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2021年7月

2021年7月29日 (木)

ギリシャの鉄道地図-シュヴェーアス+ヴァル社

ヨーロッパの鉄道について調べものをするとき、シュヴェーアス・ウント・ヴァル Schweers + Wall (S+W) 社の鉄道地図帳は必ず手もとに開いておく。稼働中の全線全駅のみならず、廃止された旧線さえ、いわゆる正縮尺図(一つの図の中で縮尺が一定)の上に克明に描かれていて、地域の鉄道網のありさまを一目で把握することができるからだ。

ドイツのケルン Köln に拠点を置く同社は、1994年以来、ヨーロッパの国別鉄道地図帳を次々と刊行してきた(これまでの刊行履歴は本稿末尾参照)。2015年にフランス北部編が出された後、新たに対象となったのは、はるか東に飛んで、エーゲ海に臨むギリシャだった。

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ギリシャ鉄道地図帳
(左)表紙 (右)裏表紙
 

ギリシャ鉄道地図帳 Eisenbahnatlas Griechenland」は2018年12月に刊行された。横23.5cm×27.5cmといつもの判型で、オールカラー64ページの冊子だ。裏表紙に記された文章を翻訳引用する(下注)。

*注 原文がドイツ語のため、引用文中の固有名詞はドイツ語表記のままとした。

「ギリシャの鉄道は、長年きわだった対照を特徴としてきた。方や放置されたペロポネソス半島のメーターゲージ網であり、方や幹線網、なかでもPATHEと呼ばれるパトラス~アテネ~テッサロニキ幹線 Achse Patras - Athen - Thessaloniki の遅々とした電化と近代化である。しかし、2018年2月初めから、新路線(テッサロニキ~ラリッサ Larissa ~)ドモコス Domokos ~ティトレア Tithorea(~アテネ)間の長期にわたる野心的な建設現場が、徐々に鉄道運行に引き渡されている。

古代ペリクレス Perikles の治下で建設されたピレウス Piräus ~アテネ間の「長壁 Lange Mauern」に沿って走る蒸気路面軌道(下注1)によって、ギリシャの鉄道時代は始まった。21世紀の今、新しい路線網が、EUのTEN-T鉄道網への統合を目標に、何年もかけて造られている。また、ローマ時代の歴史あるエグナティア街道 Via Egnatia が、効率的な鉄道幹線、エグナティア東西線 Egnatia Rail West-Ost (下注2)として南北鉄道網を補完することになっている。しかし、ギリシャの鉄道にまだ顧客はいるのだろうか? 貨物も旅客もここしばらく高速道路とKTELバスに流出している。

本書はその地図によって、2017~18年現在の状況を表している。実現されたこととサイエンスフィクション(科学的構想)とが、さらなる展開を指し示す。他のヨーロッパ諸国の動向が示すように、鉄道の自由化と民営化に向けて路線網を慎重に開放していくことが、おそらくそれを後押しするだろう。」

*注1 「長壁」は、アテネと外港ピレウスを結ぶ街道の両側に築かれた長さ約6kmの城壁。この蒸気路面軌道は、1904年に電化されて「エレクトリコス Elektrikos」と呼ばれ、現在のメトロ1号線の一部になった。
*注2 エグナティア街道は、アドリア海岸からバルカン半島を横断してビザンティウム(現 イスタンブール)に通じていた古代街道。エグナティア東西線はまだ一部(クサンシ Xanthi ~カヴァラ Kavala 間)で着工されたに過ぎず、全線完成の見通しは立っていない。

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アテネメトロ1号線ピレウス駅(2008年)
Photo by Mispahn at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

ヨーロッパ文明の発祥の地であり、伝統国のイメージが強いギリシャだが、1453年の東ローマ帝国滅亡から約370年の間は、主としてオスマントルコの支配下に置かれていた。実効的な独立を果たしたのは1829年(下注)で、近代ギリシャの歴史はまだ200年に満たない。初期の領土は主として南部で、面積は現在の4割程度だったが、列強の支援で段階的に拡張されていく。現在の姿になったのは第二次世界大戦後のことだ。

*注 露土戦争の講和条約、アドリアノープル条約 Treaty of Adrianople による。

それでというべきか、「ギリシャ鉄道地図帳」のページ構成は、従来のものと少し異なる。前半の23ページが、近代ギリシャの成立過程と鉄道建設の歴史を重ね合わせた解説に充てられているのだ。

それはオスマン帝国時代の鉄道構想に始まり、1880年代のアッティカおよびペロポネソス地方のメーターゲージ線開業、1881年のテッサリア併合に伴う新線建設、1902年の国策鉄道会社(後のギリシャ国鉄 SEK)の設立、1971年の公営企業 OSE(ギリシャ鉄道)への転換、そして近年の目覚ましい幹線改良へと続く。時代を追った記述により、同国の鉄道発達史を概観することができる。すべてドイツ語表記だが、多数挿入されている地図や写真が理解の助けになるだろう。

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アテネ・ラリッサ駅に空港方面の近郊列車が入線
(2019年)
Photo by Stolbovsky at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

本編というべき区分路線図は、その後に23ページ配置されている。縮尺は1:300,000で、使われている地図記号を含めて、他国編と同様の仕様だ。地図のページ数が少ないと思われるかもしれないが、ギリシャの国土面積はドイツの1/3ほどだ。しかも山がちな地勢で、鉄道路線長は約5200km(2015年現在)とドイツの1/8。鉄道空白地域が相当ある。路線図もふつうに描くと白紙が目立ってしまうので、古い鉄道写真や構内配線図などで埋める工夫をしているほどだ。

地図の内容はどうか。資料的に最も充実しているのは、アテネ大都市圏だ。前半の歴史編に掲載されているものを含めて、年代別に6枚の図(1925年、1930~38年、1990年以前、2000年、2004年、2018年(下注)の各時点)が用意されている。

*注 2018年は路線(インフラ)図のほかに、運行系統図もある。

1990年代までギリシャの鉄道は、首都アテネ近郊でさえ、すべて非電化の貧弱な状況だった(エレクトリコス(メトロ1号線)を除く)。ところが2004年の夏季オリンピック開催が決定した後、それに向けて交通網の整備が集中的に実行される。この時期に、近郊鉄道網は大きな変貌を遂げている。

たとえば、ピレウスから北上する南北幹線は交流電化され、西のペロポネソス半島へ向かう路線も、古いメーターゲージの非電化単線から標準軌の電化複線に切り替えられた。東郊スパタ Spata に開港した新アテネ空港には、近郊列車「プロアスティアコス Proastiakos」とメトロ3号線の乗入れが始まる。これらの路線が十字に交差する地点にはアハルネス中央駅 Acharnes Railway Center(通称SKA)と称するジャンクションも出現した。

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アッティカ、ペロポネソス地方の路線図
(Wikimedia Commons 収載の路線図で代用、2019年現在)
Image by Chumwa at wikimedia. License: CC BY-SA 2.5
路線図のフル画像は下記参考サイトにある
 

■参考サイト
Wikimedia Commons - ギリシャ鉄道路線図
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Railway_map_of_Greece.png

他の地方に目を向けると、中部では、国内最長のカリドロモトンネル Kallidromo Tunnel(長さ9210m)を経由する南北幹線の新線が完成している。同線で複線・高速化が未完なのは、中間部の山越えリアノクラディ Lianokladi ~ドモコス Domokos 間のみとなった(2018年現在)。

西でも、ペロポネソスの主要都市パトラス Patras に通じる予定の高速新線が、途中のキアト Kiato に達している(下注1)。その陰で、半島を巡っていた旧メーターゲージ線の運行は、2009年に表面化した国家財政危機の影響をもろにこうむった。パトラスとピルゴス Pirgos 近郊のごく一部(下注2)を除いて、2011年までに全廃されてしまい、路線図でも、休止線の記号がむなしく広がるばかりだ。

*注1 2020年6月にさらにエギオ Aigio まで延伸開業(キアト~エギオ間は暫定非電化)。
*注2 2021年7月現在、ピルゴス近郊区間(カタコロ~オリンピア間)も運行中止になっている。

一方、北部では、テッサロニキを起点に東西へ延びるルートが昔のままに残されている。いずれ上記のエグナティア東西線に置き換えられる予定だが、それはまだずっと先の話だ。

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コリントス運河を渡るメーターゲージ旧線の列車
(1992年)
Photo by Phil Richards at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

さて、本書のページ構成に戻ると、区分路線図の次は、イタリア半島およびバルカン諸国の全体図(縮尺1:4,000,000(400万分の1))だ。既刊の「EU鉄道地図帳」の該当図版を転載したものだが、ギリシャの鉄道網が隣国のそれとどのように接続されているのかがよくわかる。

続いて、主要路線の縦断面図があり、その後、アテネメトロとプロアスティアコスの現在の路線図、メトロ4号線等の計画路線図、さらにはアテネの旧路面軌道の紹介、テッサロニキメトロの計画図など、都市鉄道の来し方行く末に多くのページが割かれている。

従来、ギリシャに関する詳しい鉄道地図は、クエールマップ社 Quail Map Company 社製の1枚もの(最新は2001年第3版)しかなかった。実は上述した主要路線の縦断面図やアテネメトロの配線図などは、このクエール版のコンテンツをそっくり踏襲したものだ。編集にあたって、絶版になっている先行図に敬意を表し、跡を継ごうと意識したことが見て取れる。

それに気づけば、64ページというボリュームも決して軽量とは言えない。ギリシャの鉄道をより深く知ろうと思うとき、本書が参考書の筆頭に置かれるのはまず間違いないことだ。

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クエールマップ版 ギリシャ鉄道地図第3版
(折図の表紙部分)

シュヴェーアス・ウント・ヴァル社の鉄道地図帳の刊行履歴は以下の通り
(タイトルから本ブログの該当項目にリンクしている)。

ドイツ編
 1993年初版、2000年第2版、2002年第3版、2005年第4版、2006年第5版、
 2007年第6版、2009年第7版、2011年第8版、2014年第9版、2017年第10版、
 2020年第11版
スイス編 2004年初版、2012年第2版
オーストリア編 2005年初版、2010年第2版
イタリア・スロベニア編 2010年初版
EU編 2013年5月初版、2013年11月第2版(クロアチア全面改訂)、2017年第3版
フランス北部編 2015年初版
ギリシャ編 2018年初版

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