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2021年12月23日 (木)

ザクセンの狭軌鉄道-ヴァイセリッツタール鉄道

ヴァイセリッツタール鉄道 Weißeritztalbahn

フライタール・ハインスベルク Freital-Hainsberg ~クーアオルト・キプスドルフ Kurort Kipsdorf 間 26.335km
軌間750mm、非電化
1882~83年開通

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マルター駅を出発する蒸気列車

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フライタール・ハインスベルク=クーアオルト・キプスドルフ狭軌鉄道、通称「ヴァイセリッツタール鉄道 Weißeritztalbahn」は、現存するザクセンの狭軌鉄道の中では最長の路線だ。延長26.3kmあり、終点クーアオルト・キプスドルフ Kurort Kipsdorf まで、蒸気列車で1時間20分以上かかる。

起点はドレスデン Dresden 南西郊のフライタール・ハインスベルク Freital-Hainsberg で、ドレスデン中央駅からフライベルク Freiberg 方面のSバーン(近郊列車)でわずか15分。ここから毎日、本格的な蒸気機関車が古典客車を連れて、エルツ山地の山懐に向けて出発していく。大都市の間近で、こうしたノスタルジックな列車の旅をいつでも楽しめるというのは貴重なことだ。

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フライタール・ハインスベルク駅
ザクセンIV K形蒸機の特別運行(2018年)
Photo by Bybbisch94, Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

とはいえ、列車がクーアオルト・キプスドルフまで到達できるようになって、今年(2021年)でまだ4年しか経っていない。2002年8月の豪雨により、各所で線路や橋梁の流失など壊滅的な被害を受けて以来、鉄道は長期にわたり、復旧途上にあった。

2008年12月に第1段階として、起点からディッポルディスヴァルデ Dippoldiswalde まで15.0kmが通行できるようになったが、全線が再開されたのは2017年6月、災害発生から実に15年後のことだ。並行してバス路線があるため、列車がなくても日常の用は満たせていたというものの、沿線自治体にとって蒸気鉄道は、旅行者を呼び込むための重要な観光資源だ。復活は悲願だったに違いない。

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路盤が流失した線路
シュペヒトリッツ停留所下流200m(2002年)
Photo by Jörg Blobelt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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全線再開を祝う人々
クーアオルト・キプスドルフ駅にて(2017年6月17日)
Photo by Bybbisch94, Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

軌道や施設の多くが再建されたため、新線と見違えそうな見栄えだが、鉄道自体はザクセンで最初に計画された狭軌の二級鉄道(地方鉄道)Sekundärbahn の一つで、140年近い歴史をもっている(下注)。今回は、この古くて新しい狭軌鉄道を訪ねてみることにしよう。

*注 開通時期は、1881年のヴィルカウ=キルヒベルク線 Strecke Wilkau–Kirchberg(ツヴィッカウ南郊、後にヴィルカウ・ハスラウ=カールスフェルト狭軌鉄道 Schmalspurbahn Wilkau-Haßlau–Carlsfeld の一部となった)に次ぐが、同線は1973年に廃止されたため、現存路線では最古になる。

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フライタール・ハインスベルク~ディッポルディスヴァルデ間の地形図に
狭軌鉄道のルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
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ディッポルディスヴァルデ~クーアオルト・キプスドルフ間の地形図に
狭軌鉄道のルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

ヴァイセリッツタール鉄道は、1882年にシュミーデベルク Schmiedeberg まで、翌83年にキプスドルフまで、段階的に開業した。もとは標準軌を敷く計画だったが、通過する谷が狭隘で、建設費圧縮のために規格を落として設計したのだという。シュミーデベルクが最初の目的地になったのは、地名が示すとおり鉱山町で(下注)、貨客ともに相応の需要が見込まれていたからだ。

*注 地名シュミーデベルクは、Schmiede(鍛冶屋、鍛造の意。英語のsmith, smithyに相当)+Berg(山の意)に由来する。キプスドルフも、かつては Kyppsdorf と綴り、銅の村 Kupferdorf を意味する地名だった。

開通後の輸送実績は想定以上だった。急ぎ、一部の駅では荷役側線を延長し、貨物列車は機関車を2両にする重連運転でさばいた。しかしこの好況に、文字通り水を差す事態が発生する。1897年7月の豪雨と、それに伴う大規模な川の氾濫だ。

鉄道の通る谷は、ローテ・ヴァイセリッツ川 Rote Weißeritz(下注)の流路になっている。ふだんの川は穏やかな流れで、川床は浅く、ささやかな堤しかない。ところが、ここを100年に一度と言われた大水が襲来し、谷中の村や交通路はことごとく流されるか、水に浸かった。鉄道の復旧は、1年がかりの大事業となった。2002年のそれより1世紀以上も前に、同じような経験をしていたことになる。

*注 この川はフライタール Freital で西から来たヴィルデ・ヴァイセリッツ川 Wilde Weißeritz と合流し、ドレスデンでエルベ川 Elbe に注ぐ。鉄分を含んでやや赤く見えたことから、ローテ(赤いの意)の名がある。

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ローテ・ヴァイセリッツ川
後方はラーベナウ駅
 

小規模な冠水にはその後も見舞われるが、地形上の弱点にもめげず、鉄道は順調に業績を伸ばしていく。20世紀に入ると、他の狭軌線と同様、貨物輸送の効率化が進められた。標準軌貨車を狭軌の台車に載せて運ぶロールボック Rollbock や、その改良形であるロールワーゲン Rollwagen が導入がそれだ。車両限界を拡張するために、駅施設や渓谷区間を改修する必要があり、その一環で1か所だけあった短いトンネルが撤去されて、切通しにされた。

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標準軌貨車を載せたロールワーゲン
フライタール・ハインスベルク駅にて
 

後に、より大規模なルート変更が2か所で行われている。一つは、下流域の洪水制御のために計画されたマルター・ダム Talsperre Malter の建設に伴うものだ。川を堰き止めるダムの出現で、鉄道はザイファースドルフ Seifersdorf の手前からディッポルディスヴァルデの町の入口まで、約5kmにわたって移設された。

1912年4月に完成したこの新ルートは、堰堤の高さまで20‰勾配で上り、そのあとダム湖に沿って水平に進む。ダムは1913年に完成し、湛水を開始した。旧ルートのうち水没を免れた下流区間は、後にハイキングトレールに転用されている。

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マルター・ダムと列車(1914年の絵葉書)
Image by Brück & Sohn Kunstverlag Meißen at wikimedia. License: CC0 1.0
 

もう一つは、1924年に移転したシュミーデベルク駅の前後区間だ。旧ルートはもともと川の右岸(東側)の街道沿いを通っていたが、鋳造所からの貨物の増加で手狭になった駅とともに、前後約3kmの区間が左岸に移された。ペーベル川の谷(ペーベルタール Pöbeltal)を横断する高架橋を含む今のルートは、このときに造られたものだ。

なお、ペーベルタールには、当時チェコ国境に通じる狭軌支線(下注)が計画されており、シュミーデベルクには分岐駅として必要な用地が確保されていたが、一部の路盤が造成されただけで未完に終わった。

*注 ペーベルタール鉄道 Pöbeltalbahn は、シュミーデベルク~モルダウ Moldau(現 チェコ領モルダヴァ Moldava)間17.3km。モルダウでエルツ山地を越える標準軌線と接続する予定だった。

当時、鉄道の旅客輸送は、冬のほうが多忙だった。都会からウィンタースポーツに繰り出す人々で、列車は週末ごとに混雑した。それに対応すべく、1933年には終点キプスドルフ駅の構内が拡張されて、客車13両と手荷物車1両というピーク時の長大列車も扱えるようになった。

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キプスドルフ駅にウィンタースポーツ列車が到着
(1920年の絵葉書)
Image by Brück & Sohn Kunstverlag Meißen at wikimedia. License: CC0 1.0
 

ザクセンが東ドイツに属した第二次世界大戦後は、近隣の狭軌鉄道と同じような経過をたどっている。1948年から沿線で始まったウラン鉱の採掘で、貨物輸送が活気を取り戻し、1950年代に入ると、冬場の行楽輸送も復調した。

しかし1964年の、今後10年間で国内の狭軌鉄道を全廃するという国の方針で、路線は転機を迎える。運行要員が削減された駅では、転轍器の操作が列車乗務員の仕事になった。保守経費の切り詰めで線路の不良個所が放置されたため、速度制限区間が拡大していった。利用者の路線バスへの流出が加速するのも、やむを得ない流れだった。

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東ドイツ時代のディッポルディスヴァルデ駅(1986年)
Photo by Bärtschi, Hans-Peter at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

1973年に、維持すべき観光路線の一つに選ばれたことで、鉄道はかろうじて廃止を免れたが、それもドイツ再統一で環境が一変する。民営化されたDB(ドイツ鉄道)は、引き継いだ路線網の整理縮小を急いだ。1994年末限りで貨物輸送が中止され、1998年には旅客輸送の廃止も予告されていた。

この危機は、地域の公共交通を一元的に管理するオーバーエルベ運輸連合 Verkehrsverbund Oberelbe (VVO) が設立され、DBとの運輸委託契約が結ばれたことで、ひとまず収まる。その後、鉄道の管理は2001年からDBの子会社に引き継がれ、最終的に2004年、BVO鉄道有限会社 BVO Bahn GmbH(現 ザクセン蒸気鉄道会社 Sächsische Dampfeisenbahngesellschaft (SDG))に移管された。

ただし、この間に冒頭で述べた豪雨災害に見舞われており、むしろこのほうが存続の脅威だったと言えるだろう。全線の復旧にかかる費用は約2000万ユーロと見積もられ、連邦の洪水救済基金からの拠出がなければ、実現は不可能だった。最終的にはその2倍の約4000万ユーロが投入され、2017年6月17日に待望の再開通式が挙行されている。

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ラーベナウ駅に入る蒸気列車

起点フライタール・ハインスベルク駅は、興味深い構造をしている。Sバーンが停車する標準軌ドレスデン=ヴェルダウ幹線 Hauptbahn Dresden–Werdau の旅客ホームが一段高い築堤上にあり、その西側の地平に、狭軌鉄道の駅とヤードが展開する。ところが、その西隣にまた標準軌の線路が数本並んでいるのだ。

これは、単線の貨物線とその側線だ。昔はこちらが本線だったのだが、狭軌線との間で貨物をやり取りする列車の転線を支障しないように、東側に、旅客線が別途設けられた。そのため、狭軌線の構内は旅客と貨物の標準軌線に挟まれる形になっている。

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(左)フライタール・ハインスベルク駅の標準軌ホーム
  右の狭軌ヤードより一段高い(2015年)
Photo by Rainerhaufe at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)狭軌線のヤードの左端に乗降ホームがある
 

狭軌線のヤードもけっこう広く、貨物輸送が盛んだった往時をしのばせる。しかし今は、使われなくなった貨車や客車の留置場所だ。一方、機関庫と整備工場は、キプスドルフ方の末端に集約されていて、給水や給炭作業もその一角で行われる。

標準軌線の築堤に接する屋根付きの狭軌ホームでは、蒸気列車が発車待ちをしている。さっそく乗り込むことにしよう。

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狭軌線の整備工場
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フライタール・ハインスベルク駅で
蒸気列車が発車を待つ(2018年)
Photo by Bybbisch94, Christian Gebhardt at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

列車はホームを離れると、機関庫のそばで標準軌線の下をくぐって左側に出る。なおも並走する間に、ヴァイセリッツ川が左手から接近するが、まもなく列車は左カーブで標準軌線から離れ、川を続けざまに渡る(下注)。最初の停留所はフライタール・コースマンスドルフ Freital-Coßmannsdorf だ。

*注 ヴァイセリッツ川に合流する前の、ヴィルデ・ヴァイセリッツ川 Wilde Weißeritz およびローテ・ヴァイセリッツ川。

三角屋根が連なる大きなショッピングセンターの横を通過すると、いよいよ谷が狭まってくる。ここからしばらくは、ローテ・ヴァイセリッツ川が刻んだ狭い谷底を這うように進んでいく。このラーベナウアー・グルント Rabenauer Grund(ラーベナウ渓谷の意、下注)は細かく曲がりくねっていて、鉄道も急カーブと橋梁の連続だ。次の駅までの間に、橋梁の数は12もあるという。この区間は2002年の豪雨による異常水位で甚大な被害を受け、線路をはじめ施設設備の多くが造り直されている。

*注 グルント Grund は英語の ground に相当し、ここでは谷底を意味する。

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(左)ヴィルデ・ヴァイセリッツ川を渡る
(右)ラーベナウアー・グルントの曲線だらけの線路
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(左)ラーベナウアー・グルント
  ハイキングトレールが線路と絡む
(右)写真奥に見える橋梁は、水害の後、
  橋脚のないタイドアーチで架け直された(ラーベナウ駅南方)
 
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ラーベナウアー・グルント周辺の1:25,000地形図(1989年)
© 2021 Staatsbetrieb Geobasisinformation und Vermessung Sachsen
 

ラーベナウ Rabenau 駅は谷の途中にあり、貨物列車の交換も可能な長い待避線を備える。同名の町は渓谷の上の台地に立地するのだが、列車からは全く見えない。ちなみに、町へ向かう道路から右に分かれる小道を上っていくと、渓谷と鉄道駅を俯瞰するシャンツェンフェルゼン Schanzenfelsen(砦岩の意)の展望台がある。下の写真は、駅に入線する列車をそこから眺めたものだ。

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ラーベナウ駅に入る蒸気列車を
シャンツェンフェルゼンから俯瞰
 

さて、渓谷はシュペヒトリッツグルント Spechtritzgrund と名を変えながら、なおも続く。列車は、最も狭隘な区間にさしかかっている。車輪をきしませて通過する急カーブは、路線最小の半径50mだ。次のシュペヒトリッツ Spechtritz 停留所もまだ谷の中だが、少し空が広がってきたようだ。

しばらく行くと、ダム建設で1912年に付け替えられた区間に入る。トレールになった旧線と川とを斜めに横断し、25‰の上り勾配で谷の斜面を上り詰めていく。やがて右手に弧を描くマルター・ダムが現れる。高さ26.8m、堤長193m、ダム湖は谷を埋め尽くし、周辺の景色を一変させた。

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マルター・ダムの堰堤(2007年)
Photo by ProfessorX at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

その穏やかな湖面を眺めながら左にカーブするところに、待避線をもつマルター駅がある。ダム湖へ行く行楽客の下車駅だ。列車は駅を出た直後に、支谷に架かる長さ66mのボルマンスグルント橋梁 Brücke Bormannsgrund を渡る。湖水に脚を浸した5径間のアーチ橋は、列車の好撮影地になっている。

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ボルマンスグルント橋梁を渡る
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ボルマンスグルント橋梁をダム湖対岸から遠望
 

しばらく車窓にはダム湖が続くが、左手に建物が目立ち始めれば、次のディッポルディスヴァルデ駅が近い。ここは沿線最大の町だ。水害からの復旧過程では、9年間、列車の終点になっていた。拠点駅らしく、島式ホームには木組みの大屋根が架かり、両側に貨物側線が何本も並んでいる。

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(左)ディッポルディスヴァルデ駅に到着(2021年)
Photo by MOs810 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)ディッポルディスヴァルデ駅の島式ホーム(2017年)
Photo by SchiDD at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

この後は連邦道170号線と絡みながら、なだらかな谷間を進んでいく。オーバーカルスドルフ Obercarsdorf からは、再び新線区間に入る。1924年に切り替えられた線路は、集落を避けて川の左岸(西側)を伝っている。

右から合流するペーベルタールを横断する地点には、8つのアーチをもち、長さ191mと路線最長のシュミーデベルク高架橋 Schmiedeberger Viadukt が築かれた。S字カーブを描く高架橋の上で、列車は、谷間を埋める家々の屋根を見下ろすように走る。渡り終えれば、シュミーデベルク駅がある。

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(左)家々の屋根を見下ろすシュミーデベルク高架橋(2021年)
Photo by MOs810 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)町中に築かれたアーチ(2013年)
Photo by Geri-oc at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

新線区間は、駅を越えて左手に鋳造所が見えるまで続く。再び谷が狭まってきた。ブッシュミューレ Buschmühle 停留所を見送ると、いよいよ路線最後の急坂が待ち構えている。勾配値は最大で34.7‰(1:28.8)に達し、上りきったところが終点クーアオルト・キプスドルフ駅の構内だ。標高は534mで、起点とは350mの高度差がある。

ここも長いホームを有している。駅舎は車止めの先にあり、階段を上がると、吹き抜けに壁画の描かれた立派な1階ホールに出られる。建物はビュルガーハウス Bürgerhaus(村の公共施設)として機能していて、インフォメーションオフィスや鉄道資料の展示室もある。

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クーアオルト・キプスドルフ駅に入る
蒸気列車(2017年)
Photo by R.D. - Rolf-Dresden at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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クーアオルト・キプスドルフ駅
(左)駅舎正面(2009年)
Photo by R.D. --Rolf-Dresden at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
(右)1階ホール、右奥にホームへ降りる階段がある(2021年)
Photo by MOs810 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

クーアオルト・キプスドルフは、人口300人ほどの小さな村だ。保養地(クーアオルト Kurort)の冠はついているものの、特に見どころがあるわけでもない。終点まで乗ってきた客の多くは、機回し作業を見学した後、折返しの列車に再び乗り込んでいく。

ヴァイセリッツタール鉄道の蒸気機関車は、フライタール・ハインスベルクを拠点にしている。ザクセン蒸気鉄道SDGのリストによれば、2021年現在、稼働できるのは1933年製の「標準機関車 Einheitslokomotive」99.73~76形と、1957年製の「新造機関車 Neubaulokomotive」99.77~79形が1両ずつだ。

通常ダイヤでは後者が使われ、前者は後述する特別運行日にのみ登場する。このほか、同形式の蒸機が複数両、フライタール・ハインスベルクとキプスドルフに分散して保管されている。

客車はオープンデッキをもつ古典車タイプだが、DR時代に車体を更新したいわゆるレコ・ヴァーゲン Reko-Wagen(Reko は再建 Rekonstruktion の意)が使われている。また、夏のシーズンには、無蓋貨車を改造した展望車 Aussichtswagen が連結される。

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(左)戦前製の「標準機関車」99 1746機
(右)戦後製の「新造機関車」99 1771機
 いずれもフライタール・ハインスベルク駅にて
 

運賃は区間制だ。1日乗車券 Tageskarte もあるが、片道および往復乗車券でも当日の途中下車 Unterbrechung が1回限り有効になっている。

最後に運行状況だが、SDGが運営する3路線の中では、最も閑散としている。2021年のダイヤによると、通年運行しているものの、全線通しで走るのは2往復、それにディッポルディスヴァルデ折返しが夕方1往復あるだけだ。沿線に著名な観光地がなく、利用者数も限られることから、1編成で賄えるダイヤにしてあるのだろう(下注)。これとは別に、年に2日間だけ、特別ダイヤ Sonderfahrplan で通し4往復と区間便2往復が走る。

*注 ディッポルディスヴァルデまで部分復旧していた期間は、1日6往復運行されていた。短距離のため、これでも1編成で対応可能だった。

ちなみに、ドレスデン市内とディッポルディスヴァルデ~キプスドルフ沿線間には、路線バスが30~60分間隔で運行されている(360系統、RVSOE による運行)。また、Sバーンのフライタール・ドイベン Freital-Deuben 駅前からもラーベナウ市街地(駅前は通らない)経由でディッポルディスヴァルデまで、バスが1時間ごとにある(348系統、同上)。現地訪問の際、片道をバス移動にすれば、旅程の可能性がより広がるかもしれない。時刻表、路線図は https://www.vvo-online.de/ を参照されたい。

次回はデルニッツ鉄道を訪ねる。

写真は別途クレジットを付したものを除き、2013年4月に現地を訪れた海外鉄道研究会のS. T.氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
ヴァイセリッツタール鉄道(SDG公式サイト)
https://www.weisseritztalbahn.com/
ヴァイセリッツタール鉄道利益共同体協会 IG Weißeritztalbahn e.V.
http://www.weisseritztalbahn.de/

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