フリブールの重力式ケーブルカー
フリブール・ケーブルカー Funiculaire de Fribourg
鋼索鉄道(単線交走式)
延長121m、高度差56.4m、軌間1200mm、最大勾配550‰
ウォーターバラスト方式で運行、リッゲンバッハ式ラックレールをブレーキに使用
1899年開通
![]() 坂を降りるフリブール・ケーブルカー |
◆
ケーブルでつながれた2台の車両が斜面の軌道を交互に昇り降りする交走式ケーブルカーは、英語で funicular(フュニキュラー)という。局地的な地形の高低差を克服する乗り物として、19世紀中ごろから各地で造られていった。当時その動力に用いられたのは、固定式の蒸気機関か、ウォーターバラスト(水の重り)だ。
蒸気機関がケーブルを掛けた滑車に動力を伝えるのに対し、ウォーターバラストは、山上にいる車両に水を積んで、重力で降下させる。山麓にいる車両は水を捨てて軽くなっているので、ケーブルにより引き上げられる。速度調節は、ラック鉄道の要領でラックレールに車両側のピニオン(歯車)を噛ませて行った。
石炭などの燃料を消費する前者に比べて、後者は水さえあればよく、簡便で安価な方式だ。そのため、山上での水の確保や、寒冷期の凍結など課題はあったものの、電動機が普及するまで運転方式の主流を占めていた。
しかし、今となっては古典的な駆動システムで、もはや世界的に見ても数か所にしか残っていない。ヨーロッパ大陸では、ポルトガルのブラガ Braga、ドイツのヴィースバーデン Wiesbaden(下注)、そしてスイス西部、フリブール Fribourg の市街地で稼働している通称「フュニ Funi」だ。
*注 ヴィースバーデンのケーブルカーについては「ネロベルク鉄道-水の重りの古典ケーブル」参照。
![]() ポルトガル・ブラガのボン・ジェズス・ケーブルカー Elevador do Bom Jesus 1882年の開業でこの方式では現存最古(2017年撮影) Photo by Palickap at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
![]() ドイツ・ヴィースバーデンのネロベルク鉄道(2018年) (左)車両 (右)青い鉄管が注水口 |
![]() |
フリブールは、首都ベルンの南西30kmにあるフリブール州の州都だ。12世紀の自由都市に遡る気品漂う旧市街があることで知られる。地形はベルンと似ていて、高原を深く浸食しながら蛇行するサリーヌ川 La Sarine を天然の要害にしているのが特徴だ。ブール Bourg と呼ばれる旧市街はその高原が細くくびれた場所に立地し、谷底の河原との高低差は60~70mほどある。
1862年にベルンとローザンヌを結んで、鉄道が開通した。西の町はずれに駅が開設され、旧市街との間に新市街が形成されていった。一方、崖下のサリーヌ川沿いには古くからの下町ヌーヴヴィル Neuveville がある。1877年、ここで後に「カルディナル(枢機卿)Cardinal」のブランドで知られることになるビール工場が創業した(下注)。その経営者が、市街地と下町の間で労働者を運ぶために1899年に設置したのが、このケーブルカーだ。
*注 カルディナル・ビール工場はその後、1904年にフリブール駅の南に移転して、2010年まで操業していた。跡地に博物館がある。
![]() フリブール市街 大聖堂を中心とするブール(左上)と下町のヌーヴヴィル(右下) |
![]() フリブール市街周辺の1:25000地形図 © 2025 swisstopo |
上部駅サン・ピエール St. Pierre は、旧市街と駅地区との境、ジョルジュ・ピュトン広場 Place Georges Python のすぐ近くに位置する。ヌーヴヴィルの下部駅までルートは直線で、長さ121m、高度差は56.4m。当時すでに電動式も実用化されていたが(下注)、まだ数が少なく高価だったため、普及していたウォーターバラスト方式が採用された。
*注 最初の電動式ケーブルカーは、フィーアヴァルトシュテッテン湖畔で1888年に開通したビュルゲンシュトック鉄道 Bürgenstock-Bahn。
水源は、驚くことに町の下水道だ。ピュトン広場の地下に下水管に接続された貯水槽があり、そこでごみを除去した廃水を引いて、車両のタンクに注入しているという。確かにこれなら水源の枯渇や冬期凍結の心配はない。下部駅で車両から排出された水は下水管に戻しているので、いわばケーブルカー施設が下水道網の一部になっているわけだ。
![]() 下水道網の一部を成すケーブルカー |
◆
訪れた日は、SBB/CFFフリブール駅を起点に、歴史ある旧市街や難攻不落の崖地形を見て歩いたのだが、ヌーヴヴィルから駅に戻る際に「フュニ」を利用した。
最初、駅のロッカーに荷物を預けて、旧市街へ足を向けた。緩やかに曲がる坂道に商店やレストランが軒を連ねるローザンヌ通り Rue de Lausanne を下り、町のシンボル、サン・ニコラ大聖堂 Cathédrale St-Nicolas の高塔を見上げる。それから、眺めのいいゼーリンゲン橋 Pont de Zaehringen でサリーヌ川の深い谷を一跨ぎして対岸に出た。
![]() ローザンヌ通りから見通す大聖堂 |
![]() 大聖堂と市庁舎(手前の時計塔のある建物) |
サリーヌ Sarine はフランス語名で、ドイツ語ではザーネ Saane という。フリブールもドイツ語ではフライブルク Freiburg になる。ドイツ語とフランス語はスイスの二大公用言語(下注1)だが、両言語圏の、目には見えない境界(下注2)が通っているのがこのサリーヌ/ザーネ川だ。川の右岸はドイツ語圏のシェーンベルク Schönberg 地区になるのだが、道路標識はまだフランス語だった。
*注1 このほか、アルプスの南側で使われるイタリア語とグランビュンデン州の一部で使われるロマンシュ語も公用語になっている。
*注2 スイス・ドイツ語圏ではこの言語境界のことを、じゃがいもの郷土料理にちなんでレーシュティグラーベン(レーシュティの溝)Röstigraben と呼ぶ。
![]() ゼーリンゲン橋から見下ろすサリーヌ渓谷 左の城壁は猫の塔、右は屋根付きのベルン橋 |
町の防御施設の一部だった猫の塔 Tour de chats を伝って谷底に降り、民家と同じスレート屋根に覆われたベルン橋 Pont de Berne を渡る。通るのは歩行者と二輪車程度かと思ったら、路線バスが来たのには驚いた。川の滑走斜面に身を寄せ合うオージュ Auge 地区の家並みを抜けると、今度は頑丈そうな石橋のミリュー橋 Pont du Milieu が見えてくる。ゆらめく川面と崖の上にひしめく旧市街を仰ぎながら、再び右岸へ。
![]() (左)猫の塔 (右)ベルン橋 |
![]() ミリュー橋の下を流れるサリーヌ川 |
![]() サン・ジャン橋を渡ってヌーヴヴィルへ |
最後にサン・ジャン橋 Pont de Saint-Jean でもう一度サリーヌ川を渡って、下町ヌーヴヴィルにたどり着いた。緩く上る街路が大きく右に反転する場所に、FUNICULAIRE(フュニキュレール)の切り文字を掲げた下部駅のささやかな建物がある。
「フュニ」は公共交通機関の扱いなので、平日、休日を問わず毎日動いている。運行間隔は最短6分とされているが、このときは10分間隔だった。運賃は片道3スイスフラン(2024年現在)。鉄道、バスなど州の公共交通を一手に担うフリブール公共交通 Transports publics fribourgeois (TPF) が運営しているので、スイストラベルパスも通用する。
![]() ケーブルカーのヌーヴヴィル駅 (左)ささやかな駅舎 (右)構内 |
狭い構内にはすでに小型の客車が入っていた。階段状になったコンパートメントが2室あり、坂上側はオープンタイプの片側席、坂下側はクローズドタイプでベンチシートが向い合う。車端のデッキは運転台だ。数人の客が乗り込んだところで、運転士が扉を閉めてデッキに移り、L字のハンドルを回してブレーキを緩めた。ピニオンがラックに絡むゴロゴロという鈍い金属音とともに、客車はゆっくりと動き出した。
![]() 「フュニ」の車両 |
![]() (左)運転台と坂上側のオープン客室 (右)坂下側客室は密閉型でベンチが向かい合う |
ルートの下半分は鉄橋の上を行くが、まもなく中間の行き違いループにさしかかる。対向車両の運転士はブレーキハンドルをこまめに回しているが、こちらは触りもしない。速度調節はもっぱら下り車両の仕事のようだ。ループを抜けるころには、サリーヌ川の谷間を埋める茶色屋根の群れが眼下に広がってくる。線路と並行して屋根付きの階段道が続いているのに気づいた。文明の利器に頼らず自力で登っていく元気な若者もちらほら見かける。
![]() (左)上部駅行きが発車 (右)中間ループでの行き違い |
![]() 眼下に下町の景色が広がる |
発車して2分、上部駅に到着すると、運転士はハンドブレーキを固く締めてから、出口の扉を開けた。駅舎は下と同じような小さな建物だ。入口の外壁に、改修完了と開業125周年の記念プレートが掲げてあった。
1996年、車両の車軸が破損して運行不能になったケーブルカーに対し、市当局は廃止とバスへの転換を検討した。しかし各界の強い抗議を受けて方針は撤回され、全面的な施設改修が実施されることになった。長年赤に塗られていた車両が、開業時の緑色に戻されたのもこのときだ。工事が完了して運行が再開されたのは1998年6月3日。こうして危機を脱した「フュニ」は昨年(2024年)、開業から125年の節目の年を迎えたのだ。
駅を後に、小公園の傍らを抜けると、トロリーバスが行き交うサン・ピエールのラウンドアバウトに出る。道路上空に張られた架線を目印にして、ものの5分も歩けば、街歩きのゴールであるフリブール駅が見えてくるはずだ。
![]() (左)サン・ピエール駅舎 (右)外壁の記念プレート 上から着工・開業、改修後の運行再開、125周年 |
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