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2025年12月31日 (水)

ドルダー鉄道-チューリッヒ市内のラック電車

ドルダー鉄道 Dolderbahn (Db)

レーマーホーフ Römerhof~ドルダー Dolder 間 1.328km
軌間1000mm、直流600V電化、フォン・ロール式ラック鉄道、最大勾配196‰
1895年ケーブルカーとして開通
1973年ラック鉄道に改築、ヴァルトハウス Waldhaus~ドルダー間延伸

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山麓駅レーマーホーフに接近するドルダー鉄道の電車

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スイス最大の都市チューリッヒ Zürich は、チューリッヒ湖 Zürichsee からリンマート川 Limmat(下注)が流れ出す地点に築かれた町だ。近世までは堅固な市壁に護られた要塞都市だったが、19世紀後半になると壁を越えて市街地が拡大していった。東側に横たわる緑の丘陵地にも開発の波は及び、今では湖岸や河岸から2km前後、高度差にして200mの高みまで宅地に覆われている。

*注 日本語への音写ではリマト、リマートも見られる。

こうした新しい町の住民の足代わりになってきたのは、最初、馬車であり、次に路面軌道だった。東の丘陵地、現在の7区のエリアには、1894年から翌95年にかけてチューリッヒ電気軌道 Elektrische Strassenbahn Zürich (EStZ) と、ツェントラーレ・チューリッヒベルク鉄道 Zentrale Zürichbergbahn (ZZB) のトラム路線が相次いで開業している。前者は1896年、後者は1905年に市に買収され、市電網の一部になった(下注)。

*注 前者は現 11系統の東半、後者は現 5系統の東半区間に相当。

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アドリスベルクとドルダー・グランドホテル(2015年)
© Roland Fischer, Zürich (Switzerland) at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
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アジュール通り Asylstrasse を下る3系統のトラム
 

同じ時期に、急勾配に対処できるケーブルカーも導入された。一つはアドリスベルク Adlisberg の山腹を上っていくドルダー鉄道 Dolderbahn (Db) で、今はラック鉄道だが、最初はケーブルカーで開業した。もう一つは、高台にあるチューリッヒ工科大学 ETH Zürich のキャンパスに上がるポリバーン(ポリ鉄道)Polybahn というミニ路線だ(下注)。

*注 なお、隣接する6区の丘陵斜面にも、1901年にリギブリック・ケーブルカー Seilbahn Rigiblick が開業している。

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チューリッヒ市街東部の1:25000地形図
左端のZürich HBが中央駅
© 2025 swisstopo
 

チューリッヒ市民の足として親しまれている2本の登山ならぬ「登坂」鉄道のうち、今回はまず、ドルダー鉄道について見ていこう。

ドルダー鉄道は、上述したチューリッヒ電気軌道 EStZ の山手区間、ベルヴュー Bellevue~プファウエン Pfauen~レーマーホーフ Römerhof~クロイツ広場 Kreuzplatz 間の路線と同時に計画されたものだ。東部丘陵(下注)のピークの一つに、標高701mのアドリスベルクがある。その中腹に位置する見晴らしのいいドルダー地区で目論まれていた観光開発のためのアクセス手段だった。

*注 最高地点のピークの名を取って、プファンネンシュティール丘陵 Pfannenstiel-Höhenzug と呼ばれる。

ケーブルカーのドルダー鉄道は1895年7月に開業した。全長816m、メーターゲージで中間に行き違いループをもつ単線交走式の路線だった。

起点駅は、山麓のレーマーホーフ Römerhof という居酒屋 兼 宿屋の隣に設けられ、前の広場に電気軌道の停留所があった。レーマーホーフはその後1899年に、店舗と住居が入る立派なビルに改築されたが、広場の地名としてもすっかり定着し、駅や停留所の名になっている。

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開通間もないころの山麓駅
右手前にレーマーホーフの一部が写る(1900年ごろ)
Photo from Swiss National Library, EAD-ZING-7450. License: public domain
 

一方の山上駅は、チューリッヒ湖を眼下に見晴らす標高約550mの地点に置かれた。ヴァルトハウス・ドルダー(ドルダー森の家)Waldhaus Dolder という名の居酒屋 兼 宿屋が造られ、駅も同じ名で呼ばれた。

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山上駅付近
右の建物はヴァルトハウス・ドルダー(1907年)
Photo from Swiss National Library, EAD-WEHR-14983-B. License: public domain
 

しかし、開発計画はこれにとどまらない。1899年、そこから500m足らずの山手に、保養施設「ドルダー・グランドホテル・アンド・クーアハウス Dolder Grand Hotel & Curhaus」がオープンした。そして駅とホテルの間には、利用客を運ぶ路面電車ドルダートラム Doldertram が走り始める。1両きりの運行車両は、保守整備を市電会社に委託するため、市電と形式を揃えていた。

ドルダー鉄道とドルダートラムの連携運行は1930年まで続いたが、その年の12月31日にトラムが廃止され、翌年から送迎バスに置換えられた。

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ドルダー・グランドホテルの前を行くドルダー・トラム(1905年)
Photo by The Dolder Grand at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

とはいえ、バスも短距離の運行で効率が悪く、客にとって乗換えの不便も変わらない。そこで運営会社は、運行認可の更新を機に、鉄道のルートをホテル前まで延伸することを決めた。ケーブルカーでは勾配や曲線の条件が合わなかったため、フォン・ロール式のラック鉄道(下注)に転換することになった。

*注 フォン・ロール式 Von Roll system(ラメラ式 Lamella system ともいう)は、スイスのフォン・ロール社が開発した、1枚の幅広の歯棹を用いる方式。リッゲンバッハ式やシュトループ式の機関車に対応できるため、両方式のレールと混用する鉄道もある。

ラック鉄道は、ケーブルカーに比べて途中駅が自由に設置できるほか、車両検査時などに残りの1両での運行が可能で、コスト削減につながる点も有利だった。同様にケーブルカーからラック鉄道に転換された路線には、アッペンツェル鉄道ライネック=ヴァルツェンハウゼン登山線 Bergbahn Rheineck-Walzenhausen(1958年転換、下注)、ローザンヌ=ウーシー線 Chemin de fer Lausanne–Ouchy(1958年転換、後の2008年にゴムタイヤ式メトロに再転換)がある。

*注 ライネック=ヴァルツェンハウゼン登山線については「アッペンツェルの鉄道群-ライネック=ヴァルツェンハウゼン登山鉄道」参照。

1年余りの工事期間を経て、1973年9月に、装いを新たにした鉄道が再開を祝った。全長は1328mになり、196‰の最大勾配で標高差160mを克服する。

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延伸区間の高架橋を上るBhe 1/2形従来車
 

ドルダー鉄道は長年独自に運行され、運賃も別建てだった。しかし1999年から、業務がチューリッヒ市交通局 Verkehrsbetriebe Zürich (VBZ) に委託され、25系統として市内の公共交通網に組み込まれた。トラムや路線バスと同様に、運賃が市内ゾーンに含まれるようになった。もちろんスイストラベルパスも通用する。

チューリッヒ駅前から3系統の市内トラムに乗り込んだ。レーマーホーフは5つ目の停留所で、所要8分。広場に面して、古代風のモチーフを窓枠や付け柱に施した、5層に見える大きなビルが目を引いている。建て直されたレーマーホーフだ。名称がローマ人屋敷という意味なので、設計者もそれにふさわしい装飾をと意気込んだのだろう。

ラック鉄道の乗り場はどこかと見回すと、中央ポータルの左隣の入口に「Dolderbahn」の文字が見えた。中に入ると、建物を突き抜けた先に、ホームに通じる自動ドアがある。ホームは1線を2面で囲んだいわゆるスパニッシュ・ソリューションだ。

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壮麗な建物のレーマーホーフ
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(左)乗り場入口
(右)建物を抜けた先にホームがある
 

ドルダー鉄道の運行は、1973年のラック鉄道改築に際して納入された単行のBhe 1/2形2両で賄われてきた。車庫がなく予備車もいないので、検査や改修で1両が現場を留守にすると、残る1両でのシャトル運行になる。

訪れた2024年7月はちょうどその時期で、通常10分間隔の時間帯も15分ごとの運行になっていた。全線走行に6分を要するので、往復では12分かかる。そのため起終点での折返し時間が1~2分しかないという、きわめてタイトなダイヤだ。

まもなく、赤地に2本の白帯を巻いた1号電車がホームに入ってきた。扉は手動で、数人が降車したところに、待っていた20人以上が乗り込む。ベビーカーや自転車も持ち込まれて、車内は混んでくる。その間に運転士は反対側の運転席に移動して、すぐに扉が閉まった。

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(左)山上行き電車が到着
(右)混んだ車内
 

電車は駅を出ると、緑の多い住宅地を貫いて、おおむね真直ぐに上っていく。初めのうちは勾配も緩やかで、ラックが要らないくらいだ。途中に1か所、微妙なカーブで右に寄るのはケーブルカー時代の行き違いループがあった名残りだ。

一つ目の駅、ティトリスシュトラーセ(ティトリス通り)Titlisstrasse に停車した。駅といっても片側ホームの停留所で、3人降りる。続いて、現ルートの中間にある行き違いループを通過。10分サイクルのときはここで列車交換が行われるが、今は分岐ポイントも用がない。

勾配が次第に急になり、二つ目の駅でかつての終点、ヴァルトハウス・ドルダーに停まる。路線延伸の際に、建物は改築されて近代的なホテルになった。その1階部分にホームが組み込まれ、線路は建物を通り抜けていく。

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(左)ティトリスシュトラーセ駅
(右)行き違いループを通過
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ヴァルトハウス・ドルダー駅の上方でチューリッヒ湖が見える
 

ヴァルトハウス前後の線路勾配が最も急で、最大値は196‰になる。クーアハウス通りをまたぐと深い森の中に入り、右へ大きくカーブしていく。勾配が和らいでも緑に包まれたままで、気がつくともう終点ドルダー駅のホームだった。

山麓駅と同じく構内はシンプルな2面1線で、奥に Probefahrt(試運転)と表示した大きな正面窓の新車が停まっていた。現在の車両は、就役からすでに50年が経つ。このため、新たにBhe 1/2形2両がシュタッドラー・ブスナング社 Stadler Bussnang に発注され、この3月にまず1両目が現地に到着したというニュースが出ていたから、それに違いない。

今回の減便ダイヤは、この1両が試運転中で客扱いしないことによるものだが、続報によれば、8月に2両目が納入され、9月23日から新型2両で通常ダイヤによる運行が再開されたそうだ。

終点駅は、かつてのドルダー・グランドホテルを拡張した五つ星ホテル、ザ・ドルダー・グランド The Dolder Grand に隣接している。それに、背後の森の周辺は、スケートリンクやゴルフコース、テニスコートが点在していて、鉄道はこのレクリエーションエリアに通う市民にとっても大切な存在だ。

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(左)終点手前の出発信号機
(右)山上駅ドルダー
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試運転中のBhe 1/2形新車
 

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