンでの建設計画が、皇帝自身による「上ではなく下を通せ Drunter durch, nicht drüber (hin)weg!」の一言で覆ったという話が伝えられているように、他の都市は、市街地の景観や日照を阻害しがちな高架鉄道よりも、既存の路面軌道や地下鉄の延伸による交通網の充実を目指した。

結局、オイゲン・ランゲンの懸垂式モノレールは、ヴッパータールが唯一の実用例で(下注)、市街地の特性に合致した機能性と、19世紀末のモダニズムを伝えるファッション性、そしてここにしかないという希少性ゆえに、街のシンボルとなるにとどまったのだ。

*注 同じ1901年に開業したドレスデン空中鉄道 Schwebebahn Dresden もオイゲン・ランゲンの懸垂式だが、車両に動力を持たず、ケーブルカー方式で動くところが異なる。

■参考サイト
ヴッパータール空中鉄道 https://schwebebahn.de/

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 ヴッパータールの懸垂式モノレール I

2026年2月19日 (木)

ヴッパータールの懸垂式モノレール I

ヴッパータール空中鉄道 Wuppertaler Schwebebahn

フォーヴィンケル・シュヴェーベバーン(空中鉄道)Vohwinkel Schwebebahn~オーバーバルメン・バーンホーフ(駅)Oberbarmen Bahnhof 間 13.3km
直流750V電化、懸垂式モノレール、最大勾配40‰
1901~1903年開業

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フォーヴィンケルの街路を行くモノレール車両

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ドイツ西部、ルール地方 Ruhrgebiet の南隣に位置するヴッパータール Wuppertal は、わが国で例えるなら北九州市のような都市だ。

もちろん内陸部なので海も港もないが、ヴッパー川 Die Wupper 沿いで工業が盛んだったエルバーフェルト Elberfeld とバルメン Barmen を中心に、周辺のロンスドルフ Ronsdorf、クローネンベルク Cronenberg、フォーヴィンケル Vohwinkel、計5つの自治体が1929年に合併して誕生した。ヴッパー川の谷(タール Tal)を意味する市名も、北九州と同じように、公募で採用された新しい名称だ。

偶然なことにヴッパータールにも都市モノレールが走っているが、小倉のそれとは異なり、高架のレールから車体がぶら下がる懸垂式だ。しかも1901~03年の開通(下注)と、現存する公共交通モノレールでは世界最古で、ヴッパータール市の成立よりもずっと前になる。むしろモノレールで結ばれていたことが広域合併を後押ししたともいえ、北九州ならかつて走っていた西鉄の路面電車のような存在だ。

*注 中央部のクルーゼ Kluse ~ツォー/シュタディオン Zoo/Stadion 間が1901年3月1日、西側のツォー~フォーヴィンケル間が同年5月24日、東側のクルーゼ~オーバーバルメン Oberbarmen 間は少し遅れて1903年6月27日の開業。

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ヴッパータール空中鉄道周辺の地形図にルートを加筆
Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA
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水面に映る「鋼鉄のドラゴン」
 

世界的に見てもこの方式のモノレールは珍しい。しかもルートの8割はヴッパー川の上空を通り、両岸の基礎から斜めに差し掛けられたトラスの鉄柱が、背骨のような軌道を支えている。そのさまは「鋼鉄のドラゴン Stahlharte Drache」とも形容され、早くからヴッパータールの象徴であり、市街地のランドマークとみなされてきた。

今回はこのユニークなモノレール、ドイツ語で「宙に浮かぶ鉄道(下注)」を意味するシュヴェーベバーン Schwebebahn を訪ねてみたい。

*注 Schwebe は英語の float に当たる。日本語版ウィキペディアの当該項目では、原語のニュアンスを汲んで「空中鉄道」と訳されている。

モノレール線は全線13.3kmで、1995年に延伸された千葉都市モノレールに抜かれるまで、懸垂式では世界最長を誇っていた。ルートは東西方向に延びていて、起点は西側終端のフォーヴィンケル・シュヴェーベバーン Vohwinkel Schwebebahn に置かれている。わざわざシュヴェーベバーンと名乗るのは、DB(ドイツ鉄道)のヴッパータール・フォーヴィンケル駅と区別するためで、両者の間は500mほどの距離がある。

デュッセルドルフ中央駅 Düsseldorf Hbf からRE(レギオナルエクスプレス、快速列車に相当)に乗れば、17~18分でDBフォーヴィンケル駅に着く。南口から街路を歩き出すと、次の交差点の上空にモノレールのトラスの桁が覗いているから、道に迷うことはない。

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(左)DBヴッパータール・フォーヴィンケル駅
(右)カイザー通りの交差点を渡る
 

その交差点を西に取れば、軌道桁が街路からそれて、巨大な高架のやぐらに吸い込まれていくのが見える。それがフォーヴィンケル・シュヴェーベバーン駅だ。駅下にあるオーバーバルメン方面と記された階段を上がると、高架に載る板張りの乗車ホームに出る。地下鉄駅と違ってガラス張りの側壁から外光が差し込むので、すみずみまで明るい。西側には車庫が隣接していて、多数の車両が休んでいる。

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モノレールの起点
フォーヴィンケル・シュヴェーベバーン駅
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多くの車両が休むフォーヴィンケル車庫
 

まもなく左奥のループを回ってきた車両が、ホームの端にぬっと顔を出した。台車と軌条の構造上、車両は一方向にしか走れないので、方向転換はこうしたループ線を介さなければならない。かつては一部の中間駅(下注)にも同じ設備が残っていたが、現在は両端駅のみにある。

*注 ツォー/シュタディオーン Zoo/Stadion とクルーゼ Kluse。部分開通に際して造られた。

ホームのへりはスパッと切り落とされておらず、床が車両の下まで潜り込んで、乗降口との間に段差が生じている。床も板張りで、どこか遊園地の乗り物のような非日常感が漂うのがおもしろい。

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ループを回って乗車ホームの端に顔を出す
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(左)車両下に潜り込む板張りのホーム床(クルーゼ駅にて)
(右)乗降口との間に段差が
 

現行車両は、2016年に就役した15世代 Generation 15(下注)と呼ばれる3車体連節車だ。ライトブルーの地色をまとい、窓回りを黒で引き締めている。車幅が2200mmと狭いので、車内は片側に寄せて2人掛けの簡易シートが並び、車端だけレール方向の向い合わせシートだ。運転室がない最後尾は全面窓で眺めがよく、乗り鉄にとっては特等席だが、途中駅から乗るとたいてい先客で塞がっている。

*注 15番目の車両形式ではなく、2015年に最初の車両が納入されたことに由来するという。なお、正式名称は GTW 14 で、GTW は連節電動車 Gelenktriebwagen の意。

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3車体連接車「15世代」
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(左)車内は2人掛けシートが並ぶ
(右)最後尾は特等席
Photo by Ra Boe at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 DE
 

懸垂式モノレールと言っても、湘南や千葉のモノレールが採用しているフランスのサフェージュ式とは走行系の構造が異なる。サフェージュ式では、ゴムタイヤの車輪がH鋼の案内軌条を転がるが、ケルンの技師カール・オイゲン・ランゲン Carl Eugen Langen が開発したヴッパータールのそれは、両側にフランジのついた鉄車輪がレールの上を転がる古典的な方式だ。

車輪は2軸のボギー台車に取りつけられていて、15世代の場合、これが1編成に4基ついている。走行中はレールの継ぎ目を通るジョイント音が聞こえてくるので、モノレールでありながら鉄道車両に乗っているような不思議な感覚に陥る。

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(左)走行系はボギー台車4基
(右)フランジつき車輪がレールに載る
 

運行本数は非常に多い。日中は平日3~5分間隔、休日でも6~8分間隔と、大都市の地下鉄並みの高頻度だ。オーバーバルメン行きが扉を開けて発車を待っている間に、向かいの降車ホームにもう次の列車が入線してくる。列車単位の輸送力不足を頻発運転で補っているのだが、結果として待たずに乗れることが大きなアピールポイントになっているに違いない。

ではその宙に浮かぶ列車に乗って、オーバーバルメンへと向かうことにしよう。

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フォーヴィンケル駅発車ホーム
 

フォーヴィンケルを出てしばらくは街路の上空を行く。この区間は「陸上線 Landstrecke」と呼ばれ、2.7kmにわたって続く。町を東西に貫く2車線路のカイザー(皇帝)通り Kaiserstraße に覆いかぶさるように、軌道桁が架かっている。それを支える鉄製支柱は、裾の絞りや角の大きな湾曲に特徴があり、当時流行していたユーゲントシュティール(青春様式)Jugendstil の影響が見て取れる。

陸上線には昔、カーテンレール線 Gardinenstangenstrecke という別称があった。乗客に家の中を覗かれては困ると、沿線住民が運行会社に室内のカーテンを取り付ける費用を負担させたという逸話がその由来だ。

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フォーヴィンケル、カイザー通りの「陸上線」
 

軌道はヴッパー川に向けて下り坂になっている。フォーヴィンケル駅が全線で最も高く、レール上面の標高は180.0m。そこから27~40‰の急勾配で標高136.1mの川端まで降下していき、その後は反転して川をゆっくり遡る。終点オーバーバルメンの標高は161.1mだ。

カイザー通りはフォーヴィンケルの中心街で、商店や商業施設が連なり、人通りも多い。しかし、2駅目のハンマーシュタイン Hammerstein 駅からはオイゲン・ランゲン通り Eugen-Langen Straße と名前が変わり、見た目も閑散としてくる。というのも、この先300mで道が行き止まりになっているからだ。

1974年に完成したアウトバーンA46が、ここで谷を南北に横断している。モノレールの走行に支障しないよう地上付近を通したので、代わりに街路が分断を余儀なくされた。車内から見ていると、街中の風景が突然、直交する高速道路に切り替わり、直後にまた同じような市街地に戻るので驚く。アウトバーンの東側はゾンボルン Sonnborn 地区で、軌道下の街路もゾンボルン通りSonnborner Straße と名を変える。

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(左)ブルッフ Bruch 駅
(右)アウトバーンA46をまたぐ(いずれも後方を撮影)
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(左)静かなゾンボルン通り
(右)街路から大きくカーブして川の上へ(いずれも後方を撮影)
 

「陸上線」はゾンボルンの福音教会の前までだ。ここで軌道は左に大きくカーブしながら、連邦道228号をまたぎ、水面に空を映すヴッパー川の上に出ていく。終点までの残り10.6kmは、流路を忠実にたどることから、通称「水上線 Wasserstrecke」だ。川を跨ぐ「鋼鉄のドラゴン」に抱きかかえられるようにして、モノレール車両はさらに東へ向かう。

続きは次回に。

■参考サイト
ヴッパータール空中鉄道 https://schwebebahn.de/

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 ヴッパータールの懸垂式モノレール II

2026年2月 6日 (金)

ゼルフカント鉄道-ドイツ最西端の保存蒸機

ゼルフカント鉄道 Selfkantbahn
(旧 ガイレンキルヘン郡鉄道 Geilenkirchener Kreisbahn)

アルスドルフ軽便鉄道駅 Alsdorf Kleinbahnhof~ガイレンキルヘン郡鉄道駅 Geilenkirchener Kreisbahnhof~テュッデルン Tüddern 間 37.7km
軌間1000mm、非電化
1900年開通、1960年旅客輸送廃止、1971年路線廃止・保存運行開始

【現在の運行区間】
保存鉄道:シーアヴァルデンラート Schierwaldenrath~ギルラート Gillrath 間 5.5km

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ゼルフカント鉄道の20号蒸気機関車

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見渡す限りの平野に、豊かな田園地帯が広がるゼルフカント Selfkant は、オランダ国境に接するドイツ最西端の地域だ。ここに小規模ながら、かつて各地で見られたメーターゲージ軽便鉄道の雰囲気を色濃く残す蒸気保存鉄道がある。

ゼルフカント鉄道 Selfkantbahn は、旧 沿線のガンゲルト Gangelt に本部を置く保存団体、歴史鉄道運行協会 Verein Interessengemeinschaft Historischer Schienenverkehr e. V.(略称IHS)の保存鉄道だ。実際の運営は、協会が設立した鉄道会社、ラインラント観光鉄道 Touristenbahnen im Rheinland GmbH が行っている。

運行拠点は、区間の西端にあるシーアヴァルデンラート Schierwaldenrath 駅で、列車はここから東へ5.5kmのギルラート Gillrath 駅まで走って折り返す運用になっている。

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拠点駅シーアヴァルデンラート
 

ゼルフカント鉄道と名乗るのは、保存鉄道になってからだ。もとはガイレンキルヘン郡鉄道 Geilenkirchener Kreisbahn という、全長約38km、公営の軽便鉄道だった。国鉄アーヘン=メンヘングラートバッハ線 Bahnstrecke Aachen–Mönchengladbach のガイレンキルヘン Geilenkirchen 駅前にあった郡鉄道駅 Kreisbahnhof が本来の拠点で、東西2方向に出ていた路線のうちの、西線がルーツになる。

西線は、国境の村テュッデルン Tüddern まで長さ21.4kmの路線だった(下注)。実際、終点は国境のすぐ手前に置かれ、オランダ国鉄のシッタルト Sittard 駅まであと3km足らずだったのだが、認可が下りず接続が叶わなかった。

*注 ちなみに東線は、アルスドルフ軽便鉄道駅 Alsdorf Kleinbahnhof~ガイレンキルヘン郡鉄道駅 Geilenkirchen Kreisbf 間16.3km。1953年から1966年にかけて段階的に廃止された。

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ゼルフカント鉄道、旧ガイレンキルヘン郡鉄道と周辺路線図
 

第二次世界大戦後、ゼルフカント地方の西半分は、戦争賠償が完済されるまでの間、オランダの統治下に置かれた。そのため、この地域を走るガンゲルト~トゥッデルン間は運行できなくなってしまった。また、その対象外だったガイレンキルヘン~ガンゲルト間でも、需要が低下して1960年に旅客輸送が終了している(下注)。併合地域は1963年にドイツに返還されたが、旅客輸送が復活することはついになく、1971年7月に全線の廃止措置が取られた。

*注 輸送量は少ないものの、貨物輸送は続いていた。

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樹陰に包まれるシーアヴァルデンラートの構内
 

IHS協会による保存運行は、それより前の1969年に試行されている。協会のサイトによれば、路線廃止に伴い、1971年8月に保存鉄道としての開通記念列車を走らせた。その後、鉄道資産を取得して1973年から、現在につながる蒸気列車の運行を本格的に開始している。

なおその際、根元区間のガイレンキルヘン~ギルラート間は放棄された。軌道の劣化が進行していたことと、途中で州道をまたいでいた高架橋を、道路拡張のために架け替える必要に迫られたからだ。区間短縮に伴って、運行拠点はシーアヴァルデンラートに移された。そのため、起点終点とも一般運行時代とは逆になっている。

開業から半世紀を経たが、今も変わらずイースターの時期から9月にかけて、主として日曜祝日に貴重な保存列車が走っている。時刻表によると、一番列車は11時発で、午後にかけて1日4~5往復の設定がある。列車は蒸気牽引、ディーゼル牽引のほかに気動車の場合もあるので、時刻表に記載された種別をよく確かめて出かけたい。

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ギルラート行き列車が発車を待つ

鉄道どうしの接続が絶たれても、ゼルフカント鉄道に最も近いDB(ドイツ鉄道)の駅は、やはりガイレンキルヘン Geilenkirchen だ。アーヘン中央駅 Aachen Hbf から北へ向かうメンヘングラートバッハ Mönchengladbach 行きのレギオナル(普通列車)に乗って、24分で着く。

ガイレンキルヘン駅前からは、旧 郡鉄道のルートをなぞるSB3系統オランダ・シッタルト Sittard 行きのバスがある(下注)。平日は1時間ごとに出発しているが、あいにく保存鉄道が運行される日曜日は間引かれて2時間ごとの閑散ダイヤだ。バスの時刻に合わせて列車を選ぶしかない。ちなみに保存鉄道の駅のあるギルラートまでは4.6km、歩けば1時間かかる。

*注 時刻表は、運行会社のヴェストフェアケーア(西部交通)WestVerkehr https://www.west-verkehr.de/、またはアーヘン運輸連合 Aachener Verkehrsverbund https://avv.de/ 参照。

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(左)DBガイレンキルヘン駅
(右)駅前からSB3系統のバスに乗る
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地形図にゼルフカント鉄道のルートを加筆
Basemap from OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

バスは、オランダ側に抜ける街道筋を快調に飛ばしていく。「Nächster Halt(次の停留所)…」という自動アナウンスはあるものの、運転席後ろの表示パネルは故障中なのか暗いままだ。文字に頼れず、ひたすら耳を澄ませて聞き取るしかなかったが、何とか最寄りのバス停、ギルラート・キルヘ(教会)Gillrath Kirche で降りることができた。

地図に従い、民家の間の小道を町裏のほうへ歩くと、ものの2~3分で、タンク車が置かれた行き止まりの線路の前に出た。ギルラート駅は、片面ホームと機回し側線があるだけの小さな駅だ。それでも、再建したと思われる煉瓦造の小さな駅舎の中では、ちゃんと出札口が開いていた。さっそく往復乗車券(9ユーロ)を求める。

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ギルラート駅
(左)煉瓦造の小さな駅舎(右)出札口が開いていた
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往復乗車券
 

駅舎を出たら、シーアヴァルデンラート方から列車が入ってくるところだった。バスの到着が11時19分、列車の入線が5分後の11時24分で、実に無駄のない接続ダイヤ(?)になっている。列車がホームに到着すると、さっそく機関車が切り離され、機回し作業が始まった。

小柄な2軸のタンク蒸機は、1956年ユング Jung 社製で、20号「ハスペ Haspe」のプレートを付けている。鉄道には同型機があと2両、19号と21号がいるが、いずれも前職は、ルール地方のハーゲン=ハスペ Hagen-Haspe にあったクレックナー製鉄所 Klöcknerhütte の産業機関車だ。当時は900mm軌間だったが、ここで走れるようにメーターゲージに改造された。

19号機が、最初に到来してゼルフカント鉄道の創業期を支えた機関車だが、もう使われていない。1972年に製鉄所が閉鎖されたとき、IHS協会は、仕事場をなくした2両を追加で購入した。その1両が20号「ハスペ」で、1991年に全面改修を受けて以来、運行の主力を担っている。もう一つの「ハーゲン」と命名された21号は、現在長期修復中だそうだ。

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列車が到着
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(左)20号機関車「ハスペ Haspe」 (右)側壁の銘板
 

列車は、終点側から、自転車を載せる無蓋貨車1両、有蓋貨車1両、その後ろにオープンデッキのついた旧型客車3両の構成だ。そのうち中間の車両はビュッフェ車なので、普通の座席車は2両しかない。まだ6月だから、この程度でも客をさばけるのだろう。見ている間に、隣の線路を回送された機関車が、手際よく反対側に連結された。シーアヴァルデンラート行きは逆機(後ろ向き)運転になるようだ。

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(左)古典客車129号 (右)車内はベンチが並ぶ
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(左)ビュッフェ車118号 (右)車内
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ギルラート駅での機回し作業
 

11時45分、車掌のヒュルルルという笛の音に機関士が汽笛で応えて、列車はゆっくりと動き出した。まず裏通りの踏切を斜めに渡るが、次のバス通りの踏切では、手前で一時停止した。スタッフが機関車から降り立ち、車道の中央に出ていく。遮断機も警報機もないので、手旗でクルマを停止させる必要があるのだ。

バス通りを横切った後も徐行のまま、また林の陰で停止した。今度は何かと窓から覗くと、スタッフが傍らにあるウォータークレーンを操作しているのが見える。ここはシュターエ Stahe という停留所で、時刻表では、往路に比べて所要時間が5分長い。機関車の給水停車を前提にしたダイヤのようだ。

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バス通りを斜めに横断
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シュターエ停留所で給水停車
 

作業を終えて、12時ちょうどに再び発車した。列車は林を抜けて、広大な耕作地の中へ出ていく。ナタネやトウモロコシが一面に植わり、遠くには発電用の巨大な風車が立ち並んでいる。きょうもよく晴れてけっこう暑いのだが、窓を開け放した車内は乾いた風がよく通る。

次の停車駅ビルクデン Birgden は2面2線で、小ぶりの駅舎も建っていた。時刻表では5分停車だが、シュターエで長居して時間が押しているらしく、すぐに発車。集落の裏手のようなところを相変わらずゆったりしたペースで走っていく。

気持ちよく揺られていたら、いつのまにか側線に留め置かれた貨車の群れが車窓に現れて、速度が落ちた。終点のシーアヴァルデンラートに12時20分着。車掌が大声で駅名とともに「Alles aussteigen(皆さん降りてください)!」と叫ぶのを聞いて、乗客はゆっくり腰を上げた。

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沿線風景
(左)刈取りを終えた牧草地 (右)風通るトウモロコシ畑
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ビルクデン駅のホームと小駅舎
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(左)シーアヴァルデンラート駅に到着
(右)平屋根を掛けた駅舎
 

構内は、拠点にふさわしい広さを有している。木立の陰に側線が数本並び、傍らに平屋根を掛けた駅舎も建つ。駅の周囲に無料の駐車場があるので、ここから乗り込む客が圧倒的に多いのだろう。次の発車は40分後だというのに、早くもホームで待っている人がけっこういた。

一仕事を終えた機関車は切り離され、奥のほうへ引き上げた。客車から降りた客といっしょに後を追いかけると、転線して機関庫の前で石炭の補給を受けるのだった。

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列車到着でいっとき賑わうホーム
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次の便に備えて燃料と水を補給
 

隣で、別のタンク蒸機が陽を浴びている。案内板によれば1898年、当時ドイツ領だったエルザス Elsass(現 フランス領アルザス Alsace)の工場で製造された古典機 MEG 46 だ。最初はストラスブール路面軌道 Straßburger Straßenbahn で就役し、1923年から中央バーデン鉄道会社 Mittelbadische Eisenbahn-Gesellschaft に移籍した。MEGはその会社の略称だ。

見学用に開放された大きな併設車庫には、気動車や多数の客車がぎっしりと格納されていた。屋外の側線に並ぶ貨車を含めて、車両のコレクションはかなり充実している。

多数の見物人に見守られながら給炭作業を終えた蒸機「ハスペ」は、再び本線に戻り、今度はウォータークレーンから給水を受けた。そして軽やかなブラスト音を残して機回しされていき、さっきの列車の先頭につけ直された。次のギルラート行きの発車時刻は13時ちょうどだ。

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(左)陽を浴びる古典機MEG 46
(右)銘板に製造地と1897年の文字
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(左)客車庫も開放中
(右)気動車や客車を多数格納
 

■参考サイト
ゼルフカント鉄道 https://www.selfkantbahn.de/

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