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2024年7月13日 (土)

祖谷渓の特殊軌道 II-祖谷温泉ケーブルカー ほか

前回に引き続き、祖谷渓(いやだに)にある特殊軌道を訪ねる。

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図1 祖谷渓周辺の1:200,000地勢図
 橙色の枠は詳細図の範囲、図2は前回掲載
(右)1978(昭和53)年編集、(左上)1986(昭和61)年編集、(左下)1995(平成7)年要部修正

 

てんとう虫のモノライダー

レジャー向きということなら、より小規模なモノレールが、西祖谷の中心、一宇(いちう)の対岸にある「祖谷ふれあい公園」で稼働している。祖谷渓の入口に位置しているので、アクセスも比較的容易だ。

名づけて「てんとう虫のモノライダー」。低年齢層に的を絞った外観だが、奥祖谷のカブトムシで見慣れたのでもはや気にもならない。線路構造は奥祖谷と違い、平滑レールを欠いた簡易版で、みかん山の運搬用モノレールに近い。車体も小ぶりだ。一応、前後2人乗りというものの、またがり席で奥行きもなく、子どもと大人1人ずつがせいぜいだろう。全長430m、乗車時間は約8分。

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「てんとう虫」乗り場
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カップルなら狭さは問題なし
 

ルートは周回型で、山腹をひとしきり上った後、高台の公園で半回転し、反対側の谷斜面を降りていく。端的に言って遊園地の遊具だが、後半では祖谷渓一帯の眺望がきくし、下り急斜面にヘアピンカーブで乗り出すなど、ささやかながら見どころやスリルもあり、悪くなかった。

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(左)前半は山腹を上る
(右)後半はヘアピンカーブで急降下
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「てんとう虫」から見る祖谷渓、遠景は一宇の集落

祖谷温泉ケーブルカー

祖谷渓にはケーブルカーもある。谷筋に点在する温泉宿で、館外の露天風呂へ客を運んでいるのだ。

大歩危から行くと、祖谷大橋を渡った一宇(いちう)で左折する。集落を抜けた後、V字谷の中腹をくねくねと伝う危うい一本道をたどる。これは、祖谷トンネル開通以前(下注)の祖谷渓を貫くメインルートなのだが、5kmほど先の、いくつ目かの張り出し尾根を回るところに、目指す「ホテル祖谷温泉」が建っている。

*注 祖谷トンネルを含む大歩危~一宇間は、1974年に祖谷渓有料道路として開通したが、1998年に無料化され、現在は県道。

そこは前後数kmにわたって人家の途絶えた場所で、まさにポツンと秘境の一軒宿だ。そのうえ、名物の露天風呂ははるか崖下の祖谷川の河原で湧いているため、旅館の建物から谷底まで、転げ落ちるような急斜面を降りていかなければならず、その間を小型のケーブルカーが結んでいる。

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ホテル祖谷温泉
 

谷底の温泉へ行くケーブルカーといえば、箱根の対星館にあったものが有名だが、老朽化で2009年に嘉穂製作所のスロープカーに転換された後、旅館自体も休業してしまった。同種のものは王子の飛鳥山をはじめ全国各地で導入されているから、もはや珍しいものではない。対する祖谷渓のこれは1984年の開業で、今なおケーブルで車両を上下させている。現在のシステムは2004年に更新された3代目だという。

現地の案内板によれば、車両の諸元は全長9.15m、幅1.60m、高さ2.14mで、乗車定員は17名だ。線路は、上下駅間の距離が250m、標高差170m、レールの勾配はなんと約42度(900‰、下注)もある。鉄道事業法によるケーブルカーの最急勾配は、よく知られた高尾山の31度18分(608‰)だから、それをはるかに上回る。

*注 後述するように一定勾配のため、斜辺と高さの値が正確なら、計算上は42.84度、927.44‰になる。

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本館と谷底の露天風呂を結ぶケーブルカー
 

旅館内施設ではあるものの、宿泊客だけでなく日帰り客も利用できるというので、モノレールの帰りに立ち寄った。フロントで1700円の日帰り入浴料を払って、通路を奥へ進む。乗り場のドアを開けると屋根は架かっているものの屋外で、V字の谷が見晴らせる。下を覗くと、ちょうどナローゲージに似た馬面のキャビンが上ってくるところだった。

ケーブルカーのルートは直線で、勾配も一定、あたかもエレベーターを斜めに立てかけたようだ。線路が降下していく先に、祖谷川の白濁した流れもかいま見える。

降りる客と入れ替えに、キャビンに乗り込んだ。車内は通路左右に1人席が配置され、長手方向は、勾配に合わせて思い切り急な階段になっている。乗員はおらず、セルフサービスの運行方式だ。最後に乗り込む人が乗り場のドアを閉め、車両のドアも閉める。そして進行方向の窓下にある「上り」「下り」のボタンを押せば、動き出す。所要時間は片道約5分だ。

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(左)急階段の車内
(右)前面車窓は額縁に嵌った絵画のよう
 

下降し始めはちょっと怖い。かぶりつきから見る景色が文字どおり千尋の谷底で、傾斜の感覚は42度どころか、それをはるかに超えているからだ。しかし動きはゆっくりで、加速もしないからすぐに慣れる。行路が半ばを過ぎると、木々の間から河原の眺望が開けてきた。直下のデッキで休憩している先客たちの姿もだんだん大きくなる。涼しげな川の水音が耳に届いてきて、間もなく下の駅に到着した。

鉄道趣味はここまでにして、後は温泉巡りの喜びに浸りたい。河原に面した露天風呂は天然かけ流しのアルカリ泉で、ぬるめの湯なのでゆっくりつかれた。その後は川べりに設けられたテラスに出て、幽谷を抜けていく風に吹かれる。日帰りで慌ただしく訪ねたことを正直後悔した。

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谷底から仰ぐ急傾斜路
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露天風呂に隣接する祖谷川べりのテラス
 

再びケーブルカーで本館に戻ったときに、フロントの人と言葉を交わした。「いいお風呂でした。もとの目的はケーブルカーに乗ることだったんですが」と告白すると、相手も笑いながら「そうでしたか。では、かずら橋のホテルも行かれましたか? あちらは逆に山を上っています」。

下調べが粗くて見落としていたのだが、その「新祖谷温泉ホテルかずら橋」でも、同じように本館と露天風呂の間をケーブルカーが行き来しているらしい。ネットで検索すると、切妻屋根の下に障子、羽目板壁が施されたとてもユニークなキャビンだ。和室が坂を上り下りする珍景と評されている。

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ホテルかずら橋の和風ケーブルカー
Photo by ブルーノ・プラス at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

これは行っておかないと、とは思うが、この日もう1軒はしごするのは時間的に難しかった。残念だが、次来るときの楽しみにとっておこう。また日帰り入浴では勿体ないし… 自らにそう言い聞かせて、くつろぎの一軒宿を後にした。

というわけで、秘境祖谷渓の知られざる特殊鉄道を巡る旅は、私の中でまだ終わっていない。

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図3 祖谷温泉~かずら橋周辺の1:25,000地形図
 

本稿は、コンターサークル-s『等高線-s』No.17(2021年)に掲載した記事「祖谷渓の「鉄道」巡り」に加筆し、写真と地図を追加したものである。
掲載の地図は、国土地理院発行の20万分の1地勢図徳島(昭和53年編集)、剣山(昭和53年編集)、岡山及丸亀(昭和61年編集)、高知(平成7年要部修正)および地理院地図(2024年6月15日取得)を使用したものである。

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