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2020年7月15日 (水)

ポルトの古典トラム I-概要

1系統 パッセイオ・アレグレ Passeio Alegre ~インファンテ Infante
18系統 マッサレーロス Massarelos(現 トラム博物館 Museu do Carro Eléctrico)~カルモ Carmo
22系統 カルモ Carmo ~バターリャ Batalha(現 バターリャ・ギンダイス Batalha Guindais)循環

全長8.9km、軌間1435mm、直流600V電化
1872年馬車軌道として開通
1895年から電化

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1月31日通り Rua 31 de Janeiro の急坂を上る古典トラム
(写真はすべて2009年7月撮影)
 
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ポルトガル北部の中心都市、ポルト Porto の市街地を、ノスタルジックな風貌のトラム(路面電車)が走っている。トラムはポルトガル語でカーロ・エレークトリコ carro eléctrico、つまり電気馬車という。もはや日常的な市内交通の担い手ではなくなったが、この世界遺産都市を訪ねてくる旅行者のために今も運行され続ける観光アトラクションだ。

ポルトのトラムには約150年の歴史がある。1872年にポルト馬車鉄道会社 Companhia Carril Americano do Porto が、市内のインファンテ Infante およびカルモ Carmo と大西洋岸のフォス Foz の間で開業した馬車鉄道が最初だ。翌年、路線は海岸をさらに北上して、マトジーニョス Matosinhos まで延長された。

アメリカから輸入されたシステムだったので、馬車鉄道(正確にはレール上の馬車車両)のことを「カーロ・アメリカーノ carro americano(アメリカの馬車の意)」と呼んだが、実際に牽いていたのはラバだった。雄のロバと雌馬の交雑種であるラバは、馬より忍耐強く丈夫で長寿命とされ、好んで使役されていたのだ。

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馬車鉄道8号車
トラム博物館の展示を撮影、以下同じ
 

それに遅れること2年、ポルト路面鉄道会社 Companhia Carris de Ferro do Porto という別の会社が、1874年にカルモからボアヴィスタ Boavista 経由でフォスに至る馬車鉄道線を開業した。さらに1878年からは郊外で路面蒸気機関車による運行も始めている。こうして波に乗った同社は、1893年にポルト馬車鉄道を買収し、ポルト周辺の路面軌道網を一元化した。

ポルトの市街地は急な坂道が多く、1両を牽くのにラバが6頭も必要だった。そこで会社は、勾配に強い電車の導入を計画する。ドウロ川沿いのアラービダ Arrábida に設けた火力発電所から供給された電力を使って、1895年にまずカルモ~アラービダ間が電化された。これはスペインを含むイベリア半島で初めての電気鉄道となった。

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(左)22号電車は馬車鉄道の車体を用いた改造車両
(左)オープンタイプの100号電車
 

電化区間はその後も徐々に延伸され、1904年には牽き手のラバたちを、1914年には蒸気機関車をそれぞれ完全に駆逐している。電力の増強が必要になり、1915年に少しポルト寄りのマッサレーロス Massarelos に、新しい火力発電所が造られた。現在、トラム博物館 Museu do Carro Eléctrico に利用されている建物だ(下注1)。また、主要な車庫と整備工場は、1874年の開業当初からボアヴィスタに置かれていた(下注2)。

*注1 1957年の発電所廃止後は車庫に転用され、1992年5月に博物館が開館。
*注2 車庫は1999年に解体され、跡地は音楽ホール「カーザ・ダ・ムージカ Casa da Música(音楽の家の意)」に転用。

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(左)火力発電所跡地はトラム博物館と車庫に
(右)ボアヴィスタの車庫跡地は音楽ホールに転用
 

トラム路線網は、第二次世界大戦後の1946年にポルト市によって買収(公有化)され、運営に当たるために、ポルト公共輸送局 Serviço de Transportes Colectivos do Porto (STCP) が設立された。1950年が路線網のピークで、38路線(系統)150kmの線路に、電車193両、付随車24両が稼働していたという。空圧式の自動ドアを備えたモダンな500形が試作されたのもこのころだ(1951年製)。しかしこれは1両きりで、量産されることはなかった。

STCPはすでに1948年からコストの安い路線バスの導入を始めていて、1959年にはトラムの段階的廃止と、トロリーバスへの転換に舵を切っている(下注)。1967年にはトラムから路線バスへの切り替えも始まった。

*注 トロリーバスは市街地から北東、東および南の郊外へ向かう路線に導入されたが、1997年に全廃され、バスに転換。

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(左)自動ドアを備えた500形
(右)トラム路線を代替したトロリーバス
 

こうして1960~70年代は運行の撤退が続き、1984年にトラムはわずか3路線(1、18、19系統)まで縮小されていた。奇しくもこれらは初期に開通した路線だった。しばらくこの体制で運行が続けられたが、1990年代に入ると、古くなったトラムを一般輸送から解放して、観光資源に特化させる計画が議論されるようになる。

再び路線の整理が加速された。最後に残った18系統(当時はカルモ~フォス~カステロ・ド・ケイジョ Castelo do Queijo ~ボアヴィスタ間)も1996年に運行時間帯が短縮され、本数も削減されてしまった。

それから数年間は、観光化に向けての改修工事が行われたため、区間運休が相次いだ。運行形態が今の形に固まったのは、1系統が2002年(下注)、18系統が2005年だ。そして2007年9月に市内中心部を循環する22系統が30年ぶりに復活して、観光トラムの路線網が完成した。

*注 路線バスの1系統(現 500系統)と区別するため、しばらくの間1E系統と呼ばれていた。

なおこの間1994年に、運営主体のSTCPは有限責任会社 sociedade anónima に改組されている。略称のSTCPは変わらないものの、正式名称はポルト公共輸送公社 Sociedade de Transportes Colectivos do Porto になった。

現在のトラム路線図は、下図の通りだ。

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青・赤・緑のラインがトラム、なお18・22系統の電停名は下図参照
灰色はポルト・メトロ(LRT)
旗竿記号はCP(ポルトガル鉄道)
"Funicular" はギンダイス・ケーブルカー
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市街地部分を拡大
© OpenStreetMap contributors
 

路線にはそれぞれ特色がある。

1系統 Linha 1 は、ドウロ川 Rio Douro の川べりを終始走る路線だ。運行区間は、河口のフォス地区にあるパッセイオ・アレグレ Passeio Alegre から、旧市街の入口に当たるインファンテまで。朝9時から20分間隔で、夜20時台(冬季は19時台)まで運行される。所要時間は23分。車窓から川景色をたっぷり楽しめるので、観光客に人気があり、乗車率も高い。

ちなみに500番の路線バスが同じルートを並走しており、こちらは10分間隔、同区間(イグレージャ・ダ・フォス Igreja da Foz ~リベイラ Ribeira が該当)を14分で走破してしまう。トラムが混雑しているときは、片道をバスにするのも一つの方法だ。

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1系統は終始ドウロ川右岸に沿う
 

18系統は、1系統マッサレーロス(現 トラム博物館 Museu do Carro Eléctrico)電停が起点で、坂を上って、ポルト大学本部前のカルモに至る。カルモ付近はループ線(環状)になっていて、行きと帰りでルートが異なる。運行は30分間隔で、所要時間12~13分。沿線に取り立てて有名な観光スポットがないため、車内は比較的すいている。

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18系統はカルモで22系統と接続
左の建物はポルト大学本部
 

22系統は、そのカルモからポルトの中心市街地を貫いて、バターリャ(現 バターリャ・ギンダイス Batalha Guindais)まで行く。戻りは北側の街路を通るので、全体として反時計回りの循環ルートになっている。居ながらにして市街地見物ができ、バターリャでは川岸へ降りるギンダイス・ケーブルカー Guindais Funicular の乗り場にも直結しているので、利用価値のある路線だ。

所要時間は1周30分とされているが、狭い街路を行くため、交通渋滞や路上駐車の影響で遅れることもままある。運行間隔も30分と開いているので、観光目的ならともかく、実用的な手段とは言いがたい。ちなみに、カルモとバターリャの間は約1km、アップダウンはきついが、歩いても15分程度だ。

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アスンサン通り Rua da Assunção へ入る22系統
左はクレーリゴスの塔 Torre dos Clérigos
 

これらとは別に、かつてはT系統「ポルト・トラム・シティ・ツアー Porto Tram City Tour」も運行されていた。系統名のTが turista(観光)を意味するとおり、上記3つの路線を直通する周遊観光路線だった。ルートは、1系統のインファンテを起点に、マッサレーロスでスイッチバックして18系統の線路に入る。カルモでは渡り線を経由して22系統の線路に移り、バターリャまで行く。復路は北回りでカルモ、マッサレーロスとたどってインファンテに戻るというものだった。しかし、通しの利用者は少なく、運営コストの削減を理由に廃止されてしまった。

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T系統
カルモ教会 Igreja do Carmo 前で暫時休憩
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(左)T系統に使われていた222号車
(右)車内

トラムの運賃は2020年7月現在、1回券が3.50ユーロ、2回券(ただし当日限り有効)は6ユーロだ。車内で運転士から購入する。これとは別に、乗車回数に制限のない2日券(大人10ユーロ)もあり、これは車内のほか、トラム博物館やホテルなどでも扱っている。

注意すべきは、乗車券がトラム専用だということだ。ポルトでは、路線バスやポルト・メトロ(下注)などの公共交通機関でICカード「アンダンテ Andante」が普及しているが、シーズン券(定期券)を除いてトラムには有効でない。このことからも、トラムが市民のふだん使いを想定していないことがわかる。

*注 ポルト・メトロ Metro do Porto は、ポルト市内と近郊を結ぶLRTの名称。

では、トラムが走るルートを具体的に追ってみよう。続きは次回に。

写真は、2009年7月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
STCP https://www.stcp.pt/
The Trams of Porto(愛好家サイト)http://tram-porto.ernstkers.nl/

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