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2022年10月13日 (木)

ライトレールの風景-嵐電 嵐山本線 II

前回に引き続き、「まいまい京都」のガイドツアーで嵐電(らんでん)嵐山本線を旅する。

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広隆寺の楼門前を行く101号車
掲載写真は2022年5月のツアー当日のほか、2020年2月~2022年10月の間に撮影
 

車庫見学を終えた私たちは、貸切の301号車に乗車するために西院駅のホームへ移動した。しかし、嵐山へ向かうにもかかわらず、誘導されたのは四条大宮方面の上りホームだ。車庫線が上り線に接続されているからだが(下注)、私たちが乗った後、電車はいったん上り線を下り方向へ逆走した。

*注 1番線のみ、渡り線を介して下り線にもつながっている。

「逆出庫と言いまして、昔は朝方、北野線へ行く車両だけこの形でやってました。上り線で嵐山のほうへ向かうんですが、車庫の横に渡り線があります。それを使って下り線に入っていきます。」と、ガイドを務める嵐電社員Mさんがルートを解説する。

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(左)西院駅上りホームから301号車に乗車
(右)沿線ガイドつきの電車旅
 

西院を後に、電車は直進の後、左カーブして西大路三条(にしおおじさんじょう)駅にさしかかった。かつては三条口(下注)と称したが、観光客に、中心部の三条通に近いと誤解されがちだったというのが改称の理由だそうだ。ここで西大路通を横断するため、信号待ちをする。

*注 旧名は、御土居(おどい)に設けられた三条通の西の出口にちなむといわれる。

「優先をとれてないので、交通信号のルールに従います。電車信号の黄色い矢印が出たら出発ですが、この矢印、電車が通過するまでついてなくて、9秒くらいで消えてしまうんです。途中でもし消えても強引に行かないといけません。」

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西大路三条駅
(左)下りホームは専用線上に
(右)上りホームは路面上にある。古い架線柱にも注目
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黄色の矢印信号で電車は路面へ
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三条通上に延びる併用軌道
 

嵐電は、京都で併用軌道が残る唯一の路線としても知られる。西大路三条から1.2kmの間、複線の線路が三条通の上を通っている。開通当時は田園地帯の中ののどかな区間だったようだが、今は工場や住宅が周囲を埋めている。

「路面を走りますので、クルマや自転車には気を使います。最高時速は40キロですが、自転車で電車と競争する子どもが結構おるんです。」

併用軌道は、島津製作所の南側でゆるやかなS字を描いているが、その理由は、かつてこの北側に天神川が流れていたからだ(下注、下の地図も参照)。西高瀬川との間に細長く延びる側道や民地が、河道跡になる。

*注 天神川は、京都盆地を南北に流れる川の一つで、北野天満宮の横を流れ下ることからその名がある。

天神川はこの後、現在の西小路との交差点付近で南に向きを変えていたので、三条通と嵐電は、河床の上昇で天井川化したこの川を坂道で乗り越えなければならなかった。それは、氾濫対策で流路が移設された今も残っている。NHKの番組「ブラタモリ」の京都御所編でも紹介された、市街地に潜む高低差だ。

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(左)S字カーブは旧 天神川を避けた名残
  右の自転車用側道と民地が旧河道
(右)反対方向から
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西小路交差点の坂道は旧 天神川を乗り越えた跡
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天神川の流路変更
(上)1928(昭和3)年図 天神川と紙屋川の旧流路が(涸れ川として)描かれる
(中)1951(昭和26)年図 改修による流路変更後、旧流路にはまだ痕跡が残る
(下)2003(平成15)年図 旧流路は完全に消失(薄紫で旧流路を補筆)。町界や道路に名残をとどめるのみ
 

坂を降りると、路上に山ノ内(やまのうち)駅がある。ここは線路と片側1車線でぎりぎりの道幅しかなく、ホームの踏面は幅60cmと極端に狭い。ホームでの電車待ちは危険なため、客は道路脇の空地、つまり民地などで待つことになっている。「電車が到着してから横断してください」という注意看板はそのことを指す。

「各駅でバリアフリー化を進めているんですが、ここだけは無理です。お年寄りや体の不自由な方が苦労して乗ってこられるので、運転士も介助します。東側の広いところに駅を移したらどうかとも言われるんですが、勾配があってこれも難しい。」

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(左)山ノ内駅の狭小ホーム
(右)利用者への注意看板
 

葛野大路(かどのおおじ)の交差点を通過すると、三条通は右にそれていき、電車はいったん専用軌道に入る。現在の天神川をここで渡るのだが、「鉄橋の手前右手に猿田彦神社、庚申さんの森が見えます。ここは交通安全の神様で、うちの運転士はみなここのお守りを持って運転しております。」

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葛野大路交差点でいったん専用軌道に
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(左)天神川を渡る
(右)背景は猿田彦神社境内の大楠
 

天神川を渡ると、再び三条通に合流する。次の嵐電天神川(らんでんてんじんがわ)駅も併用軌道上の駅だ。しかし、山ノ内とは違い、ホームは歩道からスロープで接続され、十分な幅があり、屋根もついている。というのも、地下鉄東西線との接続駅として2008年に開業した、嵐電で2番目に新しい駅(下注)だからだ。

*注 最新の駅は北野線にある撮影所前駅、2016年開業。

「できる前は、地下鉄と連絡したら嵐電のお客さんが減ってしまうんじゃないかという心配があったんですが、乗り換えがよくなって、逆にお客様が増えました。嵐山から(地下鉄東西線沿線の)南禅寺や平安神宮方面へ観光に行くという方もよくおられます。」

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地下鉄との接続駅、太秦天神川
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開業当時の太秦天神川駅(2008年4月撮影)
 

従来四条大宮まで乗り通していた人のうち何割かはここで地下鉄に流れただろうが、均一運賃なので収入額が減るわけではない。むしろ短距離利用でもあたま数が増えるほうが、業績には貢献するだろう。この路面区間は短く、いくらも行かないうちに今度は嵐電が左にそれる。前駅から250mで蚕ノ社(かいこのやしろ)駅だ。

「右手に鳥居が見えますね。蚕ノ社というのは、この先にある木嶋(このしま)神社のことです。日本でも最古級のお社でして、夏になると足を浸ける御手洗(みたらい)祭があります。元糺(もとただす)とも言うんですが、下鴨神社にある糺(ただす)の森が、もとはここにあったそうです。三本足の鳥居でも有名です。」ガイドさんは調子を上げ、観光案内までしてくれるようになった。

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(左)木嶋神社一の鳥居
(右)蚕ノ社駅上りホーム
 

家並みの間を直線で進むと、次の太秦広隆寺(うずまさこうりゅうじ)駅が見えてくる。「太秦といえば映画村ですね。それで通常の放送ですと、水戸黄門のメロディが流れます。暴れん坊将軍の曲だったころもあるんですが、起動ボタン押してダダダーンと鳴りますと、お客さんびっくりされたので(参加者 笑)、不評でやめたという経緯があります。」

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太秦広隆寺駅
(左)駅手前のS字カーブ
(右)下りホームは民家の玄関前
 

国宝の弥勒菩薩半跏思惟像で知られる広隆寺の楼門が右手前方に見える。寺の門前を行く電車は、嵐電のイメージ写真の定番だ(冒頭写真参照)。古都らしい優雅な走行風景に見えるが、実は交通の難所でもある。主要府道がずれて交わる変則的な交差点で、ただでさえ交通量が多いところに併用軌道が割り込む形になっているため、事故が多発する。

「嵐電のなかで最も危ないスポットですので、運転には特に気をつけています。もうすぐ右京警察署が見えてきますが、事故があるとすぐに来てくれまして、5分10分で処理して電車は行っていいよと。けっこうスムーズな連携ができております。右京署さんいつもありがとうございます。」

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人とクルマと電車が交錯する太秦交差点
 

最大の難所を過ぎれば、後は終点まで専用軌道が続く。肩の荷を下ろしたように電車の走りも軽快になる。まもなく帷子ノ辻(かたびらのつじ)、北野白梅町方面の北野線との乗換駅だ。

「北野線は3番、4番線です。今3番線に停まっているのは江ノ電号ですね。北野線は単線ですので、貸切運行できないのが残念ですが、世界遺産の御室仁和寺とか龍安寺、金閣寺にも行けますので、お時間があれば乗ってみてください。」

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帷子ノ辻駅
(左)四条大宮方から
(右)北野線の電車が待つ
 

次の駅は有栖川(ありすがわ)。「京都らしい駅名と言われてまして、何かの駅名ランキングで4位になってました。音の響きがいいんでしょうか。」

以前は嵯峨野駅と称した。所在地の旧 嵯峨野村(下注)に由来する名だが、「嵯峨野」がもっと西の、寺社の多い地区を指す観光地名として有名になるにつれ、誤って下車する観光客も多かったという。有栖川というのは、大覚寺のほうから流れてくる川の名だ。響きにそぐわず、住宅街の中を流れるありふれた小川だが、鉄橋から北山の山並みがちらと見えて、のびやかな田園地帯だったころの名残がある。

*注 葛野郡太秦村を経て1931(昭和6)年から京都市右京区。今も町名は嵯峨野〇〇町になっている。

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有栖川を渡る間、北山が見える
 

右にカーブしてその有栖川を渡り、少し行くと、車折神社(くるまざきじんじゃ)駅だ。南側に、芸能の神様で知られる車折神社があるので、ホームの柵や上屋も朱色に塗られている。

「昔ここの神様が歌い踊って悪霊を鎮めたという謂れがあって、皆さんもよくご存じの芸能人の方の玉垣がいっぱい祀られてます。玉垣1本、1万3千円か5千円くらいだったと思うので、一つ作ってみられたら、友だちに自慢できるんじゃないでしょうか」

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車折神社駅
(左)朱塗りのホーム
(右)境内から駅に直結
 

続いて、鹿王院(ろくおういん)駅。これも近くの寺の名にちなんでいる。「禅宗のお寺で、枯山水のお庭は最も古いものの一つです。実はここは観光の穴場でして、インバウンドのお客さんが多い時でもそんなに混んでなかったと聞いております。でも境内は結構よくて、紅葉もきれいですのでお薦めします。」

嵐電嵯峨(らんでんさが)駅は、JRの嵯峨嵐山、旧称 嵯峨駅の最寄りになる。そのため、嵐電も以前は嵯峨駅前と称したが、両者の間には250mほど距離がある。インバウンド客で溢れかえっていたころは、嵯峨野観光鉄道のトロッコに乗り換える人も多かったそうだ。「アジア系の方に特に人気がありましたね。欧米系の方はトロッコよりも、嵐山のモンキーパークとか竹林に行かれました。」

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(左)鹿王院駅
(右)嵐電嵯峨駅
 

嵐電嵯峨を出ると、いよいよ終点の嵐山駅だ。「駅はリニューアルして10年ほどになります。キモノフォレストと言って、友禅染の生地をLEDライトで照らしてまして、約600本あります。夜になるとかなりきれいで、インスタ映えスポットと呼ばれておりますので、ぜひ夜も楽しんでいただけたらと思います。」

電車はS字カーブをゆっくり曲がって、櫛形ホームに入線していく。西院から約20分の楽しい小旅行だった。「この電車はふだん使用していない3番線に入ります。みなさまご乗車お疲れさまでした。嵐山駅3番線到着です。」

名残惜しげな参加者の拍手とともに、貸切電車のガイドツアーは無事終了した。

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嵐山駅
キモノフォレストが電車を迎える
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(左)発着ホーム
(右)長辻通に面した正面出入口
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301号車、嵐山駅3番線に到着
 

この駅も改札はなく、ホームを直進すると売店が並ぶ駅ビルの中を通り抜けて、嵐山のメインストリート、長辻通に出る。しかし、ツアーにはおまけがあって、希望者は、本来は商業施設の利用者限定のエリアだという駅ビルの屋上テラスへ案内された。

もとレディースホテルのこの建物は3階建で、屋上といっても高さは知れている。だが、周囲に高層建築がないため、思いのほか見晴らしはよかった。西側は、天龍寺の伽藍の屋根が森に埋もれ、こんもりとした小倉山が背後を限る。北には釈迦堂の大屋根と、ひときわ高い愛宕山(あたごやま)、南は嵐山が近く、観光客で賑わう渡月橋もちらと見える。

後ろを振り返れば、青く煙る東山の麓まで京都の市街地が続いていた。足元の駅ホームからその方角へ出ていく京紫の電車を見送る眺めは、充実したツアーのフィナーレにふさわしい。

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駅ビル屋上テラス
(左)京都市街地の眺め、左遠方に比叡山
(右)観光客でにぎわう渡月橋
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テラスから見る嵐電
 

掲載の地図は、陸地測量部発行の1万分の1「京都近郊」(昭和3年測図)、地理調査所発行の1万分の1地形図京都北部(昭和26年修正測量)、嵯峨(昭和26年修正測量)、国土地理院発行の1万分の1地形図太秦(平成15年修正)を使用したものである。

■参考サイト
嵐電(京福電気鉄道) https://www.keifuku.co.jp/
まいまい京都 https://www.maimai-kyoto.jp/

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