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2020年8月31日 (月)

ブダペスト子供鉄道 I-概要

ブダペスト子供鉄道 Budapesti Gyermekvasút (Budapest Children's Railway)
(正式名:ハンガリー国有鉄道セーチェニ・ヘジ子供鉄道 MÁV Zrt. Széchenyi-hegyi Gyermekvasút)

セーチェニ・ヘジ Széchenyi-hegy ~ヒューヴェシュヴェルジ Hűvösvölgy 間 11.2km
軌間760mm、非電化
1948~1950年開通

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到着する列車を迎える子供鉄道員
セーチェニ・ヘジ駅にて
 

「世界最長の子供鉄道線」。ヒューヴェシュヴェルジ駅のホームにある駅舎の壁に、2015年にギネス世界記録に認定されたことを示すプレートが掲げてある。いわく、「最長の子供鉄道線は、ハンガリー、ブダペストのヒューヴェシュヴェルジ駅とセーチェニ・ヘジ駅の間を走っている長さ11.7018km(7.27マイル)の狭軌子供鉄道である。鉄道は、最初の3.2km(2マイル)区間が1948年7月31日に開通して以来、運行を続けてきた。」

*注 11.7018kmは車両基地終端までの路線長で、営業区間は11.2km。

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ギネス世界記録認定のプレート
 

子供鉄道と聞くと、遊園地で子どもたちを楽しませている遊具のミニ列車を想像してしまう。確かに狭軌線で公園などに敷かれていることが多いため、どちらも見た目は似ている。しかし、ここでいう子供鉄道は、ソ連を中心とした旧社会主義諸国で社会教育組織として運営されていた鉄道のことだ。ピオネール(少年団)活動の一翼を担っており、ピオネール鉄道とも呼ばれていた(下注)。

*注 ロシア語のピオネール пионе́р は英語の Pioneer に相当する。ソ連圏の子供鉄道については、ウィキペディア日本語版「子供鉄道」が詳しい。 https://ja.wikipedia.org/wiki/子供鉄道

社会主義政権の終焉後、こうした小鉄道は廃止されたり、遊園地の乗り物に転換されたりしたが、子どもを構成員とする組織体により運行されている鉄道路線も、いまだに存在する。その中でおそらく最大のものが、ブダペスト西郊の山中を走るこの子供鉄道だ。

ここでは、線路が公園内を周回するのではなく、公共路線(登山鉄道とトラム)の2つの終点を連絡する形で延びている。使用されている車両も一般の狭軌鉄道と何ら変わらない。ところが駅や車内では、大人に代わって制服制帽姿の子どもたちの、きびきびと鉄道員の作業をこなす姿がある。微笑ましくも、物見遊山気分で乗った者としては襟を正したくなる光景だ。

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発車準備完了

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この種の鉄道は、旧 ソ連で1932年または1933年に登場したという。第二次世界大戦後、東欧諸国でも、それに倣ったものが各地に設立されていった。鉄道としてはいずれも狭軌で、普通鉄道網とは切り離され、環状線であることが多い。ブダペストでは、1947年に建設計画がスタートしている。当時、政治体制はまだ議員内閣制だったが、第一党となった共産党の主導で政策が遂行されていた(下注)。

*注 ハンガリーは1946年に王政廃止、議院内閣制に移行。1949年に一党独裁の社会主義体制が始まる。

ソ連の軽便軌間は750mmが標準だが、ブダペストでは760mmのいわゆるボスニア軌間とされた。これは旧 ハプスブルク帝国の領内で普及した軌間で、ハンガリーでも当時はまだ地方の軽便線や森林鉄道に多数残っており、車両の融通が可能だった。

建設地についてはいくつかの案があった。帝国時代の離宮がある東郊のゲデレー Gödöllő や、ドナウの中州マルギット島 Margit-sziget なども候補に挙がる中で、最終的に西郊のブダ山地 Buda-hegység が選ばれた。既存の登山鉄道でアクセスできることと、沿線にピオネールのキャンプ地を設ける計画があったからだ。

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子供鉄道(緑)と隣接する路線の位置関係
 

建設工事は1948年4月に、セーチェニ・ヘジ Széchenyi-hegy のゴルフ場跡地で始まった。資材や車両が登山鉄道で運び上げられ、専門の建設業者とともに、市民や学生もボランティアで作業に加わった。また、ハンガリー国鉄 MÁV の鉄道員が、運行に備えて技術指導に当たった。

こうして同年7月には早くも最初の3km区間が完成している。終点は現在のヴィラーグヴェルジ Virágvölgy 駅だが、当初はエレーレ Előre と命名された。これは「前進」を意味し、ピオネールたちが交わす挨拶言葉だった。

駅名どおりに線路の前進は続き、1949年6月にセープユハースネー Szépjuhászné(当初の名はシャーグヴァーリリゲト Ságváriliget)までの第2区間、そして1950年8月20日にヒューヴェシュヴェルジ Hűvösvölgy までの最終区間が完成して、全通の記念式典が盛大に催された。

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ヒューベシュヴェルジ駅での全線開通(引渡し)式
(1950年)
Photo by FORTEPAN / UVATERV at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

初期に使用された車両の一つが、ミシュコルツ Miskolc 近郊のリラフュレド森林鉄道 Lillafüredi Állami Erdei Vasút (LÁEV) から運ばれてきたアバモト ABamot と呼ばれる1929年製の気動車連接車両2編成(1号、2号)だ。後にリラフュレドに戻され、1号は廃車になったが、残る2号は1991年に改修を受けて子供鉄道に復帰し、今もノスタルジック・トレイン(懐古列車)として登場する。

1949年の第2区間開通に際しては、蒸気機関車も狭軌用の490形が3両導入された。森林地帯を走るため、2両は火の粉を出さない油焚きに改修されていたが、しばしば技術的な不具合が発生し、運用はごく短期間で終了した。

残る1両、1942年製の490.039は、長い静態保存を経て全面改修を受け、2007年6月から特別列車として復活している。もとバラトンフェニヴェシュ軽便線 Balatonfenyvesi Gazdasági Vasút の490.056(下写真右)も2000年から子供鉄道に在籍しているが、現在は運用から外れている。

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(左)連接式気動車アバモト(2014年)
Photo by Petranyigergo88 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
(右)490形蒸気機関車(2008年) 
Photo by Herbert Ortner at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

この鉄道の線路条件は、案外過酷だ。起終点間の標高差が235mあり、平均勾配25~30‰、最大勾配は32‰にもなる(下注)。そのため不調をきたす動力車も少なくなかったが、1973年にルーマニア製のディーゼル機関車Mk45形6両(2001~2006号)が導入されて、ようやく運用体制が安定した。この機関車群は2010年代に改修を受けて、今も主力車両として稼働している。

*注 起点から3.0kmのヴィラーグヴェルジまではほぼ平坦で、勾配は後の区間(8.1km)に集中している。

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現在の主力機関車 Mk45形
 

鉄道で働くのは、10歳(4年生)から14歳(8年生、下注)の子どもたちだ。学業優秀かつ健康な子どもだけが応募できたが、それでも入団は狭き門で、例えば1970年代には採用数の10倍の応募者があったという。

*注 ハンガリーの一般的な教育制度では、初等教育8年、中等教育4年。

彼らは交通や沿線地域や会計の知識を学び、実技指導を受け、試験に合格して現場に出る。年齢の違う子どもや大人たちに混じって鉄道員の業務を実践し、その中で責任感やコミュニケーション能力や日々起きるさまざまな課題を解決する力を身につける。こうして精神的にも成長を遂げ、卒団後はエリートへの階段を上っていった。

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セーチェニ・ヘジ駅のホールに残る
ピオネール活動のモザイク画
 

しかし、40年間続いたハンガリーの社会主義体制は、1989年に終焉を迎える。これにより、ピオネール活動の実践の場であった鉄道は存立基盤を失った。所管はピオネール協会 Úttörőszövetség から、運行を担っていた国鉄 MÁV に移されることになり、それに伴い、「ピオネール鉄道 Úttörővasút(ウーテレーヴァシュート)」の呼称も、「子供鉄道 Gyermekvasút(ジェルメクヴァシュート)」に変更された。

鉄道名だけにとどまらない。子どもたちが首に巻いていたピオネールの象徴の赤いタイは青色に代わり、機関車の正面に掲げられていた赤い星は撤去された。駅名も、ピオネールに関連するものは改められた(下注)。さらに抜本的な改革として、民営化や商業路線化も検討されたが、これは実現しなかった。

*注 エレーレ Előre(前進)→ヴィラーグヴェルジ Virágvölgy(花の谷)、
 ウーテレーヴァーロシュ Úttörőváros(ピオネール都市)→チレベールツ Csillebérc(地名)、
 シャーグヴァーリリゲト Ságváriliget(戦前の共産主義活動家エンドレ・シャーグヴァーリ Endre Ságvári を記念する公園)→セープユハースネー Szépjuhászné(美しき羊飼い、近傍の旧 修道院の名)

設立背景はともかく、子供鉄道の教育的意義は市民に広く共有されており、廃止という選択肢はなかった。とはいえ、MÁVは今や一鉄道会社であり、こうした社会教育活動に資金を投じ続けることは難しい。そこで活動の財政的安定を図るために、1995年にMÁVとブダペスト市により、子供鉄道員財団 Gyermekvasutasokért Alapítvány が設立された。

その後数年間は、MÁVが鉄道を所有・運行し、財団が社会教育活動の部分を運営するという分担体制がとられた。しかし2002年からはMÁVの一元体制に戻り、財団の役割は資金面の支援に特化されている。ブダペスト子供鉄道は、正式名を「(国鉄)セーチェニ・ヘジ子供鉄道 Széchenyi-hegyi Gyermekvasút」というが、これは子供鉄道を運営するMÁVの部門名でもある。

思想的な拠りどころをなくした今、子どもたちはどのようにしてここに集められ、どんな活動をしているのだろうか。

子供鉄道のサイトには、団員の応募資格や業務内容についての詳しい案内が記されている(下注)。それによると、500人近くの子どもたちが加入し、15のグループに分かれて活動している。グループのメンバーは常に同じスケジュールで行動し、共通の任務を引き受け、さまざまな余暇プログラムにも一緒に参加する。

*注 現行サイトでは鉄道の歴史や履修課程などの詳細が省かれているため、以下は旧サイトの記述に拠った。

グループを率いるのは、子供鉄道のOB、OGである中等学校生(高校生)や大学生の指導員たちだ。さらに現場では、大人の鉄道従業員が子どもたちの仕事を監督している。彼らもまたOB、OGであることが多く、活動のよき理解者、支援者になっていることだろう。

団員の応募資格があるのは4年生から6年生までで、評定平均が4.0以上なければならない。応募書類には、保護者とともに、通学している学校の校長と担任の同意書、さらにかかりつけの医師による検査結果を添付する必要がある。

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セーチェニ・ヘジ駅の壁面には
子供鉄道員コース Gyermekvasutas Tanfolyam の記念写真が並ぶ
 

コースは2月と10月の第1土曜から始まる。まず彼らは、鉄道業務に関する基礎知識を学ぶ。運行と安全にかかわるもののほか、乗客に案内する沿線の知識、運賃出納のために商業的な知識も必要だ。授業は、金曜午後と土曜午前に理論、土曜の午後に実技がある。そして4か月のコースの最後に試験を受ける。

現場では、リーダーシップ訓練を受けた年長者がトレーナーとなって新入団員を指導する。業務は細分化されていて、駅では、
・ポイント(転轍機)を扱う信号係 váltókezelő
・出札で乗車券を売り日計を行う出納係 pénztáros
・ホームの案内放送を担う放送係 Hangosbemondó など。
列車内では、
・検札、乗車券の発行、乗客への案内を行う検札係 Jegyvizsgáló、
・最後尾の車両でハンドブレーキを扱い、後進時の安全走行を監視する制動係 zárfékező 
などがある。

さらに上級職として、駅で列車の受け取りと送り出しを行い、運行日誌を管理する助役相当の記録主任 Naplózó forgalmi szolgálattevő(赤い帽子が目印)、その上に業務を統括する駅長相当の運行主任 Rendelkező forgalmi szolgálattevő が置かれている(下注)。

*注 日本語の職名は意訳であり、正確さを欠く可能性がある。

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子供鉄道員の仕事ぶり
(左)接客の最前線、検札係は各車両に一人
(右)列車を送り出す記録主任
 

もちろん大人の鉄道職員もいる。駅長、助役(乗車券検査役 vezető jegyvizsgálók)、それから列車の車掌、機関士、機関助士(蒸機の場合)などで、彼らはMÁVの運行規則に則り、路線の安全運行を担っている。

子どもたちには鉄道の実務だけでなく、遠足、運動会、そして2週間のヒューヴェシュヴェルジ・キャンプなどさまざまな行事が用意されており、その中で学年を超えた相互交流を深めていく。

8年生が終わると同時に、子供鉄道の活動も修了となる。8月の卒団式当日、彼らはいつものように制服を着て、すべての着任場所を回る。送別行事を共にし、最後に、世話になった鉄道職員や指導員たちに別れを告げる。

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ヒューヴェシュヴェルジ駅の通路に描かれた壁画

同種の鉄道は夏だけ運行するものが多い中、ブダペスト子供鉄道は9月~4月の月曜を除き、年間を通して運行されており、活動規模の大きさがわかる。ダイヤは季節や平日/休日によって変わるが、日中おおむね1時間に1~2本の設定だ。許容速度が20km/hとスローペースのため、全線を乗り通すには40~45分程度かかる。

起点のセーチェニ・ヘジ駅へは、登山鉄道(コグ鉄道)の駅から歩いて数分、終点のヒューヴェシュヴェルジ駅も、トラム(路面電車)のターミナルが至近距離にある。そのため、登山鉄道→子供鉄道→トラム、またはその逆の三角コースで、ブダ山地の半日遠足を楽しむ旅行者も多い。子供鉄道は、子どもたちの社会教育の場であるとともに、こうした形でブダペストの観光振興にも貢献している。

次回は、その子どもたちが運行する列車に乗って、ルートをたどってみよう。

■参考サイト
ブダペスト子供鉄道 https://gyermekvasut.hu/

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