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2022年3月26日 (土)

コンターサークル地図の旅-夷隅川の河川争奪と小湊への旧街道

多古線を歩いた翌日2021年10月17日は、あいにく本降りの雨になった。朝はまだ小雨だったので、外房線の下り列車で出かけた。集合場所は、行川(なめがわ)アイランド駅。ご承知のとおり、フラミンゴやクジャクのショーで有名な一大観光施設の最寄りだったが、それも20年以上前の話、今は小さな待合所があるのみのうら寂しい無人駅に過ぎない。

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雨の行川アイランド駅に入る下り列車
 

2両編成の電車から降りたのは、中西さんと私の二人だけだ。大粒の雨が風に乗って斜めに降ってくるが、「とりあえず『おせんころがし』まで行ってみましょう」と歩き出す。「おせんころがし」というのは、太平洋に落ち込む断崖絶壁の上を通過していく旧街道きっての難所のことだ(下注)。強欲な地主の父親の身代わりとなって、崖から投げ落とされた(別の説では自ら身を投げた)娘お仙の悲話が伝えられている。

*注 伊南房州通往還(いなんぼうしゅうつうおうかん)の一部で、大正期に建設された大沢第一、第二トンネル経由の道路(以下、旧国道)に取って代わられた。

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おせんころがしに立つ供養塔
 

国道128号線から左にそれ、狭い谷間の通路を伝っていくと、にわかに目の前が開けた。そこは海からの高さが優に50mはある断崖の上で、お仙の供養塔が立っている。道はそこで行き止まりだった。地形図に描かれている大沢との間の破線道(徒歩道)を探そうとしたが、丈の高い草に覆われて入口さえ定かでない。

その間にも雨は降りつのり、西へ延びる険しい海岸線も白く煙ってきた。悪天候を見込んで登山用の装備を整えてきた中西さんに比べ、私はウィンドブレーカーと旅行用の折り畳み傘という軽装だ。すでに足元はずぶぬれで、冷えが伝わってくる。これから歩く距離を考え、弱気になった私は早々とギブアップを宣言、旧国道を進む中西さんを見送って、駅に戻ることにした。

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険しい海岸線が雨に煙る

とはいえ、これでは土産話にもならないので、天気が回復した翌日、単独で同じコースに再挑戦した。今回はそれをもって、コンター旅の報告に代えたいと思う。

この地へ来た目的は二つある。一つは、夷隅川(いすみがわ)源流で河川争奪によって生じた風隙を観察することだ。夷隅川は、太東崎(たいとうざき、下注)の南で太平洋に注ぐ河川だが、その流域を地図で塗り分けて見ると興味深いことがわかる(図1参照)。

*注 太東埼、太東岬(たいとうみさき)とも表記する。

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図1 夷隅川の流域
青の破線が分水界、最南端に上大沢がある
基図は1:200,000地勢図、図中の木原線は現在のいすみ鉄道
 

勝浦から西では、青の破線で示した流域の境界線、すなわち分水界が太平洋岸ぎりぎりまで迫っている。海との距離はせいぜい1~2kmだ。分水界は川の最上流部なので、それが限りなく海に近いというのは常識から外れている。

なぜこのようなことになるのか。謎を解く鍵が、分水界のいたるところで見られる風隙(ふうげき)だ。これは谷の断面が露出したもので、浸食力の強い別の川に流域を奪われる河川争奪現象の結果、しばしば生じる。この地域は南から北に向かって傾斜する傾動地塊で、夷隅川はそれに従い、海に注ぐまで60kmほどもゆったりと流れ下る。一方、分水界の反対側は、海に面して急傾斜だ。この河川勾配の違いが浸食力の差となって、夷隅川の流域は南から削られ続ける運命にある。

もう一度、上の流域図をご覧いただきたい。流域の南端に出っ張った部分が見つかるだろう。図2、図3がその部分の拡大だが、ここにも風隙がいくつかあり、「上大沢」集落が載るのもそうした場所だ。夷隅川の源流域に当たり、標高は約135m。にもかかわらず、海岸との水平距離はわずか300m強しかなく、流域では最も海に近づく。源流の先に太平洋が開ける。この奇跡のような地形に一度立ってみたいと、かねがね思っていた。まずはこの目的を果たすことにしよう。

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図2 1:25,000地形図に歩いたルート(赤)等を加筆
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図3 大沢周辺を2倍拡大
 

昨日と同じように、行川アイランドで電車を降りた。その足でおせんころがしを再訪する。実はここも風隙だ。夷隅川の流域ではないのだが、太平洋の荒波に削られて、同じように小さな谷の断面が断崖上に露出している。

風隙とは英語の Wind gap(ウィンド・ギャップ)の訳語で、風の通り道になる地形の隙間のことだ。確かに海からの強風が谷間めがけて吹き込んで来るが、景色は、雨の日とは一変してクリアだ。太平洋の大海原から、波打ち際にそそり立つ屏風のような断崖まですっきりと見渡せる。

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(左)おせんころがしへの小道
(右)ここも風隙地形
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おせんころがしから太平洋の眺望
 

国道まで戻り、おせんころがしの険路を避けて山側につけられた旧国道に回った。海に突き出た山脚を、1921(大正10)年開通の2本のトンネルが貫いている。東側の大沢第一トンネルは長さ80m、西側の第二トンネルは同112m、その間の狭い谷間に肩を寄せ合うようにして、下大沢の集落(下注)がある。

*注 地形図には、行政地名の「大沢」と通称地名の「上大沢」のみが記されているが、海沿いの集落は下大沢、山上の集落は上大沢と呼ばれ、その総称が大沢になる。

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大沢第一トンネル
(左)東口
(右)奥に見える第二トンネルの間に下大沢の集落がある
 

目指す風隙はこの谷の上だ。旧国道を離れ、家並みを縫う坂道を進んでいくと、八幡神社の手前から急な階段道に変わった。すれ違った地元の方に「上まで行けますか」と尋ねたら、「どてら坂ですね。登れますよ」との答え。坂に名がある(下注)ということは、よく利用されているに違いない。

*注 後述する研究報告には、急な登りで、どてらを着込んだように汗をかくことから「どてら坂」の名がついたとの説が紹介されている。

細い山道を想像していたのだが、それどころか幅1~2mの、コンクリートで舗装された階段が続く。途中に墓地があり、海を見下ろす墓碑の前に花が供えられていた。道は何度も折返しながら、高度を上げていく。振り返ると集落の屋根は下に沈み、太平洋の水平線が目の高さに上がってきた。

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(左)どてら坂はこの斜面を上る
(右)コンクリート舗装の階段道
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(左)下大沢の集落が眼下に
(右)谷壁を照葉樹林が覆う
 

山上の上大沢集落まで10分ほどだった。十数軒の家が建ち並ぶなか、道が夷隅川の源流を横切る場所まで行ってみる。源流というと森の奥の清流というイメージだが、ここでは住宅裏を通るふつうのU字溝で、水もお湿り程度に流れているだけだ。

この地域を調査した研究報告(高地伸和・関 信夫「源流の先は大海原-千葉県夷隅川源流部の特異性」『地理』52-5, 2007, pp.69-73)によれば、ふだんはこうして夷隅川へ水が流れているが、大雨で増水すると、集落の上手にある仕切り板から海側の沢へ排水されるようになっている(図3参照)。下流がU字溝で足りるのはそのためだろう。

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(左)山上の集落、上大沢
(右)夷隅川源流のU字溝
 

お目当ての風隙のきわへ移動する。この風隙は、谷の横断面ではなく側面が開析されているため、かなり広い。高台のいわば一等地とあって家が建て込んでいたが、住民の方に一言断って、通路の隅から眺めさせてもらった。照葉樹林が形作る額縁の先に、太平洋の青い水平線が一文字に延びる。沖合を一隻の船が進んでいく。これほど見晴らしのいい風隙もなかなかないと思う。

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上大沢の風隙からの眺望
 

念願を果たしたことに満足して、階段道を戻る。下大沢と上大沢という地名、その間を結ぶ整備された階段道、これは両集落に深い関係があることを示すものだ。

上記研究報告によると、漁村の下大沢と農村の上大沢は、生業面や生活面(民俗面)で一つの集落として機能しているという。具体的には、上大沢の住民も大沢漁協の漁業権をもち、漁に出る。また、海の状況を把握する山見の場所「やまんば」は上大沢にある。反対に、下大沢の住民は上大沢に耕地を有している。そして、祭りその他集落の行事は共同で行われる…。

地形の特異性が、ここでは日々の生活に上手に活かされている。以下は私の想像だが、寺や神社が下大沢に集中するところから見て、先に定住地として成立したのは下大沢だろう。そして漁のかたわら、平坦な土地のある山上(上大沢)へ行って農耕をしていた。分家などが進み、下大沢の土地が不足してくると、山上に住居を建てる人も現れた。こうして集落は見かけ上二分されたが、おそらく親戚関係もあって、人々の意識の上では一集落であり続けているのだ。

下大沢では港のようすを眺めようと、旧国道の第二トンネルではなく、線路と国道のガードをくぐって海岸まで降りた。港の端から、おせんころがしへ向かう旧街道の道筋もよく見えるが、藪化がかなり進行しているようだった。

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下大沢のガードをくぐって港へ
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大沢港
背後の断崖がおせんころがし
 

港から旧国道へ上がって、西へ向かって歩き始める。この地へ来た目的の二つ目は、この旧国道だ。山(夷隅川流域)が海に迫るため、下大沢から約1.2kmの間、道は波洗う断崖の中腹をうがって通されている。おせんころがしには及ばないものの、それでも海面から20~30mの高さがある。また、国道の新道ができているので、交通量は少なく歩きやすいと予想した。

期待は裏切られなかった。大海原の開放的な眺めはいうまでもない。もとは国道だから車が通行できる道幅で、ガードレールもある。落石注意の標識が林立するのを気にしなければ、すばらしいハイキングルートだ。

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断崖の中腹に通された旧国道
おせんころがしから遠望
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断崖の旧国道
(左)落石注意の標識が立つ
(右)入道ヶ岬が近づく
 

ところが少し行くと「この先全面通行止」の標識が立っていて、傍らにいた警備員さんが「工事をしているので、途中までしか行けませんよ」と言う。一瞬迷ったが、ここですごすごと引き返すわけにもいかない。「行けるところまで行ってみます」と挨拶して、歩き続ける。当該個所では確かに工事車両が数台停車していたが、人ひとり通るのに何の支障もなかった。むしろ通り抜ける車がない分、気兼ねなく歩くことができた。

雀島という、海中に立つ烏帽子岩に似た岩に見送られて、旧道は小湊トンネルへ入っていく。小湊に向かっては上り坂だ。無照明で100m以上の長さがあるが、直線ルートなので出口の明かりが見えている。

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シルエットの雀島と入道ヶ岬
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小湊トンネル
(左)東口
(右)西口
 

トンネルを出ると一転、薄暗い谷間になり、蔦が絡まる杉林の間を緩やかに降りる。やがて、巨大なお堂の屋根が見えてきた。小湊山誕生寺だ。小湊は日蓮上人の生誕地で、それを記念して建立されたお寺が日蓮宗大本山の一つになっている。裏門から入って祖師堂を覗くと、何かの行事の飾り付けの準備の最中だった。

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蔦が絡まる杉林を降りる
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小湊山誕生寺
(左)仁王門
(右)祖師堂
 

ちなみに、内房線の五井駅から出ている小湊鉄道は、誕生寺への参詣鉄道として計画されたことからその名がある。現在の終点、上総中野駅からかなり遠いように思うが、直線距離では約15km。夷隅川流域から海岸へ急降下する必要があるとはいえ、目標達成までもうひと頑張りだったのだ。

総門を通り抜け、小湊の漁港を眺めながら、残りの道を歩いていく。旧国道が現在の国道と出会う地点には、日蓮交差点の標識が見えた。まだ電車の時刻には早いので、小湊の町を通り越して寄浦のトンネル水族館を見に行こう。

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小湊漁港
 

旧国道に並行して1979年に造られた全長233.5mの実入(みいり)歩道トンネルが、その舞台だ。長いトンネルを楽しく通行してもらえるようにと、美大の学生たちが腕を振るい、2005年に完成した。内壁を水族館の水槽に見立てて、さまざまな海の生き物が描かれている。カラフルで動きもほどよく表現されていて、絵を追っていくうちに、いつのまにか出口まで来てしまった。

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実入トンネル東口
左を歩道トンネルが並行
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歩道トンネルの壁に描かれた海の生き物たち
 

土産話をまた一つ仕入れて、安房小湊駅から上り列車の客となる。

掲載の地図は、国土地理院発行の20万分の1地勢図大多喜(昭和58年編集)および地理院地図(2022年3月15日取得)を使用したものである。

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