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2020年3月 1日 (日)

イギリスの地形図略史 II-1インチ図の展開

230年に及ぶ歴史の中で、イギリス陸地測量部 Ordnance Survey (OS) の看板商品である1マイル1インチ図(以下、1マイル図という)とその後継である1:50,000図の仕様にはさまざまな変遷があった。下表はその一覧だが、印刷技術の進歩や利用者のニーズの動向を反映して、特に20世紀前半に様式の頻繁な変更が試みられている。また、イングランド及びウェールズと、スコットランドは第二次世界大戦まで別の体系で作成されていた。それぞれシリーズやエディションの名で呼ばれているので、時代順にその背景や特徴を見ていこう。

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OS 1インチ図および1:50,000のシリーズ一覧

オールドシリーズ Old Series

「オールドシリーズ」は、前回紹介したとおり、OS最初の1インチ図群だ。初めてOS名で刊行された1805年のエセックス州図(図番1、2、47、48)を皮切りに、1870年代まで約70年の間作り続けられた。銅版刷、墨1色の地形図で、地勢はケバで表されている。

おりしも産業革命で都市化が進む時期に当たるが、特に初期の図にはまだ多くの山野が残り、昔ながらの村里が点在している。カッシーニ出版社の復刻図の解説者は、このシリーズについて「数世紀前の農耕期から20世紀の劇的な都市化に向かう重要な推移の前夜に関するイギリスの記録である」と言っている。

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オールドシリーズの例
93 NE York 1858年(部分)
This work is based on data provided through www.VisionofBritain.org.uk and uses historical material which is copyright of the Great Britain Historical GIS Project and the University of Portsmouth
 

「オールドシリーズ」は、イングランドとウェールズを網羅するが、図郭や図番は、途中で方針が変更されたため、不揃いなものとなった。まず図郭は、最初に作業が行われた南東部でグリニッジ0度を基準に配置されたが、後の南西部では西経3度を基準に整列された。そのため中央部の図郭にしわ寄せが来て、東西方向が他よりかなり狭くなっている。

また、これを北に延長していくと極端に細長い図郭が生じてしまうため、北部(図番91~94より北側の図郭)は、新たな基線プレストン=ハル線 Preston to Hull line を用いて測量することになった。オールドシリーズの索引図はこの3者の接合体だ。さらに、1面が大きく扱いにくかったので、中期以降は、本来の図郭を4等分した縦12×横18マイル(約19×29km、下注)の範囲の小型図郭で刊行された。

*注 実長1マイルが図上1インチで表されるので、図面の寸法は12×18インチ(30.5×45.7cm)になる。

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イングランド及びウェールズの
オールドシリーズの索引図
image from www.charlesclosesociety.org, © Chris Higley, 2013
 

図番は1から110まで通しで振られているが、初期の南部が南北方向の千鳥式付番、その後手掛けた中部と北部は東西方向の千鳥式と、まるでパズルのようだ。4等分図郭はこれにNE(北東部)、SE(南東部)、NW(北西部)、SW(南西部)の区別がつく。

なお、スコットランドの1インチ図整備は1856年からで、「オールド」に対応するグループはない。

ニューシリーズ New Series

イングランドとウェールズの混沌とした旧体系を整理したのが、1872年に刊行が始まった「ニューシリーズ」だ。その図郭は、もともとプレストン=ハル線の北側で設定されていた既存の4等分図郭を南へ延長した形になっている。小図郭が全面的に採用されたのは、石版から亜鉛版への移行で単位部数あたりの印刷コストが低下したことが背景にある。図番は北西端を1として、東へそして南へと通しで振られた。

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イングランド及びウェールズの
ニューシリーズ~第4エディションの索引図
image from www.charlesclosesociety.org, © Chris Higley, 2013
 

この頃には1マイル6インチ図(1:10,560)や同25インチ図(1:2,500)などの大縮尺測量がかなり進行しており、1インチ図はその成果を用いて編集されている。地勢表現には等高線(下注)が用いられ、これを「アウトライン版 Outline edition」と呼ぶ。さらにケバを茶色で加刷したいわゆる「ヒルズ(山または丘陵)版 Hills edition」も刊行されたが、予算不足のため、一部の図葉にとどまった。

*注 等高線は標高50フィート(約15m)に1本引かれた後、1000フィートまで100フィート(約30m)間隔、その後は250フィート(約76m)間隔で引かれた。

一方、スコットランドでは、このニューシリーズに対応する形で、「第1エディション First Edition」の刊行が1856年から開始されている。1面で縦18×横24マイル(約29×39km)の範囲を表し、イングランドの小型図郭より一回り大きい。等高線で地勢を表現したアウトライン版と、等高線の代わりにケバで起伏を描いたヒルズ版の2種の形式で刊行された。

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スコットランドの
第1エディション~第3エディションの索引図
image from www.charlesclosesociety.org, © Chris Higley, 2013
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スコットランドの第1エディションの例
32 Edinburgh 1858年
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
 

改訂ニューシリーズ Revised New Series

OSの現状を調査し報告するために1892年に設置されたジョン・ドリントン卿 Sir John Dorington を長とする委員会は、OSの測量業務に関していくつかの重要な提案をした。その一つが、それまで大縮尺図の整備に合わせて行っていた1インチ図の改訂を、専任の測量隊により独立して実施させることだった。交通網の発達や市街地の急速な拡張で、既存図の内容は時代遅れになっており、更新サイクルを15年以内に短縮して、できるだけ現況を反映させようとした。

翌年から改訂作業が始まり、1895年からその成果が続々と刊行されていった。これが「改訂ニューシリーズ」で、1899年までにアウトライン版がイングランドとウェールズをカバーした。ケバを黒または茶色で加刷したヒルズ版も、ほとんどの地域で作成された。

図郭はニューシリーズと同じだが、地図記号には異同がある。たとえば、鉄道記号は複線以上と単線が区別されている。従来の梯子型は単線に用いられ、1つおきにコマを黒塗りした旗竿型を複線の記号とした。

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改訂ニューシリーズの例 234 Gloucester
(上)アウトライン版
(下)ヒルズ版
This work is based on data provided through www.VisionofBritain.org.uk and uses historical material which is copyright of the Great Britain Historical GIS Project and the University of Portsmouth
 

改訂ニューシリーズでは、1897年から刊行されたカラー版が特筆される。初期は5色刷りで、地物・注記には黒、等高線に赤、地勢を表すケバに茶色、水部に青、道路の塗りに黄褐色か赤茶色を配した。1901年からは、さらに森林の範囲に緑色のアミを掛けて、6色刷りとした。なお、複線鉄道の記号が旗竿から黒い太線に変えられたのは、このカラー版からだ。また、地図を折り畳んで、厚紙の表紙をつけるという今日のOS地図のスタイルも、このシリーズで始まった。

もともとこれらはスイスで1870年に開発されたもの(下注)で、色分けにより地形や地物の可読性が高まり、表紙つき折図で野外への携帯が容易になるとして、陸軍省が早期の実現を求めていた。だが実際に刊行されると、軍人以上に一般市民に好評で、販売の重点もそちらに置かれるようになる。

*注 スイス最初の多色刷地形図、ジークフリート図については、「スイスの地形図略史 II-ジークフリート図」で詳述。

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改訂ニューシリーズの表紙
(左)イングランド及びウェールズ版
(右)スコットランド版
photo from www.charlesclosesociety.org
 

スコットランドでは、1896年から「第1」と同じ図郭で「第2エディション Second Edition」が刊行され始めた。等高線で地勢を表現するアウトライン版と、暗褐色のケバを加刷したケバ版の2種類がある。

第3エディション Third Edition

イングランドとウェールズでは、2度目の全国改訂が1901~12年に行われ、その成果が1903年から刊行された。地図自体はニューシリーズとほとんど変化がないが、見出しに「Third Edition」と記されていることから、第3エディションの名で呼ばれる。これもカラー版があるが、従来の縦12×横18マイルを範囲とする小型図郭は途中で放棄され、1906年から縦18×横27マイル(約29×43km)の大型図郭に移行した。

スコットランドにも「第3エディション」があり、1905年から7色刷のカラー版が登場している。オークニー Orkney やシェトランド Shetland などの島嶼部は、図郭を結合した集成版で刊行された。

第4エディション Fourth Edition

同じく3度目の改訂を反映したものを「第4エディション」と呼ぶが、1911年の方針変更で放棄されたため、一部の図葉が刊行されただけに終わっている。

ポピュラーエディション Popular Edition

次の第4次改訂では、等高線とケバにぼかし(陰影)も加えて、12色刷りの精巧な地図にする予定だった。しかし、1914年の第一次世界大戦勃発で計画は中止を余儀なくされた。戦後再開された作業では、製作費や時間を節約するために、等高線のみのシンプルな地勢表現で改訂を進めることになり、1919年から刊行が始まった。イングランドとウェールズ全146面で、戦間期のイギリスを記録する図像資料だ。

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ポピュラーエディションの表紙
(左)イングランド及びウェールズ版
(右)スコットランド版
photo from www.charlesclosesociety.org
 

地図カバー(上の写真参照)にも記されているとおり、内容は「等高線を描いた道路地図 Contoured Road Map」になっている。開発の背景には、戦後の旅行ブームがある。戦争の緊張が去り、一方で自動車の量産も始まったことで、個人で気軽に遠出できる環境が整いつつあった。19世紀の地形図は主として軍事上の必要性から製作されており、市販品はあくまで軍用図の払い下げの位置づけだった。ところが、旅行のための地図の需要が高まったことで、民間市場に特化した製品への方向転換が始まったのだ。敢えて「第5エディション」(下注)と言わず「ポピュラーエディション Popular Edition(大衆版の意)」と名付けられた理由も、そこにある。

*注 後述のように、「第5エディション」は次の第6次改訂を指す用語になる。

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ポピュラーエディションの例
107 N. E. London 1914年
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同 107 N. E. London 1914年
 

「ポピュラーエディション」の特徴を一言でいうと、わかりやすさだ。図郭は、第3エディションの大型(18×27マイル)が踏襲されたが、内陸部は図郭の重複が排除され、歴史的に最も整った索引図となった。等高線は50フィート間隔で描かれ、ケバを伴わない分、地物や注記が明瞭に読み取れ、すっきりした図面に仕上がっている。

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イングランド及びウェールズの
ポピュラーエディションの索引図
image from www.charlesclosesociety.org, © Chris Higley, 2013
 

道路地図としては、高速走行に適した道路に赤、通常の道路に黄色、それ以外の道は黄色の縞と塗分けることで、利用者の経路選択を手助けしている。また、遠出に欠かせない鉄道駅については専用の記号も登場した。以前は線路記号に沿わせた黒抹家屋に Station ないし Sta. と注記するだけだったが、ターミナルには矩形、それ以外には円の記号を付し、目立たせるために後の版では赤で塗られた(下図参照)。

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ポピュラーエディションの凡例
 

カバーに、エリス・マーティン Ellis Martin が描くイラストを配置したことも特筆される。木の茂る谷を見下ろし、穏やかにパイプをくゆらせながら一休みしているサイクリスト(傍らに自転車が描かれている)の絵柄は、大衆向けの製品であることをアピールするとともに、人々をまだ見ぬ土地への旅に誘った。

野外での酷使に耐えられるように、地図にはリネン(亜麻布)で裏打ちされた紙が使われており、その他、耐水紙を使用したもの、地図を別々のパネルに切り分けたうえでリネンを裏打ちしたもの(下注)も見られる。

*注 いずれも地図カバーに記載があり、裏打ち紙は Mounted on Cloth、耐水紙は on Place's Waterproof Paper、切り分け式は Dissected などと書かれている。

スコットランドでも、同時期に「ポピュラーエディション」が作成されている。全92面で、図番はスコットランド内で完結する。ただし、「国」境に位置するイングランドの図番3と5はスコットランドの図番86と89を兼ねているので、グレートブリテン島全体で見た場合は2面少なくなる。また、各図葉に1マイル程度の重複を持たせているのはスコットランド独自の仕様だ。

表紙はイラストではなく、スコットランド王室の紋章をあしらった独自のデザインが用いられた。

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スコットランドの
ポピュラーエディションの索引図
image from www.charlesclosesociety.org, © Chris Higley, 2013
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スコットランドのポピュラーエディションの例
72 Glasgow 1925年
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
 

第5エディション Fifth Edition

イングランドとウェールズでは1928年から1インチ図の全国改訂が行われ、1931年から「第5エディション」の刊行が始まった。特徴の一つは、図法(投影法)の変更で、従来のカッシーニ図法に代わり、今も続く横メルカトル図法 Transverse Mercator projection が採用されたことだ。

「第5」では、第一次大戦前に計画されながら中断していたぼかし(陰影)つきのバージョン(表紙に Fifth (Relief) Edition と表記)が実際に刊行された。1インチ図としては例外的に美しい図面ではあったが、価格が高くなったため、利用者の評判は良くなかった。それで1934年から、ぼかしのない廉価版も刊行されることになった。

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第5エディション ぼかし版の例
144 Plymouth 1928~29年
 

2種の異版が容易に識別できるように、表紙の背景は、前者の赤に対して、後者は青色になっている(下の画像参照)。予算不足で刊行が遅れたため、1937年から大型図郭を導入して、早期の完成を目指した。しかし、第二次世界大戦の勃発で計画は中止され、結局完成したのは全146面のうち30面強で、イングランドの1/5をカバーするにとどまった。

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第5エディションの表紙
(左)ぼかし(陰影)Relief 版は赤表紙
(右)アウトライン Outline 版は青表紙
photo from www.charlesclosesociety.org
 

第二次世界大戦とその後の動向については、次回詳述する。

本稿は、Tim Owen and Elaine Pilbeam, 'Ordnance Survey: map makers to Britain since 1791', Ordnance Survey, 1992; Chris Higley, "Old Series to Explorer - A Field Guide to the Ordnance Map" The Charles Close Society, 2011; Richard Oliver, 'Ordnance Survey maps: a concise guide for historians' Third Edition, The Charles Close Society, 2013 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
Ordnance Survey http://www.ordnancesurvey.co.uk/
The Charles Close Society https://www.charlesclosesociety.org/
National Library of Scotland - Maps https://maps.nls.uk/
Stanfords http://www.stanfords.co.uk/
Cassini publishing http://www.cassinimaps.co.uk/

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