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2021年5月10日 (月)

ライトレールの風景-富山地方鉄道軌道線

北陸新幹線の富山駅で降り、階下の中央改札に向かうと、人々が行きかうコンコースの向こう正面にトラム(路面電車)の乗り場が見えるだろう。トラムが通過するときは、線路際のLEDバーが赤く点滅し始める。そしてブーブーという警報音に続いて、「電車が来ます。渡らないでください」というアナウンスが構内に響き渡る。駅の自由通路を線路が横切っているので、こうした注意喚起がなされるのだが、初めて見るシーンに目を見張る。

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富山駅東西自由通路の列車通過シーン
警告放送とともにLEDバーが点滅
 

2020年3月21日、富山駅でトラムの南北接続ルートが開通した。「南北」のうち北側は、「富山駅北」電停(下注)を起点にしていた富山ライトレールだ。一方、南側では市内線(富山地方鉄道富山軌道線)が、一足早く2015年3月から新幹線高架下にスイッチバック式のターミナルを構えていた。

*注 正式には「停留場」だが、本稿では「電停」と記す。

両線は、地平を走るJR在来線(下注)のために分断された形だったのだが、高架化の完成によって、レールの接続が可能になった。2006年4月に旧JR富山港線を転換した富山ライトレールが開業して14年、ようやく当初の構想が実現したことになる。また、これに先立ち、富山ライトレール株式会社は富山地方鉄道株式会社に合併され、接続された路線網全体を一体的に運営する体制が整えられた。

*注 富山駅に発着していたJR在来線のうち、旧 北陸本線は2015年3月に第三セクターの「あいの風とやま鉄道」に転換されている。

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2020年3月21日からの路線図
(富山駅電停の表示板を撮影)
 

■関連年表
2006年3月1日 JR富山港線廃止(運行は2月28日限り)
2006年4月29日 富山ライトレール(富山駅北~岩瀬浜間)開業
2009年12月23日 環状線開業
2012年3月24日 富山大橋架け替えによる線路移設と前後区間(安野屋~大学前間)の複線化
2015年3月14日 北陸新幹線開通、富山駅高架下に「富山駅」電停開設
2020年3月21日 富山駅南北接続完了

■本ブログの関連記事
 新線試乗記-富山ライトレール
 新線試乗記-富山地方鉄道環状線
 新線試乗記-北陸新幹線、金沢延伸 II(「富山駅」電停に言及)

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チューリップに見送られて牛島町交差点を通過
 

県都の中央駅である富山駅は、都市のターミナルはこうあるべきというお手本のような構造をしている。すなわち、新幹線と在来線は高架に上がった。これにより地平での自由往来が可能になり、フラットなコンコース(南北自由通路)が、鉄道の改札と、駅の北口と南口にあるバスターミナルやタクシー乗り場を結んでいる。

ここまでなら最近の中核駅では一般的かもしれない。加えて富山の場合は、これと交差する東西自由通路があり、ショッピングエリアと駐輪場・駐車場に通じている。さらにトラムの乗降ホームも南北自由通路に隣接しているので、鉄軌道間の乗り継ぎ(下注)や買い物、飲食を、短距離かつ傘要らずの水平移動で済ませることができるのだ(下図参照)。

*注 ただし、富山地方鉄道の電鉄富山駅へはやや距離があり、かつての「富山駅前」電停、現在の「電鉄富山駅・エスタ前」のほうがいくらか近い。

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「富山駅」電停
(左)ホームは東西自由通路をはさんで南北に分割
(右)南北自由通路にも開放
 

トラムの電停はずばり「富山駅」を名乗る。位置が、もはや駅前ではなく事実上の駅ナカなので、妥当なネーミングだろう(下注)。線路は上下1本ずつで、両側に低床ホームがある3面2線のシンプルな構成だ。ただしホームは、東西自由通路をはさんで北行き(岩瀬浜方面)と南行き(旧市内方面)に分割されており、実質6面(乗り場としては8面)で運用されている。

*注 高岡や福井でも、電停移設と同時に「~駅前」を「~駅」に改称している。

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富山駅地上階の見取り図
 

というのも、発着する本数が想像以上に多いのだ。時刻表を見ると、平日日中でさえ市内線の南富山駅前方面は1時間に12本、つまり5分間隔で出ていく。それから富山大学前方面(環状線に進むものを含む)が計10本、北行きの岩瀬浜方面も4本ある。わずかな待ち時間で次の電車が来るというのは頼もしい限りだ。

市内線はかつて駅前の通りを直進していたのだが、必ず「富山駅」に立ち寄るようにルート変更された。そのため、電停の手前で上下線の平面交差が生じている。また、道路(併用軌道)に出入りするのに信号待ちもあって、運行制御は複雑だ。鉄道からの乗り換え客が波のように押し寄せ、列車本数も増加する通勤通学時間帯はなおさら気を遣うことだろう。

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富山駅南口
電停から道路(併用軌道)に出る間の多重分岐

富山のトラムはこれまでにも利用したことはあるのだが、今回は改めて全線を乗り通してみるつもりだ。

まずは旧 富山ライトレール区間を北へ進むことにしよう。会社合併により、この区間の正式名称は富山地方鉄道富山港線になったが、乗客への案内は線名には触れず、岩瀬浜方面行きだ(下注)。いまさら昔の名前でアピールされても、閑散としていた盲腸線のイメージが蘇るだけだろう。

*注 運行系統としては4、5、6系統だが、区別が煩雑なためか表立って案内はされていない。

富山駅電停を発車するとすぐ「富山駅北」電停跡を通過するが、整備工事に伴い、すでに上屋、ホームとも跡形もなかった。大通りの左端をそろりと進むと、最初の交差点(牛島町交差点)の手前に新しい電停が誕生している。南北接続と同時に開業した「オークスカナルパークホテル富山前」だ。命名権を獲得したホテルが街路の左にそびえているが、停車するのは北行きの列車だけで、南行きは通過する。

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富山駅北口
(左)旧「富山駅北」電停は跡形もない
(右)在来線の旧施設が撤去されて印象が一変
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新設の「オークスカナルパークホテル富山前」電停
 

交差点を右折して東へ進んで二つ目、「龍谷富山高校前(永楽町)」も新設の電停だ。それと同時に、次の奥田中学校前まで新たに複線化されている。既存道路に軌道を敷いた富山駅北~奥田中学校前間1.1kmはこれまで単線で、1列車しか入れず、道路渋滞などの影響を受けてダイヤが乱れる原因になっていた。単線区間が約300m短縮されたことで余裕時間が捻出され、2駅を新設(=停車時間増)しても15分の運行間隔を維持できるようになったのだという。

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(左)新設の「龍谷富山高校前」電停
(右)同 電停から東は複線化
 

左にぐいっと曲がると、その奥田中学校前電停で、旧JR富山港線から転換された専用軌道に入る。少し停車時間をとって、列車交換した。この先は直線的な線形で、滑らかに走っていく。車内の乗客は電停ごとに漸減していくが、それでも最後まで10人ぐらいは残っていた。

終点の岩瀬浜では、開通当初、斬新な印象を受けたホームの上屋がすっかり周囲の風景になじんでいる。少しして、トラムに接続するフィーダーバスが駅前のロータリーに入ってきた。小型バスとはいえ、トラムの利用機会を周辺地域にも拡張する大事な役割を果たしている。

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富山港線東岩瀬電停
(左)旧駅舎とホーム上屋を保存
(右)低床車対応ホームを別置(写真は北行きホーム)
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岩瀬浜電停
(左)現代的デザインのホーム上屋
(右)フィーダーバスが到着
 

岩瀬浜電停の発車時刻表を見ると、全列車が富山駅を経由して、旧市内に入ることがわかる。日中毎時4本あるうち、2本は環状線に回り(下注)、他の1本は南富山駅前へ、もう1本は富山大学前へそれぞれ向かっている。

*注 環状線に回った列車は、再び富山駅を経由して、岩瀬浜に戻ってくる。

富山駅で長い連絡地下道を歩かされていたことを思えば隔世の感があるが、利用者にとってさらに大きな恩恵は、運賃体系の統合だ。従来は別会社のため、それぞれ運賃が設定されていた(両線とも均一210円、乗り継げば計420円)。それが今回、全線均一210円になった。ICカード(下注)利用の場合はさらに30円引きの180円だ。

*注 2021年5月現在、Suicaなど他地域の交通系ICカードは使えないが、富山市は今年度中に利用可能にするとしている。

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ホームではバスとの平面接続が可能
 

折返しは南富山駅前行きに乗る。終点まで約50分の長旅だ。走り出すと、電停ごとにコンスタントに客を拾っていく。直通の効果がどれほどなのか興味津々で観察していたが、富山駅で大半の乗客が入れ替わり、席についたままだったのは5人ほどだった。

富山駅を出るとトラムは左へ進路を取り、いわゆる電車通りの中央を進む。旧 富山ライトレールの所属車だったポートラムが乗り入れるようになり、市内線でも低床の連接車を見かける機会が増えた。しかし、旧型車もまだ健在だ。

最後尾でかぶりついていると、ときおり1950~60年代生まれの7000形がすれ違っていく。クリームと緑のツートンに赤帯を締めた地鉄色はもとより、旧塗色の7018号車や、水戸岡デザインでおめかしした7022号車(下注)など、老体ながら個性的なペイントで目を楽しませてくれる。

*注 軌道線100周年を記念して、水戸岡鋭治氏がデザインした改装車。レトロ電車の名称で運行している。

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市内線ですれ違った旧車
(左)旧塗色の7018号車
(右)水戸岡デザインの7022号車
 

西中野の電停あたりまで来ると、沿道に並ぶ建物の背丈がだいぶ低くなっているのに気づく。やがてトラムは道路から右にそれ、単線になった南富山駅前電停のホームに静かに滑り込んだ。

ここは、鉄道線の不二越、上滝両線に接続する地鉄の拠点駅だ。しかし、黒ずんだコンクリートの駅舎や鉄さびの浮いた施設が醸し出す雰囲気は、あたかも昭和の時代を舞台にした映画のセットのようだ。モダンな連接車から降り立つだけに、受ける印象のギャップは大きい。だが、上滝線にも、トラムの乗り入れによる第2の直通化構想がある。実現した暁には、このレトロな結節点も富山駅のように一新されるのだろう。

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南富山駅前電停と年季の入った鉄道線駅舎
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南富山駅
(左)軌道の引込線
(右)出札と待合室
 

南富山駅前からのトラムの運行系統は、富山駅止まりの1系統と、市内線のもう一方の終点である富山大学前まで行く2系統がある。その2系統を待っていると、地鉄色の7020号車がやってきた。たまには旧車もいいと思うが、出入口の高い段差にはもはや抵抗感さえ覚える。

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(左)地鉄色の7020号車が到着
(右)同 車内、後付けの冷房装置が目立つ
 

富山駅まではさっき通ったルートだ。その後、進行方向を逆にして、南下する。丸の内で右折し、安野屋電停の後、2012年3月に架け替えられた富山大橋で神通川(じんずうがわ)を渡る。沿線で唯一広々とした風景が見られる場所だ。旧橋の時代は安野屋以遠が単線だったので、西詰に設けられた鵯島(ひよどりじま)信号所で列車交換があったが、それも昔語りになった(下注)。終点の直前まで複線化され、連接車が入線可能になったことで、輸送力はかなり向上しただろう。

*注 複線化に伴い、西詰の電停(旧名:新富山、現:トヨタモビリティ富山Gスクエア五福前(五福末広町))も一新された。

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富山大橋西詰から東望
複線化され電停も一新(2015年3月撮影)
 

終点の富山大学前電停(下注)もまた、目に見えて改良されている。以前はホームに屋根がなく、道路をまたぐのに歩道橋の階段を上り下りしなくてはならなかった。今は風防のついた上屋が設置され、押しボタン付き横断歩道でたやすくアプローチできる。後は、大学構内への延伸が早く具体化されることを願うばかりだ。

*注 旧称は「大学前」。南北接続に合わせて改称された。

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富山大学前電停
(左)風防のついた上屋を設置
(右)アプローチは横断歩道化(いずれも2015年3月撮影)
 

最後は丸の内電停まで戻って、3系統の環状線に乗り継ぐ。環状線は、既存線の丸の内と中町(下注)を結んで2009年12月に開業した新線(富山都心線)を経由する系統だ。新線区間が単線のため、運行は左回りの一方通行になっている。

*注 ただし中町(西町北)電停は、開業3年後の2013年5月に新設されたもの。

環状線は、沈滞している中心街再興の先導役となることを期待されて開通した。しかし、実際の利用状況は想定どおりとは行かなかったようだ。当初、平日79本設定されていた運行本数は段階的に見直され、現在は55本だ。関連するかは別として、丸の内電停の壁張り時刻表も、初期は環状線が別表になっていたのに、今は2系統と混ぜて書かれており、わかりにくい。

ホームに入ってきたのはポートラムだった。環状線は今まで9000形セントラムの独り舞台だったのだが、南北接続により兄貴分であるポートラム(下注)も来るようになったのだ。しかし乗っていたのは3人のみで、大手モールの電停まででみな降りてしまった。

*注 9000形セントラムは、直通化を見越してポートラムと同じ仕様で製造されたもの。

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富山城前の環状線をポートラムが行く
 

新線区間を乗り通した後、中町電停からアーケード街の総曲輪(そうがわ)通りを歩いてみる。10年ぶりの訪問だが、こじゃれた店が増えたような気がする。しかし平日の日中ということもあってか、通りを端まで見渡しても人通りは多くない。環状線が置かれた現況もそれを反映しているようだ。

隣県の金沢のように市街に著名観光地を抱えていない富山では、地元市民の利用頻度が政策成否の鍵を握る。コンパクトシティ化を標榜する市は、中心部の再開発により定住者を増やそうとしていて、都市交通への積極的な関与はその条件整備の一環だ。今やこの町の交通システムは、欧米の先進都市に比肩するまでに進化した。今後これがどのように活用されていくのか、期待を込めて見守りたいと思う。

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(左)総曲輪通りのアーケード
(右)店舗のてこ入れが行われているが…
 

■参考サイト
富山地方鉄道-路面電車 https://www.chitetsu.co.jp/english/jp/trams/

★本ブログ内の関連記事
 ライトレールの風景-万葉線
 ライトレールの風景-福井鉄道福武線

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コメント

先日富山市に立ち寄った際に市内軌道を利用しました。夕方のラッシュ時だったのでどの路線も利用者はそこそこいました。富山駅のスイッチバックの配線もホームへ入線待ちができるようなアプローチに工夫されていました。空襲に見舞われ戦後に駅前から南下する幅広い道路を整備しバスはそこを通行するようにして軌道敷のある道路と分離した点が市電が生き残った一つの要因かと思っています。富山大橋の区間が橋の架け替え時に複線化されたのは輸送力の増強とダイヤに余裕をもたらしました。富山トヨペット本社前はかつての新富山で廃止された射水線の電車が市内線に乗り入れていた光景を見たことを思い出しました。一方南富山では笹津線が乗入れしていました。地方都市でインターアーバンを実践していた先進性は富山港線を引き継いで南北直通にしたことにも表れています。中町と西町の間は少し歩くものの乗り継ぎはスムーズでした。市内軌道や地鉄電車こそが富山の静かな観光資源になっていくのを期待しています。

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