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2019年10月31日 (木)

オーストリアの狭軌鉄道-ピンツガウ地方鉄道 I

ピンツガウ地方鉄道 Pinzgauer Lokalbahn

ツェル・アム・ゼー Zell am See ~クリムル Krimml 52.6km
軌間760mm、非電化
1898年開通

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トゥルン峠から望むザルツァッハタール
谷底をピンツガウ地方鉄道が走る

ザルツブルク Salzburg の南西に、ピンツガウ Pinzgau と呼ばれる地方がある。北には荒々しい石灰岩の山塊シュタイネルネス・メーア Steinernes Meer、中央は片岩アルプス Schieferalpen の2000m級の山並み、南縁には標高3000mを優に越えるタウエルン Tauern の雪山が群れをなす、アルプスの真っ只中だ。

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その山また山の間を、東西に長くザルツァッハ川 Salzach の流れる谷が延びている。北側のザールフェルデン盆地 Saalfeldener Becken などとともに、この平底の谷間は、人々に日々の暮らしの場所を提供してきた。地域の足として19世紀末に造られたのが、760mm狭軌のピンツガウ地方鉄道 Pinzgauer Lokalbahn だ。

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ピンツガウ地方鉄道と周辺路線図
 

歴史を紐解けば、ピンツガウの中心都市ツェル・アム・ゼー Zell am See には、すでに1875年から標準軌のザルツブルク=チロル鉄道 Salzburg-Tiroler-Bahn が通じていた。地方鉄道は、そのツェル・アム・ゼー駅を起点に、谷を遡り、最奥部のクリムル Krimml に至る路線で、2年の工期を経て1898年1月に開業している。

当時、クリムルからさらに、観光地のクリムル滝へ行く電気鉄道や、西方のゲルロース峠 Gerlospass を越えてチロルのツィラータール Zillertal に連絡する路線も構想されていた。しかし、どちらも建設資金のめどが立たず、実現しなかった。

開通に先立ち、リンツのクラウス Klauss 社から蒸気機関車4両が納入された。ツェル・アム・ゼー Zell am See の頭文字をとって、それはZ形(下注)と呼ばれるようになる。当時、沿線はまだ貧しい地域で、列車は初め、1日2往復しか設定されず、その1本は貨車を併結した混合列車だったという。

*注 Z形はすべて解体されてしまったが、テルル鉄道 Thörlerbahn に納入された同系統の機関車 StLB 6号機がタウラッハ鉄道 Taurachbahn(ムールタール鉄道 Murtalbahn 最奥部の保存鉄道)で動態保存されている。

その後、開通効果で観光開発が進み、木材や農産物の輸送もしだいに増加する。標準軌貨車への積替え作業を省くために、1926年にロールワーゲン方式(下注)が導入されたが、Z形では出力不足のため、1928年以降、新しいUh形(後のÖBB 498形)に置き換えられた。

*注 ロールワーゲン Rollwagen は、狭軌台車に標準軌貨車を載せて走る方式(逆の場合もある)。なお、これは英語読みで、標準ドイツ語ではロルヴァーグンが近い。

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ツェル・アム・ゼー地方鉄道駅の線路終端(11、12番線)
 

一方1936年からは、ディーゼル機関車も導入された。とりわけ戦後、道路事情の改良と自動車の普及で鉄道の利用が減退すると、経費削減策として積極的に使われるようになる。蒸機は1962年に定期運行を退き、1966年には路線から完全に姿を消した。

1980年代に断行された赤字路線の整理では生き残ったピンツガウ地方鉄道だが、1998年に貨物輸送が中止され、2000年にはÖBBが全面廃止に言及し始めた。ヴァルトフィアテル鉄道やマリアツェル鉄道などと同様、連邦と州の関与が求められ、結果的にザルツブルク州がÖBBに運行を委託する形で存続が決まった。

その後2008年に、地方鉄道の所有権は州へ完全に移された。以来、運行は長年ザルツブルクの市内バス・郊外鉄道を運営してきたザルツブルク公社 Salzburg AG(下注)が担い、インフラと車両も同社の所有となっている。

*注 ザルツブルク州およびザルツブルク市が過半を出資している公営企業。

なお、ÖBB時代に廃止された貨物輸送は、モーダルシフトの機運から2008年に復活し、沿線の工場や製材所が工業製品や木材の運搬に使うようになった。ツェル・アム・ゼーの1.5km南にあるティシュラーホイズル Tischlerhäusl 貨物駅には、異軌間の貨車をロールワーゲンに載せるための側線とランプ(斜路)がある。

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ザルツァッハ川に沿って
 

ところで、ピンツガウ地方鉄道のルートを地形に照らして見ると、前半ではザルツァッハ川の氾濫原のきわに、後半では川岸に、それぞれ沿うように通されていることがわかる。山裾の緩斜面や扇状地など高燥な土地は、傾斜していたり、すでに集落があったりしたからだが、このことは後に、鉄道が繰り返し洪水に悩まされる主因となった。

開通5年目の1903年9月に、早くも最初の洪水に襲われ、ブラムベルク Bramberg 付近の線路の流出で、運休を余儀なくされている。近年では、1987年8月に100年来の高水位により被災し、全線が再開されるまでに10か月を要した。

さらに2005年7月にも記録的な増水により、各所で線路が破壊された。一時はピーゼンドルフ Piesendorf から先、全線の8割が運行できなくなっていた。10月中にミッタージル Mittersill まで再開されたものの、以遠区間は、河川の防災改修とのかかわりで復旧が遅れた。結局、終点のクリムルまで列車が到達できるようになったのは2010年で、実に5年もの間、バスによる代行輸送が続いたのだ。

復旧工事では、速度制限のある線路の改築や路盤の強化も併せて実行された。ルート変更は3か所で行われている。一つ目は、フュルト・カプルーン Fürth-Kaprun(起点から6.7km)の直前で、旧ルートは川の蛇行跡を大きく迂回していたため、35km/hの速度制限がかけられていた。1997年に曲線を緩和した新線がオープンし、これにより距離が240m短縮され、通過速度も最高70km/hに引き上げられた(下図参照)。

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地形図にみるフュルト・カプルーン駅周辺のルート変遷
(上)建設前の図、支流が北へ蛇行(19世紀)
   image at mapire.eu
(中)蛇行跡を迂回する従来ルート(1981年)
   © BEV, 2019
(下)1997年の改良ルート(赤の破線は従来の位置)
   © BEV, bergfex at 2008, 2015
 

二つ目は、ウッテンドルフ・マンリッツブリュッケ Uttendorf-Manlitzbrücke(起点から22.0km)で、北側の支谷から突き出す小扇状地を急カーブで乗り越えていた個所だ。ここは2011年に改修され、それと併せて新線上に新たに上記の停留所が開設された。

三つ目はノイキルヘン・アム・グロースヴェネディガー Neukirchen am Großvenediger(起点から44.9km)の前後で、旧ルートは町寄りを通っていたが、2005年水害からの復旧に際して、町の外縁に移され、住宅地内の踏切も解消された。この区間は2010年9月の全線再開に合わせてオープンしている(下図参照)。

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ノイキルヘン駅周辺のルート変遷
(上)従来ルート(1986年)
   © BEV, 2019
(下)2010年の改良ルート(赤の破線は従来の位置)
   Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

現在、旅客列車の主力になっているのは、760mm狭軌の標準的な気動車である5090形だ。1986~91年製の計6両が、VTs 12~17の車番をつけて走る。それとともに、グマインダー Gmeinder 社製のディーゼル機関車Vs 81~83が、部分低床の付随車と制御車を連ねたプッシュプル列車 Wendezug で運用されている。いずれも塗装は、ザルツブルク公社のコーポレートカラーであるルビーレッドとホワイトの統一仕様だ。

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気動車5090形
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プッシュプル列車の編成
(左)ディーゼル機関車Vs 82
(右)自転車を載せる荷物車
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(左)最後尾は制御車 VSs 102
(右)部分低床の車内
 

ピンツガウ地方鉄道の旅客輸送における役割は、主として二つある。

一つは近郊のコミューター輸送だ。今では信じられないことだが、1980年代、この路線の旅客列車は1日わずか5往復しかなかった。クリムルからの上り列車はなんと15時30分発が最終だったのだ。

しかし、1989年にツェル・アム・ゼー市内交通 Stadtverkehr Zell am See の路線網に組み込まれたことで、ツェル・アム・ゼー~ブルックベルク・ゴルフプラッツ Bruckberg Golfplatz(起点から3.8km)間が、平日30分間隔に増便された。バスでも12分で到着できる場所とはいえ、鉄道はこれを8分に短縮した。

その後、市内交通区間は2008年にフュルト・カプルーンまで延長され、現在は、日中午後の時間帯でニーデルンジル Niedernsill(起点から15.3km)まで30分毎だ。以遠区間でも1時間の等間隔ダイヤが組まれており、クリムルまで平日15~16往復ある(別に、市内交通区間便が12往復)。山向こうのツィラータール鉄道(下注)と並んで、最も利用されている760mm狭軌の一つと言えるだろう。

*注 ツィラータール鉄道については「オーストリアの狭軌鉄道-ツィラータール鉄道」で詳述。

これに伴い、ツェル・アム・ゼー市内では停留所が3か所増設されて、バス並みの区間距離になった。もっとも、ミッタージルのような拠点駅を含めて、すべての中間駅・停留所がリクエストストップなので、乗降客がないときは通過してしまう。

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ブルックベルク・ゴルフプラッツ駅での列車交換
(2008年撮影)
Photo by Herbert Ortner at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

もう一つの役割は、観光輸送だ。日本では必ずしも知名度が高いとは言えないが、ツェル・アム・ゼーは、南隣のカプルーン Kaprun とともに、オーストリアでも最も重要な国際ウィンターリゾートの一つだ。また、国内最高峰のグロースグロックナー Großglockner(標高3,798m)を擁するホーエ・タウエルン国立公園 Nationalpark Hohe Tauern 観光の足場でもある。

鉄道はこの観光都市からクリムルに向かう。そこには、国内最大の落差をもつクリムル滝 Krimmler Wasserfälle があり、終点が設定された理由も、この名所への誘客に尽きる。

ザルツブルク公社は、路線のさらなる魅力向上を図って、他の狭軌鉄道と同じように夏のシーズンに蒸気列車 Sommerdampfzug を運行している(下注)。現在の牽引機は、もとマリアツェル鉄道のために開発されたMh形の3号機と、ボスニア・ヘルツェゴビナ国鉄(後にユーゴスラビア国鉄となる)で使われていた73形機関車だ。

*注 冬のシーズンには、ディーゼル機関車による特別運行がある。

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蒸気機関車73形(JŽ 73-019)
 

2019年の場合、運行は5月20日から9月24日の間の水曜と木曜に各1往復で、ツェル・アム・ゼーを9時18分に出発し、クリムルには12時02分に到着するダイヤだ。折り返しは13時55分発で、ツェル・アム・ゼーに16時36分に戻ってくる。

全区間を乗れば1日がかりだが、それだけかける意味はある。クリムル駅前に、時刻表に載っていない臨時バスが待機していて(下注)、滝の入口まで運んでくれるのだ。帰りもこのバスに乗れば、蒸機の発車に間に合う。やはりクリムルを訪れることは、滝を見に行くことと半ば同義になっているようだ。

*注 蒸気列車の客専用のバスで、運賃は特別列車の料金に含まれている。なお、クリムル滝へは路線バスもあり、平日日中は定期列車に接続している。時刻表は、ザルツブルク交通局 https://salzburg-verkehr.at/ 路線番号670。

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水煙上がるクリムル滝
(下アッヘン滝 Unterer-Achenfall)
 

では次回、蒸気列車の旅を含めて、ピンツガウ地方鉄道のルートを具体的に追っていこう。

本稿は、Stephen Ford "Railway Routes in Austria - The Pinzgauer Lokalbahn", The Austrian Railway Group, 2017 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
ピンツガウ地方鉄道(公式サイト) https://www.pinzgauerlokalbahn.at/
Club 399 (Freunde der Pinzgaubahn) http://club-399.at/

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