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2024年4月25日 (木)

新線試乗記-北大阪急行、箕面萱野延伸

北陸新幹線延伸開業の翌週、2024年3月23日に、関西でも既存路線の延伸開業があった。北大阪急行電鉄南北線の千里中央(せんりちゅうおう)~箕面萱野(みのおかやの)間2.5kmだ。

新線の話題もさることながら、そもそも北大阪急行(以下、略称の北急(きたきゅう)と記す)という名称自体、関西圏以外ではなじみがないかもしれない。もとは1970年に大阪の千里丘陵で開催された万国博覧会の会場へのアクセスとして建設された路線で、博覧会終了後は、開発が進行していた千里ニュータウンの住民の足として機能してきた。

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箕面萱野駅を後にする北急9000系
 

しかし鉄道の知名度はともかく、そのポテンシャルは近隣の路線に勝るとも劣らない。というのも、線路は大阪メトロ御堂筋(みどうすじ)線につながっていて、事実上、同線の北の延長区間に当たるからだ(下注)。首都圏でいえば、メトロ南北線に直通している埼玉高速鉄道に似ている。

*注 駅ナンバーは両線通し番号で、頭にMがつく(M06~M30)。

いうまでもなく御堂筋線は、大阪の二大繁華街であるキタ(梅田周辺)とミナミ(心斎橋、難波周辺)、鉄道のジャンクションである新大阪や天王寺などを結んでいる鉄道の大動脈だ。北急の、標準軌で直流750V、第三軌条集電という規格・方式も同線のそれを踏襲したもので、乗換えなしに大阪都心まで到達できる便利さは、北急最大のアドバンテージになっている。

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大阪メトロ路線図(一部)
北急線は御堂筋線(赤色)の上部にある
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9000系ラッピング車
モミジで知られる箕面をアピールする
西中島南方駅から南望
 

冒頭に北大阪急行電鉄南北線と書いたが、北急の路線はこれ1本しかない。御堂筋線に接続する江坂(えさか)から、ニュータウンの中心である千里中央に至る5.9kmが従来の運行区間だ。大阪メトロ(当時は大阪市交通局)の新大阪~江坂間と同時に建設され、開業している(下注)。

*注 1970年2月の開業時は万国博中央口駅に至る路線だったが、終幕した9月に現 千里中央駅を終点とするルートに切り替えられた。

今回、これが北へ2.5km延伸された。線路は千里丘陵を越えて、北摂(ほくせつ)山地の手前に位置する箕面萱野駅に達した。きょうはその新規区間を含めて北急全線を、途中駅の観察を交えながら乗り通してみようと思う。

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延伸開業のポスター

新大阪で東海道線(JR京都線)から乗り継いで、地下鉄御堂筋線の広い島式ホームに上がった。地下鉄といっても、すでにここでは高架構造だ(下注)。ホームの北端にあるトレインビューの待合室から眺めると、架線やビームのないすっきりした線路が、新御堂筋(国道423号)の本線に両側を挟まれながらまっすぐ延びている。

*注 二つ手前の中津駅までが地下で、その後高架に上がり、淀川は橋梁で越えている。

延伸前まで御堂筋線の列車は、早朝深夜を除いて、新大阪か、千里中央で折り返す運用だった。しかし、今や千里中央の名は消えて、あらゆる案内表示が箕面萱野に置き換わっている。

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新大阪駅
(左)もう見られない千里中央行
(右)更新された路線図
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架線のない線路が北へ延びる
新大阪駅北待合室から北望
 

やってきたその箕面萱野行きに乗って、北へ向かった。両側の新御堂筋をクルマがひっきりなしに行き交い、その外側を中層のマンションや商業ビルがびっしりと取り囲む。東三国(ひがしみくに)に停車後、神崎川(かんざきがわ)を斜めに渡れば大阪市域を離れ、次が会社境界駅の江坂だ。

大阪メトロの管理駅はここまでで、短い停車時間に乗務員の交替が手際よく行われる。改札口はホームの両端にあり、出ると歩道橋で新御堂筋の側道(下道)をまたいで、側歩道に降りられるようになっている。

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江坂駅
(左)高架の島式ホーム
(右)歩道橋で側歩道に接続
 

下の写真は江坂駅の券売機コーナーだが、機械を大阪メトロと北急に分けているのが境界駅ならではだ。そのため、メトロ(地下鉄)の券売機の前で立ち尽くし、千里中央の切符はどうやって買うのか、と後ろに並ぶ客に尋ねている人を今でも見かける。

また、北急の運賃にも注目したい。1区わずか100円、千里中央まで6km乗っても140円だ。以前は1区80円だったと記憶するが、いずれにしろ破格値に違いない。ただし江坂を跨ぐと両社の運賃が合算(下注)されるため、相応の価格になる。これに対して、新規開業区間は60円の加算運賃が設定されて、1区160円だ。これでも他の公共交通に比べれば安い方だが。

*注 ただし短区間は、激変緩和策で合算額から20円割引。

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江坂駅の券売機コーナー
会社別に完全分離されている
 

さて、北急線に入ると新御堂筋が地上に降りていき、いったん鉄道単独の高架になる。トラス橋でまたぐ4車線道は名神高速道路で、この後30~35‰の急勾配で千里丘陵に上がっていく。緩いカーブでルートがやや西に振れているのは、東側の五里山(ごりやま)と呼ばれた尾根筋を避けたようだ。旧版地形図によればピークの標高は83.1mあり、今も一部は均されずに残っている。

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緑地公園駅に接近する上り列車
 

進むうちに新御堂筋のほうがじわじわと高くなり、次の緑地公園(りょくちこうえん)駅は掘割の中にある。ホームから空は見えるが、屋根の上は新御堂筋の本線道路だ。改札口も周囲の土地より低い位置にあるため、街路からは階段を降りて入る形になる。

唯一、西口は商業ビルの中を抜けて、幅広い緑陰の散歩道に続いている。まっすぐ進めば、駅名の由来である服部(はっとり)緑地公園にたどり着く。東の万国博記念公園と並ぶ、千里丘陵周辺に設けられた広大なオアシスだ。

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掘割の中にある緑地公園駅
ホーム屋根の上は新御堂筋
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(左)緑地公園駅西口
(右)服部緑地、東中央広場
 

緩い左カーブを曲がりきると、再び新御堂筋と並走する直線区間になる。周りはなお商業ビルが立ち並ぶが、竹藪や林も少しずつ見え始めて、丘陵の開発地らしい風景に変わってくる。

左後方に分かれていく桃山台車庫への引込線を見送ると、桃山台(ももやまだい)駅だ。すでにニュータウンの中核部にさしかかっていて、駅の周辺は、ゆったりした敷地に建つマンション群や整然と並ぶ住宅地が広がる。すぐ南に、昔の農業用ため池である春日大池の公園があるが、ここから新御堂筋と北急の線路を跨ぐ歩道橋を渡れば、桃山台車庫の横に出られる。鉄道好きには楽しい観察コースだ。

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桃山台駅、ホームに花壇も
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下り列車が桃山台駅を出発
南側歩道橋から撮影
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(左)桃山台駅から南望、車庫への引込線が右へ分岐
(右)桃山台車庫
 

桃山台を出ると、ニュータウン開発以前からある集落、上新田を迂回するため、ルートはまた左に振れる。行く手に高層ビル群やタワーマンションが見えてくるが、線路はまもなく地中に潜ってしまう。トンネルの中で右に曲がり、続いて左に反転するが、その際、右前方に万博会場へ向かっていた線路の跡がちらと見える。

路線延伸で中間駅の一つになってしまったとはいえ、千里中央、略して「せんちゅう」は今なお千里ニュータウンの公共交通の中心だ。北急と直交する形で伊丹(大阪国際)空港に至る大阪モノレールの駅があるし、ニュータウン内外に路線網を拡げる阪急バスが、駅の周りに多数の乗り場を構えている。またすぐ南に、新御堂筋と中国自動車道・中央環状線の大規模なインターチェンジがあるから、広域道路網上でも重要な地点だ。

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千里中央駅
(左)隣の駅名が左右両側に
(右)モノレール駅に通じる2階デッキ
 

北急のホームは地下2階に位置する。改札のある地下1階まで吹き抜けの構造で、ホームに停車中の電車を上から俯瞰できるのがユニークだ。きっと設計者は、御堂筋線の初期の駅に見られるヴォールト天井の広い空間をオマージュしたのだろう。上部は、せんちゅうパルと呼ばれる商業ビルで、1階はバス乗り場へ、2階はモノレールの駅へ通じている。

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2層吹き抜けの千里中央駅ホーム
 

さて、いよいよここからは開業したての新線だ。千里中央駅は新御堂筋から約150m東にあるので、線路はS字状に曲がって再びメインルートに戻る。地下を通っているため、乗客は気づくことがないが、地表の道路は北に向かって上り勾配だ。ニュータウンの外縁で、自然の尾根筋を残した千里緑地と呼ばれるグリーンベルトを通過している。

新線に一つだけある中間駅は、箕面船場阪大前(みのおせんばはんだいまえ)という。最近の新駅は、関係各方面に配慮し過ぎて名前が長くなりがちだが、これもその例に漏れない。箕面は市名、船場は地域名で、阪大前は近くにある大阪大学のキャンパスビルに由来する。

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箕面船場阪大前駅のホームと改札
 

ニュータウンの北に接するこのエリアは、過密化した大阪市内の繊維問屋街、船場から業者が多数移転して、新船場地区と言われた場所だ。直交する通りに商業ビルが林立していて、ニュータウン側とはまた別の景観を呈している。

駅のホームはもとより、改札階も地下にある。だが、南口には外光が入る吹き抜け空間が設けられ、長いエスカレーターが、コンコースと地上2階に相当するペデストリアンデッキを直結する。このデッキは、新しくできた市の文化施設や阪大のキャンパスビルに通じていて、商業地区の中でちょっと異質のこじゃれた雰囲気を漂わせている。

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南口の吹き抜け空間
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(左)南口1階
(右)2階相当のデッキは阪大のキャンパスビル(左奥)に続く
 

箕面船場阪大前を出発すると、まもなく列車は明かり区間に飛び出していく。谷底へ下っていく新御堂筋に対して、線路はやや上り勾配で高架に移る。前方に、北摂山地の山並みとその手前に広がる市街地が見渡せ、つかのま開放的な気分に浸れる。

高架の線路が横断しているのは、千里丘陵と北の山地との間で東西に横たわる回廊地形だ。古くは西国街道(山陽道)が通ったルートで、今は国道171号に引き継がれている。箕面萱野駅は、そのすぐ北側の緩斜面を区画整理した商業地の一角に造られた。頭端式のホームは見晴らしのいい高架上にあり、北口改札から段差なしでペデストリアンデッキに出られるようになっている。一方、国道に近い南口の周辺はまだ工事中で、仮囲いで覆われていた。

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箕面萱野駅の手前ですれ違うメトロ21系
地下線の出口から北望
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箕面萱野駅
(左)高架上のホーム
(右)改札から段差なしで続く

この路線の構想は1960年代まで遡るという。しかし、千里中央まで開通後、延伸区間が国の運輸政策審議会の答申に盛り込まれたのは1989年、事業が具体的に動き出したのは2010年代だ。2017年に始まった建設工事は、7年を経て完成に至った。この3月23日は、構想を推進してきた地元にとって待望の日だったことだろう。

しかし、このエリアがこれまで鉄道に恵まれていなかったのかというと、そうでもない。従来の最寄り駅は阪急箕面線の終点、箕面だが、萱野駅とは約2kmしか離れておらず、自転車で十分通える距離だ。ただ、箕面線で梅田に出るには、石橋阪大前で宝塚線に乗換える必要がある。それで、大きな運賃差(下注)が難点ではあるものの、今後はずっと座っていける可能性のある北急ルートに軍配が上がりそうだ。

*注 梅田までの運賃は、北急+御堂筋線の480円に対し、阪急は280円。ただし梅田で地下鉄に乗継ぐなら、その差はほとんどなくなる。

北大阪急行は大阪府なども出資する第三セクターだが、過半の株を保有しているのは阪急電鉄だ。新線の評判が良すぎて、既存の自社線の利用者数に大きな影響が出ても困るし、親会社としては悩ましいところだろう、と傍観者は勝手に想像している。

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江坂駅で見かけた飾り絵
 

■参考サイト
北大阪急行 https://www.kita-kyu.co.jp/

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コメント

詳細な補足と的確なご指摘ありがとうございます。
J.K.さんは社員さんでしたか。プロはだしのセンスですね。感心しました。

いつもながら、開業後日をおかない時期の浩瀚なレポートに感謝します。関西圏だけではない受け手を考慮すれば、補足された方が一層理解を助けると思われる事項も幾つかありますので、僭越ながら記させていただきます。
○「北大阪」を名乗る鉄軌道事業者、路線には、「北大阪電気鉄道」(現・阪急電鉄千里線の一部)、「阪神電気鉄道北大阪線」(野田・天六間、路面電車、現存せず)も存在したことを紹介されると良かったと思われる。
○北急は現時点では「南北線」のみであるが、70年万博期間中は「会場線」も存在した。
○大阪メトロ御堂筋線と通しの駅ナンバリングで、今回延伸北端の箕面萱野がM06でM01ではない理由も解説が必要かもしれない
○御堂筋線各駅では、今回の箕面萱野延伸開業前の、正確な日時は不詳ながら、見た限りでは一ヶ月以上前から、ホームの行先表示等には既に「箕面萱野」を表示しており、「延伸開業までは千里中央が北方向の終点である」旨の注意書きが添えられていた。おそらく関東周辺であれば、正式開業までは紙等で覆うことと思われるが、特段のクレームも無かったように聞いている。
○阪急・箕面駅との関連に関し、今回の箕面萱野延伸に伴い、阪急・箕面、北急・箕面萱野を中心に千中辺りまでも含むバス路線の再編が行われたことも紹介の要があろう。併せ、周知されている事項ながら、阪急の創成期の社名は「箕面有馬電氣軌道」であり、(大阪)梅田と箕面間の直通列車も長年にわたって存在したが、最後まで2本残った,朝間時間帯の大阪梅田行普通列車も2022年12月のダイヤ改正で廃止となった。
○北急の過半の株を保有しているのは阪急電鉄であることは本文記述の通りであるが、同社所属車両の内装は木目調パネル、オリーブグリーンの座席など、阪急電車のそれと酷似していることも紹介したい。併せ、同社のサイトには「阪急阪神東宝グループ」の記載がないことは、第三セクターとしての事情もあるものかと推察する。
○「江坂駅で見かけた飾り絵」であるが、これは、男子トイレの小便器上部に掲げられている二点のイラストの内の一点である。私自身も大阪メトロ全駅を見た訳ではないが、多くの駅の同個所には、その駅以外にはあり得ない題材を採り上げたものも含めたイラストが掲出されており、いずれも、駅情景や行きかう人々の表情が生き生きと描かれて好ましく興味を抱いた。そのデザインは同一の制作者(社)によるものと思料し、大阪メトロに照会したところ、商業プロダクションではなく、同社社員の一人の手によるものとの回答を得た。(氏名も開示されたが、本項では支障が有ってもいけないので伏せておくが、全作品にローマ字二文字のイニシャルが記されている。)当然のことながら、女子トイレの状況は知る由もない。

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