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2024年8月16日 (金)

ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-東部編 I

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ドライ・アンネン・ホーネから山頂に向かうハルツ狭軌鉄道の列車(2016年)
Photo by Markus Trienke at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

ドイツ「保存鉄道・観光鉄道リスト-ドイツ東部」
https://map.on.coocan.jp/rail/rail_germanye.html

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「保存鉄道・観光鉄道リスト-ドイツ東部」画面

東部編には、東部各州(メクレンブルク・フォアポンメルン Mecklenburg-Vorpommern、ブランデンブルク Brandenburg、ベルリン Berlin、ザクセン・アンハルト Sachsen-Anhalt、ザクセン Sachsen、テューリンゲン Thüringen)にある路線をリストアップした。中でも注目に値するのは、狭軌の蒸気鉄道だ。

なぜ、この地域に狭軌の蒸気鉄道が多数残っているのだろうか。それは東ドイツ時代に道路交通への転換対象にならなかったからだが、単に放置されていたわけではない。むしろ国は1964年に、狭軌路線を今後10年間で全廃する方針を決定している。戦後の混乱期に酷使された鉄道は、車両も施設も疲弊して、運用が限界に達していたからだ。方針に基づき、利用が少ない路線は予告もなく廃止されていった。

その一方で、代替手段となるバスの供給が追いつかず、観光輸送が集中する路線などは転換のめどが立たなかった。こうした状況下で1973年に、観光輸送のための交通史の記念碑 Denkmale der Verkehrsgeschichte für den Touristenverkehr として保存すべき7本の狭軌鉄道が選定されている。現行名称で示すと、リューゲン保養地鉄道、保養地鉄道モリー、ハルツ狭軌鉄道(ハルツ横断線、ゼルケタール線、下注)、ツィッタウ狭軌鉄道、レースニッツグルント鉄道、ヴァイセリッツタール鉄道、フィヒテルベルク鉄道だ。

*注 ハルツ狭軌鉄道のうち、ブロッケン線は含まれない。この路線は東西国境に近い一般立入禁止区域を通っているため、シールケ Schierke までは特別許可者のみ乗車できる旅客列車があったものの、その先は軍用列車限定だった。

東ドイツ時代を生き延びることができたのは、このときの選定路線にほかならない。施設の更新はなおも遅々としていたが、廃止線からまだ使える車両の供給を受けるなどで、当面の延命が図られた。参考までに、1980年から1984年にかけて、これら7本の鉄道で稼働している代表的な車両群をあしらった記念切手シリーズが東ドイツの郵政省から発行されている(下の写真参照)。

ドイツ再統一後、DBの民営化に伴って、これら狭軌鉄道の運営は州や自治体が出資する事業会社に移された。そして、Sバーンなどと同格の近距離鉄道旅客輸送 SPNV の枠組みに入り(下注)、今や等時隔のパターンダイヤ Taktfahrplan で運行されている路線さえある。これは、愛好家団体が独自に運営している保存鉄道とは明確に異なる点だ。

*注 SPNV=Schienenpersonennahverkehr、時刻表番号が3桁の路線(系統)がこれに該当する。それ以外の保存鉄道の番号は5桁。

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東ドイツの狭軌鉄道記念切手シリーズ(1980~84年)
上からリューゲン保養地鉄道、保養地鉄道モリー、
ハルツ狭軌鉄道ハルツ横断線、同 ゼルケタール線
All stamps were designed by Detlef Glinski and issued by the German Post of the GDR.
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上からツィッタウ狭軌鉄道、レースニッツグルント鉄道、
ヴァイセリッツタール鉄道、フィヒテルベルク鉄道
All stamps were designed by Detlef Glinski and issued by the German Post of the GDR.
 

項番1 リューゲン保養地鉄道「韋駄天ローラント」Rügensche BäderBahn "Rasender Roland"

バルト海に浮かぶドイツ最大の島、リューゲン島 Rügen には、本土につながる標準軌線のほかに、総延長100km近い750mm軌間の軽便鉄道網があった。その中で唯一残っているのが、東海岸のリゾート地へ延びるリューゲン保養地鉄道 Rügensche BäderBahn(下注)だ。

*注 原語の Bäderbahn(ベーダーバーン)は、バートの鉄道を意味する。バート Bad は温泉地、保養地、リゾートのことで、ベーダー Bäder はその複数形。

標準軌線に接続するプトブス Putbus から島の東端ゲーレン Göhren までが本来の区間だが、1999年以降、列車はプトブスでその標準軌線に乗り入れて、バルト海の港ラウターバッハ・モーレ(埠頭)Lauterbach Mole まで行くようになった(下注)。もちろん線路幅が違うので、この間は新たにレールが1本足され、3線軌条になっている。

*注 この標準軌線ベルゲン・アウフ・リューゲン Bergen auf Rügen~プトブス~ラウターバッハ・モーレ間は、2014年からDBの手を離れて、狭軌鉄道の運行会社の所有・運営になった。

列車は「ラーゼンダー・ローラント(韋駄天ローラント)Rasender Roland」の名で呼ばれる。2時間間隔の運行だが、5~10月のシーズン中はさらに末端側のビンツ Binz ~ゲーレン間で増発されて、1時間間隔になる。これをすべて手間のかかる蒸機で賄っているのだから驚くほかない。

全線24.1km、乗ると2時間かかるが、沿線は畑と林が続く。車窓に水面が覗く区間はわずかで、起点の港を除けば、終盤に現れるゼリン湖 Selliner See ぐらいだ。復路で退屈しそうなら、ゼリン湖の埠頭とラウターバッハ・モーレを結ぶ観光船か、ビンツの町を散策しがてらDB線(下注)への乗継ぎという選択肢もある。

*注 オストゼーバート・ビンツ Ostseebad Binz からシュトラールズント Stralsund 方面へ、RE9系統の列車がある。

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3線軌条のラウターバッハ・モーレ駅(2022年)
Photo by A.Savin at wikimedia. Free Art License.
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プトブス駅の発着ホーム(2019年)
Photo by Peter Kersten at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番3 保養地鉄道モリー Bäderbahn Molli

バルト海 Ostsee 沿岸にあるもう一つの蒸気鉄道が、保養地鉄道モリーだ。沿線のバート・ドベラーン Bad Doberan やキュールングスボルン Kühlungsborn の地名は知らなくても、「モリー Molli」と言うだけでわかるほど、その名は広く浸透している。

900mmという軌間も希少だが、それより珍しいのは、蒸気機関車が狭い街路を通り抜けるシーンだ。バード・ドベラーンでは、線路が中心市街地を文字どおり貫いている。人々が憩うカフェテラスのすぐ前を、機関車から連打される警戒のベル音とともに、列車はゆっくりと通過していく。

上下合わせればほぼ30分おきに通るので、市民には日常風景だろうが、着いたばかりの観光客としてはカメラを向けないわけにはいかない。ちなみに、転車台がないため、キュールングスボルン行きの機関車はバック運転(逆機)だ。復路で正面を向く。

全線15.4kmのうち、併用軌道は1km足らず。その先はうるわしい菩提樹の並木道に沿って西へ進む。中間駅のハイリゲンダム Heiligendamm で反対列車と行き違いをした後は、畑の中を貫いていく。

終点キュールングスボルン・ヴェスト(西駅)Kühlungsborn West は、蒸機の運行拠点で、機関庫で休む同僚機が見られるかもしれない。5両いる現役機関車はどれもベテランの風貌をしているが、実は1両だけ21世紀生まれの新顔が混じっている。99 2324のプレートをつけたその機関車は99.32形のレプリカで、2009年にマイリンゲン Meiringen の工場で完成した。定期運行用としては、ドイツでほぼ50年ぶりの新造だったそうだ。

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バート・ドベラーンの市街を通過する蒸気列車(2012年)
Photo by simon tunstall at wikimedia. License: CC BY 3.0
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終点キュールングスボルン西駅(2011年)
Photo by kitmasterbloke at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

項番18~20 ハルツ狭軌鉄道 Harzer Schmalspurbahnen (HSB)

どこまでも平地が広がる北ドイツで、ハルツ山地 Harz はとりわけ目立つ山塊だ。霧に自分の影が投影される現象で有名なブロッケン山 Brocken が最高峰で、標高は1141mある。この山地にメーターゲージの鉄道網が築かれたのは1880~90年代のことだ。それはハルツ狭軌鉄道として、蒸気機関車による運行形態もそのままに維持されている(下注)。

*注 一部の列車は気動車で運行される。

延長140kmに及ぶ路線網は、大きく3つに分けられる。

ブロッケン線 Brockenbahn(項番18)は長さ19.0km、人々をハルツの最高峰へいざなう同 鉄道の看板路線だ。列車がほぼ1時間おきに1日8往復、週末は10往復も設定されていて、人気ぶりがうかがえる。ブロッケン山には自動車道が通じておらず、列車が唯一の交通手段になっている。それで、北麓の町ヴェルニゲローデ Wernigerode からの直通列車だけでなく、駐車場のあるドライ・アンネン・ホーネ Drei Annen Hohne を始発・終着とする列車のニーズも大きい。

蒸気列車は、トウヒの森に囲まれた30~33.3‰の急坂を力強く上っていく。最後の中間駅シールケ駅を出ると、森の背丈がいつしか低くなり、車窓が明るくなってくる。森林限界を超え、スパイラルを反時計回りに1周半すると、山頂駅だ。山腹を吹き上がる西風が雲を呼ぶため、天気はすぐ変わる。もし晴れたタイミングで到着したなら、見渡す限りの大パノラマをしっかりと目に焼き付けたい。

*注 鉄道の詳細は「ハルツ狭軌鉄道 I-山麓の町ヴェルニゲローデへ」「同 II-ブロッケン線」参照。

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ブロッケン山頂はまもなく(2008年)
Photo by Nawi112 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

ハルツ横断線 Harzquerbahn(項番19)は、名称どおり、山地を南北に横断してヴェルニゲローデとノルトハウゼン北駅 Nordhausen Nord を結ぶ60.5kmの路線だ。本来のメインルートだが、ブロッケン行きの列車も通るヴェルニゲローデ~ドライ・アンネン・ホーネ間はともかく、中間部は実に閑散としている。1日4往復しかなかったのに、うち2往復は今やバス代行になってしまった。

一方、ノルトハウゼン側では、途中のイールフェルト Ilfeld まで市内トラムが乗り入れてくる。軌間は同じでも非電化なので、トラムは蓄電池を積んだハイブリッド仕様だ。市内軌道では架線から集電し、ハルツ横断線に入ると蓄電池を電源にして走る。これによってこの区間の駅では、現代風の連節トラムと蒸気列車がホームで隣り合う珍しい光景が見られるようになった。

*注 鉄道の詳細は「ハルツ狭軌鉄道 III-ハルツ横断線」参照。

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終点ノルトハウゼン北駅(2012年)
Photo by Markus Trienke at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

ゼルケタール線 Selketalbahn(項番20)は長さ60.8km、比較的標高の低い山地東部を横断していく。しかし、前半の分水界越えには、ブロッケン線をしのぐ40.0‰の急勾配があり、半径60mの急カーブを筆頭に、きつい反向曲線が連続する。軽便規格の険しいルートであることに変わりはない。

こちらも需要がそこそこあるのは、中間のアレクシスバート Alexisbad までだ。ここでハルツゲローデ Harzgerode 方面とハッセルフェルデ Hasselfelde 方面に線路が分かれるため、残りは1日4往復の閑散区間になる(ただしバス代行ではない)。ハルツ横断線に合流するアイスフェルダー・タールミューレ Eisfelder Talmühle は、そうした閑散線どうしの静かな乗換駅だ。各方面の列車が接続のために顔を揃える時間帯だけ、生気が戻ってくる。

方や、起点側のクヴェードリンブルク Quedlinburg とゲルンローデ Gernrode の間は、2006年に開通したばかりの新線だ。世界遺産都市に乗入れるために、廃止された標準軌線をわざわざメーターゲージに改軌したことで話題になった。車庫はもとの起点ゲルンローデに残されていて、朝晩、出入庫車両の運用がある。

*注 鉄道の詳細は「ハルツ狭軌鉄道 IV-ゼルケタール線」参照。

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アレクシスバート駅の単行気動車(2012年)
Photo by Markus Trienke at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

項番21 リューベラント鉄道 Rübelandbahn

ザクセン州の蒸気鉄道は次回紹介するとして、ハルツ山地に分け入る標準軌の山岳路線にも触れておきたい。山地北麓のブランケンブルク Blankenburg と山中の町エルビンゲローデ Elbingerode の間18.2kmを結んでいるリューベラント鉄道だ(下注)。

*注 かつてはさらに奥へ進み、タンネ Tanne まで30.3kmの路線だった。

沿線の鉱石輸送を目的に全線開業したのは1886年。ハルツ狭軌鉄道と時代が重なるが、同じようにルート前半で分水界を越えるために61‰の急勾配があり、これをスイッチバックと、開発されて間もないアプト式ラックレールで克服した。

路線は、第二次大戦後の国有化で改称されるまで、ハルツ鉄道 Harzbahn と呼ばれていた。それで狭軌鉄道(下注)と混同されることもあるのだが、旧 信越本線碓氷峠区間の建設に当たって参考にしたのは、この標準軌線だ。その後1920年代に、強力な蒸気機関車が導入されてラック運転は不要となり、レールも撤去された。1966年には電化が完了して、蒸機も姿を消した。

*注 ハルツ狭軌鉄道は当初から粘着式で運行され、ラックレールは使われていない。

現在のリューベラント鉄道は、もっぱら石灰石を搬出するための貨物線だ。一般旅客輸送は行われていないが、うれしいことに、愛好家団体が毎月特定日に走らせている蒸気列車がある。動輪5軸の強力な95形機関車が、車庫のあるブランケンブルク駅を出て険しい坂道を上っていく姿は、ハルツ鉄道の昔を彷彿とさせる。

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ヒュッテンローデ Hüttenrode 付近(2020年)
Photo by Albert Koch at flickr. License: CC BY-ND 2.0
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リューベラント鉄道博物館前の95形(2012年)
Photo by Carsten Krüger Wassen at wikimedia. License: CC BY 3.0

次は、ベルリン東郊に点在する小規模な電気鉄道をいくつか挙げよう。これらに共通するのは、長距離幹線の駅から少し離れた町や行楽地へ向かう路線という点だ。幹線鉄道は、主要都市を最短時間で結ぶことを目的に建設される。それでルートから外れた土地への交通手段は、こうした軽規格の支線鉄道が担っていた。

項番7 ブーコー軽便鉄道 Buckower Kleinbahn

最も東に位置するブーコー軽便鉄道は、東部本線 Ostbahn のミュンヒェベルク Müncheberg 駅を起点に、メルキッシェ・シュヴァイツ自然公園 Naturpark Märkische Schweiz(下注)の中心地ブーコー Buckow まで行く4.9kmの標準軌支線だ。

*注 メルキッシェ・シュヴァイツは、マルク・ブランデンブルク Mark Brandenburg(ブランデンブルク辺境伯領 Markgrafschaft)のスイスを意味する。風光明媚な地域をスイスに例えたもの。

東部本線というのは、プロイセン王国時代にベルリンとケーニヒスベルク Königsberg(現 ロシア領カリーニングラード Kaliningrad)を結んだ総延長740kmの鉄道だ。重要幹線の一つだったので、途中の小さな町などには目もくれず、広大な平野をひたすら驀進していく。そこで、北に離れた森と湖の里ブーコーへは、1897年に最寄り駅から750mm軌間の軽便鉄道が開通した。これが1930年に標準軌に転換され、同時に直流電化されて、現在に至る。

保存鉄道として維持されているこの支線の特徴は、改軌電化の際に配備された479形電車の存在だ。879形の付随車とのペアで運行されている。1980年代に改修を受けたとはいえ、角ばった外観や中央の側扉といったレトロな風貌は健在で、吊掛けモーターの唸りとともに、訪れる人のノスタルジーを誘ってやまない。

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ミュンヒェベルク駅で発車を待つ(2012年)
Photo by Andre_de at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番8 シュトラウスベルク鉄道 Strausberger Eisenbahn

シュトラウスベルク鉄道は、ブーコーより少し早く1893年に開業している。町の6km南にある東部本線のシュトラウスベルク Strausberg 駅から、間を埋める深い森を貫いて、町の中心部に達した蒸気鉄道だった。電化は1921年で、このとき後半の区間が移設され、ルストガルテン  Lustgarten に至る現在の道端軌道が出現した。

ブーコーと違って、こちらはSPNVとして公共輸送を担っている。平日は20分ヘッドで走り、バリアフリー化のために、ベルリン市内と同じボンバルディアの低床トラムも導入済みだ。並行してSバーン(S5系統)があり、町裏にある駅(下注)から乗り換えなしでベルリン中心部まで行けるというのに、至って元気な路線で、歴史あるわが町のトラムに対する市民の愛着が感じられる。

*注 S5系統シュトラウスベルク・シュタット Strausberg Stadt駅。

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終点ルストガルテンの低床トラム(2022年)
Photo by Lukas Beck at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

ここでもう一つ、観光名所になっているのが、鉄道の終点駅近くでシュトラウス湖を横断している渡船 Strausseefähre だ。幅350mの細長い湖とあって、湖上に架線が渡され、そこから集電して走る。湖面には別途、ケーブルが2本張ってあり、これを船体の両側に通すことで航路を誘導する仕組みだ。前身の船はガソリン動力だったが、騒音と漂う石油臭が不評で、1915年にこのトロリーフェリーに置き換えられた。現在の船は1967年に就航した2代目の「シュテッフィ Steffi」、今やヨーロッパ唯一という貴重な動く文化財だ。

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トロリーフェリー「シュテッフィ」(2023年)
Photo by Zonk43 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

項番9 ヴォルタースドルフ路面軌道 Straßenbahn Woltersdorf

ベルリン市内から南東に走るSバーン(S3系統)のラーンスドルフ Rahnsdorf の駅前からは、ヴォルタースドルフ Woltersdorf の町へ向かうトラムが出発している。延長5.6kmの小路線で、自治体設立の会社が所有している文字どおりわが町のトラムだ(下注)。町の人口は8500人ほどで、独自のトラム路線を持つ自治体では最小規模だという。にもかかわらずダイヤは20分間隔、さらに平日の朝夕は根元区間で10分間隔と頻発していて、使い勝手がいい。

*注 列車の運行管理は、2020年からシェーナイヒェ=リューダースドルフ路面鉄道会社が担っている。

ルートは、前半が森の中、後半はヴォルタースドルフの住宅街を進んでいく。67‰の急な下り坂や、狭い道路でクルマと鉢合わせしそうな併用軌道など、注目個所がいくつかある。終点は運河の閘門の前で、開業当時は人気の観光スポットだった。

この路線の特色は、もっぱら中古の2軸ゴータカーが定期運用されていることだ。東ドイツ時代にゴータ車両製造人民公社 VEB Waggonbau Gotha で製造された車両群だが、ベルリンやシュヴェリーンなど他都市から引退した後、ここに終の棲家を見出した。改修を受けているとはいえ、もう60年選手だ。

しかし、バリアフリー化を達成するために、ここでも低床車の導入計画が進んでいて、今年(2024年)7月にポーランド製の3編成が現地に到着したと報道された。長らく隆盛を誇ったゴータカー王国も、にわかに体制が揺らぎ始めている。

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ヴォルタースドルフ病院 Woltersdorf Krankenhaus 付近(2010年)
Photo by der_psycho_78 at wikimedia. License: CC BY 3.0
 

項番12 シェーナイヒェ=リューダースドルフ路面軌道 Schöneicher-Rüdersdorfer Straßenbahn (SRS)

Sバーンでラーンスドルフからベルリンに向かって次の駅、フリードリヒスハーゲン Friedrichshagen にも、同じように独立したトラム路線がある。Sバーン線の駅から深い森を抜けて、シェーナイヒェ(シェーンアイヒェ)Schöneiche、リューダースドルフ Rüdersdorf という二つの町を結んでいる 14.1kmの路線だ。

上述した3路線はいずれも標準軌だったが、シェーナイヒェ=リューダースドルフ路面軌道は、ベルリン都市圏で唯一のメーターゲージ(1000mm軌間)だ。起点のフリードリヒスハーゲンには、Sバーン駅を挟んで反対側にベルリン市電も来ているのだが、軌間の違いで直通できず、1910年の開業からずっと孤立路線に甘んじている。起点から約4kmの間はベルリン市内を走るため(ただし森の中で、集落はない)、地元ではベルリン市電への編入を要望しているそうだが、実現していない。

とはいえ、ベルリンに限定しなければ、メーターゲージのトラムは何ら珍しい存在ではない。事実、現在の運用車両は、ハイデルベルク、コットブスなど国内各地のメーターゲージ市電から譲渡された中古車だ。また、最も新しい低床3車体連節車は、フィンランドのヘルシンキからやってきた。たまたま車体の色がどちらも黄色と緑なので、オリジナル色のままでも違和感なく走っている。

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ヘルシンキから来た低床車アルティック Artic(2019年)
Photo by Mirkone at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

項番24 ナウムブルク路面軌道 Straßenbahn Naumburg

ナウムブルク Naumburg はライプツィヒの南西50kmにある町で、4本の尖塔を持つ堂々たる大聖堂で知られる。ここでも国鉄駅と旧市街を連絡するメーターゲージの馬車軌道が、1892年に開通した。1907年に電化され、東ドイツ時代までは環状ルートで走っていたが、施設の劣化が進行し、再統一後の地域経済が減退するなかで、運行は中止されてしまった。

公共交通機能がバスに移されるなか、愛好家団体が会社を設立し、市当局の協力を得ながら、少しずつ軌道の再建を進めていった。環状線のうち西側を廃止する代わりに、東側は公費で改修されることになった。もとの軌道は旧市街のマルクト広場 Marktplatz を経由していたが、このとき、道幅に余裕のある外縁ルートに変更されている。

こうして2006年にはシーズン中、毎週末の保存運行が始まった。さらに2007年のシーズンから4年間は、試験的に毎日運行され、結果が良好だったことから、2010年、ついに近距離公共旅客輸送機関 SPNV への復帰が決まったのだ。

現在、路線は中央駅 Hauptbahnhof とザルツトーア Salztor の間 2.9kmで、30分ごとに運行されている。路面軌道とはいうものの、全線にわたって車道と分離されているので、実態は道端軌道だ。主役は、1960年前後に製造されたゴータカーと、1970年代の「レコ」トラムで、保存鉄道の雰囲気をまといながら今日も走り続けている。

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終点ザルツトーア付近の「レコ」トラム(2018年)
Photo by Michał Beim at wikimedia/flickr. License: CC BY-SA 4.0

最後は、東部各州に見られる公園鉄道について。

公園鉄道というのは、都市公園の中を走っている遊覧鉄道のことだが、東部の場合、そのほとんどが、東ドイツ時代に青少年の社会教育訓練施設として設置されたピオネール鉄道 Pioniereisenbahn(下注)に由来する。ピオネール鉄道は、1930年代に旧ソ連のモスクワで開設されたものが最初とされ、第二次世界大戦後は、1950年のドレスデンを皮切りに東ドイツの各都市にも広まっていった。これらは公園内に造られたので、ドイツ再統一後も、名称が公園鉄道 Parkeisenbahn に変わっただけで、青少年が運行に携わる組織ともども多くが存続している。

*注 ピオネール пионе́р(英語の pioneer に相当)は、共産主義圏における少年団組織。

このうち、ベルリン市内南東部にあるヴールハイデ公園鉄道 Parkeisenbahn Wuhlheide、別名 ベルリン公園鉄道 Berliner Parkeisenbahn(項番10)は、ドイツ最大の路線網と車両群を維持する公園鉄道だ。軌間は600mm。開業は1956年と比較的遅いが、1993年にSバーンの駅前まで延長されたことで、路線長は6.9kmに達した。

ふだん列車を牽くのは小型ディーゼル機関車だが、第1、第3週末には蒸気機関車も登場する。運行系統は2通りあり、中央駅 Hauptbahnhof と呼ばれる拠点を出発し、ヴールハイデ駅前に立ち寄りながら園内を周回するルートの場合、乗り通すのに約30分かかる。

この鉄道の運行には、10歳以上の青少年170名以上が携わっている。彼らは年齢に応じて理論研修や実践訓練を受けながら、車掌や踏切警手から始まり、出札業務や信号業務とさまざまな業務をこなしていく。紺の制服に身を包んで、きびきびと動く彼らは傍目にも頼もしげだ。

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ヴールハイデの5号機「アルトゥール・コッペル Arthur Koppel」(2001年)
Photo by Andreas Prang at German Wikipedia. License: public domain
 

ドレスデン公園鉄道 Dresdner Parkeisenbahn(項番29)の前身は、上述のとおり、1950年に東ドイツで最初に開設されたピオネール鉄道だ。路線長は5.6km(下注)あり、ここも1周30分かかる。平日は蓄電池機関車だが、週末にはクラウス Krauss 製の蒸機が列車の前につく。

*注 なお、路線長の数値は、上下線が並走(=複線)する中央駅 Hauptbahnhof ~動物園駅 Bahnhof Zoo 間をダブルカウントしている。

軌間は381mm(15インチ)で、ウィーンのプラーター公園 Prater を走る有名なリリプット鉄道 Liliputbahn がモデルになっている。リストには挙げていないが、ドレスデンに次いで1951年に開業したライプツィヒ Leipzig のそれも同じ軌間だ。しかし、リリプット車両の流通量が少なかったため、これ以降のピオネール鉄道は、軽便線として普及していて転用が容易だった600mm軌間で計画されていく。

コットブス公園鉄道 Parkeisenbahn Cottbus(項番16)は1954年の開通で、軌間は600mm。周回軌道ではなく、DB駅前から公園の南端まで南下していく一本道のルートだ。東ドイツ時代は公園内で完結していたのだが、1995年に開催された連邦園芸博の機会に、ヴールハイデの例に倣ってDB駅まで延伸された。

その結果、現在はザンドアー・ドライエック Sandower Dreieck~パルク・ウント・シュロス・ブラーニッツ Park & Schloss Branitz 間3.2kmとなり、片道19分。軌間が広い分、客車の空間も広く取られ、狭苦しいドレスデンに比べるまでもなく、大のおとなが並んでも十分余裕がある。

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ドレスデン公園鉄道の複線区間(2010年)
Photo by Henry Mühlpfordt at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
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コットブス公園鉄道ザンドアー・ドライエック駅(2017年)
Photo by kevinprince3 at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

こうした公園鉄道は、上述したものの他にも、ケムニッツ Chemnitz(項番38、1954年開設)、プラウエン Plauen(以下リスト未掲載、1959年開設)、ハレ Halle(1960年開設)、ゲルリッツ Görlitz(1976年開設)などの都市で今も動いている。

なお、リストには、ベルリンのブリッツ公園鉄道 Britzer Parkbahn(項番14)も挙げているが、これは旧 西ベルリンにあり、1985年に園芸博のアトラクションとして開設されたもので、ピオネール由来ではない。

続きは次回に。

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