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2020年4月12日 (日)

イギリスの1:100,000地形図ほか

縮尺1:25,000や1:50,000の地形図図式は、実際に現地でトレッキングやサイクリングの道案内に使えるように設計されている。だが、縮尺がそれより小さくなると、もはや小道や通行権などは細かすぎて描くことができない。そのため1:100,000や1:250,000のような小縮尺図の内容は、クルマが走れる道路網と市街地の位置関係を表すことに重点が移る。いわゆる道路地図や広域旅行地図のたぐいだ。

ハーフインチ図 Half-inch map

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ハーフインチ図
(大型図郭)表紙
 

かつて帝国単位の体系の時代には、1インチ図の次に小さい縮尺としてハーフインチ図が用意されていた。実長1マイルを図上1/2インチで表し、分数表示では1:126,720になる。これはもともと軍用として作成されたものだった。

それ以前、ハーフインチ図の市場は、民間の地図会社ジョン・バーソロミュー・アンド・サン John Bartholomew and Son の独擅場(下注)で、軍もそれを使っていた。ところが、同じ流れで軍が同社に特注品の作成を依頼したところ、財務省から待ったがかかった。OS(陸地測量部)という政府機関があるのに、なぜ商業地図に予算を投じるのか、という指摘だった。バーソロミューの地図に著作権侵害の疑いをかけていたOSもそれに同調し、その結果作られたのが、OSオリジナルのハーフインチ図だ。

*注 バーソロミューのハーフインチ図は、OS 1インチ図を資料として、1875年にスコットランドの刊行を開始、1897年からはイングランド及びウェールズにも拡大された全62面のシリーズ。1974年まで維持された後、翌75年から縮尺を1:100,000に変更、1999年廃刊。

地図は1インチ図から編集され、1903年に初めて刊行された。このときは縦12×横18インチの図郭だったが、1906~08年に当時の1インチ図(第3エディション)と同じ縦18×横27インチの大型図郭に改められ、74面で全国をカバーした。

地図は、低地50フィート間隔、中高地100フィート間隔の等高線と、緑から茶色に遷移する段彩で地勢を表現する。赤と黄に塗り分けた主要道で、道路網の骨格も強調されている。バーソロミュー図に似てはいるが、明度がより高く、色版の数も多いので、ライバルの仕様を超えるものを追求したことが見て取れる。

一般販売用の表紙には、1インチ図と同じようにエリス・マーティン Ellis Martin の描くイラストがあしらわれた。しかし、絵柄はハイカーではなく、オープンカーを走らせる旅行者のグループだ。縮尺に応じてセールスターゲットも変えているようだ。

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ハーフインチ図の比較
(上)OS図
  図番36 デヴォン南部 South Devon 1925年
(下)バーソロミュー図
  図番36 デヴォン南部 1923年
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
 

第二次世界大戦中、OSのあるサウサンプトンはドイツ軍の空襲を受け、多くの原版が灰燼に帰した。そのため、戦後改めてハーフインチ図 51面の新規製作が計画された。これが第2シリーズと呼ばれるもので、1956年に最初の1点、図番51「カンタベリー Canterbury」が現れた。しかしその後、追加で4面、すなわち計5面刊行されただけで、計画は放棄されてしまった。知名度の高いバーソロミュー図の前で売り上げが伸びず、1マイル図やクォーターインチ図との差別化も不十分だったのが原因とされる。

最後まで残されていた図番28「スノードニア Snowdonia」が1990年に絶版となり、ハーフインチ図は市場からすべて姿を消した。

OSツアーシリーズ OS Tour Series

現行OSツアーシリーズの登場までに、10年の空白がある。OSツアーは2000年3月に図番1「コーンウォール Cornwall」が刊行されたのが最初で、2004年まで続刊され、計23面のシリーズになった。図葉の多くが縮尺1:100,000だが、中には1:110,000から1:175,000、さらには1:500,000のスコットランド広域図など、縮尺の異なる図葉が混じっている。

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(左)「トラベルマップ-ツアー」表紙
(右)現行「OSツアー」表紙
 

戦前のハーフインチ図とは違って全国をカバーする意図はなく、「ツアー」の名が表すように、人気のある旅行適地に絞って刊行された。また、地図の仕様も大きく異なり、汎用図ではなく、レジャー情報を加えた道路地図といった印象だ。また、1:250,000(「ロードRoad」)のデータを拡大して使用しているようで、ハーフインチ図の繊細な描写とは雲泥の差がある。

地勢表現は段彩とぼかし(陰影)だけで表され、市街地の描写も、広がりがわかる程度のラフなものだ。一方、道路網は強調されている。主要道は太めで、道路区分はカラフルに塗り分けられ、道路番号とマイル単位の区間距離がつく。

「ロード」との違いは、レジャー情報が豊富なことだ。47種もの記号が用意され、どの町、どの道筋に何の施設があるかが一目で把握できるようになっている。図郭の余白には、主要市街地の拡大図や地名索引がつけられ、片面印刷の地図にしては情報量が多い。

残念なことに、2010年に費用対効果を重視した地形図体系の整理が行われ、小縮尺図は大きな影響を受けた。1:250,000「ロード」と1:625,000「ルート」の刊行が中止され、OSツアーも23面中15面が廃版となった。残り8面は今も残されているが、縮尺1:100,000の図は3面と過半数を割り、もはや1:100,000のシリーズとは言えなくなっている。

クォーターインチ図 Quarter-inch map
OSロードシリーズ OS Road Series

縮尺1:250,000のOSロードシリーズとその前身であるクォーターインチ図等については、別稿「イギリスの1:250,000地形図 I-概要」「イギリスの1:250,000地形図 II-歴史」で詳述している。

OSルート OS Route

OSの製品で最小縮尺となるのは、1:550,000の「OSルート」だ。イギリス全土(北アイルランドを除く)をこれ1点でカバーする。といっても、図郭はナショナル・グリッドの北500km線で南北に分割されており、これが表裏に印刷されている。

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(左)「ルートプランナー」表紙
(右)現行「OSルート」表紙
 

この形式で刊行されたのは2017年3月と、ごく最近のことだ。しかし、そのルーツは、1インチ図の索引図として作られた1817年にまで遡ることができる。縮尺は、実長10マイルを図上1インチで表す1:633,600で、10マイル図 10-mile map と呼ばれた。単独図としての刊行は1903年からで、1930年には全2面の道路地図として登場している。

1940年代以降、縮尺は1:625,000とやや拡大され、軍用図や戦後復興計画図を含めたさまざまな主題図の基図に用いられた。全国道路地図もその一つで、1946年から南北2面で刊行され、1964年からは「ルートプランニングマップ Route Planning Map」の名で定期更新された。アメリカのそれのように白地図上に道路網を描いたもので、地勢表現は入っていない。

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1:625,000図をベースにした全国道路地図 1946年
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
 

1993年から、1:250,000図とともに「トラベルマスター Travelmaster」のブランド名が冠され、2002年には「トラベルマップ-ルート Travel Map - Route」とされたが、名称が改まっただけで、内容に特段の変化はなかった。

ところが、2010年の体系見直しでは、「ルート」も廃止の対象となった。道路地図の分野には民間地図会社も製品を多数投入しており、デジタル化の趨勢もあって、勝算がないと判断されたようだ。そのため、2017年に復活するまでの7年間、1インチ図に次ぐ長い伝統はいったん途切れていたのだ。

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1:625,000
ルートプランナー グレートブリテン 1993年
© Crown copyright 2020
 

現行の「OSルート」は、旧版と同じ用紙寸法ながら、それを最大限使うことで地図の縮尺を1:550,000に拡大している。余白に配置された主要都市拡大図の数は旧図の10から14に増えた。道路網だけでなく、ぼかしによる地勢表現やいくらかのレジャー情報も入っている。眺める楽しみがあり、イギリスの地理的な基本資料としても常備に値するものになっている。

一つ注文をつけるとすれば、縦93cm×横120cmという大判用紙につき、裏面に刷られた北半部を見ようとすると、裏返すのに一苦労するという点だ。OSの製品にはこのような大判用紙に両面印刷された図葉が多数ある。片面印刷と売価が変わらないので、ユーザーにとって歓迎すべきサービスではあるのだが。

230年に及ぶイギリスOSの地形図の歩みを、ここまで駆け足で見てきた。18世紀、内乱や外国の侵攻に備えて作られた軍用図が、二度の大戦を経て一般市民に浸透し、今や情報ツールとして一層の深化を遂げている。こうした用途拡大は多くの先進国で経験されてきたことだが、とりわけイギリスの場合は、商業的なアプローチで利用者のニーズにいち早く応え、商品としての付加価値を高めているところに特色がある。デジタル全盛の現代においてなお、充実した紙地図のラインナップを維持できる秘訣もそこに求められるだろう。

本稿は、Tim Owen and Elaine Pilbeam, 'Ordnance Survey: map makers to Britain since 1791', Ordnance Survey, 1992; Chris Higley, "Old Series to Explorer - A Field Guide to the Ordnance Map" The Charles Close Society, 2011; Richard Oliver, 'Ordnance Survey maps: a concise guide for historians' Third Edition, The Charles Close Society, 2013 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
Ordnance Survey http://www.ordnancesurvey.co.uk/
The Charles Close Society https://www.charlesclosesociety.org/

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの地形図-概要
 イギリスの地形図略史 I-黎明期
 イギリスの地形図略史 II-1インチ図の展開
 イギリスの地形図略史 III-戦後の1インチ図
 イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜
 イギリスの1:25,000地形図 I
 イギリスの1:25,000地形図 II
 イギリスの1:50,000地形図
 イギリスの1:250,000地形図 I-概要
 イギリスの1:250,000地形図 II-歴史

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コメント

ブログお読みくださりありがとうございます。
プリマス周辺の鉄道網に関するご投稿、たいへん興味深く拝見しました。

プリマスの旧港は東側の Sutton Harbour で、先にできた馬車軌道の Plymouth & Dartmoor Railway はこちらに接続されましたが、のちに進出した South Devon Railway > GWR は手狭な旧港を避けて西側の Millbay の入江に新港を造ったということのようです。

この新港は現在 Millbay Docks と呼ばれているようですが、20世紀前半の地形図には Great Western Docks と書かれていて、なるほどと思いました。地形的にはどちらも、前面にある半島や島が防波堤の役を果たしている良港です。

Millbay Station に繋がる路線を最初に開通させたのは、South Davon Railway と Cornwall Railway でした。訂正します。どちらもブロードゲージでしたので後に Great Western Railwayに吸収合併されました。

冬でもコートをまといゴーグルをかけてオープンカーで田園と駆け回るのを楽しみとする英国人にとって、紹介された地図はとても役に立っていることでしょう。彼らにしてみればカーナビは微妙かもしれません。さて、今回の事例で1920年代のPlymouth市の地図に興味深いところがありました。鉄道の路線です。行き止まりの駅です。調べたところ、左側の港に直結するMillbay Station は、Great Western Railwayによって1849年に開業しました。1850年の地図によれば上方のデルタ線は無く列車は全てスイッチバックしていました。その後内陸側から London and South Western Railway がプリマスに線路を敷いていました。右側の終着駅(Friary Station)などです。左側のデルタ線が開通してGWRの本線の上に1877年に設置された North Road Station が現在の Plymouth 駅になっています。戦後、左側のMillbay駅は廃止されプリマス・パビリオンとなり、航空写真によれば線路の痕跡は全くありません。右側のFriary駅もLSWRの路線と共に合理化で廃止され、せいぜい貨車の留置線程度か、と想像されます。英国は鉄道の路線図はいろいろと発行されているのでしょう。書籍になったものでは、Railway Atlas of Great Britain and Ireland (Alan Jowett著)(19世紀以来の全ての路線と駅を網羅:手書き)や、TRACK atlas Mainland Britain (現在の路線の駅やジャンクションの配線まで記載)などが、地図や写真・動画、実地を確かめる際には役に立つと思います。

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