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2020年4月 5日 (日)

イギリスの1:50,000地形図

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戦後の1インチ~1:50,000シリーズの変遷
 

イギリス陸地測量部 Ordnance Survey (OS) が刊行する1:50,000地形図には、当初「第1シリーズ」と「第2シリーズ」の区別があった。その後、販売促進のためにブランド名がつけられ、今ではその「ランドレンジャー Landranger」の名で知られている。各シリーズの成立過程と特色を見ていこう。

第1シリーズ First Series

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第1シリーズ表紙
 

1マイル1インチ図(1:63,360、以下1インチ図という。下注)から1:50,000図への転換は、イギリス地形図史上、エポックメイキングな出来事の一つだった。長い歴史をもつ1インチ図は地図ユーザーに深く浸透しており、切替えの期間中、隣り合う図葉が異なる縮尺になっては、実用上著しい不便が生じる。そのため、切替えの手順は慎重に計画された。

*注 転換前の1インチ図については「イギリスの地形図略史 III-戦後の1インチ図」参照。

具体的には、1:50,000全204面をイングランド北部のランカスター Lancaster を通るラインで南北に分け、南の103面は1974年3月、北の101面は1976年2月にそれぞれ一斉に刊行することとされた。

大量の地形図を短期間で準備するために、新たな描画はせず、1インチ図第7シリーズ Seventh Series の最終版を写真拡大し、新しい図郭に合わせて切り貼りするという方法が取られた。全面改訂されたのは18面で、他の図葉は部分改訂にとどめられた。これらは「第1シリーズ First Series」と呼ばれたが、実態は、正式図である第2シリーズが揃うまでの暫定版の位置づけだった。

表紙は、1インチ図の赤をマゼンタに置き換えただけで、デザインに変化はない。図名の下にあった「One-Inch Map」の語句は、「1:50 000 First Series」に改められている。

1インチ図と1:50,000を同じエリアで比べてみよう(下の画像参照)。1インチ図に比べて、縮尺1:50,000の図では地物が1.27倍大きく描かれる。いわゆる「でか字版」と同じで、読み取りが楽になる反面、1インチ図を見慣れた目に大味に映るのはやむを得ない。

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同じエリアの1インチ図(左)と1:50,000第1シリーズ(右)
市街地、等高線、2級道路の色が置換えられ、森林の記号が省かれた
1-inch 158 Oxford & Newbury 1967年
1:50,000 164 Oxford 1974年
© Crown copyright 2020
 

図式は1インチ図のままだが、配色が変更されているので、ずいぶんと明るく開放的に感じる。最も目立つのが市街地(総描家屋)の塗りで、アミの色が黒からオレンジに置き換えられた。等高線と2級道路 Secondary road の塗りも、茶色をやめてこのオレンジを使っている。一方、高速道路 Motorway の塗り色は、水系で使われている青になり、赤で塗られた幹線道路 Trunk road や主要道路 Main road(一級道路)と区別された。1km間隔のグリッド(格子)と図郭外に記された値も、黒から青に変えられている。

色のほかにも見直しが多少ある。森林は、1インチ図で範囲を表す塗りの上に、針葉樹か広葉樹かを示す樹木を象った記号を置いていたが、1:50,000では完全に省かれた。そのため、樹相が判断できなくなった。

等高線は、1インチ図の50フィート間隔のままで、数値のみメートルに換算表記されている(下の画像)。そのため、付された値は低い方から15m、30m、46m、61mと来て、76mが最初の計曲線だ。次が91mになるが、参考資料によれば、61や91は逆さにすると19、16と誤読される恐れがあるため、南向きの斜面にのみ(つまり正位置で)記されているという。

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同じエリアの1インチ図(左)と1:50,000第1シリーズ(右)
標高点、等高線の数値はメートル換算に
北向きの斜面(右図の左上)には61mと91mの記載がない
1-inch 28 Inverness 1961年
1:50,000 26 Inverness 1976年
© Crown copyright 2020
 

図郭は、1インチ図の縦45km×横40km(実寸は縦約71cm×横約64cm)に対して、1:50,000は40km四方(実寸80cm四方)をカバーしている。縮尺が大きい分、用紙も一回り大きくなり、従来図の下にあった凡例などの整飾は、図の右側に移された。

下図は1974年現在の1:50,000索引図だ。左端に注釈が追加されており、「(中央の破線より北側では)1976年に1:50,000が刊行されるまでの間、1インチ図の入手が可能」とある。このように1976年には、北半分の第1シリーズの一斉刊行が予定されていた。しかしその間にも次の第2シリーズの図葉の製作が進んでおり、初めから第2の仕様で刊行された図葉が半数近くの44面にのぼった。

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第1シリーズ索引図
 

第2シリーズ Second Series

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第2シリーズ表紙
 

1インチ図の拡大版だった第1シリーズに対して、「第2シリーズ Second Series」は、各種資料に基づいて新たに編集・描画された1:50,000オリジナルの地図群だ。刊行開始は1974年、すなわち第1シリーズと時を同じくする。というのは、第1を一斉に刊行しておき、第2は完成したものから順次刊行して第1を置き換えていくという計画だったからだ。

そのため、最初に完成した図番176、177のロンドン市街と図番115のスノードン Snowdon は、第1なしで初めから第2での刊行となった。なお、表紙デザインには変化がなく、図名の下の記載が「1:50,000 Second Series」である以外、前シリーズと見分けがつかない。

1:50,000用の図式が適用されたことで、1インチ図式のままだった前シリーズとはいくつかの点で異同がある。

まず、注記のフォントだ(下の画像)。前シリーズはギル・サン Gill Sans の斜体やローマン Roman を使っていたが、イメージを一新すべく、サンセリフのユニヴァース Universe に統一が図られた。等高線は、1:10,000の再測量の成果を使って10m刻みで描かれ、メートル化を完了した。さらに国際化に対応して、凡例の一部に、フランス語とドイツ語の訳がつけられている。

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同じエリアの第1シリーズ(上)と第2シリーズ(下、注)
注記フォントがユニヴァースに統一された
1:50,000 26 Inverness 1976年
*注 ランドレンジャー図で代用
© Crown copyright 2020
 

鉄道記号では、複線と単線の区別が廃止され、鉄道発祥の国というのに、堂々たる幹線も心細げなローカル線も一括りに扱われるようになった。利用者にとって図示するほどの重要性はないという判断だろうか。同時に、狭軌鉄道の記号も見直され、1インチ図式の梯子形から、日本の私鉄複線に似た細い実線に短線2本を頻繁に交差させる記号に変わった。また、踏切には LC(Level crossing の略)の注記が付された。イギリスでは立体交差が主流であり、少数派かつ危険を伴う平面交差は伝統的に目立つ描き方がされている。

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第1シリーズ(上)と第2シリーズ(下)の地図記号
鉄道の単複線・軌間の区別が廃され、踏切の記号が改訂された
 

描画の自動化を進めるために、手描きの記号は廃止されるか、パターンに置き換えられた。たとえば砂丘、泥や小石交じりの浜、藪、ヒース、荒れ地、汀線など土地の状況を表すものがそうだ。また、伝統的な教区界 Parish border も記載されなくなった。

一方で、追加された記号もある。インフォメーションセンター、駐車場、展望地、キャンプ場など、レジャー関連の情報を示す記号だ。OSは地形図をベースにしてこうした情報を記載した旅行地図 Tourist map を、1インチの時代から多数製作してきた(下注)。しかし、汎用図に盛り込むようになったのはこのときからだ。記号の種類は図式改正のたびに増やされ、地図の性格をより余暇を楽しむ人に応えるものにしていった。

*注 1インチ旅行地図については「イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜」参照。

ランドレンジャーシリーズ Landranger Series

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現行ランドレンジャーシリーズ表紙
 

「ランドレンジャー Landranger」は造語で、土地を歩き回る者といった意味がある。OSではすでに1:25,000の旅行地図「アウトドアレジャー Outdoor Leisure」(1972年~)や、1:250,000の「ルートマスター Routemaster」(1978年~)など、マーケティング戦略の一環で縮尺別のブランド名付与を試みていた。

1979年からこれが本格的に実行され、1:50,000図には「ランドレンジャー Landranger」の名が与えられた。また、1985年には、表紙に風景写真が配されるようになり、店頭での訴求力がいっそう高まった。シリーズ名は変更されたものの、図郭変更や主要な図式改正を伴っておらず、従来のシリーズ区分の定義には合わない。そのため、愛称がついただけで、第2シリーズはまだ終わっていないという見方もある。

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ランドレンジャーシリーズ表紙の変遷
 

1970年代の第2シリーズと最新のランドレンジャーシリーズを、同じエリアで比べてみると(下の画像)、40年間の経年変化は別として、後者はずいぶん賑やかに見える。特に、中央に横たわっている森、エッピング・フォレスト Epping Forest で顕著だ。要因の一つは、いったん廃止された樹種を表す記号(図では広葉樹林)が復活したことだろう。面積当たりの記号の密度も、日本の地形図より高い。

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同じエリアの第2シリーズ(左)とランドレンジャーシリーズ(右)
森林の記号が復活し、レジャー情報も多数追加
177 East London 1974年及び2016年
© Crown copyright 2020
 

もう一つの要因は、駐車場(白抜きの P )やナショナルトレール(赤のダイヤ)といったレジャー情報関連の記号や注記が加わったことだ。レジャー情報はすでに第2シリーズで盛り込まれていたが、記号の種類は当時に比べて倍増している。ビジターセンターやパークアンドライドを示す記号が新設され、展望台には180度と360度の区別さえされた。トレールやサイクリングのルート上に赤や緑の目立つ記号が並び、アクセスランド Access land が薄紫の境界線で囲まれた。

こうしたデータに埋め尽くされて、近年のランドレンジャーはかなり濃密な図面になっている。第2シリーズの初期はまだスポットカラーの6色刷だったが、1978年からプロセスカラー(CMYKの4色)印刷が採用され、色数の制限がなくなったことも影響しているだろう。

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現行のランドレンジャーシリーズ索引図
© Crown copyright 2020
 

最後に、参考資料に記されていたおもしろい話題を一つ紹介しておこう。これは図番196に描かれたワイト島 Isle of Wight の海岸線だが、崖の記号に紛れて人名らしきものが読みとれるというのだ。Birse、Mike、Bill など、これだけ並ぶと単なる空似とは言えないだろう。地図作成に携わったスタッフの名を記念に書き留めたものだろうか。

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ワイト島の断崖に隠された人名?
上図左から REV(TREV ?), BIRSE, ROB
下図左から MIKE, BILL と読める
196 The Solent & Isle of Wight 2016年
© Crown copyright 2020
 

次回は、1:100,000以下の小縮尺図について。

本稿は、Tim Owen and Elaine Pilbeam, 'Ordnance Survey: map makers to Britain since 1791', Ordnance Survey, 1992; Chris Higley, "Old Series to Explorer - A Field Guide to the Ordnance Map" The Charles Close Society, 2011; Richard Oliver, 'Ordnance Survey maps: a concise guide for historians' Third Edition, The Charles Close Society, 2013 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
Ordnance Survey http://www.ordnancesurvey.co.uk/
The Charles Close Society https://www.charlesclosesociety.org/
FieldenMaps.info http://www.fieldenmaps.info/info/
 各縮尺図の歴史とともに地形図表紙の変遷が見られる

★本ブログ内の関連記事
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 イギリスの地形図略史 II-1インチ図の展開
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 イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜
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