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2025年1月12日 (日)

アルトシュテッテン=ガイス線

アッペンツェル鉄道アルトシュテッテン=ガイス線 AB Bahnstrecke Altstätten–Gais

アルトシュテッテン・ラートハウス Altstätten Rathaus ~ガイス Gais 間 8.05km
軌間1000mm、直流1500V電化、シュトループ式ラック鉄道(一部区間)、最急勾配160‰
1911~12年開業
1975年 アルトシュテッテン・ラートハウス~アルトシュテッテン・シュタット Altstätten Stadt 間廃止

【現在の運行区間】
アルトシュテッテン・シュタット~ガイス間 7.65km

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ラインの谷へ急勾配を駆け降りる

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前回紹介したザンクト・ガレン=ガイス=アッペンツェル線 St. Gallen-Gais-Appenzell-Bahn(以下、アッペンツェル線)の中間駅ガイス Gais には、東からアルトシュテッテン=ガイス線 Bahnstrecke Altstätten–Gais の電車が入ってくる。

この路線の特徴は、最大160‰の急勾配を含めてラック区間が3.26kmと、全線7.65kmの半分近くを占める点だ。起点のアルトシュテッテン Altstätten はアルペンラインタール Alpenrheintal(下注)の平地の裾にある市場町だが、終点ガイスはアッペンツェラーラント Appenzellerland の高原地帯にあり、標高は900m台に載る。

*注 アルペンラインタールは、ボーデン湖 Bodensee より上流のライン川 Rhein(アルペンライン Alpenrhein と呼ばれる)が流れる谷。

主要都市ザンクト・ガレン St. Gallen からは遠く離れ、SBB(スイス連邦鉄道)線と接続していないこともあって、地味で目立たない路線だ。しかし、坂を上っていくにつれ車窓いっぱいに広がる眺めは、登山鉄道にも引けを取らない雄大さで、乗客を魅了する。今回はこの知られざるローカル線を旅してみよう。

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クロイツシュトラーセ停留所付近
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アルトシュテッテン=ガイス線周辺の地形図にルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

まず気になるのが、路線名における地名の並び順だ。アルトシュテッテンが起点、ガイスが終点という意味だが、アッペンツェル線の支線格にもかかわらず、なぜ接続駅のガイスが終点なのか。それは、もともとアッペンツェル線とは別会社(下注)で、かつアルトシュテッテン側の資本で設立されたという経緯があるからだ。

*注 アルトシュテッテン=ガイス鉄道 Altstätten-Gais-Bahn (AG) と称した。

アルトシュテッテンは中世以来、この地域の主要な市場町として栄えてきた。州は違えどガイスも、ザンクト・ガレンより距離的に近いアルトシュテッテンの商圏に含まれていた。ところが、1889年にアッペンツェル線の前身アッペンツェル路面軌道 Appenzeller Strassenbahn が開業すると、高原地帯とザンクト・ガレンとの結びつきが一気に強まった。これに対して、アルトシュテッテン市民の間で、町の地位低下を懸念する声が高まる。こうしてガイス方面とのアクセスを確立する電気鉄道の建設計画が具体化していった。

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アルトシュテッテン旧市街マルクトガッセ
かつて路面軌道が左端を通っていた
 

路線は1911年11月に、アルトシュテッテン・シュタット Altstätten Stadt とガイスの間で開業した。アルトシュテッテン・シュタットは今の起点駅だが、7か月後の1912年6月に、市街地を貫いて反対側にあるラートハウス(市庁舎)Rathaus までの延伸区間が併用軌道(下注)で開通する。

*注 道路上に敷かれた線路。路面軌道。

ラートハウスには、すでに1897年からアルトシュテッテン=ベルネック路面軌道 Strassenbahn Altstätten–Berneck(以下ベルネック路面軌道、下注)が通じていた。この軌道会社は、市街地から1km以上離れたアルトシュテッテンSBB駅への支線を持っていて、ガイスからの電車はこれに乗り入れることでSBB駅まで達することができた。運行業務も軌道会社に委託されたので、それ以降、SBB駅支線はアルトシュテッテン=ガイス線と一体化した。

*注 アルトシュテッテン・ラートハウス~ヘーアブルック Heerbrugg ~ベルネック Berneck 間、およびヘーアブルック~ディーポルツァウ Diepoldsau 間の路面軌道。
路線図 https://de.m.wikipedia.org/wiki/Datei:Lagekarte_Strassenbahn_Altstätten–Berneck.svg

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開業時のCFe 3/3電車
スイス交通博物館(ルツェルン)蔵
 

1940年にベルネック路面軌道の本線はトロリーバスに転換されてしまうが、SBB駅支線はそのまま併用軌道として残った。しかし、貨物輸送がないアルトシュテッテン=ガイス線の経営状況は常に苦しく、連邦当局の斡旋で1948年に現在のアッペンツェル線を運営していた会社(下注)と合併する。

*注 ザンクト・ガレン=ガイス=アッペンツェル鉄道 St. Gallen-Gais-Appenzell-Bahn (SGA)。

電車運行が現在のようなアルトシュテッテン・シュタット止まりになったのは、1975年のことだ。道路交通量が増加して路面軌道の運行に支障が生じるようになり、シュタット~SBB駅間はバス輸送に転換され、列車接続が絶たれてしまった。

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駅端で寸断された線路
かつては黄色のコンテナの後ろの旧市街へ続いていた
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新旧1:25,000地形図比較
アルトシュテッテン市街周辺
(上)1944年、路面軌道は梯子状の道路記号
(中)1971年、ベルネック路面軌道廃止後、SBB駅線だけ残る
(下)1989年、SBB駅線廃止後
© 2025 swisstopo

アルトシュテッテンの市庁舎(ラートハウス Radhaus)は、旧市街の東端に建つ7階建ての近代建築だ。容積率の制限がないのか、変則五角形の狭い敷地を目いっぱい使っていて、歴史ある町には似つかわしくない。その前の大通りに、かつてアルトシュテッテン=ガイス線の旧終点、ラートハウス駅があった。駅といっても路面軌道の簡易な乗り場だったので、停留所というほうがふさわしい。

そこはまた、北東10kmのベルネック Berneck の町へ行く旧 ベルネック路面軌道の起点でもあった。軌道は東へ200m進んだビルト Bild の交差点で、アルトシュテッテンSBB駅へ行く支線を右に分けていた。ガイスから来た電車はこの支線に乗入れて、SBBの駅前まで直通していたのだ。

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(左)ラートハウス(市庁舎)前
  線路が抜けていた小路、奥の大通りに駅(停留所)があった
(右)路面軌道があった駅前通り
 

一方、ラートハウスの西では、旧市街の目抜き通りであるマルクトガッセ Marktgasse を併用軌道で貫いていた。背の高い切妻屋根の商家が軒を並べる狭い街路は今も変わらないが、線路の痕跡は皆無で、ここに鉄道が通っていたとは信じられない。

マルクトガッセを西へ抜けると、交差点の向こうに現在の起点、アルトシュテッテン・シュタット駅が見えてくる。シュタット Stadt は町、都市という意味で、名前のとおり、ガイスから来れば町の入口だった。

3階建ての現駅舎は2002年に改築されたもので、レストランなどが入居している。通りを隔てた向かい側には、SBB駅方面に向かうバスの停留所がある。電車は1時間に1本きりだが、バスは300および335の2系統があり、合わせて毎時4本走っている(下注)。

*注 バスの時刻表、路線図は RTB Rheintal Bus https://www.rtb.ch/ 参照。

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(左)マルクトガッセ、線路の痕跡は皆無
(右)シュタット駅前のバス停
  SBB駅前を経由する300系統のバスが停車中
 

駅構内は最近整理され、片面ホームと線路1本だけになってしまった。もとは通過型の3線が並ぶ構造で、駅舎改築の際に、駅舎寄りの1本が削減されて2線になっていた。機回しの尺を確保するためか、引上げ線が駅前の道路を横断していたのだが、不要となった現在は短縮され、通りの手前に車止めがある。

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構内整理で棒線になったシュタット駅
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駅から出て大通りを横断していた引上げ線(2009年)
Photo by Roehrensee at German Wikipedia. License: CC BY-SA 3.0
 

ホームに、折返しガイス行の電車が入ってきた。2両編成でガイス方から制御車122号、電動車17号、最後尾に自転車を載せる台車(ヴェーロヴァーゲン Velowagen)が付随している。

制御車は部分低床の客車で2004年製だが、蝶の舞い姿をデザインした新たな外装をまとい、2024年にこの路線にお目見えしたばかりだ。電動車は第2世代のBDeh 4/4で、1993年製。アッペンツェル線のラック区間が解消されてからは、同型式のもう1両とともに、この路線専属になっている。

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(左)蝶が舞う制御車122号、窓枠上部に黄帯がある区画は1等席
(右)電動車BDeh 4/4 17号
 

自転車台車の中を覗くと、内壁に起点駅、終点駅とシュトス Stoss でのみ積み下ろし可能と書かれていた。後述のとおり、シュトスはラック区間の山側の終点だ。坂の上で列車から下ろし、見晴らしのいいダウンヒルコースを駆け降りるなら、さぞ爽快なことだろう。

ガイスまでの所要時間は上り(ガイス方面)が20分、下り(アルトシュテッテン方面)が23分だ。1時間間隔の運行なので1編成で足りる。そのため、中間駅での列車交換はない。

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(左)最後尾は自転車台車
(右)積み下ろしはセルフサービス

列車は15時ちょうどにアルトシュテッテン・シュタットを発車した。駅を後にすると、200m足らずの助走区間を経て、早くもガリガリと手ごたえのある音がする。ラック区間に入ったようだ。ラックレールはシュトループ Strub 式だ。アプト式のような歯竿を縦置きするのではなく、平底レールの上部にラックの歯が刻まれている。1898年にユングフラウ鉄道 Jungfraubahn で実用化されて以来、電気鉄道では当時主流の方式だった。

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(左)ラック装置がモチーフの駅改築記念碑
(右)シュトループ式ラックレール
 

電車は、農家や畑が点在する斜面をたくましく上り始める。初めは木立に遮られがちだが、右へ大きくカーブするあたりから、左の車窓が大きく開けてきた。最初のラック区間は1kmほどで終わり、待避線のあるアルター・ツォル Alter Zoll 停留所を通過する。中間停留所はすべてリクエストストップなので、乗降の合図がなければ停車しない。

停留所の後すぐにラックが復活し、急斜面をなぞるようにぐんぐん高度を上げていく。後ろを振り返ると、さっきまでいたアルトシュテッテンの市街と聖ニコラウス教会の尖塔が、もうかなり小さくなっている。

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アルトシュテッテンの市街地が遠ざかる
 

周辺は大きな農家があるほか一面の牧草地なので、見晴らしは抜群だ。左の眼下に平底のアルペンラインタールが広がる。谷を縦断しているひときわ目立つ直線は、オーストリアとの国境をなすライン川の川筋だろう。その向こうにフォアアールベルク Vorarlberg のどっしりとした山並みが連なり、稜線の切れ目から残雪を戴くアルプスも顔を覗かせている。

ヴァルメスベルク Warmesberg 停留所はラック区間の途中だ。ホームは右側なので、下界の眺望に気を取られていると見落としてしまう。次にラックが途切れるのは、クロイツシュトラーセ Kreuzstrasse 停留所の前後だ。斜面の踊り場に位置していて、終始線路と並走しているシュトス街道 Stossstrasse がここで初めて線路を横切る。

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アルペンラインタールの眺望
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クロイツシュトラーセ停留所とシュトス街道の踏切
 

さらに160‰の胸突き八丁を上っていくと、車窓の大パノラマが、右手に現れた前山の陰に入り始めた。ここでようやく急勾配が収まり、電車はシュトスAR 停留所(下注)に着く。アルトシュテッテン・シュタット駅の標高が467m、シュトスはすでに942mで、475mの高度差を一気に上ってきたことになる。まだ最高地点ではないが、急傾斜地はここまでで、あとはなだらかな高原地帯だ。

*注 駅名の AR はアッペンツェル・アウサーローデン(準州)Appenzell Ausserrhoden の略称。

ちなみにトローゲン鉄道沿線のフェーゲリンゼック(フェーゲルインゼック)Vögelinsegg と同様、シュトスも中世アッペンツェル戦争の古戦場だ。右手斜面の上方で、戦いから500年になるのを記念して1905年に立てられた戦争記念碑 Schlachtdenkmal がラインの谷を見下ろしている。

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(左)シュトス停留所とラック終点
(右)斜面に立つ戦争記念碑(2010年)
Photo by böhringer friedrich at wikimedia. License: CC BY-SA 2.5
 

次のリートリ Rietli 停留所には以前、待避線があったが、ガイス方のポイントが廃止され、行き止まりの側線になってしまった。ここを出るとしばらくの間、シュトス街道の脇を進む。左車窓にはラインタールに代わって、緩やかに起伏する高原地帯の風景が広がり、その背後にアルプシュタイン Alpstein の荒々しい岩峰群がそびえている。シャッヘン Schachen 停留所付近が分水界だが、線路はまだわずかに上り坂だ。小さな張り出し尾根を乗り越えるヘブリッヒ Hebrig 停留所が標高972mで、最高地点となる。

この後は粘着式、最大52‰の急勾配で、ガイスに向けて坂を下っていく。右手の木立越しにガイスの町が見え始め、やがて左方からアッペンツェル線が半径40mの急曲線で回りながら接近してくる。最後はこれに付き合いながらガイス駅の構内に進入し、駅舎に接する1番線がアルトシュテッテン=ガイス線列車の定位置だ。

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高原の背後にアルプシュタインの岩峰群が覗く
 

15時20分に到着。定時運行ならその3分後、隣の島式2・3番線にアッペンツェル線の上下列車が相次いで入ってくる。1時間ごとに繰り返される、乗換客がホームを行き交う時間帯だ。しかしアルトシュテッテン行きは24分発なので、客が車内に収まるや、すぐに扉を閉めて出ていってしまう。3番線のアッペンツェル行きも同時刻発車だから、運が良ければ急カーブでつかの間の並走シーンが見られるかもしれない。

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ガイス駅手前の急曲線
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(左)ガイス駅舎
(右)1番線で乗換客を待つ

アッペンツェル鉄道に残るラック路線はいずれも、利用者数の減少を理由に、「より顧客に優しく、費用対効果の高い代替案 kundenfreundlichere und kostengünstigere Alternativen」の検討対象となっている。アルトシュテッテン=ガイス線も、現形態での運行は2035年が期限とされ、その後はバス代行や自動運転化を含めた何らかの転換が行われる予定だ。

次回は、アッペンツェル鉄道のルーツであるゴーサウ=ヴァッサーラウエン線を訪ねる。

■参考サイト
アッペンツェル鉄道 https://appenzellerbahnen.ch/

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アッペンツェル鉄道路線図(フラウエンフェルト=ヴィール線を除く)
 

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