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2019年12月24日 (火)

新線試乗記-ゆいレール、てだこ浦西延伸

飛行機で空港に到着した後、モノレールに乗って市内へ向かう。羽田や伊丹のように、沖縄の那覇空港でもこれがふつうの光景になっている。ただ、実現したのはそれほど古い話ではなく、2003年8月のことだ。その後、国内でこの種の新規開業はない(下注)ので、沖縄都市モノレール、愛称「ゆいレール」は、今なお最新のモノレールということになる。

*注 既存路線の延伸であれば、東京モノレール(2004年)、大阪モノレール彩都線(2007年)の例がある。後者については「新線試乗記-大阪モノレール彩都線」参照。

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那覇空港駅へ向かうゆいレールの列車
 

そのゆいレールが、今年(2019年)10月1日、待望の延伸を果たした。那覇空港~首里(しゅり)間12.9kmの既存区間に、首里~てだこ浦西(うらにし)間4.1kmが加わり、その結果、長さでは多摩都市モノレールを抜いて、大阪、東京に次ぐ全国3番目の規模になった。先日(12月18日)初乗りする機会を得たので、既存区間のようすを含めて見ていこう。

那覇空港駅は、空港ターミナルの出発ロビーがある2階からデッキで直結している。ゆいレール展示館を見学して戻ってきたら、大型のスーツケースを転がしたインバウンドの旅行者が、改札前に集まっているところだった。その集団に混じって、2日乗車券を購入する(下注)。正確に言うと48時間券で、たとえば正午に買えば、翌々日の午前中までフルに使える。時間制のフリー切符は、諸外国では見かけるが、国内では珍しい。

*注 2日券は大人1400円。1日(=24時間)券もあり、こちらは800円。

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那覇空港駅
(左)空港とはデッキで直結
(右)日本最西端の駅の碑
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券売機上の運賃表
 

もう一つ珍しいのは、改札機がQRコードの読み取り方式になっていることだ。空港のチェックインではすでにおなじみだが、鉄道界では先駆者だろう(下注)。ただ、切符を裏返し、表面に印刷されているコードを改札機の読み取り部に当てるという動作は、慣れないと一瞬足が止まる。

*注 JR東日本が、来年(2020年)開業する高輪ゲートウェイ駅で試験的に導入するという報道があったばかり。

もとより、日常的にゆいレールを利用している人は、地元のICカード「OKICA(オキカ)」を持っている。操作に手間取っているのは、主に外から来た旅行者だ。それに、来年(2020年)春にはSuicaなど全国の交通系ICカードも使えるようになるそうだから、改札での当惑は解消に向かうのだろう。

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駅のシーサー、改札付近に必ず1対
上列中から首里駅、那覇空港駅
下列左から浦添前田駅、市立病院前駅、壷川駅、経塚駅
 

その改札の上で睨みを利かすシーサーに見送られて、エスカレーターでホームに上がった。列車は14m級車両が2両の小編成で、スーツケース牽きの客が集中するとたちまち混雑する。車端にあるクロスシートの展望席を狙いたかったので、乗車を1本遅らせた。日中でも8分間隔で出発しているから、大した時間のロスにはならない。

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(左)2両編成
(右)車端は展望席
 

空港駅を後にして、ゆいレールは最初、那覇市街とは反対の南へ向かう。車両基地へ引き込まれるレールが右へ分かれていく。同じ敷地内に、ゆいレール展示館もある。今回の延伸に関するものはなかったが、戦前の鉄道網など沖縄の鉄道全般にわたる資料が貴重だ。

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那覇空港駅から南方を望む
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ゆいレール展示館
 

自衛隊の基地を右に見ながら緩い上り坂を3分ほど走ると、日本最南端の鉄道駅である赤嶺(あかみね)に着いた。駅前南側のロータリー(交通広場)にそのことを示す碑が立っていて、高架ホームに停車中の電車をも画角に入れて記念写真が撮れる。

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日本最南端の駅の碑がある赤嶺駅
 

この後は周囲がすっかり市街地になるため、乗客も増える一方だ。小禄(おろく)、奥武山公園(おうのやまこうえん)を経て、国場川(こくばがわ)の上空で左に急カーブすると、壷川(つぼがわ)駅。少しの間、河岸に沿って走るので、穏やかな水辺と公園の緑が織りなす潤いのある景色が目に優しい。途中下車して、川向うの公園側から、列車が涼しげに通過するようすを眺めるのもいいだろう。

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壷川駅と国場川
 

国場川から右折して久茂地川(くもじがわ)に入り、旭橋(あさひばし)駅に着く。駅の東隣に位置するバスターミナルは、戦前、沖縄県営鉄道の那覇駅があった場所だ。軌間762mmの軽便鉄道で、「ケービン」の名で親しまれたが、沖縄戦で破壊され、戦後も再建されることはなかった。

2015年に始まったバスターミナルの再開発工事中、その駅跡から転車台の遺構が発見された。これが旭橋寄りに移設の上で、今年6月から公開されている。説明パネルとともに復元模型も置かれ、実物を知らない一般市民にもイメージできるよう工夫された展示だ。

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久茂地川上空を行く列車
旭橋駅から撮影
 
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県営鉄道那覇駅の遺構
(左)発掘された転車台
(右)復元模型

街なかのお堀のような久茂地川に沿いながら、ゆいレールは那覇の中心部を通り抜ける。次の県庁前は、県庁や那覇市役所、国際通りなどの最寄りで、乗降客が最も多い駅だ。その手前で、線路が川の流路に合わせてクランク状に曲がっている。前面車窓も変化があるし、駅のホームから眺めるのも楽しい。

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県庁前駅手前のクランク
 

美栄橋(みえばし)を経て、牧志(まきし)では国際通りの上空を横断する。ゆいレールの描くルートは激しいジグザグ形で、まるであみだくじの線をたどるようだ。とりわけ牧志から安里(あさと)駅へは、直角どころか130度も転回する。国道330号、いわゆる「バイパス」の上空を行くと、次はおもろまち。米軍住宅地区の返還後に整備された新都心の玄関駅で、周囲の建物も余裕のある建て方がされ、旧市街とは受ける印象が違う。たくさん下車して、車内はかなり空いた。

古島(ふるじま)の後、直角に曲がって東へ。市民病院前駅の手前からは、首里のある高台へ向けて急勾配を上り始める。首里の町は標高が100m前後あり、戦前、那覇市内から首里に通じた路面電車は、S字ループを繰り返して高度を稼いでいた(下注)。しかし、比較的勾配に強いモノレールは、環状2号線の上空を直線的に上っていく。振り返れば、市街地の向こうに海も覗く。

*注 1911(明治44)年開通、1933(昭和8)年廃止の沖縄電気軌道。ゆいレールとはルートが異なり、古来の街道である坂下通りに沿って上っていた。

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市民病院前から首里駅へは急勾配の連続
(左)市民病院前、橋脚の高さは約20m
(右)儀保駅からも滑り台のようなルート
 

儀保(ぎぼ)駅まで来ると、右の車窓に、去る10月31日の火災で建物の多くを失った首里城の、長く連なる石垣が望める。さらに上って左に曲がれば、これまで終点だった首里駅だ。

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これまでの終点、首里駅
 

ここからいよいよ新規開業区間に入る。車内は今や、ロングシートに5~6人といった状況だ。首里城の北側に広がる市街地をまずは下る。石嶺(いしみね)駅を経て少し行くと、モノレールをまたぐ高い陸橋が見えてくる。ここが市境で、ゆいレールは那覇市を出て、浦添市域に入る。ちなみに陸橋は現時点では未供用で、現地に行ってみたが期待したような眺望でもなかった。

右折して着く経塚(きょうづか)駅は、駅名と合わせたわけでもないだろうが、霊園の前だ。下を走る市道は、組踊の創始者玉城朝薫の墓がある小山を前田トンネルで抜ける。一方のゆいレールは高架のまま、山を避けて右に回り込む。

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(左)高い陸橋が市境の位置
(右)経塚駅、ゆいレールは道路トンネルの上を迂回
 

下りていく長い坂からは、浦添城址のある小高い丘が正面になる。右折すると、浦添前田(うらそえまえだ)駅だ。駅前ロータリー(交通広場)や北側の乗降階段はまだ工事中で、雑然としていた。周辺整備よりも開通を急いだのだろう。

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浦添城址から南方を望む
画面左外に浦添前田駅がある
 

反転して少し上るものの、すぐに道路の間の掘割に潜り込んでいく。沿線唯一のトンネルを抜ければ、終点のてだこ浦西に到着だ。

「てだこ」とは、太陽の子を意味するそうだ。浦添市のサイトによれば、「琉球第二の王統として栄えた英祖王の敬称でもありました。父親は恵祖(伊祖城主)で、その妻は太陽が懐に入る夢を見て、英祖を身籠ったといわれ、その神号が「英祖のてだこ」となりました」。伝承では、その居城が浦添城だ。「てだこ」の名は市の施設や行事の名によく使われていて、駅名もその一環なのだろう。

■参考サイト
てだこ浦西付近の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/26.241800/127.741900

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(左)トンネルを通過
(右)トンネルを抜けると終点
   てだこ浦西駅から撮影
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てだこ浦西駅
駅手前に渡り線がある
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同 改札

地図を見ると、駅周辺に団地が点在するのだが、駅前は整備工事たけなわで、商店らしきものも見当たらない。唯一営業していたのは、北側に造られた約1000台収容可能という2階建駐車場だ。見に行くと、フロアのほとんどが車で埋まっていた。

ひと気の乏しい場所に終点駅を置いた理由がここにある。那覇市内の道路は渋滞するため、車を置いてゆいレールで市内へ向かうパークアンドライドが推進されているのだ。路線を琉球大学方面へ延伸する構想もあるものの、当分は始発駅なので、着席できる確率が高い。乗換えの手間さえ厭わなければ、賢い選択だ。

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(左)パークアンドライドを知らせるポスター
(右)駅前は整備工事たけなわ
 

また、すぐそばを沖縄自動車道が通っており、スマートICを新設する計画もある。これによって空港から直接レンタカーで北部へ向かっている観光客を、ゆいレールでここまで誘導することが考えられているそうだ。モノレール利用なら、帰りに那覇市内へ立ち寄ってもらいやすい、ということもあるだろう。

最初の開通から16年、ゆいレールは時間の読める交通機関としてすっかり定着し、さらに最近、国外からの旅行者が加わって、朝夕はとりわけ混雑が激しくなっていると聞く。80万人を超える那覇都市圏に、2両で走る鉄道路線が1本だけというのは、交通インフラとして確かに貧弱だ。路線延伸の次は、列車編成の3両化が進められるようだが、さらなる路線網拡充にも取り組んで、都市の魅力をより高めてもらいたいものだ。

■参考サイト
ゆいレール https://www.yui-rail.co.jp/

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