« イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜 | トップページ | イギリスの1:25,000地形図 II »

2020年3月22日 (日)

イギリスの1:25,000地形図 I

Blog_uk_25k_timetable
1:25,000シリーズの変遷
 

イギリスの1:25,000地形図は、さまざまなレジャー情報が多数盛り込まれていて、旅行地図指向の編集方針が前面に出ている。だが、その起源はやはり軍用地図だ。

19世紀、フランスに代わり軍事大国として台頭したドイツは、早くから1:25,000を全国地図の基本縮尺に位置づけていた。それに対してイギリスの既存体系は、6インチ図(1:10,560)の次が1インチ図(1:63,360)で、中間がない。実長1kmが図上9.5cmにもなる6インチ図では、1日の行軍に何面も必要で実用的とは言えず、かといって1インチ図(同 約1.6cm)は、野戦計画に用いるには精度が足りなかった。

1914年、第1次世界大戦の開戦に際して陸軍省 War Office の要請で、イースト・アングリア East Anglia を対象に縮尺1マイル2インチ半(1:25,334)の地図が作成された。これが、イギリスでの1:25,000のルーツと言えるもので、戦時中、範囲がイングランド東部各州に拡張された。戦間期には、フランス式の1:20,000による GSGS2748軍用図シリーズも刊行された。

1:25,000が軍用図の標準縮尺に採用されたのは、1931年のことだ。それに基づき1940年から、GSGS 3906軍用図シリーズの作成が始まった。地図は既存の6インチ図を写真縮小し、1kmグリッドを付したもので、第二次世界大戦中にイギリスとアイルランド全域の図葉が作成された。

Blog_uk_25k_map1
GSGS 3906軍用図シリーズの例
44/66 NW 1941年
ベリック・アポン・トゥイード Berwick upon Tweed
6インチ図を約42%縮小しているため、地物も注記も読めないほど細かい
等高線は茶色の線で上書きされている
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
Blog_uk_25k_map2
上図と同範囲の1:25,000暫定版
岩礁の描き方が6インチ図とよく似ている
NT95 1954年
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
 

暫定版 Provisional Edition

すでに1938年に、オードナンス・サーヴェイ Ordnance Survey (OS) の将来を検討するデーヴィッドソン委員会 Davidson Committee が1:25,000の民生化を提唱していた。しかし、実際の刊行は、戦争終結後の1945年11月になる。

これは、1インチ図用に収集した情報で改訂しているものの、ベースは戦前の6インチ図であるところから、「暫定版 Provisional Edition」と呼ばれた。南岸ボーンマス Bournemouth とプール Poole の一部をカバーする図番40/09が、最初の1面だ。

Blog_uk_25k_map3
暫定版初刊 40/09の全体画像
 

図郭はナショナル・グリッドの縦10km×横10kmで、図番の左2桁は図葉が属するグリッドの参照値を示している。右2桁は図葉を含む100kmグリッドの参照値だが、後にアルファベットに置き換えられたので、40/09は SZ09という表記になった。

製作コストを抑えるために当初、黒、青、茶色の3色刷だったが、まもなく灰色を加えて4色刷とされた。灰色は総描建物の面塗り、地籍界、樹種を表す記号、公園域のアミなどに使われ、見栄えにも貢献している。マイルとヤードの縮尺が図の外枠につけられたが、用紙の節約を理由に、凡例(記号一覧)は省かれ、別刷りで配布する形が取られた。

Blog_uk_25k_index1
第1シリーズの索引図
100kmグリッドをアルファベット2文字
その中の10kmグリッドを数字2桁で表す
SZ09は、グリッドSZの左上隅に位置する
 

暫定版1:25,000図の特徴は、描写の繊細さだろう。土地の所有区分を表す地籍界が記載されており、耕地や放牧地の境界だけでなく、市街地の各住戸に付属する庭の敷地まで読み取ることが可能だ。帝国単位(ヤード・ポンド法)に基づく6インチ図から編集しているため、等高線は25フィート(7.62m)間隔で、図郭の外側に記される到達距離もマイル表記のみとなっている。

用紙は普通紙と、耐久性の高いリネン紙(1954年まで)の2種が用意され、平図または厚紙の表紙がついた折図で販売された。メートル尺に慣れない利用者のために、表紙には About 2 1/2 inches to One Mile(1マイル約2インチ半)の記載が見られる。

*注 リネン紙版は、表紙にClothなどと表示されている。

Blog_uk_25k1
暫定版表紙
(左)1940年代はもみ皮色の厚紙を使用
(右)1950年代半ばからは索引図なしに
 

暫定版は、1956年11月までに計2,207面が刊行された。これでイングランド、ウェールズ、スコットランドのローランド Lowland 地方、そしてハイランド Highland の沿岸まで、OSの担当範囲の約80%がカバーされたが、残るハイランドと島嶼の大半、計605面は間に合わず、次の第2シリーズに完成が持ち越された。

第1シリーズ First Series

1インチ図の第7シリーズ Seventh Series 刊行に取り組んでいた当時のOSにとって、1:25,000の整備は最優先事項ではなかった。加えて、安定した需要のある1インチ図に比べて、新参の1:25,000は売れ行きも芳しくなかった。

ようやく1956年に、デヴォン州南西部の11面が「正規版 Regular Edition」として試験刊行される。暫定版との違いは、森林域を塗る緑の版が加えられて、5色刷になったことだ。1インチ図の改訂資料を使い、新市街地などの経年変化が組み込まれたが、図郭には変更はなく、再描画も行われなかった。

Blog_uk_25k_map4
正規版5色刷の例、森林に緑のアミがかかる
SX46
image from https://ooc.openstreetmap.org/
 

1965年からは後述する新シリーズの刊行が始まるが、予算不足で進捗は遅かった。そのため、置き換えまでの間、暫定版と正規版が最小限の改訂を加えて印刷され続けた。1968年に、これらを「第1シリーズ First Series」、仕様の異なる新シリーズを「第2シリーズ Second Series」と呼び分けることになった。

表紙も頻繁に変更されている。1インチ図の赤色に対して、青基調を維持しながらも、1965年から斬新な拡大鏡のイラストが登場した。拡大モデルにされたのは、架空の地名に置き換えられているものの、デヴォン州のベリー・ポマロイ Berry Pomeroy という村だ。タイトルが1:25,000ではなく、敢えて 2 1/2 inch map(2インチ半図)と書かれているのが興味深い。

Blog_uk_25k2
第1シリーズ表紙
(左)拡大鏡イラストのデザイン
(右)飾り気のない一体型青表紙
 

しかしこれはコストカットのために早々と見直され、1970年から地図用紙の裏面に表紙部分を印刷する形に変わった。デザインも、イラストが姿を消し、ライトブルーで塗りつぶしただけの無粋なものだ。表紙の面には、索引図やナショナル・グリッド、参照系の説明とともに、初めて凡例も記載されている。この一体型表紙の地図は、透明ケースに入れて販売された。

「第1シリーズ」は数を徐々に減らしながらも残り続け、1986年6月に刊行された3面の改訂版が最後となる。

第2シリーズ Second Series(パスファインダーシリーズ Pathfinder Series)

1インチ図の図郭の実寸約71cm×63cmに比べ、「第1シリーズ」の図郭は実寸40cm四方で、1/3程度しかない。学校の教材としては机に広げられるちょうどいい大きさだが、徒歩旅行のルートは1面で収まらないことが多く、利用者の不満を買っていた。

そこで図郭を、「第1」の縦横10kmから縦15km×横20kmに拡大したシリーズの刊行が発表された。図番も北から南へ連番で付与され、977面でグレートブリテン島をカバーする計画だった。1960年に、図番856のイルフラクーム及びランディ Ilfracombe & Lundy 図葉が試験刊行されたが、後が続かなかった。縦15kmは、100kmグリッドの付番方式に合わず、使いにくいとされたのだ。

再検討の結果、図郭は、「第1」のそれを東西方向に2面つなげた縦10km×横20kmに変更することになり、1965年12月に第1弾が刊行された。これが「第2シリーズ Second Series」で、図番は NT27/37 のような形式をとる。

Blog_uk_25k_index2
第2シリーズの索引図の例(地図表紙を拡大)
第1シリーズの東西2面分を一つの図郭に
 

当初はまだ6インチ図から編集されていたので、等高線も25フィート間隔だ。しかし、1969年から大縮尺図がメートル尺(1:1,250、1:2,500、1:10,000)で測量・描画されるようになり、それを資料として等高線が5m間隔で描かれるようになった。一方、色版は、「第1」で使われていたグレーが黒のアミで代用され、黒、青、茶、緑の4色刷りだ。そのため、市街地などでは錯雑感が生じており、この点は「第1」のほうに分がある。

「第1シリーズ」の図面が、ヴィクトリア朝らしい装飾的な雰囲気を残していたのに対して、「第2」のデザインはよりシンプルで現代風だ。それには、注記のフォントが、代表的なセリフ体であるローマン Roman からサンセリフ体のギル・サン Gill sans に切り換えられたことが大きく影響している。

Blog_uk_25k_map5
第1シリーズと第2シリーズの違い
(上)第1シリーズ(暫定版)
SE65, SE55 1954年
reproduced with the permission of the National Library of Scotland https://maps.nls.uk/
(下)第2シリーズ(パスファインダー)
664 York (West) 1991年、665 York (East) 1989年
© Crown copyright 2020
Blog_uk_25k_map6
(上)第1シリーズ
SP12 Stow-on-the-Wold 1950年
(下)第2シリーズ(パスファインダー)
1067 Winchcombe & Stow-on-the-Wold 1990年
© Crown copyright 2020
 

表紙は緑色になり、「第1」との区別を明確にした。6インチ図から編集されていた時期はまだ拡大鏡のデザインだった(下画像右)が、メートル尺への完全切替え後は、表紙に索引図が現れた(下画像左)。必ずしもわかりやすい図ではないとはいえ、ともかくこれで図郭の範囲や隣接図の図番を確かめることができた。

Blog_uk_25k3
第2シリーズ表紙
(左)初期は拡大鏡デザイン、地図のモデルは別の村に
     photo from www.charlesclosesociety.org
(右)緑地に索引図が入る
Blog_uk_25k4
第2シリーズ(パスファインダー)表紙
(左)第2シリーズの語句が消え、索引図に1:625,000図を背景に使用
(右)索引図の単純化、新図番の強調
 

1979年に、1:25,000に対して「パスファインダー Pathfinder」というブランド名が与えられた。直訳すれば、小道(あるいは進路)を見つけるものだが、その意図はおそらく、公共通行権 Public right of way の記載開始を告知することにあっただろう。汎用図として設計されていた1:25,000の、旅行地図へ傾斜していくきっかけがここに見られる。

図番にも変化があった。1986年から、北から南へ通しで振られた新しい図番が、従来のグリッド図番と併記されるようになったのだ。初期の表紙デザインでは、まだ従来図番のほうが目立つが、最終形では主客が逆転し、索引図も含めて通し番号が強調されている。

大縮尺の再測量が遅れたため、1970年の時点で完成していたのは、全国約1400面のうち78面に過ぎなかった。1989年12月に、最後の欠番となっていたSX54/64(Pathfinder 1362)ニュートン・フェラーズ及びサールストン Newton Ferrers & Thurlestone 図葉が刊行され、「第2シリーズ」は、初刊から24年を経てようやく完結した。

ただし、国立公園その他の旅行適地を対象に、図郭を拡大した1:25,000旅行地図「アウトドアレジャー図 Outdoor Leisure map」が1972年から別途作成されており、それらがカバーするエリアでは、区分図の「パスファインダー」は刊行されないままとなった。

一応の完成を見た1:25,000図の体系だが、2000年代に入ると、マーケティング指向の事業改革がそのラインナップを再び一変させることになる。続きは次回に。

本稿は、Tim Owen and Elaine Pilbeam, 'Ordnance Survey: map makers to Britain since 1791', Ordnance Survey, 1992; Chris Higley, "Old Series to Explorer - A Field Guide to the Ordnance Map" The Charles Close Society, 2011; Richard Oliver, 'Ordnance Survey maps: a concise guide for historians' Third Edition, The Charles Close Society, 2013 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
Ordnance Survey http://www.ordnancesurvey.co.uk/
The Charles Close Society https://www.charlesclosesociety.org/
FieldenMaps.info http://www.fieldenmaps.info/info/

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの地形図-概要
 イギリスの地形図略史 I-黎明期
 イギリスの地形図略史 II-1インチ図の展開
 イギリスの地形図略史 III-戦後の1インチ図
 イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜

 イギリスの1:25,000地形図 II
 イギリスの1:50,000地形図
 イギリスの1:100,000地形図ほか
 イギリスの1:250,000地形図 I-概要
 イギリスの1:250,000地形図 II-歴史

« イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜 | トップページ | イギリスの1:25,000地形図 II »

西ヨーロッパの地図」カテゴリの記事

地形図」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜 | トップページ | イギリスの1:25,000地形図 II »

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

BLOG PARTS

無料ブログはココログ