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2020年9月 6日 (日)

ブダペスト子供鉄道 II-ルート案内

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ヴィラーグヴェルジ駅での列車交換
 

登山鉄道(下注)の終点から左のほうへ3~4分も歩くと、いささか無骨な石張りの建物が現れる。壁に箱文字で、GYERMEKVASÚT(ジェルメクヴァシュート、子供鉄道)とハンガリー語で大書してあるものの、他に駅であることを示す手がかりは皆無だ。一人のときは一抹の不安を覚えるが、くたびれたガラス扉から覗けば、出札窓口があるのが見えるだろう。

*注 登山鉄道については「ブダペスト登山鉄道-ふだん使いのコグ」参照。

子供鉄道の起点駅セーチェニ・ヘジ Széchenyi-hegy(セーチェニ山の意)は、標高465mの高みにある。ただし、地形的にはほぼ平坦で、山上らしさはあまり感じられない。駅前は公園なのだが、レストランとイベント施設が1棟ずつあるだけで、他に商店も住宅もないもの寂しい場所だ。

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セーチェニ・ヘジ駅舎
(左)正面 (右)ホーム側
 

駅舎に入ると、二つの出札口のうち一つが開いていた。子供鉄道では市内交通のチケットが一切使えないから、ここで切符を買っておかなければならない。運賃は全区間同額で、乗車券には1回券、2回券(2回乗車可、但し当日限り有効)、家族向けの1日券などの種類がある。

2020年8月現在の価格は、1回券が800フォリント(1フォリント0.35円として280円)、2回券が1400フォリント(同490円)、家族1日券が4000フォリント(同1400円)だ。支払い方法はフォリントの現金のみで、クレジットカードなどは扱っていない。現金の収受と集計もまた子どもたちの仕事であり、社会教育の一環だからだ。

ホール壁面には、おそらく卒団記念に撮ったのだろう子供鉄道員の集合写真が、年代順にずらりと掲げてある。写真はグループ単位で、まだあどけなさを残す十数人のメンバーの後ろに、中等学校生(高校生)か大学生とおぼしき3人のリーダーたちも写っている。

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駅ホール、がらんとした空間に出札口が二つ
 

駅舎を抜けると青空の下に、ブロックで線路と区切っただけの砂利敷ホームが広がっていた。一応2面2線の格好だが、どちらに降りようと問題なさそうだ。駅舎との間には腰丈の鉄柵があり、列車が到着したときだけ扉が開放される。ホームの端には背の高い腕木信号機が2本立っていて、信号扱所に詰めた子供鉄道員の転轍操作に連動している。

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2本並んだ腕木信号機
 

そのうち駅務室から赤い制帽を被った少女たちが出てきたと思ったら、ヒューヴェシュヴェルジの方向から列車が現れた。Mk45形ディーゼル機関車を先頭に客車3両の編成で、中央の1両は側壁のないオープン客車だ。

右手をかざす少女鉄道員の敬礼に迎えられ、列車は駅舎から遠い側のホームに入線した。停車するや、青帽、青ネクタイの車掌とおぼしき少年(下注)が真っ先に降りてきて、鉄柵の扉を開ける。子犬を連れた乗客の集団がそれに続く。

*注 そのときは車掌だと思ったのだが、正確には彼は検札係だった。子供鉄道員の仕事については前回「ブダペスト子供鉄道 I-概要」で触れている。

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列車の到着
 

まもなく、折返し運転に備えて機関車を逆側に付け替える機回し作業が始まった。もちろんこれは大人の仕事だ。反射チョッキを着た車掌が添乗し、機関車を誘導する。手前の線路を通り、腕木信号機のさらに先まで行き、客車の前に戻ってきた。連結作業も車掌が行う。

ホームでは、次の乗客たちが客車に乗り込んでいく。今日はよく晴れて、まだ6月中旬というのに気温は34度に達している。こんな日は風通しのいいオープン車両の人気が高い。

赤帽の少女が勢いよく笛を吹き、柄の先に円のついた標識を前に差し出した。列車に乗り組んだ少年鉄道員たちが、腕を外に伸ばして異常なしを告げる。それを確認した少女は標識を運転士に向け直し、上げ下げした。これが発車の合図らしく、列車はゆっくりと動き出した。

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(左)機回し作業
(右)出発の合図
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オープン客車
ヒューヴェシュヴェルジにて
 
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子供鉄道沿線の地形図にルートを加筆
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

構内を出てしばらくは直線路だ。ベンチシートで風に吹かれていると、さっそく車掌(検札係)の少年が一人で検札に回ってきた。揺れる車内で切符を受け取り、鋏を入れて返してくれる。切符を所持していない乗客に対しては運賃回収に伴う現金の授受があるし、乗客の中には何やら質問をする人がいて、それにも的確な返事をしなければならない。まさに接客の最前線で、しっかりした子供でないと務まらないだろうなと思う。

最初の停車はノルマファ Normafa mh. だ。駅名の後についている「mh.」は megállóhely(メガーローヘイ、停留所)の略で、棒線かつ無人の簡易な乗降場をいう。ノルマファは山上の公園で、冬はスキーが楽しめる市民の憩いの場所だが、麓から直行のバス路線があるので、子供鉄道の乗降はほとんどない。

このあと、線路は左へカーブしていく。車窓が森に閉ざされたところで、チレベールツ Csillebérc 駅に着く。社会主義時代、ウーテレーヴァーロシュ Úttörőváros(ピオネール都市の意)と称していた駅だ。隣接地にある休暇・青少年センター Szabadidõ- és Ifjúsági Központ が、当時のピオネールキャンプで、駅舎もそれを意識してか、屋根に時計塔を載せ、妻面にはピオネールの活動が浮き彫りされている。列車は左の線路に入り、ハンガリーでは珍しく左側通行であることに気づいた。

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(左)ノルマファ停留所
(右)チレベールツ駅
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(左)屋根に時計塔、妻面にピオネールの絵
(右)「ピオネールは木を植える」?
 

線路はここから一方的な下り坂になる。花の谷を意味するヴィラーグヴェルジ Virágvölgy は、最初に開通した区間(1948年)の終点だ。ここで、列車交換があった。子供鉄道の駅(アーロマーシュ állomás)には必ず待避線が設けられ、列車交換が可能だ。そして大人の駅長(?)と、何人かの子ども駅員の姿がある。

例の円形標識を持っているのが赤帽をかぶった年長者で、列車を受取り、送り出す役(記録主任)だ。その横には見習いだろうか、青帽の年少者がついている。さらに構内終端には、転轍てこを操作する別の少年がいる。

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ヴィラーグヴェルジ駅で列車交換
(帰路写す)
 

ヴィラーグヴェルジを出て少し行くと、張り出し尾根を横断する急カーブにさしかかった。下り勾配の途中で、列車はレールをきしませながら、ゆっくりと回っていく。

次のヤーノシュ・ヘジ János-hegy(ヤーノシュ山の意)は、深い森に埋もれた小さな駅だ。セーチェニ・ヘジ方に鉄道員詰所の建物はあるが、旅客施設としては、線路際に並ぶ数脚のベンチがすべてだ。駅名が示すようにヤーノシュ山頂への最寄り駅で、ハイキング客が利用する。

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(左)ヤーノシュ・ヘジ駅、奥に詰所がある
(右)駅からの登山道
 

標高527mのヤーノシュ山は、ブダペスト市域で最も高い地点になる。山頂には、王国時代の1911年に建てられた石造のエルジェーベト展望台 Erzsébet-kilátó(下注)がそびえていて、上層のテラスからは、ドナウ川とともに、ブダペスト市街地の王宮の丘や国会議事堂が遠望できる。

*注 展望台の名は、1882年にこの地を訪れた皇帝フランツ・ヨーゼフ1世 Franz Joseph I の妻エリーザベト Elisabeth にちなむ。

後で山頂まで歩いてみたのだが、さほど険しくもなく、森の中を行く気持ちのいい山道だった。所要時間は、駅(標高408m)からチェアリフト Libegő の山上駅前(同 約480m)までが15~20分、そこから山頂まで階段道で5~6分というところだ。帰路は、子供鉄道に戻らなくても、チェアリフトで山麓のズグリゲト Zugliget へ降り、路線バス(下注)に乗継ぐ短絡ルートがある。

*注 バスは291番西駅 Nyugati pályaudvar 行き。セール・カールマーン広場 Széll Kálmán tér 方面へは、途中のブダジェンジェ Budagyöngye でトラムに乗り換え。

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山頂に建つエルジェーベト展望台
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展望台からブダペスト中心部を遠望
左にドナウ川に面した国会議事堂
中央~右に王宮の丘が続く
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山上からズグリゲトへ降りるチェアリフト
(左)山上駅
(右)市街を俯瞰しながら降りる
 

話を鉄道に戻そう。ヤーノシュ・ヘジ駅から下っていくと、ヴァダシュパルク停留所 Vadaspark mh. を通過する。2004年に開設され、2017年までは夏季と週末に停車していたが、現在は事前申請があった場合にのみ停車するリクエストストップだ。

この後、ブダケシ通りをオーバークロスして、線路は山の東側斜面に移る。セープユハースネー Szépjuhászné は、第2区間の終点だったところだ。駅舎はそれらしく規模の大きな造りで、軽食のテイクアウトがある。

セープユハースネーを出ると、線路は大ハールシュ山 Nagy-Hárs-hegy、小ハールシュ山 Kis-Hárs-hegy の山腹を大きく迂回していくが、その間に、ブダペスト市街が見える貴重な場所を通過する。子供鉄道の沿線で、展望が開けるのはほぼここだけだ。時間にすれば何十秒という短さなので、右側の車窓に注目していたい。

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(左)行路は森林鉄道さながら
(右)セープユハースネー駅(帰路写す)
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車窓からブダペスト市街の展望
 

ハールシュとはセイヨウシナノキ、ドイツ語でリンデンバウム Lindenbaum(菩提樹)のことだ。山の名を戴くハールシュ・ヘジ Hárs-hegy が、最後の中間駅となる。地図を見ると、この後、高度を下げるための極端な折り返しがある。右側にこれから通る線路が俯瞰できそうに思うが、実際は森に隠され、いっさい見ることができなかった。列車は、長さ198m、路線唯一のトンネルで、進む方向を180度変える。

道路をまたぐ高架橋を渡ると、まもなく終点のヒューヴェシュヴェルジ Hűvösvölgy(下注)だ。ここでも子ども駅員たちが列車を迎えてくれる。

*注 ヒューヴェシュヴェルジ Hűvösvölgy(冷えた谷、涼しい谷の意)という地名は、ドイツ語のキューレンタール Kühlental に由来し、おそらく日陰になる谷地形(したがって耕地には不適)を表している。

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(左)ハールシュ・ヘジ駅
(右)路線唯一のトンネルへ(帰路写す)
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ヒューヴェシュヴェルジ駅で発車を待つ列車
 

ヒューヴェシュヴェルジ駅は、起点セーチェニ・ヘジと比較すると、施設配置がかなり異なる。平面構造は1面2線で、2本の線路が島式ホームをはさむ形だが、そのホーム上に信号扱所があるのだ。駅は山裾の緩斜面に位置しており、線路の片側は盛り土になっている。それで他の駅のように、線路の側面に信号扱所を設置できないのが理由だろう。

さらにその続きに出札窓口、トイレ、そして子供鉄道博物館 Gyermekvasút Múzeum と、旅客関係の機能がホーム上に集約されている。かつての駅舎は、一段低い駅前広場に面して残っているが、もはや単なる通路でしかなく、建物の3/4は「キシュヴァシュート Kisvasút(軽便鉄道)」という名のピザレストランの営業エリアになっていた。

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(左)元の駅舎にはピザレストランが入居
(右)駅舎内は通路化され、奥にホームへ上がる階段がある
 

子供鉄道博物館というのは、ピオネール時代からの写真や備品などさまざまな資料を保存展示する資料館だ。何分ハンガリー語なので内容を読み取ることは難しいが、乗車券を手作りしていた古い印刷機や、閉塞器、転轍てこ、それに子供鉄道員の制服などの実物も置かれている。鉄道のOB、OGたちには懐かしいものばかりだろう。博物館は週末と5~8月の毎日開館している。入場料100フォリント。

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子供鉄道博物館
(左)入口 (右)内部
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(左)手前は乗車券印刷機
(右)鉄道運行の資料も
 

路線建設の順序から言えば終点に違いないのだが、子供鉄道の運行拠点はこのヒューヴェシュヴェルジだ。なぜなら、ホームの数百m先に車両基地が置かれ、整備はそこで行われる。また、駅前広場の北側に鉄道の本部施設があり、子どもたちはそこで最初のコースを学ぶ。さらに、市街地からトラム1本でアクセスできるため、鉄道の利用者もこの駅が最も多い。それは、駅でレストランが営業しているという事実からもわかるだろう。

さて、駅前広場を左に取ると、とんがり屋根を連ねた階段があり、トラム(路面電車)のターミナルに降りられる。ヒューヴェシュヴェルジは市街地から上ってくるトラム路線の終点で、郊外バスとの乗り継ぎ地にもなっている。同じような古風なスタイルの木造駅舎や休憩所が残り、おとぎの国に迷い込んだような雰囲気だ。

トラムは数系統来ているが、どれに乗ってもブダの交通結節点セール・カールマーン広場 Széll Kálmán tér(旧 モスクワ広場 Moszkva tér)と南駅 Déli pályaudvar を経由する。子供鉄道がこれからも子供たちの憧れの訓練施設であり続けることを願いながら、市街へ戻るとしよう。

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ヒューヴェシュヴェルジのトラムターミナル
(左)子供鉄道駅へ上がる屋根付き階段
(右)古風な待合所
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バスとトラムを平面で乗り継ぎ
 

■参考サイト
ブダペスト子供鉄道 https://gyermekvasut.hu/

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