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2022年3月 2日 (水)

新線試乗記-阿佐海岸鉄道DMV

2月の晴れた朝早く、JR牟岐(むぎ)線の列車で、南へ向かう。徳島へ来た目的は、昨年(2021年)12月25日に走り始めたDMVの初乗りだ。

DMVは Dual Mode Vehicle(デュアル・モード・ヴィークル)、すなわち複方式で走る車両のことで、道路上ではバス、レールの上では鉄道車両として機能する。客を乗せたままで、一般道路から線路へと乗り入れ、線路からまた道路へ出ていく。駅でバスと列車を乗り継ぐ手間と時間を省いてくれる次世代の乗り物という触れ込みだ。

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鉄輪を出して線路を走行するDMV
(動画からのキャプチャー)
 

DMVを運行している阿佐(あさ)海岸鉄道は、第三セクターの鉄道だ。四国の南東岸を南下する牟岐線を延伸する形で、1992年に海部(かいふ)~甲浦(かんのうら)間8.5kmが開業した。しかし、DMVのモードインターチェンジ(方式の切替え場所)を海部のひと駅手前の阿波海南(あわかいなん)に設置する関係で(下注)、2020年11月から、牟岐線は阿波海南が終点、そこから甲浦までの10.0kmが阿佐海岸鉄道になった。

*注 海部は高架駅で、鉄道から道路に降りるランプ(傾斜路)が大がかりになることが理由。阿波海南は地上(盛り土)駅で、モードインターチェンジの用地も確保しやすかった。

DMVの運行経路は、阿波海南文化村から、この阿波海南~甲浦間の鉄道路線を経由して、道の駅宍喰(ししくい)温泉に至る約16kmだ(下図参照)。また、土休日は1便が、室戸岬を回った先にある「海の駅とろむ」まで遠征する。

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DMV開業を知らせる幟がはためく
 

鉄道の公式サイトは、この車両を「世界初」とうたっている(下注)。せっかくユニークなシステムに初乗りするからには、三つの命題を満たしたいと思う。

1.モードチェンジの現場を観察すること
2.鉄道区間の全駅を訪問すること
3.DMV海南~宍喰線の全線を乗ること

運行ダイヤと地図をにらみながら編んだスケジュールと当日の実行内容を、以下に記そう。

*注 実際には欧米で過去に開発例があり、とりわけドイツでは「線路・道路バス Schienen-Straßen-Omnibus、略称シストラブス Schi-Stra-Bus」の名で実用化されていた。ただし、これは(ロールボックのように)バスにそのつど線路走行用の台車を穿かせるもので、台車内蔵式のDMVとは方式が異なる。

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DMV運行ルート(開業時点)

牟岐線の徳島~阿波海南間は、普通列車で2時間強というところだ。しかし、阿南から先は閑散区間で、朝ちょうどいい時間帯に着ける便がない。それで牟岐止まりの列車に乗り、残る区間は徳島バス南部の路線バスでつなぐことにした。

列車の牟岐到着が8時42分、バスは9時30分に出るので、その間は港をぶらぶらと歩いて過ごす。下調べもせずに行ったが、浜から突堤の間を通して出羽島が見える構図には目を奪われた。

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(左)JR牟岐線牟岐駅
(右)上下列車の交換
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牟岐港の突堤の間から出羽島が望める
 

駅から300mほど離れた営業所の玄関先から、海の駅東洋町行きのマイクロバスに乗り込んだ(下注)。客は私一人だ。運転手さんには、海南病院で降ります、としか言わなかったのだが、「DMVですね」と図星を突かれた。一般に浸透しているとはいえない新語が、ふつうに口の端に上るのに感心する。

*注 このバスは牟岐(=営業所前)が起点で、牟岐駅前には停留所がないので注意。

バスは国道をスムーズに走って、海南病院に9時50分に到着した。DMVの起点、阿波海南文化村はすぐ隣だ。海陽町が造った町おこしの施設で、広い敷地に博物館や多目的ホールなど複数の建物が配置されている。DMVの乗降場はその門前にあった。サーフボードの形をした停留所標識が木造の待合室の傍らに立っている(下注)。

*注 車で訪れた場合は、文化村の広い駐車場が利用できる。また、主要停留所や観光施設にはスマホで手続きできるレンタサイクルもある。なお、この路線バスで阿波海南駅に直接行く場合は、「海部高校前」バス停下車、国道を南へ200m。

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DMVの起点、阿波海南文化村停留所
標識はサーフボードの形
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阿波海南文化村
(左)複数の施設を配置
(右)船形だんじり「関船」の展示館
 

しかし、肝心のDMVはわずか8分前に出たばかりだ。本数が少ないにもかかわらず、各交通機関が独立的に運行され、相互接続があまり考慮されていないのには驚くばかりだ。とはいえ、スケジュールにはそれも織り込み済みで、次の下り便までの間に、徒歩で先回りすることにしている。阿波海南駅まで約1km、10分ほどで歩ける。ついでに、途中のコンビニで昼食を仕入れよう。

阿波海南では、JR駅のホームの横にある駅前交流館の奥に、乗降場(阿波海南駅停留所)とモードインターチェンジ(阿波海南信号所)が設置されていた。もとは牟岐線の線路がまっすぐ南へ続いていたのだが、今は切断され、左側のインターチェンジから出た線路に置き換えられている。阿波海南文化村から道路を走ってきたDMVは、この線路を伝って甲浦方面へ向かう。

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牟岐線の終点 阿波海南駅
(左)片面ホームの無人駅
(右)線路は切断、DMVは左へそれてモードインターチェンジへ
 

JR線との線路分断は、三セク転換されたローカル線にしばしば見られるものだ。しかし、ここは少し事情が異なる。マイクロバスの車体をベースとするDMV車両は軽量のため、軌道回路で列車を検知する既存の信号システムが使えない。そのため、車速信号やGPS情報を利用して車両の位置を測定するなど独自の保安装置が開発されており、従来方式の線路とは物理的に切り離す必要があったのだという。

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DMV阿波海南駅停留所
客は緑のゾーンで待つ
 

さっそくモードチェンジのようすを観察しようと、撮影スポットと書かれた位置で、10時43分に来る上り便を待った。やがて山陰から現れたのは、どう見ても小型のボンネットバスだ。それが前輪を浮かせたまま、レールの上をつーっと走ってくる。外装は明るい緑色で、ヘッドライトから窓枠にかけて黒のアクセントがつく。DMVは、塗色が異なる3台が在籍している。緑は2号車で、車両番号が DMV932。ナンバープレートもそれに合わせる凝りようだ。

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2号車(DMV932)は緑の塗装
 

本線上に立つ場内信号機(?)の前で一時停止した後、DMVはゆっくりとインターチェンジに入ってきた。足回りに注目すると、フランジのついた前後の鉄輪がレールに載っていて、その点では間違いなく鉄道車両だ。一方、ゴムタイヤはというと、前輪は宙に浮いている。後輪のダブルタイヤのうち、内側がレールに接していて、これが車両を駆動させる。鉄輪には駆動力はなく、あくまで案内と荷重分担の役割だ。

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(左)前輪
(右)後輪
 

停車するとまもなく、前の鉄輪の格納が始まった。特徴的なボンネットがそのためのスペースだ。同時に車体が下がって、浮いていたゴムタイヤが地上につく。その間に後ろの鉄輪も格納されるが、こちらはトランクルームに入るらしい。モードチェンジは15秒ほどで完了し、バスモードになったDMVは乗降場まで路面を移動する。客扱いを終えると、遮断機が上がった出入口から、駅前の国道へ出て行った。

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(左)前の鉄輪格納前、ゴムタイヤは宙に浮く
(右)格納後
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(左)バスモードになって停留所へ
(右)遮断機のある出入口から一般道へ
 

日中は12分後に後続便が設定されている。再びインターチェンジの前に張り付いて、やってきた赤の3号車を、今度は動画で撮った。

命題1を堪能したので、再び国道を南へ進む。1.4km先、歩いて15分の海部川橋梁に、次の撮影スポットがある。順光になる南詰めで待機していると、ほどなく下り便となった3号車が現れた。立派な桁橋を小さなバスがトコトコと渡っていく姿はどこか微笑ましい。

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海部川橋梁をトコトコと渡る
 

ここから5分も歩けば、海部駅だ。高架下に待合室があり、階段を上ると、JR時代の1番ホームに出た。ただし、DMVの乗り場はそこではなく、北側(阿波海南方)に新設された簡易な低床ホームだ。高床と低床のホームが直列するようすは、かつての広電宮島線を思い起こさせる。

旧2番線側の線路とホームももとのままで、用済みになった気動車ASA-101が、回送の幕をつけたまま留置されていた。前後のポイントが撤去されたため、残念だが、もうどこへも出ていくことはできない(下注)。

*注 これは保有していた2両の気動車のうちの1両。もう1両(ASA-300)は宍喰駅南方の車庫前の留置線にいる。

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海部駅
(左)高架ホームへは階段しかない
(右)開通記念碑が、阿佐海岸鉄道のもと起点の証し
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(左)DMV用の低床ホーム
(右)旧鉄道ホーム
  2番線には気動車ASA-101を留置
 

ここで下りの後続便11時31分発を待った。海部駅の北側には、周辺の土地開発で土被りが剝ぎ取られ、躯体だけ残った町内(まちうち)トンネル、通称「トマソントンネル」がある。そこから顔を出すDMVをねらってから、いよいよ初乗りを試みた。

ホームとバスとの間には隙間があるため、扉が開くと同時にステップがせり出てくる。それを踏んで乗り込むと、運転士さんから「予約されていますか」と聞かれた。もちろん定員内なら予約なしでも乗車できる。その場合は整理券を取り、降車時に運賃を支払えばよい。ふつうの乗合バスと同じ手順だ。

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町内トンネルから現れた2号車
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(左)扉が開くとステップが出る
(右)車内はマイクロバスそのもの
 

鉄道の公式サイトでは、席数が少ないという理由で予約が推奨されているが、なんのことはない。先客は一人だけで、それも後でメディアの取材記者だとわかった。予約サイトで座席指定しようとすると、2Dと3Dの優先席とともに、このときは最前列の1A、1Bも予約不可になっていたが、取材用のリザーブだったようだ。車内はマイクロバスそのもので、1列が1席+2席の並びだ。最後尾は4席分のロングシートなので、そこを占有させていただく。

走り出すと、エンジン音とともに、タンタン、タンタンという2軸車ならではの走行音が繰り返される。鉄道車両に比べて高い音で、骨に響く感もあるが、走りはスムーズだ。海部駅と宍喰駅の間は、短いトンネルが連続し、トンネルがいくつも重なって見える。左手には那佐湾という入江が延びているが、木々に遮られて見通しはあまりきかない。

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(左)海部~宍喰間は短いトンネルが連続
(右)海景は断続的
 

海部から15分。甲浦に近づくと信号で一時停止し、再発車とともに「間もなく甲浦、甲浦に停まります」という案内が流れた。次に停まったのが旧 鉄道ホームの前だったので、てっきり駅だと思い、立ち上がりかけたら、「甲浦モードインターチェンジに到着しました」と、またアナウンス。さっき阿波海南で観察したように、停留所の手前にこれがあるのだ。

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甲浦駅信号所
(左)立入禁止の旧鉄道ホーム
(右)モードインターチェンジも高架上に
 

「ただいまからバスモードに、モードチェンジを行います」「モードチェンジ、スタート」。トント、トントと軽快な海南太鼓のお囃子が聞こえ、前方の景色で車体が下降していくのがわかる。作業が終わると「フィニッシュ」と明るい声で締めが入り、DMVはすぐに動き始めた。

線路は高架上にあるため、地上に置かれた乗降場(甲浦停留所)へは急坂、急カーブのランプで一気に降りる。私はここで下車した。駅の改造に合わせて建て替えられた待合室の中では売店も開いていたが、この利用状況では売上の伸びは期待できそうにない。

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地上の甲浦駅停留所
 

乗り場は移設されたが、もとの高架ホームに通じていた階段は残されている。ホーム自体には立入れないものの、手前でモードチェンジを観察できるようにしているのだ。ここで12時02分の上りを待つ。急なスロープを上ってきたDMVは、観察場所より少し先に停車した。後輪は目の前だが、前輪は遠くて動きがよくわからない。ここでの観察は、下り便が望ましい。

それはともかく、バスから鉄道モードへの切り替えでは、鉄輪が出た後、運転士が車外を一周して、鉄輪が実際にレールに載っているかを目視点検するという作業が一つ加わることがわかった。

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(左)ランプを上がってきたDMV
(右)ガイドウェイに沿って進入する
 

続行の上り12時14分発に乗り、今度は宍喰駅へ移動した。この駅も高架上で、旧鉄道ホームの南側(甲浦方)にDMVの乗降場が造られている。乗降客はやはり私だけだ。宍喰には阿佐海岸鉄道の本社があるため、唯一の有人駅で、ホームと地上を結ぶエレベーターも備わっている。改札で整理券と運賃を渡して外へ出た。

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宍喰駅
(左)南方の車庫前に留置されたASA-300
(右)旧鉄道ホームの甲浦方に低床ホームが
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(左)高架下に設けられた駅舎
(右)改札口
 

宍喰で降りたのは、命題2(全駅訪問)を達成するとともに、DMVの終点に行きたかったからだ。最後に残った命題3の全線乗車を終点から実行して、この旅を締めくくる。

海に臨む終点停留所「道の駅宍喰温泉」へは約900m、歩いて10分強だ。地元の特産品を売る店のほか、温泉も隣接するリゾート施設だが、とりあえず昼食にしないといけない。前を通る国道を横断して、防波堤の階段を下りると、そこは太平洋の波が打ち寄せる砂浜だった。防波堤のおかげで風が遮られ、日差しのぬくもりが眠気を誘う。

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DMVの終点、道の駅宍喰温泉停留所
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防波堤の外側には波打ち寄せる砂浜が
 

時間が来たので、13時18分発の上りに乗り込んだ。ネットのシステムを試そうと、この便だけは事前予約してある。高速バスの流儀で、さっそく運転手さんに名前を確認された。モバイル乗車券の画面を提示することになっているが、ちらと目を落としただけ。もっとも予約者は私一人なので、点呼で事足りる。あと一人、予約なしで乗ってきた人がいて、かろうじて乗合バスの面目は保たれた。

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赤の3号車(DMV933)で全線を乗り通す
 

DMVは国道をいったん南へ走る。路面の状態にもよるのだろうが、ガタガタとよく揺れ、ジープにでも乗っているような体感だ。宍喰大橋を渡って水床トンネルへ入る。その出口付近が徳島と高知の県境だ。宍喰までは徳島県海陽町、甲浦は高知県東洋町になるので、阿波と土佐をつなぐ「阿佐」の名に偽りはない。

続いて甲浦大橋を渡る。右は入江の漁港、左は外海の景勝スポットなのだが、路側にネットが張られていて、視界は今一つだ。道の駅東洋町に停車。DMV開業を機に、室戸岬方面のバス(高知東部交通)は甲浦駅まで入らなくなり、ここが乗継地になった。

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(左)道路走行時はバスそのもの
(右)まもなく阿波海南駅
 

この後、DMVは内陸へ入っていき、甲浦停留所で停まる。さっき見た高架へのランプをぐいぐい上り、モードチェンジの後、北へ向かう。阿波海南で再びバスモードになって道路へ。終点の阿波海南文化村には13時53分定刻に到着した。相客も同じように乗り通したので、DMVを画角に入れて到達写真のシャッターを押して差し上げた。

帰りの牟岐線、阿波海南駅の発車は14時08分だ。実質10分強で1kmを歩かなければならないが、朝、一度通って予習してあるから、心には余裕がある。

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阿波海南文化村に到着

DMVの初乗りは、興味深い体験だった。線路も走れるクルマといえば、保線作業などに用いる軌陸車が思い浮かぶが、その機能の一般化、発展形ということになろうか。乗換えが必要という常識を覆す未来の乗り物という評価はなるほどそうだ。

知られている通り、DMVは、JR北海道がローカル線の活性化のために長らく研究開発を続けていたシステムだ。しかし、本格的な導入に至らないうちに、経営状況の悪化により計画は中止されてしまった。それを受け継ぎ、営業運転にまで漕ぎつけた決断と行動力には敬意を表する。

確かに、アトラクションとして見るなら斬新で、話題性がある。しかし、公共交通機関としてはどうだろうか。まず感じたのは、他の交通機関との連携不足だ。牟岐線の列車との連絡が十分考慮されていない。下りは最大62分待ち(牟岐線11:38着/DMV 12:40発)、上りは72分待ち(DMV 10:56着/牟岐線12:08発)がある。鉄道区間に待避線がなく、ダイヤ編成に制約があるのは理解するが、乗継ぎに1時間もかかるようでは用をなさない。

路線バスとの間もしかり。運行する徳島バス南部にとっては競合路線なのかもしれないが、接続時刻はもとより、すぐ近くなのに停留所名さえ異なるのはいかがなものか(海南病院/阿波海南文化村、海部高校前/阿波海南駅)。

もう一つは高額な運賃だ。定員22名(座席18+立席4)に乗務員1名が必要なので、運行コストが高くなるのは宿命だ。それを反映して、全線通しの運賃は800円、鉄道区間だけでも500円で、路線バスと同等かそれ以上になる。列車時代に比べればかなりの値上げで、私のような一見客でも抵抗があった。他の観光施設や交通機関と共通で使えるフリー切符などの企画で、割高感を和らげる工夫が望まれる(下注)。

*注 2022年度は、徳島から室戸岬を経て高知に至る鉄道・バスのフリー切符「四国みぎした55フリーきっぷ」の発売が発表されている。

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DMV沿線ガイドブック表紙
 

地方ではマイカー移動が定着し、路線バスの利用者すら激減している。DMVの運行を持続させるには、地域外から訪れる観光客や用務客に利用してもらうしか方法がない。待合室には周辺の観光地を紹介するパンフレットが置かれていた。停留所にはレンタサイクル基地も整備されていた。残る対策は、自治体と各公共交通機関が連携して、遠来の者でもストレスや抵抗感なく使いこなせる交通網と運賃体系を構築することではないだろうか。

■参考サイト
阿佐海岸鉄道 https://asatetu.com/

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コメント

ブログをご訪問くださりありがとうございました。

なぜDMVでなければならなかったのか、という点についてですが、本文でも触れましたが、DMVどころか並行する路線バスも閑散としています。交通インフラとして捉えるなら、両方走らせるより路線バスを増便し、停留所を改良(屋根とベンチを設けるなど)したほうが、利便性は高まると思います。

おそらく地元自治体も、災害時の代替路確保など理由づけはあるにせよ、そのことは百も承知でしょう。そのうえでDMVを導入したのは、鉄道という既存のインフラを観光資源に活用する一つの手段だと考えているからではないでしょうか。

それはDMVの行先が、病院や学校といった地元の人が行く公共施設ではなく、文化村や道の駅、温泉など観光施設であることからも推測されます。DMV単体の収支はどう見ても赤字ですが、観光客を呼び込むことによって地域全体が潤えば、それなりに存在意義はあるわけですので。

取材ご苦労さまです、この乗り物は珍しさから称賛意見が多いですが、本当に必要なのか、長く地元を支えるインフラとして適当なのか、の論点が少なく、貴職のレポートはそのあたりを明らかにしていて好感を持ちました。全面的にバスではだめなのか、なぜわざわざ線路を走るのか(道が無い、とか道路維持費が高いとか)なども明らかにしてほしかったです。

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