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2020年2月14日 (金)

イギリスの地形図-概要

イギリスの国家測量機関であるオードナンス・サーヴェイ Ordnance Survey(OS、英国陸地測量部)は、1791年、兵器庫や要塞を管理していた軍需局 Board of Ordnance の測量部門としてスタートし、以来約230年間、国土の測量と地図作成に携わってきた。

OSの所管範囲はイングランド、ウェールズとスコットランド、すなわちグレートブリテン島と周辺島嶼だ。歴史的経緯から北アイルランドには別の地図作成組織があり、王室属領 Crown dependency であるマン島とチャンネル諸島も、OSが事業協力しているものの、各行政府が所管する(下注)。

*注 ただしマン島の1:50,000図はOSの刊行物。OS所管外の地形図についての詳細は、本ブログ「北アイルランドの地形図・旅行地図」「マン島の地形図」「英仏海峡 チャンネル諸島の地形図」参照。

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1インチ図の例
173 East Kent 1969年
 

そのOSが刊行する地図の縮尺別一覧を以下に掲げる。

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OS地図 縮尺別一覧
 

1:10,000以上の大縮尺図はデジタルデータのみで提供されるため、紙地図として一般の店頭に並んでいる最大縮尺は1:25,000の「エクスプローラー Explorer」だ。これと1:50,000の「ランドレンジャー Landranger」がOSの主軸製品で、トレッキングその他の野外活動に有用な情報がふんだんに盛り込まれている。

*注 1:25,000、1:50,000は次回以降詳述の予定。

一方、1:100,000の「ツアー Tour」は、全国をカバーするものではなく、人気のある観光エリアに絞って刊行されている。1:250,000「OSロード」(下注)とともに、旅のプランニングやドライブの際に使う縮尺図だ。最小縮尺の1:550,000「OSルート」は、両面印刷によりこれ1点でOS所管の全域を収録する。

*注 1:250,000については、「イギリスの1:250,000地形図 I-概要」参照。

地図の縮尺は、もともと帝国単位(ヤード・ポンド法)に基づいていた。上表の右側の欄に示したとおり、各縮尺図の通称は、実長1マイル(1609.344m)が図上何インチで表されているかを示している。たとえば6インチ図 6-inch map は、1マイルを図上6インチで表した地図だ(下注)。同様にハーフインチ図は、1マイルを1/2インチ(=2マイルを1インチ)で表したものになる。ただし、小縮尺の1:633,600は1/10インチ図と言わず、10マイル図(実長10マイルを図上1インチで表す)と表現する。

*注 6-inch map は略称で、正しくは six inches to the mile map(1マイル6インチ図)という。

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1インチ図の縮尺
マイル、ヤード、キロメートルの順に縮尺が並ぶ
 

これら帝国単位による縮尺図は、おおむね1970年代までにメートル法に基づくものに置き換えられた。同時に、図上の標高値や等高線間隔もメートル表記に改められた。しかし、現地の道路標識に記される距離や制限速度がそうであるように(下注)、実生活ではいまだにマイルやヤードが通用している。それで地図の上でも、到達地への距離表示はkmとマイルの併記だ。

*注 ちなみに道路標識に 50m などとあるのは、50マイルを意味する。短距離はヤードで表す。

図式の特徴をいくつか挙げておこう。

地勢表現は、中縮尺図と小縮尺図で明らかに描き方を変えている。中縮尺図である1:25,000、1:50,000は等高線のみで、段彩やぼかしは入らない。こうした視覚的効果は大陸諸国の地形図でよく使われるが、OSでは1930年代の1インチ図で一度試みられたきりだ。イギリスの中縮尺図は線描主体で、絵画的要素は乏しい。段彩とぼかしは、1:100,000以下の小縮尺図で初めて加えられる。

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地勢表現の違い
(左)1:50,000は線描主体
(右)1:250,000は段彩やぼかしで地形を立体的に見せる
© Crown copyright 2020
 

地図記号では、鉄道の駅に小さな正円を使うのがユニークだ。日本でも時刻表の路線図ではおなじみだが、イギリスの地形図では1:25,000のような駅構内の範囲が示せる縮尺でも、中心位置に正円を置く。さらに円に赤の塗りを入れるので、市街地でも見つけやすい。また近年は、LRT、狭軌線、路面軌道などに適用されるライトレールの記号(日本の私鉄記号に似ている)が新設されたが、こちらの駅(電停)は黄色に塗られる。

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鉄道と駅の表示
赤の円がヘビーレールの駅、黄の円はライトレールの停留所
1:25,000 220 Birmingham 2015年
© Crown copyright 2020
 

イングランドとウェールズの図葉には、公共通行権 Public rights of way の記載がある。公共通行権とは、私有・公有を問わずその土地を通行できる法的権利のことで、現 図式では4種類の記号が設定されている。すなわち、歩行のみ可能なフットパス Footpath(自然歩道)、乗馬での通行も可能なブライドルウェー Bridleway(乗馬道)、クルマなどの通行には制限があるバイウェー Restricted byway(脇道)、公共交通に開放されているバイウェー Byway open to the traffic だ。

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公共通行権(左)と遺跡(右)の記号
 

下図左はコッツウォルズの一角だが、フットパスが網の目のように走っているのが読み取れる。しかし、これらは必ずしも明瞭な道とは限らず、牧場や林など、道のないところを横断していることもしばしばだ。なお、スコットランドでは通行権の定義が異なる(下注)ため、地形図に表示はない。

*注 イングランド及びウェールズの法では、州議会で指定されたルートに通行権が発生するので、そのルート(道路とは限らない)を図上に明示しているが、スコットランドの法では、一定の条件を満たす道路に自動的に通行権が生じるので、明示は必要とされない。

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(左)網の目のように走るフットパス
(右)遺跡や廃線跡の表示
1:50,000 163 Cheltenham & Cirencester
© Crown copyright 2020
 

古きものをこよなく愛する国民気質の表れか、遺跡の記載が多いことにも注目すべきだろう。考古遺跡は、ローマ時代とそれ以外を、注記のフォントで区別さえしている。上図右には、斜めに走るほぼ直線の道路があるが、これはローマン・ロード Roman Road(ローマ時代の軍事道路)のフォス・ウェー Foss way をなぞっている。そのため、周辺には当時の旧跡が点在しており、注記が各所に見られる。

こうした古代の道や鉄道の廃線跡 Dismantled Railway(下注)などの記載は、地表の状態を写し取るという地形図の趣旨を超えている。小道 Path などに再利用されているものはもとより、地表に痕跡がない区間でも、破線の間隔を狭めた特別な記号でルートを示しているからだ。廃線跡をこれだけ律儀に描いている地形図は、あまり例を見ない。

*注 廃線跡の記号表示は1:50,000に見られる。1:25,000では注記のみだが、地籍界によって廃線跡をおおむね識別できる。

旅行情報 Tourist information もまた多彩だ。1:25,000の凡例には37種、1:50,000でも18種のピクトグラム記号が用意されている。さらに、トレールやサイクリングルートには、記号が点々と置かれ、図上で容易にたどることができる。汎用図として見ると錯雑感がなくもないが、活用する人には専用地図に匹敵する価値があるはずだ。

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1:25,000の旅行情報の記号群
 

地図は数年ごとに最新版に置き換えられるが、おのおのの版のことを「エディション Edition」と呼ぶ。1950年代から英数字方式で管理されており、大規模な改訂はアルファベット(A、B、C…)で、その間の小改訂は数字(1、2…)や記号(/* など)で表していた(例:A/*、A/*/*、B1、C2/)。これは地図の整飾部分にひっそりと書かれていたが、2015年6月版から省かれた。

OSの地図は、厚紙の表紙の中に折り畳まれている。これは1897年に1インチ図に導入されて以来の伝統だ。地図用紙の材質も早くから工夫され、普通紙と並んで、これにリネンの裏打ちを施した堅牢なバージョン(表紙に mounted on cloth と表示)があった。リネン紙版は1967年後半まで販売されていた。

最近それに代わるものとして、ラミネート加工紙版が登場した。ややごわごわするが、耐水・耐擦性があり、イギリスの変わりやすい天気に持ち出しても心配がない。これはブランド名に「アクティヴ Active」をつけて呼ばれ(例:ランドレンジャー・アクティヴ Landranger Active)、普通紙版と並行して刊行されている(下注)。

*注 販売サイトでは、普通紙が Standard、加工紙は Waterproof などと案内されている。

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ランドレンジャー・アクティヴの表紙の例
 

紙地図は、OSの公式サイトや、スタンフォーズ Stanfords をはじめ同国内のネットショップで販売され、国外にも送ってくれるので、入手は容易だ。モバイル用データも利用可能だが有償で、月ぎめか年ぎめで利用契約を結ぶ必要がある。

2015年からは、紙地図とモバイル機器とリンクさせる興味深いサービスが開始された。地図表紙に「モバイルダウンロード Mobile download」のロゴがついていれば、対象の商品だ。これは紙地図と同じ範囲のデジタルデータがダウンロードできるというもので、アクセスに必要なキーコードが表紙の裏面にスクラッチ印刷されている。説明書きによれば、デバイスに専用アプリをインストールし、このキーコードを入力すると、ダウンロードが可能になる。

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モバイルダウンロードのロゴ(矢印)がついた新表紙の例
 

OSは現在、ビジネス・イノベーション・職業技能省 Department for Business, Innovation and Skills の所管下にあるが、組織的には、特定の省庁に属さない事業執行機関 Executive agency だ。そして財務面では、担当事業の運営財源のうち 50%以上を自己収入で賄うことができるトレーディング・ファンド Trading fund とされている。そのため、地形図データの販売を積極的に行っており、OSのロゴをつけた民間事業者の出版物が多数出回っている。

このような事情もあって、OSではウェブサイトを含め、地形図を無償公開していない。しかし、OSの許諾を得たいくつかの民間サイトで閲覧が可能だ。また、刊行後50年を超えるものはパブリックドメインに移行するので、スコットランド国立図書館 National Library of Scotland などが公開サイトを構築している。各URLは「官製地図を求めて-イギリス」の「地図閲覧」の項を参照されたい。

イギリスの地形図の、こうした実用に耐えうる仕様はどのように構築されてきたのだろうか。全国測量が初めて企図された18世紀に遡って、時代順にその過程を追ってみたい。
続きは次回に。

本稿は、Chris Higley, "Old Series to Explorer - A Field Guide to the Ordnance Map" The Charles Close Society, 2011; Richard Oliver, 'Ordnance Survey maps: a concise guide for historians' Third Edition, The Charles Close Society, 2013 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
Ordnance Survey http://www.ordnancesurvey.co.uk/
The Charles Close Society https://www.charlesclosesociety.org/

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの地形図略史 I-黎明期
 イギリスの地形図略史 II-1インチ図の展開
 イギリスの地形図略史 III-戦後の1インチ図
 イギリスの地形図略史 IV-旅行地図の系譜
 イギリスの1:25,000地形図 I
 イギリスの1:250,000地形図 I-概要
 イギリスの1:250,000地形図 II-歴史

 北アイルランドの地形図・旅行地図
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 英仏海峡 チャンネル諸島の地形図

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