ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-東部編 II
前回に引き続き、ドイツ東部の保存鉄道・観光鉄道から主なものを紹介する。
![]() フィヒテルベルク鉄道の蒸気列車 ハンマーヴィーゼンタール駅にて(2013年) Photo by simon tunstall at wikimedia. License: CC BY 3.0 |
ドイツ「保存鉄道・観光鉄道リスト-ドイツ東部」
http://map.on.coocan.jp/rail/rail_germanye.html
![]() 「保存鉄道・観光鉄道リスト-ドイツ東部」画面 |
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東部の南端に位置するザクセン州は、エルツ山地 Erzgebirge やザクセン・スイス Sächsische Schweiz といった人気のあるレクリエーション適地を擁している。鉄道の見どころにも事欠かず、前回言及したように、東ドイツ時代に選定された保存すべき狭軌鉄道のうち、4本がこの州域にあり、750mm軌間の蒸気運行を続けている。まずはそれから見ていこう。
項番26 ツィッタウ狭軌鉄道 Zittauer Schmalspurbahn
ザクセン南東端の町ツィッタウ Zittau は、チェコやポーランドと接する国境都市だ。そのDB(ドイツ鉄道)駅前から、ツィッタウ狭軌鉄道が出ている。1890年の開業で、本線格のツィッタウ~クーアオルト・オイビーン Kurort Oybin(下注)間12.2kmと、クーアオルト・ヨンスドルフ Kurort Jonsdorf へ行く支線3.8km。列車の行先はいずれも、町の南方、ツィッタウ山地 Zittauer Gebirge に古くからある行楽地だ。
*注 地名の前につくクーアオルト Kurort は湯治場、療養地を意味する。
起点駅を出ると、列車はツィッタウ市街地の東の外縁を半周して、山へ向かう。集落と牧草地が交錯する郊外風景のなかを進み、分岐駅ベルツドルフ Bertsdorf へ。列車ダイヤはこの駅を中心に3方向から集合し離散する形になっていて、乗換えを厭わなければ、どの方向にも1時間ごとに便がある。
ベルツドルフでの楽しみは、2方向同時発車 Parallelausfahrt だ。オイビーン行きとヨンスドルフ行きがタイミングを合わせて出発し、カメラを構えたファンが待つ構内の先端で、二手に分かれていく。ここから終点までは30‰の急勾配のある胸突き八丁で、強力な5軸機関車99 73-76形が、持てるパワーを発揮する舞台になる。
*注 鉄道の詳細は「ザクセンの狭軌鉄道-ツィッタウ狭軌鉄道」参照。
![]() 集合離散ダイヤの中心、ベルツドルフ駅(2012年) Photo by Dan Kollmann at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番30 レースニッツグルント鉄道 Lößnitzgrundbahn
レースニッツグルント鉄道は、ドレスデン北郊の、森や牧草地や水辺が点在する田園風景を走り抜けていく狭軌鉄道だ。Sバーン(S1系統)の駅に接続するラーデボイル・オスト Radebeul Ost から終点ラーデブルク Radeburg まで16.5km。大都市に近く、かつ沿線にワインの里レースニッツ Lößnitz や美しい離宮モーリッツブルク城 Schloss Moritzburgといった有数の観光地があることから、人気が高い。
鉄道の名称は、1998年にDB(ドイツ鉄道)が商用に付けたものだ。地元では、昔からレースニッツダッケル Lößnitzdackel、略してダッケル Dackel と呼んでいた。ダッケルは、ドイツ原産のダックスフントのことで、ずんぐりした形の客車と、のろのろ走る列車をそれに見立てたようだ。
列車は1日5往復、そのうち3本が終点まで行かず、中間駅のモーリッツブルクで折り返す。城を目指す客がここで降りてしまうからだ(下注1)。加えて、市内トラムとの平面交差、丘陵を刻む雑木林の谷間、ディッペルスドルフ池 Dippelsdorfer Teich を横断する築堤など、車窓風景のハイライトもこの前半区間に集中している。後半は、車内の客もめっきり減って、列車は牧草地の中を淡々と走っていく。
*注1 ちなみに、ドレスデン市内からモーリッツブルクへは路線バスが頻発していて、直接、城の前まで行ける。
*注2 鉄道の詳細は「ザクセンの狭軌鉄道-レースニッツグルント鉄道」参照。
![]() モーリッツブルク駅での新旧そろい踏み IV K形と99.78形(2019年) Photo by Bybbisch94, Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番33 ヴァイセリッツタール鉄道 Weißeritztalbahn
ドレスデンの南郊でも蒸気列車が走る。ヴァイセリッツタールとは、鉄道が沿っていくローテ・ヴァイセリッツ川 Rote Weißeritz の谷のことだ。Sバーン(S3系統)の駅に隣接するフライタール・ハインスベルク Freital-Hainsberg からクーアオルト・キプスドルフ Kurort Kipsdorf まで26.3km。現存するザクセンの狭軌鉄道では最長で、かつ1882~83年の開通と、最古の歴史を誇る。
車窓の見どころの一つが、起点を出てまもなく入るラーベナウアー・グルント Rabenauer Grund の渓谷だ。線路は谷底を這うように進むが、岩がむき出しの曲がりくねった谷にもかかわらず、トンネルは一つもない。その代わり、川を横切る橋梁は実に13本。そしてそれが仇となり、2002年8月の豪雨では、線路や橋梁の流失など壊滅的な被害をこうむった。鉄道は長期にわたり運休となり、全線が再開されたのは2017年6月、災害発生から実に15年後のことだった。
渓谷を抜け出ると、列車は川を堰き止めたマルター・ダム Talsperre Malter の高さまで上り、穏やかな湖面を眺めながら走る。中間の主要駅ディポルディスヴァルデ Dippoldiswalde から先は、再び谷が深まっていく。終点まで90分近くかかる長旅だ。近距離鉄道旅客輸送 SPNV の路線なので通年運行しているものの、こちらも全線を通して走る列車は2往復とごく少ない。
*注 鉄道の詳細は「ザクセンの狭軌鉄道-ヴァイセリッツタール鉄道」参照。
![]() ラーベナウアー・グルントを遡る(2021年) Photo by MOs810 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番41 フィヒテルベルク鉄道 Fichtelbergbahn
標高1215mのフィヒテルベルク山 Fichtelberg は、ドイツ領エルツ山地の最高地点(下注)だ。一帯は降雪量が多く、山腹にウィンタースポーツのゲレンデが広がっている。山麓の町クーアオルト・オーバーヴィーゼンタール Kurort Oberwiesenthal には、休暇を楽しむ人々が全国各地から集まってくる。
*注 エルツ山地全体では、チェコ側にある標高1244mのクリーノベツ山 Klínovec(ドイツ名 カイルベルク Keilberg)が最高峰。
1897年に開通したこの蒸気鉄道も、その旅客輸送を主目的にしていた。ケムニッツ Chemnitz から延びる標準軌線の客をクランツァール Cranzahl で受けて、オーバーヴィーゼンタールまで17.3km。遠隔地のローカル線だが、冬場の需要も手堅いところが、保存すべき狭軌鉄道に選ばれた理由だろう。
峠を一つ越えるため、とりわけルートの前半で最大37.0‰という険しい勾配が連続する。99 73-76形の後継として1950年代に製造された99.77-79形蒸機が、この急坂に挑む。
運行に当たるザクセン蒸気鉄道会社 Sächsische Dampfeisenbahngesellschaft (SDG) はその実績を買われて、2004年からレースニッツグルント鉄道とヴァイセリッツタール鉄道の運行も請け負うようになった。オーバーヴィーゼンタール駅には新しい整備工場が建設され、3本の狭軌線を走る機関車の全般検査は、ここで集中的に実施されている。
*注 鉄道の詳細は「ザクセンの狭軌鉄道-フィヒテルベルク鉄道」参照。
![]() ヒュッテンバッハタール高架橋(2019年) Photo by Kora27 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番34 デルニッツ鉄道「ヴィルダー・ローベルト」Döllnitzbahn "Wilder Robert"
保存すべき7線には含まれなかったが、東ドイツ時代を生き延び、今も稼働している狭軌鉄道がある。ライプツィヒ Leipzig とドレスデン Dresden を結ぶ標準軌幹線の途中駅オーシャッツ Oschatz から出ているデルニッツ鉄道 Döllnitzbahn だ。支線を含め18.6kmの路線で、蒸機についたあだ名が「ヴィルダー・ローベルト(荒くれローベルト)Wilder Robert」。
これは、ミューゲルン Mügeln の町を中心とする狭軌路線網のうち、沿線で採掘されたカオリン(白陶土)を運搬するために残されたルートだ。旅客輸送は早くに廃止されたが、貨物輸送は2001年まで行われていた。その間に、愛好家団体がここで蒸気機関車を走らせ始め、一定時間帯に集中する通学輸送をバスから列車に移す試みがそれに続いた。これによって、狭軌鉄道は息を吹き返したのだ。
以来、平日はディーゼル牽引で通学輸送、休日はディーゼルか蒸機による観光輸送という目的特化型の運用が実施されている。使われている蒸機は、1910年前後に製造された関節式機関車のザクセンIV K形(DR 99.51~60形)。他線で走っている5軸機より一世代前の主力機で、常時見られるのはこの路線だけだ。
*注 鉄道の詳細は「ザクセンの狭軌鉄道-デルニッツ鉄道」参照。
![]() ミューゲルン駅構内(2015年) Photo by Bybbisch94-Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
次は、トラムが走る郊外路線について。
項番28 キルニッチュタール鉄道 Kirnitzschtalbahn
ドレスデン南東の、屹立する断崖奇岩で知られる観光地ザクセン・スイス Sächsische Schweiz の一角に、メーターゲージの路面軌道がある。幹線網には接続しない孤立路線で、起点の町を出た後は、ずっと深い谷の中。まとまった集落も見当たらず、どうしてここに鉄道が?、と首をかしげたくなるような路線だ。
キルニッチュタール鉄道は、観光拠点バート・シャンダウ Bad Schandau からリヒテンハイナー・ヴァッサーファル (リヒテンハイン滝)Lichtenhainer Wasserfall に至る。名のとおりキルニッチュ川 Kirnitzsch の流れる谷に沿っていて、7.9kmのほぼ全線が道路の片側に敷かれた併用軌道だ。運用車両の主力はゴータカー Gothawagen で、前回紹介したヴォルタースドルフ路面軌道(項番9、下注)と並ぶゴータカーの王国になっている。
*注 ただしヴォルタースドルフは、新型低床車に置き換わりつつある。
終点のリヒテンハイン滝は19世紀前半に造られた人工滝だ。上流に堰を造って水を溜めておき、音楽に合わせて堰を開け、滝口から水を一気に流す。聞けばたわいのない仕掛けだが、昔はたいそう評判だった。ところが、2021年の大雨で導水路が壊れ、貯水池も泥で埋まって、ショーができなくなってしまった。路面軌道には大ピンチのはずだが、ザクセン・スイスのハイキング客がいるおかげで、なんとかいつもどおり動いている。
*注 鉄道の詳細は「ザクセンの狭軌鉄道-キルニッチュタール鉄道」参照。
![]() 谷底の併用軌道を行く(2017年) Photo by Smiley.toerist at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番50 テューリンガーヴァルト鉄道 Thüringerwaldbahn
ゴータ市電は、1~3系統が市内で完結するのに対して、4系統「テューリンガーヴァルト鉄道(下注)」は市内から郊外に出ていく長距離路線だ。ゴータ中央駅 Gotha Hauptbahnhof から、テューリンガーヴァルト Thüringerwald と呼ばれる山地の北麓、バート・タバルツ Bad Tabarz まで、麦畑を貫き、小山を越えて22.7km。全線乗ると1時間近くかかる。
*注 地元ではヴァルトバーン Waldbahn(森の鉄道の意)と呼ばれる。
市内トラムがこうして離れた町や村を結ぶのは、ドイツで郊外路面軌道 Überlandstraßenbahn と呼ばれて、各地に見られた。しかし、1950年代以降、大部分がバス転換されてしまい、今も定期運行しているのは、前回挙げたベルリン東郊の路線など数えるほどしかない。
ゴータは、かつて一世を風靡したゴータカーのお膝元だが、主力車両はすでに、タトラやデュワグ(デュヴァーク)製などに世代交代している。郊外区間は停留所間距離が長く、市内とは「人」が変わったように、最高時速65kmですっ飛ばしていくのが小気味よい。
テューリンガーヴァルト鉄道には、ヴァルタースハウゼン Waltershausen へ行く2.4kmの支線がある。もとは4系統が二手に分かれる運用だったが、2007年から系統分離されて6系統と呼ばれるようになった。線内折返し運転のために、この区間だけ両運転台の改造車が走っている。
*注 鉄道の詳細は「テューリンガーヴァルト鉄道 II-森のトラムに乗る」参照。
![]() バート・タバルツに向かうタトラカー(2017年) Photo by Falk2 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
続いて、変わり種を二つ。
項番47 テューリンゲン登山鉄道 Thüringer Bergbahn
一つは、テューリンガーヴァルトの東端にある登山電車だ。2020年までオーバーヴァイスバッハ登山鉄道 Oberweißbacher Bergbahn と呼ばれていたこのルートは、延長1.3kmの索道線(ケーブル線)Standseilbahn と、山上を行く同2.6kmの平坦線 Flachstrecke で構成される。山麓にはDBの非電化ローカル線が来ているので、山麓と山上を走る普通列車の間をケーブルカーでつなぐ形になる。
ユニークなのは、この三者間で車両をリレーする仕掛けがあることだ。すなわち、索道線ではふつう、階段型車両が交互に上下するが、ここでは片方が、車両を載せる貨物台車 Güterbühne になっている。かつてはこれで貨車を直通させていたし、今も検査や修理が必要な山上平坦線の車両の上げ下ろしに使われている。
この設備のおかげで、観光鉄道としても好評だ。シーズン中、天気が悪くなければ、貨物台車にオープン客車、いわゆるカブリオ Cabrio が設置される(下の写真参照)。台車より車長があるため、端部が勾配路にかなり突き出し、眺めは上々だ。悪天候時や冬場は、専用のクローズド車両が代わりを務める。
一方、山上平坦線の電車は通常2両編成で走っている。同線オリジナルの小型車両だが、ベルリンの車両整備工場で改造を受けているため、ベルリンSバーンの旧車によく似た風貌が特徴だ。
![]() (左)鋼索鉄道を上る階段型客車 (右)カブリオを載せた貨物台車 |
![]() (左)山上平坦線の電車 (右)右は台車積載用の閉鎖型客車 4枚とも海外鉄道研究会 戸城英勝氏 提供、2023年6月撮影 |
項番35 デーベルン馬車軌道 Döbelner Pferdebahn
ザクセン州中部の都市デーベルン Döbeln では、シーズンの毎月1回、馬がトラムを牽いて市内を巡るのが恒例行事になっている。
デーベルンの市街地は鉄道駅から2km近く離れていて、1892年にこの間を結ぶ馬車軌道が開業した。他都市ではこうした馬車軌道は短命で、まもなく蒸気や電気動力に置き換えられたが、この町ではその機運が生じなかった。1926年まで運行が続けられた後、軌道は放棄され、路線バスに転換されてしまった。しかし、最後まで馬車軌道のままだったことから、2002年に愛好家団体がその復活を目標に活動を始めた。そして2007年から、再び街路に馬の蹄の音が響くようになったのだ。
旧ルートとは異なり、起点は旧市街の南にある馬車軌道博物館で、そこから中心部のオーバーマルクト Obermarkt まで750mの区間を往復する。ドイツでは、北海に浮かぶシュピーカーオーク島 Spiekeroog(→北部編14)とここでしか見られない貴重な光景だ。
デーベルンの場合、稼働可能なトラムは1両のみ。馬も生身なので、悪天候や高温が予想される場合は、運行中止になる。せっかく出かけていっても空振りの可能性があるということを気に留めておきたい。
![]() 馬車軌道再開の日(2007年) Photo by Bybbisch94, Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
最後は標準軌の景勝路線だ。
項番31 エルプタール(エルベ谷)線 Elbtalbahn
ドレスデンとチェコのプラハを結ぶ電化幹線は、終始エルベ川 Elbe(チェコではラべ川 Labe)とその支流に沿っていく風光明媚なルートとして知られる。ドイツ領内では、エルベの谷の鉄道を意味するエルプタール線 Elbtalbahn と呼ばれ、国際列車とともにSバーンS1系統の電車が走っている。
ドレスデンから乗ると、車窓の見どころは、谷が狭まるピルナ Pirna 以降だ。車内がすいてくる頃合いなので、進行方向左側に席を移したい。二つ目の駅シュタット・ヴェーレン Stadt Wehlen を出た後、対岸に、バスタイ Bastei の奇岩とそこに渡された有名な石造橋が見えてくる。ラーテン Rathen からゆっくり右に回っていくと、今度は上流側の山上にそびえるケーニヒシュタインの要塞 Festung Königstein が目に入る。
Sバーン電車の2本に1本は、バート・シャンダウ Bad Schandau が終点だ。ザクセン・スイス国立公園 Nationalpark Sächsische Schweiz の拠点で、対岸の市街地へはバスがあるが、エルベ川の渡船で向かうのも一興だ。鉄道ファンならキルニッチュタール鉄道(項番28)のトラムが待っているし、バート・シャンダウ駅からは国立公園線 Nationalparkbahn の国際ローカル列車でさらに奥へと足を延ばすこともできる。
![]() Sバーンの終点シェーナ Schöna 駅 対岸のチェコ領へ行く渡船が待つ(2024年) Photo by SchiDD at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
次回は、ドイツ西部の主な保存・観光鉄道について。
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