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2024年3月15日 (金)

セルダーニュ線 I-ル・トラン・ジョーヌ(黄列車)の道

セルダーニュ線 Ligne de Cerdagne

ヴィルフランシュ=ヴェルネ・レ・バン Villefranche - Vernet-les-Bains ~ラトゥール・ド・カロル=アンヴェチ Latour-de-Carol - Enveitg 間 62.5km
軌間1000mm、直流850V電化、最大勾配60‰
1910~1927年開通

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セジュルネ橋を渡る

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フランス南部ピレネー山脈の山ふところに、SNCF(フランス国鉄)が運行するメーターゲージの電化ローカル線がある。起終点の駅名を取って正式名称を、ヴィルフランシュ=ヴェルネ・レ・バン~ラトゥール・ド・カロル線 La ligne de Villefranche – Vernet-les-Bains à Latour-de-Carol というが、一般には「セルダーニュ線 Ligne de Cerdagne」の名で知られる。セルダーニュ、またはセルダーニャ Cerdanya というのは東ピレネー中央部にある高原地帯で、鉄道が目指す目的地だ。

しかし、路線の名よりも有名なのは、そこを走る小型電車だろう。鮮やかな黄の地色に赤帯を引いた車体から、「ル・トラン・ジョーヌ Le Train Jaune」、すなわち黄列車という愛称を持っている(下注)。

*注 フランス語ではほかに Le petit train jaune(黄色の小列車)、色の連想から Le Canari(カナリア)などとも呼ばれ、カタルーニャ語では El Tren Groc(黄列車)、ドイツ語圏では Pyrenäenmetro(ピレネーのメトロ)の愛称もある。

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ル・トラン・ジョーヌ(黄列車)
ユール=レゼスカルド Ur-Les Escaldes 駅北方にて
 

このデザインは、カタルーニャ Catalunya のシンボルカラーに由来するものだ。列車が走る土地は、スペインとの間で1659年に締結されたピレネー条約でフランスに帰属する以前は、カタルーニャの一部だった。

海岸平野から来た標準軌支線の列車からたすきを受けて、黄列車は、ピレネーを源とするテット川 Le Têt の険しい谷を遡っていく。セルダーニュ高原の標高1600m近い鞍部を乗り越えた後は、波打つ大地を滑るように降りていき、スペインとの国境駅で再び標準軌列車に後を託す。全長62.5km、乗り通せば約3時間の長旅だ。

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セルダーニュ線と周辺の路線網

歴史をたどると、路線はもともと行き止まりの支線として計画されていた。1878年に国土開発計画の一環として181の地方路線の整備を盛り込んだいわゆる「フレシネ計画 Plan Freycinet」で、第166号に挙げられたプラド Prades ~オレット Olette 間15kmがそれだ。ペルピニャン Perpignan からプラドまではすでに鉄道が通じていたので、その延伸線になる。

しかし、地元の思惑は、将来的にこれをスペイン国境に至るピレネー横断路線に発展させることだった。その実現には、沿線の困難な地形と大きな高度差を克服する必要がある。そこで、谷が狭まる手前で、周辺に町があって一定の需要が見込めるヴィルフランシュ・ド・コンフラン Villefranche-de-Conflent までを先に標準軌線で建設し、以遠区間については別の方法を検討することになった。

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ヴィルフランシュ駅構内をリベリア砦から俯瞰
左奥から来るのは標準軌線
 

この方針を受け、ミディ(南部)鉄道 Chemins de fer du Midi によりプラド~ヴィルフランシュ・ド・コンフラン間が1895年に開通して、ペルピニャンと結ばれた。現在のペルピニャン~ヴィルフランシュ=ヴェルネ・レ・バン線 Ligne de Perpignan à Villefranche - Vernet-les-Bains だ。

ところで当時、フランス東部、アルプス山麓のシャモニー Chamonix 周辺でも、同じような鉄道の建設計画(下注)が進んでいた。最大90‰の急勾配がある山岳ルートだが、そこではラック蒸機ではなく、電気動力による粘着運転が予定されていた。降水量の多い山地では、燃料の石炭を遠方から輸送するより、水力を使って自家発電したほうがコスト的に有利だからだ。

*注 パリ=リヨン=地中海鉄道 Chemins de fer de Paris à Lyon et à la Méditerranée (PLM) が手掛けたサン・ジェルヴェ・レ・バン=ル・ファイエ~ヴァロルシーヌ線 Ligne de Saint-Gervais-les-Bains-Le Fayet à Vallorcine。フレシネ計画の第125号線に相当。

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シャモニー・モンブラン駅のモンブラン・エクスプレス(2022年)
Photo by Guilhem Vellut at flickr. License: CC BY 2.0
 

セルダーニュ線は、1910年7月にまずヴィルフランシュ~モン・ルイ Mont-Louis 間27.9kmが開業したが、採用されたメーターゲージ(1000mm軌間)で、第三軌条集電(下注)という仕様は、1901年に先行開業したシャモニーの路線と共通だ。必要な電力を得るために、テット川に自前のダムと水力発電所も建設している。

*注 走行用レールに並行して給電用のレールを設置し、車両側のコレクターシュー(集電靴)で集電する方式。架線集電方式に比べ、トンネルの断面を小さくでき、強風や積雪に対する耐性も高いと考えられた。

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(左)走行用レールの右側に沿う給電用第三軌条
(右)Danger de mort(死の危険)、Passage interdit au public(一般通行禁止)の立札
 

続いて1911年5月に、モン・ルイから山を下りて、スペイン国境の村ブール・マダム Bourg-Madame までの延伸区間27.8kmが開通して、当初の計画は完了した。

現在、最終区間となっているブール・マダム~ラトゥール・ド・カロル=アンヴェチ間6.9kmは、トゥールーズ Toulouse とバルセロナ Barcelona を結ぶ東部ピレネー横断幹線 Transpyrénéen Oriental の構想に合わせて具体化されたものだ。

新たな国境駅としてラトゥール・ド・カロル=アンヴェチ駅が設置され、1927年から翌28年にかけて、バルセロナ側から広軌(イベリア軌間1668mm)の幹線が、次いで狭軌(1000mm)のセルダーニュ線が、最後にトゥールーズ側から標準軌(1435mm)の幹線が延伸開業して、現在の路線網が確立した。

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ラトゥール・ド・カロル=アンヴェチ駅舎
 

開業に際して発注された車両は、Z 100形として今なお主力で稼働している。何度か改修を受けているので見た目は美しいが、1908~12年の製造で、車齢は110年を超える。SNCFに属する現役車両では最古参になるという。観光シーズンには、デッキ付きの付随客車や無蓋のパノラマカーも率いて、押し寄せる乗客をさばいている。

これを補完すべく、2004年にはシュタッドラー社のGTW(関節式電車)Z 150が登場した。両端の客車の間に駆動ユニットをはさむ形式で、2編成が供用されている。冷暖房、トイレ完備でサービスは万全だが、これだけでは繁忙期に必要な輸送力を満たすことができない。Z 100形の出番は今後も当分続くことだろう。

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(左)ヴィルフランシュ駅のZ 100形
(右)車内
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(左)増結用付随客車
(右)除雪車(Z 200形、1910年製)
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シュタッドラー製Z 150形(2009年)
Photo by A1AA1A at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

ペルピニャン方面からテット川に沿って上流へ向かい、プラド Prades の町を通過すると、やがて両側から岩肌をあらわにした山が迫ってくる。標高427m、セルダーニュ線の起点ヴィルフランシュ=ヴェルネ・レ・バン Villefranche – Vernet-les-Bains 駅の構内がその山裾に広がっている。

長い駅名は近隣の2つの町の名をつなげたものだ(以下では、駅名をヴィルフランシュと略す)。ヴィルフランシュ・ド・コンフランは、17世紀の築城家として名高いヴォーバン Vauban による要塞都市で、堅牢な市壁が古い町並みを取り囲んでいる。テット川対岸の見上げる山腹に築かれたリベリア砦 Fort Libéria などとともに、フランスの世界遺産「ヴォーバンの防衛施設群」を構成する資産の一つだ。

一方、ヴェルネ・レ・バンは、地名に温泉や湯治場を表すレ・バン les bains の修飾語がついているように、駅の南5km、名峰カニグー山 Pic du Canigou の麓に立地する瀟洒な温泉町だ。いずれもこの地域の観光地で、アトラクションとしてのセルダーニュ線の魅力を側面から支えている。

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要塞都市ヴィルフランシュ・ド・コンフラン
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リベリア要塞
 

ヴィルフランシュは有人駅で、出札窓口がある。駅舎を抜けると低いホームが3本(Quai 1~3)並ぶが、屋根が架かっているのは、最も遠い第3ホームだけだ。旅客扱いは通常このホームでのみ行われ、駅舎側のC番線(Voie C)が標準軌列車用、反対側のD番線(Voie D)が黄列車用になる。黄列車の停車位置の手前には鎖が渡されていて、発車時刻が近づくと、車掌がここで乗車券をチェックしながら、乗客を通す。

セルダーニュ線には、起終点を含めて8つの駅 gares と15の停留所 haltes がある。駅では列車が必ず停車するが、停留所は乗降客があるときだけ停まるリクエストストップだ。降りるつもりなら前もって車掌に告げておく必要がある。

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ヴィルフランシュ=ヴェルネ・レ・バン駅
(左)正面入口(右)ホール
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(左)黄列車ホーム、車掌が乗車券を確認
(右)ペルピニャンとの間を結ぶ標準軌列車
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セルダーニュ線周辺の地形図にルートを加筆
大きな円は駅、小さな円は停留所を表す
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

では次回、この起点駅から順を追って、セルダーニュ線の沿線風景を見ていくことにしよう。

写真は、2022年11月と2023年1月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
ル・トラン・ジョーヌ(公式サイト) https://letrainjaune.fr/

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