リトライユ(ヌーシャテル路面軌道)
リトライユ(ヌーシャテル路面軌道)Littorail (Tramway de Neuchâtel)
プラース・ピュリー(ピュリー広場)Place Pury ~ブードリー Boudry 間 8.82km
軌間1000mm、直流600V電化
1892年開通、1902年電化
![]() リトライユの旧型編成「ル・ブリション」 テュイリエール Tuilière 付近にて |
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スイス第3の広さをもつヌーシャテル湖 Lac de Neuchâtel(下注)のほとりに、その名を与えた町がある。丘の上に築かれた中世の城を仰ぐ旧市街が湖岸まで広がっている。リトライユ Littorail ことヌーシャテル路面軌道 Tramway de Neuchâtel は、湖岸にほど近いピュリー広場 Place Pury が起点だ。
電車はそこから湖に沿って西へ進み、ワインの里として人気があるブードリー Boudry の町まで行く。延長8.9km、全線専用軌道で、たゆたう湖面と緑の沃野を眺めながら19分、ささやかな郊外旅行だ。
*注 ヌーシャテル湖は面積218平方km(琵琶湖の1/3、霞ヶ浦の1.3倍)で、スイスではレマン湖 Lac Léman、ボーデン湖 Bodensee に次ぐが、湖面がすべてスイス領内にある湖としては最大。
![]() 湖畔公園エスプラナード・デュ・モンブラン |
![]() ヌーシャテル近郊の地形図にリトライユのルートを加筆 Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
路面軌道は、ヌーシャテル州の公共交通網を運営するヌーシャテル公共交通 Transports Publics Neuchâtelois SA (transN) の一路線になっている。1892年に蒸気路面軌道として開業し、当時は坂の上にあるSBB(スイス連邦鉄道、下注)のヌーシャテル駅まで、リッゲンバッハ式ラックレールで軌道が続いていた。
*注 正確にはジュラ=シンプロン鉄道 Chemins de fer Jura-Simplon (JS)。1903年からSBB。
1897年以降電化が進められ、ラックレールも姿を消す。最盛期、市内外には延長27km、6つの系統を擁する路面電車ネットワークが存在したが、1976年までに次々とトロリーバスに置き換えられてしまい、唯一残ったのが旧 5系統の現行区間だ。
![]() 路面電車を転換したトロリーバス ピュリー広場停留所にて |
2023年からR15系統を名乗るが、それよりも「リトライユ Littorail」の愛称のほうが浸透しているだろう。これは1981年に新車投入で路線が刷新された際のネーミングで、フランス語の Littoral(リトラル、沿岸地帯の意)と Rail(ライユ、鉄道の意)を組み合わせた造語だ。
現在、リトライユの通常運行を担う車両は、2019年に就役したシュタッドラー製のBe 4/8形だ。もとザンクト・ガレン St. Gallen 近郊で使われていた部分低床、3車体連節車で、バリアフリー化を達成するために、アッペンツェル鉄道 Appenzeller Bahnen から5編成を譲り受けた(下注)。中古といっても2004年と2008年製なので、経年感はほとんどない。
*注 譲渡の経緯については「アッペンツェルの鉄道群-トローゲン鉄道」参照。
![]() (左)現行車両Be 4/8形 (右)部分低床、3車体連接車 |
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前回記したチューリッヒの蒸気列車体験を端折ってまでヌーシャテルに駆け付けたのは、この日、リトライユで旧型編成による特別運行があるからだ。130年を超える歴史をもつ軌道では、時代に応じてさまざまな形式車が現れては退いた。その一部が、1976年に設立されたヌーシャテル路面軌道友の会 Association Neuchâteloise des Amis du Tramway (ANAT) の手で保存されている。
友の会は、2014年に沿線に建てられた路面電車博物館 Musée du tram を管理していて、年に数日、その内部を公開するとともに、所有車両をリトライユ全線で走らせるイベントを実施している。
まずは現行のリトライユ車両に乗って、終点のブードリーへ行くことにしよう。起点駅ピュリー広場(下注)は、同名の広場から大通りを隔てて筋向いの湖畔公園、エスプラナード・デュ・モンブラン Esplanade du Mont Blanc の一角にある。よく晴れた日なら湖面越しに、130km離れたアルプスの高峰モン・ブランが遠望できるという場所だが、今日はあいにく雲が多めだ。
*注 正式駅名はヌーシャテル・プラース・ピュリー・リトライユ Neuchâtel Place Pury Littorail。他の駅・停留所も、所在する自治体名が冠され、SBB線の同名駅と区別するために末尾に「リトライユ」が付くものがあるが、本稿では省略する。
![]() 頭端式のピュリー広場駅(2009年) Photo by Roehrensee at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
遊歩道に直結した開放的な乗り場は、1988年に終端ループが撤去され、2面2線の頭端式に改修された。公園側には屋根付きの大きな待合室が用意されていて、20分間隔で走る電車を待つ時間も苦にならない。
リトライユの軌道はしばらく湖岸に沿って続き、左手にはさざ波立つ水辺が広がる。しかし、のびやかな湖の眺めは1.2km先のシャン・ブージャン Champ-Bougin 停留所までで、その後は線路と湖の間に公園や商業地がはさまるようになる。1970年代までは中間駅のオーヴェルニエ Auvernier まで4km以上にわたって波打ち際を走る景勝路線だったのだが、湖岸の開発が進んで往時の景観はかなり失われた。
![]() (左)車窓に広がる湖面 (右)後半は麦畑も |
オーヴェルニエから線路は内陸に入る。高速道A5号線と絡みながら進み、森と野のゆったりした郊外風景が広がる。最後はジュラ山地から流れ出るアルーズ川 L'Areuse を少し遡って、終点ブードリーに着く。
この駅も2面2線の頭端式で、駅舎は滞泊用の車庫との併設だ。旧型車両はここが出発地で、午後に全線を3往復するダイヤになっている。すでに第1便が走行中で、今頃ピュリー広場で折り返してこちらに向かっているはずだ。
![]() 終盤はアルーズ川に沿う |
![]() 車庫兼駅舎のあるブードリー駅 |
第2便までにはまだ少し時間があるので、ブードリーの旧市街へ足を延ばした。段丘に上る坂道の途中に開けた町で、折り重なる家並みが描く緩やかな曲線が美しい。蜂蜜色の石材で積まれた町役場(オテル・ド・ヴィル Hôtel de ville)や教会も、その中にしっくり溶け込んでいる。地味な趣きながら、どこかに地中海的な明るさが感じられるのはフランス語圏ならではだ。
![]() 坂道に開けたブードリー旧市街 右手前は町役場、隣は改革派教会 |
旧型車両が来る頃合いを見計らって、駅に戻った。15時ごろ、駅の手前を跨いでいる国道の高架下にそれが姿を現した。色合いから地元産チーズの銘柄にちなんで「ル・ブリション Le Britchon」と称される電動車と付随車(トレーラー)の2両編成だ。
しかしすぐに駅には入ってこず、1・2番線の分岐ポイントで停車した。そこで電動車が切り離されて、単独で1番線に入線する。付随車は、と見ると、何とスタッフが2番線に手で押し込んでいる。それが片付くと、電動車が先刻のポイントまでバックして、2番線に転線。前後を逆転させた形で、再び付随車に連結された。
機回し線がないので、折返し運転にはこうした手順が必要となる。乗客にとっては興味深い儀式だが、一般運行の電車が不在の間に行うので、作業の許容時間は9分しかない。
![]() (左)分岐ポイントで停車 (右)電動車が単独で1番線に入線 |
![]() スタッフが付随車を押して2番線へ |
![]() (左)電動車も2番線に転線して連結 (右)出発準備完了 |
前に立つ電動車はBe 2/2 73号だ。1922年に自社工場で製造されたダブルルーフ、両運転台の2軸車で、トロリーバスに置き換えられる1970年代まで、市内線の主力機だった。客室は大窓で明るく、ロングシートのベンチが向かい合う。
一方、付随車の車歴はより古く、1897~98年製という。第二次世界大戦後に車体の改造を受けているため、客室は天井以外、Be 2/2とほぼ同じ仕様になっている。
![]() (左)電動車の車内 (右)付随車の車内も天井以外はほぼ同じ仕様 |
15時11分発の「ル・ブリション」第2便で、まずはレジル Les Isles へ行く。ブードリーの東1kmにある元 停留所で、旧型編成だけが臨時停車する(下注)。というのも、ここが路面電車博物館の最寄りだからだ。博物館と称しているが、実態は3線収容の保存車庫と作業室をもつ友の会の拠点で、保存運行日の14時から17時の間、内部が無料公開されている。
*注 一般運行の停留所だったが、2018年に廃止。
![]() (左)旧停留所レジルに臨時停車 (右)路面電車博物館 |
本線につながる屋外の線路に引き出されているのは、右が先代の編成で、電動車Be 4/4形504号と制御車だ。チューリッヒ市電2000系の亜種で、1981年に登場し、リトライユのシンボルとして路面軌道のイメージ刷新に貢献した。その隣は、先々代に当たる1902年製電動車Be 2/4形45号。大型のボギー車で、今乗ってきたBe 2/2が市内線用だったのに対して、こちらはBe 4/4の登場まで60年以上にわたってブードリー線の主役を務めていた。
庫内にはさらに同僚のBe 2/4形44号、1947年製市内線用ボギー車のBe 4/4 83号、クラシカルな装いの付随車、あるいは散水車601号など、貴重な車両が格納されている。側壁にも、銘板や行先指示標その他の貴重なコレクションが並ぶ。ガイドが付かない自由見学だが、車両に関する説明のパネルスタンドが置かれ、順路まで指示してあるので、それに従えば館内をくまなく回ることができる。
![]() 右が先代の電動車Be 4/4形、左が先々代のBe 2/4形 |
![]() 博物館内の車庫に格納された旧型車両群 |
![]() (左)路面軌道の資料展示 (右)市内線の行先表示板 |
博物館を辞した後は、川沿いの小道を歩いて、ブードリー駅に戻った。最後は「ル・ブリション」第3便に乗って、ヌーシャテル市内へ帰ろうと思う。
先ほどと同じ力仕事を伴う機回しを見学した後、付随車に乗り込んだ。16時31分に発車。この旧型編成、運賃は無料だが、その代わり、保存活動を継続するために自由意志での寄付を募っている。走行中にスタッフが何やら趣旨を唱えながら、募金箱を持って車内を回り始めた。乗客はみな快く2フランか5フランの硬貨を入れているので、私もそれに倣う。
![]() (左)スタッフが寄付を集めて回る (右)ヌーシャテル湖と再会 |
特別便のため、途中の駅・停留所はすべてリクエストストップ(乗降のある時だけ停車)扱いだ。木立に包まれたコロンビエ駅では下り電車と交換し、ポール・ド・セリエール Port-de-Serrières でも隣の線路に対向電車が入った。プロムナードの並木越しに再びヌーシャテル湖が見えてきて、もうすぐ終点というところで、手前のエヴォル Évole 車庫前に停車。一般運行の停留所とはいえ旧型は通過のはずだが、といぶかしんでいると、電動車が前方へ離れ、隣の線路をバックしていく。
![]() エヴォルでの機回し (左)電動車が前進して転線(前方を撮影) (右)バックの後、後部に付け直し(後方を撮影) |
それで気がついた。起点のピュリー広場もブードリーと同じ頭端線のため、機回しができない。それで待避線のあるエヴォルで、あらかじめ電動車を後部につけ直しておくのだ。電動車は付随車の後ろに再連結され、ゆっくりと推進運転を始めた。終点までほんの300mなので、まもなくホームに到着。乗客が満足げな面持ちで降りていく。
少し間を置いて、一般運行のBe 4/8形が隣の番線に入ってきた。復路ではこちらが先行し、旧型編成がそれを追う形になる。ブードリーでは見られなかった新旧揃う構図を写真に収めて、私も夕凪のピュリー広場駅を後にした。
![]() ピュリー広場に到着 |
![]() 新旧車両がホームに揃う |
■参考サイト
ヌーシャテル公共交通(公式サイト) https://www.transn.ch/
ヌーシャテル路面電車友の会 https://museedutram.ch/
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