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2021年6月23日 (水)

ウェスト・ハイランド線 I-概要

ウェスト・ハイランド線 West Highland Line

本線(マレーグ線):
グラスゴー・クイーン・ストリート Glasgow Queen Street ~マレーグ Mallaig 263.6km 1894~1901年開通(下注1)
オーバン支線:
クリーアンラリッヒ Crianlarich ~オーバン Oban 101.7km、1873~1880年開通
軌間 4フィート8インチ半(1,435mm)、非電化(下注2)

*注1 起終点および路線距離はグラスゴー近郊における他線との共用区間を含む。開通年は共用区間を含まない。
*注2 起点駅を含めグラスゴー近郊では電化区間を通過する。

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秘境駅コラー Corrour に入る
寝台列車カレドニアン・スリーパー号(2015年)
Photo by Andrew at wikimedia. License: CC BY 2.0

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スコットランド北西部、ハイランド地方 Highlands(下注)には、ごつごつした山並みと平底の谷が交錯する荒涼とした風景がどこまでも続いている。狭い谷を意味するグレン Glen や広い谷ストラス Strath が天然の回廊として利用される一方、西岸では海水が奥まで深く入り込み、溺れ谷ロッホ Loch を形成している。そのため鉄道は、海岸線をまっすぐ北上できず、人里離れた谷の中を延々伝って港町に達する。

*注 ハイランドは名のとおり山がちな土地だが、沿岸や島嶼も含めた広域地名のため、「高地」と訳すのは適切ではないだろう。

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グレン・コ― Glen Coe の谷の風景
Photo by Gil Cavalcanti at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

路線は3本ある。一つは、北東岸のインヴァネス Inverness から来るカイル・オヴ・ロハルシュ線 Kyle of Lochalsh Line、もう二つは、スコットランド最大の都市グラスゴーから延びるウェスト・ハイランド線 West Highland Line の本線(マレーグ線 Mallaig Line)とオーバン支線 Oban Branch Line だ。

どれも鉄道旅行者には人気が高く、走行中に展開する車窓風景も甲乙つけがたい。とはいえ、今回取り上げるウェスト・ハイランド線本線には、他の2線と一線を画す特色がある。それは、この路線が高みを走ることが多く、したがって高い視点から景色を俯瞰できるという点だ。背景には、他より遅れて登場し、そのために建設の容易なルートを選べなかったという事情があるだろう。いったい、どんな経緯で誕生したのだろうか。

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ウェスト・ハイランド線 路線図
Base map by Sting at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0

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ウェスト・ハイランド線周辺の路線網の変遷
 

上図にこの地域の鉄道路線網の変遷を示した。

最初に現れたのは現在のカイル・オヴ・ロハルシュ線だ【図左】。インヴァネスを拠点とするハイランド鉄道 Highland Railway が建設し、1870年に当初の終点であるストロームフェリー Stromeferry に達している(カイル・オヴ・ロハルシュへの延伸は1897年)。

次がオーバン支線だが、これはウェスト・ハイランド線とは無関係のカランダー・アンド・オーバン鉄道 Callander and Oban Railway がルーツだ。1870年から段階的に延伸され、1880年にオーバンまで開通した。同 鉄道はスコットランドの大手鉄道会社、カレドニア鉄道 Caledonian Railway の子会社で、実質的にカレドニア鉄道の支線だった。

最後がウェスト・ハイランド線だが、その設立には前史がある。知られるようにハイランドは、17世紀の名誉革命以来、カトリックの反革命勢力ジャコバイト Jacobite の拠点だった土地だ。ハノーヴァー王政による敵視政策で土地を追われた彼らは、辺地で小作農(クロフター Clofter)となって住みつき、貧困にあえいだ。不満が渦巻き、暴動や争議が各地で発生していた。

1880年代に入ると状況改善のための法的整備が始まり、そうした社会の雰囲気の変化が陸上輸送網の拡大、すなわち鉄道敷設の機運を高めていく。1883年に、グラスゴーからフォート・ウィリアム Fort William を経由してインヴァネスに至る鉄道法案が議会に提出された。ロンドン財界の支援を受けたノース・ブリティッシュ鉄道 North British Railway (NBR) が運行する計画だった。

ルートは、明らかに既存のハイランド鉄道とカレドニア鉄道の勢力圏に重なっている。そのため、両鉄道による猛烈な反対で、法案はいったん却下された。しかしその後、ルートとなる地元からの巻き返しがあり、1889年にフォート・ウィリアムまでに路線を短縮した上で認可される。国の補助金を受けて建設が進められ、1894年にウェスト・ハイランド鉄道 West Highland Railway として開通を果たした。

インヴァネス方面への進出はかなわなかったものの、法案には代替として、カレドニア運河 Caledonian Canal への接続線(バナヴィ支線 Banavie branch、フォート・ウィリアム~バナヴィ・ピア Banavie Pier 間)が含められていた。これは翌1895年に完成し、運河を通る蒸気船により、もとの構想に沿う連絡ルートが実現している(下注)。

*注 元の構想に沿う路線としては、後の1903年にネス湖南端のフォート・オーガスタス Fort Augustus に至る鉄道が開通した。しかし、過疎地につき経営的に長続きせず、1933年に旅客列車が廃止、1946年に路線自体も廃止された。

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カレドニア運河とバナヴィ(鉄道)旋回橋 Banavie Swing Bridge(2007年)
(バナヴィ支線跡は対岸で、写真には写っていない)
Photo by Klaus with K at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

フォート・ウィリアムからさらに西をめざすマレーグ延伸鉄道 Mallaig Extension Railway の構想は、それからまもなく浮上した。だが、採算性が不安視され、政府保証を得るまでに長い時間を要した。ようやく1896年に法案が可決され、建設が始まったが、ルート後半の地形がとりわけ複雑で、硬い岩質にも阻まれて難工事を余儀なくされた。4年の工期を経て同 鉄道(現 本線の末端部)が開通したのは1901年のことだ【図中】。

ライバル同士だったウェスト・ハイランド鉄道(現 本線)とカランダー・アンド・オーバン鉄道(現 オーバン支線)だが、前者の開通から3年後の1897年には、貨物列車をやりとりするために、交差するクリーアンラリッヒで連絡線が造られている。しかし旅客列車については実現せず、利用者は約300m離れた両線の駅の間で徒歩連絡を強いられ続けた。

1923年の鉄道会社四大グループ化 Grouping でも両線は別会社(下注)のままで、1948年の鉄道国有化を経て、ようやく一つの経営体のもとに入った。

*注 ウェスト・ハイランド鉄道はロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道 London and North Eastern Railway (LNER) に、カランダー・アンド・オーバン鉄道はロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道 London, Midland and Scottish Railway (LMS) に統合。

1965年、オーバン線のクリーアンラリッヒ以東が、地滑りによる線路の水没で不通になった。時すでに国鉄の合理化計画、いわゆるビーチング・カット Beeching cuts が進行しており、この区間も廃止予定だったため、復旧されることはなかった(下注)。貨物用の連絡線を使ったオーバン方面の旅客列車運用は、この不通をきっかけに始まったものだ【図右】。以後、この形が現在まで続いている。

*注 現存する本線やオーバン支線も廃止対象だったが、地元の強いロビー活動により決定を免れたとされる。

では、ウェスト・ハイランド線本線の旅に出るとしよう。列車は、グラスゴー・クイーン・ストリート Glasgow Queen Street 駅のハイレベル(上階)high level ホームから出発する。セントラル駅に比べれば規模が小さいとはいえ、ここはスコットランド内の長距離列車が発着する、ノース・ブリティッシュ鉄道以来のターミナルだ。

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グラスゴー・クイーン・ストリート駅のハイレベルホーム(2019年)
Photo by Tbatb at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

朝8時の列車は気動車4両編成で、途中のクリーアンラリッヒ Crianlarich で切り離されて前2両はオーバンへ、後ろ2両がマレーグへ行く。現行ダイヤでは、平日の場合、この併結列車が3往復と、併結なしのオーバン行きが別に3往復ある(土日は減便)。ほかに線内の区間列車も若干設定されている。

また、ロンドンのユーストン Euston 駅を起点とする寝台列車カレドニアン・スリーパー号 Caledonian Sleeper も、土曜(発日基準)を除いてフォート・ウィリアムまで足を延ばす(下注)。ハイレベルホームは頭端式で行き止まりのため、この列車だけは貫通式のローレベル(下階)ホームを使っている。

*注 列車は、エディンバラ・ウェイバリー Edinburgh Waverley 駅でフォート・ウィリアム、アバディーン Averdeen、インヴァネスの3方面に分割されたものの一部。

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カレドニアン・スリーパー号
フォート・ウィリアム駅にて(2015年)
海外鉄道研究会 田村公一氏提供
 

車内に、トレッキングに出かけるグループがバックパックを背負って乗り込んでくる。席が空いているなら、進行方向左側に座ると、より長い時間、視界が開けるはずだ。

発車するとまずトンネル、そして左に折れて住宅地をしばらく走る。最初の停車駅ダルミューア Dalmuir で、近郊電車が走るノース・クライド線 North Clyde Line と合流し、しばらく茫漠としたクライド川のエスチュエリー(三角江)を左手に見て進む。

次のダンバートン・セントラル Dumbarton Central に続いて、ローモンド湖から流れ出すリーヴン川 River Leven を渡れば、グラスゴーの大都市圏は終わる。トンネルを抜け、また少しの間河口を眺めた後、突然列車はノース・クライド線から右に分岐して(下注)、架線のない単線の線路に入っていく。

*注 直進する線路は、ノース・クライド線の終点ヘレンズバラ・セントラル Helensburgh Central に向かう。

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リーヴン川を渡るノース・クライド線の近郊列車(2011年)
Photo by Geof Sheppard at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

実質的にウェスト・ハイランド線が始まるのが、このクレイゲンドーラン・ジャンクション Craigendoran Junction だ。ちなみに、ヘレンズバラには、ハイランドとローランドを区分するハイランド境界断層 Highland Boundary Fault(下注)が通っている。それで、地理区分上でもハイランドに足を踏み入れたことになる。

*注 ハイランド境界断層は、南西のアラン島と北東のストーンヘイヴン Stonehaven の間に走る主要断層帯。この北側がハイランドと呼ばれる。

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ヘレンズバラ・アッパー Helensburgh Upper 駅(2016年)
Photo by Rosser1954 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

この後、線路はいくつかのロッホに沿って北上していく。冒頭でも触れたが、ロッホ Loch(下注1)はスコットランド固有の地形語で、海水が満ちる溺れ谷いわゆるシー・ロッホ sea loch と、淡水の湖 freshwater loch の両方に用いる。実際、どちらも山に挟まれた奥深い水面なので、眺めただけでは区別がつかない(下注2)。

*注1 ゲール語由来の ch [x] は本来の英語にない音のため、[k] と読まれることも多い。
*注2 日本語では区別せざるをえないので、本稿では湖と湾を使い分ける。

最初に見えてくるのがゲア湾 Gare Loch だ。線路は市街地を避け、標高50mを超える斜面を走るので、眺めがいい。尾根を越えると、今度はロング湾 Loch Long の山腹を上る。水面との標高差はすでに100~150mにもなっているが、育った樹林に遮られて意外に視界は開けない。

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ロング湾湾頭、アロッハー村の眺め
線路は、対岸の山腹に帯状に延びる樹林帯を通っている(2011年)
Photo by jim walton at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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同じ方向を描いた1890年代の絵葉書
Image at wikimedia.
 

アロッハー・アンド・ターベット Arrochar and Tarbet 駅でまた鞍部を越えて、スコットランド最大面積のローモンド湖 Loch Lomond 側に移る。有名な民謡に合わせるかのように、線路は高みの道を取っていくが、相変わらず森が続くため、愛すべき岸辺を拝めるチャンスはわずかだろう。

アードルイ Ardlui が湖頭(最奥部)で、あとは乾いた谷グレン・ファロッホ Glen Falloch を遡る。グラスゴーから約1時間50分で、オーバン支線が分岐するクリーアンラリッヒ Crianlarich に到着だ。

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クリーアンラリッヒ駅(2017年)
Photo by Rosser1954 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

先述のようにウェスト・ハイランド線がこの地に達したのは、旧 オーバン線(1873年)より21年も遅い(下注)。そのため、当駅の北で旧 オーバン線の上をまたぐ構造になっているが、上述のように開通の3年後、旧 オーバン線との間に連絡線が造られた。現在のオーバン支線はこの線路を利用している。

*注 オーバン線のクリーアンラリッヒ駅は現駅の300m北東にあり、国有化後、オーバン線東部区間廃止までの間、区別のためにウェスト・ハイランド線の駅名が「クリーアンラリッヒ・アッパー Crianlarich Upper」、オーバン線は「同 ロウワー Lower」に改称されていた。

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クリーアンラリッヒ~タインドラム間の2路線並行
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 53 Loch Lomond 1956年版, 47 Glencoe 1954年版
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/

 

当駅で列車が分割され、先頭側のオーバン行きが先に発車した。6分後、マレーグ行きも駅を発ち、オーバン支線と並行する形で、ストラス・フィラン Strath Fillan の東斜面をゆっくり上っていく。次のアッパー・タインドラム Upper Tyndrum では、まだオーバン支線のタインドラム・ローワー Tyndrum Lower 駅との間が1kmも開いていないが、高度差はすでに40~50mに達している。

タインドラム北方の峠を越えると、急な下り坂になる。途中に車窓名物の一つであるオメガループと高架橋があり、U字谷を左回りに迂回しながら降りていく。

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オメガループのあるタインドラム~ブリッジ・オヴ・オーキー間
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 47 Glencoe 1954年版
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/

 

次の駅ブリッジ・オヴ・オーヒー Bridge of Orchy を出た列車を待っているのが、イギリス鉄道網で最長のリモート(人里離れた)区間だ。タロッホ Tulloch 駅の手前まで、約50kmにわたり人家どころか並行する道路もない。一帯は、湿原や大小の湖が点在する広大な原野ラノッホ・ムーア Ranoch Moor で、鉄道の建設工事では湿地特有の不安定な地盤に苦しめられた。

列車は文字通りの孤独な旅を続けるが、中間に駅が二つある。一つ目のラノッホ Rannoch 駅前には、東から地方道B846号線が達していて、湿原のトレッキングに向かう人、戻ってきた人の乗降がある。

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ラノッホ駅(2010年)
Photo by Paul Hermans at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

次のコラー Corrour 駅は周囲10km以内に公道がなく、列車のほかに訪れる手段がない。かつては公衆電話もなく、隣駅の信号場につながる鉄道電話が唯一の連絡手段だったという場所だ。おそらくイギリスきっての秘境駅なのだが、ここもトレッキングやマンロー・バギング Munro-bagging の拠点になっているため、宿泊施設と食堂が併設されている。

*注 マンロー・バギングとは、日本の百名山登山のように、スコットランドの3000フィート(914m)を超える山(マンロー Munro と呼ばれ、282座ある)を登る活動。

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秘境駅コラー(2009年)
Photo by steflas at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

コラーはまた、標高1347フィート(410m)で、登山鉄道は別としてイギリスの鉄道網で最も高所にある駅だ。この後、線路は下り勾配になり、トレイグ湖 Loch Treig の湖面を左手に見下ろしながら、山の斜面を谷底までゆっくりと降りていく。湖は1930年代に堰堤が築かれ、水力発電用の貯水池とされた。他の湖と違って、湖岸に地肌の露出が見られることがあるのはそのためだ。開発に伴い、ウェスト・ハイランド線も一部水没することから、約1.5マイル(2.4km)にわたり線路が移設されている。

国道に出会うタロッホ駅からは、スピーン川が流れる谷グレン・スピーン Glen Spean に入る。初めて通る渓谷地形だ。かつてフォート・オーガスタス線が接続していたスピーン・ブリッジ Spean Bridge 駅を出ると、国道とともに広い谷間を走って、地域の中心地であるフォート・ウィリアムの頭端駅に滑り込む。クリーアンラリッヒから1時間50分、グラスゴーからは3時間40~50分の長旅だった。

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フォート・ウィリアム駅に入線するジャコバイト号(2015年)
海外鉄道研究会 田村公一氏提供
 

フォート・ウィリアムで進行方向が変わる。列車は今来た方向に少し戻ってから、左へ分岐する。マレーグまで残りの区間は、蒸気機関車が牽く名物観光列車、ジャコバイト号 The Jacobite で旅してみよう。続きは次回

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