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2025年7月20日 (日)

シャブレーの鉄道群-エーグル=レザン線

シャブレー公共交通エーグル=レザン線 TPC Ligne Aigle–Leysin (AL)

エーグル Aigle ~レザン・グラントテル Leysin-Grand-Hôtel 間6.21km
1000mm軌間、直流1500V電化、アプト式ラック鉄道(一部区間)、最急勾配230‰
1900~1915年開通

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レザン高架橋を行くラック電車

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レマン湖 Lac Léman の南岸地方は古来、シャブレー Chablais と呼ばれてきた。中世にはサヴォイア(サヴォワ)伯国に属し、幾多の変遷を経て現在はフランスとスイスにまたがっている。

スイス側のシャブレーは、レマン湖の湖頭に位置する。アルプスを源流とするローヌ川 Le Rhône が広い谷間を北流し、その周りに2000~3000m級の岩山が連なる地域だ。1850~60年代にパリからの鉄道ルートが確立して以来、岩山の中腹の標高1000m台に載る高原には、避暑地や療養地が開発されていった。

谷底平野を走る鉄道(下注)の駅からは当初、馬車道が通じたが、20世紀に入ると、それを代替するメーターゲージの電気鉄道が次々と開業する。交通事情の劇的な改善によって、リゾートの人気はますます高まった。

*注 もとスイス西部鉄道 Chemins de fer de la Suisse Occidentale、1890年からジュラ・シンプロン鉄道 Compagnie du Jura–Simplon (JS) のシンプロン線 Ligne du Simplon。1903年5月1日に国有化された。

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電車の車窓から見るレザン村
 

各路線は長い間、個別の会社が運行していた。しかし、地方交通の再編で1999年に合併し、シャブレー公共交通 Transports Publics du Chablais(以下、TPCという)として、接続する路線バスとともに事業の一体化が進められている。

鉄道路線は全部で4本ある。どれも高地が目的地なので、車窓風景のすばらしさは言うに及ばず、ラックレール、ヘアピンカーブ、折返し駅と、たどるルートも実に個性的だ。今回は、このうち高級リゾートとして知られるレザン Leysin に上っていく旧 エーグル=レザン鉄道 Chemin de fer Aigle–Leysin、現在のTPCエーグル=レザン線を訪ねてみよう。

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シャブレー公共交通の鉄道路線網
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エーグル=レザン線周辺の地形図に鉄道のルートを加筆
破線は廃止線または計画線
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

ローザンヌ Lausanne から車窓を占有し続けていたレマン湖の凪いだ水面が遠ざかると、CFF(スイス連邦鉄道、ドイツ語ではSBB)の列車は、そびえ立つ山々に囲まれたローヌ川の谷底平野を進んでいく。最初の停車駅がエーグル Aigle だ。CFF線ホームの南半分に並行して、TPC線の乗り場がある。

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(左)CFFエーグル駅舎
(右)ホームにIR(インターレギオ)が到着
 

エーグルにはTPCの鉄道路線のうち3本が集まってきている。以前は駅前広場を埋め尽くすように3路線の線路と乗り場が広がっていたのだが、3年がかりの工事の結果、2007年に広場の南側に集約され、上屋も設置された立派な支線ターミナルに変貌した。

CFF線側にある11・12番線がエーグル=オロン=モンテー=シャンペリー線 Ligne Aigle–Ollon–Monthey–Champéry、13・14番線がエーグル=セペー=ディアブルレ線 Ligne Aigle–Sépey–Diablerets、15・16番線がエーグル=レザン線の、それぞれ乗り場だ。その16番線ホームの反対側には路線バスが発着し、バリアフリーでの乗換が可能になっている。

車体の塗色もかつては路線別で、クリームの地色に対し、シャンペリー線は赤帯、ディアブルレ線は青帯、レザン線は茶色帯を巻いていた。広場に並んで停車していたので、乗り間違いを防ぐ配慮だったのだろう。

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TPC線の立派なターミナル
 

その後TPCは2009年に、緑色系の新たなコーポレートカラーを選定し、車両色も路線を問わずこれに統一した。緑にしたのは、既存色を含めないことが選定の条件だったからだという。

それで現在では、どの番線にもまったく同じ配色の車両が停車している。車両の形式が異なるとはいえ、一見客にはどの路線なのか区別がつかない(下注)。エーグルには3泊したので最後には慣れたが、初日は不安で、乗り込む前に上屋に設置された案内板が示す行先を何度も確かめた。

*注 車番はレザン線が300番台、ディアブルレ線が400番台、シャンペリー線が500番台になる。

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反対側から撮影
車両形式は違うが車体色は統一
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(左)レザン線の電動車313号と制御車
(右)茶色の旧塗色車302号をアン・シャレー車庫で目撃
 

レザン線は日中1時間ごとの運行で、全線の所要時間はレザン方面が29分、エーグル方面が39分だ。

他の2路線の電車が南側へ出ていくのに対して、レザン線だけは北側へ出る。そして駅前広場の真ん中で90度向きを変え、併用軌道のまま、エーグルの旧市街へと向かう。ささやかなサントル広場 Place du Centre 前後の中心街路は昔ながらの狭さで、普通車が行き違える程度の道幅しかない。しかも路上駐車が可能なため、電車もクルマも互いに譲りあいながら、慎重に通過していく。

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駅前広場で90度向きを変えて旧市街地へ向かう
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混雑する旧市街サントル広場前
レザン行きはクルマと逆行になる
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反対方向、エーグル行きも慎重に通過
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エーグル周辺の1:25000地形図
市街地ではレザン線とディアブルレ線が路面軌道で並行する
© 2025 swisstopo
 

この難所を抜けると、直線の広いオルモン通り Avenue des Ormonts に出る。約400m進んで左にカーブし、グランド・オー川の橋梁 Pont de la Grand Eau を渡れば、電車はかつてのレザン線の拠点、エーグル・デポ(車庫)Aigle-Dépôt 駅の構内に入っていく(下注)。

*注 エーグルを起点とするTPC 3線の車両の整備拠点は現在、シャンペリー線沿いに2001年に完成したアン・シャレー新車庫 Dépôt en Châlex に置かれている。

レザン線は1900年11月にレザン・フェデー Leysin-Feydey まで開通したが、CFF駅から約1km続くこの路面区間は、それに先立つ同年5月に開業していた。山手にあった保養施設、エーグル・グラントテル・デ・バン Aigle Grand Hôtel des Bains のための路面軌道(下注)で、車庫はレザン線と共用だった。

*注 エーグルCFF=エーグル・グラントテル路面軌道 Tramway Aigle CFF–Aigle Grand Hôtel。世界恐慌の影響で、1932年にグランド・オー橋南詰の分岐点からグラントテルの間は廃止、ホテルも1934年に閉鎖された。

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(左)オルモン通りのプラス・デュ・マルシェ Place-du-Marché 停留所
(右)道端にある待合所
 

つまり、デポ駅を境にして、エーグル方面はトラムが走る路面軌道、レザン方面はラック機関車が押す登山鉄道と性格が明確に分かれていたのだ。全線を直通するのは、動力を持たない客車だけだった。ラック区間に投入された電気機関車 He 2/2 は、機構的に粘着式区間(ラックレールのない区間)を走れなかったので、CFF駅からデポ駅まではトラムが客車を牽引し、そこでラック機関車に引き継いでいた。この付替えを効率よく行うために、デポ駅はスイッチバック構造で設計された。

1946年にラック・粘着式併用電車 BDeh 2/4+Bt が導入されて、面倒な作業は過去のものになったが、駅の構造はもとのままで、今でもここで電車の進行方向が変わる。エーグル発レザン行きは初め電動車が先頭だが、ここからはラック鉄道の定石どおり、電動車が後尾(坂下側)になる。

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エーグル・デポ(車庫)駅
3両編成は車庫にお尻を突っ込んで折り返す
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(左)ラック区間は楔形ホームの前から始まる
(右)デポ駅の待合所
 

さて、デポ駅を後にすると、電車の前にのけぞるような急坂が現れる。最大230‰、水平距離1kmに対して垂直距離230mという途方もない勾配だ。ラック・アンド・ピニオン方式の威力でぐいぐい上っていくと、眼下に広がるブドウ畑の中に、エーグル城のそばで蛇行するディアブルレ線の線路が見えてきた。あちらは粘着式なので、いくら線路を引き回しても稼げる高度は知れている。

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デポ駅直後の急坂
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ブドウ畑の斜面で見る見る高度を上げる
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車窓から見るエーグル城とブドウ畑
画面下方にディアブルレ線も
 

ポン・ド・ドラペル Pont-de-Drapel 停留所あたりから車窓が針葉樹に覆われていき、電車は深い森の中で孤独な旅を続ける。レナ Rennaz 停留所は全線のおよそ中間に当たり、上下列車が行違う。定時運行ではエーグル行きの列車が先着して待つので、レザン行きは乗降客がない限り、通過扱いだ。

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(左)レナ停留所での列車交換
(右)斜面は針葉樹林帯
 

車庫駅を出て10分ほど経ったころ、再び視界が開け、周りに民家も見え始めた。レザン・ヴィラージュ Leysin-Village 駅に停車する。ヴィラージュは村のことで、レザンの中心地区への最寄り駅だ(下注)。ラックレールは途切れることなく、ホームにもきつい傾斜がついている。

*注 距離的には次のヴェルモン Versmont の方が近いが、高低差がある。

この後は複線区間で、左にカーブしながら長さ128mのレザン高架橋 Viaduc de Leysin を上っていく。レザン線の撮影名所なので、帰りに立ち寄ったが、急斜面を這い上がる石積みアーチの曲線が美しい。背景も雄大で、はるか下にローヌ川が流れる谷が見え、遠方にはダン・デュ・ミディ Dents du Midi やダン・デュ・モルクル Dents du Morcles の、残雪を戴く岩峰群がそそり立つ。

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急勾配のレザン高架橋を上る
 

ヴェルモン Versmont 停留所に停車。1両分の長さしかないホームは階段になっていて、もはやケーブルカーのようだ。しかし急勾配は、次の道路橋をくぐったところで落ち着き、電車は、レザン・フェデー Leysin-Feydey 駅のホームに滑り込む。ここは1900年開業時の終点で、今も実質的なターミナルだ。保養地の玄関口にふさわしい瀟洒なデザインの駅舎が建ち、駅前には、ロープウェー乗り場やル・セペー Le Sépey へ行く路線バスが来る。

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(左)ヴェルモン停留所
(右)短いホームは階段状
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瀟洒なレザン・フェデー駅舎
 

レザン線は当初、1892年に建てられたレザン・グラントテル Leysin Grand Hôtel への交通手段として造られた。グラントテル(グランドホテルのフランス語読み)といっても、現代人が名称から想像するような観光宿泊施設とは異なり、長期滞在型の療養施設だ。

当時、空気が澄んで陽光の降り注ぐ土地は、結核のような難病を患う人にとって治療に最適の環境と考えられていた。レザンは標高1300~1500mの隔離された高原にあり、南向き斜面のため日当たりも良好だ。その村で、これはサナトリウムと宿泊所を兼ねた大規模療養施設の最初のものだった。旧版地形図(下図参照)には、村の中心部から離れた山手に鉄道駅が、さらにその上部に Hôtel と注記のあるグラントテルの建物が描かれている。

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往時のレザン・グラントテル(1890年ごろ)
Retrieved from the Library of Congress, USA. https://www.loc.gov/item/2001703131/
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レザン周辺の1:25000地形図
(左)1896年(右)2020年
左図では村から離れた高台に駅とグラントテルがある
© 2025 swisstopo
 

鉄道によるアクセスの改善は、レザンをたちまち人気の保養地にし、同様の療養施設が次々に建てられた。1915年にレザン線は、グラントテルの直近まで延伸される。これが現在の終点レザン・グラントテルだ。本来、標高1900mのアイ湖 Lac d'Aï まで上る登山鉄道計画の一部だったが、第一次世界大戦と重なり、実現することはなかった。

フェデー駅からグラントテル駅まではわずか300mで、しかもほぼトンネルだ。すでにフェデーで車内の客は全員降りてしまい、残っているのは私一人だった。陸屋根に覆われた薄暗いフェデー駅のホームを後にすると、電車は単線トンネルに吸い込まれる。内部で左に180度転回し、闇を抜けきらないうちに、早くもブレーキがかかった。

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(左)レザン・フェデーで車内は空っぽに
(右)レザン・フェデー駅のホーム
 

終点駅のホームは、半分トンネルの中だった。標高は1451m。エーグル駅前の標高が404mなので、乗車していた30分ほどの間に、実に1047mもの高度差を克服したことになる。降りてみると、電車はトンネルの出口から顔だけ出して、眩しそうに日光を浴びている。折返しの発車は28分後だ。電車のモーター音が静まると、周りの森から涼しげな鳥のさえずりが聞こえてきた。

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レザン・グラントテル駅
(左)出口から顔だけ出して停まった電車
(右)ホームの半分はトンネル内
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ラックレールの終端
 

第二次世界大戦後、抗生物質による治療法の普及で、結核の療養施設は役目を終えた。その後、建物は高級ホテルや研修施設へ用途を変えていく。グラントテルも今は有名なインターナショナルスクール、レザンアメリカンスクール Leysin American School (LAS) のキャンパスとして活用されている。

学校は終点駅から歩いてすぐの立地だが、そもそも全寮制なので、ふだんの通学需要はない。フェデーからの最終区間はほとんど回送列車の状況だ。また、鉄道がもともと村から離れた場所に通されたので、観光需要のある中心部や、標高2045mのベルヌーズ峰 Berneuse に上るロープウェーの乗り場にも距離がある。そこで、さらなる利用促進策として、鉄道を経路変更する計画が動き出している。

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高架橋の名物風景も見納めか…
 

それは、レザン・ヴィラージュ駅で東に分岐する1.3kmのトンネルで、村の中心部を経由し、ロープウェーの乗り場前まで行く新線だ。前者にはレザン・サントル(中央)Leysin-Centre、後者にはレザン・テレキャビン Leysin-Télécabine の2駅が設置される。実現すれば、現路線のヴィラージュ~グラントテル間は廃止となり、代替として、ヴィラージュ~ヴェルモン間とサントル新駅~フェデー間に、スロープカーのような軽量交通機関が整備されるという。

計画はすでに連邦政府の承認を得ていて、公式サイトによると、2026年に着工され、2033年には完成の予定だ。眺めの良いレザン高架橋はスロープカーのルートとして残されるようだが、ラック電車が上っていくあの名物風景は、あと数年で見納めかもしれない。

次回は、エーグル=セペー=ディアブルレ線を訪ねる。

■参考サイト
シャブレー公共交通 https://tpc.ch/
レザン365(新線計画) https://www.leysin365.ch/

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