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2019年10月24日 (木)

オーストリアの狭軌鉄道-ムールタール鉄道

ムールタール鉄道 Murtalbahn

ウンツマルクト Unzmarkt ~マウテルンドルフ Mauterndorf 間 76.1km
軌間760mm、非電化
1894年開通
1973年 タムスヴェーク~マウテルンドルフ間旅客輸送廃止、1980年 同 貨物輸送廃止
1988年 保存鉄道(タウラッハ鉄道)開業

【現在の運行区間】
一般輸送:
ウンツマルクト Unzmarkt ~タムスヴェーク Tamsweg 間 64.3km

保存鉄道:タウラッハ鉄道 Taurachbahn
ザンクト・アンドレ=アンドルヴィルト St. Andrä-Andlwirt ~マウテルンドルフ Mauterndorf 間 9.4km

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ムール川の早瀬
ムーラウにて
 

ムール川 Mur は、ホーエ・タウエルン Hohe Tauern と呼ばれるアルプスの一角を源とするドナウ川支流の一つだ。まず東へ流れた後、ブルック・アン・デア・ムール Bruck an der Mur で南に向きを変え、グラーツ Graz 市街を貫く。オーストリアを出た後はスロベニアに入り、さらにクロアチアとハンガリーの国境線を経て、ドナウ川に注いでいる。

この450kmに及ぶ長旅の最初の部分、東西に延びるオーベレス・ムールタール Oberes Murtal(ムール谷上流部の意)の谷間が、今回のテーマ、ムールタール鉄道 Murtalbahn(下注)の舞台になる。

*注 本稿では慣用に従い「ムール川」「ムールタール鉄道」と表記するが、「ムーア」「ムーアタール」のほうが標準ドイツ語の発音に近い。

起点は、ÖBB(オーストリア連邦鉄道)南部本線 Südbahn の小駅ウンツマルクト Unzmarkt だ。路線はそこからムールの谷をひたすら遡り、最後は、アルプスの高峰に囲まれ、標高1000mを越えるルンガウ Lungau の盆地に達する。現在、路線長は64.3kmあり、オーストリアの760mm軌間ではマリアツェル鉄道に次いで長い。全線走破には95分を要する。

*注 マリアツェル鉄道については「オーストリアの狭軌鉄道-マリアツェル鉄道 I」で詳述。

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鉄道の起点ウンツマルクト駅
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ÖBB線ホームから
ムールタール鉄道のホーム(21番線)を望む
 

ムールタール鉄道は、今から125年前の1894年10月に開業した。当時、ムール川の谷には、1868年から標準軌の皇太子ルードルフ鉄道 Kronprinz Rudolf-Bahn(下注)が通じていたが、途中で南にそれてケルンテン Kärnten に向かうため、上流域には恩恵が及んでいなかった。そこで、地方鉄道の新設が計画されたのだ。

*注 この区間は現在、ÖBB南部本線 Südbahn(ウィーン Wien ~クラーゲンフルト Klagenfurt ~タルヴィジオ Tarvisio)に含まれている。

オーストリアの地方鉄道には、後に国有化されて、戦後はÖBB線となったものが多い。ところがムールタール鉄道は、開業以来一度も国鉄の路線網に属したことがない。最初は、同名の鉄道会社(下注)が運営しており、1921年から、州政府が設立したシュタイアーマルク州営鉄道 Steiermärkische Landesbahnen (STLB) に引き継がれた。

*注 正式名は、株式会社ムールタール鉄道ウンツマルクト=マウテルンドルフ Aktiengesellschaft Murtalbahn Unzmarkt–Mauterndorf。運行を州に委ねてからも会社は存続しており、1942年に解散。

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それから1世紀近く経営体制は変わっていないが、昨年(2018年)いわゆる上下分離政策により、州営鉄道は列車運行、インフラ、貨物輸送の各事業会社に分割された(下注)。それで、公式サイトや資料などでは現在、ムールタール鉄道の運行事業者として、3社の共通ブランドである「シュタイアーマルク鉄道 Steiermarkbahn (StB)」の名称が用いられている。

*注 列車運行はシュタイアーマルク鉄道・バス有限会社 Steiermarkbahn and Bus GmbH、インフラは、前社名を引き継いだシュタイアーマルク州営鉄道 Steiermärkische Landesbahnen が担う。貨物輸送は、シュタイアーマルク鉄道輸送・ロジスティック Steiermarkbahn Transport und Logistik が行い、専用貨物列車の運行で域外進出を図っている。

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ムールタール鉄道と周辺路線図
 

列車ダイヤは平日6~7往復で、およそ2時間ごとに列車が走る。土日は減便されて3~4往復しかないが、列車時刻表には載らない路線バスがあり(下注)、それと併せて約2時間の運行間隔が保たれている。

*注 シュタイアーマルク鉄道(バス)http://www.stlb.at/bus/ 路線番号890

また、ムールタール鉄道では、無煙化により定期運行から引退した蒸気機関車の保存にも努めてきた。特別列車「ダンプフブンメルツーク Dampfbummelzug(蒸気鈍行列車の意)」は、1968年から50年以上も続く人気企画だ。現在は主として6~9月の火曜と木曜に、ムーラウ~タムスヴェーク間を往復している。ムーラウ駅にある機関庫には、鉄道のオリジナル機であるU形(下注)や、グラーツ郊外シュタインツ鉄道 Stainzerbahn の機関車「シュタインツ2号」などが動態保存され、出番を待っている。

*注 U形の形式名は、ウンツマルクト Unzmarkt の頭文字から取られている。

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蒸機U11が牽く特別列車が気動車と交換
Photo by Herbert Ortner at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

鉄道の起点ウンツマルクトは、乗換のためだけに設けられたような駅だ。ÖBB線は、普通列車だけでなくウィーン~フィラッハ間の特急列車(レールジェット Railjet)も停車するものの、旅客用の駅舎どころか、駅前広場すらない。

このような場所を起点にしたのには、もちろん理由がある。ÖBB線は、この先で峠越えのためにムール川の対岸に渡って山を上り始めるからだ。ムールタール鉄道の計画では、沿線からの木材輸送が収入源として重視されていたので、標準軌線との間に積替えヤードの設置が必要だった。そのための平地は、坂に取りつく手前のウンツマルクトにしかなかったのだ。

標準軌の線路に接する1番線の反対側が、ムールタール鉄道の乗り場(21番線)だ。その日、乗ってきたÖBBの列車が遅れていたため、接続時間はないに等しかったが、タムスヴェーク行きの列車はちゃんと待っていてくれた(下注)。女性車掌がホームに立ち、乗継ぎ客を誘導している。

*注 時刻表にも「レオーベン Leoben 方面からの普通列車の客は可能な限り待つ」と記されている。

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ウンツマルクト駅でÖBB線の接続を待つ
 

一般輸送に用いられるのは、電気式ディーゼルカーだ。動力車は、ÖBB 5090形の前身である1980~81年製のVT31~34と、後で追加された1998年製VT35の計5両、制御車はVS41~44の4両が在籍している。この便はVT32とVS42の2両編成だった。開通120周年記念の塗装は、基調の赤に、州旗の色である緑と白のストライプを加えたもので、補色の関係からけっこう目立つ。

車両には貫通扉がなく、走行中は車両間を行き来できない。ローカル線なのにワンマン運転でないのは、それが理由なのかもしれない。しかし、車掌はウンツマルクトで検札した後、ずっと前の車両にいて、後ろには顔を見せなかった。駅に乗車券は売っておらず、車内で車掌から買うことになっているから、地元の利用者は前乗りを心得ているのだろう。

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気動車VT32
(左)120周年の3色塗装 (右)内部
 

さて、ウンツマルクトを出発した列車は、最初ÖBB線と並走するが、まもなく、ムール川に架かるÖBB線の鉄橋の下をくぐって、独自の旅を開始する。といっても、対岸の山裾でじわじわと高度を上げていくÖBB線は、約10km先のトイフェンバッハ Teufenbach まで遠望可能だ。残念なことにディーゼルカーの窓が汚れていて、写真が撮れる状況ではなかったが。

そのトイフェンバッハ駅に着く手前で、狭軌線もムール川を渡って右岸(南岸)に移る。ムールタール鉄道の中間駅・停留所は合計32か所もあるのだが、拠点駅のムーラウを除いてすべてリクエストストップのため、停まらないほうが多い。保存鉄道(下注)の車庫があるフローヤッハ Frojach でさえ、観察する間もなく通過した。

*注 後述する「タウラッハ鉄道」の保存車両が格納されている。

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(左)ニーダーヴェルツ Niederwölz 駅を通過
(右)ムール川を渡る
(いずれもウンツマルクト方向を撮影)
 

沿線は、1kmほどの幅をもつ谷底平野だ。開けているので集落が点在し、警報機のない小さな踏切も多い。音が裏返ったラッパのような、ピーパーという汽笛をしょっちゅう鳴らしながら、列車はカーブの多い線路を走っていく。PC枕木を敷いた区間も多く、公共交通としてインフラに十分投資されているのがわかる。

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ムールタールの谷底平野
遠景はゼータール・アルプス Seetaler Alpen
 

ウンツマルクトから36分で、ムーラウ Murau に到着した。ここは鉄道の拠点駅で、側線が何本も並び、車庫と整備工場、運行管理本部の建物もある。上下列車の交換も基本的にここで行われるので、ムールタール鉄道の中で最も賑やかな駅といえるだろう。駅舎の中では、直営の旅行代理店と中華料理店が営業していた。「シュタイアーマルク鉄道」は路線バスも併営しており、列車に接続して、駅横のターミナルから周辺の町や村へバスが出ていく。

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ムーラウ駅
(左)比較的大きな駅舎
(右)ここで列車交換が行われる
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(左)駅横のバスターミナル
(右)運行管理本部の建物
 

ムーラウは町としても沿線最大で、ムール川をまたぐアーチの石橋を渡ると、城山の麓を通る街道に沿って趣のある旧市街が延びている。鉄道を単純に往復するだけではつまらないので、復路ではここで途中下車して、しばらく町巡りを楽しんだ。

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旧市街はムール川の対岸
 

ムーラウ駅で多くの客が降りてしまったので、特に後ろの車両は空気を運ぶ状況になった。長さ102mながら路線最長のムーラウトンネル Murauer Tunnel を抜けると、風景は郊外のそれに戻る。谷底の平地は目に見えて狭くなり、周囲の山は高さを増してくる。プレドリッツ・トゥラッハ Predlitz-Turrach で、ムール川を渡り返した。まだ谷は奥へ続いているが、州境がここを通っていて、列車はシュタイアーマルク州からザルツブルク州に入る。

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(左)ムーラウトンネルを抜ける
(右)ラーミングシュタイントンネル
(いずれもウンツマルクト方向を撮影)
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谷は次第に深まる
ザンクト・ゲオルゲン・オプ・ムーラウ St. Georgen ob Murau 付近
 

岩場が目立つようになると、ラーミングシュタイン Ramingstein でまた小さなトンネルをくぐった。マドリング Madling を通過したところで、川は北へ向きを変え、にわかに急流の様相を見せ始める。呼応して線路の勾配も険しくなり、右に左にカーブも連続する。しかし、それもいっときのことだ。谷が再び開けてきて、すっかりおとなしくなったムール川を最後に渡る。ムーラウから57分、列車は終点タムスヴェーク Tamsweg 駅の構内に滑り込んだ。

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(左)マドリング上手の急流
(右)ムール川の最後の鉄橋
(いずれもウンツマルクト方向を撮影)
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終点タムスヴェーク駅
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(左)小ぢんまりした駅舎
(右)路線バスから上り列車に乗り継ぐ人たち
 

かつて路線は、さらに12km先のマウテルンドルフ Mauterndorf まで延びていた。しかし、利用状況の悪化により、1973年にまず旅客輸送がバスに置き換えられ(下注)、1981年には貨物輸送も廃止されてしまった。ここルンガウ Lungau はザルツブルク州域であり、運行主体のシュタイアーマルク州としては、域外で赤字運行を続けるわけにはいかなかったのだろう。

*注 ポストバス Postbus の路線だが、現在はザルツブルク州交通局 Salzburg Verkehr が運行している。

このうちザンクト・アンドレ=アンドルヴィルト St. Andrä-Andlwirt ~マウテルンドルフ間 9.4kmでは、保存団体「クラブ760」により、夏のシーズンに蒸気列車の保存運行が実施されている。運行拠点はマウテルンドルフ駅に置かれ、ムール川の支流タウラッハ川 Taurach に沿って走ることから、路線名は「タウラッハ鉄道 Taurachbahn」だ。1988年から始まったこの事業は、山里の観光資源としてすっかり定着している。

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シーズンオフのマウテルンドルフ駅
 

ムールタール鉄道は大都市から離れているので、アクセスには時間がかかる。ÖBB南部本線で起点のウンツマルクト側から入るのが順当な経路だが、逆に終点タムスヴェークへ、ÖBBエンスタール線 Ennstalbahn のラートシュタット Radstadt 駅からマウテルンドルフを経由して(一部便は乗換)、バスで到達することも可能だ(下注)。本数は少ないが、ザルツブルクからの直行バスも運行されている。

*注 ザルツブルク交通局 https://salzburg-verkehr.at/ 路線番号280、700、直行バス:270

次回は、ピンツガウ地方鉄道を訪ねる。

本稿は、"Die Murtalbahn - Die Geschichte von 110 Jahren Schmalspurbahn" Steiermärkische Landesbahnen, 2004 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
StB - ムールタール鉄道  http://www.stlb.at/bahn/strecken/ut/
クラブ760 - タウラッハ鉄道  http://www.club760.at/html/taurachbahn.htm

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