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2025年7月

2025年7月24日 (木)

シャブレーの鉄道群-エーグル=セペー=ディアブルレ線

シャブレー公共交通エーグル=セぺー=ディアブルレ線
TPC Ligne Aigle-Sépey-Diablerets (ASD)

エーグル Aigle ~ル・セペー Le Sépey ~レ・ディアブルレ Les Diablerets 間22.34km
1000mm軌間、直流1500V電化、最急勾配60‰
1913~1914年開通

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エーグル郊外のブドウ畑の中を行く

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レ・ディアブルレ Les Diablerets は、スイス南西部、ベルン・アルプス Berner Alpen/Alpes bernoises の最西端に位置する巨大な山塊だ。最高峰はその頂点を意味するソメ・デ・ディアブルレ Sommet des Diablerets で、標高3216m。空を限る稜線の連なりは前後10kmに及び、ヴォー、ヴァレー(ヴァリス)、ベルン3州の境をなしている。

北麓の穏やかな谷間に広がる村もまた、山塊の名を取ってレ・ディアブルレと名乗る。19世紀までは山あいの寒村に過ぎなかったが、今では人気の休暇リゾートの一つに数えられている。そのきっかけを作ったのが、エーグル=セペー=ディアブルレ鉄道 Chemin de fer Aigle-Sépey-Diablerets (ASD)、現在のTPC エーグル=セペー=ディアブルレ線(以下、ディアブルレ線、下注)の開業だ。

*注 TPC(シャブレー公共交通 Transports Publics du Chablais)は、スイス・シャブレー地方の公共交通企業が合併して、1999年に設立された会社。メーターゲージ鉄道4路線と周辺のバス路線を運行する。

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レ・ディアブルレの山岳景観
右奥中央にソメ・デ・ディアブルレ、左手前の尖峰はセクス・ルージュ Scex Rouge
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シャブレー公共交通の鉄道路線網
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エーグル=セペー=ディアブルレ線周辺の地形図に鉄道のルートを加筆
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

CFF(スイス連邦鉄道、ドイツ語ではSBB)のエーグル Aigle 駅前を起点とするメーターゲージの電気鉄道は、1913年12月に途中のル・セペー Le Sépey まで、1914年7月にこの村まで到達した。認可を受けた計画では、さらにピヨン峠 Col du Pillon を越えて、ベルン州のクシュタード Gstaad でモントルー=ベルナー・オーバーラント鉄道 Montreux-Berner Oberland-Bahn (MOB) に接続することになっていたが、第一次世界大戦の勃発とその後の経営難により、実現しないままに終わった。

ディアブルレ線が通過するのは、主にグランド・オー川 La Grande Eau が流れるオルモン谷 Vallée des Ormonts の南斜面だ。北側斜面の高原上にはレザン Leysin 村があって、前回紹介したエーグル=レザン線 Ligne Aigle–Leysin (AL) が通っている。つまり、ディアブルレ線とレザン線は、深い谷を隔てて向かい合っているのだ。

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ラ・クロワ峠 Col de la Croix からの眺望
右奥に見える鞍部がピヨン峠 Col du Pillon
 

しかし、登山鉄道仕様で一気に高原へ駆け上がるレザン線に対して、ディアブルレ線はラックレールを使用しない(=粘着式)。電気運転の強みを生かして勾配を最大60‰に設定し、じわじわと谷を上り詰めていく。将来のMOB線との直通運転を見据えて、同じ方式にこだわったためだというが、終点駅の標高は1155mで、起点との高度差は750mもある。いったいどのようなルートを走っているのか、エーグル駅から順に追ってみよう。

エーグル駅前のメーターゲージ線ターミナルに6本並ぶ線路のうち、ディアブルレ線の電車は中央の13・14番線に発着する。

車両番号はディアブルレ線が400番台、シャンペリー線が500番台のはずだが、行ったときにはディアブルレ線のホームに591のナンバーを付けた連節電車が停まっていた。シャンペリー線で運用されている2001年製のBeh 4/8だ。同線にシュタッドラー社の新車が入ったので、こちらに回されてきているようだ。とはいえ、みな同じ車体色なので、言われなければ誰も気がつくまい。

ディアブルレ線オリジナルの電動車BDe 4/4(401~404号)と制御車Bt(431~434号)のペアも、あとで見かけた(下注)。以前のクリーム地に青帯の塗装から緑系のコーポレートカラーにお化粧直しされたものの、1987年製なので、容貌はさすがに古色を感じさせる。

*注 エーグル滞在中には見なかったが、ディアブルレ線にも2車体連節の新車ABe 4/8(471~473号)が配備されて、BDe 4/4+Bt 編成を置き換えるもようだ。

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(左)エーグル駅ディアブルレ線ホームにいたBeh 4/8、本来はシャンペリー線の車両
(右)車内、大型荷物の置き場がある
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ディアブルレ線オリジナルのBDe 4/4
エーグル市街にて
 

さて、ディアブルレ線は日中1時間ごとに運行され、全線の所要時間はレ・ディアブルレ方面が50分、エーグル方面が54分だ。

エーグル駅を南へ出ると、路面軌道となって中心街のほうへ進んでいく。しかし、ただでさえ狭い街路をレザン線が貫いてしまったので、後発のディアブルレ線は町裏に回るしかない。その分、道路には拡幅の余地があったと見え、単線の線路には余裕の道幅だ。市街最寄りのプラス・デュ・マルシェ Place-du-Marché 停留所を過ぎると、行く手にエーグル城の上部が見えてきた。郊外へ出るにつれ、道はしだいに細くなり、路線のかつての拠点であるシャトー車庫 Château Dépot(下注)の前からは専用軌道に移る。

*注 エーグルを起点とするTPC 3線の車両の整備拠点は現在、シャンペリー線沿いに2001年に完成したアン・シャレー新車庫 Dépôt en Châlex に置かれている。

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(左)エーグル駅から街路に出た電車
(右)プラス・デュ・マルシェ停留所の待合室
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朝日を浴びるオリジナル編成、制御車 Bt434 が前に立つ
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ディアブルレ線のかつての拠点、シャトー車庫
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エーグル周辺の1:25000地形図
極端に引き回されたディアブルレ線のルートが描かれる
© 2025 swisstopo
 

ここまでがいわば助走区間だ。この後は車窓最大の見どころで、山に取り付くために、線路が極端に引き回されている。坂を上りながらブドウ畑の中で急なS字カーブを切っていくと、左車窓に先ほどのエーグル城や背後の市街地のパノラマが広がる。しかし、この景色は長くは続かない。パルク・アヴァンチュール Aigle-Parc Aventure 停留所の後で最初のトンネルを抜けた後、視界はほぼ森に閉ざされてしまう。線路の引き回しはまだ終わらず、次のヴェルシー Verschiez 停留所の手前に、もう一か所、オメガカーブによる折返しがある。

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エーグル城と市街を望むS字カーブの全貌
パルク・アヴァンチュール停留所付近にて
 

序盤の段階で懸命に高度を稼いでいるのは、これからたどるオルモン谷の側面浸食が激しく、まだ崩壊の爪が達していない中腹まで前もって上っておく必要があるからだ。すでに谷底とは200mの高低差がついているが、それでも深く切れ込んだいくつかの支谷を、高い鉄橋やトンネルによる迂回でカバーしなければならない。人家もほとんどなく、停留所もリクエストストップなので、停車することはなかった。

路線名にも入っているル・セペー Le Sépey の村は、この谷を隔てた北側にある。そのため、レ・プランシュ Les Planches 停留所の前でエーグル方面とレ・ディアブルレ方面の線路が合流し、道路併用橋のレ・プランシュ橋 Pont des Planches でオルモン谷をまたいでいく。

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(左)レ・プランシュで線路が合流
(右)道路併用橋でオルモン谷をまたぐ
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車窓から見るル・セペー村の家並み
 

ル・セペー駅は、島式ホームの頭端駅だ。列車の進行方向が変わるとともに、上下列車の交換が行われる。定時運行の場合、エーグル行きが先に到着し、レ・ディアブルレ行きが来るのを待つ。レ・プランシュ~ル・セペー間約1kmは一列車しか入れないので、後者が到着するのは前者の4分後だ。この時間差は両者の出発時刻にも適用される。駅では数人が降りた。

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頭端式のル・セペー駅
 

ル・セペーを発車すると、列車はもと来た道を戻り、橋のたもとのレ・プランシュで左(=上流側)に針路をとる。あとはまた先ほどと同じような谷斜面をたどる旅だ。しかし前半に比べれば、谷はずいぶん浅くなっている。森が途切れて視界が開けることも多くなった。

河畔林の間からグランド・オー川の流れがちらちらと見え、いつのまにか周囲はすっかり穏やかな谷間の景色に変わってきた。人家もいくらかあるので、停留所がバス停並みの間隔で設置されている。しかし、ホームや待合室があれば上等で、中には線路わきに1本の標識が立っているだけのところもある。確かにこれならバス停と変わらない。

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グランド・オー川とレ・ディアブルレ駅
 

短い鉄橋でグランド・オー川を渡ると、右手の山かげから、いよいよレ・ディアブルレの山塊が姿を見せた。圧倒的な岩壁の肩に残雪が縞模様を描いている。ルートの最終盤でにわかにアルプスの絶景が展開するのは、ベルナー・オーバーラント鉄道 Berner Oberland-Bahn (BOB) のグリンデルヴァルト到着前にどこか似ている。

まもなく周りに民家や商業施設が増えてきて、電車は、切妻屋根の木造駅舎がある終点駅のホームに滑り込んだ。

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レ・ディアブルレ駅で発車を待つBDe 4/4
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駅前からピヨン峠方面へは路線バスがある

ディアブルレ線はTPCの4路線の中で、最も人口の希薄なエリアを走っている。エーグルを別とすれば、沿線の常住人口は3000人に満たない(下注)。リゾートに向かう観光路線の性格も有するとは言え、早くから営業成績は振るわなかった。戦後もなお存続できたのは、並行道路が冬期にしばしば降雪で閉鎖されたからに他ならない。道路整備が進んだ1980年代初めには、連邦政府から鉄道のバス転換を要求されたが、州と地元自治体が抵抗してインフラ投資を実施したことで、かろうじて廃止は回避された。

*注 ル・セペーを主邑とするオルモン・デスー(下オルモン)Ormont-Dessous と、レ・ディアブルレを主邑とするオルモン・デシュ(上オルモン)Ormont-Dessus 両自治体の2023年末現在の人口は計2636人。

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レ・ディアブルレを後にするBDe 4/4
 

1999年にシャブレー公共交通 TPC となって以降は、他の路線と同じように車両や施設の更新が進められてきた。公式サイトには次なる段階として、レ・プランシュに三角線を整備して、ル・セペーを経由しない直行列車を走らせる計画や、終点からロープウェー「ディアブルレ急行 Diablerets Express」の乗り場前まで線路を600m延伸して、駅を新設する計画が挙がっている。いずれもまだ具体的な進展は見られないが、路線を活性化させたいという地元の強い意思をうかがい知ることができる。

次回は、エーグル=オロン=モンテー=シャンペリー線を訪ねる。

■参考サイト
シャブレー公共交通 https://tpc.ch/

★本ブログ内の関連記事
 スイスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編 II

 シャブレーの鉄道群-エーグル=レザン線
 シャブレーの鉄道群-エーグル=オロン=モンテー=シャンペリー線
 シャブレーの鉄道群-ベー=ヴィラール=ブルテー線
 ヴェルティックアルプ・エモッソン(エモッソン湖観光鉄道)

2025年7月20日 (日)

シャブレーの鉄道群-エーグル=レザン線

シャブレー公共交通エーグル=レザン線 TPC Ligne Aigle–Leysin (AL)

エーグル Aigle ~レザン・グラントテル Leysin-Grand-Hôtel 間6.21km
1000mm軌間、直流1500V電化、アプト式ラック鉄道(一部区間)、最急勾配230‰
1900~1915年開通

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レザン高架橋を行くラック電車

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レマン湖 Lac Léman の南岸地方は古来、シャブレー Chablais と呼ばれてきた。中世にはサヴォイア(サヴォワ)伯国に属し、幾多の変遷を経て現在はフランスとスイスにまたがっている。

スイス側のシャブレーは、レマン湖の湖頭に位置する。アルプスを源流とするローヌ川 Le Rhône が広い谷間を北流し、その周りに2000~3000m級の岩山が連なる地域だ。1850~60年代にパリからの鉄道ルートが確立して以来、岩山の中腹の標高1000m台に載る高原には、避暑地や療養地が開発されていった。

谷底平野を走る鉄道(下注)の駅からは当初、馬車道が通じたが、20世紀に入ると、それを代替するメーターゲージの電気鉄道が次々と開業する。交通事情の劇的な改善によって、リゾートの人気はますます高まった。

*注 もとスイス西部鉄道 Chemins de fer de la Suisse Occidentale、1890年からジュラ・シンプロン鉄道 Compagnie du Jura–Simplon (JS) のシンプロン線 Ligne du Simplon。1903年5月1日に国有化された。

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電車の車窓から見るレザン村
 

各路線は長い間、個別の会社が運行していた。しかし、地方交通の再編で1999年に合併し、シャブレー公共交通 Transports Publics du Chablais(以下、TPCという)として、接続する路線バスとともに事業の一体化が進められている。

鉄道路線は全部で4本ある。どれも高地が目的地なので、車窓風景のすばらしさは言うに及ばず、ラックレール、ヘアピンカーブ、折返し駅と、たどるルートも実に個性的だ。今回は、このうち高級リゾートとして知られるレザン Leysin に上っていく旧 エーグル=レザン鉄道 Chemin de fer Aigle–Leysin、現在のTPCエーグル=レザン線を訪ねてみよう。

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シャブレー公共交通の鉄道路線網
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エーグル=レザン線周辺の地形図に鉄道のルートを加筆
破線は廃止線または計画線
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

ローザンヌ Lausanne から車窓を占有し続けていたレマン湖の凪いだ水面が遠ざかると、CFF(スイス連邦鉄道、ドイツ語ではSBB)の列車は、そびえ立つ山々に囲まれたローヌ川の谷底平野を進んでいく。最初の停車駅がエーグル Aigle だ。CFF線ホームの南半分に並行して、TPC線の乗り場がある。

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(左)CFFエーグル駅舎
(右)ホームにIR(インターレギオ)が到着
 

エーグルにはTPCの鉄道路線のうち3本が集まってきている。以前は駅前広場を埋め尽くすように3路線の線路と乗り場が広がっていたのだが、3年がかりの工事の結果、2007年に広場の南側に集約され、上屋も設置された立派な支線ターミナルに変貌した。

CFF線側にある11・12番線がエーグル=オロン=モンテー=シャンペリー線 Ligne Aigle–Ollon–Monthey–Champéry、13・14番線がエーグル=セペー=ディアブルレ線 Ligne Aigle–Sépey–Diablerets、15・16番線がエーグル=レザン線の、それぞれ乗り場だ。その16番線ホームの反対側には路線バスが発着し、バリアフリーでの乗換が可能になっている。

車体の塗色もかつては路線別で、クリームの地色に対し、シャンペリー線は赤帯、ディアブルレ線は青帯、レザン線は茶色帯を巻いていた。広場に並んで停車していたので、乗り間違いを防ぐ配慮だったのだろう。

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TPC線の立派なターミナル
 

その後TPCは2009年に、緑色系の新たなコーポレートカラーを選定し、車両色も路線を問わずこれに統一した。緑にしたのは、既存色を含めないことが選定の条件だったからだという。

それで現在では、どの番線にもまったく同じ配色の車両が停車している。車両の形式が異なるとはいえ、一見客にはどの路線なのか区別がつかない(下注)。エーグルには3泊したので最後には慣れたが、初日は不安で、乗り込む前に上屋に設置された案内板が示す行先を何度も確かめた。

*注 車番はレザン線が300番台、ディアブルレ線が400番台、シャンペリー線が500番台になる。

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反対側から撮影
車両形式は違うが車体色は統一
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(左)レザン線の電動車313号と制御車
(右)茶色の旧塗色車302号をアン・シャレー車庫で目撃
 

レザン線は日中1時間ごとの運行で、全線の所要時間はレザン方面が29分、エーグル方面が39分だ。

他の2路線の電車が南側へ出ていくのに対して、レザン線だけは北側へ出る。そして駅前広場の真ん中で90度向きを変え、併用軌道のまま、エーグルの旧市街へと向かう。ささやかなサントル広場 Place du Centre 前後の中心街路は昔ながらの狭さで、普通車が行き違える程度の道幅しかない。しかも路上駐車が可能なため、電車もクルマも互いに譲りあいながら、慎重に通過していく。

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駅前広場で90度向きを変えて旧市街地へ向かう
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混雑する旧市街サントル広場前
レザン行きはクルマと逆行になる
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反対方向、エーグル行きも慎重に通過
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エーグル周辺の1:25000地形図
市街地ではレザン線とディアブルレ線が路面軌道で並行する
© 2025 swisstopo
 

この難所を抜けると、直線の広いオルモン通り Avenue des Ormonts に出る。約400m進んで左にカーブし、グランド・オー川の橋梁 Pont de la Grand Eau を渡れば、電車はかつてのレザン線の拠点、エーグル・デポ(車庫)Aigle-Dépôt 駅の構内に入っていく(下注)。

*注 エーグルを起点とするTPC 3線の車両の整備拠点は現在、シャンペリー線沿いに2001年に完成したアン・シャレー新車庫 Dépôt en Châlex に置かれている。

レザン線は1900年11月にレザン・フェデー Leysin-Feydey まで開通したが、CFF駅から約1km続くこの路面区間は、それに先立つ同年5月に開業していた。山手にあった保養施設、エーグル・グラントテル・デ・バン Aigle Grand Hôtel des Bains のための路面軌道(下注)で、車庫はレザン線と共用だった。

*注 エーグルCFF=エーグル・グラントテル路面軌道 Tramway Aigle CFF–Aigle Grand Hôtel。世界恐慌の影響で、1932年にグランド・オー橋南詰の分岐点からグラントテルの間は廃止、ホテルも1934年に閉鎖された。

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(左)オルモン通りのプラス・デュ・マルシェ Place-du-Marché 停留所
(右)道端にある待合所
 

つまり、デポ駅を境にして、エーグル方面はトラムが走る路面軌道、レザン方面はラック機関車が押す登山鉄道と性格が明確に分かれていたのだ。全線を直通するのは、動力を持たない客車だけだった。ラック区間に投入された電気機関車 He 2/2 は、機構的に粘着式区間(ラックレールのない区間)を走れなかったので、CFF駅からデポ駅まではトラムが客車を牽引し、そこでラック機関車に引き継いでいた。この付替えを効率よく行うために、デポ駅はスイッチバック構造で設計された。

1946年にラック・粘着式併用電車 BDeh 2/4+Bt が導入されて、面倒な作業は過去のものになったが、駅の構造はもとのままで、今でもここで電車の進行方向が変わる。エーグル発レザン行きは初め電動車が先頭だが、ここからはラック鉄道の定石どおり、電動車が後尾(坂下側)になる。

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エーグル・デポ(車庫)駅
3両編成は車庫にお尻を突っ込んで折り返す
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(左)ラック区間は楔形ホームの前から始まる
(右)デポ駅の待合所
 

さて、デポ駅を後にすると、電車の前にのけぞるような急坂が現れる。最大230‰、水平距離1kmに対して垂直距離230mという途方もない勾配だ。ラック・アンド・ピニオン方式の威力でぐいぐい上っていくと、眼下に広がるブドウ畑の中に、エーグル城のそばで蛇行するディアブルレ線の線路が見えてきた。あちらは粘着式なので、いくら線路を引き回しても稼げる高度は知れている。

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デポ駅直後の急坂
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ブドウ畑の斜面で見る見る高度を上げる
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車窓から見るエーグル城とブドウ畑
画面下方にディアブルレ線も
 

ポン・ド・ドラペル Pont-de-Drapel 停留所あたりから車窓が針葉樹に覆われていき、電車は深い森の中で孤独な旅を続ける。レナ Rennaz 停留所は全線のおよそ中間に当たり、上下列車が行違う。定時運行ではエーグル行きの列車が先着して待つので、レザン行きは乗降客がない限り、通過扱いだ。

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(左)レナ停留所での列車交換
(右)斜面は針葉樹林帯
 

車庫駅を出て10分ほど経ったころ、再び視界が開け、周りに民家も見え始めた。レザン・ヴィラージュ Leysin-Village 駅に停車する。ヴィラージュは村のことで、レザンの中心地区への最寄り駅だ(下注)。ラックレールは途切れることなく、ホームにもきつい傾斜がついている。

*注 距離的には次のヴェルモン Versmont の方が近いが、高低差がある。

この後は複線区間で、左にカーブしながら長さ128mのレザン高架橋 Viaduc de Leysin を上っていく。レザン線の撮影名所なので、帰りに立ち寄ったが、急斜面を這い上がる石積みアーチの曲線が美しい。背景も雄大で、はるか下にローヌ川が流れる谷が見え、遠方にはダン・デュ・ミディ Dents du Midi やダン・デュ・モルクル Dents du Morcles の、残雪を戴く岩峰群がそそり立つ。

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急勾配のレザン高架橋を上る
 

ヴェルモン Versmont 停留所に停車。1両分の長さしかないホームは階段になっていて、もはやケーブルカーのようだ。しかし急勾配は、次の道路橋をくぐったところで落ち着き、電車は、レザン・フェデー Leysin-Feydey 駅のホームに滑り込む。ここは1900年開業時の終点で、今も実質的なターミナルだ。保養地の玄関口にふさわしい瀟洒なデザインの駅舎が建ち、駅前には、ロープウェー乗り場やル・セペー Le Sépey へ行く路線バスが来る。

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(左)ヴェルモン停留所
(右)短いホームは階段状
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瀟洒なレザン・フェデー駅舎
 

レザン線は当初、1892年に建てられたレザン・グラントテル Leysin Grand Hôtel への交通手段として造られた。グラントテル(グランドホテルのフランス語読み)といっても、現代人が名称から想像するような観光宿泊施設とは異なり、長期滞在型の療養施設だ。

当時、空気が澄んで陽光の降り注ぐ土地は、結核のような難病を患う人にとって治療に最適の環境と考えられていた。レザンは標高1300~1500mの隔離された高原にあり、南向き斜面のため日当たりも良好だ。その村で、これはサナトリウムと宿泊所を兼ねた大規模療養施設の最初のものだった。旧版地形図(下図参照)には、村の中心部から離れた山手に鉄道駅が、さらにその上部に Hôtel と注記のあるグラントテルの建物が描かれている。

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往時のレザン・グラントテル(1890年ごろ)
Retrieved from the Library of Congress, USA. https://www.loc.gov/item/2001703131/
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レザン周辺の1:25000地形図
(左)1896年(右)2020年
左図では村から離れた高台に駅とグラントテルがある
© 2025 swisstopo
 

鉄道によるアクセスの改善は、レザンをたちまち人気の保養地にし、同様の療養施設が次々に建てられた。1915年にレザン線は、グラントテルの直近まで延伸される。これが現在の終点レザン・グラントテルだ。本来、標高1900mのアイ湖 Lac d'Aï まで上る登山鉄道計画の一部だったが、第一次世界大戦と重なり、実現することはなかった。

フェデー駅からグラントテル駅まではわずか300mで、しかもほぼトンネルだ。すでにフェデーで車内の客は全員降りてしまい、残っているのは私一人だった。陸屋根に覆われた薄暗いフェデー駅のホームを後にすると、電車は単線トンネルに吸い込まれる。内部で左に180度転回し、闇を抜けきらないうちに、早くもブレーキがかかった。

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(左)レザン・フェデーで車内は空っぽに
(右)レザン・フェデー駅のホーム
 

終点駅のホームは、半分トンネルの中だった。標高は1451m。エーグル駅前の標高が404mなので、乗車していた30分ほどの間に、実に1047mもの高度差を克服したことになる。降りてみると、電車はトンネルの出口から顔だけ出して、眩しそうに日光を浴びている。折返しの発車は28分後だ。電車のモーター音が静まると、周りの森から涼しげな鳥のさえずりが聞こえてきた。

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レザン・グラントテル駅
(左)出口から顔だけ出して停まった電車
(右)ホームの半分はトンネル内
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ラックレールの終端
 

第二次世界大戦後、抗生物質による治療法の普及で、結核の療養施設は役目を終えた。その後、建物は高級ホテルや研修施設へ用途を変えていく。グラントテルも今は有名なインターナショナルスクール、レザンアメリカンスクール Leysin American School (LAS) のキャンパスとして活用されている。

学校は終点駅から歩いてすぐの立地だが、そもそも全寮制なので、ふだんの通学需要はない。フェデーからの最終区間はほとんど回送列車の状況だ。また、鉄道がもともと村から離れた場所に通されたので、観光需要のある中心部や、標高2045mのベルヌーズ峰 Berneuse に上るロープウェーの乗り場にも距離がある。そこで、さらなる利用促進策として、鉄道を経路変更する計画が動き出している。

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高架橋の名物風景も見納めか…
 

それは、レザン・ヴィラージュ駅で東に分岐する1.3kmのトンネルで、村の中心部を経由し、ロープウェーの乗り場前まで行く新線だ。前者にはレザン・サントル(中央)Leysin-Centre、後者にはレザン・テレキャビン Leysin-Télécabine の2駅が設置される。実現すれば、現路線のヴィラージュ~グラントテル間は廃止となり、代替として、ヴィラージュ~ヴェルモン間とサントル新駅~フェデー間に、スロープカーのような軽量交通機関が整備されるという。

計画はすでに連邦政府の承認を得ていて、公式サイトによると、2026年に着工され、2033年には完成の予定だ。眺めの良いレザン高架橋はスロープカーのルートとして残されるようだが、ラック電車が上っていくあの名物風景は、あと数年で見納めかもしれない。

次回は、エーグル=セペー=ディアブルレ線を訪ねる。

■参考サイト
シャブレー公共交通 https://tpc.ch/
レザン365(新線計画) https://www.leysin365.ch/

★本ブログ内の関連記事
 スイスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編 II

 シャブレーの鉄道群-エーグル=セペー=ディアブルレ線
 シャブレーの鉄道群-エーグル=オロン=モンテー=シャンペリー線
 シャブレーの鉄道群-ベー=ヴィラール=ブルテー線
 ヴェルティックアルプ・エモッソン(エモッソン湖観光鉄道)

2025年7月15日 (火)

ブロネー=シャンビー保存鉄道-1m軌のミュージアム

ブロネー=シャンビー保存鉄道 Chemin de fer-musée Bloney-Chamby (BC)

ブロネー Blonay BC~シャンビー Chamby 間2.95km
1000mm軌間、直流900V電化、最急勾配50‰
1902年開通、1966年休止、1968年保存鉄道開業

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シャンビーへの坂道を行くマレー式機関車105号機

スイス西部、レマン湖 Lac Léman を望む高台を走るブロネー=シャンビー保存鉄道 Chemin de fer-musée Bloney-Chamby は、同国の保存鉄道の中でも傑出した存在だ。開業から半世紀を超える歴史の長さもさることながら、国内や近隣諸国で引退したメーターゲージの鉄道車両を積極的に収集し、その数は80両にも達する(下注)。

*注 2025年現在、公式HPに掲載されている車両の数は、蒸気機関車11両、電気機関車5両、電動車15両、客車25両、貨車14両、その他10両。

これらは、終点近くのショーラン・シャンビー Chaulin-Chamby にある車両基地に収容され、動態機はシーズンの主として週末に、保存鉄道の専用線となっているブロネー Blonay ~シャンビー Chamby 間、約3kmのルートで公開運行される。シャンビーで折り返した後、列車が向かうショーラン車両基地での楽しみは、鉄道が誇る広範な車両コレクションの自由見学だ。

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MOBの旧車BCFe 4/4 11号

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保存鉄道の起点ブロネー駅は、レマン湖畔のヴヴェー Vevey から電車で16分、終点シャンビーは同じく湖畔のモントルー Montreux から15分だ。こうした両端でのアクセスの良さも、保存鉄道の人気を高めている要因の一つだろう。

このうちブロネーでの接続路線は、もとヴヴェー電気鉄道 Chemin de fer électriques Veveysans (CEV) と称し、2001年以降は、地方公共交通事業の再編により設立されたモントルー=ヴヴェー=リヴィエラ交通 Transports Montreux-Vevey-Riviera (MVR) の一路線になっている。

今では、背後にそびえるレ・プレイアード Les Pléiades の山上へ行く登山鉄道として知られているが、実は1902年に開業したときの終点はシャンビーで、50‰の急勾配ながら全線粘着運転の路線だった。シャンビーでは、1年前に開業したばかりのモントルー=オーベルラン・ベルノワ鉄道 Chemin de fer Montreux Oberland Bernois(MOB、下注)に接続した。ちなみに、ブロネー~レ・プレイアード間は、後の1911年にラック式で開業した支線だ。

*注 ドイツ語読みでは、モントルー=ベルナー・オーバーラント鉄道 Montreux-Berner Oberland-Bahn。近年は観光ルート、ゴールデンパス・ライン GoldenPass Line の西半区間として知られる。

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ヴヴェー電気鉄道を走る粘着・ラック式併用電車ABeh 2/6
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ブロネー=シャンビー保存鉄道周辺の路線網
 

しかし、残念ながらブロネー~シャンビー間は旅客需要が乏しく、1966年に運行が休止されてしまう。そこで、短距離だが景観の魅力に富むこのルートを保存活用しようと、その年のうちに観光鉄道創設のための協会組織が立ち上げられた。

車両の取得と線路の改修、会社設立、運行認可申請と作業は順調に進み、2年後の1968年7月20日に待望の開業式を迎える。スイスで初めての本格的な保存鉄道だった。こうした経緯から、ブロネー~シャンビー間の線路施設は今なお、ヴヴェー電気鉄道を引き継いだモントルー=ヴヴェー=リヴィエラ交通の所有で、保存鉄道会社は路線上の旅客輸送事業者という位置づけだ。

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シャンビー駅のジュネーヴ市電151号(1976年)
Photo by Alain GAVILLET at wikimedia. License: CC BY 2.0
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ブロネー=シャンビー保存鉄道周辺の地形図に鉄道のルートを加筆
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

2024年6月のスイス滞在中にこの保存鉄道を訪れる機会があった。先にヴヴェー電気鉄道の本線をレ・プレイアードの山上まで全線乗ってから、復路のブロネーで下車する。駅には3本の簡素な発着番線と平屋の駅舎があるが、保存鉄道はその南側に、1番線から派生した独自の乗り場と切妻屋根の小さな木造駅舎を構えている。まずは出札口へ行き、往復と言って切符を買った。渡されたのは博物館入館込みの一日乗車券 carte journalière で、24スイスフラン。

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(左)一日乗車券
(右)ブロネー駅構内、左手前が保存鉄道の乗り場
 

運行日は5月から10月の間、主として週末の2日間だが、1日あたり8往復の設定があり(下注)、旅程は組みやすい。ただし、蒸気機関車が登場するのは、土曜3往復、日曜4往復のみで、他の便は電車か電気機関車が牽引する列車だ(2024年現在)。

*注 月の最終日曜は10往復走るが、蒸気機関車はそのうち3往復。

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(左)本線駅舎
(右)1955年までブロネーに来ていた路面軌道の記念壁画
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保存鉄道の小さな駅舎
 

ホームには、次の11時10分発が停車中だった。前に立つ電動車は、MOB(モントルー=オーベルラン・ベルノワ鉄道)の初期の旧車で、1914年製のBCFe 4/4 11号。後ろに、ルガーノ Lugano 近郊を走っていたというオープン客車「ジャルディニエラ Giardiniera」を従えている。

先刻レ・プレイアードに上る途中でこの駅を通ったとき、1本前の10時10分発を目撃したのだが、列車はこれとは違い、旧ベルン市電 Stadtische Strassenbahnen Bern の1914年製トラムCe 2/2 52号だった。おおむね1時間間隔の運行で、午後は蒸機も出るので、運用上、電車は1編成あれば十分なはずだが、豊富に擁する控え投手を次々に登板させているようだ。

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(左)MOBの旧車11号
(右)後ろにつく「ジャルディニエラ」(ショーラン博物館で撮影)
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(左)MOB旧車11号の車内
(右)同型車の絵葉書が額装されていた
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鮮やかな緑をまとう旧ベルン市電52号
 

急ぐ旅でもないのでこの便は撮影用に見送り、次の12時10分発でブロネーへ向かうことにした。ホームで待ち構えていると、やってきたのはオフホワイトとブルーのツートン電車で28のナンバーをつけている。旧 ローザンヌ市電 Tramways Lausannois の1913年製Ce 2/3 28号だ。車内には、1人掛けと2人掛けの背もたれ転換式シートが7列並ぶ。客は10人足らずなので、余裕で座れた。

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旧 ローザンヌ市電28号
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(左)ブロネー駅で折り返しを待つ
(右)座席は背もたれ転換シート
 

発車するとすぐに50‰の急な坂道で、レ・プレイアードの登山道路と交差し、斜面に広がる住宅街をくねくねと抜けていく。右手下方にはレマン湖の湖面がちらちらと覗くが、朝から空は曇り、湿度も高めで、遠景にはもやがかかっている。シャントメルル Chantemerle の旧停留所を過ぎると住宅街はまもなく尽きて、線路は深い谷間に入っていく。

右へ左へいくつかカーブをこなした後、行く手に、車窓のハイライトとして有名なベー・ド・クラランス高架橋 Viaduc de la Baye de Clarens が見えてきた。同名の谷川に架かる長さ80mの石造アーチ橋だが、対岸へ大きく右カーブしていて、蒸気列車なら先頭の機関車を視界に捉えることができる絶好の撮影ポイントだ(下注)。

*注 高架橋のたもとへアクセスできる登山道などはないため、地上での撮影は難しい。

しかし、訪れたときは、地盤の不安定化で危険になった一部の橋脚をPC造に置き換えるという大規模工事のさなかだった。高架橋全体が足場ですっぽり覆われていて、電車は仮設の橋桁の上を最徐行で通過した。

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ベー・ド・クラランス高架橋は工事中
対岸の橋脚はPC造に置換えられる
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工事前のベー・ド・クラランス高架橋(2016年)
Photo by Allmendstrasse at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

橋を後にし、反転カーブで長さ45mの短いコルノートンネル Tunnel de Cornaux をくぐり抜けると、列車は湖面を見下ろす広い牧草地の斜面に顔を出す。少しの間だが、スイスのリヴィエラ(下注)と称えられる美しい湖岸を眺めながら行く絶景区間だ。コルノー Cornaux の旧停留所を通過。車窓が再び森に覆われると、左車窓に車両基地への引込線が降りてきた。しかし往路はここで停車せず、引き続きシャンビー駅のホームまで上っていく。

*注 スイス国内では、州名を冠してリヴィエラ・ヴォードワーズ Riviera vaudoise(ヴォーのリヴィエラの意)と呼ばれる。

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レマン湖を眺める絶景区間
 

シャンビーは、見晴らしのいい急斜面にへばりつくように設けられたMOB(モントルー=オーベルラン・ベルノワ鉄道)の中間駅だ。ブロネー駅と同様、MOBの駅舎の横に、物置小屋と間違えそうな保存鉄道の小さな駅舎がある。

高架橋の徐行で時間が押していたのか、到着したのは12時23分ごろで、すぐに運転士が反対側の運転席に移動してきた。ホームに降りて写真の1枚でも撮ろうと様子を窺っていたのだが、結局、腰を上げるタイミングがなかった。

定刻の12時26分になり、再び発車。今来た道を戻り、先ほどの分岐点で車両基地側へ進路を変える。給炭作業中の蒸機を横に見ながらヤードに進入し、12時30分、車庫の前のささやかなホームがある位置で停車した。ここまでが往路だ。

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シャンビー駅
(左)地方様式のMOB駅舎(右)保存鉄道駅舎
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本線と車両基地との分岐点
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(左)車両基地にゆっくり進入
(右)ささやかなホームの前で停車
 

森に囲まれた保存鉄道の拠点は、自社の時刻表上でショーラン・ミュゼー(ショーラン博物館)Chaulin-Musée と案内されている(下注)。正面に見える5線収容の堂々たる車庫は1973年の建築だが、増え続ける車両で満杯になり、向かい側に1993年、3線収容でより奥行きのある第2車庫が完成した。それでも入りきらない貨車などがヤードの側線を埋めている。

*注 ただし、SBB公式時刻表(時刻表番号115、116)には、シャンビー・ミュゼー Chamby-Musée と記載されているので注意。

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(左)ビュッフェ併設の旅客駅舎
(右)野外テラスも盛況
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5線収容の第1車庫
 

両車庫とも見学は自由で、最終列車の発車まで時間制限もない。第1車庫に入ると、かつてフルカ峠を越えた旧 ブリーク=フルカ=ディゼンティス鉄道 Brig-Furka-Disentis Bahn (BFD) の3号機がまず目に入る。他にも、スイス最初の狭軌線だったローザンヌ=エシャラン=ベルシェ鉄道 Chemin de fer Lausanne-Échallens-Bercher (LEB) の1890年製5号機や、イタリア、フェラーラ Ferrara の近郊を走っていた路面蒸機2号機など、貴重な蒸気機関車が集結している。ブロネーで10時台に目撃したベルン市電と、11時台のMOB電車もここで休んでいた。

機関室や客車の内部にも入れるので、外見だけでなく、美しく整備された機器や内装をじっくり観察できるのがうれしい。

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(左)美しく磨かれたBFDの3号機
(右)銘板
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(左)ローザンヌ=エシャラン=ベルシェ鉄道5号機
(右)フェラーラの路面蒸機2号機
 

一方の第2車庫には、電車の旧車が多く格納されている。ラック線だったロイク=ロイカーバート鉄道 Leuk-Leukerbad-Bahn (LLB) が1967年に廃止になったとき、いち早く車両の取得に動いたのがブロネー=シャンビーで、その電動車10号と付随車22号がここにいた。レーティッシュ鉄道 Rhätische Bahn (RhB) のベルニナ線を走ったサロン・バーカー2号車も、豪華な内装がみごとに復元されている。

敷地内には、駅舎内のビュッフェや野外テラスが設置されていて、疲れたらそこで休めばいいと思っていたが、車庫2棟を一巡し、本線に出ていく列車を撮ったりしていたら、いつのまにか帰りのブロネー行き蒸気列車の発車時刻が迫っていた。

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3線収容の第2車庫
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ロイク=ロイカーバート鉄道の遺品
(左)ロイク駅ホームの案内板 (右)電動車10号
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(左)ベルニナ線のサロン・バーカー2号車
(右)気品漂う車内
 

列車を率いるのは、旧 南ドイツ鉄道会社 Süddeutsche Eisenbahn Gesellschaft のマレー式G 2×2/2 105号機だ。1967年に廃止されたシュヴァルツヴァルトのツェル=トットナウ線 Bahnstrecke Zell-Todtnau で走っていたもので、ブロネー=シャンビーに到来した最初の蒸気機関車になる。ブロネー方面へは下り坂なので、逆機(バック)運転だ。

後ろには、ベルナー・オーバーラント鉄道 Berner-Oberland-Bahn (BOB) のオープン客車と、この路線のオリジナル車である赤色塗装の1902年製ヴヴェー電気鉄道21号客車がついている。

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南ドイツ鉄道105号機、動輪2軸2対のマレー式蒸機
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ブロネーへ向かう蒸気列車
(ショーラン博物館13時40分発を撮影)
 

15時00分に発車。復路はシャンビーには立ち寄らない。分岐点のポイントまで引込線をゆっくり後退した後、進行方向を変えて本線を滑るように下っていく。トンネルを抜け、高架橋を渡り、約15分で起点のブロネーに到着した。

列車は手早く機回しを終えて、10分後の15時25分には再びシャンビーに向けて戻る。近くの踏切から、坂道を力行していく頼もしい後ろ姿を見送って、今回の保存鉄道訪問は無事終了した。

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シャンビーへ向け力行する105号機
 

■参考サイト
ブロネー=シャンビー保存鉄道(公式サイト) https://blonay-chamby.ch/

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 スイスの保存鉄道・観光鉄道リスト-北部編

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 フルカ山岳蒸気鉄道 II-復興の道のり
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 チュルヒャー・オーバーラント蒸気鉄道
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