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2025年6月 1日 (日)

チューリッヒ保存鉄道-ジールタール線の懐古列車

チューリッヒ保存鉄道 Zürcher Museums-Bahn (ZMB)

チューリッヒ・ヴィーディコン Zürich Wiedikon ~ジールブルック Sihlbrugg 間 17.3km
軌間1435mm、交流15kV 16.7Hz電化
1892年ジールタール線 Sihltalbahn 開通、1996年保存運行開業

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チューリッヒ・ヴィーディコン駅で出発を待つ蒸気列車

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前回記したチュルヒャー・オーバーラント蒸気鉄道と並んで、チューリッヒ Zürich 近郊で蒸気機関車の走る姿を捉えられる路線がもう一つある。旧市街の西側を流れるジール川の谷(ジールタール Sihltal)を遡っていくジールタール線 Sihltalbahn だ。4月から10月の最終日曜日に、Sバーン(近郊列車)の合間を縫ってチューリッヒ保存鉄道 Zürcher Museums-Bahn (ZMB) の列車が定期運行される。一般旅客輸送が行われている標準軌の路線網でこうした光景が見られるのは、スイスではここだけだ。

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ジールタール鉄道125周年(2017年)のテーブルパネル
(Sバーン車内で撮影)
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チューリッヒ中央駅、ヴィーディコン駅周辺の路線図
赤が保存鉄道のルート、駅名のZHはチューリッヒ Zürich の略
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

チューリッヒ中央駅 Zürich HB の地下深い21番ホームが、ジールタール線S4系統の乗り場になる。島式ホームの反対側には、チューリッヒの西を限る山、ユトリベルク Uetliberg へ上るS10系統の電車が並ぶ。どちらもジールタール=チューリッヒ=ユトリベルク鉄道 Sihltal-Zürich-Uetliberg-Bahn(SZU、下注)の運行で、この21・22番ホームは、他のSバーン系統とは分離されたSZUの専用になっている。

*注 もとはそれぞれジールタール鉄道 Sihltalbahn (SiTB)、チューリッヒ=ユトリベルク鉄道 Bahngesellschaft Zürich–Uetliberg (BZUe) という別会社だったが、1973年に合併。

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チューリッヒ中央駅のSZU発着ホーム
 

SZUのターミナルは長い間、中央駅から1km南のジール川沿いにあったゼルナウ Selnau という地上駅だった。しかし、1990年に中央駅の地下まで延伸され、同時にSバーンのネットワークに組み込まれた。

ちなみに、ジールタール線の電化方式は、最初からスイス連邦鉄道(SBB)と同じ交流15kV 16.7Hzだ。SBBとの間で貨物列車の乗入れがあるためだが、一方のユトリベルク線はごく最近まで直流1200Vだった。1922年に電化された際、直流600Vのチューリッヒ市電と直通させる計画があったからだと言われる。

両線が線路を共有する中央駅~ギースヒューベル Giesshübel 間では、架線が並行して2本張られていた。正位置の交流架線に対して、直流架線は横に130cmずらしてあり、車両のパンタグラフもそれに合わせた仕様になっていた。2022年のユトリベルク線交流化により変則方式が解消されたため、今はもうこの珍しい光景を見ることはできない。

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ユトリベルク線の片寄せされた架線とパンタグラフ
終点ユトリベルク駅にて(2015年)
Photo by Patrick Nouhailler at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

さて、S4系統は日曜日でも20分間隔で走っている。乗り込んだ電車は9時38分に、地下ホームを後にした。保存鉄道の拠点は、S4の終点であるジールヴァルト Sihlwald 駅だ。しかし現在、S4電車の多くが一つ手前のラングナウ・ガティコン Langnau-Gattikon で折り返すため、最後の一駅間は1時間に1本しか走らない閑散区間だ(下注)。しかも私が訪れた期間は、ジール川の排水路工事のため、この区間の旅客列車が全面運休で、バス代行になっていた。

*注 ラングナウ・ガティコン以南にはほとんど集落がないため、そもそも利用者が少ない。

10時ちょうどにラングナウ・ガティコンに着いた。駅前に出て、停車しているバスの行先表示を確認して乗り込む。他に一人乗ってきただけで、まもなく発車。谷の中の一本道を5分ほど走ると、もうジールヴァルト駅前だった。

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ラングナウ・ガティコン駅で代行バスに乗換えて
ジールヴァルト駅へ
 

小ぢんまりした駅舎の前のホームには、早くも列車が据え付けられていた。保存列車は1日2往復で、第1便は11時10分発だ。まだ1時間近くあるが、とりあえず切符を買っておこうと、駅舎の事務室に入る。まず聞かれたのは「スペシャルトレインですが、いいですか?」。Sバーンと間違えて買おうとする客がいるのかもしれない。「OKです。ヴィーディコンまで片道」と答える。スタッフ氏は大きくうなずいて、箱から片道切符を出してくれた。14スイスフラン。

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(左)ジールヴァルト駅舎
(右)列車はすでにホームに
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(左)片道乗車券
(右)保存鉄道のロゴマーク
 

列車は往路、今乗ってきたS4系統のルートを逆にたどるが、チューリッヒ中央駅には行かず、市内のギースヒューベルで貨物線に分岐して、SBBチューリッヒ湖左岸線 linksufrige Seebahn のヴィーディコン Wiedikon 駅に着く。復路では、ジールヴァルトを通過して、さらに南のSBBタールヴィール=ツーク線 Bahnstrecke Thalwil–Zug、ジールブルック Sihlbrugg 旧駅(下注)まで進む。そこで折り返してジールヴァルトに帰着する。

*注 ジールタール線のもとの終点で、SBB線との接続駅だが、2012年に廃駅となった。

Sバーンが走らない貨物線(ギースヒューベル~ヴィーディコン間)や運行廃止区間(ジールヴァルト~ジールブルック間、2006年廃止)も通るから、乗り鉄にとっては貴重なコースだ。所要時間は往路35分、復路はジールブルック折返しを含め75分かかる。後述するとおり復路のほうがメインなのだが、午後、私はヌーシャテル Neuchâtel まで行って保存トラムに乗る予定を立てているので、時間が足りない。

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チューリッヒ近郊の地形図に保存鉄道ルートを加筆
赤字の駅名が保存列車の停車駅
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

切符を手にしてホームに出ると、左手にある機関庫から小型の蒸気機関車が出てくるところだった。車輪配置0-6-0のタンク機関車E 3/3 5号機「シュナーギ・シャーギ Schnaaggi-Schaaggi」だ。不思議な響きの名前は、スイスドイツ語で「膝行する(膝をついて進む)ヤコブ」を意味するという(下注)。

*注「膝行する(シュナーゲン Schnaaggen)」は、走る蒸機の形容。「シャーギ Schaaggi」は一般的な人名で、フランス語のジャック Jacques が転訛したもの。

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車庫から出てきたタンク機関車「シュナーギ・シャーギ」
 

125周年のヘッドマークを飾ったこの機関車は、1899年のヴィンタートゥールSLM社製だ(下注)。最初からジールタール線が本拠で、路線電化後もヤードで入換作業に従事していた。1962年に引退してからはしばらく、鉄道会社が企画する特別列車を牽いていたが、ボイラー改修が必要となり、車庫の隅に放置される日々が続いた。

*注 同型機は7両在籍していたが、5号機以外はすべて廃車となった。

チューリッヒ保存鉄道設立のきっかけは、改修の資金がなく廃車の危機に瀕していたこの蒸機の救出だった。そこから、ジールタール線生え抜きの車両を収集・保存するという組織の目的が設定された。当の蒸機は1997年に無事改修を終え、再び列車を牽くようになった。

さて、車庫を出た「シュナーギ・シャーギ」はバックで2番線に入り、さらに上流で転線して、1番線にいる列車の後ろに連結された。往路の進行方向とは反対側だが、そうなるのには理由がある。実は、終点ヴィーディコン駅には機回し線がない。そのため列車はプッシュプル方式で運行され、往路では電動車が前に立つのだ。蒸機はもっぱら復路を率い、行きは付随車同然だ。

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125歳を祝うヘッドマークをつける
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(左)動輪3軸の小型機
(右)側面にSLM社の銘板
 

懐古列車の編成は前から電動車、古典客車3両、食堂車、荷物車、最後に蒸機の順だ。往路の主役となる電動車FCe 2/4 84号も1924年製の古典機で、ジールタール線電化の際に、蒸気機関車を置き換えるために導入された歴史的車両だという。

代行バスで着いたときにはまだ駅は閑散としていたが、発車時刻が近づくにつれ、どこからともなく客が集まってきた。車内もそこそこの乗車率だ。車掌が呼子笛を鳴らし、列車は定時に出発した。

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往路を牽く電動車FCe 2/4 84号
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(左)下げ込み窓の古典客車
(右)ベンチシートの車内
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(左)食堂車
(右)車内、営業はこれから
 

先頭が電車で、粉塵が飛び込んでくる気遣いがないので、遠慮なく窓を全開にした。線路はいったん主要道に沿うが、まもなくジール川を横断して右岸を進む。かつては川を渡らず、左岸に沿っていたが、主要道の拡幅用地を捻出するために1959年に移設された区間だ。長さ340mのガティコントンネル Gattikontunnel を抜けると再び川を渡って、もとの左岸に落ち着く。

5分ほど走って、先ほど代行バスに乗り継いだラングナウ・ガティコンに停車した。車掌がホームに降りるが、当然ながら乗降客はいない。ここからは郊外の住宅地で、およそ1km間隔で駅か停留所があるのだが、保存列車はそのほとんどを通過していく。単線区間なので、停車駅の一つライムバッハ Leimbach では、Sバーン列車と行違った。

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ジールヴァルト駅を発車(後方を撮影)
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(左)ラングナウ・ガティコン駅に入る
(右)ライムバッハ駅でSバーン列車と交換
 

通過駅でもホームで電車待ちしている人が、この列車を見てスマホを向けたり、手を振ってくれたりする。古めかしい車両が目を引くのだろうが、乗っている者としてはいささか晴れがましい。

ギースヒューベルでポイントをがたがたと渡って、いよいよ貨物線へ進入した。高架道路の橋脚に挟まれるようにして地下へ潜り、長さ520mのマネッセトンネル Manessetunnel をゆっくり通り抜けると、目の前がチューリッヒ・ヴィーディコン駅のホームだった。

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(左)側線が並ぶギースヒューベル駅構内
(右)マネッセトンネルで左岸線と並走(後方を撮影)
 

駅はドイツ語でいうライターバーンホーフ Reiterbahnhof(下注)で、掘割の底に片面ホームの1番線と島式ホームの2・3番線が並んでいる。1番と2番はチューリッヒ湖左岸線のSバーン列車が発着し、3番線がジールタール線につながる貨物線だ。この付近の線路はもともと地上を走っていたが、都市化が進んだため、1927年に現在見るような形に移設された。

*注 Reiter は騎士、Bahnhof は駅。掘割の底にあるホームと線路を地上駅舎が跨ぐさまを、馬にまたがる騎士に見立てたもの。

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ヴィーディコン駅に到着
 

ホームでは、何組もの家族連れがこの列車を待っていた。月に一度のイベントなので、けっこう人気があるようだ。停車時間は15分。機回し作業がないとはいえ、蒸機では、スタッフが機器の調整や石炭の追加投入に忙しい。2番線にSバーンのダブルデッカー車が入ってきた。同じ標準軌の車両とはいえ、大きさの差は歴然としている。

そうこうしているうちに、定刻の12時になった。車掌の笛に、機関士が汽笛で応じる。それを合図に「シュナーギ・シャーギ」率いる懐古列車は、再びホームを離れ、もと来たトンネルへと姿を消した。

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Sバーンのダブルデッカーと並ぶ
 

■参考サイト
チューリッヒ保存鉄道(公式サイト) https://www.museumsbahn.ch/

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