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2023年8月 5日 (土)

マヨルカ島 ソーリェル鉄道 II-路面軌道

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ソーリェル市街の中心、憲法広場を横断するトラム

ソーリェル駅は、この鉄道の中枢だ。地面に濃い影を落とすプラタナス並木の間に、多数の線路が延びている。列車線の乗降ホームがあるのは、パルマ方(南側)から見て左の2本で、主として、幅広のホームが確保された一番左の線路(1番線)が使われる。

右手は車両基地で、4線収容の機関庫(電動車車庫)や整備工場がコンパクトに配置されている。構内配線も分岐あり交差あり、さらに転車台も挟んでいるから複雑だ。一方、列車線の本線を挟んで隣には、5線収容のトラム車庫がある。そのうち2線は車庫を突き抜けて、パルマ方で列車線の本線につながっている。列車線の機関庫にもトラム車両らしき姿が見えるから、手のかかる改修作業はそちらに移動させて行うのだろう。

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ソーリェル駅構内図
黒色の線は列車線、橙色の線は路面軌道
 
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ソーリェル駅の列車線機関庫
列車線ホームから撮影
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同 路面軌道車庫
左の2線は裏側で列車線と接続している
 

ソーリェルの旅客駅舎は、列車線ホームの一番奥だ。3階建ての大きな建物で、17世紀初頭に築かれたカン・マヨル Ca'n Mayol という要塞家屋 Casa forta を転用したのだという。ホームは、日本でいう2階相当の高さにある。

ホームに接した待合室の片隅に小さな出札口があるが、閑散としている。というのも、列車で往復するつもりの観光客はすでにパルマ駅で切符を買っているし、片道だけの客は、例の展望台に停車しない上り列車を敬遠する。それで、ここで乗車券を求める人は少ないのだ。

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列車線ホームから見たソーリェル駅舎
左に路面軌道が見える
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(左)ソーリェル駅、手前の屋内に出札口がある
(右)ホームから階段で地上階へ
 

階段を伝って地上階へ降りると、明るい吹き抜けの空間に出た。左側はパブロ・ピカソ Pablo Picasso の陶芸品の、右側はジョアン・ミロ Joan Miró の版画の、それぞれ無料展示室になっている。同じフロアには直営売店もあり、さまざまな鉄道グッズが揃っているので、立ち寄らないわけにはいかない。

駅舎の玄関を出ると、向かいにあるスペイン広場との間の狭い街路が、トラムの乗り場になっている。軌道は先述の車庫からの続きだが、列車駅の横を通過する間に坂を下ってきたので、もはや1階分の高低差がついているわけだ。

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(左)地上階の吹き抜け空間
(右)鉄道グッズが揃う直営売店
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駅舎正面、中央が入口
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駅舎前のトラム乗り場

ソーリェル路面軌道 Tramvia de Sóller は、ここソーリェル駅 Sóller-Estació と、地中海に開いたポルト・デ・ソーリェル(ソーリェル港)Port de Sóller との間4.9kmを結ぶトラム路線だ。列車線から1年半遅れた1913年10月に開業しているので、もう110年の歴史がある。

かつては旅客だけでなく、港で水揚げされた魚を町へ運び、町からは輸出用のオレンジを港へ送るなど、貨物も扱っていた。港の海軍基地に向け、列車線から直通で石炭や軍需物資を輸送する役割もあった。しかし今では、列車線と同様、一般旅客さえ路線バスに移行しており、もっぱら観光客を乗せて走っている。

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ソーリェル~ポルト・デ・ソーリェル間の1:25,000地形図に停留所位置と名称を加筆
交差した矢印は信号所(パッシングループ)を示す
Base map from Iberpix, BTN25 2023 CC-BY 4.0 ign.es
 

運用されている車両も、軌道の歴史を反映したものだ。電動車は、開業時にまで遡るオリジナル車3両(1~3号、下注1)と、1998~2001年に供用された旧リスボン市電の5両(20~24号、下注2)の、8両体制を敷く。いずれも密閉型の2軸車で、ノスタルジー溢れる木枠、板張りの角ばった外観を特徴とする。前面の腰板は、特産のオレンジを想起させる色に塗られている。旧リスボン車も後に改造されたので、ニスの色がやや薄いほかはオリジナル車とほとんど見分けがつかない。

*注1 集電装置は長らくビューゲルだったが、1990年代にパンタグラフに改修されている。
*注2 軌間はソーリェルが914mmに対して、リスボン市電は900mm。軌間差が小さく調整コストが低いことが受入れの決め手になった。

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オリジナル電動車1号
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旧リスボン車23号
(左)改造でオリジナル車とほぼ同じ外観に
(右)丸みを帯びたリスボン車の形状を残していた改造前(2013年)
           Photo by pjt56 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
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(左)23号の運転台
(右)ベンチシートが配置された客室
 

一方、付随客車の古参組としては、1890年の製造で1952年にパルマ路面軌道 Tramvia de Palma から引き継いだ開放型の4両(8~11号)、通称「ジャルディニエル Jardinier」がある。また1999年からは、旧リスボン電動車とセットになる付随車も、自社の整備工場で密閉型、開放型合わせて8両(1~7および12号で、番号は電動車と一部重複)製造された。ほかに、開業時からの密閉型2軸車2両(5~6号)も残っているが、走るのは冬季だけだ。

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(左)パルマから来た付随客車「ジャルディニエル」
(右)自社製造された付随客車
 

1990年代までこの路線では、電動車の後ろに2両の付随客車がつく3両編成で走っていた。ダイヤは30分間隔で今と同じだったが、観光客の増加により常に混雑し、繁忙期には積み残しが出るような状況だった。それで、列車線の専用列車でやってくる多人数の団体客については、ソーリェル駅の手前に列車の乗降場を設け(下注)、そこからバスで港まで代行輸送する方法で迂回させていた。

*注 前回言及した1990年開設のカン・タンボル Can Tambor 停留所。

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オリジナル電動車+ジャルディニエルの3両編成
 

このように輸送力増強が喫緊の課題だったことが、リスボン車購入の背景にある。改造が順次完了し、車両群が充実した2001年以降は、最大3本の続行運転が行われるようになった。

さらに2006年には、旧リスボン電動車が両端につき、中間に2両の付随車を挟む総括制御、4両連結での運行が実現する。これにより1編成で150人以上を運べるだけでなく、終端駅での機回しが不要になり、運行の効率化が図られた。パルマから到着する列車の定員は350名だが、路面軌道側で2本を続行運転することでほぼ対応できるようになったのだ。

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旧リスボン車が前後についた4両編成

では、ソーリェル駅前からトラムに乗って港へ出かけよう。

6~10月の繁忙期、トラムは30分間隔で走っている。ソーリェル駅の始発は8時、ソーリェル港の始発は8時30分。夜の最終便は間隔が開き、それぞれ20時35分と21時05分発だ。ちなみに11~5月の閑散期は、運行間隔が60分に広がる。

終点までの所要時間は、20~30分だ。主要道路とは分離されているので交通渋滞の影響はほぼないが、全線単線で、途中の停留所で列車交換を行うため、その待ち時間によっても左右される。

運賃は1乗車8ユーロで、往復の設定はない。並走する路線バスの運賃が現金3ユーロ、カード1.80ユーロなので、比較するまでもない高価格だ。これでも1990年代は2ユーロだったというから、2000年代以降の、一般輸送はバス、観光輸送は鉄道と棲み分けを明確にした経営自立策の結果だろう。なお、駅の出札口ではトラムの乗車券を扱っておらず、運賃は車掌が車内で徴収する。

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時刻表が記載された停留所の標柱
 

パルマからの次の下り列車がソーリェルに着くのは、13時15分だ。列車到着後はトラムの乗り場が人で溢れかえるので、その前の13時発のトラムに乗車しようと思う。

駅前で待っていると、13時ごろ、電動車2号が付随客車2両を連れて港方から現れた。鉄道オリジナルの1~3号は総括制御未対応のため、従来方式の3両編成で運用されているのだ。しかし、これは遮断機の先の構内で客を降ろして、車庫の方へ引き揚げていった。少し間を置いて次に現れたのは、23、24号の電動車ペアの間に密閉型の付随客車2両が挟まった4両編成だ。ソーリェル港方面へはこの後続便が先行するらしい。待っていた客が乗り込むと、ベンチシートはそこそこ埋まった。

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23、24号のペアがソーリェル港方面へ先行
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教会横の狭い路地エス・ボルン
 

13時05分、ボーッという汽笛を合図にトラムは動き出した。最初は下り坂になったエス・ボルン Es Born の狭い路地をゆるゆると進んでいく。さっそく車掌が運賃収受に巡回してくる。現金で払うと、機械印字の薄いレシートをくれた。

路地を抜けるとトラムは、路面軌道の車窓名物ともいうべき町の中心、憲法広場 Plaça de sa Constitució を横断する(冒頭写真も参照)。

重厚なバルコニー装飾が目を引く旧ソーリェル銀行 Banco de Sóller(現 サンタンデル銀行ソーリェル支店)、石灰岩の壮麗なファサードを向ける聖バルトロマイ(バルトメウ)教会 Església de Sant Bartomeu に、太陽を捧げる獅子のレリーフを掲げた市庁舎と、町を象徴する建造物が左右に並び建ち、カフェテラスのテーブルや、スナックや小物を商うさまざまな屋台で埋め尽くされた広場だ。

そぞろ歩く観光客の間をかき分けるように、トラムは最徐行で通過していく。車両の接近に気づかない人もいるので、運転士は何度も警笛を鳴らし、車掌も身を乗り出して警戒怠りない。

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憲法広場の聖バルトロマイ教会と市庁舎
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広場のカフェテラスの間を最徐行で通過
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車内から(帰路写す)
 

広場からクリストフォル・コロム通り Avinguda de Cristòfol Colom に移ったところで、最初の停留所メルカト Mercat(市場の意)に停車した。文字どおり市営市場の前で、待避線がある。仮に広場で運行にトラブルがあったときでも、港方面へ折返し運転できるようにしてあるのだろう。ここもまだ人通りが絶えない。

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メルカト停留所(帰路写す)
 

この300mほどの併用軌道区間を終えると専用軌道になり、旧道沿いの家並みの、レモンやオレンジの実がなる裏庭をかすめながら、郊外に出ていく。緊張から解放されたように、走るペースも少し速まる。

次の待避線があるのは、プラタナス並木の下にあるカン・グイナ Ca'n Guina 停留所だ。続いて、トレント・マジョル Torrent Major(大川の意、下注)を鉄橋で渡る。振り返ると市街地の背後に、朝、列車で越えてきたアルファビア山脈 Serra d'Alfàbia が衝立のように横たわっている。

*注 トレント Torrent は降雨時だけ水が流れる涸れ川のこと。主に石灰岩でできたマヨルカ島ではよく見られる。

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(左)オレンジの実がなる裏庭をかすめて
(右)トレント・マジョルの鉄橋を渡る
 

現在、沿線には12の中間停留所が設置されている(下注)が、どれも簡易な低床ホームに時刻表を記した標柱が1本立っているだけだ。リクエストストップのため、多くは素通りするが、思い出したように停車しては一人二人と降ろしていく。ちなみに降車したいときは、出入口のSTOPと記されたボタンを押すか、窓際にぶら下がっている紐を引いて、運転士に知らせる必要がある。

*注 正式の終点は後述するラ・パイエザ La Payesa なので、現終点のポルト・デ・ソーリェル(マリソル Marysol)もこの数字に含まれる。なお、湾沿いにかつてあったセスプレンディド S'Espléndido、セデン S'Eden、カン・ジェネロス Ca'n Generós の3停留所は、プロムナード整備を機に廃止された模様。

ほどなくパルマとソーリェル港を結ぶ主要道 Ma-11 と交差した。その後は道端軌道でおおむね直線ルートだが、最高時速でも30kmのため、隣を走るクルマには抜かれっぱなしだ。

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(左)主要道Ma-11と交差(帰路写す)
(右)背後に横たわるアルファビア山脈
 

道路脇にロカ・ロジャ Roca Roja 停留所が見えてきた。30分間隔の運行の場合、ここで列車交換が行われる。中間点よりやや港方に位置しているため、ソーリェル行の上り電車が先着することが多く、待っていたのは、21、22号の電動車ペアによる4両編成だった。少し停車している間に、下りの続行便である2号電動車の3両編成も後ろに現れた。

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ロカ・ロジャ停留所での列車交換
 

行き違いを終え、再び出発。このあたりは両側から山が迫っていて、主要道はその山を貫く長さ1329mのサ・モラトンネル Túnel de sa Mola に入ってしまう。停留所のない待避線を通過すると、いよいよ前方にエメラルド色の海が見えてきた。ビーチにさしかかるサ・トレ Sa Torre 停留所では、客がぞろぞろと下車して、車内がすいた。線路は右へ進むが、左のほうにも椰子の枝が風に揺れるプラジャ・デン・レピク Platja den Repic のビーチが続いている。

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(左)2号電動車が続行
(右)サ・トレ停留所で多くの客が下車
 

ここから終点までは、エス・トラベス Es Través の弓なりになった湾岸を走る。光降り注ぐビーチでくつろぐ人々やボートが浮かぶのどかな湾景に目を細めながらの、鉄道旅のフィナーレにふさわしい数分間だ。プロムナードの中央に軌道が通っているが、この形に整備されたのは意外に新しく、2012年のことだ。

かつてここには主要道 Ma-11 が通っていて、軌道はその海側に分離されていた。2007年に上述のサ・モラトンネルを経由するバイパスが開通したことで、通過車両をそちらに移し、湾沿いを歩行者に開放したのだ。軌道もその際に移設され、もとの軌道用地は海側の歩道になっている。

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エス・トラベスのプロムナード
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ソーリェル湾の眺め、正面が地中海への出口
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プロムナード整備以前の風景
軌道は主要道の海側を通っていた(2010年)
Photo by Alain GAVILLET at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

やがてトラムは減速し、右隣に待避線が現れた。終点ポルト・デ・ソーリェル(マリソル Marysol)に13時29分到着。降車が済んだ頃に、続行の3両編成が右の線路に入ってきた。こちらは機回しが必要なため、4両編成はすぐに発車して、停留所を空けなければならない(下注)。

*注 ソーリェルに戻る必要のない時は、サ・トレ停留所の南にある待避線で留置される。

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終点ポルト・デ・ソーリェル(マリソル)に
続行編成も到着
 

ささやかながらもここは、パルマから延々乗ってきたソーリェル鉄道 Ferrocarril de Sóller (FS) のもう一方のターミナルだ。町の中心部に位置し、サ・カロブラ Sa Calobra へ行く沿岸観光船の埠頭も目の前にある。軌道の海側に建てられた旧駅舎は、早くも1920年代にマリソル Mar y sol、すなわち海と太陽という名の食堂 兼 ホテルに改装され、今もレストランとして営業している。

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レストランに転用された旧駅舎
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ソーリェルへ戻るトラムに客が群がる
 

軌道はさらに150mほど先に進んだ、ラ・パイエザ La Payesa(旧 サ・ポサダ・デ・アルテザ Sa Posada de l'Artesà(職人宿の意))と呼ばれる場所が正式の終点だ。4.9kmという路線長もその距離を含んでいる。港に海軍基地があった時代、このルートは貨物線として機能しており、さらに先の造船所まで達していた。今でも路面に軌道が残されているが、トラムがそこまで足を延ばすことはもはやない。

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軌道の終端ラ・パイエザ
かつてはさらに貨物線が続いていた
 

写真は別途クレジットを付したものを除き、2022年6月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
ソーリェル鉄道 https://trendesoller.com/
ソーリェルからソーリェル港に至るマヨルカの路面軌道の前面車窓動画
Führerstandsmitfahrt mit der Straßenbahn von Mallorca von Sóller bis Puerto de Sóller
https://www.youtube.com/watch?v=gV8cTyKeQHQ

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