ライネック=ヴァルツェンハウゼン登山鉄道
アッペンツェル鉄道ライネック=ヴァルツェンハウゼン登山線
AB Bergbahn Rheineck-Walzenhausen (RhW)
ライネック Rheineck~ヴァルツェンハウゼン Walzenhausen 間 1.96km
軌間1200mm、直流600V電化、リッゲンバッハ式ラック鉄道(一部区間)、最急勾配253‰
1896年ケーブルカー開通、1909年連絡鉄道開通、1958年粘着式・ラック式併用鉄道に改築
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アッペンツェル鉄道 Appenzeller Bahnen (AB) は、スイス北東部に広がる丘陵地帯アッペンツェラーラント Appenzellerland の路線網を運営している鉄道会社だ。
*注 アッペンツェラーラント(アッペンツェル地方)は1597年に分割されたアッペンツェル・インナーローデン準州 Appenzell Innerrhoden とアッペンツェル・アウサーローデン準州 Appenzell Ausserrhoden の地理的総称。
従来の営業路線は、主要都市ザンクト・ガレン St. Gallen とゴーサウ Gossau から、アッペンツェル Appenzell やアルトシュテッテン Altstätten に至るメーターゲージ路線約60kmだが、2006年に東部の小路線3社(下注1)、2021年に西部の路線1社(下注2)を吸収合併して、総距離が95kmに拡大した。
運営効率化のために一つの屋根の下に集められたとはいえ、各路線はなかなかの個性派揃いだ。2024年7月に現地を訪れる機会を得たので、これから数回にわたってそれぞれの現況をレポートしたい。まず、最も東にあるライネック=ヴァルツェンハウゼン登山鉄道 Bergbahn Rheineck-Walzenhausen (RhW) から。
*注1 ライネック=ヴァルツェンハウゼン登山鉄道 Bergbahn Rheineck-Walzenhausen、ロールシャッハ=ハイデン登山鉄道 Rorschach-Heiden-Bergbahn、トローゲン鉄道 Trogenerbahn。
*注2 フラウエンフェルト=ヴィール鉄道 Frauenfeld-Wil-Bahn。
アッペンツェル鉄道路線図(フラウエンフェルト=ヴィール線を除く) |
鉄道は、ライネック Rheineck(下注)の町にあるSBB(スイス連邦鉄道)駅と、丘の上の保養地、標高672mのヴァルツェンハウゼン Walzenhausen を結んでいる。わずか2kmのミニ路線ながら、プロフィールは変化に富む。というのも、一部にラックレールを用いる区間があるからだ。最急勾配は253‰とされ、ピラトゥスを別とすれば、スイスに数あるラック鉄道の中で最も険しい部類に入る。
*注 ライネック Rheineck の地名は、ライン川 Der Rhein の曲がり角(エック Eck)を意味するため、語義を尊重してラインエックと書かれることもある。
ラック区間が始まるルーダーバッハ停留所 |
さらにその経歴がユニークだ。開業は1896年だが、当時の起点はライネック駅ではなく、0.7km離れた山麓のルーダーバッハ Ruderbach で、そこからヴァルツェンハウゼンに至る長さ1.2kmのケーブルカーだった。山上駅で車両のタンクに水を注ぎ、山麓駅でタンクを空にした車両との重量差で動くウォーターバラスト方式で運行されていた。
1909年になって、ライネック駅と山麓駅とを結ぶライネック連絡鉄道 Rheinecker Verbindungsbahn が標準軌で造られる。電化されてはいたものの、電力供給が不安定なため、ガソリンエンジンのトラムも併用された。
この連絡輸送は半世紀の間続いたが、戦後は両路線とも車両の老朽化が著しく、1958年5月、ケーブルカーの車軸破損で、運行が止まってしまう。山麓駅での乗換も不便だったことから、粘着・ラック式併用の電車による直通化の工事が行われることになった。ちょうどその年の4月にローザンヌ Lausanne ~ウーシー Ouchy 間で実施された古いケーブルカーからラック鉄道への転換が参考にされただろう(下注)。
*注 ローザンヌ~ウーシー間のラック鉄道は、2008年にゴムタイヤ式のメトロM2号線に再改築されて、今はない。
ケーブルカーの軌間が1200mmだったため、連絡鉄道をこれに合わせて改軌し、車両もこの軌間で新造された。普通鉄道で1200mm軌間というのは世界的にもほとんど例がない。ラックレールが、初期の方式であるリッゲンバッハ式なのも珍しいが、これは近所にあるロールシャッハ=ハイデン登山鉄道 Rorschach-Heiden-Bergbahn(1875年開通)に倣ったからだ。改築工事が完成し、運行が再開されたのは同年12月だった。
SBB本線と登山電車の線路が並行する ライネック~ルーダーバッハ間 |
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2024年7月のある日、ザンクト・ガレンのSBB駅から8時04分発のSバーンに乗った。列車は、ボーデン湖に面した緩い傾斜地をするすると下っていき、8時33分にライネック駅2番線に到着した。窓越しに、駅舎側に停まっているライネック=ヴァルツェンハウゼン登山鉄道の赤い電車が見える。接続時間がわずか2分なので、ちょっと慌てて地下道を渡った。
来てみて初めて知ったが、登山鉄道の発着線は実におもしろい位置にある。本線の1番ホーム上に線路が敷かれ、そのため乗降ホームは一段高くなったひな壇になっているのだ。
発着線は1番ホームの上に(Sバーン車内から撮影) |
これは1999年に実施された駅の改修工事の結果だ。従来3線あったSBB本線のうち、旧1番線が廃止され(下注)、そこを埋めて広い新1番ホームが造られた。そして、駅舎の南東側で途切れていた登山鉄道の線路が延長され、駅舎の前に、今ある乗降ホームが設置されたのだ。これにより、横断地下道の出入口が近くなり、本線列車との乗継ぎ距離が短縮された。
*注 旧2番線(西行)が新1番線に、旧3番線(東行)が新2番線に繰り上がった。
地下道の階段を上がると、トラムタイプの小型車BDeh 1/2が、ホームの上にちょこんと停まっている。陸(おか)に上がった河童のようでなんとなくぎこちないが、何を隠そう、登山鉄道にとって1両きりの虎の子だ。1958年のラック開業時からずっと働き続けている。代車がないので、検査や修理で不在のときはバス代行になる。
(左)登山鉄道の唯一の車両 (右)ひな壇の乗降ホーム |
ライネックルツェンハウゼン登山鉄道周辺の地形図にルートを加筆 Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
手早く外観写真を撮って、車内に入った。1席+2席のボックスベンチは2014年の改修で交換されたので、まだつやつやしている。山側の運転席を覗くと、引き戸付きでスペースが広い。荷物室を兼ねているようだ。
乗客は私のほかに1人だけで、すぐに発車した。後方の運転席でかぶりついて見ていたが、コンクリートを敷いたホームから出発するのは、路面電車を連想させる。少しの間、SBB本線と並行した後、右にカーブして基幹道 Hauptstrasse 7号線の踏切を渡った。すぐに車庫への引込線が右へ分かれていく。続いて、梯子状のリッゲンバッハ式ラックレールが線路の中央に現れ、ルーダーバッハ停留所をあっさり通過した。ケーブルカー時代の山麓駅だが、今はリクエストストップなので、乗降がなければ停まらない。
(左)山側は運転室兼荷物室 (右)内装は2014年に更新済み |
(左)ホーム上から出発(後方を撮影、以下同) (右)ルーダーバッハ停留所でラック区間に入る |
坂道を上り始めると、車庫を兼ねている停留所の建物がみるみる下に沈んでいく。と思う間に、暗闇に突入した。長さ315mのシュッツトンネル Schutztunnel(下注1)だ。旧ライン川 Alter Rhein(下注2)の南斜面は案外起伏が大きく、闇を抜けると、今度は渓谷ホーフトーベル Hoftobel をまたぐ3本連続の鉄橋を渡っていく。
*注1 シュッツ Schutz は付近の地名。
*注2 旧ライン川は、1900年に完成したフサッハ導水路 Fußacher Durchstich によって支流となったもとのライン川(アルペンライン Alpenrhein)の川筋。
二つ目の中間停留所ホーフ Hof は、進行方向右側に扉1枚分のデッキが設置されているだけの臨時乗降場だ。まさかこれが、と思うような簡易設備のため、現地では見逃した。予約した団体専用で、一般客は降りられない。
その後は牧草地の間の盛り土区間で、高度が上るにつれ、遠方にボーデン湖の湖面が広がっていった。線路はみごとにまっすぐで、今でもケーブルカーに乗っている気分だ。さらに上ると、直線線路に続くように、旧ライン川の川筋が湖に向かって一直線に延びているのが望める。
(左)シュッツトンネル (右)ホーフトーベルをまたぐ鉄橋 |
旧ライン川の川筋と一直線に |
最後はまた長さ70mのトンネルに入り(下注)、空を見ることなく終点ヴァルツェンハウゼン駅の階段ホームに到着した。ノンストップだったので、所要時間は約6分だ。写真を撮る私をじっと見ていた仏頂面の運転士さんに「Very interesting」と言うと、にやっと笑い、「OK!」と返してくれた。
*注 ケーブルカールートの特性を引き継いでいるので、最急勾配253‰はこの最終区間にある。
駅舎は2016年に改築されたもので、正面はガラス張り、隣に案内所と郵便局を兼ねた売店が入居している。駅前広場を取り囲んでいるのはもとのクーアハウスだ。駅前のバス停からは、ロールシャッハ=ハイデン登山鉄道の終点ハイデン Heiden へ行くポストバス(下注)が1時間ごとに出ている。ハイデンまで所要20分前後なので、後で乗りに行く予定なら、このバスでショートカットするのが断然速い。
*注 224および225系統。経由地は異なるが、どちらも往路はハイデン駅前に停車する。
(左)ヴァルツェンハウゼン駅舎 (右)階段ホーム |
ヴァルツェンハウゼンは、特に19世紀後半から第一次世界大戦前まで、ボーデン湖を望む高台の保養地として人気があった。鉄道もそのアクセスとして建設されたものだ。今は静かな村だが、建物や街路の雰囲気に優雅なリゾートだったころの片鱗がうかがえる。
グーグルマップで、広場から一段下がったウンタードルフ通りに展望所 Aussichtspunkt のピンが立っているのを見つけて、行ってみた。道端に、ボーデン湖三国展望台 Bodensee-Dreiländerblick と記された案内板が立ち、ベンチが3脚並ぶ。
三国展望台からのパノラマ |
手前の斜面には民家が点在するが、その先は180度の大パノラマが広がっていた。湖のはるかかなた、中央から左はドイツ領で、湖に突き出したリンダウ Lindau の市街地もかすかに見える。右端はオーストリア領で、山すそにブレゲンツ Bregenz の町があるはずだ。
何よりここは、足もとに登山鉄道の線路が走っている。曇り空で寒いのをがまんしつつ、電車が坂を降りていくのを待った(冒頭写真参照)。午前中の運行は1時間ごとなので、これを見送ると時間が空く。高度差はあっても大した距離ではないから、ライネックまで線路を見ながら歩いて降りるつもりだ。
中腹のヴァインベルク城 Schloss Weinberg から東望 背景の山はオーストリア領 |
古参車両が麓へ帰る |
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利用者の減少で費用回収が難しくなっているとして、州当局は2019年から路線の今後について議論を重ねてきた。バス転換も選択肢に入っていたが、最新の報道では、2026年を目途にシュタッドラー社が開発した遠隔操作による自動運転を導入するという。契約には新車の納入も盛り込まれた。70年近くひとりで路線を背負ってきた古参BDeh 1/2だが、退役の時は刻々と近づいている。
次回は、ロールシャッハ=ハイデン登山鉄道を訪ねる。
■参考サイト
アッペンツェル鉄道 https://appenzellerbahnen.ch/
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