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2023年11月15日 (水)

コンターサークル地図の旅-箸蔵寺から秘境駅坪尻へ

JR土讃線の普通列車が、香川と徳島の県境をなす讃岐山脈を長いトンネル(下注)で通り抜けた後、最初に停車するのが坪尻(つぼじり)駅だ。吉野川の谷に降りていく25‰の連続勾配の途中にあるため、通過式スイッチバックの構造になっている。

*注 猪鼻(いのはな)トンネル、長さ3845m。

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土讃線坪尻駅に接近する下り普通列車
 

駅のある場所は比高500mの昼なお暗いV字谷の底で、周りに民家などは見当たらない(下注)。それどころか、クルマ道が駅まで達しておらず、人一人通れるだけの山道のほかにたどり着く方法がない。列車にしても停車するのは上り4本、下り3本で、計画的に行動しないと、駅に長時間取り残される可能性がある。それでここは、土讃線の同じようなスイッチバックの新改(しんがい)駅などとともに、いわゆる秘境駅として鉄道ファンには有名だ。

*注 坪尻駅の標高は約212m(地理院地図による)。地図上で最も近い木屋床(こやとこ)集落との間は、水平距離こそ300~400mだが、高度差が約200mある。

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箸蔵寺護摩殿
 

2023年コンターサークル-Sの旅四国編1日目は、この坪尻駅をゴールと目している。もちろん列車で往復するだけでは歩き旅にならないので、「こんぴら奥の院」と称される箸蔵寺(はしくらじ)や、坪尻駅を見下ろす展望台を経由していく次のようなプランを考えた。

10:21 阿波池田駅前から路線バスで、箸蔵山ロープウェイの登山口駅へ
11:00 ロープウェイで山上へ。箸蔵寺参拝
12:40ごろ 箸蔵寺から歩き始める
13:40ごろ 坪尻駅展望台到着。上り列車の発着(13:52)を撮影後、歩き再開
14:10ごろ 坪尻駅到着
14:54 坪尻駅から下り列車に乗り、阿波池田駅に戻る

箸蔵寺と坪尻駅との間は道なりに進んで5kmほどだが、高度差は340mとかなりある。いったいどんな道なのだろうか。まずは旅の集散場所である阿波池田駅前から話を始めよう。

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箸蔵寺~坪尻駅周辺の1:200,000地勢図
(上)1986(昭和61)年編集、(下)1995(平成7)年要部修正
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1:25,000地形図に歩いたルート(赤)等を加筆

土讃線の全列車が停車し、徳島方面との接続駅になっている阿波池田駅は、徳島県西部における鉄道の拠点だ。乗ろうと思っている四国交通の路線バス(下注)は、その300m東にあるバスターミナルから出発する。駅前も経由するが、停留所は駅舎正面ではなく、広場の右(東)のはずれで、道路沿いの見えにくい位置にあるので要注意だ。

*注 野呂内線32および33系統。箸蔵山ロープウェイ(登山口駅前)までは往路7便、復路5便。時刻表と路線図は四国交通公式サイト(下記参考サイト)にある。

2023年10月7日、駅前に集合したのは大出さんと私の2名。連休初日だが、10時21分定刻に来たバスに乗り込んだのも私たちだけだった。駅前アーケードを抜けた後、バスはいったん西へ走る。段丘上のウエノでようやく針路を変え、川沿いの坂道を降下して、吉野川を堰き止めている池田ダムの天端道路で対岸に渡った。ローカルバスの旅は、ときに思いもよらないルートを通ることがあるから目が離せない。

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(左)阿波池田駅
(右)四国交通の路線バス
 

15分ほどで、箸蔵山ロープウェイの登山口駅前に到着した。時間に余裕があるので、乗るのを1本遅らせて、搬器の動く様子を地上から観察する。

ロープウェイの中でもこれは、並行する2本のロープに搬器がぶら下がる、いわゆるフニテルだ。箱根ロープウェイと同じ方式だが、箸蔵山は1999年の導入で日本初だという。駅の表示板によると、線路長(傾斜亘長)は947.48m、高低差は341.73m。15分間隔で運行されていて、料金は片道900円、往復1700円。

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箸蔵山ロープウェイ登山口駅
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(左)きっぷ売り場
(右)2本のロープにぶら下がるフニテル方式
 

山上行き11時00分発の客は3人きりだった。すいているのはありがたいが、立派な設備だけに採算がとれているのか心配にもなってくる。動き始めると、後方にさっそく吉野川とその谷が眼下に広がった。急斜面を滑らかに上っていき、仁王門と高灯篭の立つ尾根を通過、最後に深い谷を一跨ぎして箸蔵寺駅に着いた。所要約4分。

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吉野川の谷が眼下に
 

駅は箸蔵寺の境内に直結していて、右へ行くと本坊(方丈)の前に出る。庫裏、宿坊、納経所、書院など、寺の機能を集約した桁行きの長い建物で、玄関の軒や引き戸を飾る透かし木彫が目を引く。納経所の前を通ったら、受付の方が、重要文化財に指定されている主な伽藍の概略を説明してくれた。

右手は護摩殿で、この先の長い石段が上がれない人でもお参りできるよう、本殿の縮小版になっているという。ここでも手の込んだ木彫の意匠が軒を埋め尽くしている。

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箸蔵寺本坊
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(左)護摩殿
(右)軒に配された見事な木彫
 

奥へ進む石段には、蹴上げ部分に般若心経が一文字ずつ書かれた石札が取り付けられていた。これを唱えながら上れば、楽に上まで行けるのだろう。正面に鐘楼堂がある。受付で、自由に撞いてくださいと言われていたので、ありがたく従う。梵鐘は天井裏にあって見えず、綱だけが垂れ下がっている。撞くには少しコツがあり、綱を前後にではなく、下に引くようにしないと鳴らない。

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(左)本殿に上る石段
(右)般若心経の石札が続く
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(左)鐘楼堂
(右)薬師堂
 

心臓破りの長い石段を伝って薬師堂、それから本殿のある上段の境内へ。途中で息が上がり、気がついたら般若心経を唱えるのをすっかり忘れていた。本殿は他にもまして壮麗な建物で、立ち入れないが奥まで長く続いているのが見て取れる。絢爛たる木彫装飾についてはもはや言うまでもない。巡礼者が行き交う四国八十八ヶ所の霊場とは違い、もの静かな境内だが、見どころも多くて訪れた甲斐があった。

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重厚な趣きの本殿
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正面を飾る透かし木彫
 

ロープウェイ駅の前にある休憩所で昼食の後、次の目的地に向けて歩き始めた。休憩所の横から、寺に用務がある車が使う舗装道が出ている。杉林に覆われた山腹を緩やかに下っていくこの道を、まずはたどった。きょうは薄曇りで、ときおり日差しがこぼれる。吹く風は涼しく、歩き日和だ。

やがて森が開け、舟原(ふなばら)集落にさしかかった。すすきに埋め尽くされた棚田の間に何軒かの民家が見える。その屋根ごしに、吉野川が流れる下界の谷が俯瞰できた。正面に徳島自動車道の高架橋が架かり、土讃線佃~阿波池田間の築堤を2両編成の列車が走っていく。断片的に見える赤いトラス橋は旧国道32号の三好大橋だ。

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舟原集落と休耕棚田
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吉野川の谷を俯瞰
 

舟原から落(おち)の集落へ向かう。この間はセンターラインこそないが、小型車がすれ違える幅の舗装道がついている。しかし、クルマはほとんど通らないから、快適なハイキングルートといっていい。

坪尻駅展望台というのは、落集落の端の道路脇に、地元の自治会が設置した小さなお立ち台のことだ。大出さんが、手前に1台の観光バスが停まっているのを見つけた。何かと思えば、カメラを手にした中高年男女が約20人、かしましく騒ぎながら展望台とその周りを占拠している。よりよいアングルを狙って、馬の背になった不安定な場所に三脚を立てている人もいる。一つ間違えば崖下に転落しかねないので、通りかかった地元の人から「気い付けてくださいよ」と声をかけられる始末だ。

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猪ノ鼻峠方向を望む
手前が落、谷を隔てて木屋床の集落が見える
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(左)落集落
(右)過密状態の坪尻駅展望台
 

この状況は想定外だが、私たちもその勢いにひるんでいるわけにはいかない。最前列の人の肩越しになんとか視界を確保する。北側、約100m下の谷底にスイッチバックの構内配線と、その奥にたたずむ小さな駅が見通せた。一部で電線とかぶるものの、駅の前後を移動する列車をつぶさに観察できるいい場所だ。

13時31分、最初にやってきたのは上り特急「南風」14号、2700系の「赤いアンパンマン列車」だ。通過列車のためシャッターチャンスはほんの数秒だが、前もって重いエンジン音が響いてくるから、カメラを構える余裕があった。

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坪尻駅を上り「南風」が通過
 

しばらくすると、次の13時52分発、上り普通列車が現れ、本線からホームに接する折返し線に入った。3分近く停車した後、折返し駅を出て、今度は反対側の引上げ線に進入する。再び折り返して本線に戻り、山かげに走り去った。

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普通列車のスイッチバック運転
(左)阿波池田方から列車が接近
(中)折返し線に入線
(右)駅に停車
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(左)駅を出ていったん引上げ線へ
(中)引上げ線で折り返し
(右)本線を多度津方へ走り去る
 

スイッチバック運転の一部始終を見届けたところで、展望台を辞して坪尻駅へ向かう。旧国道に降りて少し行くと、道端に坪尻のバス停標識が立っていた。朝利用したバス路線がここまで延びているのだが、通るのは1日3往復だけだ。

バス停の少し手前に、旧国道からそれて谷を急降下している踏み分け道がある。入口がガードレールで遮断されているようにも見え、事情を知らなければ、駅に通じるとは信じられないだろう。散り敷く枯葉で滑りやすくなった山道は、途中で何度も折れ曲がりながら、谷底に達するまで続いていた。

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旧国道の坪尻バス停
「坪尻駅600m」の標識があるが、車では行けない
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(左)旧国道から駅への入口
  遮断するようなガードレールは車の誤進入防止の目的か
(右)落ち葉敷く坂道
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(左)道はますます細くなる
(右)駅手前の踏切
 

踏破に要した時間は正味13分。行く手に線路と踏切標識が見えたときには、正直ほっとした。踏切に警報機はなく、バーを手で開けて通行するようになっている。掲げてあった時刻表によると、通過列車は上下合わせて37本だ。これに加えて駅に停車する普通列車(下注)もあるので、一日を通してみればけっこうな数が行き来している。

*注 スイッチバックのため、1列車につき踏切を三度通過する。

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踏切に掲げられた通過列車の時刻表
左の印はアンパンマン列車を示す
 

構内には、片面ホームに接する折返し線と切妻の木造駅舎があり、25‰勾配で上る本線がそれに並行する。駅の先端では、2本の線路の間に早や数mの高低差がついている。反対側では、折返し線が本線に合流し、その先で引上げ線が分岐して、本線とともに山かげに消えていく。

駅舎はもちろん無人だが、待合室には記念スタンプや旅ノートが置いてあった。列車で来るにせよ、旧国道から歩いてくるにせよ、皆それなりの時間をかけているので、到達のあかしを残せる心遣いはうれしい。

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坪尻駅、上り勾配の本線が並行する
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(左)木造駅舎
(右)引き戸で入る待合室
 

こうしてしばらく静かな山峡の駅の風情に浸っていたのだが、森の奥からまたあの賑やかな話し声が聞こえてきた。私たちの後を追うようにして、団体の人たちも降りてきたようだ。ひとしきり展望台のカオスが再現されたが、観光バスの予定が押しているらしく、彼らは14時33分に通過する上り特急だけ撮ると、山道を帰っていった。

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上り特急列車の通過を団体さんと横一線で撮影
 

再び静寂が戻ったところで、14時54分発の下り普通列車が上手のトンネルから現れた。展望台で観察したとおり、引上げ線で折り返してホームに入線してくる。停車位置は駅舎より奥の、ホームの床を少しかさ上げした場所だ。2~3分停車する間に、運転士が反対側の運転台に移動する。私たちも阿波池田駅に戻るため、この列車の客となった。

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(左)下り普通列車が接近
(右)引上げ線で折返して駅へ
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ホームに入線
 

掲載の地図は、国土地理院発行の20万分の1地勢図岡山及丸亀(昭和61年編集)、高知(平成7年要部修正)および地理院地図(2023年10月25日取得)を使用したものである。

■参考サイト
四国交通-路線バス https://yonkoh.co.jp/routebus
箸蔵山ロープウェイ http://wwwd.pikara.ne.jp/hashikurasan/
こんぴら奥の院 箸蔵寺 http://www.hashikura.or.jp/

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