イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド・北アイルランド編
岩がちな山の重なり、深く切れ込む入江、平谷の底で静まりかえる湖、スコットランドの旅の魅力の一つが、こうした雄大で手つかずの自然との出会いだ。本来は移動手段であるはずの鉄道も、ここでは車窓に流れる景色の見事さで、乗ることが目的にさえなっている。
今回は、スコットランドおよび北アイルランドの保存鉄道・観光鉄道のリストから、特に興味をひかれた鉄道を挙げていこう。
アイル湾 Loch Eil の背後にベン・ネヴィス Ben Nevis を望む ウェスト・ハイランド線(2017年) Photo by Peter Moore at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0 |
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「保存鉄道・観光鉄道リスト-スコットランド」
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項番8 ウェスト・ハイランド線 West Highland Line
「イギリスの絶景車窓」を紹介する観光関連サイトをいくつか覗くと、必ず名が挙がる路線が三つあることに気づく。イングランド北部のセトル=カーライル線 Settle–Carlisle line、同 南西部のリヴィエラ線 Riviera line、そしてスコットランドのウェスト・ハイランド線 West Highland Line(下注)だ。
*注 後述する観光列車「ジャコバイト号 The Jacobite」を挙げているものも含む。
御三家の一角を占めるウェスト・ハイランド線は、ハイランド地方 Highlands の西部を北上していくナショナル・レール(旧国鉄線)だ。列車は、スコットランド最大の都市グラスゴー Glasgow のクイーン・ストリート Queen Street 駅から出発する。
併結便の場合、途中のクリーアンラリッヒ Crianlarich で2本の列車に分割される。1本は本線を北上し続け、フォート・ウィリアム Fort William を経て、港町マレーグ Mallaig まで行く。もう1本は支線を西へ向かい、同じく港町のオーバン Oban に至る。本線263.6km、支線67.5km。本線だけでも乗り通すのに5時間以上かかる長距離路線だ。
西海岸の地形は海と陸地が複雑に入り組んでいるため、鉄道は内陸の谷間を縫うように通されている。小さな集落がたまに見えるほかは、岩山と高原、入江と湖が交錯する荒涼とした風景がどこまでも続き、はるか遠くへ来たことをひしひしと感じさせる。
ラノッホ Rannoch 駅に入る列車(2015年) Photo by Andrew at frickr.com. License: CC BY 2.0 |
運用されている車両は、スコットレール ScotRail(下注)の156形気動車だが、それに加えて最奥部のフォート・ウィリアム~マレーグ間には、蒸気機関車が先頭に立つ観光列車「ジャコバイト号 The Jacobite」がある。「ハリー・ポッター」の映画シリーズでホグワーツ特急 Hogwarts Express に擬せられて、世界的な知名度を獲得した看板列車だ。
*注 2022年3月まではアベリオ Abellio 社の子会社がフランチャイズ契約で運行していたが、期間満了で、4月からスコットレールの名称を残したまま、政府出資会社に引き継がれた。
ロケ地になったグレンフィナン高架橋 Glenfinnan Viaduct は、広い谷間に美しい弧を描くアーチ橋だ。沿線風景で最大のハイライトとあって、乗客は誰しも通過のときを心待ちにしている。
*注 鉄道の詳細は「ウェスト・ハイランド線 I-概要」「ウェスト・ハイランド線 II-ジャコバイト号の旅」参照。
グレンフィナン高架橋を渡るジャコバイト号(2018年) Photo by WISEBUYS21 at frickr.com. License: Public domain |
項番1 カイル・オヴ・ロハルシュ線 Kyle of Lochalsh line
西海岸の港を目指し、南から延びるウェスト・ハイランド線に対して、東からハイランドの山地を横断してくるのがカイル・オヴ・ロハルシュ線だ。こちらもナショナル・レール(旧国鉄線)で、スコットレールの158形気動車で運行されている。
東海岸、ファー・ノース線 Far North Line の途中駅ディングウォール Dingwall を起点に、西岸の港町カイル・オヴ・ロハルシュ Kyle of Lochalsh(下注)に至る102.7kmの路線だが、旅客列車はハイランドの主要都市インヴァネス Inverness から直通する。全線の所要時間はおよそ2時間40分だ。
*注 地名カイル・オヴ・ロハルシュは、アルシュ湾 Loch Alsh の海峡 kyle(=狭まった地点)を意味する。なお、ゲール語由来の ch [x] は本来の英語にない音のため、[k] と読まれることも多い。
ディングウォールで左に分岐してまもなく、列車は最初の、そして最も急な上り勾配にさしかかる。計画ルート上にあったストラスペファー Strathpeffer の町の大地主が首を縦に振らず、やむを得ず線路を迂回させたという訳ありの坂道だ。その後は、湖が点在する広い氷蝕谷の間をひたすら進んでいき、峠らしい峠を経験しないまま、谷を降りてしまう。
最後の30分間は、カロン湾 Loch Carron に沿って、岩がちな海岸線をくねくねとたどる。山と湖の眺めなら先述のウェスト・ハイランド線でも得られるが、断続する海辺の風景はこの路線の特色といえるだろう。
終点カイル・オヴ・ロハルシュはアルシュ湾に突き出した埠頭の駅で、海峡を隔てて指呼の間にスカイ島 Isle of Skye を望む。かつては対岸の港カイラーキン Kyleakin との間をフェリーが結んでいたが、島に渡る道路橋ができた今は、路線バスが連絡する。
項番3 ストラススペイ鉄道 Strathspey Railway
数はそれほど多くないものの、スコットランドにもいくつかの蒸気保存鉄道がある。その一つ、標準軌ではおそらく最北端に位置するストラススペイ鉄道 Strathspey Railway は、インヴァネスから南へ山を一つ越えたスペイ川 River Spey 流域を走る路線だ。
廃止されたハイランド本線 Highland Main Line の旧ルート(下注1)を1978年に復活させたもので、新旧ルートの分岐点だったアヴィモア Aviemore を起点に、ブルームヒル Broomhill までの約16kmを行く。片道50分、往復1時間40分。鉄道名のストラススペイ Strathspey とは、鉄道が通過するスペイ川 Spey の広い谷(ストラス Strath、下注2)のことだ。
*注1 これは1863年に開通したルートで、アヴィモアからグランタウン・オン・スペイ Grantown on Spey を経て、フォレス Forres でアバディーン=インヴァネス線 Aberdeen–Inverness line に合流していた。1898年にアヴィモア~インヴァネス間を短絡する現ルートが開通したことで支線に転落し、後の1965年に廃止された。
*注2 スコットランドの地形用語で、狭く険しい谷をグレン Glen、広く穏やかな谷をストラス Strath と使い分ける。
列車は、ナショナル・レールのアヴィモア駅3番線から出発する。まもなく当初起点に使われていたホーム跡とヤードを通過して、森の中に入っていく。本線規格で建設されたので、緩いカーブの走りやすそうな線路だが、列車の走りは至ってのんびりしている。
中間駅ボート・オヴ・ガーテン Boat of Garten 駅には、1904年築という趣のある旧駅舎が残され、往路の停車中に見学が可能だ。この後はスペイ川の広い氾濫原を進んでいき、その間、蛇行する川とともに、はるか遠くにケアンゴームズ国立公園 Cairngorms National Park の山並みが見晴らせる。
終点ブルームヒル Broomhill は片面ホームで、折返しのためのささやかな駅に過ぎない。鉄道はさらに次の町グランタウン・オン・スペイ Grantown-on-Spey への延伸に向けて、作業を継続している。
スペイ川の谷を戻る列車 遠景はケアンゴームズ山地(2006年) Photo by Dave Conner at frickr.com. License: CC BY-SA 2.0 |
現在の主力機LMSアイヴァット Ivatt(2017年) Photo by Pjt56 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番7 ボーネス・アンド・キニール鉄道 Bo'ness and Kinneil Railway
フォース湾 Firth of Forth に面したボーネス Bo'ness は、エディンバラ Edinburgh とグラスゴー Glasgow のおよそ中間にある町だ。ボランティア団体のスコットランド鉄道保存協会 Scottish Railway Preservation Society がここに拠点を置く。協会は、250両を超える大規模な車両コレクションを保存していて、その一部は構内のスコットランド鉄道博物館 Museum of Scottish Railways で展示公開されている。
協会はまた、動態保存の車両群を走らせる標準軌路線も持っている。それがボーネス・アンド・キニール鉄道だ。旧ボーネス支線跡を利用した約8kmのルートで、蒸気保存列車が1日3~4往復する。
起点のボーネス駅は、スコットランド各地から使われなくなった鉄道設備を移築して、新たに造られたものだ。列車はここから湾に沿って西へ向かう。遠浅の海の前で連続する急カーブをしのぐと、リクエストストップのキニール・ホールト Kinneil Halt がある。鉄道名のボーネス・アンド・キニールは、ここまで部分開通していた時の名残だ。
その後は段丘崖を上っていき、進路を南に転じる。バークヒル Birkhill 駅の前後は農地と林が続く。エーヴォン川 River Avon の谷を渡ると、再び西に向きを変えて、終点マニュエル・ジャンクション Manuel Junction 駅のホームに到着する。
ファーカーク Falkirk 経由のナショナル・レールが目の前を通っているが、あちらには駅がない。それで乗客は、機回しを終えた列車でボーネスへ引き返さざるをえない。ちなみにレールは両者つながっていて、各地で催されるさまざまな列車ツアーに使われる車両が、ここで本線に出入りする。
本線ツアーに出発するトルネード Tornado(2021年) Photo by Phil Richards at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0 |
ボーネス駅西方の側線にて(2008年) Photo by tormentor4555 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
項番4 ケアンゴーム登山鉄道 Cairngorm Mountain Railway
かの有名なスノードン登山鉄道より高い所まで行くと、2001年12月の開業当時、ケアンゴーム登山鉄道はしきりと話題に上ったものだ。山上駅の標高は1097mで、同1065mのスノードンを抑えて、イギリスの鉄道で行ける最高地点になった。
ただし、これはラック鉄道ではなくケーブルカーだ。冬場、強風が吹くたび運休になるチェアリフトの代替手段として建設された。ベース駅 Base Station と呼ばれる下部駅から山上のターミガン駅 Ptarmigan Station(ターミガンは雷鳥の意)まで、長さ1970m、高度差462m。単線交走式で、ルートの中間点にある待避線で列車交換が行われる。
ケアンゴーム Cairn Gorm(下注)は、先述のストラススペイ鉄道の起点アヴィモアの南15kmに位置する山だ。標高1245mで、イギリスで7番目に高いピークとされている。ケアンゴームズ国立公園の中心的存在で、北西側斜面にはスキー場が広がる。山上からの眺望は素晴らしく、夏もトレッキング客が多数訪れる。
*注 スコットランド・ゲール語で青いケルン(石塚)を意味する。山地や地域名では Cairngorm と一語に綴るが、山名は分かち書きする。
だが、鉄道の建設計画に対しては、環境保護団体から、観光客の増加で自然破壊が進むと反対があった。そのため、ケーブルカーで山上駅に到着した乗客には行動制限がかけられており、建物の外に出ていけるのは冬のスキーヤーだけだ。他の客はせいぜいテラスに出て、山岳展望を楽しむことしか許されていない(下注)。
*注 山上を散策したければ、行きは登山道を歩いていくしかない。帰りにケーブルカーを片道利用することはできる。
2018年10月に運営会社は、安全性に問題が生じたとして、鉄道の運行休止を発表した。現在、スコットランド政府の資金援助を受けて施設の更新工事が行われており、運行再開は2023年の予定だ。
中間待避線での列車交換(2013年) Photo by lizsmith at wikimedia. License: CC BY-NC-ND 2.0 |
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「保存鉄道・観光鉄道リスト-北アイルランド」
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項番2 ジャイアンツ・コーズウェー・アンド・ブッシュミルズ鉄道 Giant's Causeway and Bushmills Railway
北海岸で世界遺産にも登録されているジャイアンツ・コーズウェー Giant's Causeway の近くから、小さな観光鉄道が出ている。軌間3フィート(914mm)の軽便線で、坂を下り、波打ち際をかすめ、川を渡り、ブッシュミルズ Bushmills の町の手前まで3.2kmのルートを行く。
ジャイアンツ・コーズウェーは、柱状節理による玄武岩の石柱が海岸線を埋め尽くす景観で、古くから知られた観光地だ。早くも1887年に、幹線鉄道のあるポートラッシュ Portrush の町から、長さ15kmの電気路面軌道が通じている。当時、電気運転はまだ黎明期であり、路線長からしても先駆的な試みだった。軌道は数十年間利用されたが、老朽化により1949年に廃止された。
この地に再び軌道が戻ってきたのは、それから半世紀を経た2002年のことだ。当初は蒸気機関車がミニ客車を牽いていたが、2010年に現在の4両編成の気動車に置き換えられた。素人目には蒸機のほうが魅力的に映るが、このデザインはかつてのトラム車両をイメージしたものだという。路線の歴史を踏まえれば、蒸機よりトラムのほうが似つかわしいということだろう。
(左)蒸機時代(2008年) Photo by technische fred at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 (右)トラムイメージの気動車(2012年) Photo by Iain Gregory at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
項番3 ダウンパトリック・アンド・カウンティ・ダウン鉄道 Downpatrick and County Down Railway
アイルランド島の鉄道網の軌間は、標準軌(1435mm)より広い5フィート3インチ(1600mm)で、アイリッシュ・ゲージ Irish gauge と呼ばれる。島で唯一、この軌間で運行されている保存鉄道が、北アイルランド東部のダウンパトリック Downpatrick にある。
町はダウン県 County Down の県庁所在地だ。アイルランドの守護聖人、聖パトリックが埋葬されたと伝えられるダウン大聖堂 Down Cathedral が、丘の上から町と駅を見下ろしている。その鉄道駅は1950年に廃止されてしまったが、跡地を拠点として1987年に活動を開始したのが、ダウンパトリック・アンド・カウンティ・ダウン鉄道だ。
復元された線路は、ルートの中央にある三角線から東、南、北の三方向に延びている。その東端にあるのが、ダウンパトリック駅だ。また、南端にはマグナス・グレーヴ Magnus’ Grave(マグヌス王の墓)、北端にはインチ・アビー Inch Abbey(インチ修道院跡)と称する折返し用の停留所が設置されている。
停留所名はいずれも近隣の史跡にちなんだものだが、廃墟が残る修道院跡のほうが人気が上回っているようだ。近年、マグナス・グレーヴへ行くのは特別行事のときだけで、インチ・アビーを単純往復するのが通常の運行ルートになっている。列車は1日に数本あり、修道院跡をゆっくり見学して次の列車で戻るというプランも可能だ。
(左)大聖堂を背にした1号機関車(2016年) Photo by Milepost98 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 (右)ダウンパトリック駅を発つ列車(2014年) Photo by no name at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
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「イギリスの保存鉄道・観光鉄道リスト」では、全部で約150か所の路線を取り上げた。しかし、これでも網羅というにはほど遠い。小規模なものを含めればまだ他にもあり、編めば編むほど、この国の人々の鉄道遺産への愛着の強さや奥深さを思い知ることになる。これだけの数の鉄道が毎週のように運行され、乗りに来る人も絶えないというのは、驚くべきことだ。リストは簡略なものに過ぎないが、これを手がかりにして、イギリスの特色ある鉄道群に興味を持つ人が少しでも増えてくれればうれしい。
なお、今回の紹介記事に含めなかった王室属領のマン島 Isle of Man については、本ブログ「マン島の鉄道を訪ねて-序章」に概要を記述している。
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