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2023年9月21日 (木)

バスク鉄道博物館の蒸気列車

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博物館になった旧アスペイティア駅と保存蒸機
 

カンタブリア山脈がビスケー湾に直接落ち込むスペイン北海岸(下注)は、平地が乏しく、山がちな地形がどこまでも続いている。それは、鉄道網の発達状況にも少なからず影響を及ぼした。

*注 一般にカンタブリア海岸 Cornisa cantábrica と呼ばれるが、内陸との対比で緑豊かなことからエスパーニャ・ベルデ España Verde(緑のスペインの意)の呼称も使われる。なお、本稿では、原語をスペイン語(カスティーリャ語)で表記し、一部でバスク語綴りを併記している。

イベリア軌間(広軌1668mm)の鉄道幹線は、内陸高原のメセタ・セントラル Meseta Central から、山脈を越えて海岸の主要都市へ降りてくる数本のルートに限定される。

いわば縦糸を成すそれらに対して、横糸のように海岸沿いの町をつないでいるのは、建設コストが抑えられるメーターゲージ(狭軌1000mm)の路線だ。東はフランスの国境町アンダイエ Hendaye から、西はスペイン北西端ガリシア州のフェロル Ferrol まで、1000kmを優に越える長大な路線網がそこに築かれている。これら狭軌線は、国営企業のフェベ FEVE(下注)が全国規模で運営していたが、地方分権の導入により1978年以降、一部が州政府へ移管されていった。

*注 正式名は Ferrocarriles de Vía Estrecha(狭軌鉄道の意)だが、FEVE の名は、Ferrocarriles Españoles de Vía Estrecha の頭字に由来する。

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フランス国境のサンティアゴ(サン・ジャック)橋
手前はエウスコトレン線(メーターゲージ)、奥はRENFE線(イベリア軌間)
 

北東部に位置するバスク州 País Vasco/Euskadi の施策も、その一例だ。1982年に州政府の出資で、鉄道会社エウスコトレン Euskotren(正式名称 バスク鉄道 Eusko Trenbideak)が設立され、ビルバオ Bilbao 以東、約180kmある路線網をフェベから引き継いだ(下注)。同社はビルバオとビトリア・ガステイス Vitoria-Gasteiz の市内トラムや、一部地域の路線バスの運行も担い、域内の主要交通事業者になっている。

*注 1971年にフェベに移管(国有化)されていた(旧)バスク鉄道 Ferrocarriles Vascongados の路線網。なお、この路線網は2006年から、インフラ所有がエウスカル・トレンビデ・サレア(バスク鉄道網)Euskal Trenbide Sarea (ETS)、列車運行事業がエウスコトレンと、上下分離されている。

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エウスコトレンの車両
(左)近郊電車S900形(2022年)
Photo by Remontees at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)ビルバオのトラム(2012年)
Photo by Mariordo (Mario Roberto Durán Ortiz) at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 
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今回訪ねるのは、そのエウスコトレンが鉄道資料の保存と公開のために開設している鉄道博物館だ。場所は、サン・セバスティアン San Sebastián/Donostia の南西30kmにある山あいの町、アスペイティア Azpeitia。ここにはかつて、ウロラ川 Río Urola の渓谷に沿って、ウロラ鉄道 Ferrocarril del Urola と呼ばれるメーターゲージの電気鉄道が通っていた。

博物館は、鉄道の運行拠点だったアスペイティア駅を、駅舎だけでなく、構内線路や機関庫、変電所まで含めて保存し、活用している。さらに、ここから北へ4.5kmの間、ウロラ鉄道の線路も残されていて、シーズンの週末には、博物館の保存蒸機が観光列車を牽いて往復する。この乗車体験も訪問客の大きな楽しみになっている。

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保存蒸機の連結作業を見学
旧ウロラ鉄道のラサオ駅にて

この地域に最初に敷設された鉄道は、1864年に全通したイベリア軌間の北部鉄道 Ferrocarril del Norte だ。パリとマドリードを最短距離で結ぶ国際ルートの一部で、現在はマドリード=イルン線 Línea Madrid-Irún(下注)と呼ばれる。

*注 マドリード=アンダイエ線 Línea Madrid-Hendaya の名もある。旧 RENFE(スペイン国鉄)の路線だが、2005年から、インフラ所有は ADIF、列車運行はレンフェ・オペラドーラ Renfe Operadora と、上下分離されている。

ウロラ鉄道は、その北部鉄道に接続する内陸のスマラガ Zumárraga/Zumarraga から北上し、ビスケー湾岸のスマイア Zumaya/Zumaia に至る全長34.4kmの路線だった(下図参照)。スマイアでは、同じメーターゲージのビルバオ=サン・セバスティアン線 Línea Bilbao-San Sebastián に合流していた。開業したのは1926年。石炭の供給不足に悩まされた第一次世界大戦の経験を教訓に、地方鉄道でも電気運転区間が拡張していく時期で、ウロラ鉄道も最初から1500V直流電化で建設されている。

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ウロラ鉄道開業記念の銘板
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ウロラ鉄道のルート
 

標高約360mのスマラガ駅を発った鉄道は、ウロラ川に沿って下流へ向かう。狭くくねった谷間が続くため、トンネルが29本、橋梁も20本あった。沿線人口が少ないことから需要が伸びず、1986年に運行休止となり、1988年に最終的に廃止された。廃線跡の多くはその後、ウロラ緑道 Via Verde del Urola として自転車・歩行者道に転用されたので、今でも容易に跡をたどることができる。

鉄道の沿線で唯一谷が広がり、貴重な平地が現れるのが、石灰岩のグレーの岩肌を見せるイサライツ山 Izarraitz の南麓だ。ここにアスコイティア Azcoitia/Azkoitia とアスペイティアという二つの町がある。双子のような町の名はバスク語で、前者が岩山の上方(=イサライツ山の上流側)、後者が下方(=下流側)を意味するという。

アスペイティアはまた、イエズス会の創始者の一人、聖イグナチオ(イグナティウス)・デ・ロヨラ San Ignacio de Loyola の故郷でもある。生誕地にはロヨラ聖域および大聖堂 Santuario y basílica de Loyola があり、ウロラ鉄道の線路がすぐ横を通っていた。

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駅から見たイサライツ山
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ロヨラ聖域および大聖堂(2017年)
Photo by Edagit at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

町にとって、ロヨラ聖域に次ぐ観光資源がバスク鉄道博物館だ。旧市街から川を渡って東の正面に、地元出身の建築家によってネオバスク様式で造られた美しい意匠の駅舎が建っている。旧ウロラ鉄道のこの駅舎が博物館の玄関口だ。

1階はゆったりとした受付スペースで、ミュージアムショップを兼ねる。上階は展示ホールに改装され、2階には鉄道で使用されたさまざまな職制の制服制帽のコレクションが、3階には200点を越える鉄道用時計のコレクションが、それぞれ所狭しと展示されている。

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3階建の旧アスペイティア駅舎
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(左)駅舎側面
(右)外壁に掲げられた現役時代の発車時刻表
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駅舎1階は博物館の受付
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(左)2階の制帽コレクション
(右)3階の鉄道時計コレクション
 

駅舎を抜けると、2面3線のプラットホームがある。線路はその南側でいくつにも分岐し、そこに新旧の気動車や貨車が縦列で留置されている。突き当りにあるのは大きな車庫兼整備工場で、この中も機関車、客車、貨車、さらにはビルバオ市内を走っていたトラムやバスに至る貴重なコレクションで満杯だ。屋外に留置されているものも含めると、総数は70両以上になるという。

車庫の東隣の2層に見える建物は、もと変電所だ。内部は総吹き抜けの大空間で、変電機器が保存されているほか、奥は車両銘板や鉄道模型の展示室になっている。

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2面3線のホーム
最も左の線路はイベリア軌間
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構内南側には保存車両が留置
正面奥は車庫、左は変電所
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(左)1921年製蒸気機関車「エウスカディ Euskadi」
(右)1931年製12号電気機関車「イサライツ Izarraitz」
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(左)1915年製客車、1960年から路線廃止までウロラ鉄道で供用
(右)1925年製ビルバオトラムU-52
  1999年までマヨルカ島ソーリェル鉄道で運行後、博物館に譲渡
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2層吹き抜けの変電所内部
壁には「自スマラガ至スマイア地方鉄道」と書かれている
 

一方、東の隅には転車台がある。接続されている線路のうち1線だけは、頭上に架線が張られて車庫の奥へ延長され、残りは入換用機関車が格納された開放型の扇形庫につながっている。架線下の線路では、旧型トラムが客を乗せて随時、車庫と転車台の間を往復する。ヤードを横断している跨線橋に上ると、これらの施設配置や車両の動きが手に取るようにわかる。

興味深いのは、構内に広がる線路がメーターゲージだけではないことだ。たとえば転車台は4線軌条で、イベリア軌間の車両も扱える。また、西側の短い線路は旧イベリア軌間(1672mm)で、北部鉄道時代のタンク蒸機や蒸気クレーン車の留置場所になっている。博物館のコレクションは、軌間や運行方式や運営主体を問わず、バスク地方で展開されたあらゆる鉄道を対象としているのだ。

*注 現在のイベリア軌間は 1668mm だが、1955年に統一される前は、スペインが 1672mm(6カスティーリャフィート)、ポルトガルが 1665mm(5ポルトガルフィート)と微妙な差があった。

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4線軌条の転車台
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架線下の線路に動態保存の旧型トラムが

蒸気列車の発車時刻が近づいてきたので、ホームに戻った。乗車券は、初めに受付で買ってある。博物館の入場券とのセットで6ユーロ(博物館のみは3ユーロ)だった。渡されたのは、うれしいことに緑色の硬券で、裏に発車時刻が12:00と手書きされている。ちなみに2023年シーズンの列車運行は、土曜が12時と17時30分の2回、日曜・祝日は12時の1回だ。8月は平日もディーゼル機関車による運行がある。

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蒸気列車の硬券切符
裏面に発車時刻を手書き
 

バスク鉄道博物館は1992年の設立で、1994年に整備を終えて全面的に公開された。当初、列車運行は今と違って、アスペイティアから南へ2kmのロヨラ(バスク語でロイオラ Loiola)駅との間で不定期に行われていた。駅はロヨラ聖域のすぐ前にあった。

ところが、地域の主産業である鉄鋼工場を拡張するために線路用地を提供することになり、この区間は1995年5月限りで閉鎖された。代わりに北側の廃線跡で復旧作業が進められ、1998年6月から運行できるようになった。こちらは取り立てて観光名所があるわけではないが、走行距離が4.5kmとより長く、またウロラ鉄道の典型的な渓谷風景が楽しめるから、それはそれでよかったと言えるだろう。

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アスペイティア~ラサオ間の1:25,000地形図
Base map from Iberpix, BTN25 2023 CC-BY 4.0 ign.es
 

1番線の跨線橋の真下に、FV 104 と車台に大書された茶塗装のタンク蒸機が停車している。受付で買った博物館のカタログに当たると、軸配置2-6-0、1898年マンチェスター製の104号機関車「アウレラ AURRERA」だ。

現在のビルバオ=サン・セバスティアン線の一部である旧 エルゴイバル=サン・セバスティアン鉄道 Ferrocarril de Elgoibar a San Sebastián の開業に際して供用された古典機で、本線運行から退いた後も、同僚機のように他所へ転用されることなく、入換用機関車としてこの地で過ごした幸運な機関車だという。動態復元されて、博物館設立の1992年以来、ここで列車を率いている。

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蒸気列車の牽引機アウレラ
 

そこに機関士が乗り込み、2番線の給水塔の前へ移動した。給水が終わると、再び1番線へ移動して、ホームに停車中の2両つないだボギー客車の前に連結される。往路はバック運転で行くようだ。

濃緑地に黄帯を引いた客車は1925年製のオリジナルで、ウロラ鉄道の開業に際してバスク州のベアサイン Beasaín にある車両工場から納入された、という経歴を持つ。ウロラ鉄道は電気運転だったので牽引機は異なるものの、保存運行で当時の鉄道シーンをできるだけ再現しようと努めていることがわかる。

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(左)走行前の給水
(右)客車に連結
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(左)1925年製のオリジナル客車
(右)車内は1+2席の板張りシート
 

甲高い発車の汽笛が聞こえるころには、車内の板張りクロスシートはもとより、デッキにもちらほら人が立った。保存運行はかれこれ30年続いているが、今もけっこうな人気を保っているようだ。列車は定刻12時に駅を離れた。

走りだすとすぐに家並みが途絶え、緑の中を進んでいく。左下にウロラ川の流れがちらちらと見える。このあたりは比高500mほどの山に囲まれていて、線路は谷に沿って右へ左へとカーブを繰り返す。緩い下り坂で、機関車にとっては軽い仕事に見えるが、それでも最前部のデッキには、吐き出された細かいシンダが降り注ぐ。

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(左)出発準備完了
(右)往路はバック運転
 

左に急カーブして、川が真横に来たかと思うと、間もなくそれを鉄橋で渡り、間を置かずトンネルに突入した。長さ225m、現行ルートで唯一のトンネルだ。地元客はその存在を先刻承知のようで、客室扉も窓も早くに閉められていた。

暗闇を抜けた後は、国道が左側を並走し始める。川の対岸に渡るアーチの石橋と集落が見え、国道が頭上を乗り越して右に移ったところが、終点ラサオだった。到着は12時20分。地形図上では鉄道記号がまだ北へ続いているが、実際には、駅下手にある車止めで線路は切断され、その先は地道に変わっている。

駅構内は2面2線で、小粒ながら印象的な駅舎が建つ。白い漆喰壁にアクセントのエンジ色が映え、エンタシスの柱が支えるロッジア風の造りもユニークだ。もちろん無人駅だが、内部には調度品が置かれ、明かりもつく様子が、窓越しに見えた。

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(左)ウロラ川が近づく(復路で撮影)
(右)川を渡ってトンネルへ
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ラサオの石橋と対岸の集落
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アクセントのエンジ色が映えるラサオ駅舎
 

折返しのために、機関車はここで機回しされる。解結から転線、そして再連結まで、すべて機関士が一人でこなしている。乗客はみなホームに降りて一部始終を見守るのだが、サービス精神旺盛な機関士は、退避線を回っていく間、汽笛をリズミカルに鳴らし続ける。谷間によく響くので、ご近所から苦情が来ないか心配になるほどだ。

復路では、機関車が正面を向く。ラサオで下車した数人の客に見送られて、列車は出発した。来た道を同じようなペースで戻って、アスペイティアに帰着したのは12時50分すぎ、往復で50分ほどのミニツアーだった。

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ラサオ駅での機回し
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下車した客に見送られて帰路に就く

最後に、鉄道博物館へのアクセス方法を記しておこう。

アスペイティアへは、周辺の町から路線バスが走っている。鉄道旅行者が使いやすいのは、ウロラ鉄道を転換した UK06系統(スマラガ Zumarraga ~スマイア Zumaia)と、サン・セバスティアンから直通するUK01系統(サン・セバスティアン/ドノスティア San Sebastián/ Donostia ~アスコイティア Azkoitia)だ。所要時間はスマラガから43分、サン・セバスティアンから55分。

旧駅前が一方通行のため、博物館の最寄り停留所は、北行スマイアおよびサン・セバスティアン方面が Trenbidearen Museoa(鉄道博物館)、南行スマラガおよびアスコイティア方面は川沿いの Julian Elorza Etorbidea, 3(ジュリアン・エロルサ通り3)になるので注意のこと。

時刻表、路線図は下記 ルラルデバス Lurraldebus のサイトにある。

写真は別途クレジットを付したものを除き、2023年7月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
バスク鉄道博物館 https://museoa.euskotren.eus/
ルラルデバス https://www.lurraldebus.eus/ 英語版あり

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