ザクセンの狭軌鉄道-キルニッチュタール鉄道
キルニッチュタール鉄道 Kirnitzschtalbahn
バート・シャンダウ・クーアパルク Bad Schandau Kurpark ~リヒテンハイナー・ヴァッサーファル Lichtenhainer Wasserfall 間 7.9km
軌間1000mm、直流600V電化
1898年開通
谷間の併用軌道を行く2軸トラム |
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ザクセンの狭軌鉄道の旅の最後は趣向を変えて、メーターゲージの路面電気鉄道、キルニッチュタール鉄道 Kirnitzschtalbahn を訪ねよう。
鉄道が走るバート・シャンダウ Bad Schandau は、ドレスデンからエルベ川を45km遡ったところにある優雅な保養地だ。一帯はザクセン・スイス(ゼクシッシェ・シュヴァイツ)Sächsische Schweiz と称される景勝地で、突出する奇岩・断崖の列とその足許をゆったりと流れるエルベ川 Elbe の景観が好まれ、ザクセンは言うに及ばずドイツでも有数の観光地になっている(下注)。町は、国立公園に指定されたこの地域の観光拠点でもある。
*注 「スイス(シュヴァイツ)Schweiz」は風光明媚な土地の代名詞になっていて、ドイツではほかに、フランケン・スイス Fränkische Schweiz、マルク・スイス Märkische Schweiz などの例がある。
バート・シャンダウとその周辺を リーリエンシュタイン Lilienstein 山頂から東望(2012年) Photo by Gottfried Hoffmann -… at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
キルニッチュタール鉄道の2軸トラムは、その町の一角を起点に、名のとおりキルニッチュ川 Kirnitzsch の流れる深く狭い谷(タール Tal)に沿って奥地へ向かう。ほぼ全線が、谷間を通る道の片側に敷かれた併用軌道だ。終点は、支流に掛かるリヒテンハイン滝 Lichtenhainer Wasserfall という小さな滝の前にある。
トラムというと都会の街路を走るイメージが強いが、なぜこのような人里離れた山中で今も生き残っているのだろうか。
バート・シャンダウ周辺の地形図に 鉄道のルートを加筆 Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA |
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1870年に出されたキルニッチュタールの最初の構想では、馬車鉄道が想定されていた。しかし、具体化の機運が高まった1890年代には、すでにドイツの主要都市で電気動力の導入が始まっており、この鉄道も1893年に電気路面鉄道として認可を得ている。
計画では、川向うにあるバート・シャンダウ鉄道駅から橋を渡り、市街を貫き、リヒテンハイン滝を経て、ボヘミア(現 チェコ)国境の手前まで行くことになっていた。しかし、宿屋や船主が仕事を奪われると反対したため、駅と市街地の間を造ることができなかった。そのため、今あるような幹線鉄道網との接続がない孤立線となったのだ。
1898年に開業を迎えたものの、鉄道駅から離れているため貨物輸送を諦め、観光客を相手に夏のシーズン(5~10月)だけ走る路線としてスタートした(下注)。それでも運行が続けられたのは、著名な観光地内の輸送手段であったからに他ならない。
*注 1938年から通年運行になる。
リヒテンハイン滝の絵葉書(1900~10年代) Image by Kunstanstalt Hermann Poy, Dresden at wikimedia. License: Public domain |
しかし、120余年の歴史の中で、鉄道は存廃の危機に何度か直面している。
1927年に車庫で火災が発生し、所有する全車両を焼失したのが、その最初だった。このときはレースニッツ鉄道 Lößnitzbahn(現 ドレスデン市電4号線)から車両を借りて急場をしのぎ、翌年、MAN社(アウクスブルク・ニュルンベルク機械製造所 Maschinenfabrik Augsburg-Nürnberg)製を新たに購入して、体制を立て直した。その1両が今も特別運行に供されている5号車だ。
1939年にはトロリーバスに転換する案が検討されたが、第二次世界大戦の勃発で沙汰止みになった。東ドイツ時代にも、事故や設備の老朽化で何度か運行が中断し、運行事業者は廃止の意向を示していたが、住民の強い抗議で実行できなかった。
その後は、観光資源として見直しが図られ、保存の動きが強まる。設備の大規模な更新が1986年から1990年にかけて実施され、ドイツ再統一後には車両も更新された。東ドイツ時代はエアフルト Erfurt から来た中古車両がもっぱら使われていたが、1992年以降、ゴータ車両製造人民公社 VEB Waggonbau Gotha 製の両運転台車、いわゆるゴータカー Gothawagen が再整備のうえ投入された。これが現在の1~4および6号車だ。また、道を譲った「エアフルター Erfurter」のうち、8号は今も車庫に保存されている。
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キルニッチュタール鉄道が出発する停留所は、バート・シャンダウ・クーアパルク Bad Schandau Kurpark を名乗る。町の中心マルクト広場 Marktplatz からは少し距離があり、キルニッチュ川が流れる同名の公園(下注)でも奥のほうだ。
*注 クーアパルクは保養地公園の意。かつてはシュタットパルク(市立公園)Stadtparkと呼ばれており、停留所名も同じ名称だった。
やや不便な場所に位置しているのには理由がある。かつて線路は、町のほうへあと350m延びていた。地図に示したように、今も営業しているホテル・リンデンホーフ Hotel Lindenhof の前に起点があった。しかし、道路交通量の増加により、1969年6月23日に現在地までルートが短縮されるとともに、車道通行の妨げにならない公園の中に発着設備が移されたのだ。
クーアパルクの一角(2018年) Photo by SchiDD at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
起点といっても、ホームとそれに面した長い発着線、そして機回し線があるのみだ。駅舎どころか、ホームの上屋すらない。川上側から、白とレモンのツートンに塗られた細面のトラムが入線してきた。電動車と付随車の2両編成だ。列車構成は一定ではなく、電動車単行から3両編成(電動車+付随車2両)まで、需要に応じて変わる。停車して客を降ろすと、先頭の電動車はすぐに切り離され、機回し線を通って、最後尾に再び連結された。
バスと同じで、運賃は乗り込むときに支払う。ふだんはワンマン運転だが、多客時は車掌が乗務して、乗客をさばく。また、すべての停留所でホームは、終点に向かって右側だ。そのため、付随車は扉が右側にしかなく、両扉の電動車も左扉をふさいである。
起点クーアパルク停留所 |
クーアパルクを後にすると、トラムはすぐ道路上に出ていく。センターラインは引かれていないものの、道幅はおおむね2車線分だ。その右半分に単線の軌道が通されている。谷を遡るトラムは車と同じ方向に進むのでまだしも、下っていくトラムは車と正面から向き合うことになる。しかも、狭くくねった谷の中、見通しの悪いカーブの連続だ。運転士も気を抜く暇がないだろう。
道路の片側に敷かれた併用軌道 |
最初の停留所は、ボターニッシャー・ガルテン Botanischer Garten、すなわち植物園前だ。川を隔てた斜面に、地元の山野草を集めた小さな植物園がある。
最初の急な左カーブを曲がり終え、次の右カーブにさしかかると、右に線路が分かれてトラムの基地が見えてくる。車庫は主屋に4線、傍らの付属屋にもう1線を収容する。川端の森に包まれて趣のあるたたずまいだが、2010年8月の豪雨では、キルニッチュ川が増水して、車庫と電動車3両が浸水し、使用不能になるという深刻な被害を受けた。
車庫が見えてくる |
(左)車庫 (右)その内部、8号車の姿も |
列車交換のための信号所が、ルート途中に2か所設けられている。その一つが、車庫の横にある通称、車庫信号所 Depotweiche(ヴァイヒェ Weiche はポイント、転轍機の意)だ。ここを過ぎると、それまで道の両側に並んでいた屋敷が姿を消すとともに、谷壁に、ザクセン・スイスの特色である剥き出しの砂岩の層が姿を現わし始める。
ハーフティンバーの瀟洒な宿屋(ガストシュテッテ)が見下ろすヴァルトホイズル Waldhäus'l、キャンプ場最寄りのオストラウアー・ミューレ/ツェルトプラッツ Ostrauer Mühle/Zeltplatz、農場風の気さくなペンションに通じるミッテルンドルファー・ミューレ Mittelndorfer Mühle、質実剛健な造りの宿屋の前のフォルストハウス Forsthaus(山番小屋の意)。トラムは谷中に点在する要所要所にこまめに停車しながら、奥へと進む。
ヴァルトホイズルの瀟洒な宿屋 |
停留所標識 駅名は古風なフラクトゥール文字で |
二つ目の信号所、シュナイダー信号所 Schneiderweiche でシャンダウ方面の列車と行違った後は、いよいよ最後の閉塞区間だ。次のナッサー・グルント Nasser Grund(湿った谷底の意)停留所は、エルベ川右岸にそびえる奇岩列の一つ、シュラムシュタイネ Schrammsteine への登山口だ。ボイテンファル Beuthenfall(ボイテン滝)では、ホテルの廃墟の後ろに同じ名の小さな滝が落ちている。
左へ急カーブした後、少し行くと、ハーフティンバーの大きな建物の前を通過する。170年もの間、滝見の観光客を迎えてきた宿屋だ。こうしてトラムは、機回し線を備えたリヒテンハイナー・ヴァッサーファル Lichtenhainer Wasserfall(リヒテンハイン滝)の停留所に滑り込む。
リヒテンハイン滝の宿屋の前を通過(2014年) Photo by Dr. Bernd Gross at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
終点リヒテンハイナー・ヴァッサーファル(2013年) Photo by Steffenmaq at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
停留所の名になったリヒテンハイン滝は、建物の横の小道を入った奥にある。鉄道の目的地になるくらいだから、さぞ立派なものだろう、と期待しないほうがいい。落差は10mに届かず、しかも人工の滝だからだ。造られたのは1830年、ザクセン・スイスの景観がロマン主義の芸術を通して市民にもてはやされていた時代のことだ。
滝の水源である支流リヒテンハイナー・ドルフバッハ Lichtenhainer Dorfbach は、集水域が狭く、したがって流量も少ない。そこでこの年、上流に堰を造って水を溜めておき、堰を開けることで水を一気に流すという観光客向けの演出が始まった。音楽を流し、その最後の和音に合わせて、滝がよみがえる。現代人から見ればたわいのないショーだが、これが人気を博し、滝は一躍名所になった。トラムが(暫定的な)終点を置いたのも、それが理由だ。
なお、現地メディアによれば、昨年(2021年)7月の大雨で導水路が壊れ、貯水池も泥で埋まってしまった。そのため、再開の見通しは今のところ立っていない。
リヒテンハイン滝 (左)入口(2004年) Photo by Andreas Steinhoff at wikimedia. (右)上流の堰を開くとこの状態に(2011年) Photo by Franzfoto at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
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鉄道は、この地域の公共輸送を担うザクセン・スイス=オストエールツゲビルゲ地域交通有限会社 Regionalverkehr Sächsische Schweiz-Osterzgebirge GmbH (RVSOE) が運行している。RVSOE はオーバーエルベ運輸連合 Verkehrsverbund Oberelbe (VVO) に参加しているが、他の観光鉄道と同様、キルニッチュタール鉄道には特別運賃が設定され、片道6ユーロ、1日券 Tageskarte は9ユーロだ。
平日休日を問わず毎日運行されており、2021年現在、夏のシーズン(4~10月)が30分間隔、冬(11~3月)は70分間隔だ。所要時間は、夏ダイヤの場合、朝晩を除き途中で2回列車交換を行うため片道32~34分、冬ダイヤではそれがないので25分で走破する。
バート・シャンダウ駅舎と桟橋 |
ドレスデン方面からバート・シャンダウへは、Sバーン(近郊列車)が30分間隔で走っている。しかし、DBの線路はエルベ川の対岸に敷かれているので、駅も当然、向こう岸だ。町へ行くには、川を横断するフェリーか、路線バスに乗り換える必要がある。
フェリーの場合、DB駅舎を出て正面の階段を降りたところが桟橋だ。船は30分間隔で出ていて、少し上流にある町の船着場エルプカイ Elbkai(エルベ桟橋の意)まで、行きは10分、帰りはわずか5分で結んでいる(下注)。エルプカイに上陸した後、トラムの起点クーアパルクまでは約800m、徒歩10分というところだ。
*注 行きは上流に向かうため、時間を要する。
(左)フェリーで川を渡る (右)町の船着場「エルプカイ」 |
路線バスの場合は、DB駅前のバスターミナル(バス停名はバート・シャンダウ・ナツィオナールパルクバーンホーフ(国立公園駅)Bad Schandau, Nationalparkbf)から RVSOE が運行する241系統のキルニッチュタール方面行きに乗る。
平日はおよそ60分間隔、休日は30分間隔で運行していて、乗車時間は9分。トラムの起点と同じ名のバス停で降りれば、最短距離で乗り換えができる。バスはこの後、トラムと同じ道を走っていくので、トラムの代替手段にもなりうる。時刻表は http://www.ovps.de/ の Fahrpläne(時刻表)> Regionalverkehr Sächsische Schweiz(ザクセン・スイス地域交通)を参照されたい。
写真は別途クレジットを付したものを除き、2013年5月に現地を訪れた海外鉄道研究会のS. T.氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。
■参考サイト
RVSOE http://www.ovps.de/
Dampfbahn-Route Sachsen https://www.dampfbahn-route.de/
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