« ライトレールの風景-とさでん交通後免線・伊野線 | トップページ | ヴィヴァレ鉄道(トラン・ド・ラルデーシュ) »

2025年3月 8日 (土)

ヴレー急行-ヴィヴァレの高原列車

ヴレー急行 Velay Express

ロクール・ブロセット Raucoules Brossettes~サンタグレーヴ Saint-Agrève 間27km
軌間1000mm、非電化
1902年開通、1968年一般運行廃止
1970年保存運行開始、1982年休止、1993年再開

Blog_vivalais_ve1
ヴレー急行の蒸気列車
ル・シャンボン・シュル・リニョン駅にて

Blog_vivalais_ve_map1

フランス南部に横たわる中央高地 Massif central の東端、ローヌ川の谷との間を限るのがヴィヴァレ山地 Monts du Vivalais だ。その周りに、蒸気機関車で運行される2本の保存鉄道がある。一方は山稜の西側に広がるのびやかな高原を縫うもので「ヴレー急行 Velay Express」、他方は東側に刻まれた険しい峡谷に沿うもので「ヴィヴァレ鉄道 Chemin de fer du Vivarais」という。

今でこそ互いに離れた場所にあるが、かつてこの地域には延長200kmを超える広範なメーターゲージ(1000mm軌間)の路線網が存在した。2本の小鉄道はその最後の断片だ。それぞれの列車の窓に映る沿線風景はまったく対照的で、乗客にヴィヴァレ周辺の地勢が秘める奥深さを印象付けてやまない。今回はまず、高原の風を受けて走るヴレー急行を訪ねてみよう。

Blog_vivalais_ve2
放牧地と森の風景が続く
Blog_vivalais_ve_map2
ヴレー急行線周辺の地形図にルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

蒸気列車の始発駅ロクール・ブロセット Raucoules Brossettes は、ヴレー高原 Plateau du Velay と呼ばれる牧草地と森林に覆われた台地の中央部、標高864mに位置する。もともと集落とは関係なく路線の分岐点として設けられた駅なので、駅前でレストランが1軒営業しているほかは、ぽつりぽつりと住宅が建つだけの寂しい場所だ。最も近い都市は北へ30km強のサンテティエンヌ Saint-Étienne だが、接続する公共交通機関があるはずもなく、クルマでしかたどり着けない。

Blog_vivalais_ve3
蒸機の給炭と客車の入換作業
ロクール・ブロセット駅にて
 

訪れたのは9月初旬、朝9時の気温は16度で、心地よい涼しさだ。もと分岐駅だけあって、駅の構内はそれなりに広い。北端にある給水塔の前では、小型蒸機が水と石炭の補給を受けているところだった。鮮やかな青色をまとうこのタンク機関車は、1923年コルペ・ルーヴェ Corpet-Louvet 社製の22号機だ。現役引退後30年間リヨンで静態保存されていたが、2004年にここに引き取られて修復を受け、2010年に稼働可能になった。

南側から、深緑の凸型ディーゼル機関車が本日の車両群を引き出してきた。先頭は有蓋貨車で、その後に色も形もさまざまな古典客車が8両連なっている。まもなく給水を終えた蒸機がその横を転線していき、最前部につけられた。

Blog_vivalais_ve4
(左)本日の牽引機コルペ・ルーヴェ22号
(右)側壁の銘板
 

9時20分ごろ、出札窓口が開いたらしく、周りに集まっていた客がぞろぞろと駅舎に入っていく。列に並んで、全線往復の乗車券(大人21.50ユーロ)を購入した。2両目に乗るように指示があり、乗車券に加えて「旅行者の小案内 Petit Guide du Voyageur」と題した折り畳みのリーフレットを渡された。沿線案内とともにルートの詳しい縦断面図が載っていて、マニアックだが役に立ちそうだ。

Blog_vivalais_ve5
(左)出札窓口が開いた
(右)乗車券を購入
 

2024年の場合、ヴレー急行は5~10月のシーズン中、毎日曜に運行されている。蒸気列車は1日1便で、ロクール・ブロセットを10時に出発し、終点サンタグレーヴ Saint-Agrève に12時15分到着。復路は15時出発で、ロクール・ブロセットに17時10分に戻ってくる。一方、サンタグレーヴ側からは気動車1便の運行もあり、朝10時30分に出発、ロクール・ブロセット12時25分着。折返し15時に出発して、サンタグレーヴへは16時35分に帰着する。

両者は中間のル・シャンボン・シュル・リニョン Le Chambon-sur-Lignon 駅で交換する。そのため、この駅では蒸機と気動車の間で乗換えが可能になっている。蒸気列車で往復するとまる一日かかってしまうが、乗換オプションなら半日で出発駅まで戻れる。旅を急ぐ客や幼児を連れた客などにはちょうどいいのだろう。このほか繁忙期の夏場は、水曜と木曜に蒸気列車1便が追加運行され、同じく特定の土曜日には気動車によるサンタグレーヴ~ル・シャンボン間の往復便もある。

Blog_vivalais_ve6
ロクール・ブロセット駅の出発時刻表
 

準備の整った機関車や他の客車を物色しながら、発車時刻を待つ。車内はよくあるボックス型のベンチシートが並ぶが、1両目の前半分は売店で、制帽をかぶったスタッフがいた。先頭車から順に乗る車両を案内しているらしく、前の方はすでに満席だが、後ろはまだ空いたままだ。途中駅で乗ってくる客があるのだろう。

やがて外にいた客も全員席に収まり、甲高い汽笛の合図とともに、列車は10時定刻に駅を後にした。

Blog_vivalais_ve7
先頭客車は半室が売店
Blog_vivalais_ve8ボックス型のベンチシートが並ぶ

冒頭でも触れたが、この線路はかつてヴィヴァレ路線網 Réseau du Vivarais と呼ばれたローカル線群の一部だ。1879年、国土開発のための大規模公共事業、いわゆるフレシネ計画 Plan Freycinet に挙げられた今後整備すべき189の地方路線(下注)に含まれ、1886年から建設が始まった。

*注 日本の鉄道敷設法と同様の趣旨。ヴィヴァレ路線網に相当する路線は、第150号:ラ・ヴルト・シュル・ローヌ La Voulte-sur-Rhône からル・シェラール Le Cheylard 経由または近傍を通りイサンジョー Yssingeaux に至る101km、第151号:トゥルノン Tournon から上記路線に至る40km、第152号:イサンジョーからル・ピュイ=サンテティエンヌ線 La ligne du Puy à St-Étienne に至る20kmの3本。

Blog_vivalais_networkmap
ヴィヴァレ路線網(赤色)と周辺の標準軌路線網(灰色)
 

上図に示したとおり、これは既存の標準軌線駅に接続して、ヴィヴァレの鉄道空白地帯を埋めるものだった。険しく複雑な地形を通過するため、工事量は多かったが、1890年以降、順次開通していき、1903年に総延長201kmの路線網として完成を見た。建設・運営にあたったのはCFD社で、貨物を含めて初期の輸送需要は順調だった。だが、1920年代にそのピークに達した後は、徐々に縮小していく。

*注 正式名称は県鉄道会社 Compagnie de chemins de fer départementaux。「県営」ではなく、各地の地方鉄道網を運営した民間会社。

第二次世界大戦中、一時的に活況を呈したものの、戦後は自動車交通が浸透してさらなる不振にあえぐようになった。気動車の導入による所要時間の短縮も功を奏さず、1952年に西側のラヴート・シュル・ロワール Lavoûte sur Loire~ロクール・ブロセット間で、1968年10月には残る全線で、運行が終了した。

Blog_vivalais_ve9
デュニエール駅のメーターゲージ列車(1953年)
Photo by Trainiac at wikimedia. License: Public domain
 

それに対して地元では、残された車両や施設を観光振興に活用しようと、保存鉄道化の準備を始めた。峡谷区間では1969年6月に、高原区間でも1970年8月に列車運行が再開されている。後者が現在のヴレー急行だ。運行区間はSNCF(国鉄)と接続するデュニエール Dunières とサンタグレーヴの間36kmで、当時ヨーロッパ最長の観光鉄道だった。

しかし、峡谷区間に比べるとアクセスが不便なことから、利用実績は芳しくなかった。運行は通常、北半のデュニエール~タンス Tence 間17kmで、サンタグレーヴまで足を延ばすのは夏の数日間にとどまった。それも1985年に施設のリース期間が満了したことに伴い、中断を余儀なくされた。

Blog_vivalais_ve10
ヴレー急行の壁絵
ロクール・ブロセット駅にて
 

事態打開のために新たな運営組織、ヴレー鉄道 Voies ferrées du Velay (VFV) が設立された。1993年にまずデュニエール~モンフォーコン Montfaucon 間で運行が復活し、翌年からタンス、2002年に念願のサンタグレーヴまで延長された。しかし、北側のデュニエール~ロクール・ブロセット間がローヌ川とロワール川を結ぶ長距離自転車道(下注)の「ヴィア・フルーヴィア Via Fluvia」に転用されることになり、2015年からは起点がロクール・ブロセットに変更されて現在に至る。

*注 こうした長距離自転車道は、フランス語でヴォワ・ヴェルト(緑の道)voie verte と呼ばれる。ヴィア・フルーヴィア(フランス語読みはフリュヴィア)はラテン語で川の道の意。

ロクール・ブロセット駅構内の南端で、自転車道になったイサンジョー Yssingeaux 方面の旧線跡を右に見送った後、列車は牧草地と針葉樹の森が交錯する中に出ていく。周辺は標高850m前後の高原だが、500mほど西をロワール川 La Loire の支流リニョン川 Le Lignon が並走していて、そこに注ぐいくつかの小川がルートを横切っている。そのため、線路は少し下って浅い谷をまたいでは丘を上るというアップダウンを繰り返す。

Blog_vivalais_ve11
(左)右に分かれるイサンジョー方面の旧線跡
(右)ルートは谷と丘を横断していく
 

列車の速度は平坦地でせいぜい30km前後、坂が続くときは駆け足でも追いつけそうなペースだ。開け放された窓から高原の乾いた風が車内に吹き通る。工費節約のため地形に逆らわずに設計された線路はカーブだらけで、前に立つ機関車がよく見える。

国道の踏切を越えてまた浅い谷を降りていくと、灰色屋根の街並みが見えてきた。列車は側線のある構内に進入していく。保存運行の終点だったこともあるタンス Tence 駅だ。煤で黒ずんだ壁もそのままの駅舎の前に、リュックやショルダーバッグを提げた人たちが群がっている。20人以上はいたが、ほぼ全員が列車の客になった。

Blog_vivalais_ve12
タンス駅、列車を待つ人多数
 

タンスからの線路は上り基調だ。町が立地する谷を回り込んでいくと、森の隙間からリニョン川が刻む深い谷がちらちらと覗くようになる。眺望が開けるのは、ラ・セル La Celle の旧停留所の手前だ。窓口でもらった小案内にベルヴェデール Belvédère(展望台の意)とある地点だが、木が大きく育ったせいでほんのいっときだった。

Blog_vivalais_ve13
ベルヴェデール付近、リニョン川の谷の眺め
 

右に左に絶え間なくカーブを切りながら深い森を抜けると、また町に出た。ル・シャンボン・シュル・リニョン Le Chambon-sur-Lignon、リニョン川の谷の斜面に開けた沿線の主要な町の一つだ。標高はすでに967m。駅舎はアプリコット色の明るい壁面で、その前にやはり10人ほどの客が待っていた。

この駅では15分ほど停車した。最後の坂道に備えて、蒸機への給水作業があるためだ。客は列車から降りてその様子を眺めたり、駅前のパティスリーでスイーツを調達したりと、思い思いに過ごしている。

Blog_vivalais_ve14
(左)ル・シャンボン・シュル・リニョン駅に到着
(右)パティスリーでスイーツを調達する人も
Blog_vivalais_ve15
最後の上りに備えて給水
 

ふと気がつくと蒸気列車の陰に、流線形の気動車が停車していた。独特の風貌に加えてグレーと赤のツートンカラーが、どこかウルトラマンを連想させる。後ろに従える貨車の塗分けもお揃いなのがおもしろい。気動車は1937年ビヤール Billard 社製のA 80 D形だ。車体側面に一般運行時代の社名「CFD」と313号の文字が見えるが、CFD社から保存鉄道に引き継がれた後も、蒸機とともに主力を担ってきた。

これは、蒸気列車と同じ時間帯にサンタグレーブから逆向きに走ってきた便で、ここで行き違いがある。時刻表によれば11時に先着し、11時10分の蒸機到着を待っていたようだ。先述のとおり、当駅で両者を乗換えれば、早く発地に戻れる。

Blog_vivalais_ve16
ビヤール製気動車A 80 D形と交換
 

ル・シャンボンを出ても相変わらず急カーブの連続だが、緩勾配なので、蒸機のドラフト音も一定のリズムを保っている。リニョン川の谷と別れてラドレー Ladreyt の旧停留所を過ぎ、ショレ川 Le Cholet の小さな流れをまたぐと、区間最長のタヴァ坂 Rampe des Tavas にさしかかる。1:33(30.3‰)の急勾配が長く続き、列車の速度はぐっと落ちた。

Blog_vivalais_ve17
(左)区間最長の坂に挑む
(右)マール=ドヴェッセ停留所付近が最高地点かつ分水界
 

上りきったところにあるマール=ドヴェッセ Mars-Devesset 停留所付近がサミットだ。標高1062m(下注)で、保存区間はもとよりヴィヴァレ路線網全体の最高地点になる。同時にここにはロワール川とローヌ川 Le Rhône、すなわち大西洋斜面と地中海斜面の分水界が通っている。といっても、現地は平らな牧草地にしか見えないので、言われない限り気づかず通り過ぎてしまうだろう。

*注 「旅行者の小案内 Petit Guide du Voyageur」の記載による。地形図には1060mの標高点がある。

次の小さな谷を回り込み、やや深い森を抜けると、終点のサンタグレーヴだ。駅の標高は少し下がって1048m。町の西はずれに位置しているので、市街も見ないうちにあっけなく到着してしまう。

Blog_vivalais_ve18
(左)サンタグレーヴ駅に入線
(右)構内の端で線路は途切れる
 

到着すると、蒸機はすぐに列車から切り離され、機回し側線を通って後方へ移動した。それから今度は車庫への引込線に入って、途中にある転車台に載る。復路に備えてここで方向転換されるのだ。一連の作業を興味深げに見物していた乗客たちも、蒸機が車庫の前で動きを止めると、食事場所を求めてばらばらと町の方へ出て行った。復路の出発まで、まだ2時間以上ある。

Blog_vivalais_ve19
転車台で方向転換
Blog_vivalais_ve20
復路の出発まで蒸機も休憩
Blog_vivalais_ve21
サンタグレーヴ市街
(左)中心街のドクトル・トゥラス通り Rue du Dr Tourasse
(右)ヴェルダン広場 Place de Verdun

ちなみにサンタグレーヴ以遠の、山を下っていた廃線跡は「ドルチェ・ヴィア Dolce Via」と称する自転車道に転換された。ル・シェラール Le Cheylard で分岐して、一方はヴィヴァレ鉄道の終点ラマストル Lamastre、もう一方はローヌ河岸のラ・ヴルト・シュル・ローヌ La Voulte-sur-Rhône まで、計90kmほどをほぼ忠実にたどることができる。

次回は、そのヴィヴァレ鉄道を訪ねる。

写真は特記したものを除き、2024年9月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
Velay Express https://velay-express.fr/

★本ブログ内の関連記事
 フランスの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編

 ヴィヴァレ鉄道(トラン・ド・ラルデーシュ)
 フランス ラ・ミュール鉄道を地図で追う
 ラ・ミュール鉄道、2021年に一部再開
 プロヴァンス鉄道 I-トラン・デ・ピーニュの来歴
 プロヴァンス鉄道 II-ルートを追って

« ライトレールの風景-とさでん交通後免線・伊野線 | トップページ | ヴィヴァレ鉄道(トラン・ド・ラルデーシュ) »

西ヨーロッパの鉄道」カテゴリの記事

保存鉄道」カテゴリの記事

軽便鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ライトレールの風景-とさでん交通後免線・伊野線 | トップページ | ヴィヴァレ鉄道(トラン・ド・ラルデーシュ) »

2025年12月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

ACCESS COUNTER

無料ブログはココログ