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2025年6月

2025年6月 6日 (金)

リトライユ(ヌーシャテル路面軌道)

リトライユ(ヌーシャテル路面軌道)Littorail (Tramway de Neuchâtel)

プラース・ピュリー(ピュリー広場)Place Pury ~ブードリー Boudry 間 8.82km
軌間1000mm、直流600V電化
1892年開通、1902年電化

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リトライユの旧型編成「ル・ブリション」
テュイリエール Tuilière 付近にて

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スイス第3の広さをもつヌーシャテル湖 Lac de Neuchâtel(下注)のほとりに、その名を与えた町がある。丘の上に築かれた中世の城を仰ぐ旧市街が湖岸まで広がっている。リトライユ Littorail ことヌーシャテル路面軌道 Tramway de Neuchâtel は、湖岸にほど近いピュリー広場 Place Pury が起点だ。

電車はそこから湖に沿って西へ進み、ワインの里として人気があるブードリー Boudry の町まで行く。延長8.9km、全線専用軌道で、たゆたう湖面と緑の沃野を眺めながら19分、ささやかな郊外旅行だ。

*注 ヌーシャテル湖は面積218平方km(琵琶湖の1/3、霞ヶ浦の1.3倍)で、スイスではレマン湖 Lac Léman、ボーデン湖 Bodensee に次ぐが、湖面がすべてスイス領内にある湖としては最大。

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湖畔公園エスプラナード・デュ・モンブラン
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ヌーシャテル近郊の地形図にリトライユのルートを加筆
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

路面軌道は、ヌーシャテル州の公共交通網を運営するヌーシャテル公共交通 Transports Publics Neuchâtelois SA (transN) の一路線になっている。1892年に蒸気路面軌道として開業し、当時は坂の上にあるSBB(スイス連邦鉄道、下注)のヌーシャテル駅まで、リッゲンバッハ式ラックレールで軌道が続いていた。

*注 正確にはジュラ=シンプロン鉄道 Chemins de fer Jura-Simplon (JS)。1903年からSBB。

1897年以降電化が進められ、ラックレールも姿を消す。最盛期、市内外には延長27km、6つの系統を擁する路面電車ネットワークが存在したが、1976年までに次々とトロリーバスに置き換えられてしまい、唯一残ったのが旧 5系統の現行区間だ。

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路面電車を転換したトロリーバス
ピュリー広場停留所にて
 

2023年からR15系統を名乗るが、それよりも「リトライユ Littorail」の愛称のほうが浸透しているだろう。これは1981年に新車投入で路線が刷新された際のネーミングで、フランス語の Littoral(リトラル、沿岸地帯の意)と Rail(ライユ、鉄道の意)を組み合わせた造語だ。

現在、リトライユの通常運行を担う車両は、2019年に就役したシュタッドラー製のBe 4/8形だ。もとザンクト・ガレン St. Gallen 近郊で使われていた部分低床、3車体連節車で、バリアフリー化を達成するために、アッペンツェル鉄道 Appenzeller Bahnen から5編成を譲り受けた(下注)。中古といっても2004年と2008年製なので、経年感はほとんどない。

*注 譲渡の経緯については「アッペンツェルの鉄道群-トローゲン鉄道」参照。

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(左)現行車両Be 4/8形
(右)部分低床、3車体連接車
 

前回記したチューリッヒの蒸気列車体験を端折ってまでヌーシャテルに駆け付けたのは、この日、リトライユで旧型編成による特別運行があるからだ。130年を超える歴史をもつ軌道では、時代に応じてさまざまな形式車が現れては退いた。その一部が、1976年に設立されたヌーシャテル路面軌道友の会 Association Neuchâteloise des Amis du Tramway (ANAT) の手で保存されている。

友の会は、2014年に沿線に建てられた路面電車博物館 Musée du tram を管理していて、年に数日、その内部を公開するとともに、所有車両をリトライユ全線で走らせるイベントを実施している。

まずは現行のリトライユ車両に乗って、終点のブードリーへ行くことにしよう。起点駅ピュリー広場(下注)は、同名の広場から大通りを隔てて筋向いの湖畔公園、エスプラナード・デュ・モンブラン Esplanade du Mont Blanc の一角にある。よく晴れた日なら湖面越しに、130km離れたアルプスの高峰モン・ブランが遠望できるという場所だが、今日はあいにく雲が多めだ。

*注 正式駅名はヌーシャテル・プラース・ピュリー・リトライユ Neuchâtel Place Pury Littorail。他の駅・停留所も、所在する自治体名が冠され、SBB線の同名駅と区別するために末尾に「リトライユ」が付くものがあるが、本稿では省略する。

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頭端式のピュリー広場駅(2009年)
Photo by Roehrensee at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

遊歩道に直結した開放的な乗り場は、1988年に終端ループが撤去され、2面2線の頭端式に改修された。公園側には屋根付きの大きな待合室が用意されていて、20分間隔で走る電車を待つ時間も苦にならない。

リトライユの軌道はしばらく湖岸に沿って続き、左手にはさざ波立つ水辺が広がる。しかし、のびやかな湖の眺めは1.2km先のシャン・ブージャン Champ-Bougin 停留所までで、その後は線路と湖の間に公園や商業地がはさまるようになる。1970年代までは中間駅のオーヴェルニエ Auvernier まで4km以上にわたって波打ち際を走る景勝路線だったのだが、湖岸の開発が進んで往時の景観はかなり失われた。

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(左)車窓に広がる湖面
(右)後半は麦畑も
 

オーヴェルニエから線路は内陸に入る。高速道A5号線と絡みながら進み、森と野のゆったりした郊外風景が広がる。最後はジュラ山地から流れ出るアルーズ川 L'Areuse を少し遡って、終点ブードリーに着く。

この駅も2面2線の頭端式で、駅舎は滞泊用の車庫との併設だ。旧型車両はここが出発地で、午後に全線を3往復するダイヤになっている。すでに第1便が走行中で、今頃ピュリー広場で折り返してこちらに向かっているはずだ。

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終盤はアルーズ川に沿う
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車庫兼駅舎のあるブードリー駅
 

第2便までにはまだ少し時間があるので、ブードリーの旧市街へ足を延ばした。段丘に上る坂道の途中に開けた町で、折り重なる家並みが描く緩やかな曲線が美しい。蜂蜜色の石材で積まれた町役場(オテル・ド・ヴィル Hôtel de ville)や教会も、その中にしっくり溶け込んでいる。地味な趣きながら、どこかに地中海的な明るさが感じられるのはフランス語圏ならではだ。

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坂道に開けたブードリー旧市街
右手前は町役場、隣は改革派教会
 

旧型車両が来る頃合いを見計らって、駅に戻った。15時ごろ、駅の手前を跨いでいる国道の高架下にそれが姿を現した。色合いから地元産チーズの銘柄にちなんで「ル・ブリション Le Britchon」と称される電動車と付随車(トレーラー)の2両編成だ。

しかしすぐに駅には入ってこず、1・2番線の分岐ポイントで停車した。そこで電動車が切り離されて、単独で1番線に入線する。付随車は、と見ると、何とスタッフが2番線に手で押し込んでいる。それが片付くと、電動車が先刻のポイントまでバックして、2番線に転線。前後を逆転させた形で、再び付随車に連結された。

機回し線がないので、折返し運転にはこうした手順が必要となる。乗客にとっては興味深い儀式だが、一般運行の電車が不在の間に行うので、作業の許容時間は9分しかない。

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(左)分岐ポイントで停車
(右)電動車が単独で1番線に入線
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スタッフが付随車を押して2番線へ
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(左)電動車も2番線に転線して連結
(右)出発準備完了
 

前に立つ電動車はBe 2/2 73号だ。1922年に自社工場で製造されたダブルルーフ、両運転台の2軸車で、トロリーバスに置き換えられる1970年代まで、市内線の主力機だった。客室は大窓で明るく、ロングシートのベンチが向かい合う。

一方、付随車の車歴はより古く、1897~98年製という。第二次世界大戦後に車体の改造を受けているため、客室は天井以外、Be 2/2とほぼ同じ仕様になっている。

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(左)電動車の車内
(右)付随車の車内も天井以外はほぼ同じ仕様
 

15時11分発の「ル・ブリション」第2便で、まずはレジル Les Isles へ行く。ブードリーの東1kmにある元 停留所で、旧型編成だけが臨時停車する(下注)。というのも、ここが路面電車博物館の最寄りだからだ。博物館と称しているが、実態は3線収容の保存車庫と作業室をもつ友の会の拠点で、保存運行日の14時から17時の間、内部が無料公開されている。

*注 一般運行の停留所だったが、2018年に廃止。

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(左)旧停留所レジルに臨時停車
(右)路面電車博物館
 

本線につながる屋外の線路に引き出されているのは、右が先代の編成で、電動車Be 4/4形504号と制御車だ。チューリッヒ市電2000系の亜種で、1981年に登場し、リトライユのシンボルとして路面軌道のイメージ刷新に貢献した。その隣は、先々代に当たる1902年製電動車Be 2/4形45号。大型のボギー車で、今乗ってきたBe 2/2が市内線用だったのに対して、こちらはBe 4/4の登場まで60年以上にわたってブードリー線の主役を務めていた。

庫内にはさらに同僚のBe 2/4形44号、1947年製市内線用ボギー車のBe 4/4 83号、クラシカルな装いの付随車、あるいは散水車601号など、貴重な車両が格納されている。側壁にも、銘板や行先指示標その他の貴重なコレクションが並ぶ。ガイドが付かない自由見学だが、車両に関する説明のパネルスタンドが置かれ、順路まで指示してあるので、それに従えば館内をくまなく回ることができる。

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右が先代の電動車Be 4/4形、左が先々代のBe 2/4形
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博物館内の車庫に格納された旧型車両群
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(左)路面軌道の資料展示
(右)市内線の行先表示板
 

博物館を辞した後は、川沿いの小道を歩いて、ブードリー駅に戻った。最後は「ル・ブリション」第3便に乗って、ヌーシャテル市内へ帰ろうと思う。

先ほどと同じ力仕事を伴う機回しを見学した後、付随車に乗り込んだ。16時31分に発車。この旧型編成、運賃は無料だが、その代わり、保存活動を継続するために自由意志での寄付を募っている。走行中にスタッフが何やら趣旨を唱えながら、募金箱を持って車内を回り始めた。乗客はみな快く2フランか5フランの硬貨を入れているので、私もそれに倣う。

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(左)スタッフが寄付を集めて回る
(右)ヌーシャテル湖と再会
 

特別便のため、途中の駅・停留所はすべてリクエストストップ(乗降のある時だけ停車)扱いだ。木立に包まれたコロンビエ駅では下り電車と交換し、ポール・ド・セリエール Port-de-Serrières でも隣の線路に対向電車が入った。プロムナードの並木越しに再びヌーシャテル湖が見えてきて、もうすぐ終点というところで、手前のエヴォル Évole 車庫前に停車。一般運行の停留所とはいえ旧型は通過のはずだが、といぶかしんでいると、電動車が前方へ離れ、隣の線路をバックしていく。

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エヴォルでの機回し
(左)電動車が前進して転線(前方を撮影)
(右)バックの後、後部に付け直し(後方を撮影)
 

それで気がついた。起点のピュリー広場もブードリーと同じ頭端線のため、機回しができない。それで待避線のあるエヴォルで、あらかじめ電動車を後部につけ直しておくのだ。電動車は付随車の後ろに再連結され、ゆっくりと推進運転を始めた。終点までほんの300mなので、まもなくホームに到着。乗客が満足げな面持ちで降りていく。

少し間を置いて、一般運行のBe 4/8形が隣の番線に入ってきた。復路ではこちらが先行し、旧型編成がそれを追う形になる。ブードリーでは見られなかった新旧揃う構図を写真に収めて、私も夕凪のピュリー広場駅を後にした。

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ピュリー広場に到着
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新旧車両がホームに揃う
 

■参考サイト
ヌーシャテル公共交通(公式サイト) https://www.transn.ch/
ヌーシャテル路面電車友の会 https://museedutram.ch/

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 チュルヒャー・オーバーラント蒸気鉄道
 チューリッヒ保存鉄道-ジールタール線の懐古列車

2025年6月 1日 (日)

チューリッヒ保存鉄道-ジールタール線の懐古列車

チューリッヒ保存鉄道 Zürcher Museums-Bahn (ZMB)

チューリッヒ・ヴィーディコン Zürich Wiedikon ~ジールブルック Sihlbrugg 間 17.3km
軌間1435mm、交流15kV 16.7Hz電化
1892年ジールタール線 Sihltalbahn 開通、1996年保存運行開業

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チューリッヒ・ヴィーディコン駅で出発を待つ蒸気列車

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前回記したチュルヒャー・オーバーラント蒸気鉄道と並んで、チューリッヒ Zürich 近郊で蒸気機関車の走る姿を捉えられる路線がもう一つある。旧市街の西側を流れるジール川の谷(ジールタール Sihltal)を遡っていくジールタール線 Sihltalbahn だ。4月から10月の最終日曜日に、Sバーン(近郊列車)の合間を縫ってチューリッヒ保存鉄道 Zürcher Museums-Bahn (ZMB) の列車が定期運行される。一般旅客輸送が行われている標準軌の路線網でこうした光景が見られるのは、スイスではここだけだ。

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ジールタール鉄道125周年(2017年)のテーブルパネル
(Sバーン車内で撮影)
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チューリッヒ中央駅、ヴィーディコン駅周辺の路線図
赤が保存鉄道のルート、駅名のZHはチューリッヒ Zürich の略
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

チューリッヒ中央駅 Zürich HB の地下深い21番ホームが、ジールタール線S4系統の乗り場になる。島式ホームの反対側には、チューリッヒの西を限る山、ユトリベルク Uetliberg へ上るS10系統の電車が並ぶ。どちらもジールタール=チューリッヒ=ユトリベルク鉄道 Sihltal-Zürich-Uetliberg-Bahn(SZU、下注)の運行で、この21・22番ホームは、他のSバーン系統とは分離されたSZUの専用になっている。

*注 もとはそれぞれジールタール鉄道 Sihltalbahn (SiTB)、チューリッヒ=ユトリベルク鉄道 Bahngesellschaft Zürich–Uetliberg (BZUe) という別会社だったが、1973年に合併。

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チューリッヒ中央駅のSZU発着ホーム
 

SZUのターミナルは長い間、中央駅から1km南のジール川沿いにあったゼルナウ Selnau という地上駅だった。しかし、1990年に中央駅の地下まで延伸され、同時にSバーンのネットワークに組み込まれた。

ちなみに、ジールタール線の電化方式は、最初からスイス連邦鉄道(SBB)と同じ交流15kV 16.7Hzだ。SBBとの間で貨物列車の乗入れがあるためだが、一方のユトリベルク線はごく最近まで直流1200Vだった。1922年に電化された際、直流600Vのチューリッヒ市電と直通させる計画があったからだと言われる。

両線が線路を共有する中央駅~ギースヒューベル Giesshübel 間では、架線が並行して2本張られていた。正位置の交流架線に対して、直流架線は横に130cmずらしてあり、車両のパンタグラフもそれに合わせた仕様になっていた。2022年のユトリベルク線交流化により変則方式が解消されたため、今はもうこの珍しい光景を見ることはできない。

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ユトリベルク線の片寄せされた架線とパンタグラフ
終点ユトリベルク駅にて(2015年)
Photo by Patrick Nouhailler at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

さて、S4系統は日曜日でも20分間隔で走っている。乗り込んだ電車は9時38分に、地下ホームを後にした。保存鉄道の拠点は、S4の終点であるジールヴァルト Sihlwald 駅だ。しかし現在、S4電車の多くが一つ手前のラングナウ・ガティコン Langnau-Gattikon で折り返すため、最後の一駅間は1時間に1本しか走らない閑散区間だ(下注)。しかも私が訪れた期間は、ジール川の排水路工事のため、この区間の旅客列車が全面運休で、バス代行になっていた。

*注 ラングナウ・ガティコン以南にはほとんど集落がないため、そもそも利用者が少ない。

10時ちょうどにラングナウ・ガティコンに着いた。駅前に出て、停車しているバスの行先表示を確認して乗り込む。他に一人乗ってきただけで、まもなく発車。谷の中の一本道を5分ほど走ると、もうジールヴァルト駅前だった。

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ラングナウ・ガティコン駅で代行バスに乗換えて
ジールヴァルト駅へ
 

小ぢんまりした駅舎の前のホームには、早くも列車が据え付けられていた。保存列車は1日2往復で、第1便は11時10分発だ。まだ1時間近くあるが、とりあえず切符を買っておこうと、駅舎の事務室に入る。まず聞かれたのは「スペシャルトレインですが、いいですか?」。Sバーンと間違えて買おうとする客がいるのかもしれない。「OKです。ヴィーディコンまで片道」と答える。スタッフ氏は大きくうなずいて、箱から片道切符を出してくれた。14スイスフラン。

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(左)ジールヴァルト駅舎
(右)列車はすでにホームに
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(左)片道乗車券
(右)保存鉄道のロゴマーク
 

列車は往路、今乗ってきたS4系統のルートを逆にたどるが、チューリッヒ中央駅には行かず、市内のギースヒューベルで貨物線に分岐して、SBBチューリッヒ湖左岸線 linksufrige Seebahn のヴィーディコン Wiedikon 駅に着く。復路では、ジールヴァルトを通過して、さらに南のSBBタールヴィール=ツーク線 Bahnstrecke Thalwil–Zug、ジールブルック Sihlbrugg 旧駅(下注)まで進む。そこで折り返してジールヴァルトに帰着する。

*注 ジールタール線のもとの終点で、SBB線との接続駅だが、2012年に廃駅となった。

Sバーンが走らない貨物線(ギースヒューベル~ヴィーディコン間)や運行廃止区間(ジールヴァルト~ジールブルック間、2006年廃止)も通るから、乗り鉄にとっては貴重なコースだ。所要時間は往路35分、復路はジールブルック折返しを含め75分かかる。後述するとおり復路のほうがメインなのだが、午後、私はヌーシャテル Neuchâtel まで行って保存トラムに乗る予定を立てているので、時間が足りない。

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チューリッヒ近郊の地形図に保存鉄道ルートを加筆
赤字の駅名が保存列車の停車駅
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

切符を手にしてホームに出ると、左手にある機関庫から小型の蒸気機関車が出てくるところだった。車輪配置0-6-0のタンク機関車E 3/3 5号機「シュナーギ・シャーギ Schnaaggi-Schaaggi」だ。不思議な響きの名前は、スイスドイツ語で「膝行する(膝をついて進む)ヤコブ」を意味するという(下注)。

*注「膝行する(シュナーゲン Schnaaggen)」は、走る蒸機の形容。「シャーギ Schaaggi」は一般的な人名で、フランス語のジャック Jacques が転訛したもの。

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車庫から出てきたタンク機関車「シュナーギ・シャーギ」
 

125周年のヘッドマークを飾ったこの機関車は、1899年のヴィンタートゥールSLM社製だ(下注)。最初からジールタール線が本拠で、路線電化後もヤードで入換作業に従事していた。1962年に引退してからはしばらく、鉄道会社が企画する特別列車を牽いていたが、ボイラー改修が必要となり、車庫の隅に放置される日々が続いた。

*注 同型機は7両在籍していたが、5号機以外はすべて廃車となった。

チューリッヒ保存鉄道設立のきっかけは、改修の資金がなく廃車の危機に瀕していたこの蒸機の救出だった。そこから、ジールタール線生え抜きの車両を収集・保存するという組織の目的が設定された。当の蒸機は1997年に無事改修を終え、再び列車を牽くようになった。

さて、車庫を出た「シュナーギ・シャーギ」はバックで2番線に入り、さらに上流で転線して、1番線にいる列車の後ろに連結された。往路の進行方向とは反対側だが、そうなるのには理由がある。実は、終点ヴィーディコン駅には機回し線がない。そのため列車はプッシュプル方式で運行され、往路では電動車が前に立つのだ。蒸機はもっぱら復路を率い、行きは付随車同然だ。

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125歳を祝うヘッドマークをつける
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(左)動輪3軸の小型機
(右)側面にSLM社の銘板
 

懐古列車の編成は前から電動車、古典客車3両、食堂車、荷物車、最後に蒸機の順だ。往路の主役となる電動車FCe 2/4 84号も1924年製の古典機で、ジールタール線電化の際に、蒸気機関車を置き換えるために導入された歴史的車両だという。

代行バスで着いたときにはまだ駅は閑散としていたが、発車時刻が近づくにつれ、どこからともなく客が集まってきた。車内もそこそこの乗車率だ。車掌が呼子笛を鳴らし、列車は定時に出発した。

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往路を牽く電動車FCe 2/4 84号
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(左)下げ込み窓の古典客車
(右)ベンチシートの車内
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(左)食堂車
(右)車内、営業はこれから
 

先頭が電車で、粉塵が飛び込んでくる気遣いがないので、遠慮なく窓を全開にした。線路はいったん主要道に沿うが、まもなくジール川を横断して右岸を進む。かつては川を渡らず、左岸に沿っていたが、主要道の拡幅用地を捻出するために1959年に移設された区間だ。長さ340mのガティコントンネル Gattikontunnel を抜けると再び川を渡って、もとの左岸に落ち着く。

5分ほど走って、先ほど代行バスに乗り継いだラングナウ・ガティコンに停車した。車掌がホームに降りるが、当然ながら乗降客はいない。ここからは郊外の住宅地で、およそ1km間隔で駅か停留所があるのだが、保存列車はそのほとんどを通過していく。単線区間なので、停車駅の一つライムバッハ Leimbach では、Sバーン列車と行違った。

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ジールヴァルト駅を発車(後方を撮影)
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(左)ラングナウ・ガティコン駅に入る
(右)ライムバッハ駅でSバーン列車と交換
 

通過駅でもホームで電車待ちしている人が、この列車を見てスマホを向けたり、手を振ってくれたりする。古めかしい車両が目を引くのだろうが、乗っている者としてはいささか晴れがましい。

ギースヒューベルでポイントをがたがたと渡って、いよいよ貨物線へ進入した。高架道路の橋脚に挟まれるようにして地下へ潜り、長さ520mのマネッセトンネル Manessetunnel をゆっくり通り抜けると、目の前がチューリッヒ・ヴィーディコン駅のホームだった。

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(左)側線が並ぶギースヒューベル駅構内
(右)マネッセトンネルで左岸線と並走(後方を撮影)
 

駅はドイツ語でいうライターバーンホーフ Reiterbahnhof(下注)で、掘割の底に片面ホームの1番線と島式ホームの2・3番線が並んでいる。1番と2番はチューリッヒ湖左岸線のSバーン列車が発着し、3番線がジールタール線につながる貨物線だ。この付近の線路はもともと地上を走っていたが、都市化が進んだため、1927年に現在見るような形に移設された。

*注 Reiter は騎士、Bahnhof は駅。掘割の底にあるホームと線路を地上駅舎が跨ぐさまを、馬にまたがる騎士に見立てたもの。

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ヴィーディコン駅に到着
 

ホームでは、何組もの家族連れがこの列車を待っていた。月に一度のイベントなので、けっこう人気があるようだ。停車時間は15分。機回し作業がないとはいえ、蒸機では、スタッフが機器の調整や石炭の追加投入に忙しい。2番線にSバーンのダブルデッカー車が入ってきた。同じ標準軌の車両とはいえ、大きさの差は歴然としている。

そうこうしているうちに、定刻の12時になった。車掌の笛に、機関士が汽笛で応じる。それを合図に「シュナーギ・シャーギ」率いる懐古列車は、再びホームを離れ、もと来たトンネルへと姿を消した。

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Sバーンのダブルデッカーと並ぶ
 

■参考サイト
チューリッヒ保存鉄道(公式サイト) https://www.museumsbahn.ch/

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