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2024年3月17日 (日)

セルダーニュ線 II-ルートを追って

前回の続きで、SNCF(フランス国鉄)セルダーニュ線の沿線風景を、起点から順に見ていきたい。

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ヴィルフランシュの町とリベリア砦の間の通路を横断する
ル・トラン・ジョーヌ(黄列車)
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セルダーニュ線周辺の地形図にルートを加筆
大きな円は駅、小さな円は停留所を表す
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

標準軌線と接続するヴィルフランシュ=ヴェルネ・レ・バン Villefranche – Vernet-les-Bains 駅(以下、ヴィルフランシュと略す)駅を後にすると、ル・トラン・ジョーヌ(黄列車)Le train jaune は要塞都市の市壁を川越しに見ながら進む。まもなく国道の踏切があり、次いで川も渡って右岸へ。一つ目の停留所セルディニャ Serdinya と二つ目のジョンセ Joncet は、気づかないうちに通過してしまうかもしれない。

しばらく走ると、再び川を渡って、初期計画の終点と目されていたオレット=カナヴェイユ・レ・バン Olette - Canaveilles-les-Bains に停車する。ここは島式ホームをはさむ待避線で列車交換が可能だが、山側に建つ2階駅舎はすでに閉鎖されている。駅を出ると、頭上に覆いかぶさるような街裏を通って、また川を渡る。

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対岸に見えるセルディニャの村
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オレット駅と頭上に覆いかぶさる街
 

ニエル Nyers 停留所の後、最初のトンネルがある。勾配はにわかに急になり、川は森の底に沈んでしまう。カーブしながら3つ目のトンネルを抜けるとテュエス・レ・バン Thuès-les-Bains、森の中を緩やかに進んでテュエス・カランサ Thuès-Carença の停留所がある。両者の間にはかつてテュエス Thuès という停留所もあったが、1993年に廃止された。

すでに標高860mまで上ってきているが、山道はまだ半ばだ。テュエスからはいよいよ55~60‰の最大勾配が連続する区間に入り、吊り掛けモーターのうなりが高まる。谷底との高低差がかなり開いたところで、いよいよ列車は見どころの一つ、セジュルネ橋 Pont Séjourné(下注)にさしかかる。

*注 地名からフォンペドルーズ橋 Pont Fontpédrouse とも呼ばれる。

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(左)静まり返るニエル停留所
(右)テュエス・カランサ停留所にさしかかかる列車
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セジュルネ橋、谷を跨ぐ下層のオジーブが特徴
下流側から遠望
 

設計者ポール・セジュルネ Paul Séjourné の名で呼ばれる2層構造のこの石造高架橋は、長さが236.7m、高さが65mで、路線最大の構築物だ。列車の車窓からはごく浅い角度でしか見えないのだが、東取付部2連、中間部(上層)4連、西取付部10連と、計16ものアーチを連ねて、路床を支持している。流路の上空に位置する中央の橋脚の荷重を、下層の大きなオジーブ(尖頭アーチ)で両岸に分散させているのもユニークだ。

鉄道と並走する国道116号もこの橋の下を通っているが、道路から2層アーチの全貌を見渡すには、約350m東へ下がる必要がある。上の写真はその位置から撮影したものだ。

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上流側から遠望
 

列車は、山襞をトンネルで縫いながら進み、次はフォンペドルーズ=サン・トマ・レ・バン Fontpédrouse - Saint-Thomas-les-Bains 駅だ。標高1051m、駅の周りに民家などはなく、駅名になったフォンペドルーズの村は、少し先で線路の下方に見えてくる。

ソト Sauto 停留所を過ぎ、尾根を回り込むあたりで、谷底にいくつかの建物と送電線が望めるだろう。鉄道に電力を供給するために、鉄道と同時に建設されたラ・カサーニュ La Cassagne の発電所だ(下注)。

*注 1913年に2か所目の発電所がフォンペドルーズに造られた。

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フォンペドルーズ駅で行き違い待ちをする西行きの列車
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ラ・カサーニュの発電所が谷底に見える
 

まもなく山かげから二つ目の名橋、ジスクラール橋 Pont Gisclard が現れる。地名からカサーニュ橋 Pont de Cassagne ともいうが、設計者であるアルベール・ジスクラール Albert Gisclard の名を冠して呼ばれることが多い。開業に先立つ橋梁の負荷試験の際、予期せぬ列車の暴走で6人が命を落とし、その中にジスクラールも含まれていた。橋に設計者の名がついているのは、その記憶をとどめるためでもある。

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ジスクラール橋
 

谷が広くて深いので、ジスクラールは、高い橋脚を何本も立てなくて済む吊り橋を選択した(下注)。長さ253m、主径間156m、谷底からの高さは62mある。フランスの鉄道路線で、現役を務めている鉄道用吊り橋はほかにない。

*注 セジュルネ橋も、当初は同様の吊り橋で計画されていた。

列車は、石積み橋脚の上に立てられた高さ30mの鉄塔の根元をくぐって、峡谷の上に出ていく。橋は桁の変形を防止するため、斜張橋の特徴も兼ね備えたユニークな構造をしている。塔から下ろされたおびたたしい数のケーブルが車窓をかすめ、空中を行くがごときアーチ橋とは全く別の光景だ。

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放射状のケーブルで吊られる橋桁
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車窓から見たジスクラール橋
 

ちなみにこの橋も、北側の山腹を通る国道116号線から眺めることができる。沿道から見下ろせる位置に、景観案内板も設置されている。この場所は東方向に、つづら折りで高度を稼ぐ国道とその間を上ってくる線路も見渡せる(下写真参照)ので、テット川沿いでおそらく最良の展望台だ。

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国道沿いに設置された景観案内板
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東方向の眺望
つづら折りの国道がセルダーニュ線と絡み合う
 

プラネス Planès 停留所のあと、路線で19本あるうち2番目に長い337mのトンネルを抜ける。気がつくと右側の谷が浅くなり、周りも穏やかな風景に変わっている。ようやくセルダーニュ高原の表面まで上ってきたようだ。列車はまもなく、モン・ルイ=ラ・カバナス Mont-Louis - La Cabanasse 駅に到着する。

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山を上り詰めて高原へ
正面の尖峰はガリナス山 Pic Gallinasse (Pic Gallinàs)
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モン・ルイ=ラ・カバナス駅
(左)駅舎(右)西方はまだ少し上っている
 

駅名になっているモン・ルイは、ヴィルフランシュと同様、世界遺産に登録されたヴォーバンの要塞都市だ。ルイの山を意味する町の名は、ヴォーバンを重用したフランス王ルイ14世に由来する。駅の北東1kmの高台に市壁に囲まれた市街地があり、その上手に大規模な城塞が、四隅の稜堡や半月堡を含め完全な形で残っている。列車の乗客の多くがここで下車するため、車内はがらんとしてしまう。

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モン・ルイの要塞
(左)市壁の門
(右)ヴォーバン式要塞が完全な形で残る
 

モン・ルイを出た後も線路は少し上っていき、ペルシュ峠 Col de la Perche の近くにあるボルケール=エーヌ Bolquère-Eyne 停留所がサミットになる。標高1592.78mは、SNCFで到達できる最高地点だ。起点から30.2kmの距離で、1166mも上ってきたことになる。

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ボルケール=エーヌ停留所
(左)1592.78mの標高値が刻まれる
(右)西行の列車から駅舎を振り返る
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セルダーニュ高原の放牧地
 

この後はしばらく波打つ高原をゆっくりと下っていく。フォン・ロムー・オデイヨ・ヴィア Font-Romeu-Odeillo-Via 駅(下注)は、東から来た一部の列車の終点になっている。モン・ルイと並び有人駅で、出札窓口がある。

*注 駅名は周辺の3つの集落(フォン・ロムー、オデイヨ、ヴィア)に由来するが、沿線の他の合成駅名とは異なり、自治体もこの名になっている。

線路はこの後、いったん谷底まで下った後、再び上り返す。そしてリガ峠 Coll Rigat の下をトンネルで抜け、改めてセルダーニュの中心部に広がる平地まで、200mの高度差を駆け降りていく。前半の渓谷風景とは一変して、車窓に盆地の雄大なパノラマが開ける景勝区間だ。その一角にスペイン領の飛び地リビア Llívia の町も見える。

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一部の列車が折り返すフォン・ロムー・オデイヨ・ヴィア駅
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エスタヴァル付近からセルダーニュ盆地の眺め
中央の円い山の左の麓に、スペイン領の飛び地リビアの町がある
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サイヤグーズ遠望
列車はこのあと手前の大カーブを通ってこちらに上ってくる
 

次のエスタヴァル Estavar 停留所との間は7.5kmあり、駅間距離では最も長い。山腹のオメガカーブで向きを変え、麓のサイヤグーズ Saillagouse 駅では標高がもう1302mまで落ちている。

エール Err、サント・レオカディ Sainte-Léocadie、オセジャ Osséja と停留所を3つ通過し、列車は坂を下って、初期の16年間終点だったスペイン国境の町ブール・マダム Bourg-Madame に停車する。スペイン領セルダーニャの中心都市プチセルダー Puigcerdà に近く、かつて国境貿易で栄えた町だ。駅はそのはずれにひっそりとあるが、列車の到着前後は出札窓口が開いている。

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サイヤグーズ駅
(左)駅舎(右)引込線と貨車用転車台
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ブール・マダム駅から西望
中景の丘はスペイン領プチセルダーの一部
 

ブール・マダムは鉄道ルートで盆地の底に位置するため、このあと線路は再び上りになる。スペイン領を迂回するように、谷口集落のユール=レゼスカルド Ur-Les Escaldes 停留所に立ち寄り、路線最長380mのプラ・ド・ラウラ(プラ・デ・リャウラ)トンネル Tunnel du Pla-de-Llaura で丘の下を抜ける。

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ユール=レゼスカルド停留所
(左)旧駅舎、現在は個人宅
(右)駅北方の鉄橋付近にて
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ラトゥール・ド・カロル=アンヴェチ駅に到着
 

山裾に沿いながら、最後の停留所ベナ・ファネス Béna-Fanès を通過する。電化複線の線路(下注)が左を並走するようになれば、まもなく標高1232mにある終点ラトゥール・ド・カロル=アンヴェチ Latour-de-Carol – Enveitg 駅に到着だ。これも最寄りの二つの町ラトゥール・ド・カロルとアンヴェチに由来する駅名だが、いずれも小さな町に過ぎず、駅はもっぱら接続する3路線の列車を乗継ぐ客のためにある。

*注 国境を越えるこのラトゥール・ド・カロル=アンヴェチ~プチセルダー駅間は一見すると複線だが、実際は標準軌とイベリア軌間の単線並列。SNCFの列車はすべてラトゥール・ド・カロル止まりのため、標準軌の線路は現在使われていない。

フランス側の駅のため、ヤードの大半は標準軌の線路で占められている。トゥールーズから来るSNCFの列車(リオ・トラン liO Train)は通常、駅舎側の第1ホームに発着するが、線路を渡った島式の第2ホーム北半分も使われる。

一方、第2ホーム南半分の片側(駅舎側)は広軌の線路で、バルセロナから来るカタルーニャ近郊線 Rodalies de Catalunya、R3系統の列車が発着する(下注)。これに対して、セルダーニュ線の乗り場は第1ホームの南端だ。線路は、駅舎の側面に突き当たる形の頭端式になっていて、はるばる山を越えて到達した国境の終着駅にふさわしい。

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(左)第2ホーム北側にトゥールーズ方面の列車が
(右)南側、右が広軌線バルセロナ方面、左が標準軌線
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駅舎に突き当たる形のセルダーニュ線

セルダーニュ線は TER(Transport express régional、地域圏急行輸送)と呼ばれるSNCFの地方輸送網に位置付けられている。しかし、鉄道が維持できるほどの沿線人口はないため、利用者の大半を観光客が占めている(下注)。そうした事情もあってか、ダイヤは線内完結に近く、両端での標準軌線接続は決してスムーズとはいえない。

*注 列車本数が少ないので、旅行シーズンは事前予約が必須となる。

西行の場合、ヴィルフランシュ発の時刻は9時台、15時台、17時台の1日3本だ。そのうち完走するのは1番列車と3番列車(下注)だが、後者のラトゥール・ド・カロル着は20時台になり、標準軌線の最終列車が出発した後だ。

*注 2番列車はフォン・ロムー・オデイヨ・ヴィア折返しになる。

一方、東行はラトゥール・ド・カロル発の完走列車が8時台、15時台の2本ある。しかし、1番列車は標準軌の始発が到着する前に出てしまうし、2番列車はヴィルフランシュでペルピニャン行きの最終列車に間に合わず、駅前からバスで向かうしかない。

鉄道旅の魅力なら申し分ないセルダーニュ線だが、この路線を介して両端の標準軌線に乗り継ぐというような長距離旅行の可能性はかなり限定されるのが実情だ。

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朝焼けの空を背負う始発の黄列車
 

写真は、2022年11月と2023年1月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
ル・トラン・ジョーヌ(公式サイト) https://letrainjaune.fr/

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コメント

ブログをご覧くださりありがとうございます。

1) ご指摘いただいた点、フランス領カタルーニャは知れば知るほど興味深い土地ですね。文化的歴史的背景をもっと掘り下げることができればよかったのですが、力不足でした。
2) スペイン本土とリビアを結ぶ道路の立体交差は、リビア橋の名で今も存在し、セルダーニュ線もその下を通っています。
3) ヴィルフランシュ線のペルピニャン方は、スペイン直通高速線の広いヤードが造られたので、風景が以前とは様変わりしていると思います。

大変興味深く拝見、いつもながら懇切な解説に感謝します。30年以上前の訪問を思い出しました。
1)ボリュームの制約も有ろうとは思いますが、文化的背景の説明として、沿線には数多くのロマネスクの名教会、修道院が存在すること、標準軌側ながら、副県庁所在地のプラドは、フランコ独裁政権に抗議の意味で、カタロニア出身のチェロ奏者、パウ・カザルスが隠遁し、彼を慕う音楽家による音楽祭が行われたことも紹介されると重みを増したと思います。
2)EU、シェンゲン協定の遥か前には、スペイン領の飛び地リビアとスペイン側セルダーニュとを結ぶ道路はフランス側道路と立体交差していました。現在も残る筈です。スイスのバーゼルと、フランス内にあるバール(バーゼル)ミュルーズ空港を結ぶ道路と同様の事例と言えるでしょう。
3)「鉄」の話題ですが、ペルピニャン側の標準軌路線は、現在では東端ではバルセロナルートのTGVの接続路線としても重用されていますが、単相低周波交流-非電化-直流1.5Kv電化と変遷を経ていることも興味深いものがあります。

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