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2021年6月29日 (火)

ウェスト・ハイランド線 II-ジャコバイト号の旅

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疾走するジャコバイト号
(以下、特記したものを除き2015年6月撮影)
 

フォート・ウィリアム Fort William は、ハイランド西部の中心的な町だ。波静かなリニ湾 Loch Linnhe 最奥部に位置し、背後にはイギリス最高峰のベン・ネヴィス Ben Nevis(下注)がそびえる。17世紀、オラニエ公ウィレム(スコットランド王としてはウィリアム2世 William II)がクラン(氏族)を統治するために築いた砦(フォート Fort)が、名の由来だという。

*注 ベン・ネヴィスの標高は4409フィート(1344m)。Ben はスコットランド固有の地形語で山を意味する。

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フォート・ウィリアムのハイ・ストリート
 

目抜き通りのハイ・ストリート High Street を北へ、突き当りの地下道をくぐった先に、ウェスト・ハイランド線 West Highland Line の駅がある。ホームは、頭端式1面2線の小ぢんまりした構造だ。発着するのは、旅客列車が平日片道4本(土日は減便)と寝台列車1本だけなので、これで十分なのだろう。

しかし、ここに駅が移ってきたのは1975年のことだ。もとの線路は市街地の海側をさらに南へ600mほど延び、旧駅が、対岸を結ぶフェリー乗り場の前にあった。旧駅前の小さな広場は今もステーション・スクエア Station Square と呼ばれているが、新駅との間に生じた廃線跡はA82号線のバイパス用地に転用されて、跡形もない。

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ジャコバイト号走行ルート周辺図
Contains public sector information licensed under the Open Government Licence v3.0.

発車30分前、ずんぐりしたディーゼル機関車に牽かれて、長い編成の列車が行き止まりの1番線に入線してきた(下注)。主役の蒸気機関車は最後尾に連結され(折返しで先頭になる)、盛んに蒸気を吐いている。ディーゼル機関車はすぐに切り離されて、側線に退いた。待合室とホームを隔てるドアが開き、きょうの乗客がぞろぞろと指定の客車に向かう。

*注 掲載写真は午後出発の第2列車乗車時のもの。本文の記述もそれに基づいている。

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(左)ディーセル機関車に牽かれてジャコバイト号の入線
(右)乗客が客車に向かう
 

「ジャコバイト号 The Jacobite」は、ウェスト・ハイランド線のフォート・ウィリアム~マレーグ Mallaig 間を走る名物蒸気列車だ。この路線での蒸気機関車の定期運用は1967年に終了したが、1984年に観光用として1往復が再導入された。最初は「ウェスト・ハイランダー West Highlander」と呼ばれ、後に、地方名にちなんで「ロッホアーバー(ロッハーバー)Lochaber」と改称されている。

1995年の国鉄民営化後は、ウェスト・コースト鉄道 West Coast Railways (WCR) が運行免許を取得し、新たにジャコバイト号の名でこの列車を引き継いだ。風光明媚なルートを走るため、もとから好評だったが、「ハリー・ポッター」の映画シリーズでホグワーツ特急 Hogwarts Express に擬せられたことで、一躍世界に存在が知れ渡ることになった。

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ジャコバイト号
Viewpoint (A)
Viewpoint (A) 等の撮影位置は、下掲 グレンフィナン周辺の地形図に示す
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グレンフィナン高架橋を渡る(2016年)
Viewpoint (B) 
Photo by Bloodworx at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

列車は午前中にフォート・ウィリアムを出発し、終点マレーグ Mallaig で折り返して午後、戻ってくる。旺盛な需要を受けて、2011年から、午後に出発する第2列車の運行も始まった。2本立ての運行体制は現在も継続中で、人気が衰えていないことを証明している。

参考までに、2021年の運行期間は4月26日から10月29日(第2列車は10月1日まで)の間で、発着時刻は次のとおり。

朝の運行 Morning Service(第1列車)
 往路 フォート・ウィリアム発10時15分、マレーグ着12時26分
 復路 マレーグ発14時10分、フォート・ウィリアム着16時03分

午後の運行 Afternoon Service(第2列車)
 月~金曜および日曜
 往路 フォート・ウィリアム発12時45分、マレーグ着15時01分
 復路 マレーグ発16時45分、フォート・ウィリアム着18時53分

 土曜
 往路 フォート・ウィリアム発14時40分、マレーグ着16時42分
 復路 マレーグ発18時40分、フォート・ウィリアム着20時32分

第1列車の発車時刻は、ロンドンから来る寝台列車カレドニアン・スリーパー号 Caledonian Sleeper(フォート・ウィリアム着9時57分)との接続が考慮されている。また、第2列車のフォート・ウィリアム到着も同じくロンドン行きの寝台列車(月~金曜19時50分発、日曜19時00分発)に間に合う設定だ。土曜だけ時刻が遅いのはカレドニアン・スリーパーが走らない日だからかもしれない。

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カレドニアン・スリーパー号
 

きょうの列車を牽くのはLMSステーニア5形 Stanier 5 Class(下注)、ロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道 London Midland and Scottish Railway (LMS) 時代の1945年に造られた軸配置4-6-0の蒸機だ。艶やかな黒のボディから「ブラック・ファイヴ Black Five」の異名をもつ。

*注 ステーニアの名は、設計者ウィリアム・ステーニア William Stanier に由来。5形はLMS所有の機関車の牽引力等級を示す。

客車は国鉄時代のマーク2形で、外装も当時のマルーン色を再現している。6両編成で、先頭が1等車。他は2等車で、中間にビュッフェ車が挟まる。テーブル付き、4人向かい合わせのバケット形ボックスシートはほとんど埋まっている。ツアーは相変わらず盛況のようだ。

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午後の列車を牽くブラック・ファイヴ4871号機
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(左)マーク2形客車
(右)2等車内装
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当日の列車案内
A号車は1等、C号車はビュッフェ車
他は2等車でD号車に売店を併設

発車時刻になった。列車はホームを後に、町裏をゆっくりと進んでいく。やがてグラスゴー方面の線路から左に分かれ、インヴァーロッヒー城 Inverlochy Castle の廃墟の横で、ロッヒー川 River Lochy の鉄橋にさしかかった。左隣に並行するのは、長距離自然歩道のグレート・グレン・ウェー Great Glen Way が通る歩道橋 兼 水路橋で、「兵士の橋 Soldier's Bridge」という。

ちなみに、この歩道橋と川の北側にある道路跨線橋の周辺は、フォート・ウィリアム駅から徒歩でも30分程度で到達でき、ジャコバイト号の撮影にはいい場所だ。

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ロッヒー川に架かる鉄橋と歩道橋(2017年)
写真では歩道部分が工事で一時撤去されている
Photo by Tim Heaton at wikimedia. License: CC BY 2.0
 
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フォート・ウィリアム周辺の地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 35 Loch Arkaig 1966年版, 46 Loch Linnhe 1962年版, 47 Glencoe 1956年版
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/

 

棒線駅のバナヴィ Banavie 駅に続いて、ハイランドを東西に横断するカレドニア運河 Caledonian Canal を渡った。鉄橋は船を通すために旋回橋 Swing Bridge になっていて、列車は時速5マイル(8km)の徐行で通過する。右手には同じ旋回構造の道路橋があり、その向こうに、ネプチューンの階段 Neptune's Staircase と呼ばれる8段の運河閘門の一部が見えた。

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カレドニア運河の「ネプチューンの階段」
(左)車窓から国道橋の奥に一部が見える
(右)8段の閘門で計20mの高さを上下する(2007年)
Photo by Klaus with K at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

こうしてグレート・グレン末端の低地を通過した後は、イール湾 Loch Eil の北岸に沿って西へ針路をとる。イール湾は、リニ湾の奥にあるシー・ロッホ sea loch(=入江)だが、なだらかな山に囲まれた穏やかなたたずまいは、内陸の湖と見違える。

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イール湾の眺め
(左)フォート・ウィリアムが遠ざかる
(右)北岸に沿って西へ
 

湾を見送ると、やがて機関車の立てるドラフト音がせわしくなった。ここからしばらく上り坂が続く。短いトンネルをくぐり、切通しを抜ける。その先にあるのが、ハリーとロンが乗った空飛ぶ車がホグワーツ特急に追いかけられた、あのグレンフィナン高架橋 Glenfinnan Viaduct だ(下注)。長さ380m、高さ30mの堂々たる橋梁で、径間15mのアーチを21個連ねて、シール湖 Loch Shiel の北の谷の上空を渡っている。

*注 第2作「ハリー・ポッターと秘密の部屋」の一シーン。

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グレンフィナン高架橋を渡る
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グレンフィナン周辺の地形図
Viewpoint (A) - (C) は写真撮影位置
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 35 Loch Arkaig 1966年版
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/

 

建設当時、こうした橋梁は石の組積みで造られていたが、この周辺の地質は、硬質かつ板状に割れる片岩や片麻岩のため、材料には適していない。工事を請け負ったロバート・マカルパイン Robert McAlpine は、石の代わりに、コンクリートを型枠に注入して生成するマスコンクリートを用いた。当時としては革新的な工法で、彼はコンクリート・ボブ Concrete Bob(Bob は Robert の短縮形)の異名をとったという。

橋上の線路は1:50(20‰)の勾配があり、半径12チェーン(241m)の曲線を描いているため、走行には25マイル(40km)の速度制限がかけられている。機関車は、出力を高めながらもゆっくりと通過していく。周囲の山と湖が織り成す景観の中で、どのアングルを切り取っても一幅の絵になることから、早くからここは撮り鉄たちの巡礼地と化している。

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たもとにも多数の人影が
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グレンフィナン高架橋を遠望
(Viewpoint (B) の上方、2018年)
Photo by Nono vlf at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

高架橋にさしかかると、乗客は総立ちになり、左の窓側に集まる。カーブのおかげで、車窓から先頭の蒸気機関車の奮闘ぶりがよくわかる。橋の向こうの山腹に張り付いている人影も10人やそこらではきかない。皆、この列車が現れるのを今か今かと待っていたのだ(下注)。

*注 高架橋通過時刻は、フォート・ウィリアム発車のおよそ30分後。

高架橋の曲線美はもちろんだが、左遠方の自然美にも注目したい。湖畔の円筒状の塔は、1745年の最後のジャコバイト蜂起で、若僭王チャールズ・エドワード・ステュアート Charles Edward Stuart, The Young Pretender がここで軍旗を立てたことを記念して建てられたグレンフィナン記念塔 Glenfinnan Monument だ。観光列車の名称もこの歴史を踏まえている。

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グレンフィナン記念塔(2017年)
Photo by August Schwerdfeger at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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記念塔とシール湖の眺め(2011年)、Viewpoint (C)
Photo by J. Drevet at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

高架橋を渡り終えれば、まもなくグレンフィナン駅だ。フォート・ウィリアム以西の中間駅では2か所(下注)しかない待避線を使い、終点から戻ってきた第1列車と交換した。ちなみに2021年の現行ダイヤでは、月~金曜及び日曜はアリセグ駅で、土曜はグレンフィナン駅で蒸気列車同士の交換が行われる。

*注 もう1か所はアリセグ Arisaig 駅にある。

往路ではグレンフィナンで20分程度、給水のための停車時間が取られている。その間、乗客は車外に出て、気分転換する。駅舎には、路線の資料や備品、写真パネルなどを展示した鉄道博物館やグッズの売店があり、駅据え付けの食堂車で飲み物やケーキを楽しむこともできる。可能なら高架橋のたもとまで行ってみたいが、近道の山道でも約1kmあるから、実行は難しい。

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(左)グレンフィナン駅に到着
(右)第1列車と交換、復路は機関車が逆向きになる
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グレンフィナン駅
(左)駅舎(右)ホームから東望
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(左)駅舎内の博物館
(右)ノース・ブリティッシュ鉄道時代の路線図
 

全員が車内に戻ったところで、再び発車だ。上り勾配があと少し続き、線路は標高361フィート(110m)のサミットに達する。見どころはここまで主に左車窓に現れたが、この先は右側の席にチャンスが訪れる。

下り坂は、斜面の岩壁を縫う2本のトンネルで始まる。右手下方に、イールト湖 Loch Eilt の鈍色の湖面が見えてきた。列車は湖岸までゆっくりと降りていき、しばらくの間、山の湖の景色を楽しませてくれる。とりわけ湖尻近くにある中の島エラン・ナ・モナ Eilean na Moine や湖中に築かれた築堤は、鉄道写真や映画のシーンで目にする名所だ。

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イールト湖
(左)ゆっくり湖岸へ降りていく(サミット方を望む)
(右)湖から流れ出す早瀬を渡る
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印象的な湖中の島エラン・ナ・モナ Eilean na Moine(帰路写す)
映画にちなみ「ダンブルドアの墓 Dumbledore's grave」として知られる
 

イールト湖から流れ出す早瀬を渡ると、再び谷は車窓の左手に移る。棒線駅のロハイラート Lochailort を通過。この後は、海に落ち込む複雑で険しい地形を越えていかなければならない。グレンフィナンばかりが注目されているが、この区間のトンネルと高架橋の連続も見ものだ。

一つ目のトンネルを抜けると、左手にアイラート湾 Loch Ailort が見えてくる。再び山中に入り、小さな湖、ドゥー湖 Loch Dubh の岸を行く。また海が見えてくるが、ここで国道の走る浜辺をまたいでいるのが、ナン・ウアヴ湾高架橋 Loch nan Uamh Viaduct だ。ルートが直線のため、車窓からはわからないが、8個のアーチを連ねたマスコンクリート製の重厚な造りで、撮影地の一つに数えられている。

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(左)ドゥー湖畔
(右)次々とマスコンクリートの高架橋を渡っていく
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ナン・ウアヴ湾高架橋(2013年)
Photo by Stuart Wilding at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

ビースデール Beasdale 駅まで来ると、いったん海が遠のく。アリセグ Arisaig 駅は2面2線の交換可能駅で、5分程度停車して普通列車と行き違った。何の変哲もない田舎駅だが、実はグレート・ブリテン島で最西端の位置にある(西経5度50分22秒)。終点マレーグがそうでない(西経5度49分49秒)のは、ルートがこのあと東に少し傾くからだ。ちょうど根室本線の東根室駅と根室駅の関係に似ている。

*注 他の西端駅の経度は以下の通り。
 カイル・オヴ・ロハルシュ Kyle of Lochalsh:西経5度42分50秒
 ミルフォード・ヘイヴン Milford Haven(ウェールズ最西端):西経5度2分27秒
 ペンザンス Penzance(コーンウォール半島、イングランド最西端):西経5度31分59秒

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(左)ナン・ウアヴ湾高架橋の上を行く
(右)最西端アリセグ駅(2005年)
Photo by Thryduulf at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

アリセグで小さな鞍部を越えた後は、草原の広がる平地へと坂を降りる。モラー湖 Loch Morar から流れ出す滝川を一跨ぎして、モラー駅を通過。浅い山峡を抜けると、左手の車窓いっぱいに海原が広がり、列車はゴールに向けて最後のストレッチを下っていく。

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(左)モラー川の滝を渡る
(右)最後のストレッチで海原が広がる
 

終点マレーグも頭端駅で、1面2線の構成だ。ホームが緩く右に曲がっているのは、かつてはこのまま港の桟橋(現 フェリーターミナル)まで線路が延びていたからで、桟橋も鉄道会社が運営していた。ボートソングの歌詞のとおり、海を越えればスカイ島 Isle of Skye だ。アーマデール Armadale の港まで、フェリーが30分ほどでつないでいる。

列車は1番線に入線し、客を降ろした後、推進運転でホームを出ていった。折返しのフォート・ウィリアム行きの発車まで2時間近くある。天気が悪くなければ、のんびりと港の散策に出かけるのもいい。ちなみにマレーグには転車台がないため、復路では機関車がバック運転になる。走りっぷりには影響がないが、写真映えは期待できない。

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マレーグ駅に到着
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(左)マレーグ駅舎正面
(右)マレーグの港、スカイ島へ渡るフェリーが停泊
 

写真は別途クレジットを付したものを除き、海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
ウェスト・コースト鉄道 https://westcoastrailways.co.uk/
ウェスト・ハイランド線協会 https://westhighlandline.org.uk/

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